SAO〜菖蒲の瞳〜 第三十五話 |
第三十五話 〜 「関係無い」 〜
【キリトside】
俺が《月夜の黒猫団》に入団し、二週間くらいが経ったころ。
前衛が二枚になったことにより、パーティバランスが大幅に改善された《月夜の黒猫団》は、その戦力を驚くべきスピードで強化されていった。
俺が戦闘中、ひたすら防御に徹し、トドメを他のメンバーに刺させることによって経験値ボーナスを譲り続けたからだ。
しかし、これは要因のほんの一部で、最大の要因は彼らのチームワークの良さにある。
同じ高校の同じクラブだったと言うこともあり、そのチームワークは抜群で、いかにパーティバランスの悪さが足を引っ張っていたかがよく分かった。
そんな彼らには内緒だが、俺は深夜に最前線へと戻りレベル上げに勤しんでいた。
ケイタたちが強くなってもっと上の層に登ったとしても、彼らを問題無く守れるようになるためだ。
そして、今日もレベル上げをしようと上層に登ったとき、暗闇に浮かぶ二対の瞳と目があった。
不意打ち気味に映し出された少しホラーなその光景に、思わず背筋が凍る。
「こんばんは、キリト」
すると、その二対の瞳から聞き慣れた声がして、暗闇の中から小学生くらいの背丈で無表情な少年がスッと現れた。
「な、なんだアヤメか」
それを見てアヤメと知り、安堵の息をつく。
「キュィ……」
アヤメの頭の上に座るキュイが、俺を見て警戒しながら鳴いた。
まだ馴れてくれないのか、と少しショックに思う。隠れなくなっただけマシかもしれないが。
「そう言えばキリト、お前ギルドに入ったんだってな。名前は《月夜の黒猫団》だったか?」
アヤメは頭上のキュイを両手で優しく掴み、胸の前に移動させて抱きかかえながら言った。
その言葉に、少しギクリとする。
「……もう知られてんの?」
「俺とアスナとシリカ……あと、アルゴだけな」
「そうか……」
安心してホッと息をつく。
あまり目立ちたくない俺としては、攻略組に俺がギルドに入った事は知られたくなかった。
まあ、一番最後が少々心配ではあるが。
「随分、今のギルドを気に入ってるみたいだな」
俺の様子を見て、アヤメは弟でも見るような目で微かに笑った。
「まあ、ね。黒猫団には、アヤメたちとはまた違った暖かさがあるんだ」
「なるほど……」
そう呟いたアヤメは、キュイの頭を撫でながら何か考え事を始めてしまった。
気持ち良さそうに目を細めるキュイに少し和んでから、これで話は終わりかな、と思った俺は、アヤメに別れの挨拶を告げてその場を離れようとする。
「キリト」
「キュィ……」
その時、キュイを撫でるのを辞めたアヤメが俺の名前を呼んだ。
それに被せるようにキュイが抗議の声を上げると、アヤメはぽんぽんとキュイの頭を叩いてから話を続けた。
「俺も、その黒猫団に会ってみてもいいか?」
「――――もちろん」
気のいい仲間たちを紹介出来る。
そう思った俺は、笑顔で答えた。
【アヤメside】
キリトに会い、《月夜の黒猫団》に会ってみたいと言った翌日。
俺は、夜中にキリトからメールで送られてきた、今メインで活動している階層に下りてきていた。
「確か、東側の酒場に居るって書いてあったな」
街をぐるりと見渡し、街の東に向かう道に足を向ける。
「キュゥ……」
「大丈夫だ」
右ポケットの中から怯えるキュイの声が聞こえ、安心させるように撫でながら声をかける。
人見知りの治らないキュイは、今朝からこんな調子で怯えていた。
初めての人に会うのだから、まあ、無理もないか。
「きゃ!?」
「おっと」
ポケットを見つめ、苦笑いを浮かべながら道の角を曲がったとき、誰かとぶつかった。声からして女の子だ。
咄嗟にキュイを庇うためポケットに右手を添え、右に腰をひねった俺は、空いた左手を伸ばしてぶつかった人物の手を掴んで転倒を阻止する。
軽く手を引っ張ってバランスを戻してやると、少女はホッと息をついてから俺に頭を下げた。
「ごめんなさい。それと、ありがとう」
そう言って頭を上げると、夜色の黒髪がサラリと揺れ、少女の顔が露わになった。
気弱そうだけど優しげな目をしていて、右目の泣き黒子がその印象をより強くしている。
身近な誰かと雰囲気が似ていて、チラリと右ポケットに視線を送った。
「あの、私、忘れ物をして友達を待たせてるから、これで失礼するね。さっきはありがとう。バイバイ」
そう言って、少女は俺が行きたい方向と逆方向に小走りで走っていった。
「……子供扱いされた気が……」
