スカーレットナックル第一話 |
〜一週間前、霧雨市霧雨川河川敷付近〜
放課後、授業をすべて終えたユウキとアツシは一緒に師匠のいる河川敷へ向かっていた。
「いやー、師匠に格闘技教えて貰ってもう半年か早いもんだね」
ユウキは歩きながら目の前に敵がいる仮定でシャドーボクシングをしていた。徒歩で歩いており、周りに人がいない時にする彼の癖のようなものだ。
ちなみにアツシの方は法律の本を読みながらユウキの隣を歩いている。
「ま、俺らも随分と鍛えられたよな、基礎訓練だけじゃなく色んな物と戦わされたりして……」
「ははは……今度は何と戦わされるんだろ? 先週みたいなのは勘弁だよ」
シャドーボクシングをしながら苦笑いをするユウキ。その表情からこれまでしてきた苦労が読み取れる。
ここ霧雨市は朝日市から電車で四時間かかる港町である。
ユウキとアツシはこの町の高校に通いながら、放課後には河川敷の橋の下の段ボールハウスに住む“師匠”の元へ格闘技を習いに行っていた。(ちなみに“師匠”とは二人が付けた仇名であり、本名は知らない)
その日も、いつもと変わらない日になるだろうと二人は思っていた。
☆ ☆ ☆
師匠の住む段ボールハウスに近付いた時、二人は異変に気が付いた。
「……!? 師匠!!」
師匠は血まみれのまま倒れており、辺りには破壊された段ボールハウスや彼の使っていたボロボロの日用品が散乱していた。
二人はすぐさま師匠の元に駆け寄り、彼の安否を確かめる。
「師匠! しっかりしてください!」
「ぐぐっ……お、おめえらか、時間通りだな……!」
師匠は苦痛に顔を歪ませながら自分を抱きかかえるユウキとアツシを見る。
「一体何があったんですか!?」
「へへへ……俺とあろうものが騙し討ちに遭うなんてよ……齢は取りたくないもんだ……」
ちなみに師匠は髪を胸辺りに伸ばし、髭もたっぷり蓄えていて顔をほぼ隠しており、見た目では年齢は判別できない。
そして師匠はユウキの肩を掴みながら、最後の力を振り絞って話し掛けた。
「気を付けろ二人共……隻眼の虎の男に……ぐふっ」
そして師匠は口から血を垂らしながら、ガクッと気絶した。
「師匠!? 師匠!」
「気絶しただけか、取り敢えず救急車呼んどいた」
少し取り乱すユウキとは対照的に、アツシはあくまで冷静に携帯電話で救急車を呼んでいた。
「……大丈夫だよね師匠」
「大丈夫だろ、この人ゴキブリ並みにしぶとそうだし、それより……」
二人は師匠が最後に言った言葉が気になっていた。
「師匠を襲った男……隻眼の虎って一体……」
すると何か考え事をしていたアツシが顔を上げる。
「……それに関して少し思い当たる節がある」
☆ ☆ ☆
救急車で運ばれていく師匠を見送った後、アツシはユウキに隻眼の虎の男について説明する。
「実は叔父さんに聞いたことがあるんだ、朝日市に大規模な暴力団組織があって、隻眼の虎という異名を持つ腕っぷしの強い男がいるって」
「その男が師匠を……? なんでまた?」
「あの人、素性が全然解らないけどすごく強いからな……そういう筋の人間に恨みを買うようなことをしたのかもしれない」
そして互いに黙り込むユウキとアツシ、沈黙がこの場を支配する。
そして数分経った後、ユウキが近くを流れる川を見ながら口を開いた。
「……なあ、許せるか? その男の事」
「まあ……俺は正直師匠の事あんまり好きじゃない、いっつもハチャメチャな特訓課して、むしろ嫌いな方だ」
