『舞い踊る季節の中で』 第134話
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真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百参拾肆話 〜 野に咲く華は髪と共に揺れ、優しき香りを舞わす 〜

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

 

 

 

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雛里(鳳統)視点:

 

 

 

「奴等は我等の努力を嘲笑うかのように無視して、我等に貸しを押しつけたんだぞっ」

「そうだよ。いくら戦を早く終えるためだからって、あんなの蒲公英だって許せないよ」

 

 焔耶さんや蒲公英ちゃんが言っている事は、多くの兵士さん達を率いる彼女達の立場からして当然の事。

 策を成功させるために、勝利を得るために多くの仲間の血と命を流し続けたのだから、孫呉が…というより北郷さんが私達に無断で行った策は、彼等の努力を無意味なものへと変える行為ともとれてしまう。……でも。

 

「恥の意味も分からぬ餓鬼共が」

「なにぃっ! 華雄、貴様分かっているのか? 部下達の死を侮辱されたんだぞ」

「もう子供とかそう言う問題じゃないよっ。 お・ば・ち・ゃ・ん」

「侮辱されたされないなどと、そんな事はもはや我等が決める事ではない。 それも分からずに、無駄に恥を晒す餓鬼だと言ったまでだ。 それと馬岱、後で表に出ろ」

「やぁ〜だよぉ〜だ」

 

 そう。華雄さんが言ったように周りがどう言おうと、北郷さん達はあくまで他国の人間。

 同盟を組んでいるとはいえ、北郷さん達とは共闘をしているわけではない以上、其処に何らかの思惑が介入してくるのは当然の事。

 

ごちんっ

「きゃいんっ! うぅっ、いきなりは酷いよ。お姉様」

「今のはどう聞いても蒲公英の方が悪いっ! それと、あいつ等は協力者であって味方じゃないだ。利用し利用されるなんて事は当然の事だろ。まぁ…さすがにアレにはあたしも驚いたけどな」

「焔耶も控えろ。 もはやこれは個人や身内の話すむ話ではない。 そしてお主達の想いは月様達に十分に伝わっておる」

「き、桔梗様っ! まだ寝ていなくてはいけません」

「ふん、この程度の怪我で何時までも寝ておれぬわ。

 それと焔耶よ。ワシに同じ事を何度も言わせる気か?」

「うっ、そ、それは…」

 

 そして方法はともかく、介入してくる事そのものは最初から予想できていた事。

 ただ、それに対して防ぐ事も、対策を打つ事も出来ないほどの強烈な手を打たれただけに過ぎない。

 理由や方法はどうあれ。結果だけを見れば、そんな隙を見せた私達の方が悪いと言われても仕方ない事。

 今回、北郷さんが私達に介入してきたその目的は、戦術面だけで考えたならば蒲公英ちゃん達の言う事は軍部全体の意見として受け入れらる可能性はあったかもしれない。……でも。

 

「今回での戦における死者や怪我人が遙かに少なかった事は無視できないのも確か。 朱里よ。違うか?」

「はい、想定していた被害より半分ほどですんでいます。それに民だけではなく軍部全体の負担を考えたならば無視するわけにはいかないでしょう。 むろん此方の策に重大な影響を及ぼした事に対しての陳情の申し立ては可能でしょう」

 

 そんな事をしても意味なんてないんです。 それにあの人が動いてそんな程度で済むわけがない。そもそもその程度で済むのなら最初から介入してこないし、介入する必要がそもそも無い。今回、あの人が及ぼした策の本当の目的。それは……。

 

「問題なのは今回の戦だけじゃないわよ。 むしろこっちの方が本命でしょ」

 

 そう言って詠さんはみんなに説明してゆきます。

 あの出来事が及ぼした本当の意味での影響を……。それによって私達が取らねばならなくなった道を……。

 戦略的に見た場合、あれを好意的に解釈するならば【天】と言う畏怖を味方につける事で、民全体に新たな王を受け入れやすくする事。

 空から舞い降りると言うとんでもない方法で、まさに【天の御遣い】を演出した事で噂はあっという間に国中に広まってゆくと同時に、桃香様達がどんな王なのかを一緒に広めてくれる。つまり私達にとって地盤を固めやすくしてくれた。

 【天】がわざわざ御遣いをよこしてくれた新たな王達として。この地が【天】に祝福された土地だとして。

 

 でも逆に言うならば、曹操さんや袁紹さんに付く事はもちろん、私達は私達の都合で孫呉を裏切れなくなってしまった。たとえ孫呉との約定を無かったものにする必要性があったとしても、もうその手は使う事が出来ない。……それは民に【天】をも裏切る盟主と喧伝するのと同義になってしまうから。

 もはや【天の御遣い】を掲げる孫呉に対しては、同盟を維持する以外の道を塞がれたと言える。

 ただ、そうだとしたら、皮肉にもその【天】によって選ばれた土地と王と言う自負が民に広がる事によって、それは【天の意向】となり、たとえ孫呉がそのつもりになったとしても、【天の御遣い】を掲げる以上、【天の意向】を無視するわけにはいかず。私達の国を孫呉の属国へと貶めさす事が出来なくなる。

 つまり北郷さんは【天】と言う畏怖を見せつける事で……。

 

「あいつはね。いずれ決着がつくであろう河北との決戦の時、必ず孫呉側に付けと楔を打ってきたのよ。 今回の貸し借りはそれでなしにしてやるってね」

 

 民に必要な戦だと納得させるために……。

 私達に対する膨大な貸しを、貸しだと思わせないやり方でもって。

 すでに孫呉に対して膨大な借りを作っている私達に、これ以上の貸しを押しつければ、負債を払いきれなくなった私達が牙を向くしかなくなると気を遣って。

 

「で、どうするの? 桃香達としては」

 

 詠さんの言葉に桃香様は皆の顔を一度見回した後、ゆっくりと何時もの笑みを浮かべながら、王としての決断を下して行きます。

 

「北郷さんがした事には確かに思う所はあるけど、私達のためにした事だって信じられる。

 それに孫呉には返さなければいけない借りがあるから、北郷さんが打った楔には意味は無いんじゃないかな。私達はその上で北郷さんを天の御遣いとして迎えなければいけない」

 

 だから今回の件で貸し借りは最初から存在しないのだと。本当はそうではないと分かっていながら、あえて王としてそう決断されます。北郷さんの想いを汲んだ上で。……そして月様は。

 

「戦人としての誇りも名誉もあると思います。ですが私としては死なずにすむ人達が多くいたのならば、それを責めるべきではないと考えています。生きのびた人達がより良い未来を…、明日を作る事が出来るのですから」

 

 だから矛先を納めてほしいと。

 戦いが目的ではなく、民が安心して眠る事の出来る国を造るのが目的なのだからと。

 その上で皆は良くやってくれており、そのおかげで今があるのだと。この国の二柱の一人として判断を下されます。

 この一件で孫呉に、ましてや北郷さんを責めるのは在ってはならない事だと結論を下します。その上で最年長者の一人である紫苑さんが不満を持つ人達に。

 

「もともと戦に横やりが入る事なんて、そう珍しい事ではないわ。

 上手く行かなくても当たり前なのが戦ですもの。 問題なのは恨む恨まないなんてつまらない事で目を曇らす事では無く、同じ轍を踏まない事。そして貴女達はそれが出来る将だと思っていたけど。違ったかしら?」

 

 子供を諭すような優しい言葉ではなく、同じ将として強い決意を促す言葉で。

 

「ようは何かをされる前に、相手を倒すだけの力にまで腕を磨けば良いだけの事だ。

 まぁ文句しか言えない餓鬼共には無理な話かもしれんがな」

「むっか〜〜っ!」

「なにぃぃっ!」

 

 更に華雄さんの挑発染みた言葉によって……。其処に更に星さん達が頷いて見せてくれた事で自然と流れは桃香様達の望んだ方へと流れて行きます。

 みんな本当は分かっているはず。 今回の一件で護られたのは私達なのだと。その上で【天の御遣い】と言うものがどんなモノなのか分かっただけ、今回払った犠牲は決して無駄ではなく。得た情報はとても大きい物だったのだと。

 ただ、【天の御遣い】の存在は知ってはいても、【天の知識】と言うものを実際にまざまざと見せつけられた事による【天】への畏怖と不安を整理する事ができず、その感情をぶつけ先に迷っただけなのだと言う事を……。

 なにより、私達の考える事は過去なんかではない。此れから作り出す未来なんだと。

 

 

 

