すみません。こいつの兄です。57
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 熱は下がったものの、三日までは結局寝て過ごした。見事なまでの引きこもりである。新年、初めて外に出たのは四日になってから。俺は寒がりなのだ。出来ることなら、布団からすら出たくなかったというのが本音である。とは言え、やはり人間、義理というものがある。

 駅前で、プリンとゼリーを買って一駅電車に乗る。

 この半年と少しですっかり通いなれた道を歩く。向かう先は、市瀬家。

「あけましておめでとうございます」

「あらー。あけましておめでとう。今年もよろしくねー」

迎えてくれるのは美人のお母様。

「あけましておめでとうございます」

ダンディなお父様まで、折り目正しく頭を下げてくれる。落ち着かない。

「あ。お兄さん。ようやく着いたんだー。なんで二十七分三十五秒もかかったんですか?」

俺の到着を秒刻みでカウントしててくれたのは、美沙ちゃんだ。今年も最高にかわいくて、闇が透けて見える。

「えと、お見舞いを買ってきたんだ…」

「お姉ちゃんに…ですか?」

「美沙ちゃんにもです」

だから、目からハイライトを消さないでね。

「えと…真奈美さんの具合は?」

階段を昇りながら美沙ちゃんに尋ねる。

「たぶん落ち着いてますよ。いつもどおり、部屋からはなんにも聞こえてこないです」

「そう…」

 

 三日になって、真奈美さんが熱を出したみたいだと、例によって定額通話最大活用の美沙ちゃんから聞いた。思い当たる節はひとつしかない。どうみても俺から感染した。

 真奈美さん。まじ、ごめんなさい。

「美沙ちゃんは、あまり近づかないほうがいいかな?美沙ちゃんに感染っちゃいけない。あ。先に選んでいいよ」

紙袋の中のお見舞いの品を見せる。

「あとで、お兄さんも一緒に食べます?」

「うん。いっぱい買ってきたからね」

「じゃあ、お姉ちゃんに一番先に選んでもらいましょう」

「真奈美さんには、これだけじゃなくてお粥とか雑炊とかもたくさんあるんだ。なにが食べやすいかわからなかったから」

「…ずいぶん優しいですね」

美沙ちゃん、瞳のハイライトオフ。

「お、俺からうつしちゃったから…」

言い訳オン。

「うつるようなことしたんですか」

「…病人の横で、布団もかけずにうたた寝してれば、そりゃあ…」

その後、一緒のお布団で寝てたと言ったら病人じゃなくて怪我人が出そうだ。嘘はつかないけれど、真実の全ても語らない。

「そうですか…じゃあ、私、一つ貰っちゃおうかな」

「どーぞ。どーぞ」

美沙ちゃんが、薄紫色のブルーベリーババロアを手に取る。

 残りを持って、真奈美さんの部屋のドアをノックする。

 返事がない。

 少し、真奈美さんの部屋を初めて訪れたときのことを思い出す。あの時も控えめにノックをして、返事がなかったっけ。

「真奈美さん、開けるよ」

ドアを少しだけ開ける。中を見る。大丈夫だ。真奈美さんが下着姿で転がっていたり、まして全裸だったりしない。ベッドが膨らんでいるだけだ。

 そっとドアを押し開けて、足音を立てないように室内に入る。

 真奈美さんは眠っている。机の上に、水とスポーツドリンクのボトル。コップ。それと冷えピタが載っている。

 勉強机の椅子をそっと引いて、ベッドの横に移動させる。

 真奈美さんが寝ていると、うつ伏せか仰向けか、一見わからない。正解は、仰向け。

 前髪の隙間の顔色を見ると、やはり朱がさしている。まだ熱があるんだな。俺もけっこうキツかったからな。真奈美さんは眠っている。俺はただ黙って、椅子に座っていることにする。持ってきた文庫本を開く。きっちりカバーがかかっている。

 タイトルは《眼鏡生徒会長は、電気ウナギの夢を見るか》

 ここのところ、美沙ちゃんのマイブームは俺からエロ漫画とエロゲを取り上げることらしい。妹のマイブームは、妹モノのエロ漫画とエロゲを俺の部屋に追加することらしい。リアル妹のいる高校男子にとっては、いろいろ行き場がなくて困る事態だ。犯罪率が上がるから、健康な男子からエロコンテンツを取り上げるのはやめて欲しい。そして、たどり着いたのがこれだ。エッチな小説である。エロ漫画はサイズでバレるが、これなら大丈夫だ。

 しばし、読みふける。

「…なおと…くん?」

「ひゃいっ!…あ、お、起きたんだ?具合どう?」

一オクターブ高い声は、最初の一語だけだった。俺の自制力もたいしたものだ。机の上のコップにスポーツドリンクを注ぎ、真奈美さんに渡す。

 真奈美さんは両手でコップを受け取り、一気に飲む。

「水分、摂ってね」

空になったコップに二杯目を注ぐ。ぬるくなった冷えピタを剥がすついでに、前髪を掻き分けて、手のひらを額に当てる。そんなのでわかるくらい、まだ熱がある。冷えピタ二枚目。