アツシは足で地面に落ちていた平べったい石を足の甲に乗せる。そしてそれを思いっきり川に向かって蹴り飛ばした。石は水面を何度も跳ね、そのまま向こう岸に行ってしまった。
「だからこそ襲ってきた奴を許さん、あいつを最初に倒すのは俺だ。獲物を横取りされて黙っている訳にはいかない」
「……アツシらしいなあ」
「そういうお前はどうなんだ?」
アツシの質問に対し、ユウキは徐に足元の石を何個か拾い上げると、それを宙に放り投げる。それをすべて地面に落ちる前に右拳で打って向こう岸に飛ばした。
「……あの人とアツシがいたから、俺はここまで変わることが出来た。だから恩返しにはちょうどいいかなって思う」
ユウキの返答を聞いてむすっとしていたアツシの顔に笑みが浮かんだ。
「お前らしいな、で? どうする?」
「行ってみよう……朝日市に」
二人の若き格闘家は、決意を胸に戦いが待つ場所へ向かう。
STAGE1「廃校舎」
話は現在の朝日市に戻る……。
高架下での戦いの後、ユウキとアツシは自分達が助けた少年と共に近くのコンビニで腹ごしらえをしながらこの辺りの事、そして自分達の事について話していた。
「じゃ、じゃあ君達、霧雨市から態々この朝日市に来たっていうのかい!? その師匠の仇を討ちに!?」
「まあ、そうなるわな」
アツシはコンビニで買ったおにぎり(シーチキンマヨネーズ)を頬張りながら答える。
「にしてもさっきの様子をみると、治安が悪そうなのは解った。ここっていつもあんなことが起こるのかい?」
「うん……あいつら朝日工業高校の連中だよ。朝日工業高校はこの街でも一、二を争うぐらいの不良高校で……ヤクザの養成学校とも呼ばれているんだ」
「そりゃまた……ここに住んでいる人も大変だろうね。でも彼等なら俺達が探している男を知っているかも」
そう言ってユウキはおにぎり(おかか)を食べきると、いつものようにシャドーボクシングを始めた。
そんな彼を尻目に、少年はアツシに問いかける。
「それで? 君達はこれからどうするんだい?」
「隻眼の虎を知ってそうな奴を手当たり次第当たってみる。俺達の独力じゃその男の情報はどこかの暴力団組員って以外何も解らなかったしな」
「手当たり次第って……どうやって?」
その時、ユウキ達の前に釘バットや鉄パイプを持った不良達がやって来た。人数はざっと7人、後ろには先程ユウキ達がボコッた不良二人もいた。
それを見たアツシは、掛けていたメガネを胸ポケットにしまう。
「こっちが適当に餌撒けば寄ってくる、ああいうクズは誇りだけは一丁前に持っているからな」
そのアツシの声が聞こえたのか、先頭に立っていた一回り体格が大きい赤いジャージに逆立った金髪モヒカンの男が怒鳴った。
「テメエらか? 俺達のシマで好き放題やったガキ二人ってのは!?」
「だからなんだ?」
アツシは赤ジャージの不良に臆することなく不遜な態度をとり続ける。
対して不良達は戦闘態勢万全といった様子で武器を構えた。
「五体満足で帰れると思うなよゴラ!! やっちまえ!」
「「「おおおおおー!」」」
赤ジャージの不良の号令と共に一斉にアツシに襲い掛かる4人の不良達。
その時、アツシの前に先程までシャドーボクシングをしていたユウキが割り込んできた。
「ほっ!」
ユウキはまず先頭の不良二人に対し目にも止まらぬ速さの右ジャブを繰り出す。二つのジャブはそれぞれ不良達の顎に当たり、彼等の脳みそを揺らした。
「はふっ」
「うぐっ」
意識が飛び膝から崩れ落ちる不良二人、その後ろから追加の不良が襲い掛かって来た。