 そうして長い旅の末に得る事の出来た私達の国ですが、国の名を【蜀】と名付け、新たな国を得たなら得たでやる事は膨大にあります。

 各領地に対して通達や新たな法整備や人事はもちろん、様々な事を大急ぎでやらなければなりません。

 そんな中でもとりわけ急がなければならなかった件の一つとして、劉璋さんの家臣であった法正さんによって無断で売り払われた翠さん達の馬の件は、以外にも馬を買い取った商人達の方から、翠さん達のお仲間が居られる土地の方へ自ら売りに来た事です。

 そう、最初からそう仕組まれていたんです。桔梗さんが翠さんに言ったように、西涼の民から馬を取り上げるのは馬鹿がする事だと。 だから法正さんの狙いは最初から翠さん達の万が一のために取っておいてある貯えです。 移り住んできた力ある移民達に必要以上の力を持たせないために、その上でその力を援助と言う形で利用しやすいものとするために……。

 一見、非道で冷たい行いに思えますが、それもまた政治の在り方の一つであり、そんな隙を見せた翠さんが迂闊なのだと責められてもおかしくない事なんです。

 結局、翠さん達の馬は、翠さんが一族の人達に頭を下げて買い戻す事になりましたが、強い馬の増産と飼育はこの先も国にとって必要な事として、ほぼ同額の金子を準備金として国庫から払う事を決定しました。同時に強力な騎馬隊による各領地間の連絡網や国境際の監視と防衛。それが翠さんと蒲公英ちゃんの率いる第四師団の主な役割として。

 そして先日行われた建国と戦勝の宴の際に見せた北郷さんによる舞いは、これまで多くの犠牲を出してきた英霊達を沈める鎮魂の儀は、見る者達の心と魂に刻み込んだのです。

 何を失い、何を犠牲にしてきたかを……。

 此処にある今が、何のためにあるのかを……。

 

 

 

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翠(馬超)視点:

 

 

「ぶぅ、やっぱりアレはどう考えても謝り損だよ。お姉様」

 

 初夏に近づいてきた知らせなのか、空が晴れ渡っていても湿気が混ざり出した風が、髪を靡かせるように擽ってくる中で街の巡回を終えて城の広場を歩きながら、隣にいる蒲公英がこの間の事を今更ながら掘り返してくる。

 蒲公英が言っているのは、あたしが法正の策に嵌ったばかりに、大切な友とも言える馬を取り上げられた挙句に、一族の皆に頭を下げてその馬を買い戻した事。 結局、桃香様達の計らいで、非常用として蓄えていたお金を失う事は無かったものの……。

 

「そう言う訳にはいかない。通すべき筋は通すべきなんだよ。

 蒲公英も、そう言うの嫌いだったじゃないか。この間だって結果論の問題じゃないって怒ってただろ」

「あれとこれとは別問題だよ」

「そのとおり別問題だ。そしてこっちは問題にすべき事なんだよ」

「ぶぅ…」

 

 子供のように口を尖らせてみせる蒲公英に苦笑するも、そっちの方はそう心配していない。蒲公英が気にしているもう一つと言うのは孫呉の天の御遣い。

 あの一件を蒲公英が面白くないと言う気持ちが分からない事は無いけど、紫苑の言うとおり戦に横やりは付きものだし、蒲公英だって本当は分かっているはず。あれがそういう意味での横やりでは無く、あたし達やこの国を守るための横やりなんだと言う事を。

 ただ面白くないと言う本当の理由は、その事実を受け入れなければいけない程、今のあたし達と孫呉との力の差とあいつ自身になんだろうな。

 何処にでもいる市位の人間にしか見えない天の御遣いを名乗る男。そんな人間に周りが桃香様や月様まで気を使っている事が。

 あたしにとっては逆にそれが不気味なんだけど、どうやら蒲公英にはそうは見えないらしい。この辺りは経験の差なんだろうな。あたしも母様に鍛えられなかったら蒲公英ときっと同じ事を言っていたかもしてない。

 だから今度はあたしがそう言う事を蒲公英に教えて行く番なんだと思う。あたし自身、まだまだ未熟だけど、きっと教えて行かなければいけないんだ。

 それになんだかんだと口では言いながらも蒲公英は素直なんだよな。天の御遣いの件にしたって、もう言う程気にしていないし、馬の件にしたってあたしは蒲公英付き合わなくてもいいと言っても、一緒になって一族の皆に頭を下げてくれた。そんな可愛い従妹の頭に手を優しくおいて…。

 

「まぁ、そう言ってくれる気持ちは受け取っておくよ。ありがとうな」

「ん。まぁお姉様がそう言うなら、蒲公英、もうその件は何も言わない」

「そっか。蒲公英は良い将になる素質はあるよ。

 もっとも、武術の腕とかをもっとあげないと、師団長にはなれないけどな」

「ぶうぅ、蒲公英をお姉様達と一緒にされても困るよ」

 

 頬を膨らませながらも、撫でている頭はもっととせがむようにあたしの方に寄せて甘えてくる従妹に、苦笑を浮かべながら艶のある茶色い髪を指で梳くように優しく撫でてやる。

 そうして広場を抜けて裏の庭に出た所で知った顔を見る。

 桔梗と焔耶。そして………天の御遣いを名乗る北郷とその護衛役でもある周泰。

 奇妙な組み合わせに一瞬眉を顰めるが……。

 

「へぇ、あいつ、あんな趣味あるんだ。てっきり心の中まで脳筋だと思ってた」

 

 眼を見開くように驚きながらも小さく毀れ出る蒲公英の言葉。その言葉の前半部分に心の中で同意すると同時に、後半部分に苦笑を浮かべる。

 あたし達は目の前の光景…大木の下で、木漏れ日に照らされながらも一人舞う焔耶の姿の観客となり、素直に歎声の息を吐く。

 普段、巨大な鋼の棍棒を振り回している姿しか見た事が無かった事を差し引いても、焔耶の舞いは優雅で、そしておもわず見惚れる光景だった。 何というか、その格好良い? とにかく上手く言葉に表せれないけど、桔梗の笛同様に、つい足を止めて最後まで見て行きたくなる程に、焔耶の舞いは見事だった。

 そして当然のごとく訪れた舞の最後。動きを止めて息を大きく吐く焔耶に、少ない観衆達から拍手が舞う。あたしも…、隣に立つ蒲公英も…、桔梗は怪我のためか拍手の代わりに優しげな笑みを…、そして孫呉の二人も同じように惜しみない拍手を焔耶へと贈る。

 その事と言うか、蒲公英の存在にそこで初めて気づいた焔耶が、不味い所を観られたとばかりに嫌そうな顔をし。反射的に何かを言おうとするが、それより先に蒲公英が『凄い凄い』と言う蒲公英の素直な賞賛に、放とうとしていた言葉を失ったのか、バツの悪そうな顔で此方の存在など知らんとばかりにまっすぐと姿勢を佇むけど、その顔が照れて赤くなっているのをあたしも蒲公英も見逃さない。

 

「蒲公英じゃないけど、ああ言う所をもう少し素直に表に出すと良いのにな」

「無理無理。アイツ根がガサツだもん。それに其れは其れで張り合いが無くなるよ。

 でも、ああ言う所を素直に出すと言う点では、お姉様にも言えると思うけどなぁ。せっかくこんなに可愛いのにもったいないよ」

「そう言うのは蒲公英で十分だ」

「ぶぅ〜、本当の事なのにお姉様ったら、直ぐにそう言って取り合わないんだから」

 

 まだ何かブツブツ言ってくる蒲公英を無視しながら、足を進めてゆくと聞こえてくるのは今の焔耶の舞いに対するアイツの言葉。技術や巧く舞う事に意識を割きすぎて、あれでは観る者に必要以上の緊張を強いいてしまうと言う厳しい言葉。そしてそれを補うように、もっと舞う事を楽しんだら良いよと。本人が舞いを楽しんだ上で、観る人達に舞を通して何を伝えたいかを気にして行けば、自然と舞うと言う事が分かってくるはずだと。技術と言うのはその為の手段でしかないからと。

 あたしには良く分からないけど焔耶には身に覚えがあったのか、桔梗を相手にしている時のように素直にアイツの言葉に小さく頷いている。

 その後に気がついたであろう幾つかの指摘をする光景に、あたしも蒲公英も急を要する仕事で彼方此方へと駆けまわっていて出れなかったけど、たしか一般兵や市位向けの戦勝祝いの時にアイツが舞ったとか言う話を思い出す。

