ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」14 |
「マックが来てないのは丁度いいかもしれません」
紅茶に一口、口を付けてからカルノが切り出した。
「そろそろ『九星(ナインズ)』の定期演習の時期かと思いましたが、マクウェードを除外するということは例の件ですの?」
「ええ、ブリテンの」
カルノが口にした海峡を隔てた国の名に、学園生徒の最高峰である『四重星(カルテット)』でもわずかに緊張が走った。
「ちっ、面倒なこった」
「仕方がありません。我々『九星(ナインズ)』は、今のように授業を免除されるかわりに労働力を提供する決まりです」
だからこそ、模擬戦の時間であるというのに悠長にティータイムを味わえるわけだ。
模擬戦をやっても当然のように勝ち、序列が落ちないから『四重星(カルテット)』と特別視される。『四重星(カルテット)』だから模擬戦が免除される。模擬戦を免除されるから序列が落ちない。序列が落ちないから『四重星(カルテット)』。
一体これは何の循環式なのだろう。『四重星(カルテット)』とは一体何なのか、そう呼ばれている本人達もわからなくなるときがある。それでも学内トップ4であるという自負は四人ともに備わった矜持(きょうじ)である。
「それで具体的には何か学園長から指示があったのですか?」
ジェル・レインもあまり乗り気ではないのであろう、また束ねた金色の髪を指先でいじっていた。
「今はまだ待機ですが、ことが動けば、ということでしょうね」
カルノはまるで観念するような口ぶりだった。そう言ってみせることで、ヒュースとジェルもしぶしぶ納得する。それはカルノがよく使うお得意の話法であった。
「結局、マックはどうするんだ?」
ヒュースはいつもにも増して鋭い目をしていた。雑事には興味を示さない天才魔法使いである彼だが、気に入らないこととなると、是が非でも動かないという頑固な一面もある。この場にはいない『四重星(カルテット)』最後の一人、序列三位のマクウェード・ジェが蚊帳の外となるのが腹立たしいのであろう。
「学園長もマックがブリテンのスパイと決めつけているわけではないようですが、実際問題、彼の父がブリテンからの亡命者ですからね。本人もあまり納得していませんが、ここは自主謹慎が妥当だとは思います」
「はっ。学園も器量が狭いこった」
「学園長も大勢でお考えなんでしょう。『連盟』内にも色々問題があるということですわ」
ジェルが学園側の肩を持つ発言をしたもので、ヒュースは余計に憮然とした。
「面白くねぇな、まったく」
「誰しもあなたのように強く生きられないのですよ」
「俺が強いか……」
何かを言いかけたヒュースだったが、それは予期せぬ異音で邪魔される。
距離がある所為かぼやけた轟音だったが、強力な魔法使いである三人は瞬時に身構える。
音がした方は学舎とは違う方向、見れば何やら魔法炎らしき光が見え、爆煙のようなものも上がっていた。
それが模擬戦が行われている闘技場の方向と知り、三人は浮かせた腰を再び椅子に下ろす。
「全く、騒がしいですこと」
「はははは。あの嬢ちゃんがまた制御に失敗したらしいぜ。ほんとよくやるぜ」
眉間に皺を寄せるジェルと、腹を抱えて笑い出す勢いのヒュース。皆、轟音の原因に心当たりがあったのだ。
「おい、カルノ。お姫様がやらかしたぜ。行かなくていいのか?」
「耳痛いことを言わないでくださいヒュース。エディは義妹ですが、カプリコット家は放任主義なのです」
「嘘吐け、学園長もお前も過保護なのは知ってるぜ」
「だから耳痛いと言っています」
「くくくく」
「ヒュース、あまりからかって差し上げない方がよろしいのでは?」
いつも冷静無難に事を済ますカルノも、ことエディ・カプリコットのことになると形なしだ。
カルノ・ハーバーは孤児だった。本当の両親の顔を覚えてもいない。捨てられたのか死に別れたのかそれすらも記憶にないのだ。エディの両親に養子として迎え入れられるまでの生活は本当に惨めなものだったと、ぼんやりながらも心に残っている程度なのだ。
そんな彼はエディと共に育った義兄ではあるのだが、カプリコットという家名を名乗っていない。養子としての遠慮なのか、ハーバーという名は自らが勝手につけた姓だった。
「放任か過保護かはともかく、魔法に関してはもう少しまともに指導したらどうなのですか?」
「いや、あのままの方が面白れぇじゃねぇか」
折角の指摘に横やりを入れられ、ジェルがヒュースを睨みつける。それにヒュースは、怖い怖い、とおどけてみせた。
「おもしろいって、エディさんのアレはそんな生易しいものとは思えませんわ。わたくしにはあの子が自殺志願者に見えますけど。あんなに頻繁に制御に失敗して暴走させるなんて。普通なら一度失敗するだけで怖くて魔法構成を躊躇するものですもの。だからこそ、魔法の習得では出来るだけ安全を期し、出来るだけ小さい魔力で慣らしていくんですよ。それをあんなに……」