ユウキは先程のように目にも止まらぬ速さの右ジャブで顎を狙う。
「かっ」
「ぐうッ……!」
しかし、右側の不良にはちゃんと顎にクリーンヒットしたのに対し左側から来た不良には顎ではなく胸元に当たり、怯ませるだけに留まった。
「あ、やべっ」
「てめえええええ!!!」
攻撃を受け怒った不良は、持っていた釘バットをユウキに振り降ろそうとする。
「あぶね!」
対してユウキはそのバットを握った不良の手をパシッと受け止めた。
「なっ!?」
「せえっ……の!!」
ユウキはそのまま不良を一本背負いで地面に叩きつける。そして地面に背中を打ちつけて悶絶している不良の顔に向けて、瓦を割るように手刀を振り降ろす。
しかし手刀は不良の顔面に当たることなく、鼻先で寸止めされる。
「まだやる?」
「う、うわあああああ!!!」
恐怖を感じた不良は飛び起きてそのまま逃げ出してしまった。
「な、な……!?」
あっという間に4人倒され驚愕する赤ジャージの不良他二名。
一方ユウキは首を傾げながら何もない空間にジャブを2、3発放つ。
「うーん、4分の3か、中々うまく行かないなー」
「命中率上がっているじゃないか、進歩してるぞ。俺には及ばないが」
エールを送るアツシ、その時……赤いジャージの不良がラリアットを繰り出してきた。ユウキはそれをしゃがんで回避した。
「てめえ……もう許さねえ! 死ね!」
「貴様らクズはそうやってすぐに死ねという言葉を使う。無価値な奴等め」
「あのさ! 戦ってんの俺なんだからむやみやたらに挑発すんのやめてくれる!!?」
冷や汗をかきながら文句を言うユウキ。対して赤いジャージの男は柔道の構えをとった。
「野郎……舐めやがって!」
「出た! 山村さんの柔道!」
「山村さんは柔道経験者なんだぜ! お前らなんて投げ殺してやるぜ」
すごく離れた距離で得意げに話す不良二人。対してユウキはボクシングのようなファイティングポーズをとる。
「柔道ね……ならこれだ」
不敵に笑うユウキ、そして赤ジャージの男はユウキに襲い掛かった。
(服さえ掴んでしまえば!)
そう言って赤ジャージの不良はユウキが着ているパーカーを掴もうとする。しかし……次の瞬間、不良の視界からユウキが消え、手は何もない空間を掴んだ。
「へっ?」
何が起こったか解らず呆けた声を出す不良、そして瞬きを一つした瞬間、顎から衝撃が走り、先程までコンビニの駐車場を映していた目の前の光景が逆さまになった車が行きかう車道を写した。そして不良の意識は真っ白になった……。
☆ ☆ ☆
「で? これからどうする?」
赤いジャージの不良を倒し、残った者達も全員逃げ出した後、ユウキはアツシに今後どうするか質問する。
「こいつを尋問しよう、おい起きろゴミ」
そう言ってアツシは赤いジャージの不良の顔面を踏みつける。
「ぐべっ!?」
赤いジャージの男は絞め殺された鶏のような声を上げて意識を取り戻す。
「ちょ、何……!?」
「お前、隻眼の虎の男を知っているか? 裏世界じゃ有名な男らしいが」
「し、しりまひぇん! 足よけちぇ!」
顔をグリグリ踏まれながら懇願する不良、しかしアツシはその足を退けようとしない。
「なら知っていそうな奴はいるか? クズならその辺知っているだろ? 言え、言わんと顔潰すぞ」
「いいまひゅ! いいまひゅから!」
余りにも凄惨な光景に、離れた所で見ていた少年は思わず目を逸らす。
「うえ……ちょっとやり過ぎなんじゃ……」
