cross saber 第11話 《聖夜の小交響曲》編
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第11話?出会いと別れの始まる日? 『聖夜の((小交響曲|シンフォニア))』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【side イサク】

“露店街襲撃事件”からはや三週間。

 

都市の騒然とした雰囲気はいつの間にやらどこかへと吹き消され、今は誰もが来るべきクリスマスを前に浮き立っている。

 

ちなみに今日は青空の眩しい清き日、クリスマス・イヴというやつである。

 

でもこの分だとホワイト・クリスマスにはなりそうにないな。

 

「あ?あ。 雪は降らないか……」

 

俺と同じように空を仰いだ隣のマーシャがいかにも残念そうに肩を落とす。

 

「ん、そーか? もしクリスマスに告白とかするんだったら、願掛けで降らない方がいいんじゃないのか?」

 

普段はカツ丼だとか、納豆だとか、とにかく無理やりにでも縁起を担ごうとする人間の性質は、いつ適用されていつ適用されないのか、俺にはよくわからない。

 

「あのねぇ……」

 

そんな俺の考えを知ってか、マーシャが呆れたように肩をすくめてこれまたよく理解できない答案を教えてくれた。

 

「そういうのは気分の問題なの。 大体、告白はクリスマスの前までに済ませておくものでしょ」

 

「んじゃあ、ナンでお前はそんな大事な日に俺と一緒にいるんだよ」

 

「そうなのよね……」

 

俺の言葉に、彼女は両手で頭を抱えて悩ましげに唸った。

 

ーーそう、レイヴンに一途な思いを寄せているが、未だに叶えることのできていない健気な乙女(?)マーシャは、そのクリスマス・イヴに突然俺の元にやって来た。

 

読者の皆さんは理由を想像できるだろうか。

 

なになに……。 恋愛相談? それは俺の最も苦手とする分野だ。

 

高級プレゼントを買うための並びの代役? それは俺の専門だけど違うな。

 

なっ!? 実は本命は俺だった!!? ……そ、それは俺の専門外の分野だ。

 

ーーっておい、マーシャ!? 悪かった!! 冗談だって!!

 

……ふう。 マーシャが拳を下ろしたところで話を戻すが、理由は以下の通りである。

 

「一体、レイヴンはどこにいるの?」

 

そう、告白しようにも強引に押し倒そうにも、当のレイヴン本人がどこにも見当たらないのだ。

 

もともと奴は人の目のつくところにはほとんど姿を見せないが、ここ一ヶ月は特に、任務以外で会うことは全くと言っていいほどなかった。 しかもあの“露店街襲撃事件”があってからは水を打ったように亜獣討伐の任務もなくなっていたため、俺はいよいよ三週間もの間奴のことを見かけていない。 そしてそれは、マーシャも同じだった。

 

業を煮やした彼女はこうして俺の元に駆け込んできたというわけだ。

 

「お願い、イサク。 なんとかして」

 

いつもの強情な様子からは想像できないような声音で彼女が嘆願してくる。 心なしか、サファイアのように美しい瞳が若干潤んでいる気がする。

 

おそらく、人々はこういうのに“ギャップ萌え”とやらをするのだろうが、常の悪い方のギャップに長年当てられてきた俺にはなんら込み上げてくるものはない。

 

ただ、悪い気はしなかったので、俺は真剣に取り合うことにした。 それに実を言うと俺もレイヴンを探していたのだ。

 

この一ヶ月、特にあの異常な亜獣が現れてから、俺は何時にも増して激しく訓練に励んでいた。

 

何にも臆さない絶大な力を望んでいるわけではない。 ただ、皆を護れるだけの強靭な刃をこの身に宿したかったのだ。

 

俺はとにかく剣を振るって、振るって、振るい続けた。

 

いつの間にか、ボロボロになるまで身体をすり減らすのが当たり前になっていたのだが、それでも暇があればよくレイヴンを探してなにとなく辺りを歩いた。

 

俺にはどうしても奴に確かめたいことがあったのだ。

 

それでも奴はまるで霧の如く姿を四散させてしまうのだ。 いつの間にやらこちらが探すのにやけになるほどに。

 

