スカーレットナックル 第三話
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 朝日市地下歩行空間……昨年夏に開通した朝日駅とラジオ塔大通り駅を結ぶこの空間は、昼間は沢山の観光客や通勤途中のビジネスマンで賑わっている。しかし地下鉄が運休する夜十二時以降になると人通りは全くなくなり、静寂が支配する異様な空間に様変わりする。

 そして今その場所に、福澤によって導かれたユウキとアツシが現れた。

 

「ここか、地下歩行空間」

「へー、小奇麗な所だね。ところで……」

 

 ユウキは自分達の後ろにいる色黒の少年を見る。少年は先程の河川敷からずっとユウキ達に付いて来ていたのだ。

 

「なんでお前、俺達に付いてきた?」

「実はオイラ……お二人のさっきの戦いに惚れ惚れしてしまったんス! オイラお二人みたいに強くなりたいッス! なのでどうかオイラを弟子にしてください! 師匠!」

 

 そう言って少年は突然頭をグンと下げる。その様子を見てユウキとアツシは困惑する。

 

「いや師匠って……俺ら弟子とる程強くないしなぁ?」

「なら兄弟子で! 兄貴で! アニキと呼ばせてくださいッス!」

 

尚も続く少年の懇願に、ユウキは思わずぷっと吹き出してしまった。

 

「まあいいかそれくらいなら……そういえば君なんて名前なの?」

 

 ユウキはまだ少年の名前を聞いていなかった事を思い出す。すると少年はハキハキと名乗りを上げた。

 

「はい! 自分矢上大助っていいまッス! 母ちゃんは離婚して父ちゃんと二人暮らしッス!」

「大助か……普通すぎるな。お前色黒だしノワール……いやそれじゃカッコつけすぎか、ならクロと呼ぶことにしよう」

 

数秒で考えたアツシ考案の仇名に、少年……クロは嬉しそうな笑顔で頷いた。

 

「ではこの不肖クロ! ミート君ポジで兄貴達をサポートさせていただくッス! よろしく!」

「解説実況かよ!? 戦わないのかよ!?」

「ははは……まあ子供に無茶はさせられないさ。危険だと思ったら……」

 

 その時、ユウキは前方から武器を持った男数十人がこちらに近付いてくる事に気が付いた。敵意をこちらに向けている。

 

「安全な場所に避難するんだよ」

「は、はいッス!」

 

 クロはサササーッと近くにあった巨大な観葉植物の陰に隠れた。

 一方ユウキとアツシはこちらに敵意を向けてくる男達に対して構えた。

 

「何なんだろうねこの人達?」

「少なくとも俺達に友好的じゃないのは確かだ」

 

 その時、近くのスピーカーから放送が入る。声の主は……福澤だった。

 

『レディースエーンドジェントルメン! ようこそ“サクリファイスファイト”予選大会へ! 本日の飛び入り挑戦者はこの二名! 』

「あのヤクザの声!? サクリファイスファイト!?」

「野郎……まさか俺達を嵌めたのか!?」

 

 福澤の声に困惑するユウキとアツシ、すると福澤は二人の心情を察してか、この状況の説明を始めた。

 

『ルールは簡単! あの二人が雑魚を蹴散らしてラジオ塔通り駅まで辿り着けばオッケー! さあ賭けた賭けた!』

 

 放送のマイクからは福澤の他に、何十人かの騒がしい声が聞こえていた。その様子を見て、ユウキとアツシはすべてを察した。

 

「成程、さしずめ俺達は賭け試合の生贄って訳か」

「はあ……しょうがないやるか、ここ突破してあのブタぶちのめそう」

 

 そう言って二人は襲い掛かってくる武装集団に真っ向から向かって行った。

 二人はまず先頭の鉄パイプを持ったボーズ頭の青いジャージを着た男に狙いを定める。

 

「おらぁ!!」

 

 青ジャージの男は先頭のアツシに向かって鉄パイプを振り降ろす。対してアツシは……。

 

「よっと」

 

右足を上げて足の裏で鉄パイプを受け止めてしまった。

 

「ユウキ、腹」

「ごめんな……さい!」

 

 ユウキは腰を落として右拳をギュッと握り、腰を回してその拳を青ジャージの男の腹部に叩きこんだ。俗にいう正拳突きである。

 

「うげえー!!?」

 

 青ジャージの男はそのまま勢いよく後方に飛ばされ、ボーリングの要領で後ろにいた仲間達を巻き込みながら地面に伏した。

 

「よっしゃ! どんどん来い!」

 

 アツシはすぐ近くにあったスプリンクラーの蛇口をジャンプして掴み、迫って来た武装集団を何人か蹴り飛ばした。

 

「セイッ!」

 

 一方ユウキは自分に向かって振り降ろされた木製の棍棒を手刀で叩き折り、空いている方の手で振り降ろした相手の顎を掌打で打ち抜く。

 

「この野郎ぉぉぉ!」

 

 すると突然、ユウキは背後から下唇にピアスを付けた男に両腕を封じられる形で組みつかれてしまった。

 

「アニキあぶねえー!」

 

 物陰に隠れていたクロが大声で叫ぶ。しかしユウキは冷静に組みついてきた男の足を自分の踵で思いっきり踏みつけた。

 

「ぎゃ!?」

 

 余りの痛さに組みつきを解くピアスの男、ユウキはそのまま振り向きながら裏拳を男の顎に叩きこんだ。ピアスの男は脳震盪を起こしその場で座り込むように意識を失った。

 

 ユウキとアツシはそのまま前線を押し上げるように、次々来る武装した男達を倒しながら地下歩行空間を進んでいった。

 

「なんか前にやったゲーム思い出すね! 何ファイトだっけ!?」

「ファイナル? いやバーニングだったか!」

 

 軽口を叩く余裕まで出てくる二人。その時近くにいた太めの男性が近くにあった木製ベンチを力任せに持ち上げた。

 