 つまりアイツの舞いは焔耶にとって、素直に教えを受けたいと感じるほどの物だったと言う事なんだろうな。 そしてその考えを後押ししたのが、その舞いを観れなかった事に対する愛紗達の憐みの言葉と言うか謝罪の言葉…と言えるのか?あれは?。 なにせ…。

 

『すまんな。せっかく北郷殿が舞うと言うのに仕事を押し付けてしまって』

『あれほどの舞いを観る機会など最早無いかもしれぬが、これも任務と思って諦めてくれ。

 おおそうだ。この街で素晴らしいメンマを出す飯屋を見つけたから、今度二人に馳走してやろう』

『其処まで言われたら逆に気になるだろうがっ!』

 

 理由はどうあれ、焔耶は焔耶なりに武人とは別の所とはいえ、アイツを認める部分があったと言う事か。まぁ、此方としても同盟を組んでいる以上は、いがみ合うより例え小さな事でも分かり会えた方が良いに決まっている。その中で譲れないものが在れば主張して行けばいいだけじゃないのかな。

 やがて聞きたい事を聞き終えたのか、焔耶はアイツに礼を言って照れ隠しなのか、此方…と言うか多分蒲公英に気付かない振りをして桔梗と共に立ち去って行く。

 そんな焔耶の後ろ姿を、蒲公英は口元に指を当てながらなにやら複雑な表情で見送っていたのを止めて、いつもの人懐っこい態度で。

 

「こんにちわ。確か北郷さんと周泰さんだったよね」

「ああ。元気で可愛い方が馬岱さんで、そちらの美人が馬超さんだったよね」

「ふふっ、すぐにそんな言葉が出てくるだなんてお兄さん口が巧いなぁ。けど良いの?そう言う事ばかり言ってて?」

「だって本当の事だし、問題ある?」

「……ん〜、まぁお兄さんが良いならいいけど。後で知らないよぉ。くす」

 

 蒲公英の視線が一瞬だけ、アイツの後ろで面白くないと言う顔をしている周泰を指しているけど、アイツは其れに気がつかないまま蒲公英の言葉に首を傾げているけど。あたしとしては何と言うか背中がむず痒くてしょうがない。蒲公英ならともかく、男にそう言う事を言われた事が無いから、御世辞だと分かっていてもつい顔が熱くなっちまう。

 

「客人に馬鹿な事言ってるんじゃない蒲公英。

 それとアンタも心にもない御世辞は、逆に相手を不機嫌にさせるから止めてくれ。 だいたいこんなデカい女に美人も何もないだろう」

「言われてみれば馬超さんは背が高い方かもしれないけど、それと美人じゃないのと言うのは関係ないよ。うん、それに背が高いから綺麗な長い手足が凄く格好良く見える。何やっても絵になるって感じでさ」

「そ、そそ、そんなわけあるかっ、だ、だ、だいたい。こんな太眉のび、美人なんてき、き、き、聞いた事ないぞ」

 

 しかも、人の忠告なんて無視して、あたしの言葉を全力で否定してくる。うぅ、きっと今あたしの顔は真っ赤になってる。だいたい怒られ慣れてはいても御世辞なんて聞き慣れていないから、御世辞と判っていても本気に思えちまう。おまけに此方の気も知らないで…。

 

「そう? 馬超さんの眉は可愛いと思うけどなぁ。親しみを感じやすいし形だし。 綺麗で清んだ瞳と相まってもあるけど、意志の強さの表れが出てるって感じがさ。明命もそう思うだろ?」

 

 心の底からそう思うとばかりの表情で隣に聞くアイツは、案の定最初に危惧した通り、周泰に軽く脇腹を抓られながら小さく悲鳴をあげながら『もしかして、またやきも・ぐぉぉぉぉぉぉっ、痛い痛い痛いっ。調子に乗った俺が悪かったですっ。はいぃっ!』と余計な事を更に言いかけて更に悲鳴を上げる事になっていると言うのに、それでも『でも明命も馬超は美人だと思うだろ?』なんて聞いているし。

 ……うぅぅ恥ずかしい。 このまま此処に居たら、頭の中が茹って変な事を言っちまう。とにかく此処を離れようと。

 

「蒲公英、行く・」

「お兄さん良い人だね! うんうん、お姉様の魅力をきちんと分かって、こんなに言葉にしてくれる男の人は初めてだよ。 だいたいはお姉様を怖がって、お姉様の魅力に気がつかなかったり、口に出せなかったりどころか、敬遠する情けない人ばかりだったもん」

「きっと、高嶺の花で近寄り辛いとかと言うのもあるんだろうね」

「そうそう。美人で強くて逞しくて、その上戦場では誰よりも率先して先頭に立っているからと言うのもあるんだけど。同性でも結構遠巻きで憧れはしても、怒らせたら怖いと思い込んで近づいて来てくれないんだよねぇ。実際はちょっとガサツだけど、すっごく優しいのに」

 

 よりにもよって蒲公英は何を考えてか、言わなくても良い事までぺらぺらと、人の在りもしない幻想をアイツに話し始める。しかも…。

 

ごちーーーんっ

「誰がガサツだっ!」

「きゃぃんっ! うぅ、こうやってすぐ強がったりするけど、実は恥ずかしがり屋で照れ屋さんなんだよ」

 

 いつもなら、拳骨を落とせばぶぅぶぅ言いながらも黙るのに、今回に限っては食い下がってくる。そんな思いもしなかった蒲公英の態度にあたしはつい熱くなる。

 

「まだ言うかっ」

「えーーーっ、だって、せっかくお姉様をきちんと色眼鏡無しで、正当に評価してくれる人なんだよ。此処はきちんとお姉様が男の人からどう見えるか聞いておくべきだよ」

「そんなもん御世辞に決まっているだろっ。大体、よりにもよって何で此奴に聞いているんだよっ。 客人だぞ客人」

「御世辞じゃないもん。蒲公英、お姉様と違ってそう言う事には言われなれてるから、御世辞かどうかくらい分かるもん。このお兄さんは間違いなく思ったままの事を口にしているだけだって分かるもん。まぁ蒲公英が可愛いのは本当の事だけどね」

「お前そういう事自分で言うか?普通」

「ふふ〜ん。蒲公英お姉様の従妹なんだから、可愛くて当然じゃん」

 

 あたしに胸ぐらを掴まれようと、胸を張ってそんなくだらない事を自信満に言う蒲公英に、何となく毒気を抜かれ、溜息しか出なくなる。

 

「はぁ…………、もう良い、行くぞ」

「えーっ、でもでもっ」

「でももくそも無い。行くったら行くんだ」

 

 これ以上蒲公英の戯言に付き合ってられなくなり、蒲公英の襟首を掴んで引きずるように歩き始めるあたしにアイツは声を掛けてくる。そんなアイツに、まだくだらない御世辞を言うつもりかと睨みつけてやったと言うのにあいつは構わず言葉を紡いでくる。

 ゆっくりと……。

 自信気に……。

 

「でも馬超さんが良い娘だって事は良く分かるよ」

「はぁ? 話すどころか碌に会ってもいないのにアンタにあたしの何が分かるってんだよ」

「少なくても、その娘が其処まで君を慕えれるぐらいに素敵な娘だって事はね」

 

 逃げ場の無い言葉で……。

 まるで春の日差しのような温かな笑みと声で……。

 まっすぐとあたしの心に入り込んでくる……。

 だって、今の此奴の言葉を否定すると言う事は、蒲公英の心と想いまで否定する事。

 それはあたしが蒲公英を義妹と認めないと言う事と同じ事だ。そんな事は出来るわけないだろ。

 

「ず、ずるいぞ。そんな事を言うなんて」

「そう? でも一番君を理解してくれているだろう娘の言葉と想いは、充分に君と言う人間を表してくれていると俺は思うけど」

 

 それでもそんな言い方は狡い。だと言うのに此奴が言うと不思議と嫌味にならないから不思議だ。……気障だとは思うけどね。それと、自分の彼女の前でそんな事を言うじゃ、本当の意味での女っ誑しには成れないだろうな。……多分だけど。

 とにかくそんな事言われたら、あのまま立ち去るなんて事できない。そんな事をすれば、あたしが蒲公英の想いを軽んじるように思えて嫌だし、……それに、こいつにまったく興味が無いと言えば嘘になる。

 

「はぁ……あんたと話していると、なんか調子が狂うな」

「そう? 俺は馬超さんと話していて楽しいけどな」

「よく言えるなそういう事を。…それと”さん”はいらない。あまり性に合わないんだ。そう言うの」

 

 ならば、自分の場に相手を持ち込もうと相手を此方側へと引き込む。

 外交だのなんだの小難しい事は、あたしには((まだ|・・))無理だ。ならばあたしに出来るやり方でやるしかない。 っていうか、ぶっちゃけあたしは蒲公英みたいに器用じゃないから、国賓だのなんだの相手に相応しい態度でなんて事は無理だからな。 それに愛紗達の話でも、そう言う事は気にしない相手らしいしね。

 

「んーー……、つまり姫君と呼べと?」

「ぶぅぅぅぅっーーーー! な、な、な、なんでそうなるんだよっ!」

 

 だと言うのに此方の気も知らないで、冗談にしてもとんでもない事を言いだして来たため、思わず吹き出してしまう。 しかも、ひ、姫ってっ。いったいどうしたら、そうなるんだよっ!

