無限転生、甘楽 〜第三章・前篇1 ハイスクールD×Dの世界〜 |
第三章:ハイスクールD×D
第一話:気付いたら、笑ってました。
記憶が戻った。前世の記憶だ。
記憶が戻る時、早い場合、つまり幼い頃に戻ってくる時は緩やかに思い出すんだが、それなりに歳を取ってからだと、ちょっと立ちくらみがする。最近分かってきた事だ。
思考が混乱するので整理し直そう。
俺は、椿木(つばき)甘楽(つづら)。『つ』が何度も続くので『ツーツー(つ2)』とか『ツタ(つ多)』とか呼ばれてた。
現在高校二年生。学校は駒王学園。友人関係は松田、元浜、そして兵藤一誠が主。
現状世界、『ハイスクールD×D』と理解。
チート能力『ニューゲーム』の確認。
能力使用に世界設定的な制限無し。
契約は正常だが、またも意思疎通が困難。ただし、アイリのみはいつでも呼び出せる。
令呪確認。認識した事により使用が可能になったようだ。
現在身体能力による技能の有無………ヒステリアモードでなら全て可能域。でも、少しは鍛えよう。俺の弱さはいつも死亡フラグだ。
現在置かれている状況………自室。どうやら朝だ。両親はついさっき仕事に出た。両親共働きで妹が一人の家族設定。仲は良好。同じ駒王学園の一年生。今日は先に登校した。
確認終了。この感覚は久しぶりだな。さて、まずやる事は………?
時計を確認。
ヤバイ遅刻ギリギリだ。現状確認に思ったより時間を割いてしまった。
「とりあえず急いで登校!」
登校して、教室内を見回す俺は、記憶が戻ってから決まって妙な感覚に陥る。
昨日も見たはずの馴染みある生徒達が、なぜか目新しい存在に見えて、ちょっとドキドキしてしまう。クラス替えがあってすぐの時とちょっと似ている。記憶が混在する所為かも知れない。今の俺は誰にも気づかれていない転校性と同じ状況と言う事なのだろう。
こう言う時、前世の記憶が復活するのが遅れて良かったと思う事もある。
前世の記憶を持つ『補羽甘楽』と言う存在は、こう言う新しい環境では、黙ってその場を乗り切ると言う消極的な行動に出てしまう。
大して、記憶の復活していない、素の『椿木甘楽』と言う男は、『補羽甘楽』とは別の成長をしているので、積極的に友人を作っていたりするのだ。
まあ、逆に虐められっ子だったり、不良だったりもするんだけど………。中学生の頃に記憶をゆっくり思い出してる時は、「俺もついに厨二病か……」と、しみじみ思った時もあった。
今回はイッセー達と友人になっているのだから、むしろ良い方と考えよう。
「おはよう甘楽! 今日も良い品があるぞ! お前も参加すると良い!」
「………松田くん、それはとても興味を惹かれる話だけど、おれ――僕は君らと違ってそこまで公になるのはどうかと思うんだ? いつも言ってるけど」
あ、いま、『俺』って言いかけたのを『僕』に変えたのは、記憶が戻る前の俺の一人称がずれていたからだ。いきなり一人称変えてもアレだし、少しずつ態度と言葉使いを変えて行くようにしないと。IZUMO2の世界で、そんな失敗をして周囲から気味悪がられたからな。
大した事ない事でも孤立の原因になる切欠なんていくらでも作れる。気を付けよう。
「良いから来いよ! ちょうどイッセーにも感想を聞いていたところだ!」
「とと……っ!?」
首に腕を回されてそのまま連行される。強引だが、腕の力加減などに悪意を感じないので俺もあまり抵抗しない。興味があるのは本当だし。
「お! 甘楽も来たか? 見ろ! この『巨乳剪定! 私の熟れた果実を、た・べ・て?』を! 実にすばら―――けしからん内容だぞ!」
「マニアック過ぎて理解が追い付かないっ!?」
イッセーに突き出されたエロDVDは、ちゃんと興奮できる代物だったが、内容は聞けば聞く程理解に及べない。
ってか、興味があるとは言え鑑賞は程々にしよう。あまり見過ぎると『ニューゲーム』で受け継いだヒステリアモードが発動してしまう……。
『女で発動し難くなってる奴が良く言うぜ……』
ぐわ〜〜〜っ!? グリードの声が聞こえた〜〜っ!? 他の契約者よりコイツの声が先に聞こえるのはまずいんだよ!? 下手するとそのまま俺の身体の主導権持っていこうとするから!
グリードの声はすぐに聞こえなくなった。たぶん、内側でセイバーが何とかしてくれたんだろう。なんかあの二人、仲良いのか悪いのか、二人で出てくる時多いしな……。
そう言えば、契約してる皆は、俺の内側にいるらしいのだが、俺が呼ばない間はどんな所でどうしているのか? っと、訪ねた事がある。これに対してイチ様はこう答えた。
『夢の世界、つまり夢想空間に私達はいるんですが、その夢想空間は本来何もない世界なんです。何もないと言う事は何でもあると言う事で、甘楽さんのイメージの分だけ、何でも作れるんです。皆さん、甘楽さんが自分でイメージする甘楽さんの世界を見て、自分の居心地の良い場所に住み着いてるみたいですよ? ちなみに私はこの世界で最も広く、最も難解になっている迷路のような御殿に住んでますよ。あそこ、湖の上に建ってて、水の神様の私にとっては相性良いんですよ♪ ………廊下がほぼ迷路みたいになっているので、頻繁に迷う人が多いんですけどね………』
大変苦い顔だったのを覚えている。
これに興味が沸いて、他のメンバーにも訊いてみた。お前達はどんな所に住み着いているのかと?