「ぬがああああああ!!」

 

 そしてそれをユウキとアツシに向かって投げつけた。

 

「「はぁっ!!」」

 

 対してユウキは正拳で、アツシは回し蹴りで、飛んできたベンチをバコォンと叩き割った。

 

「っと、油断大敵」

「その通りだ……なっと!」

 

 アツシがそのまま飛び蹴りで太めの男の顔面を蹴り抜いて気絶させる。すると辺りには誰もいなくなり静かになった。

 

「あ、今ので終わり?」

「結構歩いたしな、そろそろ目的地か……」

 

 その時、ユウキ達の前方からドカンと何かが破壊される音と、ブオオオオンという二つの電気で何かが回転する音が聞こえてきた。

 

「ん? なんだろこの音?」

『さあここまで辿り着いた挑戦者達! しかし最後のゲートキーパー相手に生き延びることが出来るのか!?』

 

 放送と共にその異音は近付いて来る。アツシはメガネを掛けて音がする方角を見る。そして……口をあんぐりと開けた。

 

「マジかよ」

「ぶおおおおおおお!!!」

 

 すると音がする方角から、ホッケーマスクを被った大男が走って来た。両手にはそれぞれ騒がしいエンジン音を鳴らすチェーンソーが握られている。

 

『かつて何人もの挑戦者を葬って来たチェーンソー男! はたしてこの二人は生き延びる事が出来るのか!?』

「おい待てふざけんな」

「出る作品のジャンル間違ってない!!?」

 

 二人がツッコミを入れている隙に、チェーンソー男はグルグル回転しながら襲い掛かって来た。

 

「ぐがああああああ!!」

「「うわああああああ!?」」

 

 ユウキとアツシはそれぞれ反対方向に横っ飛びして逃げ出す。するとチェーンソー男はまずアツシの方に狙いを定めた。

 

「アツシ!」

「くそ! 舐めるな3流ホラー映画野郎!」

 

 アツシは起き上がり様、自分の脳天目掛けて振り降ろされたチェーンソーを体を逸らして避ける。そして右手でチェーンソー男の首を掴み、ジャンプして左膝を顔面に叩きこんだ。

 

「ごぺぇ!!?」

 

 チェーンソー男はホッケーマスクを真っ二つに割りながら鼻血を噴いて大の字に倒れた。

 

「はぁ、肝が冷えた……」

「あ、アツシ! 腕!」

 

 起き上がったユウキはアツシの左腕から大量の血が流れている事に気付いた。

 

「ん? 腕を退くのが遅かったか」

「大丈夫なの? すごい血が流れているけど? はいテーピング」

「サンキュー」

 

 ユウキはいつも自分が手に捲いているテーピングの予備をアツシに渡す。アツシはそれを血がダラダラ流れる自分の左腕に捲いた。

 

「うし止まった」

「アニキ達―、大丈夫でしたかー?」

 

 すると安全を確認したクロがユウキとアツシの元にやって来た。

 

「うん、多分これで終わりだよね?」

「取り敢えず大通り駅とやらまで言ってみるか……」

 

 その時、ユウキ達の元に今度はプロレスの覆面にスーツといった格好の男が現れた。

 

「予選突破おめでとうございます。これより本会場にご案内いたします」

「予選突破……ね? まだ何かあるのかな」

「どうでもいい、さっさとあの汚ブタをぶちのめしに行くぞ」

 

 ユウキ達は素直に覆面の男の後を付いて行く。そして数分後……一同はラジオ塔大通り駅のホームにやって来た。12時を過ぎているため乗客や職員はおらず、静寂が辺りを支配していた。

 

「地下鉄って24時間営業じゃないんだ。初めて知ったよ」

「アニキ、どんだけ田舎者なんスか」

「こちらです」

 

 覆面の男は駅のホームから線路に降り、ユウキ達はその後を付いて行く。そして暗い地下鉄線路をしばらく歩くと、壁際に銀色の扉があり覆面の男はそれを開け放つ。

 

「成程、運行していないこの時間帯にしか入れない秘密の場所か」

「なんかワクワクしてきたね」

 

 ユウキ達は覆面の男の後ろを追って扉に入り、暗い通路を歩き続ける。そして……再び銀色のドアが立ちはだかり、覆面の男はその取っ手に手を掛けた。

 

「ようこそ……」

 

 覆面の男が扉を開け放つ。するとそこから大量の光と大歓声が漏れ出した。そして光が収まると、ユウキ達の目の前に巨大なリングとそれを取り囲む大勢の観衆という予想外の光景が広がっていた。

 

 

 

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STAGE3「地下闘技場」

 

 

 

『さあやってまいりました! サクリファイスファイト予選サバイバルを生き延びた二人組! 果たして二人はチャンピオンを倒せるのかー!!?』

「「「ウオオオオオオー!!!」」」

 

 実況の声と共に地響きする歓声が会場に響き渡る。するとユウキ達の横から福澤が現れた。

 

「ようこそ! サクリファイスファイト本選会場へ!」

「貴方は……ここは一体?」

「ぐふふ、地下歩行空間が作られた際、建設会社に金送ってついでに作らせたんや。どうや? 燃えてこうへん?」

 

 アツシはこちらを見る観衆を一瞥し、不快そうに吐き捨てる。

 

「どうも純粋に格闘技を見に来た奴等じゃなさそうだな。サクリファイス……要するに俺達はアイツ等への生贄か」

「察しがええのう、兄ちゃん達はここで戦ってもらうで。それでもし生き延びれたら……隻眼の虎の事を教えたる」

「あ、アニキ〜、絶対無茶ッスよ〜!」

 

 クロが泣きそうな声でユウキ達に話し掛ける。対してユウキはやれやれと首を横に振った。

 

「うーん……俺達に拒否権は無いみたい」

 

 その時クロはようやく、自分達の後ろに覆面黒服男達がこちらに銃を向けている事に気付いた。

 

