中二病でも恋がしたい! 富樫勇太連続殺人事件
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中二病でも恋がしたい! 富樫勇太連続殺人事件

 

 2013年4月1日正午。小鳥遊家勇太’sルーム

 

「みんなに集まってもらったのは他でもない。この難事件を解決するため」

 口にパイプを咥え、探偵気分に浸りながら小鳥遊六花は集まった面々に対して話を切り出してみせた。その瞳は大きく見開かれて右目は黄金の輝きを発している。

 6畳ほどの広くない勇太の部屋には六花、丹生谷森夏、凸守早苗、五月七日くみん、富樫樟葉、小鳥遊十花の6名の女性が立っており手狭感が漂っている。

 そして彼女たちは部屋の壁に背に押し付けながら立っているしかなかった。

 何故なら──

「勇太殺人事件の犯人はこの中にいるに違いないのだからッ!!」

 六花は床に倒れて冷たい骸と化した富樫勇太を指差しながら言い放った。

 勇太の死体には、2本のおたまが尻に深く刺さっており、頭はハンマーで殴られたかのように陥没しており、顔には眼帯を掛けられて視界を塞がれ、枕を抱きしめさせられることで両腕を拘束され、チアリーディングで使うボンボンが口に詰められて塞がれていた。

 更に全身には激しい殴打、及び刃物で刺した痕があり、勇太が執拗に攻撃を受けて惨殺されたことを物語っていた。

「待ってよ、小鳥遊さんっ! 富樫くんにこんな酷い殺し方をする人が私たちの中にいるわけないじゃない。きっと、外部犯の仕業に違いないわっ!」

 森夏は六花の見解に異議を唱えた。こっそりと左手で、勇太の口に詰められたボンボンを回収しながら。

「凸守も偽モリサマの意見に賛成なのDeath。同じ部活動の大切な仲間である富樫勇太をこんな風に酷く殺すなんて凸守たちには決してできない真似なのDea〜thっ!」

 凸守もまた六花に反対の意を唱えた。陥没した勇太の頭に植木鉢を置いて、この鉢が凶器であるかのように装飾しながら。

「六花ちゃ〜ん。本物の探偵さんは〜殺人事件を捜査したりしないんだよ〜。だから私たちも勇太くんの殺人犯を探すのはやめようよぉ〜」

「そうだぞ、六花。私たちが現場を荒らしてしまっては警察が捜査をする際に邪魔をしてしまいかねない」

「そうだよ。お兄ちゃんの死後のお世話は家族である私に任せて他人でしかない六花さんは何もしなくて良いんだよ」

 くみん、十花、樟葉の3人は真剣な表情で六花をたしなめながら、枕とおたまをそれぞれ回収していった。

 

「確かに、私は邪王真眼の使い手で能力十分とはいえ、人間の官憲機構には所属していない。その意味で私の捜査を止めようとする凸守たちの意見は間違っていない」

 六花は目を閉じて頷いてみせた。こっそりと左足を動かして勇太の目に掛かっている眼帯を外して足で摘まみ上げた。

「だけど、勇太自身が私たちにだけ分かる決定的な証拠を残していたとしたら?」

「「「「「えっ?」」」」」

 六花を除く5人の女性たちの顔に緊張が走る。

「そう。勇太は犯人特定に繋がる重要な証拠を残してくれた。これを見てっ!」

 六花が指を差したのは勇太の右手拳のすぐ横の地点。

 そこには赤い血文字が床に書き込まれていた。

「勇太は事切れる直前にダイイング・メッセージを残していた。犯人はこれを見れば分かるはずッ!」

「「「「「な、なんだってー!!」」」」」

 森夏たちの視線が一斉に勇太の遺した血文字へと向けられた。

 その血文字には以下のように書かれていた。

 

 

 はんにんは  

 

 りっか  はかわいくてさいこうのおんなのこだからはんにんとはむかんけい

 にぶたに  はくらすでいちばんかわいいおんなのこではんにんじゃない

 でこもり  はでこかわいいからはんにんはほかにいる

 くみんせんぱい  はしょうわのあいどるぜんだんしのあこがれのっとはんにんだよ

 とうかさん  はおれのよめだからはんにんじゃない

 くずは  はおれのいもうとけんよめでもうまいにちらぶらぶだからはんにんじゃない

 

 

「このように、私が犯人ではないことが勇太により明記されている」

 六花はドヤ顔を見せている。

「いやいやいや。犯人があからさまにダイイング・メッセージを操作した痕跡があるでしょうが」

「じゃあ、私の分だけは勇太が記した真実で、みんなのは犯人が操作した可能性が捨てられないってことで」

「小鳥遊さんの場合もダメに決まってるでしょ」

 森夏は六花に対してダメだしをしてみせた。

「チッ」

 六花は大きく舌打ちをした。

「では、現状、勇太が名前を書いた5人が犯人候補で」

「小鳥遊さんも含めた6人が犯人候補ね」

 名探偵六花は天性の仕切り屋でありお母さん的気質の森夏に場の流れを仕切られつつあった。

「なら、犯人となりうる動機があるか各自検証したいと思う」

 六花は探偵役、即ち場の仕切り役を取り戻すために次の手に打って出た。

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「動機を検証するってどういうこと?」

「勇太の死体をよく見て欲しい」

 六花は勇太の亡骸を指差す。惨たらしい状態を晒している勇太の顔に妹の夢葉が落書きしている。

「勇太はただ死んだというにしては酷すぎる傷を幾重にも負わされている。これは犯人が勇太に強い恨みを抱いていることを示している。つまり──」

「富樫くんに強い恨みを抱いている人物以外は犯人候補から外れるというわけね」

 森夏が手を叩いた。

「私のセリフを盗らないで」

 六花は泣きそうな表情になったが、泣かずに頑張った。

「そして私には勇太とラブラブな仲だという証拠がある。故に犯人候補から私は外れる!」

 六花は熱く叫んだ。

「ラブラブな仲だという証拠?」

 森夏の頬が引き攣った。

「まず、私と勇太がラブラブだという状況的証拠を提出する」

 六花は窓の外に広がる大空を見上げた。

 