ディズィーは『私は森の中です。常に夜の来ない森で川なんかもあって凄く過ごしやすいです。植物以外の生き物がいないのが時々不安になるんですけど、この世界には他に住んでる人もいますし………』と、元の生活とあまり変わらないと言っていた。
セイバーは『西洋の城があったのですが、イメージ不足なのか、中がスカスカだったんです。高台としてしか殆ど機能しませんし、見渡す限りの草原があったので、そこに移りました。中々快適ですよ』と言っていたが、グリードを見張ってる事が殆どの彼女に、在中地は意味があるんだろうか?
ヤミは『高校があったのでその辺を中心に住んでます。あそこは唯一、時間が外と繋がって日が沈んだり昇ったりしますから。できれば近くにタイ焼き屋を作ってほしいです』何故か要望を付け加えられた。どうやって作るんだよ? 念じればいいのか?
デカ物のピーターハウゼンは『この世界の空はあまりにも広いのでね。私も気兼ねなく飛び回っているよ。と言っても私の様な者は、敵との戦いが無いと退屈してしまう生き物だが………なあに、ここには退屈しのぎに付き合ってくれる者達が揃っている。心配する事はないよ。強いて言えば、呼ばれる事自体が稀過ぎる事が不満だろうか? 早く力を身につけてほしい物だ』と、文句を言われてしまった。弱くてごめんね………。
っとまあ、どうやら俺の世界は大きく分けて三つ、『夜を司り、湖の上に建つ和装のエリア』『昼を司り自然に溢れる洋装のエリア』『時間を共有し、学校を中心に都会をイメージしたエリア』となっているようだ。
―――っと、話が逸れてしまった。今はエロDVDの話だった。
……………。
そのまま忘れても良かったかもしれない………。
「甘楽、お前の好きな和服美人もいるぞ!? この和服がはだけて真っ白な果実が見える様なんか最高だと思わないか!?」
「――――。………はっ!? いや、だから、せめてトーン落として語りません? それか場所変えようよ?」
一瞬、本気で見入ってヒスリかけたが、そんな事ではいけない。
ってか、こんな所でヒスったらとんでもない事になるって。
「や〜ね〜、またあのエロ三人組+αよ? 教室で堂々とエロ談議とかキモ過ぎ……」
「椿木くんは比較的にまともな方だけど………、あれもムッツリだよね〜?」
「まあ、それでもまともな方でしょ? 普通の男子と変わんないわよ?」
「でも………、それでも四人揃うと………やっぱキモイ」
「「ああ、うん。それは………」」
何処からともなく聞こえてきた声に、俺のハートは容易くブレイク!
『おっしゃ〜〜〜っ!! 俺に変われ小僧〜〜〜!! 俺が本当の欲望と言うのを見せ―――!?』
『黙りなさいグリード! アナタはもっとマスターを気にかけなさい!!』
「止めましょう!! この話マジ止めましょうっ!? 放課後松田くんの家で話せばいいじゃないですか!? ここでするの止めましょうよ〜〜〜!?」
外の声と、内側でグリードとセイバーの争ってる気配に、俺は必死になって話題転換を試みる。
「が、学校でするなら、エロ談議より、どんな女の子が好みか? とかの話題にしません? そっちの方がまだ抵抗が―――」
「ロリだ!」
「お姉さんだ!」
「巨乳だ!」
「好みの選別が既にエロいですっ!?」
机に手を付いて講義するが、三人とも至って真面目な表情。
ダメだこの三人……、早くなんとかしないと………。いや、結構リアルで。
「や、やっぱり、昨日の番組の話でもしましょう? その方が余程(よっぽど)青少年らしい―――」
「昨夜の深夜番組で『美少女が浸かる! 温泉名所巡りベスト100!』の話なんてどうだよ!?」
「いや、それよりも『魔法少女☆プリティーメロンちゃん』の、ダメージを受ける度に飛び散る服の露出度についてだな?」
「そういや! 昨日の夜! 『世界の巨乳!!』って命題のバラエティー番組があるって、初めて知ったぞ!? 録画したからお前らもあとで見ようぜ!?」
「机ひっくり返して良いですかっ!?」
なんで昨夜の番組ってネタで、エロ話題しか持ってこないんだよこの人達!? あれか? ヒステリアモードなのか!? 常にあんた等はエロ方面にのみ特化したモテる事のないヒステリアモードが発動してるのか!?
「ええいっ!! それじゃあ、もうっ! 言いたくないけど勉学面の話です! まだ早い気もするけど成績は常に気にかけた方が良いですし、そっち方面の話題に―――」
「数学の井村先生、またバストが上がってたぞ。俺が見たんだから間違いない」
「四組の古典やってる蒼織(あおおり)先生、あの人の脚はたまんねえよ!」
「いやいや、教育指導の沢瀬(さわらい)先生もかなり俺好みの美人だぞ!」
「誰が教師の話をしろと言いました!? 教科の話しましょうよ!? なんでアンタ等、そこまでしてエロモード全開なんです!? 一周回って尊敬の念すら覚えて来たわ!」
「「「いや〜〜、照れるな〜〜」」」
ダメだこの人達! 既に手遅れだ!?