「アツシは不良や悪人が大嫌いだからね。相手がそういう人種だと解るや否や心が折れるまで叩きのめすのを辞めないんだ。地元じゃ“クレイジージャスティス”なんて仇名が付いているぐらいだし」
苦笑交じりに相棒の事を話すユウキ。
そして尋問を終えたアツシは、ユウキ達の元に戻り事の次第を伝えた。
「あのゴミのボス、新堂とかいう男が隻眼の虎の事を知っているらしい」
「会うには?」
「今は学校でたむろしているそうだ。どうする?」
アツシの質問に対し、ユウキは拳をパンと鳴らして笑みを浮かべる。
「直接行って聞いてみよう」
「だな」
即決したらすぐ行動、アツシは地面に倒れたままの赤ジャージの不良の首根っこを掴んで起こさせた。
「お前のボスの元に案内しろ、異論は認めん、お前達が俺達に危害を加えようとしたのだから正当な要求だろ?」
「は、はい……」
逆らう気力も無くなった赤ジャージの不良は、アツシの要望に素直に答える。もっともアツシ自身正当な要求だと言うが、反撃して完全に叩きのめしている時点で五分じゃないかとユウキは思ったが、反論しても“クズだから別にいいじゃん”という反応しか返ってこないと予想し、黙っている事にした。
そしてユウキは呆然としている少年の方を向いた。
「じゃ、俺達行くよ。君ももう不良に絡まれないよう気を付けて」
「あ、はい、ありがとうございます」
そこまで言って、ユウキはとある重大な事に気が付いた。
「そう言えば……まだ名前を聞いていなかったね」
「僕の名前ですか? 三戸部正貴って言います。」
「正貴君か、それじゃまたね」
そう言って去って行く少年……正貴を見送ったユウキは、後ろでアツシが何やら険しい表情をしている事に気付いた。
「どうしたんだアツシ? そんな顔して?」
「……いや、なんでもない」
そして二人は赤ジャージの不良の道案内で、不良達の溜り場である朝日工業高校に向かって行った……。
☆ ☆ ☆
時刻は夕刻、朝日市工業高校廃校舎校門前。この場にやって来たユウキとアツシ他一名は校門前で立ち竦んでいた。
「アツシ、なんかおかしくないか?」
「だな、少しおかしいな」
そう言って二人は校門を隔てて見える学校の校庭を見る。そこにはガラの悪そうな不良達(ざっと見て30人ぐらい)がバットなどで武装した姿でこちらを睨んでいた。
「なんで俺達敵意を向けられているんだ?」
「俺達はただ平和的に人探しをしているだけだというのに……クズの考えることはわからん」
「くっくっく……!」
その時、アツシに猫のように首根っこ掴まれた状態の赤ジャージがしてやったりといった様子で笑い始めた。
「お前達はもう終わりだ! こんな事もあろうかと先に逃がした奴等に伝言を送らせたんだ! 俺達のシマでやりたい放題している二人組がこっちに向かっているから兵隊を集めろってな!」
「成程……願っても無い事だ」
そう言ってアツシは赤ジャージから手を放すと、彼の背中を思いっきり蹴り飛ばした。
「げふうううう!!」
吹き飛ばされた赤ジャージはそのまま武装した不良達の元まで転がって行った。それを見た不良達は怒りに震えた目でこちらを睨みつけながら野次を飛ばした
「ンダこらぁ!!」
「やんのかぁ!」
それを見たユウキは苦笑いをしながら手のテーピングを結び直す。
「うへー、やっこさん怒っているよ。アツシは人を怒らせるのがうまいなぁ」
「クズが何人粋がろうと全部蹴り砕く」
(あー、なんか変なスイッチ入っているなコレ。目的忘れていないよね?)
