She is a albino girl  1話
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 〜4月9日

 

 

 月初めに行われた始業式及びクラス決めによる興奮が治まりを見せ、部活動の新入部員勧誘による熱が新たに浮上し始めた今日この頃。

 教室の廊下側最後尾という特等席に陣取る私は、欠伸を噛み殺しながら数学教師が黒板に書く数式の羅列をノートに書き写していた。

 

 サングラスごしに書き取っているせいか、若干文字がミミズがのたくってるようになってしまうが、ノート提出はまだまだ先の話なので、どこかでゆっくりと書き直していけばいいだろう。最悪、1回くらい提出しないでも次の機会にまとめて出してしまえばいい。

 

 

「――じゃあこの問題を……朝倉、解いてみろ」

 

「え?あ、はい」

 

 

 少し邪な考えをしていたせいか、教師に名指しされて少し声が裏返ってしまった。反省反省。

 

 私が机と机の間を縫うように黒板の前まで行き、数式の答えを書く間、教室のどこかでひそひそと誰かが話す声が聞こえてきた。

 

 

「なぁなぁ。やっぱ朝倉って可愛いよな?」

 

「ああ、マジ可愛い。あの雪みたいに白い髪と肌の組み合わせは良いよな」

 

「あ、それは思う。でも顔がいまいち分からないよな。俺、朝倉の素顔見たこと無い」

 

「ああ、だよな。俺なんか入学した時からあいつの事見てるけど、一回もサングラス外したところ見たこと無いし」

 

「ウソまじっ?」

 

「まじだって。見たいよなぁ、絶対綺麗だぜ?」

 

「おいそこ!そんなに話したければ前に出て話すか!?」

 

「「すんませーん」」

 

 

 見かねた教師に注意されると、その生徒たちはそろって気の抜けた謝罪を返して教室中がクスクスと忍び笑いに包まれる。

 その間に私は、黒板の数式に最後の数字を書き入れて無言で席に戻って行った。

 

 自分の席に着いて溜息を吐くと、となりの席の女子生徒に私の左肩をポンポンと軽く叩かれた。

 そちらを向くと、席から少し身を乗り出してこちらにその実年齢より幾分幼く見える顔を寄せる私の友人、更科千代【さらしな ちよ】が、心配そうに眉をハの字していた。

 私はそんな彼女のゆるくウェーブのかかった栗色セミロングの頭頂に手を置いて、優しく撫でる。

 

 

「大丈夫。気にしてないから」

 

「…………それなら、良いんだ。我慢しないでね?」

 

「わかった。ありがと」

 

 

 うん、と言うと、彼女は自分の席に座りなおす。

 私は軽く深呼吸をして心を落ち着かせると、再度ノートに数式を書き取る作業に移った。

 ノートに書かれた数式は、相変わらずのミミズであったが。

 

 

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 アルビノ……正式名称、先天性色素欠乏症。

 

 人だけでなくほとんどの動物が持つメラニンという色素が、何らかの理由で異常なまでに減衰したままこの世に生を受けてしまう病気である。

 この病気の呼び方は他にもあり、先天性白皮症、白子症などとも呼ばれる。

 

 症状としては、色素減衰に伴う体毛の白色ないし黄色化。虹彩の変色。皮膚機能の弱体化などがあげられる。

 そして前述の虹彩の変色による視力低下や、皮膚機能低下に伴う紫外線に対する耐性の低下などの後天的な症状もある。

 

 ただしこれらの症状には個人差があり、産まれ持ったメラニンの量によって症状の重さも変わる。

 例えば、一般の人間が持つメラニンを10として、それが5になるとアルビノを発症すると考えよう。

 

 先天的なメラニンが5のアルビノ患者の場合、症状は体毛の変色と皮膚機能の低下、そして少々の視力低下である。

 しかし、この患者のメラニンは通常よりは圧倒的に低いとはいえ、それでも通常の半分はある。

 故に、外に出るときはカラーコンタクトによる遮光と日焼け止めクリームによる紫外線予防だけで、一般のそれと変わらない生活を送れるようになる。

 

 では、先天的なメラニンが1の患者はどうか。これは、前者のそれよりも圧倒的に悲惨である。

 まず、紫外線には絶対に当たれない。皮膚の色素が少ないということは自力で紫外線を守ることが出来ず、曇りの日でも日焼けになり、皮膚ガンや炎症などの危険性と隣り合わせの生活を送るということである。