「あ〜〜〜……、椿木、懲りもせずに必死に話題変更しようとしてるね……」
「世間体気にしてるだけまだマシよ。ってか、あの三人も椿木が気使ってるの気付けっての?」
「………でも、さ? なんか椿木くんさ? いつも思うんだけど、あの三人と一緒にいる時が、一番楽しそうだよね?」
「「は? なんで?」」
「だって、椿木くん―――」
「あ〜〜〜〜っ!? なんでアンタ等、迷わずエロ道まっしぐらしてんです!? せめて場所を弁えるとか言う回路はないんですか!?」
「そんな回路を入れる余裕があるなら―――!」
「「「おっぱい回路を取り込むっ!!」」」
「どんな回路それっ!? そして、なんて迷いのない邪気に溢れた眼差し!? 穢れ過ぎてむしろ後光が射してるよ!?」
「―――あの四人でいる時だけ、いつもの困ったような笑いじゃなくて、本当に楽しそうに笑ってるんだもん♪」
第二話:悪魔呼んでました
記憶が戻って数日。最近妹に妙な目で見られ「兄さん、少し変わった?」なんて怪しまれる事もあったが、無事に過ごす事が出来ている。
さて、日常生活に慣れてきた辺りで、そろそろこれからの事を考える頃合いだと思うんだ。
『ハイスクールD×D』の世界。その主人公である兵藤一誠は俺の友達だ。まったく係わらないと言うわけにはいかないのかもしれない。これから先の事を思い浮かべながら、俺の方針を決めておく必要がある。
俺は一人、自室に戻ると『夏神楽』で会得した結界術を用い、声が外に漏れ出さないようにする。念のため、扉にも誰かが近づいたら解るように細工しておく。
基本、妹は自室に籠るタイプだし、両親もリビングでの生活が多い。滅多なことでは来客もあるまい。
環境を整えた俺は、それでも一人で考えると、流れに任せてしまう嫌いがあるので、最近、相談相手になっているパートナーを呼ぶ。
「アイリ、ちょっと出てきて話に付き合って?」
「お呼び立て、お待ちしてましたわ♪ 御主人様」
嬉しそうにウインクしてくるアイリに、ドキリとしながら、俺はアイリ相手に話しかける事で頭の中を整理して行く事にした。
「さて、これからについてなんだけどね? まずは一誠の事なのかな?」
「あの御方がどうかなされましたの?」
ベッドに胡坐をかく俺に対して、アイリは正面の床に正座して話を聞いてくれる。
「詳しい時期は解らないけど、たぶんもうすぐ一度殺されるんだよ。堕天使に」
「そうなんですの? それでは先に生気を貰っても問題無いかもしれませんわね」
唇を指で触れながら舌なめずりをするアイリに、魅惑と恐怖を同時に感じて背筋がぞっとした。
「やめてね? たぶんちゃんと生き返るから。悪魔として」
「そうですの? 残念ですわ」
あまり残念じゃなさそうに言ったアイリは、上目使いで、でもどちらかと言うと誘う様な眼差しで―――、
「では、やっぱり御主人様の生気を頂く以外にない様ですわね?」
色んな意味でゾクッときました!?
『クイーンズゲイト』の世界で、初めて俺の生気を分け与えた時、最初はアイリ「濃厚過ぎて重い」と言って嫌がってたんだけど、なんか癖になる味だったらしく、しかも、一度吸えばしばらく食い溜め出来るとかで、やたら欲しがるようになったんだよ。そうやって、あまり抵抗しないであげてたら、なんか病み付きになられて、押し倒されてしまった。
あれは……、本気で危なかった。危うく生気を骨の髄まで吸い尽くされるところだった………。
途中、アゴニザンテになって抜け出して、逆にアイリを口説いてしまった結果、沼地の魔女を裏切らせてまで契約させるなどと言う事件が起きてしまったが………、結果オーライと思う事にしよう。
っと、話がズレた……。
「そ、それはそれとして……! まず俺が真っ先に考える事は、イッセーをどうするかだね?」
「御主人様はどうするおつもりですの?」
「俺は………、何もしない……かな?」
「あら? どうしてですの? お友達なのでしょう?」
アイリが疑問に思ってなさそうな表情で問いかけてくる。あくまで俺の思考整理のための話相手だと言う事を理解してくれているようだ。こう言うのはありがたい。
「何もしなくてもイッセーは悪魔として転生する形で助かる。それに神具(セイクリッド・ギア)はただでさえ、人の手に余るのに、イッセーが持ってるのは神滅具(ロンギヌス)だ。人のままでアレに目覚めるのは危険な気がするんだよ?」
「だから、悪魔になる原作の流れを変えたくない。っと言う事ですの?」
「『リボーン』の世界で他の転生者がいた時解ったんだけど、原作介入って、本当に先がどうなるか解らないんだよ? 未来を知ってるからってより良い方向に世界を変えられるとは限らない。むしろ酷い方向に世界が歪む事の方が多いんだよ」
まあ、『リボーン』の世界の場合は特別な例でもあった。転生者にして11代目ボンゴレ継承者は、未来を知ってるからと白蘭対策を幾つか行動に起こしていた。11代目守護者も、その一環だったみたい。
『リボーン』の世界がシナリオ通りに動けば、確かに全部が全部都合良く進行するはずだったけど、そうはならなかった。考えてみれば当然だ。これは漫画やゲームじゃないんだ。こっちが行動を見せれば、相手もそれに対応して動きを変える。こちらが一つの未来を変えれば、相手が対応した未来を創る。そう仕向けてしまう。相手だって生きてるのだから当然の事だ。
それでも、白蘭の場合は『全パラレルワールドの自分と記憶を共有できる』なんて能力があったんだから、未来変化も一入(ひとしお)だった。良く通常に戻せたな………。
「だから俺はイッセーを助けない。友達ならなおさら。俺には死なせずに悪魔にする方法は思いつかないし」
助けないのにはもう一つ理由がある。だが、これはアイリには語らない。
もしかしたら他の転生者がいて、介入するかもしれない。それを見定めるのにも良いファクターだ。―――なんて、考えてしまった事自体が嫌で、言葉に出して肯定したくはなかった。
「では、イッセー様はお助けしない。その次の行動を考えて見ましょう?」
「ええっと、次は………? アーシアとグレモリー眷族についてか?」
アイリに促され、腕を組んで、この先の展開を思い出す。
「ん〜〜〜〜………、そもそも俺は戦いたいのか? ………いや、もう死亡フラグはごめんだ。ここは大人しくする方向にしよう……」
原作介入するなら間違いなく、何処かの悪魔の眷族になるのが一番だろう。少なくともグレモリーとはパイプを持ってしかるべきだ。
でも俺、常に死亡フラグが付き纏ってるんだよね。下手に戦闘に係わるのは止めよう。
「俺は何も知らず、イッセーや松田くん、元浜くんと一緒に駄弁ってる方が幸せかな?」
「でしたら、今まで通り、御主人様は何も知らずにこの世界に生まれた一人の人間として振舞われた方が良いと思いますわ」
「うん、そうする。………って、結果的にまた流され人生か………」
溜息を付く俺に、アイリは可笑しそうに微笑んで―――瞬間、何かに気付いた様な真剣な表情になる。
「どうしたの?」
「御主人様、隣の部屋から人外の気配を感じます。それに、御主人様の張った結界の類も感じられました」
なに? それってどう言う事だ?