「あわわわわ……!」

「しょうがない、やるか」

 

 しかしユウキ達はまったく動じず、それを目の当たりにしたクロは思わずツッコミを入れた。

 

「アニキ達! 肝が据わっているってレベルじゃないッス!」

「だって……なあ?」

「師匠の修業程じゃないよ」

 

 クロ含む周りの人間は、一体その師匠にどんな修業を課せられたんだと心の中でツッコんだ。その時……。

 

「ちょっとまった」

 

 福澤が来た反対方向から、両目が半開き、黒髪ショートヘアに白衣を纏った30代前後の女性が現れる。口には小さなペロペロキャンディらしき白い棒が咥えられていた。

 

「なんやドクターはん? この兄ちゃん達に用か?」

「そこのメガネの坊や……腕怪我しているだろ、ちょっと見せろ」

「……?」

 

 アツシは不思議に思いながらも、先程切った自分の左腕をその白衣の女性に見せる。女性はアツシの腕のテーピングを取り、傷口を指でツンと軽く突いた。すると……腕からピューッと噴水のように血が噴き出してきた。

 

「うお!? うおおおおお!?」

「うわわわわわわ!!? 血! 血が!?」

「見ての通り、傷口がちゃんと塞がっていない。これじゃ数分もしないうちに失血死するぞ。試合どころじゃない」

 

 とんでもない光景に驚愕するアツシ達とは対照的に、白衣の女性は落ち着いた様子で説明を続けていた。

 それを受けて福澤は気難しそうな顔でむむむと唸った。

 

「せ、せやけどチャンピオンには二人で挑ませようと思っとったのに……」

「手負いで勝てる程あいつは甘くないぞ」

 

 すると福澤はついに折れ、慌てふためいているユウキに話し掛けた。

 

「しゃあない、本選にはそっちの兄ちゃんに出てもらうとしまひょ。試合は一時間後や、それまでその女と一緒に待っててや」

「おい! お、俺も戦うぞ!」

 

 するとアツシが自分も戦うと主張し、無理やり腕の出血を止めようとする。しかし……。

 

「こら、医者の言う事は聞くもん……だ!」

 

 女性は突然、アツシの首筋に手刀を叩きこむ。するとアツシはウッという声と共に意識を失った。女性はそのまま倒れそうになるアツシを受け止め、呆然としているユウキとクロに問いかけた。

 

(えっ!? アツシが一撃で?)

「ほら、アンタ達も来な」

「「あ、はい」」

 

 ユウキとクロは素直にその女性の後に付いて行った……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 数十分後、地下闘技場の医務室にやってきたユウキは、アツシの治療が終わるまでクロに手伝ってもらいながら柔軟体操を行っていた。

 

「いやーアニキ体柔らかいッスね。オイラ爪先に手が届かないんスよね」

「文字通り死ぬほど師匠に鍛えられたからね。こう見えても半年前までは直角のまま動けなかったんだよ?」

「あははー、んなバカな」

 

 その時、近くにあったベッドの遮断用カーテンが開かれ、そこから痛そうに腕を抑えるアツシと白衣の女性が現れる。

 

「よし、応急処置は完了。しばらく安静にしてれば普通に運動していいぞ」

「……ふん。礼は言っておく」

 

 不満そうに口を尖らせながらもちゃんとお礼は言うアツシ。

 

「アツシ、大丈夫なの?」

「ああ、いきなり消毒液ぶっかけられた後麻酔無しで傷口縫い付けられた」

「仕方ないだろ、あのデブここの備品代ケチるんだから」

 

 そしてユウキは深々と頭を下げながら改めて白衣の女性にお礼を言う。

 

「すみません、態々治療してもらって……」

「別にいいよ、あんた達の戦い方にちょっと興味があるし……ああ、私は手塚って言うんだ。よろしく」

 

 手塚と名乗った白衣の女性は、新しいペロペロキャンディを口に含みながらユウキとアツシに問いかける。

 

「アンタらの流派……“葵流戦場格闘術”か?」

「「……さあ?」」

 

 手塚の質問に、ユウキとアツシは首を傾げるしかなかった。葵流戦場格闘術……そんなもの二人は聞いた事も無かったのだ。

 そんな二人を見て手塚は呆れたように溜息をつく。

 

「おいおい、アンタら自分の使っている流派の事も知らないのか?」

「そんな事言われたって……俺達ただ師匠の言われた通りの鍛錬しかしていないから……」

「師匠?」

 

 ユウキ達は手塚に、自分達の師匠の事やこれまでの経緯を説明する。すると手塚は眉間を抑えながら笑いを堪えていた。

 

「成程、お前らの現状はすべて解った……災難だな」

「まあ確かに、俺達は自ら災難に飛び込んだようなもんだ。それでなんだその葵流戦場格闘術っていうのは?」

「……私の友達にな、お前らと似たような戦い方をする奴がいたんだよ。そいつがそういう武術だって言っていたんだ。歩法なんてそっくりそのままだったぞ」

 

 手塚の話を聞いて、ユウキはある事に気付く。

 

「もしかして手塚さん……師匠の知り合い?」

「かもな、まあ物事には100%なんて無いから保証はしないがな。それより……」

 

 手塚は少し心配そうな目でユウキを見る。

 

「アンタ……ユウキだっけ? 本当に地下闘技場に出場するのかい? 今なら私がアイツラの目の届かないところに逃がしてやるよ?」

「ありがとうございます。でも一度決めた事ですし、それに……」

 

 ユウキは自分の赤く染まったテーピングが巻かれた拳をじっと見つめた。

 

「自分が何故、師匠に拳を振るう事を許されたのか、その理由を知るいい機会かもって思うから……」

「アニキ?」

「……」

 