 

***

 

『勇太の素直な気持ちを教えて欲しい』

 六花は俺の首の後ろに両腕を回した。

 そして優しい表情で俺の顔を覗き込みながら言った。

 

『私は、ずっと前から……勇太のことが大好き。だから、勇太の本当の気持ちが知りたい』

 

 六花ははっきりと言った。

 俺のことが大好きだと。

 その一言で、俺の心も吹っ切れた。

 

『俺も……六花のことが……好きだ』

 

 ごちゃごちゃした余計なことは捨て置いて、六花への気持ちだけを述べた。

『うん』

 六花はとても優しい表情で頷いてくれた。

『六花に、俺の彼女になって欲しい』

 何でこんなに素直になれるのか分からないほど自分の想いを正直に口にしていた。

 きっと、上から照りつける真夏の太陽と真下にいる女神の力に違いなかった。

『うん』

 六花は顔を赤くしながらもう1度頷いてくれた。

 俺と六花が恋人同士になった瞬間だった。

 

『勇太……っ』

『六花……っ』

 

 見つめ合う俺と六花。

 俺たちにこれ以上言葉は必要なかった。

 

 2人の唇がどちらからともなく重なり合っていき──

 俺達は真夏の砂浜に全てをさらけ出し、互いの全てを受け入れあった。

 

Lite 追憶の……楽園獲得(パラダイス・ゲット) より

 

***

 

「そしてこれが、私と勇太が愛し合っている証拠ッ!」

 六花がカバンから取り出したもの。それは──

「「「「「母子手帳っ!?」」」」」

 六花たちの住む地方自治体が発行している母子健康手帳だった。

「フッフッフッフ。そして『おかあさんのなまえ』欄をよく見るがいい。小鳥遊六花と書いてある。これこそ私と勇太が愛し合っている何よりの証拠っ! 故に私は犯人ではありえない」

 六花は勝者の笑みを浮かべながらふんぞり返ってみせた。

 

 

「クックックックック。DeathDeathDea〜th。それでマスターが犯人候補から抜け出せると思ったら大間違いなのDeath」

 六花に対して挑発的な笑いを発したのは凸守だった。

「えっ? まさかっ!?」

 六花の顔が引き攣る。

「百聞は一見に如かず。まずはこれを見やがれなのDea〜th!」

 凸守は六花のように大空を見上げた。

 

 

***

 

 凸守が到着した時、勇太は既に樹の下に立っていた。

『きっ、来てくれたんだ』

 ぎこちない喋り方をする勇太。普段と違う態度に凸守もドキッと平常心ではいられなくなる。

『呼ばれたから来てやったのデス』

 勇太の顔が何故かまともに見られない。

『実は凸守にどうしても伝えないといけない大事な話があるんだ。聞いて欲しい』

『はっ、はい』

 俯きながら小さく返事をする。

 もしかしてこれは……。そんな胸を高鳴らせる予感が少女の胸を高鳴らせる。

『俺、俺は……』

 そしてその瞬間は少女が想像していたよりも唐突に心の準備なく訪れた。

 

『俺は、凸守のことが……早苗のことが好きだ』

 

 とてもストレートな告白だった。

 あまりにもストレートすぎて、凸守は誤解する余地をどこにも見出せなかった。

 

『早苗。俺は君のことが好きだ。恥ずかしくて言えなかったけど、ずっとずっと好きだった』

 勇太が凸守に向かって手を差し伸べる。

『俺の彼女になって欲しい』

 勇太の手は凸守の手前10cmの所で止まっている。

 握るかどうかは凸守の判断に任されていた。

 

『まったく。告白するのに半年も掛かるなんて……凸守の彼氏はお寝坊さんもいい所なのデス』

 

 凸守は嬉し涙を浮かべながら勇太の手を取った。

 

『凸守も大好きなのデスよ……勇太』

『俺もだよ。早苗』

 

 ここに一組のカップルが誕生した。

 卒業式の日に生まれ、永遠に結ばれることが約束されたカップルが。

 

中二病でも恋がしたい!Lite おっぱい星人(ライト・スタッフ) より

 

***

 

「そしてこれが、凸守が富樫勇太と愛し合っているという何よりの証拠なのDeathッ!」

凸守がカバンから取り出したもの。それは──

「「「「「母子手帳っ!?」」」」」

 先ほどのデザインと同じ母子健康手帳だった。ちなみに母子手帳は自治体ごとにデザインが異なっている。

「フッフッフッフ。そして『おかあさんのなまえ』欄をよく見るがいいのDeath。凸守早苗と書いてありま〜す。これこそ凸守と富樫勇太が愛し合っている何よりの証拠っ! 故に凸守こそ犯人ではありえないのDeath〜♪」

 凸守は勝者の笑みを浮かべながらふんぞり返ってみせた。

 

 

「ハァ〜。ヤレヤレ。六花さんも凸守さんもお兄ちゃんに身体を好きに弄ばれているだけだって気が付いていないなんて」

 2冊の母子手帳を眺めながら大きくため息を吐いたのは勇太の妹の樟葉だった。

「なっ、何を言っているの、樟葉!?」

「そっ、そうDeathっ! 言いがかりはよして欲しいのDeathっ!」

 六花と凸守はムキになって樟葉に反論する。だが、年上少女たちからの批判を樟葉はどこ吹く風と受け流した。

「それじゃあおふたりは、お兄ちゃんとの結婚の約束を取り付けましたか?」

「「ううっ!?」」

 六花と凸守の体が1歩後ずさる。

「してないですよね。できるわけないですよね。だって……お兄ちゃんが本当に愛しているのは、お嫁さんに決めているのはわたしだけなんですから」

 樟葉は黒い笑みを発しながら空を見上げた。

 

