超次元ゲイムネプテューヌmk2 OG Re:master 第十三話
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空が。

『あ   あ   あ   あ   あ   あ   !』

 

大地が。

『あ   あ   あ   あ   あ   あ   !』

 

空気が。

『あ   あ   あ   あ   あ   あ   !』

 

全てが、啼く。

彼女の声に、叫びに呼応するように。

まるで世界を彼女が掌握したかのように。

 

ざわざわと鳴る。

何かが、鳴る。

耳障りなほどに、鳴る。

 

啼いている。

彼女が、ネプギアが、災厄が、『泣いている』

 

 

否定、否定、否定、否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定―――――ッ!!!

『邪神化』

たった、それだけを。

彼女は呟いた。

彼女ではない声で。地の底から這いずりだしたまさに文字通り『化物』のような声でネプギアは小さく言った。

しかし、それだけで十分だった。

啼いていた世界は枯れて、耳障りな静寂だけが残された。

たった一つの災厄を残して。

今まで、何もかもを否定し続けた最悪の存在が顕現した。

 

黒。

何もかもを塗りつぶす、闇色の黒。

全てを壊してしまう、破滅の黒。

――否、『灰』。

「あ、あぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――ッ!!!!!!!」

叫ぶ。

狂気は、叫ぶ。

美しかった桃色の髪は、毛先まで白く染まってしまう。もう、その面影はどこにも見当たらない。

くりくりと、可愛らしげな印象を与えるその瞳ももうない。そこにはただ、闇を見据えるしかできない白い瞳だけが在った。

彼女の華奢な身体を覆っていた白いワンピースの衣服も、既に黒く不気味に光るアーマーだけが纏われていた。

彼女の背景だけが歪んで映る。

まるで、『世界を拒絶するように』

まるで、『全てを殺すように』

その瞳には意志を映さない。何も見えない、見たくない。

そんな思いをそのまま表しているようで。

 

それはあまりに――美しい。

 

世界を騙す微笑。

全てを揺るがすその姿態。

ただ、何もかもが劣って見える。

 

「な、ぁ……」

下っ端はただ喉を震わせ、絶句した。

それだけに彼女の存在は圧倒的で、暴力的で、威圧的で、絶対的だった。

何をせずとも地面を抉る。彼女が歩くだけで世界が死ぬ。

そんな中で、コツン……とネプギアが、ネプギア『だった者』が一歩、足を前に出した。ヒールの音だけが、甲高く響いた。

「殺   し   て   あ   げ   る」

魅力的で狂気的な微笑と共に、彼女はそう小さな唇から吐き出した。

下っ端の瞳が、大きく見開かれる。

恐怖感、それしか存在し得ない。存在することを許されない。

けれど、ネプギアはまた紡がれた唇をもう一度、小さく開く。それでも彼女の音を届けるには十分過ぎた。

「だ   っ   て   、   ア   ナ   タ   が   キ   ラ  を   殺   し   た   ん   だ   も   の   。

私   の   こ   と   を   認   め   て   く   れ   た   大   事   な   人   を   殺   し   た   ん   だ   も   の    。

だ   か   ら   、   殺   さ   れ   て   当   た   り   前   だ   よ   ね   。

殺   し   て   殺   し   て   殺   し   て   殺   し   尽   く   す   ん   だ   よ」

 

――嗚呼、彼女はあまりに狂ってる。

彼女は気がトチ狂ってしまったのだ。

彼女の遥か後方を歩んでいたコンパはネプギアを見てそう思った。思ってしまった。

ネプギアが急に走り出したかと思えば、彼女が急に叫び声を上げたと思ったらこれだ。

きっと、彼女はおかしくなってしまったのだ。

彼女の声を聞いているだけで、そんな思いが強くなってしまう。

『聞きたくない』と。

コンパは両目を強く瞑って、耳を塞いだ。

これ以上、この声を聞き続けていればきっと自分もおかしくなってしまう。

それが怖くて、恐ろしい。

 