隣は確か妹の――潤美(うるみ)の部屋の筈だ。アイツは普通の人間で、神器(セイクリッド・ギア)の類も所有していないはずだ。調べてないけどそう言うのなら大体すぐ解る。
―――ならどうして? どうしてこんな気配を感じる?
「アイリ」
「見てきますわ」
名前を呼ぶだけで意図を理解してくれたアイリは、身体を消して調査に向かってくれた。
俺も、隣の部屋から忍びの隠密スキルと諜報能力を使って何か探れないかとして見るが………『シンフォニア』の世界でも、俺はそんなに位の高い忍じゃなかったしな。あまり上手くいかなかった。
言い訳をさせてもらえるなら、もう少し踏み込めば何かしら情報が手に入りそうではあるんだが、それだと見つかりそうで怖い。
「御主人様」
「おおっ!? アイリ、早かったね? それでどうだった?」
「それが………」
アイリは困ったような表情になると、簡潔に内容を述べた。
「妹様が悪魔を召喚してらっしゃいました」
「…………。マジですか?」
「大マジですわ」
真面目な顔で返された。どうやら本当の様だ。
「部屋に、小さな白髪の女の子がいました。随分美味しそうな生気をしてらっしゃいましたわ」
「後半は明らかに君の主観だよね? しかも君にしか判断基準が解らない。………でも、白髪のちっちゃい女の子悪魔か……?」
まさか、塔(とう)城(じょう)子猫(こねこ)じゃないだろうな……?
「害意は?」
「むしろ妹様に在る様な気がしましたわね………、悪魔の方は特に文句もなく淡々と従っていらっしゃいましたわ」
「潤美……悪い子に染まってなければいいんだが………」
兄ちゃん泣けてきたよ。
「まあいいや。なんか大丈夫そうだからスルーしよう」
「よろしいんですの?」
「悪魔稼業中は誰も気付かないモノなんだよ。気付けるのは俺らみたいな能力者とか限定。見つかりたくないの」
「承知しましたわ」
頷いたアイリは姿を消してしまう。
とは言え、これで俺も間接的に原作に係わってる事になるわけだが、さてさてどうなる事だか?
第三話:力、目覚めました
アレから数日、特にこれと言って目新しい事件も起きていない日々が続いていた。
転生者だからと言って何かを準備するわけでもなく、かと言って真面目に将来のビジョンを持っている訳でもない俺は、ただ惰性的に日々を過ごしていた。転生前も転生後も、こう言った日常の暮らし方は、相変わらず変わっていない。
相変わらずのクラスメイトを背景に、転生前は趣味だった読書(ラノベが中心だが)をしながら時間が通り過ぎるのを待つ。
―――いや、いきなり首に腕を回され、どこかに連れて行かれた。
一体何事っ!?
「聞け! 甘楽! イッセーの奴にっ! イッセーの奴にっ!! 有り得ない事に彼女が出来やがった!?」
あ、松田くんですか。ちょっとびっくりした。
って、彼女? ああ、夕麻ちゃんね?
心中複雑な想いが駆け巡ったが、ここは何も知らない人間として振舞っておくのが吉だ。
「そうなんですか? おめでとうイッセー。やったじゃない」
「ありがとう甘楽! お前は素直に褒めてくれるから素直に嬉しいぞ!」
前髪を無意味にかき上げる姿が全然決まってない。でも、心の底から嬉しそうだ。それは間違いない。
「どんな子だったの? やっぱり可愛い子?」
「おおっ! 聞いてくれるか甘楽! ああもうっ! 本当に可愛い子でよ! おっぱいも大きいし、性格良いし! もうっ! 本当にいい子なんだよ!!」
嬉しそう。本当に嬉しそうにイッセーは恋人の事を語る。
…………。
何故だろう? そんなイッセーを見ていると、俺は彼を不思議に思えてしまう。
これからの先行きを知っているからではない。もっと目の前の事。
恋人の事を語るイッセーは、確かにエロイ事も言っているけど、本気で彼女の事を好いている様子だった。
それが、俺にはどうしても不思議に思えてしまう?
