スカーレットナックル 第四話
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 〜5年前、ユウキ小学三年生の時〜

 

 

 

その日、ユウキは他の生徒と共に放課後の教室掃除を行っていた。

 

『ユウキくーん、この机移動させてー』

『わかったー』

 

 他の生徒の指示を受けて、ユウキは机を持ち上げて教室の隅に移動させようとする。

 しかしその時……ユウキの後ろから何者かがぶつかって来た。

 

『うわっ!?』

『きゃ!?』

 

 バランスを崩したユウキはそのまま机の上の椅子を落としてしまい、その椅子は運悪く床掃除をしていた女子生徒に直撃した。

 

『い、いったーい!』

『大丈夫!?』

『何やってんだよ望月―!』

 

 頭を押さえて泣き出す女子生徒、するとそれを見ていた他の生徒達が一斉にユウキを非難しはじめた。

 

『ぼ、僕のせいじゃ……』

『なんだよ! 人のせいにするなよ! この卑怯者!』

『女の子泣かすなんてサイテー!』

 

 自分の言い分はまったく聞いてもらえず、クラスのほぼ全員が敵にまわってしまう恐ろしい事態に陥ってしまうユウキ。

 

『そ、そんな……僕ちゃんとやってたのに……』

『うるせー、このサイテー野郎―!』

『もう掃除なんてやってられないわ、行きましょー』

 

 周りの生徒達がどんどん去って行き、ユウキはそれを追いかけようとするが、ガキ大将的ポジションの体格のいい生徒がユウキを突き飛ばす。

 

『もう話し掛けんなよー。このばい菌ヤロー』

『や、やだ……皆待って……!』

 

 

 

 

 

『まってよおおおお!!!』

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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「アニキー!? 何ボーっとしてるんスかー!!?」

「はっ!」

 

 過去にトリップしていたユウキは、クロの一言で正気に戻る。そして自分と対峙するブラッディレオンを見てガタガタと震えだした。

 

「あ、あわわわわわわわわわ」

 

一方ブラッディレオンはユウキの態度など意も介さず、気合十分といった様子で胸を上下に揺らしながら速いペースの屈伸運動をしていた。

 

「よっし! 今日も頑張るぞー!」

 

 そしてブラッディレオンは徐にマイクを取り出すと、観客席に向かってマイクパフォーマンスを始めた。

 

『みなさん! 私今日も全力フルスロットルで頑張りますので! 応援よろしくお願いしまーす!!』

 

 すると会場からは割れんばかりの歓声が鳴り響いた。よく見ると前の座席の方にはブラッディレオンの写真入りプラカードやメッセージボードを掲げた応援団がいた。

 

「うおおおおおお! 頑張れブラッディー!」

「俺に技かけてー!」

「「「B・L! B・L! B・L! B・L! B・L! B・L! B・L!」」」

 

 そしてブラッディレオンは右手にマイクを持ったまま左手で、直立したままガチガチ震えているユウキをビッと指さした。

 

『武者震いですか!? 私もすっごく強い貴方と戦えるのがすっごく楽しみです!! お互い熱い戦いをしましょう!!』

 

 それを見たユウキは、堪らず顔を横に高速で振りながらアツシ達の元に泣きついてきた。

 

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理! 女の子と戦うなんて僕には無理!」

「落ち着け! 一人称昔に戻っているぞ!」

「おいおい重症だな、一体何があった?」

 

 手塚の質問に対し、アツシはやれやれと溜息をつきながら答えた。

 

「なんでも昔、同級生の女の子を泣かせたせいでクラスの屑共にいじめられたんだと、そのせいで女性恐怖症になったんだと」

「あー成程、でも私とは普通に喋っていたじゃん」

「母親を女として見る奴がどこにいる? 年増は圏外なんだろ」

 

 次の瞬間、アツシはカァーンと脳天に強烈な拳骨を喰らい、あまりの痛さに悶絶する。

 

「ぐああああああ……!」

「あたしゃまだ28だ」

 

 一方ユウキはクロの方に泣きついていた。

 

「ねえクロ〜! この試合だけ代わってよ〜!」

「無茶言うな」

 

 そしてアツシはユウキの醜態を横目に、痛む頭を摩りながら手塚に質問する。

 

「なあアンタ医者だろ? こういう時の治療法とか知らないのか?」

「生憎私は心理学は専門外だ。それに……」

 

 突然、手塚は相手のリングサイドの方に歩き出した。

 

「え? ちょ……」

 

 そしてリングによじ登るや否や、腕の柔軟体操をしていたブラッディレオンに耳打ちする。

 

「ミキ、あいつの消える歩法には気を付けろよ。下の警戒を怠るな」

「あ、はい! わかりましためぐみさん!」

「ちょ!? 何こっちの情報を敵に教えているんスか!?」

 

 クロの質問に対し、手塚はにやりと笑って答える。

 

「当然だろ、私はこの子のセコンドなんだから」

「な、なんだとおおおおお!!?」

 

 驚愕の事実に思わず叫ぶアツシ。手塚はブラッディレオンの味方であり、彼女にユウキに関する情報を伝える為ワザと彼らに接触してきたのだ。

 

「悪いな、この子には返し切れない借りがある。この子が勝つためなら私は何だってやるよ。私を年増呼ばわりしたことを悔やむがいい」

「本音そっちッスか」

「めぐみさん……! ありがとうございます!」

 

 ブラッディレオンはリングサイドにいる手塚に勢いよく頭を下げ、ユウキに向き直る。

 

「さあ! いっきますよー!」

「えええええ!? ちょっと待って……!」

 

 ユウキは首を横にぶんぶん振って試合が出来ないというアピールをする。が……カーンと試合開始を告げるゴングが容赦なく鳴り響いた。

 

『さあ真チャンピオンマッチ開始です!』

「せやああああ!!」

「うわっ!?」

 

 ゴングと同時に一気に距離を詰めて水平チョップを繰り出すブラッディレオン、それに対しユウキは慌てて身を屈めて攻撃を回避する。

 

「このっ! てやっ!」

「ひぇ!? うわぁ!」

 

 ブラッディレオンの猛攻にユウキはゴキブリの如く攻撃を避けまくった。

 

『ゆ、ユウキ選手チャンピオンの攻撃を避けます……が! さっきの華麗さは微塵もありません!』

「アニキー! 避けているだけじゃ勝てませんよー!」

「んなこと言ったって!」

 

 その時、注意をリングサイドに逸らしてしまったユウキは、右腕をブラッディレオンに掴まれる。その瞬間ユウキの全身に鳥肌が走る。

 

「あばばばばばばば!!?」

「せえーのっ!」

 

 そしてそのままロープに向かって投げられ、バウンドしてまたブラッディレオンの元に戻って行く。

 

「とりゃ!」

「ぷきゅ!!」

 

 そして首に勢いよくラリアットを喰らい、そのままバァンとリングに大の字で倒れた。

 

「ひいい! ちょっとまって……!」

「まだまだぁ!」

 