 ユウキの発言に首を傾げるクロと手塚、一方のアツシは難しい顔でユウキをじっと見つめていた……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 ラジオ塔大通り地下闘技場。地下鉄が運休する深夜1時から朝5時までの間開かれるこの500人余りを収容できる闘技場では、連日多くの暴力団関係者や賭博狂い、そして血なまぐさい闘争見たさにやってくる観客たちで賑わっていた。

闘技場で開かれる大会“サクリファイスファイト”の内容は、主に金的、目潰し、道具使用禁止の相手が戦闘不能になるまで戦うノーレフェリーギブアップ無しの完全デスマッチが多く、時折出場者の中から死傷者が出るほどの苛烈さを極めていた。しかし大会を主催しているのが暴力団関係者であるという事、出場者の多くが犯罪歴のあるものや、多額の借金などの金銭的理由で賞金目当てで無理やりリングに上がる、または上げられている者が多く。たとえ何かあってもその多くが闇に葬られるので表沙汰になる事は殆ど無いのだ。

 

 そし今宵も、傍観者達の醜い欲望を満たす為、哀れな生贄が鋼鉄のリングに上げられる。

 

『レディースエーンドジェントルメン!! 今宵も開催されましたサクリファイスファイト! 果たして今宵の挑戦者は次々繰り出されるチャンピオン達を打ち倒し、新たなチャンピオンに君臨し賞金一億円を手にすることが出来るのか!?』

 

 実況席の実況の声と共に歓声に包まれる観客席、そしてリングの青コーナーの方角に沢山のスポットライトが浴びせられる。

 

『さあ、今宵の挑戦者を紹介しよう! 見事地下歩行空間サバイバルロードを生き延びた若き格闘家! 並み居る敵を神速の右でほぼ一撃で仕留めた不殺のスナイパー! モチヅキィィィィィユウキィィィィィ!!!』

 

実況のテンション高めな紹介と共に、スポットライトで照らされる花道を歩くユウキ。ちなみに今の彼の格好はオリンピックの水泳選手が着るような黒のピッチピチのボディスーツに白のボクサーパンツ。足には手と同じようにテーピングが巻かれていた。

 

「あはは……すごい人の数」

 

 ユウキは自分に浴びせられる歓声に萎縮しながらリングに入った。するとリングサイドにいたアツシとクロが声を掛けてくる。

 

「アツシのアニキー! リラックスリラックス!」

「いつも通りのお前の戦いをすればいいんだ」

 

 対してユウキは手を振って笑顔で応える。すると……赤コーナーの方角から照明が当てられると共に実況が説明を始める。

 

『ルールは簡単! 次々と現れる4人のチャンピオンを休むことなく倒し続け最後まで勝ち抜けば良いだけ! 超簡単!』

「簡単じゃない!? 簡単じゃないから!」

 

 明らかに挑戦者不利な条件にユウキは思わずツッコむ。

 

「アレか、棒無いと何もできないヘタレ→タコボクサー→ホモ→チョビ髭マッチョの順で出てくるのか」

「いや、勝つ度に脱ぐボクサー→仮面付けたカギ爪の変態→眼帯禿→乱入されボコられる簡単なバイトしているオッサンの順じゃないッスか?」

「二人共怒られるよ!」

 

 そしてリングサイドの二人にもツッコむ。するとそんな彼らの元に手塚がやってくる。

 

「ここの観客は挑戦者が惨めにボコボコにされるのを見に来ているのさ。無論、どっちが勝つか賭けは行われているけどね。前者がメインで見に来ている奴が多いのさ」

「成程、クズの吹き溜まりということか」

「ゆ、ユウキのアニキならきっと大丈夫ッスよ! 多分!」

 

 ちょっと心配になって来たのか、クロの声に焦りが帯び始める。一方ユウキはいつものようにシャドーボクシングをしていた。

 

「うん……まあ頑張る。隻眼の虎を見つける為にね」

 

 そして赤コーナーから、ユウキと同じ程の身長のテコンドーの胴着を着た、鰓の張った顔が特徴的なツリ眼の男が出てきた。

 

『赤コーナー! 何かムカつく日本人をボコる為にこのサクリファイスファイトに参戦した国籍不明の男! 七色の足技を持つテクニカルファイター! リー・モンジュンー!!』

 

 チャンピオンの登場と共に湧く歓声、しかし半分ぐらいはブーイングも入り混じっていた。

 それも致し方ないだろう。使う格闘技、名前、風貌、日本人嫌いというメッセージからどう考えてもあの国の出身である。

 

「やべえ! ツッコミ所しかねえッス!」

「これ色々な意味で大丈夫か?」

「大丈夫、国籍不明だから、明言していないから、匂わせているだけだから」

 

 アツシ達の心配を一蹴する手塚、そして相手のモンジュン選手がリングの中に入って来た。そしていきなりユウキに向かって中指を突き立てるポーズをとった。

 

「くっくっく! 日本人は俺の足技で血達磨にしてやるニ……のだ!」

「わぁー、日本語上手ですねー」

 

 ちょっと棒読み気味で相手を称賛するユウキ、そして突然、カーンという音と共に試合のゴングが鳴った。

 

「先手必勝! チョエエエエエエエイ!!」

『出たー! リー選手得意のゴングを鳴らす係を買収して不意打ちを掛ける作戦―! 数多の挑戦者が何もできずにリングに沈んだ残虐非道の戦術だー!!!』

「汚ねええええええ!!?」

 

 多分ここに初めて来た観客はクロの叫びとほぼ同じことを考えていただろう。ちなみに常連客は「またか……」と悟りきった様子で生暖かい苦笑を浮かべていた。

そしてリーはゴングと同時にユウキの顔面に飛び蹴りを仕掛ける……が、

 

「危なっ」

「あー」

 

 ユウキはさっと右に移動してそれを避けた。リはそのままリング外に落ちて行った。

 

『おーっとユウキ選手!? リ選手の買収奇襲攻撃を難なく回避したー!?』

「まあ不意打ちなんてストリートファイト繰り返していたら当たり前だし」

 