だってイッセーは……、イッセーの口ぶりは、彼女の容姿とかに惹かれただけみたいな事じゃなくて、本気で彼女自身に好意を抱いている様な印象なんだ。
何を言ってるのか自分でもよく解らないけど、ともかく、イッセーが本気で、昨日今日出会った相手に本気で恋をしてるって事。それが俺には不思議だったんだ。
「イッセー、どうして彼女の事を好きになったの?」
気付いたら、俺はそんな質問をしていた。今まで、こんな誰かの内側に踏み込む様な質問をした事なんて無かった。友人であればなおさら、亀裂が入りそうな発言は、怖くてできなかった。それなのに、今、俺は自然にその質問を友人に投げかけていた。
「そんなの、美人だし! 可愛いし! おっぱいが大きくて、良い子だからに―――!」
「そうじゃなくてさ………、イッセーは、その子の事、殆ど知らないんでしょ? なのにどうしてイッセーが彼女を好きになれたの(、、、、、、、、、、、、、、、)?」
イッセーの事を知ってる相手なら、相手がイッセーを好きになる理由は解る。(このさえ、イッセーの性格とか評判が好意を寄せられるかどうかに疑問がある事は忘れよう)
でも、夕麻を知らないイッセーが、どうしてここまで夕麻に好意を寄せられるんだろう? 俺はそれがとても気になった。
「いや……、だってさ? 俺だぞ? 学園じゃ、全然評判の良くなかった俺だぞ? そんな俺を『好き』って言ってくれる子がいるんだ。それって、すごく嬉しい事じゃねえか?」
「―――」
自分の事を好きと言ってくれる。それだけで………。
うん、そうだ。それは、間違いなく正しい。
好きという気持ちを抱いて貰える。それだけで、相手を好きになる理由は充分なんだ。
イチ様と契の儀式をした時を思い出す。あの時俺は、良く解ってなかったけど、イチ様に好きだと言われて、本当に嬉しくて―――、そしてたぶん、恋をした。
告白とは、それ一つが切欠なんだ。誰かを好きになる一つの切欠………。
「イッセー」
「ん?」
「イッセーを好きになってくれるような人だもん。絶対幸せにしてあげなよ」
「ああっ! ぜってぇー泣かせねえよ!」
俺は今、残酷な事を言ったんだろうか?
先を知っている俺。何も知らないフリをする俺。
そんな俺の一言は、一体どれだけ残酷なのだろうか………。
「それで、まずは将来について真面目に考えようと思う! まず、子供は三人くらい欲しい! 女の子二人に、男の子一人だ! いや、全員娘と言うのも捨てがたいが、やっぱ子供と言ったら男の子欲しいだろう!? 家は二階建ての白い家なんて良いよな!? 休みの日は皆で何処か遊びに行ったりだな!? おおっと! 忘れちゃいけないのが夜の俺達の部屋だ! やっぱベッドは一つ、二人で一緒に寝られる様にしてだな―――!?」
「イッセー早いっ!? その将来設計は早過ぎるよ!? いや、将来を早めに見据えるのは悪くないけど、なんか間違った方向に想像してるよ!? 想像と妄想は違うからね!?」
「甘楽!」
イッセーに恋人が出来て幾日か過ぎた頃、トイレから戻ってくる途中、イッセーに声をかけられた。
「どうしたの?」
「あのさ………、夕麻ちゃん、の、事なんだけど?」
「彼女さんがどうかしたの?」
罪悪感を押し殺し、努めて平静に返そうとした俺だが、次の瞬間、イッセーに両肩を掴まれた。
「! 甘楽は夕麻ちゃんの事覚えてるんだなっ!? あれは夢なんかじゃなかったんだなっ!?」
「へ? え?」
し、しまった!?
イッセー、もう堕天使の夕麻――レイナーレのイベントを受けてたのかっ!? 展開早いんだな! アレから本当に三日くらいしか経ってないのに!?
「なあっ! お前は憶えてるんだろ! 夕麻ちゃんは……! 俺の彼女は実在したんだよなっ!?」
必死に語りかけるイッセーに、俺は咄嗟に嘘を吐こうとして………押し寄せた罪悪感に言葉を濁してしまう。
「それは………」
「なあっ!? なんで何も言ってくれないんだよ? 夕麻ちゃんは居たんだよな?」
「えっと………」
どうする? なんて答えればいい? 俺は一体、何と答えたいと思っているんだ?
解らない俺は、ただ事実のみを語って聞かせる事にした。
「俺はイッセーからそう聞いたよ? でも、俺は『夕麻ちゃん』に実際会ってないから、『実在したのか?』なんて聞かれたら、自信はないよ?」
「!? ………。そうだよな。いや、それでもいい。お前が夕麻ちゃんを憶えてただけでも………」
そう言ってイッセーは手を放すと、少し暗い感じに去って行った。
……イッセー、かなり本気な顔だった。
それだけイッセーは、夕麻の事を本気で心配してるんだ。
自分が誰に殺されたのか、その明確な記憶があるはずなのに、それでもイッセーは彼女の事を優先的に心配してるんだな………。
「イッセー………」
感情移入、してしまう。
でも、それはダメな事だ。
原作介入だからじゃない。死亡フラグだからだ。
今の俺が係われば間違いなく死ぬ。そして、死ぬと言う事は、係わってきた人達全員に影響を与える。俺はそれを………何度となく、嫌という程、思い知らされてきたんだ!
だから俺は死ねない。死と並び立つ世界に、俺は足を踏み入れる事は出来ない。
そうだ。いくらチート能力を持った転生者でも、俺の本性が『補羽甘楽』である限り、誰かを幸せにできるシナリオなど、完成させられるはずが無いのだから………。
だから俺は、拘わらない………。
拘わらない。そう決めた筈だった。
なのになんで俺は、夜中、適当にぶらぶら散歩なんかしてるんだろうな?
アレからずっと、俺は夜の散歩が日課になっていた。悪魔稼業中のイッセーに会えないかと偶然を狙っている事は自分でも理解出来たが、そんな都合のいい事なんてありえない。
なんて無駄な事をしてるんだろう、俺は……。
そもそも、本気で関わろうと思っているなら、もっと確実で簡単な方法がある。
だって、俺の妹は子猫と―――グレモリー家のお得意様をしているのだ。こんな都合の良いパイプがあるのだから、俺が妹から魔法陣借りれば、一発でイッセーを呼べるだろう。
それなのにそうしないのは、間違いなく、俺の優柔不断が原因だろう。
「帰ろう………」
自販機でジュース一本飲み終えた俺は、空き缶をゴミ箱に捨てて、さっさと帰路に着く。大体いつもこのくらいに俺は諦めて帰宅する。
本当に、俺は一体何がしたいんだ? まったく意味が解らん。
そう思いながら家に帰る。
玄関に入り「ただいま」を告げて上がった時、何やら気配を感じた。
リビングの方から?