 

「え? だって、西涼の姫なんだろ?」

「た、たしかにそうかもしれないけど、あ、あたしがそんな柄な訳ないだろうがっ」

 

 そうだよ。姫って言ったら、普通、美人で儚げで可愛いくて、何処か守ってあげたくなる人間の事だろ。月様とか桃香様が姫だと言われるならまだ分かる。 そう言う意味では目の前の周泰の方がよっぽどお姫さんに見える。小っこくて、可愛くて、その上に艶のある綺麗な黒髪と大きな瞳をしているしな。それに比べてあたしなんて肌は陽に焼けてるわ、髪も砂でじゃりじゃりしている事が多いし、身体の彼方此方は鍛錬や喧嘩や戦で年中何処かは痣か怪我をしているし、オマケに大女で年中槍を振り回している人間なんだぞ? 自分で言うのもなんだけど、そんなじゃじゃ馬娘の何処をどう突いたら姫なんて言葉が出てくるんだよ。

 あまりの出来事にぶすっとしるあたしなんてお構いなしに……。

 

「けっこう((姫姉様|ひめねえさま))とか言って慕われていそうだけどなぁ。それに外見を気にしているようだけど、十分に馬超は綺麗だよ。着飾って街を歩けば、まず間違いなく誰もが振り向くくらいにね」

 

 心の底からそうだと言わんばかりに、自信満々に笑顔を浮かべてバカな事を言ってきやがる。 しかもなんだよその反則みたいないい笑顔はっ! 思わず納得しかけちまうだろう。

 って、いけない。ただでさえ顔が熱くなってりかけていると言うのに、そんな事を言われたらきっと今のあたしは顔を真っ赤にしているに決まっている。 だから全力で誤魔化す。 とにかく怒鳴ってこの場を濁してやる。もうこの際客人だのなんだの関係ない。

 

「い、い、い、いいいかげ・」

「やっぱりお兄さんもそう思うっ!?

 蒲公英ね。お姉様は磨けば光ると思うのに、いっつもいっつもそう言う話には『馬鹿な事を言うな』と言って取り合ってくれないんだよ。お姉様に似合うと思って買って来た服も、『こんなのあたしに似合う訳ないだろ』とか言って袖も通さずに突っ返してくるし」

 

 大きく息を吸って怒鳴りかけたあたしの言葉を遮るように、またもや蒲公英が人が怒鳴るのを遮るかのようにアイツの手を握りながらそんな事を厚く語り出し始めやがる。しかもそれに乗るように……。

 

「ああ、分かる分かる。 ウチにもいるんだ。 着飾れとまでは言わないけど笑みの一つも浮かべれば似合うのに、年がら年中ムッツリして事あるごとに俺に剣を突きつけてくる人間が。……戦や政も大切だけど、そればかりと言うのもどうかと思うんだよね」

「孫呉にもそう言う人がいるんだぁ。でもそんなの勿体無いよね。せっかく似合う服があるなら着た方が絶対楽しいと思うのに。 あっ、もしかして剣を突きつけてくるのって」

「違う違う。明命とは別の仲間だよ」

「ふーん、じゃあそっちの娘は恋人さんみたいだけど、着飾ってくれるの?」

「仕事以外では色々と♪」

「えー、なになに? なんか大人の匂いがするんだけど。 蒲公英、其処の所が知りたいなぁ♪」

「ふふふっ、さすがにそれは内緒♪ でもどれもこれも皆に見せて回りたいくらい可愛かったなぁ」

 

 人の怒りなんて欠片も気にせずに蒲公英を相手にあたし達のついて行けない話に没頭し出す。

 装飾がどうなどと蒲公英も大概だが、此奴も結局は可愛い彼女の自慢か? どんな服だったの、ああ言う所が可愛かっただの惚気だされて、当の本人である周泰は後ろで羞恥心で顔を真っ赤にしておろおろし出しているし。 蒲公英は蒲公英で男がどう言う風に思っているのかも興味があるのか、一々相槌を打ちながら更に根掘り葉掘り聞きだそうとしていたり、……挙句の果てに。

 

「そう言えばお兄さん天の御遣いなんだよね。 天にはお姉様に似合いそうな服は在ったかな?」

「ああ、馬超に似合いそうな服は沢山あるぞ。可愛いのから格好良いのまで色々とな」

「どんなのどんなの? もしかしてさっき言ってた猫耳とか言う奴? それとも巫女服だっけ?」

「いやいや、それもそうだけど。そう言うのじゃなくても普通に可愛いのもあるって。あ、なんだったら今度絵に起こしてあげようか? 簡単にだけど」

「してしてぇ〜♪」

 

 どんどんと勝手に話を持っていく二人に呆然としてしまう。

 此処まで行くと、もう冷静さが戻って来たと言うか。自分を他人のように見えてきたと言うか。 なんにせよとりあえず幾つか分かった事がある。

 此奴の言葉には嘘は無い。【姫君】だのなんだのあたしに対する歯の浮くような恥ずかしい言葉も、蒲公英や周泰に対する言葉の中にも嘘や嫌な感じを少しも感じられない。

 そしてさっきから人を【馬超】とさん付けせず呼んでいることから、あたしが言った意味を分かっていて、それでもあえて【姫姉様】なんて言い出した挙句にこんな話に持って行ったのは、こんな真っ昼間の庭先で個人としてならともかく【蜀の将】と【呉の天の御遣い】として逢うべきではないと言う意味なんだと思う。

 現に先程の焔耶だってその辺りを気にして…、と言うより桔梗の方が気を使って一緒に会っていたんだと思う。

 そいでもって……。

 

「いいかげんにしろ蒲公英っ!」

ごちんっ!

「んきゅっ」

「一刀さんもいい加減にしてください。あぐぅっーーー!」

「ぐぉぉーーーーっ痛い痛いっ。噛むのは勘弁っ。分かった分かったから噛むのは勘弁してっ」

 

 要するにそう言う真面目な話にならない様に、蒲公英を使ってあたしをおちょくっているのだと。

 周泰の方も色々と暴露されて羞恥心で一杯なのか、顔を真っ赤にしてアイツの手を思いっきり噛みつきだす。 その光景に、ざまあみろと思いながらも、よくよく見ればおもいっきり噛んでいたのは最初だけで、あとは猫や犬のように甘咬みをしているだけに過ぎない。結局なんやかんやと怒りながらも、相手が自分の事をどう想ってくれているか知れて嬉しいと言うところなのかな? ………まったく、頼むから人の目の前でいちゃつくのは止めてくれ。そう言う事は他所でやれ他所で。

 ……まぁいいや、人の恋路に口を出さないと言うか見て見ぬ振りするのが礼儀とか言う以前に、厄介事に巻き込まれないための処世術だ。だからそんな事よりも……。

 

「だいたい蒲公英は此奴の事嫌っていたんじゃないのかよ」

「この人と言うより、やった事を怒っていたんだもん。 でもその事はさっきお姉様に気にしないと約束したから、こうして普通に話しているんじゃない」

「はぁ……何でそこまで器用な奴が、焔耶とは事あるごとに揉めるんだよ」

「蒲公英は大抵の人とは上手くやる自信あるよ。 あの脳筋は別格だもんっ」

 

 腰に手を当てて自信満々で自慢にならない事を言う蒲公英に、重い溜息を肩で吐きながら横目でアイツの様子を窺うと、蒲公英の話が聞こえていたにも拘らず、苦笑を浮かべるも((あの事|・・・))に関して謝罪する気も何かを言う気も無い様子に、あたしはやっぱりなと確信する。