 

***

 

『お兄ちゃんは……誰にも渡さないんだから』

『樟……葉…………っ?』

 妹は自分の背中に手を回すと、ブラのホックを外した。

 ブラを躊躇いなく外しながら樟葉は俺の胸へともたれ掛かってきた。

 ピッタリと重なる俺と樟葉の上半身。

 

『お兄ちゃん……大好き。樟葉の全てをあげるから。お兄ちゃんの好きにしていいから。だから、永遠にわたしだけのお兄ちゃんでいてね』

 

 そして樟葉は焦点の定まらない瞳で俺に愛の告白をしたのだった。

『樟……葉…………っ』

 妹のそれは、怖いはずなのにとても甘い響きを持つ告白だった。

 その一言は、俺を完全に混乱に陥れたのだった。

 理性とかモラルとか倫理とか道徳とかも意識と一緒に次元の彼方へ吹き飛んでしまった。

『お兄ちゃんは……六花さんにも……他の誰にも……渡さないんだから……クス。クスス。クススススス。アッハッハッハッハッハッハ』

 

 それ以降のことはよく覚えていない。

 ただ、樟葉と六花に対して謝罪の言葉を口に出していたことだけははっきりと憶えている。

 抱きしめた樟葉の顔を見ながら何度も何度も。

 

 

『勇太』

 母さんの顔が再び俺へと向き直った。

『ジャカルタでは樟葉ちゃんとお腹の子をしっかり守るのよ。あなたはお兄ちゃんであると同時にパパでもあるんだから』

『分かってるさ』

 力強く頷いてみせる。

 その覚悟がなければ、樟葉とお腹の子を連れてインドネシアに旅立とうとは思わない。

『それから、ジャカルタではしっかり働くのよ。偶然、インドネシア支社で日本人スタッフを募集することになって、パパが勇太にと申し込んでくれたんだから』

『分かってるさ。父さんに感謝しながら一生懸命働くよ』

 もう1度力強く頷いてみせる。

 

『樟葉のことも、子供のことも。誰に何を言われても俺が守るから』

『うん。ありがとう、お兄ちゃん』

 樟葉の握り返してくる手の力が篭る。

『結婚はできなくても、俺は樟葉の夫であり、その子の父親だから』

『…………後で戸籍を操作しておくから。わたしとお兄ちゃんは血の繋がらない義理の兄妹だったってことになって、正式に結婚できるようになるから心配要らないよ』

 小さな呟き。樟葉は自分の将来に不安を抱いているに違いない。

 当たり前だ。実の兄と一線を越えて、子供までできてしまったのだから。

 それでも、心優しい樟葉は、お腹の子供を堕ろすなんてできなくて産むことを選んだ。

 そんな樟葉だからこそ、俺がこの人生を賭けて守ってやらないといけない。

『樟葉……俺は兄として、男としてお前のことを愛しているから。絶対幸せにするから』

『うん。わたしもずっとずっと……お兄ちゃんのこと、大好きだよ♪』

 樟葉の笑顔を見て改めて思った。

 俺は絶対、樟葉に泣き顔をさせないと。笑顔で一生を過ごさせると。

 それが、俺の人生の新しい目標になった。

 

『………………計画通り。クス』

 

 樟葉の天真爛漫な笑みに勇気と希望をもらいながら俺達はインドネシアへと旅立っていった。

 

Lite 2人だけの……現実逃避(エスキャピズム) より

 

***

 

「そして当然私も母子手帳は持っています。『おかあさんのなまえ』欄は富樫樟葉。お兄ちゃんの妻であることを示す富樫姓である私こそがお兄ちゃんの正妻であることは誰にも否定できないんですっ!」

 樟葉は黒い笑みを発した。

「コイツ……黒い。さすがはダーク・フレイム・シスター」

「結ばれ方が1人だけヤバいのDeath」

 六花と凸守は冷や汗を掻きながら樟葉を見ている。

 

 

「樟葉ちゃんは〜勇太くんの妹さんだから〜富樫姓なだけなんじゃないかな〜」

 一方でのんびりしたマイペースな口調で樟葉の優位を否定しに入ったのはくみんだった。

「勇太くんが〜お嫁さんにしてくれるってみんなの前で宣言してくれたのは〜わたしだからね〜」

 ニコニコしながら、けれども抑えるべ所は抑えた爆弾発言を晒すくみん。

 くみんはニコニコ笑顔を崩さないまま大空を見上げた。

 

 

***

 