ユウキは狂気的な笑みを浮かべるアツシを見て冷や汗をかきながら、校門をくぐり朝日工業高校の敷地内に入った。
そして大声で不良達に話し掛ける。
「俺達は新堂って人に聞きたいことがあるんだ! 会わせてくれないか!?」
「へえ、お前ら新堂さんに会いたいのか」
すると灰色のニット帽を被りマスクを付けた小柄な不良が、一歩前に出てユウキ達の質問に答える。
「ああ、どこにいるんだ?」
「まあ待ちなよ、俺達さ……最近運動不足なんだよねえ。色々舐めた事してくれた詫びにさあ、アンタ達付き合ってくれない? お前らが勝ったら新堂さんに会わせてやるよ」
そう言ってニット帽の不良は両腕からトンファーを取り出し、ブンブン振り回し始めた。
それを見たユウキはにやりと笑ってファイティングポーズをとり、アツシは靴の紐を結び直す。
「どうする?」
「この前やったフォーメーションで行こう」
次の瞬間、不良達が一斉にユウキ達に襲い掛かって来た。対してユウキは拳で、アツシは蹴りで襲い掛かる不良達の顎や鳩尾などを狙うなどをして次々と無力化していく。
「後ろに回り込め!」
ニット帽の不良が他の不良に指示を出し、皆言う通りにする。それを見たユウキとアツシは、互いに背中合わせになって再び構える。
〜回想〜
「いいかお前ら、何十人との戦いになった時、こっちは一対四を繰り返すことになる。人が一人に同時に戦いに挑めるのは四人が限界だからな。だが相方がいるなら話は別だ、互いに背中を守れば一対二……というより二対四の繰り返しに持ち込ませることが出来る。労力を半分に減らせるって訳だ」
〜回想終了〜
「破ッ!」
ユウキは目の前から繰り出される攻撃を左手で受け流し、右拳による強烈なカウンターをお見舞いする。
「セイセイセイセイセイィィィィ!!!」
アツシは目にも止まらぬ連続キックで向かってくる相手を容赦なく叩き伏せていった。
「くそ!? なんだアイツら!? バケモンか!?」
「怯むな! 数はまだこっちが上だ!」
ユウキとアツシの一騎当千の戦いぶりに、不良達の間で士気が下がり始める。その隙をアツシは見逃さなかった。
「ユウキ、ちょっと持ちこたえろ」
「OK」
というやり取りの直後、アツシは目の前にいる少し身長の高い不良の元へ駈け出した。
「えっ!?」
「お前……ケリ甲斐がありそうだ」
アツシはそのまま大きめの不良の顎に右膝をぶち込み、大きく後ろに仰け反らせる。
「はああ!!」
それを確認したアツシは、なんと仰け反った不良の体をちょっと急な坂に見立てて駆け上った。
「と、飛んだ!?」
他の不良達が信じられない光景に目を丸くする中、アツシは仰け反って天を仰ぐ不良の顔をダダダダダっとまるでタップダンスを踊るように何度も両足で踏みつけた。
「ぶべべべべべべ!!!?」
顔を何度も踏まれた不良はそのまま地面に後頭部をぶつけるような形で倒れる。それを見たアツシは、全身をぴんと伸ばす様に不良の腹部を踏みつけた。
「ぐええええええ!!!」
辺りに木霊する悲鳴。しかしアツシは最後の駄目押しにと足を一、二と捻った。すると踏みつけられた不良からゴキュゴキュっと出ちゃ多分駄目な音がした。
「うきゅっ!」
不良は変な声を出した後、口から大量の泡を吹いて意識を失った。それを確認したアツシはものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべながら周りにいた不良達を見て呟いた。
「さあ……次はどいつだ?」
「「「う、うわあああああああ!!!」」」
そのあまりにも凄惨な光景(本日二回目)を目の当たりにし、士気の低かった不良が何人か逃げ出した。
その様子をユウキは攻撃を捌きながら冷や汗交じりに苦笑して見ていた。
「えげつない! 不良やってなくてよかった……」
「しえああああああ!!」
その時、好機と見たのかニット帽の不良がユウキに向かって突進して来る。対してユウキは振り降ろされたトンファーを半歩後ろに下がって当たるギリギリの所で避け、右ストレートのカウンターをニット帽の不良の顔面に叩きこんだ。
「ぐえええええ!」
地面をゴロゴロ転がりながら吹き飛ばされるニット帽の不良。そして辺りは不良達の屍の山が築き上げられていた。
「今ので最後か」
「あ、ありえない……あれだけいた兵隊をこんな簡単に……!?」
ユウキとアツシ、二人の常識外れな戦闘力に、唯一半身を起こせたニット帽の不良は戦慄する。その時……。