 そしてリングをよじ登ってくるリー。その目は怒りで燃え滾っていた。

 

「おのれ俺の攻撃を避けるとは……なんて卑怯なのだ!」

「何? お笑いの人?」

 

 理不尽通り越してギャグになっているリーの言い分に、ユウキは取り敢えず無理やり自分を納得させる。

 そして体勢を整えたリーはぐっと腰を落として構えた。

 

「こうなったら俺の必殺のテコンドーを見せてやるのだ……!」

「……!」

 

 相手の本気を察知し、ユウキもファイティングポーズを取る。そして……リーは思いっきりユウキに向かって突っ込んできた。

 

「喰らえ必殺……!」

 

 リーは思いっきり息を吸い込んで顔を天井に向ける。そして……。

 

「毒霧!!!」

「うわっ!?」

 

 口からユウキの顔目掛けて緑色の液体を吹きかけた。

 

「「「テコンドー使え」」」

『セコンドの適格なツッコミ!! 私もそう思いました! 皆そう思っている!!』

「はーっはっはっは! 日本人には何をしてもいいニのだ!」

 

 観客席から表現法等の事情で文章に出来ない罵声が自分に向けられるのを尻目に、リーはユウキの頭めがけてネリチャギを繰り出す。一方のユウキは不快そうに顔を抑えていた。

 

「うわ、なんだコレベタベタ……メロンシロップ?」

「これで終わりなのだあああああ!!!」

 

 が、ユウキは右手で顔を覆いながら振り降ろされた踵を回れ左の要領で避け、その回転する勢いで左手の裏拳をリーの左顎に叩きこんだ。

 

「あぺっ!?」

 

 脳がぐらっと揺れて膝を付くリー。一方ユウキはアツシ達のいるコーナーポストに戻って行った。

 

「あーもー! ちゃんとやれよー!!」

「イライラしない、ほれ濡れタオル」

 

 珍しくイライラしているユウキを宥めながら、手塚が準備していた濡れタオルを彼に手渡した。

 

「アニキ、大丈夫ッスか?」

 

 濡れタオルで顔の毒霧を拭き取るユウキを心配そうに見つめるクロ。対してユウキは手塚に濡れタオルを返しながら笑顔で応えた。

 

「うん、咄嗟に目を庇ったから大事には至ってないよ」

「あそこまでクズだと俺も怒る気無くすわ」

 

 そしてリングに中央に戻るユウキ、目線の先には必死に顔を叩いて意識を取り戻したリーが立っていた。

 

「ど、どうやらお前には小細工は通用しないようだ。こうなったら正真正銘のテコンドーを見せてやるのだ!」

「よし! ナイフでも鉄砲でもなんでも来るといいよ!」

 

 リーの言葉をまったく信用していないユウキは、シュッシュと何もない空間にワンツーパンチを繰り出した。

 

「くっくっく……これまでのは貴様を油断させるための手段なのだ! この俺の真の恐ろしさ……見せてやるああああああああ!!」

 

 リーは再びユウキに突撃し、彼の顔面目掛けて右ストレート繰り出す……が、ユウキはそれを横に弾いた。

 

(勝機!!)

 

 リーの目がキランと光る。彼はそのまま左足を蹴り上げた。 ユウキの股間目掛けて。

 

『金的ィィィィ!!? パンチで注意を逸らしての金的ィィィ!!』

「もうテコンドーに失礼の域だな……」

 

 が、リーの蹴り上げた左足の甲はユウキの股間に当たる事は無く、ユウキの右手に掴まれていた。

 

「あれ?」

「まあ来るだろうなとは思ってたよ」

 

 にっこりと笑うユウキ。ただし顔面にはちょこんと青筋が立っていた。

 

「お、おのれ放せ卑怯者!」

 

 どの口が言うんだというこの場にいる全員のツッコミをよそに、ユウキはリーの軸足になっている右足を左手で掴んだ。

 

「君とはもう……やっとれんわ!」

「うわ、わ!」

 

 そしてその足を天井に放り上げる。足の甲を掴んだ右手はそのままなので、リーは

オーバーヘッドキックのような格好で後頭部をリングに思いっきり打ち付け、完全に気絶してしまった。それを見たゴング係が試合終了のゴングを鳴らす。

 

『試合終了―! ユウキ選手! 数多の卑怯な攻撃に屈することなく、清らかな戦いで無傷の勝利を手にしましたー!』

 

 実況の声と共に観客席から拍手交じりの歓声が湧き上がる。ユウキはそれに対し照れ笑いを浮かべながら礼をしていた。

 

「やるじゃないかあの坊や」

「まああの程度ならな」

「あ、相手が起き上がったッス」

 

 クロは向こうのセコンドがリーを起こした事に気付く。するとリーはセコンドやスタッフに抑えられながら講義をし始めた。

 

「インチキだ! あいつグローブに石を仕込んでいるぞ!」

「グローブしてないよー。決まり手足取りだったじゃん」

 

 尚もイチャモンを付けてくるリーにウンザリ顔のユウキ。その時……リーの背後に2m近くある青い柔道服を着た大男が現れる。

 

「どけ、次は俺だ」

「え!? うわああああああ!!」

 

 大男はリーの首根っこを片手で掴むと、彼をそのままリング外に投げ飛ばしてしまった。

 

『おおーっと! 第二のチャンピオン! 柔道の大山が現れました!』

「あ、次は貴方ですか?」

「おうよ、あいつは俺達四人組の中でも下の下の雑魚……俺をあいつと一緒にされたら困るぜ」

 

 一触即発の空気の中、リングに居たスタッフやセコンド達は慌てて蜘蛛の子を散らす様に下がって行った。

 

『さあ現職警官でありながら博打により多額の借金を背負い、賞金目当てでこのサクリファイスファイトに参戦している大山! 果たしてユウキ選手はどう戦うのかー!!?』

「ようやくまともっぽいのが来たッスね」

「いや……」

 