「アイリ」
小声で呼ぶと、俺の隣からアイリが姿を表わす。
「何やら不気味な気配ですわね? 私達にとって、ですけど」
アイリにとって、か……。つまりレイス―――死霊、妖怪の類にとって嫌な気配。聖人でも来てるのか?
気になって俺はリビングのドアを開けると―――、
無造作に入ってきた事を後悔した。
「に、い、さん………」
言葉が、出なかった………。
潤美がいた。一糸まとわぬ姿で、両足に穴を開けて赤い物を垂れ流し、殆ど生気の籠っていない眼をした、俺の妹………。
両親がいた。着ている服で、辛うじて両親だと解る、それほどの状態になった例えたくない姿になった両親がいた。
男がいた。神父の様な井手達(いでたち)で、十字架を首に引っかけた顔の整った男が、銃と、光の刀身を持つ剣を持って、そこにいた。
「あぁん?」
男が詰まらなさそうに俺を見て、面白そうに顔を歪める。
「これはこれは御邪魔しておりますお兄様? ちょっと暇だったんでお仕事ついでに暇潰しさせていただいておりますよ!? いやぁ〜〜! お宅の家族は大変おもてなし最高でして!? 俺様ついハッスルしすぎちゃいましたよ!? 特に妹さんなんか大変な“名器”! もういろいろ最高でたまんないってか!?」
状況が、あまりに逸脱し過ぎて混乱しそうだ。
ああ、でも大丈夫。大丈夫だ。『緋弾のアリア』の世界を経験してて良かった。武偵高を経験してて良かった。今、俺は冷静だ。冷静に、冷静に―――怒りをぶつけるべき相手を見定められる!!!
「テメエェェェーーーーーーーーーッ!!!」
走る!
前方の明確な敵へと、俺は走る!
「はいはい! お兄さんも中々の役者で!? 妹の敵に萌えてあっさり死刑!? なんつって!?なんつって!?」
エセ神父が銃を構えた。
咄嗟に横に飛び逃げるが、肩と腕と脚に、何かがかすり、血が噴き出した。
撃たれたのか? 銃声がしなかったし火薬の匂いもしなかったぞ!?
武偵高の知識が俺に現状を理解させていくが間に合わない。ヒステリアモードでもない俺に弾丸は躱せない。今のは偶然タイミングがあっただけだ。次は躱せ―――、
「ぐうっ!?」
脇腹を何かが通り抜けた。血が後ろに向かって吹き出す。
いつだ!? いつ撃たれた!?
「にいさん………!」
力無い声で、潤美が俺を呼ぶ。
俺は何もできず膝を付く。
いや、これで良い。即死で無いのなら、間違いなく俺はなれる。最後の可能性に、俺の身体が動くはずだ。
頭の中でスイッチが切り替わる。ヒステリアモード・アゴニザンテが発動したんだ。
いける! この状態なら!
切り替わった頭が、俺に次の行動を選択してくれる。近場にあった椅子を掴み、無造作に投げつける。エセ神父は、光の剣であっさり切り裂いたがそれで良い。時間が稼げればそれで良いんだ!
俺はキッチンに飛び込み、素早く武器になりそうな物をチョイスする。
包丁三本と、フライパン一つ。鍋でも頭に引っかけたいところだが、視界を妨げそうだから止めとこう。家に中華鍋はないから、まな板をラップで巻いて胴体の防御力上げとくか?
しかし、脇腹がかなりヤバい。アゴニザンテになってるんだから当然だが、結構な血が出て危険すぎる。早く決着付けないと俺が死ぬ。
「アイリ、聞こえてるか………?」
俺はキッチンの影に隠れながら、笑って近づいてくるエセ神父に注意を払いつつ問いかける。
「お傍におりますわ」
俺の隣にアイリが現れる。ずっと指示があるまでインヴィジブルで消えてたようだ。
「無茶はしないでください。今のアナタは、スキルばっかり多いだけで強くはないんですのよ?」
「解っている。それより力を貸してくれないか?」
「なんですの?」
「潤美を助けてやってくれ。君なら何とかできるだろう?」
「できますけど、それでは御主人様が―――!」
「俺なら大丈夫だよ。君の御主人様は、そこまで頼りない男だったかい? そう思われていたのだとしたら、ちょっと悲しいな?」
などと言いながら、俺はアイリのツインテールにしている髪を優しく触れて、甘い声を囁いていた。死にかけで何やってるんだヒステリアモードの俺?
「……っ!」
アイリは『きゅんっ!』と言う胸の音が聞こえそうなほど顔を真っ赤にすると「と、とんでも在りませんわ! 御主人様の命を、必ず果たして御覧に入れます!」と言ってまた姿を消した。
『QB(クイーンズブレイド)』キャラは相変わらず、ヒステリアモードの俺にトコトン弱いよね? 俺、彼女達にはヒスってる状態であんまり話したくないかも……。あとで自己嫌悪酷いし。次兄ぃがこれを嫌ってた気持ちが凄い解るよ。
俺はエセ神父が妹から充分に離れるのを待ち、足音から距離を図る。
何か意味の解らない不快な事を喋っているが、こいつの言葉はヒスってても理解に難しい。
潤美の傍にアイリが現れ、人差し指を立てて静かにする様に伝えると、そのまま抱き上げ、リビングから逃げ出す。
「あん?」
気付かれた!? だが、それを確認するために振り返っているのを鏡代わりにした包丁で捉える!