 もちろん対策はある。が、それでも対処しきれないほど重度の皮膚機能劣化なのである。

 

 そして、視力の低下。これは、酷いときでは日常生活を送れないほどのものになる。

 目の中で暗幕の役割をしてくれる脈絡膜の色素が薄くなることで眼球内で光が散乱し、網膜での光の受容が不十分になる。また、それによる視力低下はメガネやコンタクトなどによる矯正にも限界があるのだ。

 他にも眼球振盪や羞明などの視覚障害をアルビノ患者は抱え、日常では紫外線の受光量を抑えるためにサングラスの着用が必要不可欠なのだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 不愉快な出来事もあった数学の授業も終わり、その後の授業も滞りなくトントンと流れ、気が付いたら昼休みになっていた。

 

 

「京子ちゃん、お昼いかない?」

 

 

 教科書を鞄に詰め込んでいると、となりの席からお弁当箱の包みを持ったチヨが私をお昼に誘ってきた。

 

 

「いいよ。どこで食べる?」

 

「うーん、今日は食堂で食べよぅ?何かそんな気分だし」

 

「分かった。じゃ、いこっか」

 

「いいのか、そんなにホイホイついて来て?私はノンケだって食べちゃえる女なんだぜ?」

 

「はいはい、さっさと行くわよ」

 

「ぶー」

 

 

 私は鞄から財布を取り出し、机に立て掛けておいた白の日傘を持って、何故だか不満げなチヨと共に教室を出た。

 そして教室を出て早々、チヨが頬を膨らませて抗議してきた。

 

 

「京子ちゃんひどーい」

 

「え、何が?」

 

「私がボケたら京子ちゃんはツッコまなきゃいけないんだよぉ?」

 

「いや、そんなの知らないし。いつもの事過ぎて反応する気が起きなかったし」

 

「いま思ったんだけど、ツッコむって単語はなんだかエロイよね」

 

「いやそれこそ知らないよ!?」

 

「堀つ掘られつ、まるで阿部さんと正樹さんのようにツッコむんだよ京子ちゃん!」

 

「女の私に○そ○そテクニックを求めないでくれない?」

 

「その『○』には『い』が入るんだよね?」

 

「『いそいそテクニック』とか健全過ぎて逆に面白いことになっちゃってるんだけど……」

 

「あ、そうだよね……京子ちゃん、ノンケだもんね。やっぱり、いそいそテクニックとか知らないよね。ごめんね京子ちゃん、知らないネタ振っちゃって」

 

「あ、うん……え?なに、その反応。なんか『ノンケだから知らなくて当然』みたいなその雰囲気は何?ちょっと気になるんだけど」

 

「ううんいいの、気にしないで!やっぱり京子ちゃんは綺麗なままじゃないと駄目だよ!私みたいな腐ったタマネギのような人間になっちゃだめなんだよ!」

 

「例えが分かり難い!せめて腐ったミカンとか分かりやすい例えにして!」

 

 

 そんなふうにチヨと楽しく(?)談笑しながら食堂に向かう私たち2人。

 

 私たちの通う公立風鈴高校は校舎が3つあり、それが川の字に並んでいる構造をしている。

 川の字の左から順に、第一校舎、第二校舎、第三校舎となっており、第一校舎には1年生、第二校舎には2年生と学年ごとに別の校舎が設けられている。

 そしてそれとは別に、体育館と食堂がそれぞれ別棟で敷地内にある。

 校舎はそれぞれ渡り廊下でつながっており、そのうち第一第二校舎は体育館と食堂のある棟に行く渡り廊下が1階にある。

 体育館と食堂は体育館入り口の横に食堂入り口が併設されている造りになっており、昼前に体育館で授業がある生徒は食堂から漂う香りに腹を鳴かせながら授業を受けるという苦行を味わう羽目になるのだ。

 余談だが、私とチヨの教室は4階建ての第二校舎の3階にある。

 

 

「ねぇ京子ちゃん。今日のメニューは?」

 

「うーん、卵焼きとハンバーグとひじきかな」

 

「相変わらず小食なんだねー」

 

「チヨがよく食べるだけよ」

 

「えー、そうかなぁ?」

 

 