「なにか食べる?たくさん買ってきたんだ。真奈美さんの作るのほど美味しくないかもしれないけど」

真奈美さんは、少し驚いたような目でちらりとこっちを見ると、ゼリーを一つ選ぶ。俺も、プリンを選ぶ。

「…こっち…」

ベッドの上で、真奈美さんが少し横にずれてスペースを空ける。

 女の子のベッドへのお誘い。高校生男子にはややハードルの高いお誘いのはずだ。でも、すんなりとベッドに上がる。真奈美さんだとハードルが低い。

 二人で肩を寄せ合って、ゼリーとプリンを食べる。

「…ひと口、食べる?」

きらきらと黄色に光るゼリーを載せたスプーンが差し出される。

「ん…」

バカップルみたいな、あーん状態。俺もプリンを差し出してみたりする。真奈美さんが前髪を器用によけてスプーンに噛み付く。今回の風邪ウィルスに関しては、俺は間違いなく抗体を持っているので安心。

「まだ、他のもあるけど…」

「ん…後でいい…」

「じゃあ、また寝るといいよ」

ベッドを降りて、真奈美さんが横になるスペースを返す。

「…なおとくん…」

布団の橋から華奢な手が差し出される。椅子に座って、だまってその手を握る。俺が熱を出していたときに真奈美さんがしてくれたこと。同じ事をする。

「ふふ…」

前髪の向こうから、笑い声がする。手が握り返されて、布団の中に引き込まれる。少し熱いもう片方の手も俺の手を握る。椅子に座っていると、前かがみにならざるを得なくて体勢が苦しい。なるほどと思いつつ、クッションをベッドの脇に敷いて、その上に座る。なるほど、真奈美さんが俺の部屋で取っていたのと同じ姿勢になる。

 真奈美さんの寝ているベッドに背をもたれかけさせて、手だけは布団の中。

 俺の手を抱きしめるようにして、真奈美さんが寝息を立て始める。真奈美さんのほっそりした指の骨の固さ。熱を帯びたパジャマの向こうの柔らかい感触が何かは、あまり考えない。手は下手に動かしちゃダメっぽい。柔らかくて熱いなにかを揉んじゃいそうだ。

 

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 いつの間にか寝落ちていた。

 気がつくと、少し西に傾いた日差しがカーテンの隙間から漏れていた。壁の時計を見ると午後二時過ぎ。左手は、まだ布団の中。薬指にひときわ熱い感触を感じる。

 うおっ!?

 なんの夢を見ているのか。真奈美さんが、薬指を咥えている。

 肘から先、前腕部を胸の辺りに抱え込んで、もう一方の手で俺の手のひらを顎に押し当てた状態で、薬指を口に含んでいる。

 ちゅーちゅー。

 そんな濡れた音をかすかに立てながら、口に含んで吸いたてる。真奈美さんの口の端からよだれが垂れて、枕と俺の指をぬらしている。

 いくら真奈美さんでも、さすがにこれはエロい。

「……えと…」

起こそうかと思った右手を止める。

 ひょっとして、お母さんに甘えている夢でも見ているのかな?

 

 小学生のころに母親に言われたことを思い出す。

『直人ねー。ちっちゃかったころ、ママにしがみついて大泣きしたことがあるのよー。あのときは悪いことしちゃったわー』

自分の記憶にはなかったけれど、母親の言うことだ。本当のことだったのだろう。

『直人が生まれて、一年くらいで真菜が生まれてしばらく真菜のことばっかり可愛がっちゃってて、直人さみしかったのね。ごめんねー』

そう、母親が言ったのだ。

 

 真奈美さん。

 

 真奈美さんにも、一つ下の妹がいる。美沙ちゃんがいる。真奈美さんは、俺と同じ境遇だったときに母親に大泣きしてワガママを言っただろうか。真奈美さんの性格を考えると、我慢してたんじゃないだろうか。

 そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。俺の勝手な想像。それが当たっていても、当たっていなくても、熱があるときくらい俺の指を咥えててもいいじゃないか。言い訳が必要なことじゃない。

 

 俺はされるがままに、真奈美さんの口の中で薬指をふやけさせる。

 

 小一時間して、真奈美さんが目を覚ます。

「腕、離して。飲み物注いで上げられないから…」

「んーん」

いやいやをして、薬指をまた口に含む。それ、起きててもするの?

 少し可哀想だけど、左手を真奈美さんから取り返すことにする。

 ちゅぽっと音を立て薬指が、真奈美さんの口から抜けてくる。

 うっ!?

