揺らめく紫煙が消える先
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 鬱蒼と生い茂る木々の中に、その小屋はあった。

 人里離れたその場所で、藁葺き屋根のその和風小屋は朽ちる事も無く存在している。

 

 そこに訪れる、影一つ。

 艶のある真っ直ぐな髪は腰辺りまで伸びており、一見すると女のようではあるが、その顔立ちと背丈の高さは女性らしさを打ち消し、性別はまるで分からない。

「まったく…本当に何でこんな辺鄙なところに小屋を建てたのかねぇ……」

 小屋の前で立ち止まり、そう独りごちると、ノックもせずにその小屋の引き戸を空けた。

「挨拶もなしに戸を開けおって……」

 引き戸の先は土間となっており、そこに木製のテーブルと一組の椅子が置かれていた。

 土間の天井には小さなランプが一つぶら下がっているだけだったが、意外と大きめに作られた窓は、土間の奥にある部屋の中を照らし出すには十分すぎるほどの外光を取り込んでいる。

 小さなランプの下には、老人が一人。

 その老人は椅子に座りながら、和風の佇まいには似合わない、アラビア風の金の装飾がついた水パイプをテーブルに置き、来訪者を見つめながらゆっくりと紫煙を吐き出した。

「ふふ……今更挨拶なんて必要かい?」

 来訪者は気にする事なく小屋の中へ入ると、もう一つの椅子に座った。

 丁度老人と向かい合わせになる格好だ。

「まぁお主が挨拶したら、明日あたり吹雪が来るじゃろうな」

 老人はそう言うと、微かに表情を緩ませた。

「よぅく分かってるじゃないか」

 来訪者は悪びれる様子もなく、腰にぶら提げた叺から銀の煙管を取り出した。

 慣れた手つきで煙草入れから出した刻み煙草を煙管の火皿へ詰めると、そっと指先を翳す。

 指先から出た、爪ほどの大きさの火が煙草を炙ると、芳醇な、青畳にも似た香りが微かに広がる。

 お互い言葉を発する事なく、ゆっくりと紫煙を燻らせる。

「…空飛ぶ大陸、パラミタ……」

 暫くの沈黙の後、言葉を発したのは、老人の方だった。

「……下界じゃあその話題で持ちきりみたいだねぇ」

 それに応えるように、訪問者がそう呟いた。

「下界、のう……」

「こんな山奥で隠居生活送ってるお前さんにしてみたら下界みたいなもんじゃあないか」

「ふぉっふぉっふぉ……まぁ確かにそうじゃな」

 老人は愉快そうにそう言うと、水煙草の紫煙をゆっくりと吹かす。

「んで? そのパラミタが一体何だって言うのさ」

「ふん……我の言いたい事なぞ、言わんでも分かっておるじゃろう」

「さぁて、自分にはさっぱり」

「クク、ぬかしおって……」

 あくまでも両方とも、会話を楽しんでいた。

 だが、お互い会話の本題は理解しているくせに、その本題に入ろうとはしない。

 

 会話が止まる。

 紫煙が漂う。

 

「興味あるんじゃろう?」

 また老人が沈黙を破る。

 来訪者はずっと視線を外し、頬杖を付いて紫煙を燻らせていた。

「過去がどうであれ、運命がどうであれ」

 言葉を紡ぎながら、老人も同じように紫煙を燻らせる。

「純粋な好奇心が、お主の心の中で湧き出ている」

「運命、ねぇ……」

 煙管の火皿から漂う、微かな煙。

 ふわふわと昇り、揺らぎ、そして消えてしまう。

「どんな存在でも……紫煙と同じ、いつかは消えてしまう。その消える場所を理解した……ただそれだけの事さね」

「随分と乙な表現を使いおる」

「それにな、じーさん」

 そう言いながら、来訪者は煙管をひっくり返し、ポンと指で煙管を叩く。

 煙草の燃え滓が灰皿へぽとりと落ちた。

「何じゃ」

「…あの場所と……同質というわけでもあるまい?」

「同じかどうかは、蓋を開けてみん事には分からんのぅ」

「結局のところ、お前さんが行きたいだけじゃあないのかい?」

 来訪者は来た時と同じ動作で、煙草を詰め、また火をつける。

「まぁ我が行きたい、という事に関して否定はせんがね」

 そう言って老人は笑った。

「はん、そうなら最初からそう言えばいいのさ。回りくどいったらありゃしない」

「お主が興味を抱いているのもまた真じゃろうて」

「…………」

 来訪者は返事を返す代わりに紫煙を吐き出した。

 その沈黙こそが、老人の問いへの返答でもある。

「……行くか?」

「……『己の双眸で視認したものこそが事実也』。そんな言葉を昔よく聞かされたよ」

「“あやつ”にか」

「…あぁ。それこそ口酸っぱく言われたもんさ」

「ふぉっふぉっふぉ、“あやつ”らしいのう」

「……行ってみるのも、また…一興かねぇ」

 そう言うと再度、紫煙を吐き出す。

 紫煙はふわりと浮かび、そして虚空へと消えた。

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自キャラのSS。契約の時の話みたいな。
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