 気が付くとくみん先輩に腕枕していて、3人の女子部員からキツいお仕置きを食らった翌日の放課後。

『勇太は今日もまたくみんとエッチなことをするつもりなの?』

『このエロ野郎を去勢してやらないと世の為にならないのデ〜ス』

『去勢するなら特別に私がただで麻酔なしで行ってあげるわよ』

 3人の表情がダークネスだった。ToLOVEるってダークネスだった。

 今ならこの3人の誰が殺人犯になっても納得してしまう。そして被害者は俺に違いなかった。

『くみん先輩。昨日の件をコイツらにちゃんと説明してやってください。でないと、俺が殺されます』

 枕を抱えて寝ようとしていた先輩は振り返った。

『説明って何を〜?』

『だから、昨日のことです。俺と先輩がエッチしたって誤解しているんですよ、コイツら』

 先輩は首を捻りながら不思議そうに答えた。

『昨日は勇太くんに腕枕してもらって寝てただけだよ〜』

 先輩のその一言を聞いて俺は安堵した。

『本当に勇太とエッチしてないの?』

『してないよ〜』

『富樫くんに脅されてそう言わされてるって線は?』

『勇太くんはそんなことしないよ〜』

『じゃあ、ニットを脱いで、シャツのボタンを開けていたのは何故なのデスか?』

『暑かったからだよぉ〜』

 先輩が質問に答えてくれるおかげで俺の疑いがどんどん晴れていく。助かった。

『じゃあ、くみんは勇太とエッチなことはしなかったと』

『う〜ん。でもぉ〜』

 先輩はもう1度大きく首を捻った。

『勇太くんがお嫁さんにもらってくれると約束してくれるなら〜その時はその時なんじゃないかな〜?』

 くみん先輩は照れ笑いを浮かべた。

『是非っ! 俺の嫁さんになってくださいっ! 今すぐにでもっ! ………………あっ』

『『『殺スっ!!』』』

『ヤレヤレだぜ』

 俺はまた格好付けて返答するのが精々だった。

 俺がリタイヤするのはそれからすぐのことだった。

 

 To Be Continued

 

 眠れる森のくみん先輩 より

 

***

 

「母子手帳ならわたしも持ってるよ〜♪」

 くみんは本日4冊目となる同じデザインの手帳を広げてみせた。

「『おかあさんのなまえ』欄の所は〜富樫くみんだよぉ〜。これってわたしが勇太くんのお嫁さんだっていう何よりの証拠だよねぇ〜」

 くみんはニコニコしながら自分が犯人候補から外れていることを婉曲に表現してみせた。

「「「「なっ、なんですってぇ〜〜っ!?」」」」

 六花たちは激しく驚いてみせる。

 だが、そんな中でただ1人、くみんの母子手帳を眺めている大人の女がいた。

 

 

「母子手帳の『おかあさんのなまえ』は手書き、しかも自分で記入するものだ。つまり、本名でなくても良いわけだ」

 落ち着いた声で指摘してみせたのは六花の姉、小鳥遊十花だった。

「そっ、それは〜〜」

 天真爛漫な笑みを浮かべ続けてきたくみんの額にうっすらと汗が浮かんだ。

「五月七日くみん。君はまだ高校生だ。しかも、ご両親は外交官という堅い職業だと聞く。そのような環境にいる君が、今現在結婚など果たして可能なのだろうか?」

 十花は切れ長な瞳を更に細めてみせた。

「勇太と結婚が可能なのは既に独立している大人の女だけだと思うのだよ」

 十花は挑発的な笑みを浮かべながら窓の外を見上げた。

 

 

***

 

『勇太にとって私を妻に娶ることは悪い話ではないはずだ』

『と、言いますと?』

 十花さんの話に引き込まれてしまっている。俺は、交渉のテーブルにつこうとしていた。

『私の職業はシェフだ。しかもかなりの高給取り。勇太が失業しても……ずっと食べさせてあげる自信ならあるぞ』

『ヒモオーケー宣言っ!?』

 心臓を矢でズキューンっと打ち抜かれたような感覚。

『しかも私は毎日忙しいにも関わらず、六花の食事を3食きちんと料理して提供している。勇太の食生活と健康は一生安泰だ』

『料理に手を抜かない家庭的な面をアピールっ!?』

 ズキューンその2っ!

 後1回ズキューンされたら、俺は、俺はぁっ!!

『そして自分で言うのも何だが、私は結構いい身体をしているぞ。勇太が結婚してくれるのなら、この身体……その、好きにしていいぞ』

 十花さんが顔を赤く染めながら大きな胸に手をそっと添えてみせた。

 その表情と仕草はあまりにも可愛すぎた……。

 ズキューンその3っ!

 

『十花さん。いやっ、十花っ!!』

 十花さんを正面から見据える。

『生まれた時から……いや、1万年と2千年前から愛してましたぁあああああああぁっ!!』

 最愛の人に向かってルパンダイヴを敢行する。

 俺と十花の愛の前に年上だとか釣り合わないとかそんなことは全く障害にならない。

 俺は、俺はこの人を愛する為にこの世界に生まれて来たんだぁ〜〜〜〜っ!!

『もぉ……いきなりだなんて困った人だな、ダーリンは♪』

 顔を染めながら照れ笑う十花さんはとても可愛かった。

 

『十花は最近、とても機嫌がいいじゃなイカ』

 昼食のかきいれ時に備えて仕込みをしていると同僚が尋ねてきた。

『そう見えるか?』

『鼻歌を大きく口ずさんでみたり、やたらニヤニヤしたり。前と随分雰囲気が違うでゲソ』

『そ、そうか』

 同僚の言葉には思い当たる節があった。そして、私の機嫌が良くなった原因と言えばやはり……。

『私にも生まれて初めて彼氏……婚約者ができたからな。私も人の子。浮かれもするさ』

 同僚に顔を見られないように俯きながら答える。

『ちょっと前まで、身内が中二病で困るって思い詰めていた人間とは思えない変わりぶりだゲソ』

『そっちも、快方に向かっているからな。だから余計に嬉しいんだ』

 嬉しさが胸の奥底からこみ上げてくる。

『私は自分を無感動な女だと思っていた。けれど、勇太と付き合い始めてみると、自分がこんなにも感受性豊かな人間なのかと驚いてしまったほどだ。私は……彼にメロメロだ』

『遂に惚気話まで始めやがったでゲソ』

 同僚の呆れ声が聞こえる。

 けれど、今私は自分の人生が楽しくて仕方なかった。

 

 

Lite 戦慄の…聖調理人(プリーステス) より

 

***

 