 這いつくばって逃げようとするユウキの左足をブラッディレオンは掴み、もう一方の右足の膝の上に乗せる。その上から自分の左足を被せるようにロックした。

 

『出たー! フィギュアフォー・レッグロック! 足4の字固めー!』

「いででででで!」

「どぉーだー!!?」

 

 足が締め上げられる痛みで悲鳴を上げるユウキ。するとリングサイドのアツシとクロがすかさず声を上げる。

 

「アニキ! 裏返って!」

「う、うん……!」

 

 ユウキは堪らず自分の体勢をうつ伏せから仰向けに入れ替える。足4字固めは掛け方によっては裏返ると掛けたほうが痛いのだ。

 

「あ! くぅっ……!」

 

 するとブラッディレオンは痛さのあまり苦しそうな声をあげる。

 

「うっ……! こ、こんなの……!」

「あ、ごめんっ!」

 

 そう言ってユウキはまた元の体勢に戻り、痛みで悶絶する。

 

「何でそこで戻る!!?」

「いやだって痛そうだったし……いでででで!」

「お前が今! どこにいて! 何やっているのか! 思い出せ!!」

 

 思いっきりアツシに怒られるユウキ。その時突然ブラッディレオンは技を解いてユウキとの距離を取る。

 

「ふっ……! 確かにこれで決着ついたらお客さんは喜びませんもんね! よくプロレスを解っていますね!」

「何? あの姉さんバカなの?」

「いや、バカはバカでもプロレスバカだ」

 

 ユウキの行動をいい感じで勘違いしているブラッディレオン。そんな彼女にツッコミを入れるクロにニヤニヤしながら補足する手塚。

 そしてブラッディレオンは再びユウキに向かって猛ダッシュしてきた。

 

「次はこれだぁー!」

「ひぇっ!?」

 

 ユウキは思わず下がろうとするが、すぐ後ろにリングロープがある事をすっかり忘れていて下がる事が出来なかった。

 

「とりゃ」

「ごぷっ!?」

 

 ブラッディレオンはユウキの喉に手刀を突き刺す。俗にいう地獄突きである。ユウキはそれをモロに喰らって思わず咳き込む。

 

「ゴホゴホゴホ!? ちょ、ホントに待って……!」

「アニキあぶなぁーい!」

 

 クロの声がした次の瞬間、突然ユウキの目の前が真っ暗になり、頭が何か柔らかい物に挟まれる。

 

「もが!?(何!? 何これ!?)」

「ひゃん!? せ、せえーの!」

 

 突然、ブラッディレオンが擽られたような小さな悲鳴を上げた後、掛け声と共にユウキの体は前転する形でリングに叩きつけられる。そして天井の照明の光に目を細めながら必死に現状を把握する。

 

(首に何か圧し掛かっている!? これは……!?)

『決まったー! チャンピオンの得意技! フランケンシュタイナーが華麗に決まったー!』

「フラッ!?」

 

 フランケンシュタイナー……相手の首を股で挟んで、体重を掛けて地面に叩き落とす技……今ユウキはその技をブラッディレオンに掛けられたのだ。

 

「じゃ、じゃあこの首の感触は……!?」

 

 ユウキは恐る恐る自分の首に圧し掛かるその物体を見る。それは……ブラッディレオンの体だった。彼女の股間部分とユウキの顔面部分との距離、ほぼ0である。

 

「「「うおおおおおー!!」」」

「あ、どもどもー!」

 

 太ももでユウキの頭を押えたまま、割れんばかりの歓声に手を振って応えるブラッディレオン、一方ユウキは……。

 

「うわ、うわああああああああ!!!」

 

 突然の事態に大パニックを起こし暴れるが、首部分を太ももでガッチリ固定されていて動くことが出来ない。

 

「ユウキのアニキー!? 前言撤回! そこ代わってくださーい!」

「え、何言ってんだお前?」

 

 何か不穏な事を口走るクロ。一方観客席からは……。

 

「ご褒美すぎるぞテメェー!」

「俺の頭も挟んでください!」

「もう我慢ならん! 俺も混ざる!」

 

 似たような声が上がっていた。中にはリングに乱入しようとして黒服の男達に袋叩きに遭う者も数名いた。思わず天を仰ぐアツシ。

 

「もうやだ、ここには変態しかいない」

 

 一方ブラッディレオンはゴロンとユウキから降りると、彼の上腕部分を両足で挟んで固定し、右手を掴んでそれを思いっきり引き延ばす。腕挫十字固めである。

 

『チャンピオンのコンビネーション炸裂―! 腕が極まっております!』

「ユウキ! 脱出しろ!」

 

 慌てて声を張り上げるアツシ。しかし彼の声はユウキには届いていなかった。

 

(あばばばばばば! 手が胸に手が胸に手が胸にぃー!?)

 

 ユウキにとって右肘が極まっている事より右腕全体にブラッディレオンの体が押し付けられている事……手の甲が彼女の胸に挟まっている事の方が一大事だった。

 

「すげー柔らかそうなおっぱいッスよねあの姉さん。オイラの見立てによると……89・59・87?」

「お、正解だ坊や」

「早く引き剥がせバカ!」

 

 アツシに怒鳴られユウキは慌てて腕を力ずくで引き剥がして、転がるようにブラッディレオンから距離を取った。そしてリングサイドのアツシ達に泣きついた。

 

「もう僕には無理だよぉ……女の子殴ったりするなんて無理だよぉ!!」

「アニキキャラ変わりすぎッス! 目も当てられねえ!」

「馬鹿後ろ後ろ!」

 

 その時、ユウキは後ろから襲い掛かって来たブラッディレオンに両腕を掴まれ、腿の外側に彼女の足が巻き付かれる。そしてそのまま持ち上げられた。

 

「いででででででで!?」

『出たぁぁぁぁぁぁ!! 必殺のロメロスペシャル! ユウキ選手の体中の関節が悲鳴を上げるぅー!』

「どぉーだー!!?」

 

 関節が外されそうな痛みに声を上げるユウキ。そしてそのまま技を解除され床に打ち捨てられた。

 

「がはっ……!」

「よし! いっくぞー!」

『おっとチャンピオン! コーナーポストに登った! まさかあれをやるつもりか!!?』

 

 コーナーポストに登ったブラッディレオンは、そのまま右手の人差し指を高々と掲げた。

 

「行きます!!」

 

そして思いっきり飛び上がり、一回転、二回転と体を回転させながらユウキの元に落下してきた。

 

『出たあああああ! ダブルムーンサルトぉぉぉぉぉ!!』

「ひっ!?」

 

 ユウキは思わずゴロゴロと横に転がってその攻撃を避けた。

 

「わぶっ!?」

 

 クッション代わりのユウキが居なくなり、ビターンというものすごい音と共に床に全身を強く打ちつけるブラッディレオン。ユウキはそれを見て心配になり、思わず彼女に声を掛けた。

 

「あ、だ、大丈夫ですか?」

「は、はい〜……」

「相手の心配すんな!」

 

