SAO〜菖蒲の瞳〜 小話4
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小話4

 

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その1 〜 意思確認 〜

 

【アヤメside】

 

「……すごいなお前」

 

「キュィ」

 

俺が感嘆の言葉を漏らし、右肩のキュイが誇らしげに鳴く。

 

リンと別れて樹海の道を進む途中、俺はメインメニューに新しく追加されたキュイのステータス画面を見ていた。

 

種族名《((PeepRabbit seeress|ピープラビット・シアレス))》。固有名詞は《キュイ》。

 

《シアレス》が追加されているから、普通の《ピープラビット》の亜種と考えるのが妥当だろうか。

 

所持スキルは《索敵》《警笛》《マッピング》の三つで、その下に不自然な空間があるから未開封のスキルがあと一つあるよだ。

 

今のところ判明しているスキルの中で特筆すべきは《警笛》スキルだろう。

 

《警笛》は、簡単に言えばモンスターのヘイト値を上げて自分を狙わせる《((威嚇|ハウル))》スキルの上位互換と言ったところだ。

 

それに加えて、某RPGの《くちぶえ》や《あまいかおり》と同じように、フィールド上でモンスターを呼び寄せる効果もあるようだ。

 

この《警笛》スキル。上手く使えばシリカたちの死亡率を格段に低くする事が出来るかもしれない。

 

同時に、それは自分の死亡率を高くすると言うことでもあるが――――

 

「――臨むところだな」

 

これまでも囮役を買って出てきたんだ、いつもと変わりない。寧ろ、ターゲットを取りやすくなるから好都合かもしれない。

 

けれど、これは俺だけだったら場合。今の俺には怖がりな相棒が付いているのだ。

 

「キュィ?」

 

急に立ち止まった俺に、キュイは「どうしたの?」と尋ねるように鳴いた。

 

そんなキュイの前に左手を差し出すと、キュイは俺の意図を察してぴょんと左手に飛び移る。

 

そのままキュイが俺の直ぐ目の前に来るように左手を動かし、「キュイ」と呼び掛けると、キュイは疑問符を浮かべながら返事をした。

 

それを見て、可愛いな……、と思ったが、撫でるのは我慢して俺は真剣な目を向けて口を開いた。

 

「キュイ、俺は誰かを守るためだったら躊躇いなく自分を犠牲にする。そのためにも、キュイの《警笛》スキルはたくさん使うつもりだ。でも、これはお前を必ず巻き込むことになる。俺に付いて来れば、お前は昨日の蛇みたいな怖い思いたくさんすることになるかもしれない。今更聞くのも遅いけれど……キュイ、それでもお前は俺と来るのか?」

 

本当に今更な意思確認。

 

正直、俺はキュイが何と答えるか不安だった。

 

「キュイ!」

 

しかし、そんな不安は、言い切った直後に耳に届いたキュイの明るい肯定を表す鳴き声にかき消された。

 

「本当にいいんだな?」

 

「キュイ」

 

念を押して尋ねると、キュイは小さな体を精一杯伸ばして俺の鼻の頭に自分の鼻をくっつけてきた。

 

まるでキスするかのような仕草に、それだけ信頼されているんだなと知り、嬉しさで胸が暖かくなる。

 

「ありがとう、キュイ」

 

キュイの頭を優しく撫でてから肩に移し、俺は再び歩き出した。

 

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その2 〜 心配少女 〜

 

【シリカside】

 

「アヤメさん、どうしたんだろう……」

 

第九層主街区のとある宿屋。

 

そこでイスに腰掛けた私は、テーブルに肘を起き、頬杖を着きながら窓の外を見て小さく呟いた。

 

ここ二日間、私はアヤメさんに会っていない。

 

それだけなら良くあることだけど、今回はメールも送れなかった。

 

《メールが送れない》と言うことは、アヤメさんがダンジョン内に居るということであり、それが二日も続いている。

 

アヤメさんは、素材集めで二日間もダンジョンに籠もるなんて危ない事をするとは思えないから、何かあったのではと思い、私は心配だった。

 

私同様、アスナさんも心配していたけれど、キリトさんは「アヤメなら大丈夫だって」と言ってあまり心配していた様子はなかった。

 

余りにも気にしていない風だったので、ムッとして強く言い返しちゃったけど、今ではそれだけアヤメさんの事を信頼しているようにも思える。

 

私だってアヤメさんの強さは知ってる。そして、信頼もしている。信頼してるけど……。

 

「はぁ……」

 

「シリカちゃん、大丈夫?」

 

「アスナさん」

 