「そんな訳で、大人の女である私こそが富樫勇太の正妻だということだ」

 十花は今日5冊目となる母子手帳を取り出してみせた。

「富樫十花と書かれたこの手帳を見るがいい。これこそ、私が富樫勇太の本妻である動かぬ証拠。故に、私は犯人ではありえない」

 十花は妹とは異なる大きな胸を反らしてドヤ顔をしてみせた。

 

 

「くみん先輩の時には驚いて動揺してしまったけれど、今回は騙されませんよ」

 十花に否定的な見解を述べたのは勇太との関係暴露合戦が始まってからは黙っていた森夏だった。

「富樫くんはまだ17歳。十花さんが大人だろうとまだ結婚できる年齢じゃありません」

「クッ!?」

 森夏の指摘に1人だけ成人という十花のアドバンテージは一気に崩れ去る。

「だが、それを言うなら森夏よ。君がこの後どんな証拠を提出しようが、私たちより有利な地位にいることを示すことは困難だぞ」

「そうですね」

 森夏は頷いてみせた。

「私に提示できるのは、私が十花さんや小鳥遊さんたちに負けていない。同じポジションにいると示すことだけです」

 森夏は大きく息を吐き出しながら空を見上げた。

 

 

***

 

 翌朝、森夏は久しぶりに晴れ晴れとした気分で登校することができた。

『おはようっ、みんな』

 クラスメイト達に明るく挨拶しながら教室の中へと入っていく。

 教室の奥へと入っていくと……みつけた。

 富樫勇太と小鳥遊六花だった。

 六花は勇太の机の前までやって来て話し込んでいた。

 森夏は自分の席に鞄だけ置くと2人の元へと足早に近付いていく。

 2人までの距離が後2歩に迫った所で小さく息を吸い込む。

 覚悟が決まった。

 

『おはよう。富樫くん、小鳥遊さん』

 クラスで最も美少女であるという称号に相応しい綺麗な笑みが2人に向けられる。

『ああ。おはよう……』

 勇太も思わず見惚れていた。

 そんな勇太を見て六花がちょっとムッとしてみせる。

 けれど、森夏が本領を発揮するのはこれからだった。

『私、富樫くんのこと…………だから』

『えっ? 今なんて?』

 聞き返す勇太。

 そんな少年に対して森夏は──

『これが私の素直な気持ちだからっ!』

 側頭部に思い切り頭突きを食らわしたのだった。

『痛ってぇ〜〜〜〜〜〜っ!?!?』

 勇太の叫び声が教室中に木霊する。

『フフフ♪』

 痛がる勇太を見て森夏は至福を感じていた。

 そして

『あっ、ああっ、ああああっ!?!?』

 その光景が見えていたに違いない六花が瞳を白黒させながら当惑している様が視界に入っていた。

 森夏がヘッドバッドを発動した際に、自分の唇を勇太の頬に何気なく押し付けたその一場面が。

 痛みに耐えている勇太は全く気付かなかったようだが、六花には見えていた。

 それこそが森夏の望む展開だった。

『こういう人間なんで私は私のやり方で進んでいくからさ。負けないよ、小鳥遊さん♪』

 明るい声でハッキリと告げる。

『うっ、うっ、うにゅぅ〜〜〜〜っ!』

 小動物な反応を見せる少女は日本語にならない言語を発しながら顔を赤くしている。

 そんな六花の反応を見て森夏は気分がとても良くなった。

 

『まっ、一般人とは違うけど……これが私、だもんね』

 

 視線を窓の外へと移す。

 空の青がいつになく綺麗に感じられたのだった。

 

丹生谷森夏の憂鬱 より

 

***

 

「私はみんなより優位な地位にいるわけじゃない。でも、私はみんなに負けていません」

 そう言って森夏が見せたのは母子手帳だった。

 

「……つまり、ここにいる6人は全員勇太の赤ちゃんをお腹に宿している、と」

 六花が顔を青白く生気をなくさせながら結論を口に出した。

「富樫勇太の野郎は六股かけてやがったのDea〜th」

 凸守が勇太の行動を短くまとめてみせた。

 重苦しい沈黙が女性たちの間に立ち込める。だが、そんな重苦しい空気を打ち破ったのはのほほんマイペース少女、くみんだった。

「じゃあもう〜6人とも勇太くんのお嫁さんってことでいいんじゃないかな〜」

 くみんの提案は何とも無茶苦茶なものだった。

 けれど、今この場においては六花たちの心を落ち着けてくれる精神安定剤の役割をもたらした。

「じゃあ、6人とも富樫くんとはラブラブだったということで、全員容疑者から外れる。それでもういいんじゃない?」

 森夏が事件の総括に入る。

 六花たちは無言で首を縦に振って頷いた。

 色々と思う所はあるものの、これにて一件落着。

 そう六花たちが落としどころを得てホッとした時だった。

「こむすめたちは〜おにいちゃんとのかんけいに〜ほんとうにまんぞくしていたのかな〜?」

 勇太の顔に熱心に落書きをしていた夢葉が声を上げたのは。

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「ゆ、夢葉は一体何を言っているの!? お姉ちゃん、怒るよ」

「そ、そうだっ! 私と勇太はラブラブ。2人の仲は円満だった」

 5歳児の指摘を受けて六花たちは激しく動揺していた。

 せっかく収まりかけた事件が、また再燃してしまう。それは樟葉たちにとってあって欲しくない展開だった。

「おにいちゃんは〜かわいければだれでもいろめをつかう〜きちくやろう〜♪」

 夢葉は空を見上げた。

 

 

***

 