 アツシのリングにドンッと拳を叩きつける音と怒鳴り声で、両者慌てて飛び起きる。

 その様子を見た観客席から笑い声が聞こえてくる中、ユウキは再びアツシに話し掛けた。

 

「も、もう無理、僕には戦えないよ……」

「何言ってんだバカ! 戦えるのはお前だけなんだぞ!」

「でも……」

 

 泣きそうな声を出すユウキ。するとアツシは突然、リングに上がり高く飛び上がった。

 

『おっとセコンドが乱入か!?』

「!!?」

「この……バカが!!」

 

 そしてユウキの目と鼻の先に着地すると、電撃を纏った右足で回し蹴りを放ち、それはユウキの頭部にクリーンヒットする。

 

「がふっ……!?」

 

 突然の事にユウキは床に倒れ込みそうになる……が、アツシが胸倉を掴んで無理やり立たせた。

 

『あ、あれ!? これは一体……どういうことでしょう!? セコンド突然味方のユウキ選手に攻撃を仕掛けた!!?』

「アツシのアニキ!?」

 

 突然の事に会場もどよめき、クロも何がなんだか解らないと言った様子だった。一方ブラッディレオンは、リングサイドにいた手塚に問いかける。

 

「あの人メガネの人、なんか足から出してませんでした?」

「……気のせいだろ(あの攻撃、まさか……? いや見間違いか?)」

 

 二人はこの場にいた者達の中で唯一、アツシが使った先程の技の異質さに気付いた。

 一方アツシはユウキの胸倉を掴んだまま、ギロッと彼を睨みつけていた。

 

「……酷いよアツシ、本気の本気で攻撃するなんてさ」

「俺はクズは嫌いだけど目的忘れて泣き言を言う奴も嫌いなんだよ。ユウキ……お前俺達の目的を忘れたのか?」

 

 少しトーンを落とした声色でアツシは語り続ける。

 

「俺達の目的は師匠を倒した男を探し出す事だ。俺はあの男の事は正直どうでもいい。でもお前は違うはずだ。あの男は……お前にもう一度命をくれた人だろう。だからお前が一番憤っている筈だ」

「……」

 

 何かを思い出しているのか、胸倉を掴まれたまま俯くユウキ。そしてアツシはにやりと笑ってブラッディレオンの方を見た。

 

「それに……あの女は本気で戦っているんだ。お前も本気でやらなきゃ失礼だろうが」

「アツシ……」

 

 ユウキはアツシの手を退けると、自分の顔をパンパンと叩いた。

 

「切り替え終わったか?」

「うん……まだちょっと怖いけど、なんとかする」

 

 ユウキはそのまま拳をギュッと握り締める。ユウキの目には熱く燃える炎のような闘志が漲っていた。

 それを見たアツシは、満足そうな笑みを浮かべてリングから降りた。

 

「だ、大丈夫なんスかアツシのアニキ?」

「ああ、これで大丈夫だ」

 

 一方ブラッディレオンは一部始終を見て、しばらく考え込んだ後手をポンと叩いて何かを閃いた。

 

「あ、もしかして今までのは演出だったんですか?」

「「えっ?」」

 

 彼女の予想外の発言に、ユウキとアツシは間抜けな声を上げる。一方ブラッディレオンは腕の柔軟体操をしながら戦う準備を始める。

 

「今のやり取り、私すっごく感動しました! じゃあこっからはブック無しですね!」

「あ、いや……」

 

 ユウキが何か言おうとしたその時、突然天井からリングを取り囲むように巨大な金網が大きな轟音と共に降りてきた。

 

「なっ……!? これは!?」

「サクリファイスファイト名物、金網電流デスマッチや」

 

 突然、アツシの背後に福澤が現れる。

 

「あ! さっきのヤクザッス!?」

「兄ちゃん達、さっきの演出は中々のもんやったで。お陰でお客様は大喜びや」

「……ここまでするのかよ、ここは……!」

 

 いつの間にか、観客席からどす黒い欲望が入り混じった野次が飛び交っていた。その異様な光景にアツシは冷や汗をかく。

 

「サクリファイス……ここにいるお客様は勝者が敗者を徹底的に蹂躙する血生臭い戦いが望みなんや。顧客のニーズには応えなあかん」

 

 そして福澤はアツシの耳元で下衆な笑いを浮かべながら囁いた。

 

「正直の所、あの兄ちゃんには期待しているんやで? あのチャンピオン、ようやく見つけた逸材なんやけど中々負けてくれへんのや。あれだけの別嬪が打ち負かされてアレコレされる姿……兄ちゃんも見たくないか?」

 

 アツシはふと、ここに来た時福澤が自分とユウキ、二人で戦わせようとしていた事を思い出した。この男は初めからチャンピオンを打ち負かす逸材として自分達に接触してきたのだ。恐らくその後に行われるであろう、吐き気のする“欲望”とやらを満たすための儀式を行う為に。

 

「……」

 

 アツシの目に尋常じゃない程の殺気が宿る。それを見た福澤は少し恐れおののきながら後ずさる。

 

「お、おっともう引き返す事はできへんで。あの金網は並大抵な事じゃ開かへん。ここから出たいなら勝って生き延びるか、負けて人としてのすべてを失うかや」

 

 そして福澤ははぁーっと溜息をつきながら、リング上のユウキとブラッディレオンを見る。

 

「まあ……あの兄ちゃん一人じゃ無理かもしれへんけどな」

「何……?」

 

 一方、ユウキは突然の事態に困惑しながらブラッディレオンの方を見る。対して彼女はレンズの奥から見える瞳に闘志を宿らせながら、ぐっと身構えた。

 

 

 

「私……絶対に負けられないんです! だからこっからは本気の本気! ド本気で行きます!!」

 

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 STAGE4「地下闘技場 金網電流デスマッチ」

 

 

 

『デェーッドオアアラァァァァイブ!! サクリファイスファイトチャンピオンマッチはここからが本番! 果たして惨めに敗北して惨めに身も心も凌辱されるのはどちらなのかああああああ!』

「「「ウオオオオオオ!!!」」」

 

 地響きが起こるほどの大歓声。ユウキはその空気に飲まれそうになっていた。

 

(な、なんだこの人達!? 急に……)

「アニキ! 来るッス!」

 

 クロの叫びで正気に戻ったユウキ。すると彼の目の前にリングシューズの裏が二枚迫って来ており、慌ててそれを両腕で防いだ。

 

「がっ……!?」

 

 ユウキの目の前に猛牛の幻覚が現れ、そのまま後ろに吹き飛ばされる。

 

『決まった! チャンピオンのドロップキック! ユウキ選手吹き飛ばされたぁー!』

(ぼ、防御が効かない! こじ開けられる!)