 大山を分析したクロに対し、アツシは首を横に振る。

一方ユウキはボクシングの構えを取る。それを見た大山は不敵に笑った。

 

「くっくっく……お前のようなにわかのボクシング使い、ここや現場で何度もぶっ潰してきてやったぜ」

「……」

 

 そして試合開始のゴングが鳴り響く。それと同時にユウキはバックステップで大山との距離を取る。

 

『おっとユウキ選手距離を取る! 大山選手の柔道技を警戒しているのか!?』

「はっはっは! 逃げようがリング端まで追い込めばこっちの物……」

 

 が、次の瞬間、大山の視界からユウキが消える。そして顎の下から衝撃が走る。

 

「ゴハッ……!?」

『な、なんとユウキ選手! 離れた位置から低い姿勢で一気に大山選手に接近! そのまま大山選手の顎にアッパーを繰り出した!』

 

 ユウキは得意のサブマリンアッパーを大山に直撃させたのである。その様子をリングサイドで見ていた手塚は感心しながらウンウンと頷いた。

 

「ほう、生であの歩法を見るのは久しぶりだな。あのアッパーはオリジナルかい?」

「あいつ曰く、自分にはまだパワーが無いから全身を使って破壊力を出したいんだと」

「でもアレだと手首傷めないッスか?」

 

 クロの質問にアツシは乾いた笑みを浮かべながら答えた。

 

「まあ……怪我しないように基礎死ぬほど繰り返したからな。つーか現在進行形だし」

 

 一方リングの上の大山は、飛びそうになる意識を必死に引き戻す。

 

(グッ……!? ま、まあ近付いてきたのなら投げるまで!)

 

 大山は振り上げられたユウキの右腕を掴もうとする。しかし……掴もうとした手は空を掴んだ。

 

「はれ!?」

 

 気が付くとユウキは先程いたリングの隅に戻って行った。そしてすぐまた大山の視界から消える。そして今度は右頬にユウキの左フックが命中する。

 

「ガハッ!?」

 

 衝撃で再び倒れそうになるが踏みとどまる大山。対してユウキはまたもとの位置に戻っていた。

 

「こ、こいつ……!」

 

 

「あの警官、ユウキの事が化け物に見えているだろうな」

 

 ユウキと対峙する大山を見て勝利を確信するアツシ。

 

「ま、戦っている最中に消えて一方的に攻撃されるなんて、ホラー以外の何物でもないからな」

「あーなんか前に見た漫画でそんなの見たかもッス。軍人が極悪死刑囚ボコるアレ、ユウキのアニキは相手を体だけでなく心も攻撃しているという訳ッスか……!」

 

 案の定、何も出来ずに一方的に攻撃されている大山は、心が折れる寸前までいっていた。

 

「ち、チクショオオオオオ!!」

 

 しかし最後の力を振り絞り、大山はユウキに向かって突撃を敢行する。

 

(突撃してきた……ならこれだ!)

 

 対してユウキはいつものように姿勢を低くしながら突撃する。そしてその体制のまま左肘を大山の腹部に打ち込んだ。

 

「ぶげぇ!!?」

 

 顔を集中的に攻撃されていたためそこを守る事に集中していた大山は、突然の腹部の攻撃に対処できず先程食べたカップめんを吐き出しながら身を丸める。

 

「はぁ!」

 

 ユウキはそのまま駄目押しとして大山の首筋に右手の手刀を撃ち込んだ。大山はそのまま意識を失い、尻を突きだす形でリング上に倒れ込んだ。

 

『き、決まった〜! 左肘からの手刀の駄目押し! ユウキ選手現職警官をいとも簡単に葬り去ったー!』

 

 それと同時に試合終了のゴングが鳴る。大山はそのままスタッフにより担架で運ばれていき、ユウキはその様子を尻目にコーナーポストに戻って行った。

 

「どうだった?」

 

 アツシの質問に対し、ユウキは手のテーピングを結び直しながら答える。

 

「うん……あの人思ったより強くなかった。打ち込んだ腹が思ったより贅肉付いていたし。不摂生が祟ったね」

「現場で戦っていたって言うのも嘘くさいな。多分後輩に任せっきりとかそんな感じだろ」

 

 そしてユウキはペットボトルの水を一口飲んだ後、再びリングの中央を見る。そこには……ボーズ頭で褐色肌の黒いボクサーパンツを履いた男が立っていた。

 

『続いてのチャンピオンは本場タイでムエタイを学んだ本格派! 公式試合で相手を半殺しにして公式試合に出れなくなった男! デンジャぁぁぁぁぁ櫛田ぁぁぁぁぁ!!』

「ひょああああああああ!!」

 

 実況の紹介と同時に謎の踊りを開始するデンジャー櫛田。

 

「なんかすっげー適当なリングネーム」

「アニキー! ムエタイは地上最強の格闘技と言われているッス! 油断しないでー!」

 

 クロの声援を受けながら、ユウキは目の前の男をどう攻略するか脳内で作戦を練っていた。

 

(ムエタイ……ってことは打撃技中心で来るよな、なら……)

『さあ試合開始!』

 

 ゴングと共に身構える櫛田。対してユウキは……。

 

「よっと」

「!?」

『な、なんだユウキ選手!? 突然座り始めたぞ!?』

 

 そのままリングロープを背に、ピンと背筋を伸ばして正座したのだ。

 

「アニキ!? 気を付けてって言ったのに油断してどうするんスか!?」

「いや、よく見ろ」

 

 手塚の視線の先には、正座しながらも爪先は立たせて地面と脛の間に拳二つ分の空間を開けているユウキの足があった。

 

「アレは合気道の正式な正座だ。あの姿勢ならすぐに動くことが出来る」

「へ、へえ〜……そんなのもあるんスか?」

 