『KMRは北白川さんの誕生日を祝い、彼女が毎年忙しくて誕生日を祝ってもらえないという現象を打破するっ! それこそが、俺たちにとっての真の不可視境界線到達だ』

 KMRの今後の方針を述べる。

『おおっ! 今の富樫先輩はなんかすごいのDeath。ヘタレじゃないみたいdeathわ』

 手を叩いて俺の考えに賛同する凸守。

 一方、凸守より消極的な姿勢を示しているのが六花だった。

『勇太……あのたまこって子に見惚れてた。フン』

 俯いてムスッとしている。

『いやいやいや、六花。俺はだな……』

『結局勇太は一般人の可愛い子が好き。それは私が一番良く知っている。フン』

 六花の拗ねっぷりはかなりのものだった。まあ、確かにもち屋で働く北白川さんに惹かれてしまっていたのは俺が悪いのだけど。

 こういう時、一度付き合って、その後一度は離れてしまい関係が曖昧になってしまっている仲ってのは難しい。彼氏面して語るわけにも無関係を装うわけにもいかない。

『娘よ。何があったのかは知らんが、他の女にすぐ色目を使う男はやめて私にしておけ。後悔はないぞ』

『鳥は黙ってろ』

 六花の頭に乗ってきた鳥を放り投げる。

 

『勇太は私の誕生日の時は何もくれなかったのに、たまこの誕生日にはプレゼントするんだ』

 思い切り膨れている。

『あのなあ。別に俺は変な下心があるわけじゃないぞ。それに、六花の誕生が6月だって知ったのが秋になってからだったんだから仕方ない、だろ』

『六花の六は六月の六。闇の契約を結んだ間柄なら推察してしかるべき。フン』

 姫のご機嫌はナナメ。こっちも何とかしないといけない。

 やること多いなあ、俺。

 今日はダラダラと年末番組を見ながら無為に過ごすはずだったのに。

『じゃあ早速北白川さんのサプライズパーティーの準備に掛かろう』

『DeathDeathDea~~th!』

『よしっ。今年こそたまこにプレゼントを渡して、ついでにさっきの誤解も解こう』

 雰囲気が明るくなった凸守ともち蔵と共にうさぎ山商店街のアーケード街の中へと戻っていく。

『うう。勇太が冷たいよぉ。ちょっと拗ねてるだけなのにぃ……』

『あんな冷血漢は放っておいて私にしておけ。大事にしてやるぞ。18歳まではな』

 一方で六花のテンションは低い。

 本当、困ったもんだ。

 

KMR(極東魔術昼寝結社の夏ミステリーリサーチ)うさぎ山商店街誕生日連続忘却の謎を追え! より

 

***

 

「おにいちゃんは〜かわいければだれでもいいの〜♪」

「「「「「「………………っ」」」」」」

 夢葉の指摘に一同は黙るしかない。思い当たる節が多すぎた。

 けれど、5歳児にやり込められたのでは大人としての面目が丸潰れてしまう。

 だから、六花は必死になって夢葉より優位なポジションを確保しようとした。

「でも、勇太はっ! 私のことをとても大切にしてくれたっ! 愛してくれたっ! 子供のこともちゃんと認知してくれるって!」

 必死になって訴える六花。そんな少女に対して夢葉は勇太の胸ポケットを漁ってMP3プレーヤーを取り出してみせた。

「そっ、それは、Ypodtouchっ!? 何故、そんなものをっ!?」

 その重さ100グラム程度の小さな機械を見せられて六花の、樟葉たちの体は激しく震えた。リーサル・ウェポンを出された。そんな気持ちに六花たちは包まれていた。

「おにいちゃんはね〜もしものときをかんがえて〜こむすめたちとのかいわをろくおんしているんだよ〜ゆめはのおねがいをきいて〜」

 5歳児らしい愛らしい笑みを浮かべる樟葉。

「夢葉っ! それを今すぐお姉ちゃんに渡しなさいっ!」

 樟葉が必死に手を伸ばしてプレーヤーの強奪に掛かる。

 けれど、夢葉は軽い身のこなしで樟葉の手を避けると再生ボタンを押してしまった。

 

 

***

 

『勇太……私たちの愛の結晶、赤ちゃんができたんだよ♪』

『なっ、な、なんだってー!?』

『だからね、勇太。私と結婚して……お腹の子のパパになって♪』

『………………ご、ごめん。俺は六花と結婚できない』

『ど、どうしてっ!? 赤ちゃんまでできたのに、どうして私と結婚できないの!?』

『その、子供のことは認知する。でも、あの、その、なんだ。結婚は駄目なんだ。その、スマない………………今の状態で、六花とだけ結婚したら俺は確実に殺される』

『…………………………包丁を、取って来なくちゃ。勇太を他の女に渡すぐらいならこの手で』

『えっ? 今、何て?』

『ちょっと自室に戻ってエイプリルフール用のグッズを取ってくる』

『ああ、そうか。今日は4月1日だもんな。楽しい気分になれるジョークを頼むぜ』

『………………私との関係全てがジョークだったなんて。そんな勇太をお腹の子のためにも許せない。ママはパパは立派な人だったと語らないといけないんだから』

 

 

 

『凸守、高校に進学するのを止めようと思うのです』

『何で急に?』

『子育てに専念したからなのです』

『えっ? 何だよ、その理由。どうしてそこで自分のお腹を愛おしそうに撫でるんだよ?』

『それは勿論、このお腹には凸守と富樫勇太の愛の結晶がいるからに決まっているのです』

『そ、そんな……』

『そんなわけで、凸守と結婚してください。Deathをですと言ってしまうほど、穏やかな満ち足りた気分なのです』

『………………ご、ごめん。俺は早苗と結婚できない』

『ど、どうしてっ!? 赤ちゃんまでできたのに、どうして凸守と結婚できないのDeathか!?』

『その、子供のことは認知する。でも、あの、その、なんだ。結婚は駄目なんだ。その、スマない………………今の状態で、早苗とだけ結婚したら俺は確実に殺される』

『…………………………包丁を、取って来なくちゃDeath。富樫勇太を他の女に渡すぐらいならこの手で』

『えっ? 今、何て?』

『ちょっと自宅に戻ってエイプリルフール用のグッズを取ってくるDeath』

『ああ、そうか。今日は4月1日だもんな。楽しい気分になれるジョークを頼むぜ』

『………………凸守との関係全てがジョークだったなんて。そんな富樫勇太をお腹の子のためにも許せないDeath。お母さまはお父さまは立派な人だったと語らないといけないのDeath』