そうだ、世界は完全に壊れてしまったのだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

青年は震える空気に少し長めに揃えられた髪を揺らしてその状況を見下ろすようにやや上方で眺めていた。

抉られる大地も、削られる風の刃も、まるでそこに障壁でも存在しているかのように青年の身体の手前で全てが弾かれていた。

そんな状況を見れば、誰もが動揺を起こすことだろう。しかし、青年は特に取り乱すこともなくそれどころか何のアクションを起こすことなく、冷ややかにその状況を見下していた。

「始まったか……」

ざわざわと胸が震える感覚。

しかし、彼が最も感じ取り、そして長きに渡り『共に過ごしてきた』感覚でもあった。

「違和感はあったんだ」

少年は、まるで虚空に話しかけるように何度も頷きながら低い声でそう答えた。

少年の言うとおり、違和感はあった。

そうそう常人が気付きそうもない、いや達人でさえもそれを感じ取ることは『不可能』かもしれない今までのネプギアと、今日までのネプギアの違い。

鋭い、光る視線を下方のネプギアへと向けてしかし何の感情もこもらない表情で青年は微動だにしない。

「けど――」

青年は、ニヤリと今まで変えることのなかった表情を、変えた。

『待っていた』とばかりに、青年は肩を小さく揺らして笑いを堪えていた。

 

 

「これで終わるお前じゃ、ないだろ?」

 

 

彼の視線の先には血溜まりの中に横たわるキラの姿があった。

「自分でやったことだ。なら、自分で落とし前は付けるんだな」

いつの間に、『キラの身体から完全に傷がなくなっていた』のだろうか――?

しかし、それに答える者はいない。

タイミングを見計らったように、キラの身体は小さく揺れ動き、その右手が大地に突き立てられた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「――ぅ」

キラは右手で自分の上体を支え、起こしながら小さく呻き声を上げた。

スッと自分の腰を大地に置いて、ぺたぺたと自分の身体のあちこちを探ってみる。

けれど違和感がある。いや、違和感しか見当たらない。

自分はさっき、確実に『死んだ』はずなのだ。

それは地面に広がる確実に致死量を超えている鮮血がそれを証明しているはずなのだ。

『それなのに、どうして自分は生きている――?』キラはなおも自分の身体を探りながらそんなことを思考する。

そこでキラは違和感に気付く。

彼の身体の表面に、よく目を凝らさなければ見えないくらいの白い――装甲だろうか。そんなものが彼の身体を覆っていた。

気になってグイッと服の内を覗いてみるがやはり同じ。微弱な薄い装甲が身体を覆っていた。

訝しむように眉根を寄せる。しかし、そんな彼の疑問はとある轟音と共に掻き消された。

「ッ――!?」

思わずそちらに視線を向ける。

濛々と砂煙の巻き起こる中に二つのシルエットが浮かび上がる。片方はネズミのようなやや小柄な人型のシルエット、もう片方は長い髪を揺らすシルエット。

――間違いない、ネプギアだ。

キラは、ならば自分も加勢をと身体を起こす。この地響きはもしかすると強いモンスターがいるのだろうかなどと思いながら地面に転がっている刀に手を伸ばす。

刹那、もの凄い勢いの風圧が掛かってキラは思わず目を瞑った。

次の瞬間に、キラは、戦慄した――。

 

 

「ねぷ、ぎあ……?」

 

 

『それ』は、彼女であって彼女じゃない。

全身が総毛立つような感覚に陥って、キラは目を大きく見開いた。

それは、攻防なんてレベルじゃない。

一方的な暴力だ。

逃げる下っ端、それを狂気的に笑いながら何度も剣を振り下ろし、大地を抉る少女。

その少女の姿はあまりに異様すぎる。

それがかつての少女なのか。それすらも疑ってしまうほどに。

 