距離的には遠いが、今動くしかない!
物陰から飛び出した俺は、素早く果物ナイフやケーキ用ナイフなどの小さい包丁を二本投擲する。
「! おっと!」
嬉々とした表情でエセ神父は光の剣を振るい、それを迎撃した。
一度完全に振り返っておいてこの反応! 結構勘が良いぞ!
包丁をナイフの変わりに振るい、相手の急所を狙って突く。
エセ神父は光の剣で受け流し、銃口を向けてくる。
引き金を引かれる前に空いたもう片方の手で横に払いのける。銃声のない弾丸がすぐ横を通り抜ける。
包丁で中心線を狙って突く。
また剣でいなされ、銃口を向けられる。
払う。突く。いなされる。銃口。払う。突く。いなされる。銃口。払う。突く。いなされる。銃口。払う。突く。いなされる。銃口。払う。突く。いなされる。銃口。
片や、包丁一本が武器の俺が―――、
片や、光を纏う剣と銃のエセ神父に―――、
武装の質が全く違う二人が、同等の鬩ぎ合いを演じる。
だが、同等じゃダメだ。俺はアゴニザンテ――つまり、死に際状態なんだ。長くこの状態で戦えば、不利になって行くのはこっち! なにしろ、これは文字通り命を削ったヒステリアだからな!
僅かな隙を窺い、俺は姿勢を低くして足払いをかける。
「おおっとっ!? そうは問屋がおろしたて!? 意外と頑張るお兄さんに、はいプレゼント!」
後ろに飛びながら躱したエセ神父は、そのまま手に持つ剣を投げてきた。
咄嗟に躱そうとするが、躱し切れずに防御した包丁にぶち当たって弾かれる。怪我はしていないが、最後の武器を失ってしまう。そこで向けられた銃口が真直ぐ俺を狙う。
捌くには遠い。『弾丸切り(スプリット)』を使うには得物が無い! なら―――っ!
銃声のない弾丸が三発。俺の胴部分に二発、額に一発放たれている。向けられた銃口の位置から狙いを割り出した俺は、咄嗟に両手を前に突き出し、額を狙う弾丸にのみ、対処する!
『銃弾逸らし(スラッシュ)』!!
人差し指と中指の二本だけで銃弾を挟み込み、軌道を逸らす遠山キンジの技。
二指白刃取りの応用で、両手を使って二度、軌道修正をする事で銃弾を逸らす技だ。
『ヒステリアモードに銃は効かない』その言葉をこの身で体験するとは思わなかった。なんせ『銃弾逸らし』は今初めて使った。原作で知識としては知っていた。だが、実際に見た事はなかった。『弾丸斬り』や『銃弾撃ち(ビリヤード)』は次兄ぃや、カナ姉ぇ(金一兄さんの事)が使ってるのを見ていたので覚えている。同じ理由で『鏡撃ち(ミラー)』は一度見ているので、もしかしたら出来るかもしれないという感はあった。『絶牢』は遠山の者として教えられてはいたし『桜花』は次兄ぃとは多少異なるが、俺自身の『桜花』として会得している。
だが、実際に見た事のない。俺にとっては机上の空論でしかない『銃弾逸らし』が出来たのは、ほぼ奇跡に近かった。なんせ、そこに至るまでの『二指白刃取り』は愚か、普通の『白刃取り』だってやった事が無いんだぞ俺は。
通常の三十倍の力を引き出す『ヒステリアモード』。その派生で死に際に発動する『アゴニザンテ』は、通常のヒステリアより、かなり上等だったようだ。
だが、飛んでくる銃弾を素の指で挟み込めば、怪我をしないはずがない。両手の人差し指と中指の肉がごっそり持っていかれて、思ったより多くの血が吹き出た。腕も半ば弾かれる感じだったし、傍目からは何がどうなったのか解らなかっただろう。
なんせ、この技で防げた銃弾は一発だけで、残り二発は胸に命中しているのだから。
衝撃に吹き飛ぶ俺。床を転がり、壁に激突して、キッチンにおいてあった皿が落ちてきて、盛大な音を上げる。
ほぼ即死。もし、まな板を胸に仕込んでなければ、それでアウトだった。少しでも防御力を考慮しておいたのは正解だったぞ。
それでも衝撃が酷い。巨大なハンマーで殴られたんじゃないかという衝撃に、息は止まったし、倒れたまま動く事が出来ない。
「? あ〜〜れ〜〜〜? 今何かしましたか〜〜〜〜? 妙なことしませんでしたか〜〜〜〜? あ〜〜あ〜〜! まな板なんて仕込んじゃって用心深いコックさんね〜〜〜!? 妹逃がす為に健気過ぎて俺様涙ちょちょぎれ〜〜! でもお前はウザ過ぎてチョベリバ〜〜? みたいな〜〜〜!?」
ごめん、ヒスってる俺でもお前が何言ってるのか理解できない。俺、基本的に頭良くないんだって……。懇切丁寧な日本語で話してくれ。できれば敬語で。
「それじゃあ、面倒な手順は省いてさっさと始末するとしちゃいますかね〜〜〜?」
エセ神父が光の剣を構えた。
俺はまだ身体が動かない!? 本気でまずい!
「な、なんだこれっ!?」
突然声がした。
視線を向けると、そこに俺の良く知る男の姿があった。
「イッセー……!?」
なんでここにイッセーが!?
その疑問に、アゴニザンテの俺の頭はすぐに解答を導き出す。
イッセーとアーシアの件。エセ神父に仕事の協力をさせられていたアーシアが、グレモリーのお得意様である人間の家を襲撃する。そこに、呼び出しを受け、偶然鉢合わせする事になってしまったイッセーは、エクソシストと戦い、大怪我を負う事になるんだ。
そう、イッセーが此処に来たと言う事は、本来、塔城子猫を呼び出そうとしていた家の妹の依頼、それをイッセーが受けにきたと言う事。
って言うか俺、何気に生まれた場所、しっかり原作介入する場所に居たんだな………。
などと言っている場合では―――――――。
………………………………………………………………………………………………………。
…………はっ!?