「おいおい、随分と派手な事になってんじゃねーか」
突然校舎の方から白い学ランに身を包んだ金髪の男が現れた。その背後には2mはあろうがっちりとした体つきの丸坊主で色黒の男が金髪の男の背後を守るように歩いている。
「新堂さん! 来てくれたんですか!?」
「ったくお前ら、こんな奴等に手間取るなよ」
そう言って新堂と呼ばれた男は、近くで倒れていた不良の体を蹴り飛ばす。
それを見たユウキの眉が一瞬吊り上る。
「お前……そいつら仲間なんじゃないのか?」
「知らねえな、お前らのような雑魚二人を片付けられない役立たずなんてよ」
その瞬間、ユウキは拳をギュッと握り直し再び構える。が……アツシに肩をポンと叩かれて構えを解く。
「待て、俺達は聞きたい事があってここに来ただけだ。それをこいつらが勝手に襲ってきたから戦ったまで……アンタが俺達の聞きたい事に答えてくれればそれでいいんだ」
まずは無用な戦いを避けようとするアツシ、対して新堂はその提案を一笑した。
「馬鹿かお前ら、俺達不良にもメンツってもんがあるんだよ、ここまでされてお前らを黙って帰すと思うか?」
「成程……所詮クズはクズ、こっちが平和的に解決しようと努力したのにそれを無に帰すか」
「え? 努力? あんまりしていないと思うけど」
ギロッと顔を怒りに歪ませるアツシに対し、ユウキは今までの自分達の行動を振り返り、自身な下げに首を傾げた。
それを見た新堂は指をぱちんと鳴らすと、後ろにいた大男を自分の前に立たせた。
「おい黒田、こいつらを処刑しろ」
「へい」
高城と呼ばれた大男はテーピングを巻いた手にメリケンサックを装着する。それを見たユウキは後ろの新堂に声を掛けた。
「おい、アンタは戦わないのか?」
「俺が? バーカ、お前ら如きこいつだけで十分だ」
「成程、なら……」
するとユウキとアツシは突然互いに向き合い、腰を落として利き手である右手を後ろに隠す。
しばし訪れる沈黙……次の瞬間。
「「最初っから!!」」
二人は隠していた利き手を前に突き出す。ユウキはグー、アツシはチョキの形になっていた。
「チッ」
「よぉーっし! 俺やるね!」
アツシは舌打ちして腕を組み後ろに下がって行く。対してユウキは嬉しそうにシャドーボクシングし始める。
それを見た新堂は面白い物を見るような目で笑い始めた。
「おいおい、黒田相手に一人で挑む気か? 自殺行為だぜ」
「俺達は何十人同時に挑まれようが構わないけど、一人に対して二人で挑むような卑怯な真似はしない。師匠の教えの一つさ」
「カッコいいねえ……構わねえ黒田、ぶっ殺せ」
次の瞬間、ユウキの顔面目掛けてメリケンサック付きのパンチが.放たれる。ユウキはそれをしゃがんで避けた。
「よっと! リーチ長いなあ、それにそのスピード……ボクシングだね」
冷静に分析するユウキ、一方黒田と呼ばれた大男はぐっとボクシングの構えをとった。
「くっくっく……! 黒田はヘビー級のアマチュアボクサーだが対戦相手が居なくて、戦う相手を探してこうやって俺様のボディガードをしているのさ!」
(ヘビー級……国内じゃそのランクで戦う人は少ないんだっけ)
アマチュアヘビー級……91kg以上のボクサーが所属するランクであり、12階級ある中で最も重いランクであり、最も一撃一撃のパンチが重いランクである。
(おまけに背も高いからパンチのリーチが長い……うん)
傍目から見れば170cm、60kg程のユウキが圧倒的に不利である。ユウキとアツシ以外のこの場にいる者達は皆そう思っていた。その時……いつの間にかやられていた赤ジャージの不良が起き上がり黒田に大声で忠告する。
「ぐ……! 気を付けろ! そいつ戦っている途中で消えるぞ!」
「はあ? 消える? 何言ってんだ? 黒田ぁ! 構わずやっちまえ!」
赤ジャージが何を言っているか解らず新堂はそのまま黒田に戦闘続行を言い渡す。
黒田は長いリーチと巨大な体格に似あわない軽快なフットワークでユウキに攻撃を仕掛けるが、中々当てることは出来なかった。ユウキ自身が無駄な動きを制限し攻撃をギリギリの所で見切って避けているのだ。
「なんだあの野郎!? 黒田の攻撃が全然当たらないなんて……! おい! さっさと片付けろ!」
「は、はい……!」
新堂に急かされ焦る黒田、するとパンチを繰り出す腕に自然と力が入り、少しだけスピードが落ちた。
(! 勝機!)