ぐにゃりと禍々しく彼女のこめかみの辺りから伸びた一対の角。

両頬に走る黒い稲妻を模した刺青。

彼女が纏うその衣装は、漆黒を思わせるような生地薄のドレス。

彼女の大きな双眸に映るのは絶対的な白だけ。

 

あれが本当にネプギアなのか、とキラは眉をひそめる。

彼女が本当に、ここ数日間で共に過ごしてきたあの心優しい少女なのかと。

――邪神、まさしくそれだった。

状況がまったく掴めない。

そこでキラははたと気付く。彼女がいるということは彼女を連れていたコンパもいると言うことになる。視線を周囲に泳がせて、目的の人物を捜し当てた。

彼女は遥か後方、壁に背を持たれて小さく蹲っていた。いや震えていた。

それに眉根を寄せつつも、轟音を背に受けながら歩み寄る。

「コンパちゃん?」

心配そうな表情で膝を突いて視線を落とす。

けれど、コンパはそんな彼の存在に気付かない様子で――いや、完全に耳を塞いでいる。これでは気付きようがない。

意を決したようにキラは唇を紡いでコンパの肩を揺らした。

彼女の肩が尋常でないくらいに大きく震えて、その涙を溜めた瞳がキラを捕らえる。

「きら、君……?」

ほとんど消えてしまいそうな声で、彼女はそう吐き出した。

キラは表情を崩さないまま、こくんと小さく頷く。彼の存在を確認して幾分か安心したらしいコンパが自分の肩に添えられているキラの両手に触れる。

「コンパちゃん、ネプギアはいったい――?」

恐らく彼女はこの状況を見ていただろう。

だとすれば、どうして彼女がああなってしまったのかも分かるはずだ。そんな思いを抱いて質問を投げた。

けれど、コンパはなおも小さな声で肩を震わせながら答えた。

「私……ギアちゃんの声を聞いて、こっちに来たときにはもう……もう……!」

「……見てないの?」

キラの問いにコンパはゆっくりと頷く。

それに対してキラは表情を更に険しくさせてから背後で暴れ回るネプギアに視線を回した。

それから目の前のコンパの戻してゆっくりと語りかけるように口を開く。

「コンパちゃん、アイエフさんが今死にかけてるんだ。だから彼女を連れてここを逃げて。ネプギアの方は俺が何とかするから」

そう言ってキラは倒れているアイエフの方を指す。

コンパは今まで気付かなかった様子で口元を押さえて表情を驚愕に染めている。

キラの意志を汲んでコンパは小さく頷く。が、やはりここに二人を置いていくことには抵抗のある様子で心配そうな表情を掲げる。

それにキラはにっこりと柔らかな微笑を浮かべてから答えた。

「大丈夫。俺も、ネプギアもちゃんと二人で帰るから。心配しないでよ」

その言葉の中に確信を秘めたような色を含んでいることにコンパは不承不承と言った様子で頷く。

コンパがアイエフの元に駆け寄ってゆっくりと優しく彼女の身体を抱き起こしてできるだけ衝撃を与えないようにしてこの空間を脱した。

それを見送ってからキラはスッと視線をネプギア達の方に送る。

未だ狂気的な笑いを周囲に撒き散らして世界を破壊している少女。

それを捨て置けるわけがない。

何より、これ以上、あの少女が悲しんでいる姿なんて見たくないと。

キラは大地を踏みしめて全速力で彼女の元へと走る。

段々と鋭さを増した風の刃が再びキラの肉を抉る。けれど、今はそれ以上に彼女が心配だ。その思いだけがキラの中にある。自分の傷のことなど知ったことかと言うように。

腕を盾にしてどうにか顔だけは護る。そうしながらゆっくりと、しかし確実に彼女へと距離を詰める。

既に下っ端は壁際へと追い込まれている。その事実が更にキラの中に焦りを生み出す。

見たくない。

世界を愛した少女が、世界を殺すところなんて見たくない。

人殺しなんてさせたくない、と。