ーーつまり、今更どう頑張ったって同じようなもので、その事実は結局一つの手段のみを俺の前に掲げる。

 

「んじゃあ、((足|コレ))を使いますか?」

 

俺が足をポンポンと叩きながら言うと、いつもの表情に戻ったマーシャが、やっぱりねとでも言うかのように口をすぼめた。

 

 

 

 

 

 

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どこからか聞こえてくる、巣へと帰る鳥たちのさえずり。眼下の都市が、形を僅かに残すだけとなった陽光によって朱と紫の見事なコントラストに染め上げられる。

 

俺は目の前の絶景に思わず目を細めた。

 

ーーナニ黄昏てんだと言う方々。 ……はい、その通りです。 スミマセン。

 

いやだってもう、修行よりキツイんじゃないかと思うほど走ったんだ。

 

ポーカーフェイスで常に冷静沈着というキャラを崩さないために、必死で息が荒くなるのを抑えてるだけ頑張ってるつもりだぞ。

 

文句があるなら「私は家を見張るから、ヨロシクね」と元気に言って、この事態をあからさまに避けやがったマーシャに言って欲しい。

 

ただ、誤解してもらっては困る。 疲れたからといって、サボっているというわけでわない。 俺が立っている都市が一望できるこの丘は、少なからず俺やレイヴンにとって意味ある場所であった。

 

ほんの数年前。 まだ俺達三人が師匠であるファティナの元で常に行動を共にしていた頃。 修行が終わり、ちょうど今のような日の暮れどきに、小さな露店で買った安いアイスバーをくわえながら三人でたわいない話をしたものだ。

 

美味しいカフェの話、ちょっとした失敗談、新しい剣技の構想。

 

俺がふざけたことを言って、レイヴンが冷たくそれを説き伏せて、その様子を見てマーシャが明るく笑った。

 

記憶の中で、温かい朱色の光芒とソーダアイスの爽やかな味を内包した、ばかばかしくて、子供っぽくて、それでいて大切な思い出が鮮明に蘇る。

 

「そういえば……」

 

ふと、頭の中の光景に思う所のあった俺は、思考に落ちる。

 

「レイヴンがあんなになったのは、いつからだったかなーー」

 

そこに映るレイヴンは、今よりずっと明るかったし、よく笑った。 だが、いつからかあいつは自分の心を硬く閉ざし、人との関わりを拒むようになった。 完全に周囲を強固な壁で固めてしまったわけではなかったが、接しようとしても、どこか深い闇を感じ取ることができるようで妙な息苦しさを覚えるのだ。

 

きっとそうなったのにはあいつなりに絶対とする普遍の理由があるのだろうが、誰にもその深淵を捉えることができなかった。

 

だが、俺はおぼろげながらそれを掴みかけているような気がした。

 

師匠であるファティナの話が頭の中で重々しく反芻される。

 

レイヴンはーー

 

と、そこまで考えたところで不意に背後から声を掛けられた。

 

「俺がどうしたって? 黄昏少年」

 

静かで濁りが全くない声質を嫌味な言い方で台無しにするような特徴に、嫌な予感を抱きながら振り向くとそこにはーー

 

「のわっ!? 何でお前がここに!!?」

 

「……さてね」

 

探し人であるレイヴンが、漆黒のロングコートに両手を突っ込み、真紅の瞳で無感情に俺を見つめていた。

 

俺は二、三度咳払いをして自分の珍妙な驚き声を掻き消すようにわざと気取った風に言う。

 

「ふ、ふふ……。 引っかかったな。 俺の『物思いに沈んでいるように見せて実は気づいているのに、巧妙に演技をしておびき寄せる作戦』に!!」

 

「あーそう。 お見事、お見事」

 

気の入っていない拍手と棒読みの称賛が虚しい空気を創り出す。

 

このまま変な意地を張っても何の得もしないと思った俺は、一つ舌打ちして、こちらの存在を無視するように彼方へと視線を向けるレイヴンの眼前に割り込んだ。

 

今度は繕ったりしない。 真正面の言葉を投げかける。

 

「悪いな。 大切なことなんだ。 そのくらい分かってるんだろ?」

 