 

 先ほどの攻撃とは桁違いのブラッディレオンのパワーに、ユウキは痛む腕を抑えながら起き上がろうとする。

 だがその時にはすでに、ブラッディレオンがユウキの両足を抱えていた。

 

「は、早っ」

「うおおおおおおおお!!!」

 

 そのままユウキは体を力任せにブンブンと振り回される。ジャイアントスイングを喰らっているのである。

 そしてそのまま手を放され、かなり長い距離を飛んだ後床に転げ落ちた。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に首を庇って受け身を取るユウキ。しかしブラッディレオンの猛攻は休まらなかった。彼女は思いっきり飛び上がり追撃の右肘をユウキの腹部に叩きこんだ。

 

「はあああああ!!」

「がはっ!?」

『エルボードロップ炸裂―!! これは痛い!!』

 

 そんなリングの惨状を見て、クロは困惑しながらアツシに問いかける。

 

「ちょっとアツシのアニキ! さっきの熱血ハイキックは逆転フラグじゃなかったんスか!? なんですか「あの女は本気で戦っているんだ」って!? 全然本気じゃなかったじゃないッスか!」

「……ゴメン」

 

 素直に謝るアツシ。一方ユウキは咳き込みながら喉から込み上げてくるものを必死に抑え込み、ブラッディレオンから一気に距離を取った。

 

「ハアハア……! と、とにかく反撃……!」

「むっ!?」

 

 ユウキが何か仕掛けてくると察知し、咄嗟に身構えるブラッディレオン。一方ユウキはぐっと拳を握り、腰を低くしながら一気に彼女との距離を詰める。

 

『おっとユウキ選手! 先ほど大山選手にやった幻惑攻撃だ!!』

(これで!)

 

 ユウキは相手の顎目掛けてアッパーカットを繰り出そうとする。だが次の瞬間。

 

「うわっと!?」

 

 驚いたブラッディレオンがあげた右膝が、ユウキの顎にクリーンヒットした。

 

「あぐっ!?」

 

 強烈なカウンターで目の前の景色がぐにゃりと歪む。しかしユウキは自分を奮い立たせ、再び距離を取りまた同じようにパンチを繰り出す。その行為を何度も何度も繰り返した。

 が、そのすべてがブラッディレオンのカウンターによって潰されていく。顎を狙ったら肩にパンチ、肩を狙うと腹部に掌打、腹部を狙うと脛に蹴り、足を狙うと喉に突きといった感じで攻撃する度にダメージが蓄積していく。

 

(このままじゃ不味い……! どうにかしないと!)

 

 ユウキは痛む体に顔を顰めながら再びブラッディレオンに接近する。ただし今度は彼女の攻撃が当たらないギリギリの位置でストップする。

 

「はれっ!?」

 

 同じように接近してくるものだと思い、ブラッディレオンはローキックを放つが空を切った。ユウキはその隙を見逃さなかった。

 

『フェイントです! ユウキ選手フェイントでチャンピオンの攻撃を空振りさせた!!』

「ゴメン!」

 

 ユウキは一歩前に出て右フック放った。その一撃はブラッディレオンの右頬を掠め、彼女の脳を揺らした。

 

(当たった! これで……!)

「っ……!!」

 

 体が大きく横に傾くブラッディレオン。が、彼女はギリギリの所で足をバンと踏みつけて踏みとどまった。

 

「そおい!」

 

そして……なんと自分の左頬を思いっきり手でバチィンと叩いた。

 

「うぇ!?」

「ふええ……強く叩きすぎた……」

 

 自分で叩いたダメージの方が強くて反対側に倒れそうになるブラッディレオン。

 

「んな!? あの姉さん自分で顔叩いて脳の揺れを抑えたッス!?」

「いやいやいや!! ありえんだろ!?」

「あの子は常識じゃ測れないのさ」

 

 驚愕するアツシとクロに対しドヤ顔で答える手塚。

一方ユウキは戦法を変える事を思いついた。

 

(攻めて駄目なら守りだ……!)

『ユウキ選手構えたまま何もしない!? 何かを狙っているのか!?』

「攻守交代? その挑戦、受けて立ちます!」

 

 ブラッディレオンはにやりと笑ってユウキに右ストレートを繰り出す。対してユウキはそれを左に逸らした。

 

「とっとと……この!」

「……!」

 

 ユウキは次々繰り出されるブラッディレオンの打撃をすべて捌いた……訳ではなく、何発かは捌き切れず直撃を受けた。

 

(は、早くて全部は無理だ! でもここを堪えれば……!)

「むー! 全然当たらない!」

 

 攻撃があまり当たらず焦り始めるブラッディレオン。それに気付いた手塚は声を上げて彼女に忠告する。

 

「まずい! その坊や何か狙っているぞ! 気を付けろ!」

「へ?」

 

 しかしその忠告はコンマ一秒遅かった。ブラッディレオンはユウキの胸元目掛けて右水平チョップを繰り出している最中だったのだ。

 

「今だ!」

 

 ユウキはその繰り出された右を両手で掴み、後ろを向きながら左腋で挟みそのまま一緒に床に倒れる。様々な格闘技で使われている関節技、脇固めである。

 

『華麗に極まる脇固めー!! ユウキ選手! 関節技まで使えるのか!!?』

(このまま極めてギブアップを取れば……!)

「うっ……!」

 

 勝利への焦りからか、ユウキは思わずブラッディレオンの右腕を掴む自分の腕に力を入れる。すると……彼女の肩が突然、ガコンという音を立てた。

 

「あ!?」

 

 慌ててユウキはブラッディレオンから飛び退く。彼女の肩は不自然な形で歪んでいた。

 

「っ〜〜〜〜!!」

 

 余りの痛さに蹲りながら声にならない悲鳴を上げるブラッディレオン、彼女の肩は完全に脱臼していたのだ。

 

「あ、ど、どうしよう。ご、ごめん……」

 

 必要以上の事をしてしまい困惑するユウキ。そして彼はアツシ達の傍にいた福澤に声を掛ける。

 

「し、試合を止めてください! 彼女はもう戦えません!」

「はあ? 何を言っているんやお前」

「え!?」

 

 福澤が何を言っているか解らず、一瞬呆けてしまうユウキ。

 

「チャンピオンはまだ動けるし意識はあるやないか。ドクターストップは認めへん。ちゃんと止めを刺せゆうとんのや」

「お前!」

 

 福澤の発言に怒ったアツシが彼に掴みかかろうとする……が、いつの間にか背後にいた黒服の男達に取り押さえられた。

 

「アツシ!」

「こ、この豚野郎……!」

「あんまヤクザ舐めんなやクソガキ。ホレ、はよやらんかい」

 

 そう言って福澤はブラッディレオンのほうを見る。しかしそこには驚くべき光景が広がっていた。

 

「せぇー……の!!」

 

 彼女は脱臼した右肩を左手で抑えながら、右手を床に付ける。そして……右腕をグイッと押し込んだ。するとガコンという音と共に外れた関節が填まった。そしてそれをリングサイドの手塚に見せる。

 

「うん、ちゃんと填まったな」

「はい! なんとか出来ました……!」

「うんうん、よく我慢した、偉いぞ」

 