無機質に、ネプギアの武器を持った右手が振り上げられる。それにビクリと身体を揺らして下っ端は思わず両手を前につき出す。

まるで質量を持っているかのように剣が振り降ろされる。

ズガッ、と音を立てて下っ端の真横に剣が突き刺さる。

下っ端は薄く瞳を開いてネプギアを見る。そこには微かに彼女の右手に両手を添えて軌道をずらしているキラの姿があったからだ。

好機、とばかりに下っ端はそこを抜け出す。しかし、キラはさして気にした風もなく後ろからネプギアを包み込むように抱き寄せる。

「もう、いいんだ――」

この声が彼女に聞こえているかどうかなんてキラには判別できない。

しかし言ってやるしかないと、言っていれば必ず彼女は元に戻ってくれると、そう信じていたいのだ。彼なりに。

こんな状況下にあってもなお、彼女から甘くくすぐるような匂いがキラの鼻を突く。絹のような滑らかな肌触りがキラの腕の中にあった。

けれど――

「殺   さ   な   い   と   。   

キ   ラ   を   苦   し   め   る   モ   ノ   は   全   部   全   部   壊   し   て   あ   げ   な   い   と   。

そ   う   じ   ゃ   な   い   と   キ   ラ   は   、   キ   ラ   は――」

キラは泣きそうになった。

今にも泣き出してしまいそうなのは彼女なのに、それでもなお自分のことを憂いていてくれる彼女のその健気さがキラの心を抉った。

ネプギアに触れるキラの両手に更に力が籠もった。

――もういやだ、自分の所為で誰かが不幸になるなんて、そんな思いは二度とゴメンだ。

キラは両手に力を込めてネプギアを自分と向き合わせる形にした。

しかし、依然として白く光る彼女の瞳は何も捕らえていない。ただ、絶望だけを残して。

「いいんだよ……! もう殺さなくていいんだ……ッ!」

押し殺したような声でキラはネプギアの耳元で唱えるように呟いた。

がくがくとキラが身体を揺り動かすのに対して無機質に彼の腕の中に収まる少女は何を思うでもない虚空を見つめたままただ力の流れに身体を委ねていた。

薄く開かれていた彼女の唇が小さく上下する。

「だ   っ   て   、   キ   ラ   が   痛   い   思  い   を   す   る   の   は   見   て   い   ら   れ   な   い   ん   だ   よ   。

だ   か   ら   殺   す   ん   だ   よ   。

だ   っ   て   、   だ   っ   て――」

「ッ――!」

その瞬間に、キラの中で何かが弾けた。

「俺のこと見ろッ!!!」

彼の叫びに、今まで何も反応しなかった少女の表情が一瞬だけ揺らいだ。まるで怪訝なモノを見る顔つきで。

しかし、キラは気にせずに続ける。

「俺はお前に人殺しなんかになって欲しくない! 俺はお前に汚れて欲しくない! 俺のことを見ろ! 俺に痛い思いをして欲しくないのなら――」

そこまで言って、キラはグッと言葉を詰まらせた。

今まで堪えていた感情の全てが逆流してしまいそうになるのを我慢してキラはきつく唇を紡ぐ。

「頼むから……ッ、元に戻ってくれ……!」

後半はもう掠れて声にもなっていなかった。

しかしその時に、旋風がキラとネプギアの二人を中心にして激しく舞い上がる。それに呼応するようにばさばさとネプギアの纏うドレスがただ鳴くように揺れていた。

刹那、彼女を身体を覆っていた装甲、ドレス、その全てが光を発していた。それは初めはどす黒く、次第に明るく目を開いていることすらも困難になるほどの目映く白い光に変わっていく。