窓の外を眺めたままぼーっとしていると、買い出しに出ていたアスナさんが部屋に帰ってきた。

 

「はい、大丈夫ですよ。それより、買いたかったものは買えましたか?」

 

「うん。……それとシリカちゃん。さっき、キリト君に会って『今から下の層行ってくる』って言ってたの。あんな事言ってたけど、やっぱり心配してるみたいだから――――」

 

「分かってます。強く言い過ぎたって反省してます」

 

「……そう」

 

アスナさんは優しく微笑むと、ケトルやティーカップなどをオブジェクト化させてお茶の準備をしだした。

 

普段ならお手伝いをする私だが、この時はアヤメさんの事が頭から離れずその事まで頭が回らなかった。

 

――どうしよう。このままアヤメさんが帰ってこなかったら……。

 

頭の片隅でそう考えた瞬間、背筋に冷たい氷を落とされたようなゾクリとした感覚が走った。

 

――いや! それだけはいやっ!

 

私は弾かれたように右手を振ってフレンドリストを開き、アヤメさんにメールを打つ。

 

【今どこにいますか】という、疑問符すら付けない簡素な文章。

 

もし5分経っても返信が無かった探しに行こう。

 

そう決意して、私は送信ボタンを押した。

 

「アヤメさん……!」

 

目を瞑り、祈るように両手を握りしめて呟く。

 

その3分後、私の祈りは通じた。

 

チリン、と耳に届いたメールの受信を知らせるサウンド。

 

慌てて送られてきたメールを開けば、果たして、アヤメさんからのメールだった。

 

【今第九層主街区に入ったところ。ついさっきキリトに会って聞いたけど、心配かけたみたいだな。ちょっとしたクエストでダンジョンに潜ることになって連絡出来なかったんだ。本当にごめんなさい】

 

「そうなんだ……良かった」

 

アヤメさんの安否を確認出来た私は、自然と顔が緩んでいくのを感じた。

 

「どうしたの?」

 

お茶の準備を終えたアスナさんがコースタートレイをテーブルに置き、ニコニコしながら尋ねる。

 

「アヤメさんからの返信が来たんです」

 

それに対して、私はニコリと笑って返した。

 

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その3 〜 黒の剣士と白兎 〜

 

【キリトside】

 

「よう。アヤメ」

 

素材集めとアヤメ探しに第八層の《クウィヒル》にやって来た俺は、転移門を抜けた直後に片方の用事を終了させることが出来た。

 

「キリトか。第八層に何か用か? ……と言うか、近いんだが」

 

「転移門を抜けた直ぐ目の前に居たんだから仕方ないだろう」

 

そう言うと、アヤメは「それもそうだな」と後ろに三歩下がり、俺に道を開けた。

 

「そう言えばアヤメ。メールの返信が無いってシリカが心配してたぞ?」

 

転移門の前だと他の人に迷惑だろうと思い少し移動したあと、俺はそうアヤメに言った。

 

「そうか? それは悪いことをしたな……」

 

それを聞いたアヤメは申し訳無さそうな声音で呟くと、メニューを開こうと右手を持ち上げる。

 

その時、アヤメのポケットがカサッと小さく揺れた。

 

「ああ……。大丈夫。コイツはお前に何もしないよ」

 

それに気付いたアヤメは、驚いた様子もなく上げていた右手をポケットに持って行き、数回軽く撫でた。

 

「アヤメ、何か居るのか?」

 

気になった俺はポケットを指差しながらストレートに尋ねてみると、アヤメはコクリと頷く。

 

「俺、《ビーストテイマー》になったんだ」

 

「マジ!?」

 

何気なく繰り出されたアヤメの言葉に驚愕した。

 

SAOが正式サービスを開始しデスゲームとなってから今日まで、《モンスターをテイムした》と言う話はまだ二回しか聞いたことがないからだ。

 

「どんなヤツをテイムしたんだ?」

 

アヤメのポケットを注視しながら、俺は純粋な興味から反射的にアヤメに尋ねていた。

 

ポケットに入っている点を考えると、アヤメがテイムしたモンスターは小型Mobの中でも取り分け小さいモンスターだろう。

 

それくらいのサイズで第八層にいる小型Mobは、確か《ビットマウス》《ピープラビット》《ブッシュリザード》《クラッカーズフライングスクワーレル》の四種類。

 

俺は《ピープラビット》と《ブッシュリザード》は見た事があるが、どれも《((隠蔽|ハイディング))》スキルが高い上に、小さく隠れ上手なためなかなか見られないモンスターばかりだ。

 

「落ち着け。怖がって出て来れないだろ」

 