 ブラッディレオンはレンズの奥底に見える瞳に涙を滲ませながら。グルグル腕を回してまだまだ戦えますよアピールをする。

 

「さー続きやりましょう続き!」

『なんという不屈の闘志! チャンピオン自力で脱臼を治してしまったー!!!』

「えええええ〜!?」

 

 予想外の事態に驚愕するユウキ達、そして福澤は怒声をあげる。

 

「ホレ見ろ! さっさとトドメ刺さへんから!」

「アンタの思い通りにはいかないよ、この子は」

 

 してやったり、と言った顔でにやりと笑う手塚。多分彼女が脱臼の治し方を教えたのだろう。

 

「さーって! そろそろフィニッシュ行きます!」

「っ!?」

 

 ブラッディレオンはそのままユウキとの距離を詰めると、右手の指先をユウキの喉に突き刺す。綺麗な地獄突きが決まった。

 

「がはっ……!」

「隙あり!」

 

 そのまま彼女はユウキの後ろに回り込み、彼の腰をガッチリと両腕で縛るようにクラッチする。

 

「っだああああああ!!!」

 

 そして思いっきりブリッジする形でユウキを床に叩きつけた。その美しき半円の軌道はまさに虹の如くだった。

 

『チャンピオンのジャーマンスープレックス炸裂ぅ―!!!! これは効いているー!』

「がっ……!」

 

 延髄から地面に叩きつけられ、ユウキの反転した視界がぐにゃりと歪む。

 

「2発目!」

 

 だがそれで終わりではなかった。ブラッディレオンはユウキをクラッチしたままバク転するように飛び上がり、再びジャーマンスープレックスの体勢に入る。

 

「ふん!」

「うげ!」

 

 そして先程と同じようにブリッジして地面に叩きつけて、クラッチしたまま飛び上がり元の体勢に戻る。

 

「もういっちょ!」

「がふっ!」

 

 そして三度、ブリッジしてユウキを地面に叩きつけて、ジャンプして元の体勢に戻る。

 

「もうやめて! ユウキのアニキ死んじゃう!」

 

 クロの悲痛な叫びが会場に木霊する。一方ブラッディレオンは、もうほとんど意識が無いユウキに小声で話し掛ける。

 

「これで最後です。あの……耐えてくださいね?」

「あ……?」

 

 ブラッディレオンはそのままブリッジしてユウキを持ち上げる。だが途中で手を放して彼を宙に放り投げた。投げっぱなしジャーマンスープレックスという技である。

 そしてユウキが投げられた先には……電流が流れる金網があった。

 

「ああああああああああ!!?」

 

 逆さ状態で背中から金網に直撃したユウキは、全身に電流を受けて今まで感じた事のない苦痛を受けて悶絶し、そのままリングの床に倒れ込んだ。

 

『ユウキ選手金網に勢いよく突っ込んだ! これは痛い! もう決着でしょうか!?』

「あ、アニキィィィィィィ!!!」

「ユウキィィィィィィ!!!」

 

 アツシ達の悲痛な叫びが会場に木霊する。一方ブラッディレオンは、ちょっとやりすぎたかなと冷や汗をかいていた。

 

「あ、あれ? 大丈夫ですか……?」

「……安心しろ、ちゃんと私が治すから」

 

 手塚は舐め切ったキャンディの棒を口から取りながら、心の中でユウキ達に謝罪した。

 

(ごめんな、この子には絶対負けて欲しくないんだ)

 

 

 

 一方ユウキは薄れゆく意識の中、アツシ達の声や観客の野次を聞いていた。

 

(あはは……こりゃ駄目だ。もう立てそうにない……)

 

 そしてユウキは必死に寝返り大の字に倒れながら、こちらの方を心配そうに見つめているブラッディレオンの方を向いた。

 

(あの子すごいなぁ……女の子なのにパワーも、スピードも、テクニックも、根性も、そして……勇気も僕と段違いだ。勝てそうにない……)

 

 ユウキの心の中には自然と、目の前にいる恐らく自分と齢が違わないであろう少女に尊敬の念を抱いていた。

 

(きっとあの子、格闘が好きなんだろうな……アツシの言う通り、最初からちゃんと戦ってればよかった)

 

 そしてユウキは意識を手放す様に瞳を閉じた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

『師匠、師匠は何で……誰かと戦うんですか?』

『そういう質問をしてきたのはお前が初めてだぜ。まあ……俺がバ・カ、だからだ』

『バカ?』

『態々危ない崖でロッククライミングする奴、高度ウン千mからスカイダイビングする奴、遠泳でナントカ海峡横断する奴、そして痛いのに格闘技する奴……どいつもこいつも自分がいままで蓄積した努力を何かにぶつけたい為に、態々危ない事に挑戦する、そういう生き方しかできないバカ野郎さ』

『……』

『流石に人の道に外れた事は許容できないが……俺もそのバカの一人ってことさ。俺自身が積み重ねてきた力を、自分と実力が近い者に誰かにぶつけたい。頭の中は常にその事で一杯さ』

『実力が近い? 強い者とかじゃないんですか?』

『アホかお前、実力近い奴とやった方が滅茶苦茶楽しいに決まってんじゃねえか。弱いもん一方的にボコッたり、強すぎる奴にヒーコラ言いながら戦って一方的にボコられるのが楽しいなんて言えるか? そこんとこはお前がよく知っているじゃねえか』

『……』

『まあお前も格闘を続けていれば出会えるだろうぜ。自分の本気を本気でぶつかってくれる “ライバル”って奴がさ』

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

(あれ?)

 

 気が付くとユウキは、ダウンの状態から無意識に起き上がっていた。目の前には自分を見て驚いているブラッディレオンと背後の観客席の観客が映り、後ろからはアツシとクロの声が聞こえてくる。

 

(あ、僕いつの間に起きていた?)

 

 重傷の筈なのに起き上がれた事に、自分でも驚いていた。師匠の仇を討ちたいという執念がそうさせたのだろうか? 

傷口が開いて血にまみれた自分の拳を見つめる。あの日犯した過ちを忘れないために、人を傷付ける痛みを忘れないために、ちゃんとした治療を拒み続けている拳。

そしてまた、自分より何もかも上待っている目の前の少女を見つめる。

俺は……僕は、あれからどれだけ強くなったんだろう? 小さい頃より、小学生の頃より、一年前より、あの人に出会った半年前より、過ちを犯してしまったあの日より、自分はそれだけ強くなれたんだろうか?