 食堂に向かう生徒たちの波に乗って、私たちは渡り廊下を渡って食堂の前まで来たのだが、そこで足止めを食らってしまった。

 

 

 

「うわぁ〜、今日はやけに人が多いね〜。これ入れないじゃん」

 

 

 チヨの言うとおり、食堂の入口は食券を求める生徒たちの長蛇の列によって猫の子一匹通り抜ける隙間も無いほどギッチギチに埋め尽くされていた。

 多分、あの中を通り抜けようとすれば私たちが手に持った弁当箱もただでは済まないだろう。

 というか、確実に落とす。

 

 

「どうするチヨ。今日は戻る?」

 

 

 そう言ってチヨのほうに顔を向けた私に、チヨはいっそう目に闘志を燃やして首を横に振った。

 

 

「京子ちゃん。もう私のお腹は食堂で弁当を食べることでしか満たされなくなっちゃってるんだよ!」

 

「いや、どこで食べても一緒だと思うんだけど……お弁当だし」

 

「分かって無いなぁ京子ちゃん。ほこり臭い教室で食べるお弁当と、ジューシーで食欲をそそる香り漂う食堂で食べるお弁当なら、断然後者のほうがお得だよ!」

 

「私は別にどっちでもいいなぁ、と思うんだけど……」

 

「大丈夫だよ京子ちゃん!私が道を開くから、そこを京子ちゃんは突っ切ってきて!」

 

「食堂で食べるためにそこまでするか」

 

「よーし行くぞ、京子二等兵!私の後に続け〜ぃ!!」

 

「あっ、ちょっとぉ!」

 

 

 元気よく飛び出して行ったチヨは、人と人の間に肩を押し込むようにしてズンズン人ごみの中に埋もれていき、そして見えなくなってしまった。

 後に残された私は、チヨが人ごみの中に消えていくその光景を、ただ呆然と見送るしかなかった。

 

 

「どうしよ。あの中に突っ込む勇気も体力もないし、かといってチヨを置いてどっかに行くわけにもいかないし……」

 

 

 あわあわと食堂入り口で右往左往する私を横目に、食堂入り口の人の壁は減って行くどころか、むしろ増えていっているような気さえしていた。

 どうしよう……いっそ教室に戻ろうか?でも後でチヨに色々言われるだろうなぁ。チヨ、ふてくされると長いからなぁ……。

 

 私は手元の包みをチラリとみて、抱えて思いっきり割り込めばなんとか……、と考える。

 そして散々悩んだ結果、包みを全身で抱え込んでタックルすることにした。

 チヨの小言に比べれば、たかが数秒人波にもまれるくらい耐えてやろうじゃないか!

 

 私は深呼吸で息を整え、包みを胸の前に抱え込むようにして持ち直す。

 そして、えーい!と心の中の掛け声と同時に走り出した。

 

 が、

 

 

 ズルンっ

 

 

「へ?」

 

 

 突如走り出した私の足が、踏み込むと同時に思いっきり滑ってしまった。

 

 

(これ、まずっ!?)

 

 

 とっさに手を前に出して受け身を取ろうとするが、包みを落とすまいとしっかり組んでいた腕は思うように広がってくれず、踏み込みの勢いが強すぎたのかもう片方の足を前に出して堪えることもできなかった。

 私は目を閉じて、これから来るタイル張りの床の冷たさと、そこにぶつかることによって来る硬質な激痛をただじっと待った。

 

 

 ポスッ

 

 

 しかし私が感じたのは、タイルの冷たさでも激痛でもなく、羽毛に包まれたように温かく柔らかい、そんな触感だった。

 

 あれ、と思い目を開けると、私は誰かの胸に受け止められていた。

 

 そして、その私を受け止めた誰かが、私の頭上から声をかけてきた。

 

 

「ふぅ、危なかったね。怪我は無いかな、お嬢さん?」

 

 

 

 

 

 それが、私とやつ……佐々木正臣との、ファーストコンタクトであった。

 

 

説明

 アルビノの症状の重軽についての解釈は作者独自のものです。
 それ以外の外見的特徴や症例などはある程度事実に基づいた解釈で書かれています。

 以上を踏まえてお読みください。
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コメント
一つ一つの文に笑の要素がひっそりと隠れていて、読み易いしなにより面白いです!! 次回も楽しみにしてます。(九日 一)
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