 一方櫛田は試合放棄とも取れるユウキの姿勢に怒り、猛突進しそのまま右のミドルキックをユウキの顔目掛けて放った。

 

「ホワアアアアア!!」

『櫛田選手容赦なく蹴りを放つううううう!』

 

 対してユウキはそのミドルキックを左手で受け止めた。

 

「ホア!?」

「せえ……の!」

 

 そして空いた右手の手刀を振り降ろし、掴んだ櫛田の右足をリングに叩き落とした。

 

「ホグッ!?」

『なんと! 強烈なミドルを真正面から受け止めて叩き落とした! なんだこの戦い方はあああああああ!?』

 

 ユウキの戦い方に何と言っていいか解らず取り敢えず叫ぶ実況、一方その様子を見ていた手塚は、またも感心したようにアツシに問いかけた。

 

「ボクシングだけでなく古武道の真似も出来るのか、あの坊や」

「認めたくないが師匠の教えの賜物だな。あの野郎色んな状況に対処できるよう色んな格闘技を俺達に仕込んだから……」

「投げ相手ならロングレンジからの打撃、打撃相手なら守る個所を最低限に絞った掴み投げッスか、すげー……なんか漫画見ているみたいッス!」

 

 ユウキは次々繰り出される櫛田の攻撃を捌いて行く。ローなら脇で受けて足固め、踵なら鉄柱を支えるように受けて頭から転ばせる。後ろから攻めようにもリングロープがあるので回り込むことが出来ない。櫛田は完全にユウキのペースに飲まれていた。

 

「く……ホワアアアアア!!」

 

 

そして業を煮やした櫛田は構えを解いてユウキに掴みかかろうとする。

 

「今!」

 

 するとユウキは立ち上がりながら櫛田の顎に右掌打を叩きこみそのまま掴む。

 

「ホゲッ!?」

「せえっのっ!」

 

 そして勢いよく立ち上がり櫛田の体を一瞬浮かす。そして顎を掴んだまま再びしゃがみ込み櫛田の後頭部を思いっきりリングに叩きこんだ。

 

「ゴゲッ!」

 

 櫛田はそのまま白目をむいて気絶する。すると試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。

 

『ユウキ選手三連勝―!! まるで時代劇の侍が如く地上最強の格闘技の使い手を切り捨てたああああああ!!』

「う、うまく行ってよかった……」

 

 ユウキは肝を冷やしながらリングサイドに戻って行く。

 

「やったなユウキ、まああんなハエが止まりそうな蹴り、捌けて当然だな」

「うん、アツシの蹴りの方が何倍も鋭いし痛いよね」

「んな……!? 褒めたって何も出ねえよ!」

 

 ユウキに突然褒められ顔を赤くするアツシ。

 

「なるへそ……アニキ達は二人で実践練習繰り返していたから目が慣れてたんスね。そしてアツシのアニキはツンデレと……あだだだだだ!!?」

 

 クロはそのまま脳天を無言のアツシに拳でグリグリと擦られる。その様子を尻目に手塚がユウキに話し掛ける。

 

「やるなあ坊や、ここまでやるとは予想外だったよ」

「あ、はい、ありがとうございます」

「ま、次も死ぬんじゃないぞ」

 

 そう言って手塚はユウキの背中をポンポンと叩く。すると……赤コーナーの花道からのそっとタンクトップ型のリングコスチュームを身に纏った2m以上はある巨人が現れた。スキンヘッドの頭に顔面に複数の傷と欠けた前歯が潜って来た修羅場を物語る。

 

『さあチャンピオン四人衆最後の一人は! アメリカで10人の罪なき市民の命をその怪力で奪った白人死刑囚! 脱獄し日本に密航しこの大会に参戦したデンジャラス・ジャイアント! ジャン・ホルトンんんんんー!!!!』

「UGAAAAAAAAA!」

 

 ジャンと紹介された巨人はスタッフが準備したコンクリートのブロックを次々と破壊してみせた。まるで次はお前がこうなる番だとユウキに主張するように。

 

「ひいいい!!? 普通にヤバいのが来た!?」

 

 ジャンの放つ殺気に臆したクロは、そのまま手塚の背中に回り込んで身を隠した。

 一方ユウキは無表情のままじっとジャンを見据えていた。そんな彼にアツシは耳元で囁く。

 

「いやー……代わってやれないのが残念だ。是非とも生まれてきたことを後悔させるぐらいボコりたかったよ」

「うん……」

 

 素っ気ない返事を返すユウキ、対してアツシは彼の背中をポンと叩いた。

 

「いつも通りな」

「解っている」

 

 ユウキは軽く屈伸運動すると、腕をだらんと垂らしながら右足を一歩前に出す。それと同時に試合開始のゴングが鳴り響いた。

 

『さあ試合開始! 果たしてユウキ選手は生き延びる事が出来るのか!?』

「NUGAAAAAAA!!!」

 

 ジャンはそのままユウキに突撃し、彼をベアハッグの状態で持ち上げる。

 

「アニキー!? 昼間からの長い付き合いでしたー! お達者でー!」

「勝手に殺すなバカ。よく見ろ」

 

 アツシの視線の先には、咄嗟に上げて締め上げられずに済んだユウキの両腕があった。

 ユウキはその自由な右手の親指をジャンの首筋に突き刺す。

 

「ひゃんっ!」

 

 ジャンはなんか可愛らしい悲鳴と共に首を縮めた。対してユウキはそのジャンの頭を両手でガッチリ掴み……。

 

「ふんっ!!」

 

 横にぶんぶんと振った。すると……。

 

「あへんっ」

 

 ジャンは間抜けな声と共に膝を付いて気絶した。

 

『あ、アレ!? 終わり!? しょ、勝者ユウキ選手うううううう!!』

 

 実況は戸惑いながらもユウキの勝利を宣言し、会場に試合終了を告げるゴングと観客のどよめきが響き渡った。

 一方ユウキもまた首を傾げながらリングサイドにいるアツシ達の元に戻って行った。

 