「ふん……」

 

レイヴンは緩慢な動作で俺に向き直ると先を促すように首を動かした。

 

ーーやはりこいつには無駄な前置きとかは必要ないな。

 

俺は意を決して問うた。

 

「お前は……ずっと前から亜獣のことを知ってたんじゃないのか?」

 

瞬間。 レイヴンの貼り付けたような無表情に微かな変化があった。

 

口の端がピクリとあがり、その上で、俺を見つめる瞳の中の微量な光芒が消失した。 だが奴はすぐさまいつもの感情の読み取れない仮面をかぶり、抑揚のない声で質問をほふった。

 

「……さあな。 お前には関係のないことだ」

 

「…………」

 

ーーどうして真実を言ってくれないんだ。 俺はお前の力になりたいんだ。 それとも、俺じゃだめなのか。

 

「それだけなら俺は帰るぞ。 せっかくのこの景観を見る気も失せた」

 

レイヴンが、心の中の問いかけを吐き出せずに口を噤んでしまった俺を一瞥し、立ち去ろうとする。

 

ーーいや違う。 なぜそんな大きな闇を一人で抱え込むんだ!?

 

「お前の……」

 

堪えきれなくなり、俺は思わず口を開く。

 

「お前の((父親|・・))は……」

 

その時のレイヴンの表情はよく覚えていない。

 

張り裂けそうな沈黙の中で何の予兆もなしに鳴り響いた電子音が、二人の間を遮ったからだ。

 

 

ーーピピピピッ。 ピピピピッ。

 

 

突然の出来事に俺は思わず思考の中断を余儀無くされたが、その音の正体に遅まきながら気づく。

 

レイヴンがいつの間にかこちらに背を向けていたため、追求のタイミングを失った俺は心中で一言毒づいてから、ひとまず上着の内ポケットから電子音の発信源であるメモ帳大の電子機器を取り出した。

 

携帯式遠距離通信機。 通称PーLDC(Portable Long Distance Communicater)。 一般的には“P”をとって“LDC”と呼ばれている。 ちなみに誰が呼んだか、一部の女性からは“プルドック”という、恐ろしい程に可愛らしい愛称で親しまれている。

 

当初は通信のみを目的として開発されたのだが、年を経るごとに様々な機能が追加され、今では都市住民の誰もが持っているほどの売行きだ。

 

カスタマイズが自由にできるのも人気の一つで、マーシャなんかはメチャクチャ華やかな画面と着信音に設定している。 ただ、俺みたいに使用頻度の少ない男はその限りではなく、特にレイヴンのやつはそのままそっくり原型をとどめている。

 

ーーっと、そんなことは置いといて。

 

誰からかは分かっていたので、俺は確認もせずに画面をタップして通話状態にし、一度チラリとレイヴンを見やってから画面に目を落とした。

 

途端に高いソプラノが響き、画面に大きくマーシャの顔がアップで映し出される。

 

『イサク! そっちはどうなの? まさかとは思うけど、サボってなんかないでしょうね?』

 

一瞬ギクリとし、彼女が映る大画面の右下に申し訳なさそうに小さく映し出された俺の顔がゆがんだが、すぐさま得意な顔になってレイヴンを発見したことを告げようとする。

 

「おーおー。 なんだよその言い草は。 こっちは……」

 

その時、俺の声はまたしても電子音に遮られた。 しかし、今度のは先の鈴虫の鳴き声をポップにしたようなものではなく、鼓膜を割くような甲高い不協和音だった。

 

 

ーーキィィィィ!!! キィィィィ!!!