 此奴は最初からそう思われるのを覚悟していたんだと。恨まれようが良く思われなかろうが、自分の信じるままに自分の信念を貫いたんだと。……【天の御使い】だの【天の知識】だの関係ない。 此奴は只人の皮を被ってはいるけど一端の将なんだと。

 周りの者達を惹きつけ。味方はもちろんの事。相手にも…いや敵だろうと、損得関係なしに己が信念を貫くその姿は母様と同じ匂いを感じる。

 だから此奴は((あの事|・・・))について説明はしても謝罪はしない。いいや、そんな事をしちゃいけないんだ。 そして……そんな事もさせちゃいけないんだ。

 過程や思惑はどうあれ、((あの事|・・・))はあたし達を助けてくれたと言えるんだから。………と、頭では分かっているんだよな。 はぁ………やっぱり、こう言うのは性に合わないや。

 

「あたしとしてはあんた等が敵じゃないと言う事は分かっている。利害があって((今のところは|・・・・・・))あたし達を助けてくれていると言う事はな。 だからあんたの事を誤解無く知りたい。 あんたならあたしの言っている意味、判っているんだろ?」

 

 気を使ってくれるのはありがたいさ。

 でも、それじゃあ、あたしは納得できないんだ。

 今回の同盟。桃香様はともかく月様は孫呉だからでは無く、此奴だからと感じられるし。愛紗達にしろ此奴に対してかなり気を使っているのが分かる。

 だけど本当にそれだけの人物なのかと……。

 幾ら孫呉とあたし等に力の差が在ろうとも、共に歩ける相手なのかと……。

 

「悪いけど手合せは出来ない。それは馬超だって分かっているはずだろ」

「ああ、分かっているよ。 無理を言ったな。悪かった」

 

 乗ってくれるとは思っていなかった。

 それでも一縷の望みは持っていた。

 矛を合わせて、此奴を理解したかった。

 近い将来、この国が立ち向かう未来に……。

 一族や仲間達だけじゃない、この国の民の未来を守るために……。

 孫呉側に付くしかないとはいえ、本当にそれでよいのかと、少しでも迷いを振り払いたかっただなんて子供じみた想い……これじゃあ蒲公英にどうこう言えないよな。

 ……けど大切な事なんだ。 仲間を死地に送り出すと言う事はそう言う事なんだ。

 でも、此奴の言葉にも仕方ない事だって理解できる。

 

「だから今から魅せる一振り、それで判断してくれ」

「え?」

 

 今度こそ、この場所にはもう用はないとばかりに歩き出そうとしたあたしを、アイツの言葉が引きとめる。

 矛を合わせるのでもなく。

 酒と言葉を交わしてゆくのでもなく。

 

 たった一振り。

 

 それで俺を見極めてみせろだなんて無茶を言いやがった。

 ………まるで母様のように。

 

「面白い、見極めさせてもらおうか」

 

 だから、自然とそんな言葉が口から出る。

 眼に……、手に……、そして心に力が入ると同時に笑みが浮かび上がってしまう。

 そんなあたしに、触発されたのか蒲公英も先程までのお茶らけた雰囲気など欠片もなく、真剣そのものの表情でアイツを見つめる。

 武人として試されたんだ。例え母様並みに無茶な要求とは言え当たり前だ。

 あいつはそんなあたし達を余所に、周泰から背中の剣を借り受け、庭の隅の花壇の方へと剣の重心を確かめるかのようにゆっくりと歩いて行く。

 そして剣を鞘から抜く事なくそのまま花壇に向かって静かに佇む。

 カサカサとゆったりとした風が咲き乱れる草花を軽く揺らす中、先程まで重そうにしていた事など嘘かのように、構える事などせずに其処にアイツは佇み続ける。

 まるでその手に持つ剣が、人を殺し、人を守るための物だと言う事を忘れるかのように、優しい笑みを浮かべたまま。

 まるで花を愛でるかのように……。

 其処にいるのが当たり前のように……。

 

きんっ

 

 風と草花の立てる音に隠れるかのように、小さな音が剣から奏でられる。

 まるでその音すら風が立てた音かのように、自然と鳴り響いてきた。

 ………う、嘘だ……ろ……?

 たった今、目の前で起きた事にあたしは呆然とし言葉を失う。

 その中でアイツは地面から拾い上げた((一輪|・・))をあたしの髪に挿し、『しょせんは大道芸でしかないけどね』と言い残して今度はアイツ等の方から、この場から立ち去って行く。

 余人を交えず真昼間から、これ以上話すのは危険だと。要らぬ疑念を周りに持たせてしまうと。

 

「何あれ? もったいぶったくせに全然たいした事ないじゃん」

 

 あいつ等の姿が建物の角曲がった事で見えなくなったのを確認したかのような、蒲公英のそんな感想があたしを現実へと引き戻す。

 

「馬鹿っ! そう思うんだったらお前やってみろっ!」

「え?でも、本当に大した事なかったじゃん。 特別速い訳でもないし、岩や地面を斬ったわけでもないし」

「いいから、やってみろっ!」

 

 あたしの剣幕に、蒲公英はゴタゴタ言うのを止めて困惑顔であたしの言うとおり花壇へと向かう。

 あいつのように剣では無く槍だけど、アレと同じ事が出来るならば、そんなのは問題にならない。

 訳が分からないと言った表情のまま、槍を下段に構えてみせる。 慣れ親しんだ。そして蒲公英が一番動きやすいと思ういつもの構え。

 

「………へ?」

 

 だけどそこで初めて蒲公英は気がつく。あいつはあの草花の溢れる花壇の中央から、たった((一輪だけ|・・・・))を切り払った事実に。 そしてどうやったらそんな真似が出来るのかを……。

 やった事実だけを見れば、確かに大道芸と言えるかもしれない。だけどそれを行うにはもの信じられないくらい高い技術を要求される。 切りたい時に斬れ、切りたくない時には斬れない。そんな柔剣が必要なんだ。 母様から教わってはいても剛剣しか((まだ|・・))できないあたしには無理な技。

 

「うーー……、だったら突けば」

「馬鹿っ! とんち比べをしているんじゃないだっ!」

「そんなにポンポン怒鳴らくてもいいじゃん」

「もういい、行くぞ」

「お姉様、そっちは来た方だけど?」

「いいんだよこっちで。行くのは鍛錬場なんだから」

 

 だけどそんなものは、アイツが言っていたように所詮は大道芸でしかない。 蒲公英が未だに気がついていない事に比べたらだけどな。

 確かに蒲公英が言っていたように、速さも込められた力も、それだけで見たらたいした事は無い。 周泰の使っている剣の重さを考慮しても、一般兵よりましと言った程度だろう。

 だけど、アイツは何時剣を振るった?

 振るうとは分かっていた。

 どう振るうかも読めていた。

 目を離していた訳でも気を抜いていた訳でもない。

 瞬きした瞬間と言う訳でもない。

 なのに、それでもいつ剣を抜いたか分からなかった。

 

「えー、今日はもうお仕事終わりじゃん。鍛錬場行ってももう誰もいないよ。きっと」

「だからだよ。馬鹿な事ばかり言う蒲公英を鍛え直すんだよ。本気でな」

「ま、待って待って、なんでそうなるのっ? だいたいお姉様に本気でやられたら蒲公英死んじゃうよ。 さっきの事は謝るから」

「駄目だ、今日は徹底的に鍛え直す」

 

 それでも分かった事があった。理解できた事があった。

 振るわれた剣筋は鋭くも清廉で……。

 剣を振るった姿はまるで魅せるかのように綺麗で……。

 切り取られた花の茎の断面は、そのまま元に戻せそうなほど滑らかで……。

 我儘とも取れるあたしの想いに応えるかのように、アイツは見せてくれた。

 

「どうせ晩の鍛錬が無くなるわけじゃないんでしょ?