いろいろな予想を立てる俺に、アヤメは呆れたような声で咎める。

 

俺が少し落ち着いてくると、アヤメはポケットを撫でながら説得を試みていた。

 

その途中、「大丈夫だって。もしお前に危害を加えようとしたら即座に首を飛ばすから」とか聞こえたのは空耳だと思いたい。もし事実だとしても、決して物理的な意味じゃ無い……ハズだ。

 

とにかく、俺が事の流れを静かに見守っていると、アヤメが「ありがとう」と一言呟き、続けてガサガサとポケットが揺れてひょこっと白ウサギが顔を出した。

 

「紹介する。《ピープラビット・シアレス》のキュイだ。キュイ、コイツはキリト。俺の友達だ」

 

「よろしくな、キュイ」

 

「……キュィ」

 

キュイと呼ばれたモンスターは、俺の耳にギリギリ届くくらいの小さな声で鳴いて直ぐにポケットに身を隠した。

 

「臆病なヤツなんだ。許してくれ」

 

ポケットに手を入れ、直接キュイを撫でながらアヤメは言う。

 

「別にそれはいいんだけど」

 

そこで一旦言葉を区切り、アヤメに気になった事を聞いてみた。

 

「アヤメ、ピープラビットってクリーム色じゃなかったか?」

 

俺の記憶では、ピープラビットはクリーム色のウサギだったはずだ。

 

「そうだな。でも、キュイは《ピープラビット・シアレス》。また別のモンスターだぞ」

 

「いや、そんなモンスター、ベータ版の時には居なかったんだけど」

 

「そんな事俺に聞かれても困るんだが……まあ、新しく追加されたピープラビットの亜種、もしくは親戚って事でいいんじゃないか?」

 

「はあ…」

 

根本的には何も解決していないが、確かにアヤメのように捉えるのが妥当なので取り敢えず納得する事にした。

 

「聞きたいことは以上か?」

 

「あ〜……いいや、そのときになったら聞くよ。素材集めもしなくちゃならないしな」

 

「それじゃあ、また最前線でな」

 

「おう。またな」

 

別れの挨拶を告げたアヤメは右手を上げると、マントを翻して転移門に向かって歩いていった。

 

「《ピープラビット・シアレス》か」

 

そう呟いた俺は、アヤメに背を向けてフィールドに向かう。

 

「……あ、そう言えばウサギ肉って柔らかくて美味いらしッ!?」

 

唐突に思いついた事を何気なく口にした途端、突然、堅い物体が飛んで来て後頭部に直撃した。

 

「いてて……」

 

ぶつかったところをさすりながら足元を見ると、フィールド上にどこにでも落ちている石ころが転がっていた。

 

そのまま視線を持ち上げると、半身で俺を一瞥するアヤメの姿があった。

 

その横顔は、黒い笑みを浮かべているように見えた。

 

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その4 〜 ライバル? 〜

 

【アスナside】

 

「かわいいー!」

 

座っていたベンチから身を乗り出し、私とシリカちゃんが同時に黄色い声を上げる。

 

私たちの視線の先にいるのは、ポケットから顔だけを出している一匹の白ウサギだった。

 

今、アヤメさんと二日振りに会った私とシリカちゃんは、昨日、アヤメさんがテイムしたというキュイちゃんを紹介されているところだ。

 

臆病な性格と言うことなので、周囲には人気がなく閑散としていて私とシリカちゃん声は思ったよりも響いた。

 

「キュィ!?」

 

その声に驚いたのか、キュイちゃんはポケットの中に潜り込んでしまう。

 

「あまり大きい声出すなよな……」

 

残念に思っていると、アヤメさんはしょうがないな、と言うような雰囲気で溜め息混じりに呟いた。

 

「……まあ、可愛いのは同意する……」

 

そのあと何か呟くと、ポケットに手を突っ込み、キュイちゃんを手のひらに乗っけてポケットから出した。

 

白いモコモコの毛は柔らかそうで、ビクビクと怯える姿と合間って庇護欲をかき立てられる。

 

私は思わず手を伸ばし、即座に止めた。

 

「あの、撫でてみてもいいですか?」

 

ペットに触るときは飼い主に許可を取る。《使い魔》をペットと呼んでいいかどうかは疑問だけど、必要最低限のマナーは守らなくてはいけないのだ。

 

「触らせてくれたらな」

 

すると、意味深な言葉と共にアヤメはニヤリと笑う。

 

それを疑問に思いながらも、一応許可が降りたので私はキュイちゃんに手を伸ばした。

 

「キュキュ!?」

 