ああ、そうか。僕は今、あの人の仇の事は忘れているんだ。今まで積み重ねてきた物を、目の前にいる自分より実力がある彼女にぶつけてみたくてしょうがないんだ。この子ならきっと……自分の全力を受け止めてくれるだろう。

 

自分がいつの間にか笑っている事に気付いた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 立ち上がったまま何も言わないユウキに、ブラッディレオンは心配になって声を掛ける。

 

「ゴメン!」

「うえ!?」

 

 すると突然ユウキがガバッと頭を下げてきて、彼女は驚いて変な声を出してしまった。

 

「俺……君が全力で戦っているのに、最初怖がって逃げてばっかりだった! 本当にゴメン!!」

「え? あ、はい。大丈夫ですよ?」

 

 何の事だか解らず、取り敢えず頷いておくブラッディレオン。するとユウキは右拳をギュッと拳を固めて身構える。

 

「だからその……今から本気の本気を出すよ。それで許して欲しい」

「ああ、それならドーンと来いですよ!」

 

 対して彼女は、今度は笑顔で片腕をグルグル回しながら答えた。それを見たユウキもまた笑っていた。

 

「じゃあ今から本気だすね。だから、その……」

 

 ユウキは少し申し訳なさそうに声のトーンを下げた後、再び顔を上げた。

 

 

 

 

 

「死なないでね?」

 

 

 

 

(大きく息を吸い込んで息を止めて)

 

(歯をギュッと食いしばり)

 

(拳はぎゅっと石の形)

 

(そして……この手に体の中の力をすべて集めるイメージ!!)

 

 次の瞬間、ユウキの足元からドンと強烈な衝撃波が放たれ、会場全体がグラッと一揺れする。気が付くとユウキの右腕に、旋風のようなオーラが渦巻いていた。

 

「ほえ!!?」

 

 突然の事に驚くブラッディレオン。それはこの場にいたすべての人間も同じで、一体何が起こったのか解らず困惑していた。否……二人だけ、何が起こったのか気付いていた。

 

「……!? あのバカ!! あれを使う気か!!?」

 

 アツシは慌てて自分を取り押さえている黒服を振り払い、金網に手を掛けて大声で叫ぶ。

 

「馬鹿野郎!!! それは危険だからって使用禁止って言われただろうが!」

「……」

 

 ユウキは集中しているのか、アツシの言葉に反応しない。それを見ていたクロは、アツシが暴走族に使ったあの足から電撃を放った技の事を思い出していた。

 

「え? ユウキのアニキもアレ、使えるんですか?」

「アイツのはヤバい! 俺のは威力があんまり出ないけどあいつはその真逆だ! あいつは威力の制御ができないんだ!!」

「真逆?」

「高速で発射されるロケットランチャーの弾に耐えられる人間がいると思うか!? あいつはそれ以下に抑えられないんだ!」

 

 アツシのその一言で、クロはすべてを察知し顔を真っ青にする。

 

 一方、反対側に居た手塚もまた、ユウキがこれから何をしようとしているのか察知していた。

 

「“神突”……!!?」

「カミツキ? 噛み付き攻撃なら慣れています! ドーンと来いです!!」

「そうじゃない! さっさと逃げろ!」

 

 手塚は血相を変えて反対側のアツシに声を掛ける。

 

「おいコラメガネ!! 早くそいつを止めろ! アレが出来るなんて聞いてないぞ!!?」

「うるせー! 勝手に身に着けたあいつに言え!」

『えーっと……何でしょう? 両陣営何か言い争いをしているようですが……』

 

 大声で言い争いをするアツシと手塚を見て首を傾げる周りの人間。すると突然、ユウキはドンと左足を一歩前に踏み締める。そして腰を思いっきり回転させて右拳を前に突き出した。

 次の瞬間、ボンッというバスケットボールが破裂したような鼓膜が破れそうな爆発音と地面にミサイルが落とされたような衝撃の後、ブラッディレオンの右頬に何かが掠める。そして……彼女の後ろに遭った金網が、二つ折りになって破壊されて背後の観客席に激突した。

 へたん、と座り込むブラッディレオン。一方観客たちも、けが人は出ていないものの大パニックを起こしていた。

 

「ひいいいい!?」

「うわああああ! フェンスが飛んできた!!?」

『な、な、な、なんだ今のわあああああ!!? え、いや!? 何!? 何!!?』

 

 常識を遥かに超えた状況に、実況も素に戻ってちゃんとした実況が出来ないでいた。一方福澤もまた、とんでもない事をしでかしたユウキに怒りの声を上げる。

 

「お、おい! オタクの相方何してくれとんねん!!? 相手壊せいうたけどリング壊せ言うとらんやろ!」

「うるせー黙れ! ユウキもう充分だろ!」

 

 そう言ってアツシはユウキに声を掛ける。そのユウキはというと……。

 

 

 

(大きく息を吸い込んで息を止めて)

 

(歯をギュッと食いしばり)

 

(拳はぎゅっと石の形)

 

(そして……この両手に体の中の力をすべて集めるイメージ!!)

 

 

 

 さっきと同じ体勢を取っていた。

 

「「二発目ぇぇぇぇぇぇ!!?」」

 

 アツシと福澤は金網をぐらぐら揺らしながらユウキを怒鳴り付ける。

 

「俺は本気でやれと言ったけど相手を殺すまでやれなんて言ってないぞ!!! お前の必殺技は本当に“相手を必ず殺す技”だろーが!!」

「もうやめてええええ! これ以上会場壊されるとウチボスに殺されるううううう!!!」

 

 一方手塚もまた、ブラッディレオンに逃げるよう必死に呼びかけていた。

 

「おい逃げろミキ! 次は本当に死ぬぞ!!」

 

 その彼女はというと、すっと立ち上がった後にンポンと何度か小さく飛び、パンパンと自分の頬を両手で挟むように叩いた。

 

「うっしゃ来い!!」

 

 ブラッディレオンは、頑丈な金網をへし折る威力を持つユウキの必殺技を、正面から受ける気なのだ。

 

「来い!? 何言ってんのアンタ!? あんなの受けたら原型も残らずミンチにされるぞ!!」

「大丈夫! 私頑丈ですから! あの人の全力受けるって約束しましたし! それに……!」

 

 ブラッディレオンは親指を立てながら、手塚に向かってニカッと笑って見せた。

 

「私がアレを正面から受けて、あの人を倒せば……きっとお客さんも大盛り上がりです!!!」

「こっ……このプロレスバカぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 自分が下手したら死ぬかもしれないこの状況でも、ブラッディレオンの頭の中は観客を喜ばせる為の、そして何より自分が燃える為の戦いをすることで一杯だった。

 そのやり取りを見ていたユウキもまた、すごく楽しそうに笑っていた。

 

(やっぱりあの子すごい! 僕……絶対に勝ちたい!)

 

 それに呼応するように、ブラッディレオンも自分の心臓の鼓動を聞きながら、クラウチングスタートに似た構えを取りながらにやりと笑った。

 

(私、すっごくワクワクしている……! 絶対に勝つ! 勝つ! かぁーつっっ!!!)

 

「「あ、もうこりゃ駄目だ」」

 

 そんな二人を見て、アツシと手塚は二人を止められないと悟り同時に諦めた。

 一方クロはというと、瞬き一つせずリングの上の二人をじっと見つめていた。

 

(二人共、すげえ……オイラもいつかこんなふうに……!)