今すぐ追いかけて訂正させたい気持ちはあったが、もう会うことは滅多無いだろと思い、俺は酒場へと足を向ける。
「キュィ」
突然、キュイはポケットの中で暴れだしたかと思うと、ポケットから這い出して俺の右肩までよじ登ってきた。
街中では姿を見せようとしないキュイにしては珍しい。
「どうかしたのか?」と聞くと、キュイは一声鳴いて、頬に頭をすり寄せてきた。
急に甘えてだしたキュイに、俺は喉元を撫で返してやり、キュイを人形を抱くように胸の前で抱きかかえてから歩き出す。
しばらく歩いて、キリトが集合場所に選んだ酒場の前に到着した俺は、少し嫌そうな雰囲気のキュイをなだめてからポケットに潜らせ、ドアを開けて中に入った。
まだ朝だからだろうか、酒場の中は閑散としていて、昨夜一杯やったのか泥酔したプレイヤーが数人ちらほらと居る程度だ。
そんな中に、平均年齢が酒場に不釣り合いな団体を発見した。
その団体は五人組みの男で、中には顔馴染みの《黒の剣士》もいる。
「待たせたか?」
そう声を発しながらキリトたちに近付くと、キリトは手を挙げて、他の四人は少し驚いたような顔で俺を出迎えてくれた。
「いいや。待ってない」
「なら良かった。――――それで、この人たちが《月夜の黒猫団》のメンバーか?」
キリトに簡単な挨拶を済ませた俺は、俺の事をまじまじと見つめる四人に視線を向けた。
「え? あ、そうです。僕が黒猫団のリーダーのケイタです」
そう言いながら、ケイタは手を伸ばして俺に握手を求めてきた。
「敬語は無しの方向で。はじめまして、キリトの友達のアヤメだ。よろしく」
「よろしく」
俺は差し出されたケイタの手を取り、握手をした。
「なあ、キリト。ホントにこの人なのか?」
と、俺がケイタと握手を交わしている傍らで、シーフ型装備の男がキリトに耳打ちしていた。
「え? ああ、そうだけど?」
「いや……キリトの説明だと、かなり大人なイメージだったから」
キリトの返答に、今度はバシネットをかぶった一人が耳打ちし、その隣のタンク装備の男が同調するように頷いた。
「それは俺が子供っぽいってことか? 身長が低いってことか? 喧嘩なら、買ってから倍額にして返してやるぞ?」
それを聞いた俺は、思わず声のトーンを低くし、短剣の柄に手を添えながら威圧するように三人を睨みつけた。
自覚はしているし、もう諦めてもいる。しかし、我慢ならないこともあるのだ。
「ストップアヤメ!」
そんな俺と三人の間にキリトが割り込み、事態は終息した。
「はぁ…。さっきはごめんなさい。改めて、アヤメだ」
「なんか、こっちも悪かった。俺はダッカー」
「俺もごめん。ササマルです」
「テツオだ。よろしく」
三人とそれぞれ握手をして、一通り自己紹介を終えた俺は、キリトに目を向ける。
「確か、あと一人いなかったか?」
「それなら、さっきお弁当忘れたって取りに行ったから、そろそろ戻って来るはずだ」
「みんなお待たせ。もう来ちゃった?」
丁度その時、背後でドアの開く音が聞こえ、女の子の声が耳に届いた。
「もう来ちゃったよ。早くこっち来いって」
その声にケイタが返し、声の主をこちらに呼んだ。
俺は振り返ってその姿を目に留める。
「あ」
「ん?」
振り返ったそこには、驚愕の顔を浮かべる数分前にぶつかった少女がいた。
滅多なことは、あるもんなんだな。
「二人とも、あったことがあるのか?」
俺と少女の様子に違和感を持ったらしいケイタが、俺と少女の顔を交互に見ながら尋ねてきた。
「うん。さっき、街角でぶつかったのよ」
その問いに、俺が答えるより先に少女が答えた。
「私の名前はサチ。よろしくね」
「アヤメだ。よろしく」
黒髪の少女、サチとの自己紹介を終え、酒場で簡単な近況話をしたあと、俺は折角だからと黒猫団のレベル上げに同行することにした。
彼らの話を聞くうちに、気になる事が二つほど出来たからだ。
「……キリト」
石造りの回廊のようなダンジョンを進む中、先行するケイタたちと少し離れた場所を歩くキリトに、こそっと耳打ちをする。
それに気づいたキリトは、返事はせず、意識だけをこちに向けて話を聞く姿勢を取った。
「お前、俺をケイタたちにどんなふうに説明したんだ?」
「そっちかよ」
俺の雰囲気からして、真面目な話かと思っていたらしいキリトは、器用にも軽くこけてからツッコミとともにジト目を俺に向けてくる。
そんなことは気にせず、キリトが話し出すのを待っていると、キリトは前を向いて口を開いた。
