Good-bye my days.第5話「心の穴」
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 「宮本君、大学は?」

 

 舞が行方不明になってから散らかっていた部屋を片付け、掃除をして

ひと段落の後、舞が尋ねた。

 

 「うん、今日は講義、ないんだ」

 

 「じゃあ今日は午後、一緒にいられる?」

 

 「ごめん、ちょっと先輩のサークルの手伝いが入ってて」

 

 「しゅーん」

 わくわく顔が、一気にしょんぼり顔になる。舞は表情がころころ変わる。

とてもわかりやすい。

 

 「でも、夕方には帰ってくるよ」

 

 「ホント?じゃ、待ってるね!っていっても、日中は待つしか出来ないん

だよね、わたし…」

 

 舞は山で遭難し、行方不明であるはずの人間。昼間はもちろん、夜だって

 

ひょこひょこ出歩くわけにはいかない。

 

 「じゃあ、待っている間、宮本君の撮った写真、見せてもらってていい?」

 

 「いいよ。昔の写真も全部パソコンに取り込んでであるから。そこにある

パソコンで見られるよ。」

 

 「うふふふふ。怪しい画像がないか家捜しだっ!」

 

 「無いから、無いから」

 

 写真はボクの唯一の趣味だ。父の形見がカメラだったということもある。

 "時間"という流れの中の一瞬の"時"を捕まえる。メモリに刻まれたそれは、

ずっと変わることなくそこに存在ししつづける。

 ただ、「人」を撮ることはほとんど無い。登山前の舞たちを撮影したのも、

たまたまボクの撮影旅行と同じ列車に乗り合わせた彼女たちに無理にせがまれた

からだ。そうでなければ撮影したりはしなかった。そうでなければ…。

 

 舞は1枚1枚の写真のファイルを開いては、覗き込んだり、感心したり、

ディスプレイに見入っていた。

 

                   *

 その夜。

 買い物から帰ってくると、

 

 「ねえ、宮本君。あのチョーク、貸してくれない?」

  唐突に舞が言った。

 

 「どうするの?」

 「うん、宮本君が女性用の服や下着を買ってくる勇気があるならいいんだけど」

 「あ…」

 「もちろん、わたしも宮本君に下着のサイズを教える勇気は無いぞ。おあいこだっ」

 

 うっかりしていた。既に彼女は"人間"なのだから、身の回りの必要があるのを忘れていた。 

 ボクは彼女に、小さくなった琥珀色のかけらを手渡した。

 

 「ここ、つかっていい?」

 「うん、いいよ」

 

 コリコリコリ

 

 彼女は壁に向かって描き始める。

 ボクは食料品を冷蔵庫に納め始めた。

 

 「でっきたー。みてみて」

 顔を上げた僕が見たものは。

 

 「ちょ、ちょっと!」

 彼女の手にしているのは、その、つまり黒いレース飾りの付いたきわどいタイプの、あれだ。

 

 「すごいねー、こんなのもきれいに本物になるんだ」

 「ま、舞ってそんなのつけるわけ?」

 「あはは!冗談冗談。面白くって、つい」

 「びっくりさせないでよ。それにチョークの無駄遣いだよ」

 「ごめーん」

 「舞、やっぱり、身に着けるのは本物を買おうよ。体が本物になって日の

光浴びたら恥ずかしいことになっちゃうし」

 「あー、そうだね」

 「変装用のかつらを一つ作ろうよ。まだ開いてる衣料店があるから買いに行こう」

 「よーし。かつらだね」

 

  カリカリカリ

 

 「これでよしっ!」

 

 禿げにメガネ髭。

 

 「カトちゃんはやめようよ」

 

                *

 

 バイクのエンジンを止める。

 袋を抱えてぴょんと飛び降りる舞。

 

 「舞、目立たないように出入りしてね」

 「OK」

 

 茶髪カーリーヘアーのかつらをつけた舞は辺りをうかがい、素早く部屋に入る。

 見上げる空は珍しく満天の星空。

 そういえば舞をバイクに乗せたのは初めてだ。

 舞との"初めて"がすこしづつ、増えてゆく。

 

 部屋に戻ると、舞は専用に空けた衣装ケースに買ってきたものをしまい込んでいた。

 ボクは台所で明日の朝食と昼食の下ごしらえを始めた。

 

 と、何か背中に視線を感じる。

 

 「じぃぃいいいい」

 

 振り向くと、クッションを抱いた舞がベッドの上からこちらを見ている。

 

 「どうしたの?」

 

 「なんとなく、思うんだけど、宮本君って、何か、持ってるよね。心の中に」

 

 「え?」

 

 「わたし、最初に宮本君に会ったとき、なんだか冷たそうで、それでい

て崩れそうな、か弱いところを持ってる印象があったんだ。人を寄せ付けないって言うかー」

 

 ボクは焦った。半分、舞に心を覗かれているような気がしたのだ。

 

 ころん、とベッドの上で横にひっくり返って舞は続けた。

 

 「最初の頃は"弟の友達のお兄さん"レベルで、高1のバレンタインデーで

思い切って告白して、やっと"恋人"にランクアップ!って思ったのに、でもまだ、

もう一つ心が近づいていない気がして仕方がなかったんだ。いままでずっと」

 

 「…」

 

 舞に指摘されて、ボクは思い出していた。両親を突然亡くし、世界に一人ぼっちに

なったときのこと。自分の胸がぽっかりとなくなってしまったような不安感。

二度とこんな気持ちになりたくない。こんな気持ちになるくらいなら大切な人を

作らなければいい。いつの間にかそれがボクの心の約束になってしまっていた。

舞の告白を受け入れたのも、彼女のあまりの熱心さに押し通されたというのが本当だった。

 

 「でも、わたしがこの部屋にきてから、宮本君、変わったよね。いつも私のことを考えてくれて」

 

 確かにそうだ。ボクはあの恐怖に近い気持ちを味わいたくない一心で、いや、

それだけじゃなく、舞そのものを失いたくない一心で動いている。

 

 「わたしね…」

 

 舞は続けた。

 

 「お父さんが死んじゃって、心に穴が開いちゃったみたいな気分が中学生のときまで

ずーっとつづいてて。でも、宮本君に会ってから、この人がこの心の穴を埋めてくれる人だって

分かって。それからずっと宮本君のことばっかり。なぜ、宮本君かって言われたら困るけど、

そうなんだから、わたし、どうしようもなくて」

 

 舞はごろりと布団に突っ伏すと耳を真っ赤にしながら言った。

 

 「だから、わたし、今泣きそうなくらいうれしいんだよー!」

 

 足をじたばたさせる、舞。

 

 心に穴を開けたくないために大切な人を作らないと決めたボクと、穴をふさぐために大

切な人を作ろうとする舞。

 舞の遭難という事件をきっかけに、ボクの心の約束にひびが入り、今、舞と同じように

穴を埋めようと必死になっている。ボクたちは似たような境遇にありながら、どうして

気持ちの持ちようが違ってしまったのだろう。

 

 「もう遅いし、そろそろ寝ようか」

 ボクは促した。

 

 クッションを抱いたまま舞はがばっ!と起き上がった。

 「べ、ベッドは一つしかないよ。一緒に寝るの?」

 

 「いや、ボクはマットを持っていってリビングで寝るから。舞はベッドで寝ていていいよ」

 

 ぷしゅ〜

 

 舞は顔を真っ赤にしてベッドに沈んでいった。

 

                     つづく

説明
青年は二人だけの生活を送る中、幼い頃から心の中に長年固まっていたものに気づかされる。
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