 

 

 

『お兄ちゃん♪ 母子手帳もらってきたよ♪』

『子供ができたって話……マジだったんだな』

『うん♪ お兄ちゃんとわたしの赤ちゃんだよ♪』

『なあ、樟葉。俺たち実の兄妹なんだし、しかも学生だし。やっぱり産むのは無理なんじゃ……』

『戸籍の偽装はもうお願いしてあるから、わたしとお兄ちゃんは後3年もすれば本当に結婚できるようになるよ♪』

『本当に、産むのか?』

『うん♪ 赤ちゃんの名前、何にしようか?』

『………………ご、ごめん。俺は樟葉と結婚できない』

『ど、どうしてっ!? 赤ちゃんまでできたのに、どうしてわたしと結婚できないの!?』

『その、子供のことは認知する。でも、あの、その、なんだ。結婚は駄目なんだ。その、スマない………………今の状態で、樟葉とだけ結婚したら俺は確実に殺される』

『…………………………包丁を、取って来なくちゃ。お兄ちゃんを他の女に渡すぐらいならこの手で』

『えっ? 今、何て?』

『ちょっと台所に行ってエイプリルフール用のグッズを取ってくるね』

『ああ、そうか。今日は4月1日だもんな。楽しい気分になれるジョークを頼むぜ』

『………………わたしとの関係全てがジョークだったなんて。そんなお兄ちゃんをお腹の子のためにも許せない。ママはお父さんは立派な人だったと語らないといけないんだから』

 

 

 

『勇太く〜ん。えへへへぇ〜♪ わたしに似合うウェディングドレスってどんなのだと思う〜?』

『あの、くみん先輩? 急に一体何の話を?』

『実はねぇ〜勇太くんと一緒にお昼寝をずっとしていたから〜この度赤ちゃんができたんだよ〜♪』

『なっ、何ですってぇ〜〜〜っ!!』

『勇太くんとの子供だもん。可愛いに決まってるよぉ〜♪ お昼寝大好きな大らかな子に育って欲しいなあ〜。2人で頑張って育てようねぇ〜♪』

『………………ご、ごめんなさい。俺はくみん先輩と結婚できない』

『ど、どうして〜っ!? 赤ちゃんまでできたのに〜どうしてわたしと結婚できないの〜!?』

『その、子供のことは認知します。でも、あの、その、なんだ。結婚は駄目なんです。その、スマない………………今の状態で、くみん先輩とだけ結婚したら俺は確実に殺される』

『…………………………包丁を、取って来なくちゃ〜。勇太くんを他の女に渡すぐらいならこの手で〜クスッ』

『えっ? 今、何て?』

『ちょっとおうちに戻ってエイプリルフール用のグッズを取ってくるね〜』

『ああ、そうか。今日は4月1日だもんな。楽しい気分になれるジョークを頼みますよ』

『………………わたしとの関係全てがジョークだったなんて〜。そんな勇太くんをお腹の子のためにも許しちゃいけないよね〜。お母さんはお父さんは立派な人だったと語らないといけないもんね〜』

 

 

 

『勇太よ。次にお義父さまが日本に戻ってくるのはいつだ?』

『えっと、何故十花さんが父さんの帰国予定を?』

『入籍前にお義父さまにご挨拶しておくのは当然の礼儀だろう』

『えっ? 入籍? 何で急にそんな話に?』

『実は……子供ができたんだ。これを機に、私たちも正式に……な』

『えっ? いや、でも』

『勿論、勇太が学校を卒業するまでは私の稼ぎで暮らしてくれて構わんさ。収入も蓄えもそれなりにあるしな。だっ、だから、私と、その本物の夫婦にっ!』

『………………ご、ごめん。俺は十花さんと結婚できない』

『ど、どうしてだっ!? 赤ちゃんまでできたというのに。どうして私と結婚できないのだっ!?』

『その、子供のことは認知します。でも、あの、その、なんだ。結婚は駄目なんです。その、ごめんなさい………………今の状態で、十花さんとだけ結婚したら俺は確実に殺される』

『…………………………包丁を、取って来なければな。勇太を他の女に渡すぐらいならこの手で…フッ』

『えっ? 今、何て?』

『ちょっと職場に戻ってエイプリルフール用のグッズを取ってくるだけだ』

『ああ、そうか。今日は4月1日ですもんね。楽しい気分になれるジョークを頼みますよ』

『………………私との関係全てがジョークだったとは。そんな勇太をお腹の子のためにも許すわけにはいかない。ママはパパは立派な人だったと語らないとならない』

 

 

 

『富樫くんは私のこと好き? 愛してる?』

『どうしたんだ、急に?』

『いいからちゃんと答えて』

『ああ。俺は……森夏のことが好きだよ。愛してる』

『じゃあ、さ』

『じゃあ?』

『私と、結婚してくれない?』

『けっ、結婚!?』

『うん。そのさ、どうやら私、妊娠しちゃったみたいで。検査したら陽性でね。それで、富樫くんとちゃんとした関係になりたくて。いいよね? 私、一生懸命家のお仕事頑張るから』