それは数秒の出来事だった。ユウキは黒田が繰り出してきた右ストレートを届くギリギリの所まで下がって避ける。そして相手の腕がピンと張っているのを確認し、そのままレスリングのタックルのように腰を落として黒田の懐に潜り込んだ。
(消え……た!?)
ユウキと対峙していた黒田は、自分の右ストレートが当たったはずなのに感触が無く、そのまま相手が視界から消えた事により、体の奥底が冷たくなっていくのを感じた。
一方のユウキは腰を落として黒田の懐に潜り込みながら、右拳を地面擦れ擦れにこするように下手に振った。
その姿を、周りで見ていた不良達はそのフォームにデジャブを感じていた。いつか、どこかであのフォームを見たことがある……だが中々思い出せない。しかし不良の内の誰かがぼそっと呟いた。
「……サブマリン投法?」
彼は前にたまたま見ていたスポーツニュースで、あるプロ野球球団のピッチャーが独特のフォームでボールを投げている映像とその投法が解説者達にサブマリン投法と呼ばれていたのを思い出した。そのピッチャーの姿とユウキの今の姿がダブって見えたのである。
「はあああああ!!」
ユウキはそのまま拳を振り上げ、強烈なジャンピングアッパーを黒田の顎に叩きこむ。黒田は「ぐげっ!」という短い悲鳴と共に体を逆上がりの要領で半回転させながら殴り飛ばされ、パワーボムを受けるように延髄から地面に叩きつけられた。そして……白目をむいて気絶した。
完全に、誰がどう見てもユウキの勝ちである。
「ば、バカな……黒田さんが負けた!?」
学校で1,2を争う強者である黒田の敗北を目の当たりにし、周りの不良達の士気は落ちる一方だった。
一方ユウキは黒田を仕留めた右拳をじっと見つめる。
「うまく決まって良かった……サブマリンアッパー」
一方アツシは怯える不良達を見て、右足を上げて鋭い眼光を放ちながらにやりとSっ気満開で笑った。
「じゃあ次は俺だな……誰 が 相 手 し て く れ る ん だ?」
まるでライオンの大群に囲まれたウサギのような心境になる不良達(不良達の方が人数多いのに)は、もう心が根元からぽっきり折れた。というか粉砕した。
「「「いやああああああああ!!!」」」
「あ!? お前らコラ!?」
甲高い悲鳴と共に我先にと逃げ出す不良達。余程アツシが自分達に向けて放ったドSオーラが怖かったのだろう。それを目の当たりにした新堂は……。
「ま、待てよ〜」
不良達を引き留めるフリをして自分も逃げようとした。
「待て」
「ぷきゅ!」
が、アツシのとび蹴りの強襲により地面にうつ伏せで叩きこまれる。
「部下に戦わせておいて自分は逃げるのか。クズオブクズが」
「ひ、ひひいいいいい!!」
新堂は必死に逃げようと手足をバタつかせるが、アツシに足でガッチリ背中を押さえつけられて1mmも動けなかった。傍目からみるとカメっぽい。
そんな姿の新堂をユウキは流石に気の毒に見え、アツシを制止する。
「アツシ、そこまでしなくても……俺らはただ人探ししているだけだから」
「ひ、人ぉ!?」
「うん、隻眼の虎って人を探している。何か知らない?」
「そ、そんな奴知らな……は!?」
その時、新堂は何かを閃いたのか、ユウキとアツシが見えない位置でにやりと笑った。