 思った以上にヨダレまみれになっていて、唇の端との間につーっと糸を引く。こぼれたヨダレが枕と真奈美さんの尖った顎をぬらす。

 真奈美さんだぞ。

 これは、真奈美さんで、これはヨダレで、これは指だ。ひとつもエッチなことなどない。

 自分に言い聞かせる。気をつけないと新たな扉が開きそうである。

 心の動揺を押し隠して、またスポーツドリンクを注いだコップを真奈美さんに渡す。

 ドアがノックされる。

「ほいっ」

真奈美さんの代わりに返事をする。ドアが開いて、美沙ちゃんが顔を覗かせる。ちょっと唇を尖らせている。

「お兄さん。おやつにしません?下で…」

「あ。うん」

反射的に左手を隠してしまう。別にエッチなことじゃないのに。

「じゃあ。待ってますね」

美沙ちゃんが天使の笑顔を残してドアの向こうに消える。なんだか、かわいい粒子がキラキラと空気に舞い散っているようだ。

 うむ。

 今年も、美沙ちゃんの可愛さ安定。

「真奈美さん、具合どう?起きれる?」

「う…ん」

真奈美さんが起き上がるのを、背中に手を当てて手伝う。汗まみれだ。

「うわ…ぐっしょり…ちょ、ちょっと待ってて」

男子高校生の手に余るタイプの看病が必要になった。救援を呼びに部屋を出る。階下に降りて、居間にいる美沙ちゃんを見つける。

「あ、お兄さん」

「美沙ちゃん。ちょっと、お願いが…」

「なんです?」

「真奈美さん、汗だくなんだけど…ちょっと汗拭いて着替えさせてくれない?」

「お兄さんがやればいいじゃないですか」

「真奈美さん、一応お嫁入り前の女子高生だよね」

「お嫁入り後の女子高生って漫画の世界だけですよね」

「そこがポイントじゃないんだ」

「でも合法ですよね」

「実にイマジネーション刺激する法律だよね。女子が十六歳で結婚できるのって」

「私、あと二ヶ月です。お兄さんはあと何ヶ月ですか?」

「え?」

「親権者の同意があれば、私、十六歳。お兄さん十八歳で合法的に結婚できます」

「ま、まぁ、法律ではそうだけど…」

「違法的に結婚するのも燃えますけどね」

違法的な結婚ってなんだ…。背中を汗が伝う。

「あらあら。そうしたら、真菜ちゃんもうちの子になるわねー。美沙の義妹になるのねー」

「二宮君なら、安心して任せられそうだしな」

キッチンからお母様が、ソファからお父様がそんなことをおっしゃる。燃料追加。

「親権者の同意いただきましたね。これで、もうなにも障害はありませんよ。市役所行きましょう」

たしかに親権者の同意はいただいた。しかしはたして、本人の同意はどうかな?そっちも多少かんがみて欲しい。

「どうみても、いまの俺じゃ美沙ちゃんを幸せにできないよね!無茶言わないで!」

年収二万円くらいだよ。ほぼ唯一の収入は、夏と冬のつばめちゃんのコミケ手伝いだよ。あれも、つばめちゃん、よくバイト代だすよな…。

「お兄さん以外じゃ、私を幸せにできませんっ!」

ひゃうう。そんな可愛いこと絶叫されると、理性と意志が耳とか鼻とかから流れ出そうだ。美沙ちゃんは、自分の可愛さが瞬間マインドコントロール能力を持っていることを自覚した方がいい。可愛さを暴走させるな。いや。自覚しないほうがいい。意図的に使われたら抵抗のしようがない。

「そうじゃなくて。真奈美さんの着替えと汗拭きお願いします」

「ああ…そうでしたね。行ってきます」

美沙ちゃんが、二階に上がっていく。

 危ないところだった。へたる。

「二宮君…」

「は、はいぃっ!」

お父様の声に筋金が背筋に突っ込まれる。直立不動だ。

「…美沙は、好みじゃないかね?」

「さー!超、好みであります。さーっ!」

「じゃあ、なんで美沙と交際しないのか聞いてみてもいいかな。いや。交際しろと言っているわけじゃない」

お父様の目は、優しく強く、それでいて、少しの弱さを見せてくれる。真奈美さんの目に似ている。

「…えと…わかりませんけど…たぶん…えと…俺…」

しどろもどろ。

「…たぶん、まだ真奈美さんとも近くにいたいから…中途半端なんです」

「そうか…」

お父様の目が細くなる。

「それは、よかったわ」

台所を見ると、お母様も優しげな表情でこっちを見ている。うっわー。きれい。本当に美人なお母様だ。市瀬美人遺伝子恐るべし。

「男親の私には分からないけれど、たぶん二人とも二宮君のことを憎からず思っているよ」

「女親の私は分かるわよ。美沙は、私があなたにプロポーズしたときくらいぞっこんだと思うわよ」

お父様の顔色が変わる。

「二宮君。私からのアドバイスだ。寝るときは窓の施錠を確認したまえ。二度だ。二度確認するんだ。必ず指差して声に出して確認するんだ。いいね」

「サー!イエッサー!」

実に重みのあるアドバイスだった。

 この美人のお母様は、どうやってプロポーズしたんだろう。窓の施錠が関係しているプロポーズだったんだな。美沙ちゃんのお母さんだしな…。

 

 

(つづく)

 

説明
妄想劇場57話目。もうちょっとだけ、つなぎの話をします。次回、ちょっと展開予定。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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小説 学園モノ ヤンデレ いちゃラブ ラブコメ 

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