『………………ご、ごめん。俺は森夏と結婚できない』

『ど、どうしてなのっ!? 赤ちゃんができたっていうのに。どうして私と結婚できないのっ!?』

『その、子供のことは認知する。でも、あの、その、なんだ。結婚は駄目なんだ。その、ごめん………………今の状態で、森夏とだけ結婚したら俺は確実に殺される』

『…………………………包丁を、取って来なくちゃ。富樫くんを他の女に渡すぐらいならこの手で…フフフフ』

『えっ? 今、何て?』

『ちょっと家に戻ってエイプリルフール用のグッズを取ってくるだけだよ♪』

『ああ、そうか。今日は4月1日ですもんね。楽しい気分になれるジョークを頼みますよ』

『………………私との関係全てがジョークだったなんて。そんな富樫くんをお腹の子のためにも許すわけにはいかないわよね。母親は父親は立派な人だったと語らないといけないのだから』

 

***

 

「てぃっ!」

 再生の途中で樟葉は夢葉よりプレイヤーを取り上げることに成功。壁に向かって放り投げた。

「あっ。足が滑ったわ」

 バキッといい音を立てたプレイヤーを森夏が全身の力を込めて踏み抜く。

 パキンと音を立ててプレイヤーは砕けた。

「あ〜あっ。やっちゃった。これでもう再生はできないわね」

 舌をぺろっと出しながらプレイヤーを中のチップ単位まで粉々に踏み潰した。

「フム。せっかく勇太の命をかけた録音であったが、肝心の殺人シーンが聞けなかったのでは何の役にも立たない。あのプレイヤーの存在は忘れよう」

 十花の言葉に5人の少女たちは一斉に頷いてみせた。

「このはんざいしゃどもが〜♪」

 夢葉は6人を見ながら楽しそうに笑っている。

 

「しかし、どうするDeathか? このままでは富樫勇太殺人事件の犯人を挙げることができないのDeath」

「警察には、お兄ちゃんは中二病なことをほざきながら富士の樹海に走っていきましたって連絡しておいたから大丈夫だと思うけど……」

「ど、どうしよう?」

 名探偵六花は犯人を探す手がかりを失って悩んでいる。

 その時だった。

「「「「「「ゴキ……Gっ!」」」」」」

 Gが、黒くて平たい嫌悪感ぶっちぎりナンバーワンの虫が勇太の前を通り過ぎた。

 男子高校生の部屋らしく衛生的でないこの部屋にGは居住していた。そのGを見て六花はハッと息を飲んだ。

「テラフォーマーズ……っ」

 六花は涙を貯めて震えながらその単語を呟いた。

「聞いたことがあるのDeath。火星を開発するために人類が送り込んだGが長い年月をかけて進化して、人間をいとも簡単に殺せる恐ろしい化物になってしまったという話を。それが確かデラ・モチマッヅィだったのDeath」

 六花が呼んだ単語名と凸守が呼んだ単語名は多少違っていた。だが、それを指摘する者はいない。みんな、空気を読んでいた。

「フム。地球で活動しているテラワロスの個体名は確か……」

 十花は勇太の遺したダイイング・メッセージへと目を向けた。

「『りにでくとく』だったような気がした。いや、そうに違いないっ!」

 十花は最初の1文字目を縦に読んで新たな名前とした。

「それじゃあ〜勇太くんの身体の周りをカサコソしているあのGちゃんが、勇太くんを殺した真犯人だったんだね〜」

 くみんの言葉に六花たちは一斉に力強く頷いてみせた。

 

「遂に姿を現したわね真犯人っ! よくもみんな大好き富樫くんを殺してくれたわねっ!」

 森夏が怒りに燃えた瞳でGに向かって指を突きつける。最終バトルの到来に彼女たちの心は熱く激しく燃えていた。

「お兄ちゃんの仇…………覚悟ぉおおおおおおおおおおぉっ!!」

 樟葉は勇太の顔の上をカサコソ動き回っているラスボス『りにでくとく』に向かって兄の形見である『魔剣ダーインスレイヴ』を振り下ろした。

 Gは勇太の額で模擬刀に押し潰されて体液をまき散らしながら天へと召された。

「すごいっ! さすがは魔剣ダーインスレイヴっ!」

「ダーク・フレイム・マスターの必殺の剣にかかれば、いかな魔神『りにでくとく』とて生き残ることは不可能なのです」

「勝ったよぉ〜わたしたちの大勝利だよぉ〜」

「仇は討ったわよ、富樫くん。だから……安心して眠ってね」

「我らの勝利を、夕日に、そして勇太に報告しようではないかっ!」

 六花たちは一斉に振り返って沈みゆく太陽を見上げる。

「お兄ちゃん……私たち、お兄ちゃんがいなくなっても強く生きていくからっ! だから、安心して眠ってねっ!」

 樟葉は大空に向かって自分たちの勝利と決意を大声で報告した。

 

 大空に浮かぶ勇太は優しい笑みを浮かべながら6人の愛した女性を見守っていた。

 エイプリルフールの夕方の風は少女たちにとても優しかった。

 

 こうして富樫勇太殺人事件は大団円で幕を下ろしたのだった。

 

 了

 

 

「おまえらぁ〜いいかげんにしろよぉ〜♪」

 

 

 

 

説明
エイプリルフール作品第四弾。エイプリルフールに富樫勇太を殺したのは一体誰なのでしょうかね? 主成分はコピペ。日曜日の夜まで忙しいのに一体何を描いているのやら? ていうか本気で忙しいんじゃっ!

【宣伝】3月5日、新しく出帆した株式会社玄錐社(げんすいしゃ) http://gensuisha.co.jp/ より音声付き電子書籍アプリELECTBOOKで1作書かせて頂きました。題名は『社会のルールを守って私を殺して下さい』です。ELECTBOOKの最大の特徴は声付きということです。会話文だけでなく地の文も声が入っているので自動朗読も設定できます。価格は170円です。使用環境は現在の所appleモバイル端末でiOS6以降推奨となっています。無料お試し作品もありますので気が向いたらアプリだけでもダウンロードしてください。
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