 今からずっとじゃ蒲公英へばっちゃうよぉ。お姉様、せめて片方は無しって事には…」

「なるわけないだろ。 あたしは蒲公英を死なせたくないからするんだ」

「ぁ……」

 

 強引な所もあったかもしれない。

 だけどそれはアイツの立場からしたら仕方ない事。

 アイツはあたし達を巻き込むために来たんじゃない。

 あたし達に力を借りに来たんだと…。

 共に生き残るために来たんだと…。

 代価として多くの((物|ちしき))をおいて…。

 そう信じる事が出来る一振り。

 戦後すぐの微妙な時期である今、騒ぎを起こす訳にはいかない中で見せる事の出来る精一杯の一振りなんだと…。

 

「あっそう言えばお姉様」

「なんだ?」

「その花、似合っているよ」

「ば、ばかっ!」

 

 蒲公英の無邪気な笑みと言葉に顔が熱くなるのが分かる。

 反射的にアイツに挿されたままの一輪の花を髪から引き抜こうとしたところで手が止まる。

 アイツがどういうつもりで人の髪にこんな物を挿していったかは知らないけど、この花はアイツが見せてくれた想いの片割れ。……なら、武人としても無暗に扱う訳にはいかない。

 だと言うのに蒲公英ときたら。 今度似たような髪飾りを探してこようとか、可愛いのも十分似合うだの勝手な事ばかり言ってくる。

 

「う、うるさい。勘違いするなよ。そう言うつもりで取るのを止めたんじゃないからな」

「うんうん、分かってる分かってる♪」

 

 ……偶には悪くないか。

 自然とそう思えたあたしの鼻孔に、花の香りが擽るように漂ってくる。

 優しく、爽やかな甘い香りが心の中で風と共に吹き込んできた気がした……。

 

 

 

-4ページ-

桃香(劉備)視点:

 

「ふぅ、終わった〜………」

 

 本当は終わってはいないものの、とりあえず一段落ついた事で心の中に溜まった緊張を吐き出す。

 横を見れば、まだまだ目を通さなければいけない書簡や竹簡の山が高く積み上がってはいるものの、確実に減っている事に安堵の息を吐きながら、今、終ったばかりの竹簡を確認のためにもう一度目を通しながら巻いて行くと、最後に在るのは私が先程押したばかりの王印。そしてその横には以前には無かったもう一つの王印が押されており、それは月ちゃんの物。

 やっぱり私より長く領主として、そして漢王朝の相国としていただけあって、色々気がつくなぁと感心される。 今閉じた竹簡にしたって、互いに訂正したり改善した方が良いと思う所が所狭しと書かれている。

 私一人では見逃していたであろう事も沢山そこにはある。 多分それは月ちゃんも同じだと思う。時間と手間は掛かるかもしれないけど、私達のお仕事は失敗では許されない事だから、きっとこれで良いんだと思う。

 

くぅ〜……

「うっ……」

 

 緊張の緩みと共に勝手に鳴ってしまうお腹につい恥ずかしくなる。

 きっと月ちゃんなら、こんなはしたない音をさせないんだろうなぁと思いつつも、お腹が空いてしまったものは仕方がない。お昼には少し早いけど、御台所に行けば何か摘まむ物ぐらいはあるかな?

 本当は自分で何か作れればいいんだけど、生憎とお母さんに最初頃はともかく、そのうち『食材を無駄にしたくないから桃香は触らないでちょうだい』なんて言われて、碌にお手伝いもさせてもらえなくなったんだよね。 おかげでその分((蓆|むしろ))を編む事ばかり上手くなっちゃったよね。しかも村で一番になる程に…。

 月ちゃんはその辺りは何でもそつなく熟熟しちゃうんだよね。それが羨ましくないと言ったら嘘になるけど、人を羨むより、その分民のために頑張らなければと思ったりもする。 何にしろ自分の出来る事を精一杯するしかない。 とりあえず、今は小腹を満たす事をかな。えへへ♪

 厨士さんはいるかなぁ?何か作り置きはないかなぁ?と鼻歌交じりに回廊を抜けて御台所に顔を出すと。

 

ちゅるる。

ずずずっ。

ちゅるん。

すーーー。

 

「おっ桃香か。台所を使わせてもらってるよ」

 

 先客と言うか北郷さん達が何やら啜っていました。

 顔ぶれとしては他に周泰さんとその副官。そして北郷さんの所の小隊長さん達。

 どうやら今後の打ち合わせを兼ねた昼食らしいんだけど。問題は……。

 

「え〜と、もしかして食べてるのって」

「ああ、蕎麦だけど。まだ残ってるから桃香も食べる?」

「食べます食べます。てっ、そうじゃなくてっ、何で御蕎麦なんて食べてるんですかっ。北郷さん達なら厨房の者に言ってくれれば小麦粉所か調理したものを何だって用意させます」

 

 つい反射的にお腹の欲求に思うままに返事をしてしまったものの。お客さん、本来ならば国賓として扱わなければいけない北郷さん達に、よりにもよって御蕎麦なんて食べさせていただなんて余所に漏れたら、新しい王達は客の持て成し方も知らないと噂されてしまう。

 慌てて厨士さんや侍女達にそれなりのものを用意させようとした所を北郷さんに止められてしまう。

 

「俺が無理を言ったんだよ。蕎麦を挽いているのを見て、久しぶりに俺の国の蕎麦を食べたくなってね」

「え? 北郷さんの国って言うと、天の世界でも御蕎麦なんて食べていたんですか?」

「まあね。この世界と言うかこの辺りでは、蕎麦は小麦や米の代替品扱いされているけど。天の国、少なくても俺の居た所では食料が豊富だったから、上とか下とかではなく純粋に味を楽しんでいるだ。 それとも桃香は蕎麦は嫌いだった?」

「ううん。好きとか嫌いとかじゃなくて、そう言う物しか子供の頃は食べれなかったから。でも粟や稗よりは好きだったよ」

 

 そう言って、北郷さんは私の前に御蕎麦を出してくれる。

 米や小麦を食べれない人達が食べる物としているそれを、天の世界では普通に食べられている食材の一つだと。 御出汁に入った物と、ただ笊に盛って軽く塩を振っただけの、あまりにも簡素な食べもの。

 天の世界の食べ物と言うと、もう少し煌びやかな印象があったけど、案外こう言うものなのかなぁ? そう思いながらも口に運んだそれは……。

 

「お、美味しい……。

 え? なんで? 普通の御蕎麦に見えるのに。ぼそぼそと切れない所か歯触りが凄く良い。それに柔らかいのに腰が在って、本当にこれ御蕎麦なんですか?」

「まぁ、そうなるように研鑽された調理方法だからね」

 

 北郷さんが言うには、幾つも小さな穴の開いた筒から御蕎麦を押し出したのではなく、手間暇をかけて包丁で切ってゆくやり方。歯触りが良いのはそのためで、他にも練り方や茹で方一つをとっても私の知っている調理方法とは違っていた。

 そう言った小さな工夫の積み重ねの先にあるのが天の技術であり、いずれ私達が辿り着くかもしれない未来の一つだと。 先日私達に教えてくれた中に在った井戸を深く掘る技術も、そんな中の一つでしかないのだと。

 

「桃香達には意外かも知れないけど、蕎麦は栄養的にも優れていて、健康にはもちろん美容にも良いんだ。

 他にも米や小麦に比べて脂肪にもなりにくいとか在るけど、やっぱり俺としては故郷の味の一つと言う所が大きいかな」

「えっ? つまり食べても太りにくい食べものなんですか?」

 

 ついそう聞き直してしまう私に、北郷さんは、あっやっぱり喰いつくのは其処なんだと小さく笑みを受べながら、たがらと言って間食とか全体の食べる量が多かったら意味ないけどねと。厨房に来た本来の目的に釘を刺されてしまう。

でもいいもーん。良い事を聞けちゃったし全然問題ない。美容に良くて、栄養的にも小麦とかと変わらない上、更に太りにくいと言うなら、私的には全然問題ない。それに質素倹約にも繋がるし。

 

「これ以上胸が大きくなっても困るし、私もこれから時々御蕎麦を食べようかな」

 

 愛紗ちゃんもそうだけど、胸が大きいのは恵まれているとか周りは言うけど、大きいなら大きいで苦労があるんだよね。 肩こりもそうだけど、重心が前に行くからどうしても不安定になるし、転ぶとまずで胸から地面に打つから本気で苦しいし。剣や槍のお稽古だって一動作事にいちいち邪魔になるし。事務処理仕事の途中で肩の力を抜くために背伸びをして、そのまま気合いを入れて机に向かおうとしたら机との間に胸が挟まって痛い思いをした挙句に痣になっちゃたり。 汗が溜まって汗疹になって痒くなったりと結構大変なんだよね。そういった生活面以外にも、可愛い下着が少なかったり、着れる服そのものが限られてきちゃったり。重くて擦れるからどうしても服が傷みやすかったりと色々とお財布にも厳しいんだよ。

 そんな私の苦労話に何人かの女の娘達が分かる分かると頷いてくれる。 ……頷いててくれるんだけど。…そのなんというか、ごく一部の女性。………誰とは言いたくないけど何と言うか周泰さん辺りの目付きがその……。うん、此処は気がつかなかった事にしよう。突っついてはいけない事の気がするし。