「お、俺は知らない……だが久保田なら知っている筈だ! あいつはヤクザとも繋がりがあるから」
「久保田……? そいつは今どこにいる?」
「こ、今夜7時に朝日川に掛かる屯田橋の下に来い! 俺から久保田にそこに行くように言っておいてやるから! だから足どけろぉ!」
アツシは言われた通り足を退ける。解放された新堂はそのまま転びそうになりながら逃げだした。
「朝日川か……ここから南東だったっけ?」
「随分と人気の無さそうな場所を指定したな……ま、十中八九罠だろ」
そう言ってアツシは胸ポケットにしまっていたメガネを掛け、ユウキは拳のテーピングを捲き直した。
「……今回はこれを使う程でもなかったな」
するとアツシは何もない空間に右回し蹴りを放つ。その残光には何故かバチバチと電流のようなものが流れていた。
「それは本当にギリギリになった時にしか使っちゃいけないって師匠に言われているじゃん。いいことだよ」
「だが……不完全燃焼だな、もっと叩きのめし甲斐のある奴は現れないものか」
☆ ☆ ☆
廃校舎の裏……そこで新堂はある人物と連絡を取っていた。
「頼む! 俺達の兵隊が全員やられちまったんだよ! アイツらいつもの集会場に呼び寄せたからぶっ殺してくれ!」
『たく仕方ねえな……ま、いいぜ。お前ら全員ぶっ倒す程喧嘩が強いってなら、こっちも殺す気でやらねえとな』
そして電話を切った新堂は、勝ち誇ったように笑い始めた。
「くくく……俺達に逆らった事を後悔させてやるぜ余所者が……! はぁーっはっはっは!」
NEXT STAGE「河川敷」
今回はここまで。今回はユウキの見せ場が多かったですが次回はアツシの見せ場が多いです。
〜ちょっと解説〜
前回二人のモデルは龍虎の拳の主役二人と言いましたが、それは今回のストーリーの立ち位置という意味で、他にも色んな格闘ゲームのキャラやシステムを混ぜ込んでいます。
今回はユウキの解説から。彼の戦闘スタイルは基本拳一本のボクシングに近いタイプ。時折ブロッキングみたいに相手の攻撃を細かく捌いて、カウンターで相手の急所を確実に捉える。ストリートファイターシリーズの戦い方をイメージして描いています。
使う必殺技は格闘ゲームの基本である三種の神器(波動拳、昇竜拳、竜巻旋風脚)で、今回の話でその内の一つを出しました。赤ジャージと黒田を倒す時に使ったサブマリンアッパーですね。
サブマリンアッパーは昇竜拳というより前進してから放つさくらの咲桜拳のような技と考えればイメージしやすいと思います。
ただ咲桜拳と違う所は低い姿勢で前進しながらジャンピングアッパーを放つと言う所。どれぐらい低いかというと相手が放った飛び道具をすり抜けるぐらい、ダルシムのしゃがみ大キックぐらい低いです。潜水艦のように水中を潜航しながら、一気に上昇して海の上の敵を仕留める感じに似ているなと思いサブマリンアッパーという名前にしました。
残り二つもそのうち出ますので解説はその時に。
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オリジナルバトル物第一話です。 ちょっと口悪いキャラがいますので苦手な人はご注意を。 |
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