 

 

「なっ!?」

 

見ると、先ほどまでマーシャと俺の顔が映っていた電子画面が真っ赤に染まっていた。 そこにはさらに深い赤で角ばったフォントの文字列が一つ。

 

 

“WARNING”

 

 

俺は混乱した。 簡素ゆえに不気味な文字列が不吉な予感を駆り立てる。

 

頭の整理のつかない状態で悶えていると、その横で、俺と同じ現象に陥っているらしい自らのLDCをしげしげと見つめていたレイヴンが何か思いあたったように眉を軽くあげ、その画面上に指を滑らせ始めた。

 

その様子を見て、俺も少しずつあることを思い出す。

 

……そうだ。 ……カスタマイズ自由と言ったが訂正しよう。 俺達剣士に一つだけ設定の変更が許されていない項目があった。

 

それは“緊急即時通達”。

 

まさに今のような音と画面がそれを知らせる証となるわけだが、なにしろ配給時にそれを教わっただけで実際に聞くのは初めてだった。

 

事の重大さに気づいた俺は、慌てて画面を操作しようとする。 しかしその内容は、俺がデータを開くよりも早く頭上からのしかかってきた。

 

 

ーーキィィィィ!!!! キィィィィ!!!!

 

 

空から降り注ぐ大音響。

 

これは……都市全体への緊急警報だ。

 

俺が思わず手を止めていると耳を射る高音をBGMに、女性の無機質な、それでいて不安を煽る合成音声が響いた。

 

 

『緊急警報発令。 緊急警報発令。 警戒レベル4。 都市住民の皆様は落ち着いて迅速な即時帰宅をしてください。 剣士であるものは武装し、追報を待つように。 繰り返しますーー』

 

 

「レベル4!!?」

 

俺は誰に聞くともなくその事実を繰り返してしまった。

 

レベル4というのは、最大警戒レベルであるレベル5、 “自都市へ甚大な被害を及ぼしうる外敵の侵入”に次ぐ、 “他都市及び村の壊滅的被害”を示すもので、戦乱終結後の今までの平和な世では一度として鳴り響いたことはなかった。

 

最低警戒値を示すブザーでさえ数える程しか使用されたことがなかったのだ。 全都市を揺るがすような出来事が起こったなんてこんな唐突に提示されてもにわかに信じることができない。

 

だが、そんな思いに反して俺の心の中の不安はとどまることなくその波紋を広げていく。

 

ふと、同盟都市であるラバールで暮らしている二人の友、カイトとハリルのことが頭をよぎる。

 

ーー無事でいてくれ!!!

 

硬く目を閉じ、祈るように拳を胸に当ててから、落ち着きを取り戻すために頭を強く振る。

 

熱を持った額に手のひらを押し当てながら目を開くと、俺をじっと見据えていたレイヴンと目があった。

 

この状況にも全く動じていないのか彼は平然と俺の視線を一蹴りし、自分のLDCの画面を俺の方へ差し出しながら静かに言った。

 

「どうやら、俺達をお呼びのようだ」

 

吸い寄せられるように目を向けると、そこには無地の真紅の画面を背景に白い細身の文字でこう書かれていた。

 

『レイヴン。 イサク。 マーシャ。 上記の三名は装備を整え、中央都市管理局最上階第一会議室に参上すること』

 

 

 

 

こうして、俺達の運命を大きく変えることとなる、永い、永い、聖なる夜が始まることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

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《あとがき》

さて、第11話、どうだったでしょうか?

この話を読んで気づくことがあった人がいるのなら、私にとってそれほど嬉しいことはありません。

 

実はこの話は、“プロローグ ?レベル4?”と同じ時間軸だったのです。 ここでは、イサク達の住むアラディフィスが舞台となっていますが、プロローグの方はラバールでの話という設定です。

今までは、少し過去のことを描いてきたんですね。

ということは、これから起こることは……。 分かる人には分かると思います。

 

この《聖夜の小交響曲》編では、イサク、カイト、レイヴンの男子三人がキーマンとなり、それぞれの物語を展開していく予定です。 (作者的には、特にカイトに熱を入れるつもりですが……)。

ちょっとおばさん的な雰囲気を出してしまってるマーシャも救済したいとも思ってます。

ちなみに、前回までで大暴れしてくれたハリルちゃんは悲しいことに出番がほとんどなくなってしまいます。(「more DEBAN」ってやつですね)

 

 

長くなってしまいましたが、とにかく次回もお楽しみに!!

 

 

 

 

説明

ついに、《聖夜の小交響曲》編が始まります。

戦闘シーンがメチャクチャ多くなると思いますが、その中でキャラが見せるそれぞれの“本気”に感動できるように書けるように頑張ります。

それでは、開幕です。
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