 あっ、北郷さんを始めとするこの場にいる何人かの男の人達が、目をあさっての方向に向けて気まずそうにしている。

 

「……あはははっ。 男の人がいる前でする話じゃなかったね」

「え〜と、とりあえず。胸の大きさと蕎麦は関係ないよ。とだけ」

 

 少しだけ顔を赤くしながら北郷さんが私の勘違いを訂正しながら話題を変えてくる。

 そんな事を恥ずかしそうに、此方の胸元に目が行かないようにと横を向きながら言う北郷さんを、何となく可愛いと思ってしまう。洛陽の街での時もそうだったけど、隙が無いようで結構隙があって、ついふとした事で見せるああいう表情や仕草が可愛いと思えてしまう。何と言うかからかいたくなると言うか。そう言う所を他の人から守ってあげたくなると言うか。そんな感じの可愛さ。

 愛紗ちゃん達は、北郷さんはあれだけの武の腕を持ちながら、本気で素人で隙だらけに見えるから、性質の悪い冗談にしか見えないと言っていたけど、こういう隙とは言っている意味が違うんだよね。……多分。

 

「うん、今、急いでやってもらってはいるけど。 やっぱり正確さも必要だから、あと五日程は掛かると思うの」

 

 北郷さんが言っているのは、この益州における詳細な地図や特産品や収穫量やそこから得る税を記した書物の写し。分かりやすく言えば私達の国のお財布状況と軍事拠点が一目瞭然になってしまうもの。だからこの写しを孫呉に渡すのは、国を売り渡す事に等しき愚行だと猛反対する人達もいたけど。私も月ちゃんも構わないと思っている。

 そして、その事は朱里ちゃん達も同じ考えだった。だって、北郷さん達が持って行くのは所詮は過去の物でしかない。徐州の頃もそうだったけど、皆がいて、更に加わった頼りのあるお友達があんなに居て大きく変わらない訳がないもん。なにより北郷さんが教えてくれた幾つかの天の世界の技術が、更に過去の物から大きく変えてしまう。

 詠ちゃんも言っていた。北郷さんも参考程度にしかならないと分かっていて要求しているはずだと。孫呉のお古方達を黙らせるための材料でしかないと。此れくらいの御土産はどうしても必要なのだと。

 北郷さんが((本当の意味|・・・・・))で私達にしてくれた事を思えば、とてもとても小さな御土産。

 

「じゃあその間の事だけど、手隙の時で良いから………」

「えええーーーーっ! ほ、本気ですかっ? じょ冗談ですよね? ね? 冗談と言ってくださいよ」

 

 北郷さんの言葉に声をあげたのは私では無く、北郷さんの副官の朱然さん。

 彼女は額から冷や汗を流しながら、北郷さんに懇願しているんだけど、北郷さん自身はその事に不思議そうにしながら。

 

「え? でも朱然達にとっても良い機会だと思うよ。

 あれだけの将達に鍛えてもらえる機会なんて。今回を逃したら、まずないと思うし。

 それに丁奉達も敵わないのは承知で手合わせしたいと言ってたし」

「あ、あの筋肉馬鹿ども、………なんて余計な事をっ。と言うか、隊長も私達をあんなのと一緒に考えないでください」

 

 朱然さんは、何故か北郷さんに愛紗さんだけは勘弁してほしいような事を言っているけど。北郷さんには凄くお世話になったわけだし。 この微妙な時期に将同士が、と言うなら引き受ける訳にはいかないけど。一般兵への鍛錬程度なら、そうは問題にはならないだろうし。

 

「北郷さんの隊の人達を鍛えるという申し出は受けさせてもらうね。愛紗ちゃん達に聞いてみないと分からないけど、朱里ちゃんと雛里ちゃんの件でお世話になっているし、多分引き受けてくれると思う」

「ひぃぃっ、死ぬ、今度こそ殺されるぅ」

「え〜と、朱然? 愛紗…と言うか関羽と何が在ったの?」

「い、いやぁ……その。隊長、頼みますから聞かないでください……」

 

 半ば本気で涙汲んでいる朱然さんに、何かを察した周泰さんが逃げないように、くすくすと笑みを浮かべながらと釘を刺してたけど。多分……あの事だよね? 何となく私も事情を察しながら、同じく事情を察した他の人達と一緒に苦笑を浮かべてしまう。

 その中で私だけが違う笑みを浮かべてしまう。だって知っているから。

 愛紗さんも星ちゃんも、きちんと北郷さんの隊の人達を鍛えてくれると信じられる。だって、みんな本当は分かっているはずだもん。今はこんな事でしか、借りでなくざるえなかった借りを返す事が出来ない事を。

 

 

 

 と、色々あったけど、良い感じだったかなぁと思いながら、お昼前にさっそく愛紗ちゃん達を集めて話たんだけど……。

 

「つまり、桃香様は客人である北郷殿に、お昼前と言うにも拘らずに飯を馳走になってきたと?

 しかも、蕎麦を使った焼き菓子まで土産に頂いて………はぁ〜……」

「えっ、えっえっ、あの、愛紗ちゃん。今はそのことじゃなくて」

 

 何故か帰って来たのは鍛錬の事では無く、何かないかなと言う軽い気持ちで台所に摘まみに行った事。しかも愛紗ちゃんだけでは無く、星ちゃんや鈴々ちゃんも……。

 

「本来は蕎麦などは下げさせて、きちんとした料理を此方で用意すべきでしょうが、そう言う事情ならば百歩譲ってよしとしても、ただ単に馳走になってくるだけとは……せめておかずとして極上のメンマ辺りを持ってこさせるとか出来たでしょうに……。桃香様、暫し弛んでおられませんかな? そのお腹のように」

「桃香おねえちゃんだけ狡いのだ」

「ゆ、弛んでないもん。 ……少なくても見て分かる程はないもん」

 

 うん、弛んでない弛んでない。まだ指で((少しだけ|・・・・))摘まめるだけだよね。

 ついお腹を腕で隠しながら、反論とは言えない反論を一応主張してみたんだけど。……うぅぅ、説得力無いよねぇ……。そりゃあ、愛紗ちゃん達は毎日鍛えているから、そんな心配はないだろうし。紫苑さん達や翠ちゃん達も同じだし。華雄さんに至ってはお腹が割れてるし……。

 

「あっ、そうだ。月ちゃんや朱里ちゃん達なら分かってくれるよね?」

「あ、あの私は、…その昔から脂肪が付き難くいみたいで……そのせいか必要な所も付かないので……へぅ〜………」

「はわわわっ、わっ、私は別にその、ねぇ雛里ちゃん」

「あわわわっ、べ、私達は、別に言われるほど付いてないです…たぶん」

 

 うぅ、別に自分達の事じゃなくて、星ちゃんの言葉を否定してほしかったんだけど。私のお腹って、そんなに直視したくない程ってこと? せめて最後の希望として詠ちゃんに視線を向けると。 詠ちゃんの瞳は優しく私を迎えてくれる。分かってるわよ桃香。と、頼もしく私に頷いて見せ。

 

「はいはい、桃香のお腹が例え樽だろうが、指で突いたらめり込んでいこうが、この際どうでも良い事よ」

「違うもん違うもんっ。そんな事ないもん。見てよこのお腹、そんな事は絶対にないもん」

「見せなくてもいいわよ。はしたないっ」

「うっ……」

「あっ、ちなみにボクはきちんと節制しているから、そんな心配ないわよ。 と言うか、忙しくてブヨブヨと太る暇なんてないわ」

「ぐうっ」

「とまぁ、一人だけ美味しいものを食べてきた桃香をからかうのは此れくらいにしておいて。

 どうする? 別に引き受けても引き受けなくても自由みたいだけど」

 

 涙ぐんで反論する私を放っておいて、詠ちゃんは武将の皆に言葉を投げかける。

 挑発染みた笑みで武人としての心を擽る。

 恩義を感じるならそれを少しでも返す機会だと。

 孫呉を面白くないと思うなら、力を見せつける機会だと。

 選ぶのはアンタらよと。

 

「ふん、例え相手がどうあれ、鍛錬を望まれたならばそれに応えてみせるのが将たる者の務め。董卓様が其れを望まないと言うならともかく、そうでない限りは全力で当たるのが私だ」