「最前線の、俺が頼れると思う冷静沈着な短剣使い」
「もう少し悪く言ったんじゃないのか?」
キリトの言葉にそう切り返すと、キリトは少しギクリとして不自然に目を逸らす。
図星らしい。どうやら、いいところだけをピックアップしていたようだ。
まあ、実のところそれは別にどうでもいいことなので、俺は次の話題を取り上げた。
「じゃあ、どうして自分のレベルに嘘をついたんだ?」
この問いに、キリトは気まずそうにして顔をやや伏せた。
これが、俺が気になったことの一つ目。キリトのレベルを偽る理由が、どうにも分からないのだ。
SAOはレベル制MMOだから、レベルの高さはそのまま強さに直結する。また、実力主義な傾向のあるこの世界においては、発言力にまで強く影響を及ぼす。
キリトが《月夜の黒猫団》の戦力アップのために入団したのなら、あえて低いレベルを言うことにメリットは無い。むしろ、レベルの割に不自然な力を出さないため、実力をセーブすることになるのでデメリットになる。
なのに、どうしてなのか。俺はそれが気になった。
「………」
「……だんまりか」
一向に口を開かないキリトに、俺はやれやれと肩をすくめた。
「別に、話したくないなら話さなくてもいいんだが……お前は辛くないか?」
ピクリと、キリトは反応を示した。
「メンタルの不調は、ここではフィジカルにダイレクトな影響を与えるから、さっさと発散した方が吉だぞ」
俺の言葉に耳を傾けるキリト。何となく、助けを求めているように感じる。
「もし、お前がレベル差云々で気にしてるのなら、アイツらは大丈夫だよ」
「……どうして、そう言えるんだ?」
「キリトはさっき、俺の事を『((最前線の|・・・・))、俺が頼れると思う短剣使い』ってケイタたちに説明したって言ったな。と言うことは、アイツらは俺と相当なレベル差があることを知っている。知っていて、俺を子供扱いしてきたんだ。……アイツらには、レベルの壁なんてねえよ」
キリトの言ったことが本当なら、黒猫団のメンバーは俺が攻略組のプレイヤーだということを知っている。
しかし、彼らにはMMOプレイヤーにありがちな嫉妬や羨望と言った雰囲気を感じず、多少の尊敬は含まれていても、どこまでもフレンドリーだった。
「それに、前にも言っただろ。――――気にするだけ無駄だ」
最後にそう付け足すと、キリトからこくりと頷くような気配を感じた。
「キリト、アヤメ。二人とも置いてくよー」
話し出す前よりも少し遠くなった所から、サチの俺たちを呼ぶ声が聞こえてくる。
「悪い! 少しアヤメと話しこんじゃって」
それにキリトが答え、サチたちのとこへ早歩きで歩み寄っていった。
「……俺のせいか?」
取り残された俺は、溜め息混じりに呟いてからそのあとを追う。
まあとにかく、これで一つ目の心配は取り除けただろうな。
(……問題は、あと一つか)
心の中で呟きながら、俺はキリトの隣を歩き、ダッカーにからかわれるサチを見た。
【あとがき】
以上、三十五話でした。皆さん、如何でしたでしょうか。
キリト君の心に変化が現れました。
今気付きましたけど、《月夜の黒猫団+アヤメ》なこの団体、キリト君って最年少なんですよね。
アヤメ君のキリト君への印象は《無駄に強いけどそれ以外は手の掛かる弟》。
キリト君のアヤメ君への印象は《頼りになるけど何考えてるか解らない兄》って言ったところですかね。
ちなみに、身長の下りでアヤメとササマル、ダッカー、テツオの三人との上下関係が確定したのは完全な余談。どちらが上なのかは言うまでもない(笑)
次回は、少し早いですけど《あの部屋》の話です。
それでは皆さん、また次回。
説明 | ||
三十五話目更新です。 キリトがギルドに入ったと知ったアヤメ。 気になる彼は、《月夜の黒猫団》とコンタクトをはかる。 コメントお待ちしています。 |
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コメント | ||
本郷 刃 様へ そうかもしれませんね。階層が違うので、違うと言えば違いますけど。(bambamboo) そうですね、SAO編においてはシリカを除けば主だったメンツではキリトが最年少になりますよね・・・あの部屋、つまりは原作の黒猫イベにおける全ての始まりにして終わりの部屋ですかね?(本郷 刃) |
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