「どうだった?」

「あの人本当に死刑囚? 見た目に反してすごく弱かったよ」

 

 ユウキの第一声はまず浮かんだ自分の疑問だった。対して手塚は鼻で笑いながら答えた。

 

「ジャンのあの経歴、嘘だからな? 本当は日本生まれで日本暮らし、離婚の慰謝料払う為にここに参戦したんだと」

「嘘かよ!!?」

 

 肩透かしを食らって怒りを含んだツッコミを入れるクロ。

 

「マジマジ、格闘技経験も無くて力任せに戦っていただけだ。あのブロックも事前にヒビ入れてただけ。おまけに滅茶苦茶流暢な日本語喋る」

「何それ逆に見てえ!?」

「まあ何にせよこれで四人抜き達成だね」

 

 無事勝ち抜けてほっとするユウキ。そんな彼を見て手塚はへっへっへと笑い始めた。

 

「さあ〜? それはどうかな?」

「……その笑い方やめろ。世界一ムカつく奴を思い出す」

 

 その時、会場に歓声に入り混じって実況の声が響き渡る。

 

『おめでとう! コングラッチュレイション! ユウキ選手見事四人のチャンピオンを打ち倒しました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで真のチャンピオンに挑戦する権利を得ました!」

「「「は?」」」

 

 実況の言っている意味が解らず、間抜けな声を出すユウキとアツシとクロ。

 その時……突然ユウキ達の青コーナーのすぐ傍にあるステージにいくつものスポットライトが当たった。

 

『紹介しましょう! サクリファイスファイトの真のチャンピオンの登場です!』

「あらま!? 隠しボスッスか!?」

「あれで終わりじゃないのかよ……!」

 

 嬉しくないサプライズに歯噛みするアツシ。そんな彼を当事者である筈のユウキが笑顔で宥める。

 

「まあまあ、俺もたいして疲れてないし、もう一戦ぐらい平気だよ」

 

 するとステージに大量のスチームが吹きかけられ、その中から一つの人影が現れる。

 

『サクリファイスファイトの頂点に立つキングオブキング! その名は……!』

「とう!」

 

 突然その人影はトランポリンか何かで飛び上がり、10m先にあるリングに縦にグルグル回転しながら飛んで行った。しかし……。

 

「あいたっ!?」

 

 失敗したのか、その人物はリングに尻もちを付くように着地した。その人物の背格好を見て、アツシとクロは驚愕の声を上げる。

 

 

 

 

 

「女あああああああ!!?」

 

 

 

 

 

 その人物はシアンのストレートのロングヘアーを黄色いリボンで結びポニーテールにし、胸元が開いた純白のレオタード調のリングコスチューム。カモシカの足のように細い両足には白のリングシューズに黒のニーパッド。腕には黒のリストバンドにエルボーバンド。顔にはロボットアニメのライバルキャラの様な青いカラーレンズ付きの黒いアイマスクを装着していた。

 胸はそれなりに大きいが、背格好から見てユウキやアツシと同い年ぐらいに見える。

 

『闇に落ちしダークヒロイン! ブラッディィィィィィィレオォォォォォン!』

「あ、だー!」

 

 ダークレオンと呼ばれたマスクを付けた女の子は、自分の名前が呼ばれた事に気付き、右手で先程ぶつけた尻を摩りながら左手を高々と上げた。

 

「し、真のチャンピオンって女子プロレスラーなんスか!!?」

 

 意外すぎる展開に混乱するクロ。そんな彼を手塚は面白そうに見ながら少し自慢げに話し始めた。

 

「言っておくがあの子は強いよ。なにせさっきの四人が束になって掛かっても勝てないんだから」

「へ、へん! どんな奴だろうとアニキが負ける訳……アニキ?」

 

 その時、クロはリングの上のユウキが直立不動のまま大量の汗をかいている事に気付く。

 

「アニキ? どうかしたんスか?」

「なんだ、尋常じゃない発汗量だな」

「……まずい」

 

 するとアツシが一筋の汗を流しながらボソリと呟いた。

 

「まずいって……なんでッスか? ユウキのアニキプロレス苦手なんスか?」

「違う! あいつは……ユウキは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(同世代限定の)女性恐怖症なんだ!!!」

 

「な、なんだってえええええええええッッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE「地下闘技場 金網電流デスマッチ」

-3ページ-

 

 

 白衣のBBAがヒロインだと思ったか!!? そいつは囮だ!!(挨拶)

 

 さあて次回のスカーレットナックルは? 

 

○硬派な俺TUEEEEEEタイム終了のお知らせ

○前半逆リョナとToLOVEる展開

○後半主人公補正で頑張る。

 

の三要素でお送りいたします。

 

 

 

 〜補足〜

 

今回はサブキャラの説明でもしましょう。

 

 まずはクロこと矢上大助(10)。以前書いていた種なのクロス小説のオリキャラ。ストライクノワールの化身ことノワールのコンパチキャラです。お気に入りなのでこのオリジナルにも登場させました。語尾と一人称、性格も種なの時のまんまです。ドスケベです。

本名の由来は八神の文字変換とノワールの相棒のスウェンの担当声優小野大輔さんからとりました。

 話進めば彼も重要な役割を担う……かも。

 

 次は手塚さん、本名手塚めぐみ(28)。8歳の娘がいるシングルマザーで昔は大病院に勤める医者でしたが色々あって地下闘技場の専属医になりました。不○家のペロペロキャンディがお気に入り。

 キャラのモデルはラブひなの浦島はるか。名前の由来はブラックジャックの作者手塚先生と、浦島はるかの担当声優林原めぐみさんからとりました。

 

説明
スカーレットナックルの第三話です。今回ちょっと危険なネタあるかも……。
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オリジナル スカーレットナックル テコンドー(毒霧) 

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