「鈴々も別にかまわないのだ」

「ふっふっふっふっ、蒲公英達の力を見せつけてやるんだから。あっ、大怪我はさせない様にだけは気を付けるから心配しないでね」

「【達】を付けるな【達】をっ、あたしはそう言うつもりじゃなく、純粋に鍛錬を付けてやってもいいと思っているんだからな」

「そうねぇ。孫呉には弓の達人である黄蓋と言う人がいるから、どう言う風に手解きを受けているか興味が無いと言ったら嘘になるわねぇ。あっでも桔梗は駄目よ。今は怪我を直す事の方を優先すべきだわ」

「何を言う、この程度の怪我など・ぐわっ………くっうっ……」

「あらららっ、ちょっと腕が((偶然|・・))に左脇腹にあたっだだけじゃない。大げさねぇ。 で? なにがこの程度なのかしら?」

「にこやかな顔で手段を選ばないなぁ。あっ、私じゃ普通の鍛錬しかできなけど、それでもいいのなら私は構わないぞ」

「と言っていますが、皆もそれぞれの職務がある以上、そうそう時間は取れません。

 雛里よ。出来る程度で構わないから交代で誰かが朝と夕に時間が取れるよう調整を頼む。むろん私もその中に入れてもらって構わぬ。焔耶も構わぬな?」

「当たり前だっ。ここで私だけが嫌だなんて言ったら、それこそ私が駄々を捏ねている餓鬼みたいではないかっ。そもそも桃香様と月様がそう望まれているのなら私に否は無いっ」

 

 華雄さんを初めに、皆が……。そして愛紗ちゃんに背中を押されるように焔耶ちゃんも頷いてくれる。何も言わなかった星ちゃんも…。

 

「ふふふっ、これ程の豪傑達に鍛錬してもらえるなど、例え一国の王とてそうそう叶わぬ事。しかも相手は互いに気兼ねをしなくても良い相手となれば、誰の教え方が一番((為|ため))になったかを競うのもまた一興」

 

 とか言って、しっかりと皆のやる気の先をこっそりと修正してくれる。

 本当はみんなには、やるべきお仕事が沢山あるのは知っている。それでもみんなそう言ってくれるのは、恩を返すとか言う前に、人としての想いとしてだと思う。

 だって北郷さんの部隊を鍛えたくらいでは何も返せない。恩を返す事にすらならないって、ただ善意でもって北郷さんの御厚意に応える事にしかならないと理解しているから。 

 それくらい私達や民は、孫呉とは別に北郷さん自身に恩を受けたんだもん。その程度の御願いは聞いやりたいと思っているからだと思う。

 

 

 

-5ページ-

明命視点:

 

「ん〜♪」

 

 水気を落とした洗い髪に左手で指と櫛を通しながら、右手に持った剃刀を優しく動かして行きます。

 じょりじょりと、髪が切断されて行く音が指を通して心地よく伝わってくる感触を鼻歌に乗せながら。

 

「うっ、そんなに前髪を短くしなくても」

「駄目です。 こんなに前髪が伸びてたら前が見難くなってしまいます」

「別にこれくらい問題ないけど……はぁ、翡翠にもそう言って切られるけど、そんなに似合わないか?」

「こっちの方が良いです」

 

 嘘ではありません。 一刀さんにこう言う事で嘘は言えません。 ((私達|・・))にとって此方の方が都合が良いんです。 だって長い前髪は一刀さんに似合い過ぎるから問題なんです。

 こう前髪の隙間から覗く一刀さんの優しい瞳が、一刀さんの温かな微笑みと相まって色気が漂ってくるから色々と危険です。

 

「校則であまり長くできなかったから、伸ばしてみたいだけなんだけど」

 

 だから色気が出過ぎない程度に定期的に切るんです。

 むろん髪を伸ばしてみたいと言う一刀さんは、今回も抵抗しました。

 でもその為に、色々怒りたいのを忠告だけで我慢したんです。

 

「私としては爽やかな髪型の一刀さんが好きです」

「俺は二人がどんな髪型でも気にしないけど」

「それはどうでもいいと言う事ですか?」

「違う違う」

「動くと危ないですよ〜♪」

「うっ、狡い……」

 

 大人しくする一刀さんの様子に、クスリと心の中で笑みを浮かべながら伸びた髪の端を揃えて行きます。

 櫛を通す度に…、指を通す度に…、一刀さんの香りが私を包みます。

 私と一刀さんだけの、誰にも邪魔されない時間。

 

「明日は街に降りるんですから身綺麗にしておいた方がいいです」

「まあ、そうなんだけどね」

 

 口実はそんなものです。

 戦後の騒ぎがまだ収まっていないものの、此処を発つ前に一刀さんがぜひしておきたいと言ったのは、民情視察。

 いつもならこういう時に一刀さんの傍にいる朱然達は、合同訓練と言う名目で濃密な鍛錬を受けているため不在。一応護衛のために何人か腕の立つ人間を遠くに陰ながら配置して置くものの、実質は二人だけの視察。

 見知らぬ異国の街で愛し合う二人が街を行き交う。 そんないつか読んだ本の一場面が脳裏に浮かびます。

 むろん見るべきものは見ますが、今回の民情視察はどちらかと言うと一刀さんの後学のため。

 そして……。

 

『色々無理を聞いてもらったと言うのもあるけど。

 明命と遊びに行きたいと言うのが本音。駄目かな?』

 

 と言う一刀さんの言葉です。

 まっすぐと…。

 そうするのが当然と言う顔で…。

 私と一緒に二人で行きたいと……。

 はにゃ〜……。

 い、いけません。思い出したら顔がニヤケてしまいます。

 そんなみっともない顔を一刀さんの前でする訳にもいけないので、慌てて気をひきしめますが、それでも此れだけは言わせてください。

 

「明日は楽しみです」

「ああ、俺も楽しみだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

-6ページ-

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百参拾肆話 〜 野に咲く華は髪と共に揺れ、優しき香りを舞わす 〜 を此処にお送りしました。

 

 相変わらず鈍感でデリカシーの無い所がある一刀君ですが、其処は二人の調教…もとい教育が実って来たのか少しずつ改善されつつあるようですが、まだまだ道が長そうですよね。 頑張れ明命ちゃん。

 さて今回の話で一刀が前回打った策の理由が明かされたと思いますが如何でしたでしょうか?

 次回は明命と一刀のデートの話になりますが………ふふふふっ、きっと私は馬に蹴られる事になるんでしょうね(w

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

説明
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 尊い犠牲。何かを成すために死んで逝った者をそう呼ぶ事がある。
 では、尊い犠牲だと信じていた物が意味の無い死だと疑った時、それを成させた人間はその怒りを何処にぶつければ良いのだろうか……。

拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。
※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。
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コメント
qisheng様、 貧乳党総帥に言うよりはマシかと(w  あと萌将伝の身体測定の話を見る限り、多分思春も不味いでしょうね(汗 孫呉は思春の上の方々が皆……ねぇ(羨望(うたまる)
Alice.Magic様、 将としてそれはある程度仕方ないと思いますよ。  でも納得しないといけないとも思っているはずです。  世の中は不条理の塊ですからね(うたまる)
アルヤ様、まぁ其処は一刀ですから(w 明命や翡翠には気の毒ですけどね(w(うたまる)
おおー 続きだー  桃香さん、 そんなこといったら みんめー さんがね、、、(qisheng)
利用されたことに関して理解は出来るけど、納得は出来ない、って感じですかねぇ蜀将達の心情は。(Alice.Magic)
相も変らぬジゴロっぷりですね。(アルヤ)
D8様、あと貧乳同盟の前でも(w  誤字訂正報告ありがとうございます。さっそく修正いたしました。 そういえば明命√なのにデートの話はあまり書いていない気が(汗(うたまる)
観珪様、そこは魅せる事に特化した一族でもありますから。 それと桃香の場合と言うか劉家は食事を減らしても胸は減らないと言う一族ですから……あっ、なんだか明命の眼光がますます鋭くなった気が(汗(うたまる)
mokiti様、まぁ其処は一刀ですし(w  一刀君の場合ですと、明命や翡翠がヤキモチを焼いても逆に喜びそうですよね(汗(うたまる)
桃香さん、明命の前でそのセリフは厳禁です。次回のデート編に期待します!3ページ目誤り損→謝り損では?(D8)
魂切を使って、花壇の花を一輪だけ飛ばす……ここまでくると、もはや芸術ですね それと、桃香さま、食事を減らしすぎるとお腹周りより先に胸がなくなっていくので注意してくださいねww(神余 雛)
翠はオチたのだろうか…しかし、明命の前で女の子を口説くような言葉をさらっと言ってしまう一刀は相変わらずですな。(mokiti1976-2010)
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