しかし、キュイちゃんは私が手を伸ばすとアヤメさんのマントの袖の中に逃げ隠れてしまった。

 

溜め息をつきながら諦めて手を引っ込めると、ひょこっと顔を出す。

 

「とまあ、こんな具合だからな」

 

「う〜……」

 

少し悔しくて唸ると、キュイちゃんは慌た様子でまた袖の中に顔を引っ込めた。

 

「私、嫌われてるのかな……?」

 

「キュイは臆病で、その上人見知りなところもあるから、初対面じゃ仕方ない。アスナは優しいんだから、直ぐに馴れてくれるよ」

 

ショックでしょんぼりしていると、アヤメさんは少し苦笑いしながら私の肩を叩いて慰めてくれた。

 

「キュキュ!」

 

すると、キュイちゃんはアヤメさんの顔を見上げて何かを抗議するように鳴く。

 

「キュイちゃん?」

 

しかし、それにアヤメさんとシリカちゃんは気付いた様子が無く、私だけが疑問に思った。

 

「じゃあ、今度は私が……」

 

すると、今度はシリカちゃんが挑戦すると意思表明をした。

 

さっきの私を見ていたからか、少し緊張気味だ。

 

「そんなに堅くなるな。自然体だ自然体」

 

そんなシリカちゃんを見かねて、アヤメさんは微笑みながらアドバイスをする。

 

「あ、はい」

 

シリカちゃんはアヤメさんに微笑み返しながら頷き、キュイちゃんにそっと手を伸ばした。

 

「キュィ……」

 

キュイちゃんはそれをじーっと見つめるだけで動こうとしない。

 

「キュキュキュ!」

 

と思ったら、急に垂れていた耳が持ち上がり、小さく震えながらもキッとシリカちゃんを睨みつけた。明らかに威嚇している。

 

「ええ!? 私、何か悪い事しました?」

 

ここまで激しく拒絶されるとは思ってなかったらしいシリカちゃんは、おろおろしながらアヤメさんに戸惑いの目を向ける。

 

「キュィ! キュィ!」

 

キュイちゃんもキュイちゃんで、何だか泣きそうな声を上げてアヤメさんの顔を見上げた。

 

何というか、嫉妬しているようにも見える。

 

「……あ」

 

と、そこまで考えて私はあることを思い出した。

 

キュイちゃんの種族名は《((PeepRabbit Seeress|ピープラビット・シアレス))》。

 

《((seeress|シアレス))》とは、千里眼の人、占い師、予言者、などの意味があり、そして、((女性|・・))に対してのみ使われる英単語だ。

 

――――と、言うことは。

 

「うふふ。シリカちゃん、強力なライバルの出現だね」

 

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【あとがき】

 

以上、小話4でした。皆さん、如何でしたでしょうか?

 

《その3》の小型Mobたちは名前のみの登場です。

一応、見た目は《ビットマウス》は金眼黒毛のネズミ、《ブッシュリザード》は草みたいなトサカの付いた深緑色のトカゲ、《クラッカーズフライングスクワーレル》は胡桃色のモモンガ、と言うところまで妄想して諦めました。

まあ、ぶっちゃけるとアヤメ君の使い魔候補だった方々なんですよね(笑)

 

キュイちゃんはまさかの《女の子》です。生物学的に言うなら《メス》で、記号なら《♀》。パスポートとかなら《F》と表記されます。

シリカちゃん最大の((恋敵|ライバル))(?)になってくれるでしょう。

妹と思われているシリカちゃんと、アヤメ君に毎日にベッタリなキュイちゃん。……あれ? シリカちゃん不利過ぎじゃね?

 

次回からは《月夜の黒猫団》のお話になります。

 

それでは皆さんまた次回!

 

説明
小話4です。

《樹海の帰り道》
《その頃のシリカちゃんの様子》
《キリト君とキュイちゃんの出会い》
《女子二名とキュイちゃんの出会い》

の四つとなります。

コメントお待ちしています。
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コメント
ネフィー 様へ  そして、その事実を知るのはアスナさんだけなのであった……。(bambamboo)
おぅ…シリカちゃんに強力なライバル(?)が…。シリカちゃん、頑張るんだぞ…っ!次回も楽しみに待ってます!(ネフィリムフィストに戦慄走った)
本郷 刃 様へ  だんだんキリト君がオチ担当になってきている今日この頃(笑)(bambamboo)
キリト、石を当てられたのはさすがにお前が悪い・・・そしてシリカに強力な恋敵が!? さらに次回は黒猫団の登場! どんどん気になってきましたよ♪(本郷 刃)
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