 

 クロはすべてを出し尽くして戦う二人に、憧れの感情を抱いていた。

 そして、ユウキが左足をガンッと前に一歩踏み出した。それと同時に、ブラッディレオンはユウキに向かって猛突進していく。

 

「っっ!!」

 

 ユウキは右拳に纏ったオーラを、向かってくるブラッディレオンに向かって放った。

 

「っっだぁっ!!!」

 

 彼女はそれを、バックハンドの形で右手で受け止めた。そしてそのまま力任せに横に逸らした。

 軌道がずれた衝撃波はそのまま横の金網に激突し、轟音と共に倒れる。

 

「あっっ……あの女バカなのか!? 弾きやがった!!?」

 

 真っ向から挑み、ユウキの必殺技を叩き潰したブラッディレオンに驚愕するアツシ。一方当の本人はと言うと……少し涙目になっていた。

 

(あ、やば……右手ヒビいった)

 

 どうやら無事とまではいかなかったらしい、電流が走ったような鋭い痛みをギュッと堪えて、彼女は拳を突きだしたままのユウキに突撃していく。

 

(ここはドロップキック……いや! また地獄突きからの連続ジャーマンで! 今度こそ完全に倒す!!!)

 

 ブラッディレオンは無事な方の左手の先端を、ユウキの喉に突き出す。

 が、ユウキはその突き出された手を、衝撃波を放った右手でガッチリ掴んだ。

 

「はれ?」

 

 間抜けな声を出すブラッディレオン、それに対し……ユウキはポンと左手を彼女の腹部に押し当てた。

 よく見ると、その左手も先程の右手と同じようにオーラを纏っていた。

 

「ごめん、本命はこっち」

 

 ユウキは右手に皆の視線を集めている隙に、こっそりと左手にもオーラを纏わせていたのだ。

 

「あら〜……こりゃ駄目ですね」

 

 自身の敗北を悟り、観念するブラッディレオン。ユウキはそんな彼女に、申し訳なさそうに声を掛けた。

 

「じゃあ本当に行くけど……し、死なないでね?」

「善処します……」

 

 次の瞬間、ドゴォンという爆発音と共に、ブラッディレオンが吹き飛ばされた。彼女は衝撃でマスクを真っ二つに割られながら数m滞空した後、リングロープに激突し、跳ね返されて床にうつ伏せで倒れた。その反動でリボンも解け、シアンカラーの長髪がサラッと広がった。

 

「て、ててて……!」

 

 ほぼゼロ距離でその衝撃に巻き込まれたユウキもまた、尻餅をついた状態で衝撃波を放った左手を抑える。左手はテーピングが破れてダラダラと血が流れていた。

 

『ゆ、ユウキ選手は無事です! という事はこの戦い……ユウキ選手の勝利―!!!!』

 

 我に返った実況がユウキの勝利を宣言する。が、周りの観客たちは飛んできた金網や衝撃波でパニックを起こしていてそれどころではなかった。

 

「あ! だ、大丈夫!?」

 

 そしてユウキは慌ててブラッディレオンの元に駆け寄り、彼女の首筋に指を当て脈を確認する。

 

「ふにゃ〜……」

 

 ブラッディレオンは完全に気絶していた。それでも命に別状はなさそうだ。

 

「よ、よかった……」

 

 自分が人殺しにならずに済んでほっとするユウキ。

 その様子を見ていた手塚は、吹き飛ばされた金網を見ながらすべてを察知する。

 

(あの坊や、一撃目はわざと外したんだな。それでニ撃目を当ててあの子が金網じゃなくリングロープに当たるようにしたのか……)

 

「ふん……せっかくの興行なのに大損害じゃ、どないしてくれんねん……!」

 

 その時、怒り心頭と言った様子の福澤が、黒服達を引き連れてリングに登って来た。

 

「え、あ、あの……すみません」

「ふん! まあええ……本来の目的は達成されたからのう」

 

 そう言って福澤は顎をくいっと上げる。すると二人の黒服の男はブラッディレオンの元に歩み寄り、一方が未だ意識を取り戻さない彼女を抱き起す。そしてもう一方の男が彼女のリングコスチュームを力任せに引き裂いた。

 

「!!? 何を!!?」

「へっへっへ……察しろや。強くて美しい別嬪が、打ち負かされて好き放題される……ここの客達はこれを見に来ているんやで?」

 

 気が付くとリングの周りに、下品な野次を飛ばす観客たちが群がっており、すぐ傍ではアツシや手塚達が別の黒服達に取り押さえられながら何か叫んでいる。

 

 その光景を見て、ユウキはこの男が何を考えているのか、周りの人間達が何を求めているのか、そして彼女にこれから何をするつもりなのかすべて察知した。

 

「なんなら兄ちゃんも参加するか? あんさん童貞っぽいしちょうどええ……」

 

 次の瞬間、福澤の目の前からユウキが消え、背後から悲鳴が上がる。福澤が後ろを振り向くと、そこにはブラッディレオンを取り押さえていた黒服の男の頭を、ユウキが力任せに握り、そのまま床に叩きつけていた。

 

「え!? な……!?」

「ひいいい!!?」

 

 その光景を見て恐怖したもう一方の黒服は、ユウキに背を向けて逃走しようとする。が……ユウキはその背中に容赦なく正拳突きを叩きこむ。男はメキメキと嫌な音を立てながら、リングサイドの方へ吹き飛ばされていった。

 

「お、お前何を……!?」

 

 福澤の声にユウキは反応する。彼の眼は何の感情も含んでいない、ただただ真っ黒に染まっていた。

 

「―――」

「ちょ、ちょっと間待

 

 刹那、福澤は両腕、腹部、胸部、顔面と上半身のほぼ全面にユウキの両拳の連撃を受ける。瞬く間に彼の顔面はバスケットボールのように腫れ上がり、上半身の至る所の骨が破壊された。

 

「が、がぺっ……!?」

 

 福澤は血を吐いた後、そのまま床に膝を付いた。一方のユウキはというと、体を大きく右に捻った。右手は先程と同じように風の様なオーラを纏わせている。

 

「ま、まっひぇ……!」

 

 福澤は自分が殺されると思い、虫の息のまま助命を懇願する。しかしユウキはその言葉を無視して、拳を福澤に叩きこもうとした。

 

 

「よせ」

 

 拳は、福澤の顔面の目と鼻の先で停止する。アツシが自分を取り押さえていた黒服を蹴散らし、ユウキの腕をガッチリ掴んで止めたのだ。

 

「―――」

「こいつは……生きる価値も無い屑だ。だからってお前が手を汚すのは駄目だ」

「―――あ」

 

 ユウキの瞳に普段通りの輝きが戻る。そして彼は膝を付き、自分の血まみれの手を見つめながら大粒の涙を流し始めた。

 

「あ……! あ……! 僕はまた……!」

 

 そんな彼を見て、アツシはにやりと笑った。

 

「安心しろ、お前がもし怒らなかったら俺がお前ごとこいつらを蹴り殺していた。それより……」

 

 気が付くと派手な格好をした極道風の男達が、ユウキ達を取り囲んでいた。

 