「ッ――」

キラは、もう言葉も出なかった。

それはもう、言葉では言い表せないくらいに美しくて圧倒的だった。

一瞬、彼女の身体に純白のドレスが浮かび上がったかと思うと次に瞬きをしたときには何もなかった。

そう、何もなかった。

真っ白な空間の中にたった『二人』だけが取り残された状態。

キラは恐る恐る腕の中に収まる少女を見た。

そこには、いつもの格好で、変わらない表情で、ネプギアがそこに存在していた。

「キラ――」

無機質だった表情に驚愕の色が広がる。途端に彼女の瞳の端に大粒の涙が溢れて小さく嗚咽を上げる。

「キラ!」

トン、とキラの身体に軽い衝撃が当たる。

彼の胸に顔を埋めるようにネプギアが必死に彼の服を掴んでいる。自分まで泣きそうになってしまうのを堪えてキラはゆっくりと彼女の腰に手を回す。

「ばかやろ……ッ!」

「ん……、ごめんなさい……ッ」

ネプギアの服を握る力が更に強まる。それに呼応するようにキラも彼女を抱きしめる力を強めてやる。

もう二度と離したくない、とでも言うように――。

「見えるよ……キラのこと、今なら見えるよ……」

「ああ……」

キラはそっと右手を彼女の後頭部に回す。

彼女の目線がキラの目線と交差する。そんな彼女の愛らしい瞳にドキリとキラの心臓が飛び跳ねた。

「キラ……」

「……何だ?」

ネプギアは無言で目とを閉じるように指示していた。それを訝しみつつもキラは言われたとおりにゆっくりと瞳を閉じる。

ふわりと、まるで綿のように、しかししっとりとした感触がキラの唇から全身へと駆けめぐる。

薄目を開けて見るとそこには真ん前にネプギアの顔があった。その瞬間にキラの心臓はもう熱烈なビートを刻んでいた。

――キス。

もう、二度目か。ネプギアが不意にキラに口付けを落としたのは。

食らい付くように、離れたくないと思いの強さをそのままを表しているかのように。ネプギアは夢中で食い付いていた。

「む……ッ!」

キラは全身から力の抜けるような感覚に陥った。少しでも気を緩めてしまえば倒れてしまいそうになるほどに。

けれど、どこか暖かい――。

「ぷはっ……」

「ッ――」

ネプギアがその唇を離した。

キラは口元に触れながら自分自身でも分かるほどに紅く火照った顔でネプギアに問うた。

「何で……」

前にも言ったかもしれない。

キラはそう思う。しかし聞かずにはいられない。

ネプギアは一瞬、キョトンとした表情を浮かべるがすぐに柔和な微笑になってその唇を動かした。

「…きだから、…な――?」

「ッ――!?」

刹那、空間に広がっていた白い霧が轟音と共に消えた。

『彼女は何といったのだろう?』そんな思いをキラに植え付けて、周囲の風景は先程まで二人が足っていたあの場所に変わっていた。

「ネプギア……」

「うん……」

ネプギアは決意を秘めた瞳で正面の下っ端に視線を移して、キラの呼びかけに応じた。

力強い声でネプギアはゆっくりと声を上げる。

「私、もう逃げないよ――」

ネプギアの右手がゆっくりと掲げられる。

その瞬間にネプギアの足下からどこか暖かさを感じられる風が巻き起こる。キラは胸に手を当ててその感覚を堪能する。

『ごく最近まで身近に感じていたこの感覚』を、まるで――。

「女神化!!」

声高らかに、ネプギアはそう告げた。

彼が最も期待する言葉を、下っ端が最も恐れる言葉を、そして青年が最も『聞きたくなかった』言葉を。

 

青年は遥か上方で大きく目を剥いた。

「女神……覚醒するか!」

今までの、落ち着いた印象を与えていた青年の発した言葉には動揺が多分に含まれていただろう。

忌々しげに、狂おしげに、そして何より後悔するように青年は、その光景をただ見下ろすことしかできなかった。

 