「確かに、魔法制御に失敗して半身が吹き飛んだって巷談(こうだん)も聞きますしね」
とカルノは付け加えた。
あらゆる魔法を会得し、『統べる女(オール・コマンド)』とまで異名されるジェルの評に、義理とはいえ、妹にあたる人物の問題にしてはカルノは軽い反応だった。そこがカルノの長所でもあり短所でもある。あらゆることに対して冷静に処理してしまうのがカルノ・ハーバーという人間だった。
にやけた笑いが止まらないヒュースは、目だけは真剣に戻り言う。
「いやぁ。あれは一種の天才だろ、失敗の。肝心の魔法制御は出来てないのに、自身は腕が燃える程度に抑える最低限ぎりぎりいっぱいのところは無意識に制御してやがる。ほんと面白い嬢ちゃんだ」
「失敗の天才ですか。確かに一芸を欲しがる学園が置いておくわけです。……もし、あの子が制御のコツを覚えたなら、わたくし達もうかうかしてられませんわ。限界ぎりぎりの力を出し切るというのがどれほど難しいか……」
序列次席のジェルがそう言うのだ、どこまで真実かはわからないが、エディ・カプリコットに見込みがないわけではないのだ。
模擬戦を免除されているからといって『四重星(カルテット)』がふんぞり返り慢心しているのかといえばそうではない。彼ら『四重星(カルテット)』は魔法の鍛錬を怠ることはないし、挑まれれば相手が誰であろうと模擬戦を行う気構えはある。
しかしながら『四重星(カルテット)』の四人には普通に模擬戦に参加する気はない。既に一人前の魔法使いと同等の力を持った彼らには、学生レベルの模擬戦では得るものがないと感じてしまっているのだ。
そんな彼らが、落ちこぼれと言われているエディ一定の評価をしているのは奇妙な光景であった。
「エディの魔法素養については考え深いものがあるのは事実ですね。あの子が最近練習をしている『炎』の魔法。一度も制御出来ていないようですが、魔力濃度も総量も基礎レベルを遙かに超えています。制御出来ていない『炎』が、ヒュース、『炎灼獄燃(ムスペルヘルム)』と呼ばれるあなたの火術に匹敵する熱量を持っているのですから。いえ、本当に怖いのは、ジェルの指摘通り、それだけの魔力を躊躇なしに毎回練(ね)ってみせる度量と、それだけの炎で自らの身を焼いても火傷程度で済む魔法耐性でしょうか。どちらにせよ。彼女が魔法制御に失敗しなくなれば『九星(ナインズ)』に名を連ねることも考えられます」
カルノは自らの使い魔である白蛇の首筋を撫でる。ここにはいない義妹を思ってか、彼は遠い眼をしていた。
「はは。ご高説もっともだがよ、カルノ。俺も嬢ちゃんの報われねぇ才能には同感だ。だがお前、俺の炎を舐めてないか? 俺の炎があの程度だと?」
ヒュースが殺気立つ。さっきのジェルとの小競り合いなどよりも遙かに濃い憤りの色を見せていた。
カルノもそれに応じるように、いつも細い眼を大きく見開いてヒュースを見据えた。しかし直ぐに表情を戻す。
「いえいえ。この学園で、僕が一番あなたの炎の威力をわかっていますよ。ねぇクエル?」
名を呼ばれた白蛇が口を大きく開けて喉を鳴らす。それは威嚇ではなく単に肯定だったのか、蛇は直ぐにまた丸まってしまった。
「それにヒュース、あなたはエディとは根本的に違いますよ。それこそ何もかもね。あなたは後数年もすれば大陸最強の炎術師と呼ばれるようになるでしょうし、エディはこのまま魔法が使えない可能性の方が高いでしょうね」
「カルノ。あなた、エディが魔法を失敗する原因を知っているのですね。それであえてその原因を教えてない。何か理由があると見受けますが?」
ジェルもこと魔法に関しては一流。そんな彼女が見抜けない要素がエディ・カプリコットにあるのかとカルノに対する追求の手を休めない。
「さぁ、それはどうでしょう」
「あら、教えて下さらないのですね」
口元だけの笑みで答えたカルノを前に、ヒュースもやる気がなくなったのだろう、彼の殺気はいつの間にか霧散して消えていた。
「ちっ、食えねぇな。まったく面白くないことばっかだぜ」
そう言うとヒュースは席を立ち、踵(きびす)を返してテラスから去っていく。
「どちらに?」
ヒュースの後ろ姿に、ジェルが聞いた。
「どこでもいいじゃねかバ〜カ」
「だから誰がバカですかっ!」
ヒュースが学舎の中へと姿を消して見えなくなっても、ジェルは何やら小声でヒュースへの文句の言葉を呟き続けていた。
「ほんと仲がいいですね、あなた方は……」
呆れ声のカルノに同意するように、膝の上で白蛇のクエルがあくびした。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第一章の14 |
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