「まずはここを切り抜ける事を考えるぞ」

「……うん」

 

 そう言ってユウキは涙を拭い、ぐっと拳を握りしめて臨戦態勢を取る。その時……会場の入り口の方からバァンという轟音と共に何十人かの武装した警察官達がなだれ込んできた。

 

「警察だ! 全員そこを動くな!」

 

 先頭の銃を構えた警官が叫ぶ。すると観客達は悲鳴と共に一斉に別の出口目掛けて一目散に逃げ出した。

 その光景を目の当たりにした福澤は、何が起こったか解らず混乱していた。

 

「け、警察やと……」

「俺が呼びました」

 

 すると福澤の背後にいつの間にか大山が立っていた。

 

「お、大山貴様! 裏切りおったな!?」

「へっへっへ……警官なんて信用するアンタが悪いんですよ? たくもう少し泳がせてアンタらのボスの正体掴もうとしたのに、あのガキが変な技使ったせいで地上の一般市民が大騒ぎしてるんですよ。税金払って貰っている以上事態の収拾をしなきゃならんでしょ?」

「あ……が……!」

 

 福澤は自身の破滅を悟り、地面に両手を付いてそのまま警官たちに取り押さえられた。

 一方ユウキ達は次々取り押さえらてていくヤクザや観客達を見ながら状況を確認する。

 

「……どうする?」

「捕まったら保護者の元に強制送還? 下手したら逮捕だな……逃げるか」

「おーいそこの二人―」

 

 その時、リングサイドの方から手塚が二人に話し掛けてきた。

 

「手塚さん?」

「この状況はちょっとヤバい、道案内してやるからここから逃げるぞ」

「……どういう風の吹き回しだ?」

 

 アツシの質問に、手塚は近くで気絶しているブラッディレオンを見ながら、自嘲気味に笑いながら答えた。

 

「いずれここはこうなっていた。それに……その子はこんな暗くて不潔な穴倉より、もっと明るい所のほうが似合っているさ」

「まあ、確かにな」

 

 そう言ってアツシは手塚の前に降り立つ。周りはヤクザ達が彼らを逃がすまいと取り囲んでいた。

 

「ユウキ……だっけか? アンタはその子を……ミキを頼む。メガネは梅雨払いな」

「あ、はい!」

「指図すんな」

 

 アツシは文句を言いながら、襲い来るヤクザ達を次々と蹴散らして行った。

 一方ユウキは手塚の指示に従い、未だに気絶したままのブラッディレオンの元に駆け寄った。

 

「じゃあ逃げ……ブッ!!?」

 

 ユウキはその時初めて、彼女が今、リングコスチュームが破かれて上半身がほぼ裸の状態だという事に気が付き、鼻からブホァと血を噴出した。

 

(ど、どうしよう!? 抱えればモロ見えだし! 背負って行けば胸の感触が背中にダイレクトに!?)

「ユウキのアニキー」

 

 その時、鼻を押えて悩むユウキの元に、彼のパーカーとジーンズを抱えたクロがやって来た。

 

「あのおばさんにアニキの着替え持って行ってやれって言われたんスけど」

「ナイスだよクロ!」

 

 ユウキはクロが救いの天使に見えた。早速自分のパーカーをブラッディレオンに掛け、彼女をお姫様抱っこの状態で抱え上げる。

 

「よし……逃げるよ、クロ」

「合点!」

 

 そして彼らは手塚の道案内のもと、大混乱の地下闘技場を後にした……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 一時間後、福澤は大山によって手錠を掛けられたままパトカーの後部座席に乗せられ、そのまま警察署に連行されていた。

 

「……」

「アンタの組には違法賭博や麻薬密売に誘拐に人身売買の容疑や、海外の犯罪組織の繋がりも噂されている。こうなったら取調室で洗いざらい喋ってもらうぜ。ボスの正体も含めてな」

 

 すると福澤は顔に恐怖を引き攣らせながら、隣に座っていた大山に掴みかかった。

 

「お。大山はん! ワシなんでも話すから! だから守ってくれや!」

「はあ? あんた何言って……」

 

 突然の福澤の豹変ぶりに戸惑う大山。

 

「このままじゃワシ! ボスに殺されてまう! 奴の正体でもなんでも話すから早く刑務所にでも……!」

 

 

 

 

 

 裏切り者は、許さない。

 

 

 

 

 

「ぐげ」

「……? おい、どうした?」

 

 その時、福澤は間抜けな声を出してそのまま時間が制止したように動かなくなる。大山は何事かと思い視線を少し上に上げる。

 

 そこには、パトカーの天井を福澤の脳天ごと突き刺した刀の刃があった。

 

「う、うわあああああ!!?」

 

 運転していた警官も福澤の絶命に気付き慌ててパトカーを急停止し、大山と共に状況を確認する。

 

「い、一体何が……!!?」

 

 大山はパトカーを降りて天井を見る。次の瞬間……彼の眉間に刀の先端が突き刺さった。

 

「ぐえ」

 

 大山はそのまま絶命し地面に大の字で倒れる。それを見た他の警官は腰を抜かした。

 

「うわっ! うわああああああ!!」

 

 パトカーの天井には、黒いボディスーツに軍服のズボン、そして拳銃の入ったホルスターを装備し、血で濡れて赤くなった刀を持った男が立っていた。顔は電灯の逆光で見えなかったが、絞られた筋肉の付き具合から若い男だという事が解る。

 

「裏切り者の処分は終わった、後は……」

 

 男は夜空に浮かぶ月を見上げながら、ぼそりと呟いた。

 

「あの男の拳法を使う者達……必ず始末する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NEXT STAGE「ラジオ塔大通り」

 

 

 

-4ページ-

 

 

覇王翔吼拳を使わざるを得なかった(〆の言葉)

 

 本日はここまでー、あるお方に支援絵貰ったテンションで書いたら歴代1,2を争う長さになった。おまけに詰め込み過ぎ。後日落ち着いたら修正するかも。

 次回はいよいよ隻眼の虎の登場ですよー。

 

 

 

今回はヒロイン兼3人目の主人公、ブラッディレオン(本名:五十嵐未希)のキャラ解説を。

彼女は投げキャラで相手の攻撃を掴んで反撃、頑丈で素早くて障害物を使った攻撃が得意なデッドオアアライブのキャラというイメージで作っています。

必殺技はザンギエフのように一発一発が高火力というより、一発投げて追加入力で追撃していくティナとかバイマン、クラークに近い性能を持っています。(突っ込んで倒してジャイアントスイング→エルボードロップの追撃、フランケンシュタイナー→腕挫十字固め→???という感じ)

打撃技もプロレスラーらしいものが揃っていますが、必殺技的な物はこれから覚えていくという感じにしようと思っています。

 

 彼女、及び二人の主人公の詳しいプロフィールとかはもう少し後で公開します。

 

 

説明
第四話です。リョナと逆リョナ描写ありますのでご注意を。
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スカーレットナックル オリジナル 格闘 リョナ 逆リョナ 

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