純白の輝きを模した白き装甲。

彼女の周りに浮かぶまるで守護するようなプロセッサと呼ばれる女神の証。

女神、パープルシスター降臨。

「私は、この力でキラを護ります!!」

彼女の右手に握られていた白銀の剣から光が迸る。

振動する空気に怪訝な顔つきになりながら下っ端は右手に持っていたディスクを構えながら言う。

「ウルセェ! コレで終わりだ!!」

あれほどの敗北を喫していながらもまだ戦闘の意志を垣間見せる下っ端に、しかしネプギアは表情を変えることなく武器を構える。

「残念です……」

直後、ディスクから生み出された数十体のモンスター達が一瞬にして消し去られた。ネプギアは剣から銃弾を発して狂うことなく、一撃一撃を全てのモンスターにヒットさせていた。

下っ端は狼狽しつつも、新たにディスクを使ってモンスターを召喚しようとする。ネプギアの視線が光り、そのディスクに焦点を合わせる。

大地を蹴って一気に距離を殺して下っ端の持つディスクだけを真っ二つに切り裂く。

「なッ――!」

「まだ、続けますか?」

下っ端は肩を震わせてその場に立ちつくした。恐らく負けを認めたのだろう。

ネプギアはそれを見届けて武器を降ろす。

「見逃してあげます。早くここを立ち去ってください」

「――!」

癪に障ったのか、下っ端は持っていた鉄パイプを背後のネプギアに叩き込む。しかし、そんなことは初めから見切っていたとでも言うようにネプギアは剣でそれを受けきっていた。

「もう一度言います。見逃してあげます。早くここを立ち去りなさい」

さっきとは違う、強い口調。心なしか瞳の鋭さも増しているように思える。

下っ端は小さく舌打ちをして足早に空間の出口に立つ。

「つ、次はネェぞ! 覚えてやがれ!」

振り向きざまに下っ端はそう吐き捨てて、曲がり角を曲がってその姿を消した。

そんな彼女の後ろ姿を見届けてから、ネプギアはスッと瞳を閉じる。彼女を覆っていた白の装甲が空気に溶けるように消えてまた彼女が纏っていた衣服が現れる。

「……よかったのか?」

キラは心配そうな表情をしてキラは問い掛ける。それを見てネプギアは即座にこくんと首を縦に振った。

「うん、だってキラが『人殺し』なんかになるなって」

そうか、とキラは首肯する。

きっと、彼女の強大すぎる力を3割でも使ってしまえば下っ端など一瞬で肉塊に変えることが出来る。それを見越して、彼女を逃がしたのだろう。

数秒の後、彼らにとある人物の言葉が投げかけられる。

「素晴らしいですね」

パープルディスクだった。

二人は台座の方に視線を送って背筋を張る。それを見て微笑むような声を発してパープルディスクは再び声を発する。

「貴女とは初めてですね。この地を守護する『パープルディスク』です」

「あ、私はプラネテューヌの女神候補生のネプギアです」

「ええ、言わずとも分かっています。目的も既に承知しています……。守護女神のこと、ですよね?」

「はい」

パープルディスクの問いにネプギアは首肯して答える。

一間置いて、パープルディスクは重々しい声で言葉を紡ぐ。

「私にはそれに協力できるだけの力があるかは分かりません。けれど、私の力が少しでもあなた達の力となるのなら……受け取ってください」

台座の直上に光が集まる。次第にそれは大きさを増していき、ふわふわと浮遊してネプギアの正面に移動する。

おずおずとネプギアが両手を出してそれを受け取る。それはパープルディスクよりも一回り小さな紫色のディスクだった。

「これは……?」

「私の力の一部を、そのディスクに移しました。きっと役に立つはずです」

「……ありがとう、ございます」

代表してキラが礼を言う。

「いえ、……寧ろこの程度しかできない私を許してください」

「……そんなこと」

見えはしないが、きっと彼女は頭を下げていることだろう。そう思うとキラもネプギアも申し訳なさで胸がいっぱいになる。

それに――。

「……パープルディスク、俺達と一緒に行こう」

「え?」

予想しない呼びかけに対してパープルディスクはそんな声を漏らした。

意外にもキラの表情が真剣なモノであったために、パープルディスクの方も神妙な声で答える。

「ありがとうございます……。けれど、私にはこの大地を守護する大切な役割があるのです。だから……」

「……だから、ずっとここにいるんですか? 一人で……」

ネプギアも、心配そうにパープルディスクの言葉を遮った。

「はい……」

「でも……!」

「問題はありません。いずれ、私もここを離れることでしょう。そう遠くない未来に……」

まるで確信を秘めているような声でパープルディスクはそう言った。

「そう、なんですか?」

「はい。今は移動の術式を組んでいる途中です。きっといつかここを離れられるときが来るでしょう。その時は……」

「いつでも、歓迎しますね」

ネプギアがそう答えた。それに納得するように、パープルディスクは押しとどめるような声で零す。

「さあ、もう行った方がいいでしょう。いつまでもここで時間を取られているわけにはいきませんからね」

「はい」

「じゃあ、また」

キラは右手を小さく挙げて声を上げる。

ネプギアもそれにならうように小さく右手を振る。名残惜しげに二人は彼女の姿を視界に入れながらゆっくりとその場を立ち去り、やがてその姿は曲がり角に差し掛かって見えなくなっていく。

それを見届けたパープルディスクの傍らから、ダンと地面に着地する音が響いた。

「貴方……ですか」

「パープルディスク……」

青年は、どこか迫力を込めた声色で告げた。

 

 

「――お前はここで壊れろ」

 

 ☆ ☆ ☆

 

「キラ」

「んー?」

ネプギアは、どこか照れたような声でキラに呼びかけた。その声にキラは視線を前にしたまま応じた。

「ありがとね」

「何が?」

チラとネプギアを盗み見てキラはそう問い掛けた。

エヘヘと頬を掻いてネプギアは薄く笑ってから答えた。

「だってキラがいなかったら私、きっと人殺しになってたもん」

「ああ……」

その事か、とキラは首肯する。それからこつんとネプギアの額より少し上の辺りを叩いてから言った。

「きっと、お前は俺がいなければああはなってなかっただろうよ」

呆れるようにそう答えた。

叩かれた辺りを押さえながらネプギアはキョトンとした表情でキラの横顔を眺めていた。

それでも、とネプギアは続ける。

「キラがいてくれたから、私は今の自分があると思ってるから――だからありがとう」

小さく頭を下げてネプギアはそう言った。

「……俺も」

「え? 何か言った?」

クイと顔を上げてネプギアはそう問い掛けた。

それに対してキラは「何でもない」と答えて、また足を動かす。

「気になるよ」

「何でもねぇって」

右手では鬱陶しそうに払いのけながらも、しっかりと左手では彼女を掴んでいた。それに応じてネプギアも右手を握り返す。

深く、絡みつくように。

 

 

 

ただ、二人の心は、ひっそり――。

 

説明
あっという間に春ですね。
一ヶ月以上放置してました。
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コメント
ヒノ様> 暴走はロマン! キラ「つーか、読み返してみるとまんまDALだな…」 うん、どーだっけ?読んでたなら少なからず影響受けてるなあ キラ「時期も時期だし読んでんじゃね」 そうだっけ、まあいいや。邪神化は強いよ!(ME-GA)
更新、お疲れ様です!チータ「邪神化…狂って感情まかせなだけあって単純な女神化よりも強い気がする…」ユウザ「同感…」チ「やはり暴走は…浪漫なのか!?博打という名の浪漫なのか!?」ユ「いきなりどうした……?」(ヒノ)
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