ヤバイ、一瞬気が遠のいた!?
イッセーが来た事で、死にかけの身体が勝手に眠ろうとしやがった。
状況はどうなっている!?
霞んでいる目を向けると、いつの間にかアーシアが出てきていた。グレモリー眷族もいる所を見ると、随分話が流れた様だ。
ヤバイ、また気を失いそうだ………。
どうにもならない。
勝手に瞼が落ちて行って、目覚めたばかりの意識がもう落ちそうだ………。
「部長! あの子達も!? アーシアと甘楽も!?」
赤い光が視界に広がる中、イッセーの声だけがやたらと聞きとれた。他の誰の声も聞きとれないが、それでも、彼が俺達を助けようとしてくれていて、それが出来ないのだと言う事は解った。
「アーシア! 甘楽!」
アーシアだけじゃない。俺の事まで呼びかけるイッセーの姿が、とても尊い者に見えた。
まるで、聖人がイエスの名画を目の前にしたかのように、俺は死にかけてる事も忘れて、イッセーを尊敬の眼差しで見送っていた。
これがアゴニザンテによる余裕のおかげなのか、それとも、イッセーの姿が、それほどまでに尊かったのか………? 俺には解らない。解らないまま俺の意識は暗闇に葬られた。
目が覚めた時、そこには天井があった。
そう、目が覚めた。そして天井があった。
あの、何処なのかよく解らない死後の世界ではなく……っだ。
つまり俺は、まだ死んでいないのだ。
「あら? お目覚めかしら? ちょうどいいタイミングね?」
誰かの声。
ヒステリアの影響なのか、それともダメージが原因なのか、身体中だるくて思うように動かせない。仕方なく、確認のためだけに目だけ動かして周囲を確認する。
見憶えの在る景色だ。っと言っても、原作知識として、だが……。
俺は何処か祭壇っぽい石段の下に無造作に鎖で縛られて(っと言うより重い鎖を乗せられているだけの印象を得る)、その辺の床に転がされていた。周囲には顔まで黒ずくめの怪しい集団。祭壇の上には十字架っぽい物に磔にされて縛られているアーシア。どうやら教会地下に閉じ込められたようだ。
間違いない。ここはアーシアがセイクリッドギアを抜き取られ、一度死んだ場所。
どうやら俺もここに連れてこられたようだが………、あれ? アーシアとイッセーのデートの件はどうした? もう過ぎたのか? って事は、俺はその間ずっと眠ってたのか!?
よくよく身体を確認してみると、怪我らしい怪我はなくなっている。たぶん、アーシアが気を使って回復してくれたんだろう。
このダルさはヒステリアの所為か? それとも単に寝過ぎた所為? 後者だったら嫌だな………。
「アーシア! 甘楽ーーーーっ!!」
声に目を向けると、イケメン剣士とちっちゃい女の子を連れたイッセーの姿が目に映った。どうやらアレが木場と塔城で間違いない様だ。
意識がはっきりしないから良く声が聞こえない。必死に意識を覚醒させようと頭を振っていると、女の子の悲鳴が木霊した。アーシアの悲鳴だ。はっきりし始めた視界で確認すると、アーシアのセイクリットギアがレイナーレに奪われていた。十字架から降ろされたアーシアをイッセーが駆け寄り抱き止める。
耐えられなくなった様にイッセーが叫んだ時、レイナーレが彼の背中目がけて光の槍を振り降ろした!?
「イッセーッ!?」
思わず叫んだが、イッセーは危なげなく槍を避けて、こちらを気にする様に一度振り返る。たぶん、アーシアを助けたいけど、俺も助けないといけないから迷ってしまったのかもしれない。
こんな時、「俺の事は良いから早く逃げろ!」なんて恰好良い言葉一つでも言えればいいのだが、………ごめん、出来れば助けてほしい。まだ死にたくない。って言うか、転生を繰り返してて気付いたんだけど、死ぬのは何度繰り返しても嫌だ。むしろ死の恐怖を明確に解るようになって余計怖い。だからごめんなさい。マジで助けてください!!
っとは言え、とても言葉には出せないでいると、誰かに思いっきり首根っこ掴まれて持ち上げられ、そのまま肩に担がれた。
誰かと思って隣に目を向けると、白い髪の小さな女の子が、丸みを帯びた可愛らしい顔をこちらに向けていた。
ち、近い! 近いよ! ヒステリアモード性の血流がギリギリのところで沸騰してるよ!? 後もう少しでヒスリそうだよ!?
「………この人は私に任せてください」
などと一人で狼狽してる内にそんな声がすぐ隣で告げられた。
今更思い出したが、この子が塔城子猫だ。つまりイッセーの仲間。さっき確認してたはずなんだが、これだけ近くで見るのは初めてで驚いてしまった。
「木場、子猫ちゃん! お前ら、帰ったら俺の事イッセーって呼べよ! 良いか!? 絶対だぞ!」
そう叫んで地下から飛び出すイッセー。その背中が、何故かとても逞しく映ったのは何故だろう?
女の子を抱えて走り去るだけの姿。
巨大な敵を前に臆せず仁王立ちしたわけでもなく、誰かを庇って前に出た姿でもない。
ただ、力がない故に、一人の女の子を失くしそうになって、仲間に庇われて逃げるのがやっとの、そんな情けない姿。それを、どうして俺は逞しいと思ったのだろう?
そんな感慨に浸っていいる俺の頬を、一瞬何かが通り過ぎた。頬に伝わる痛みと、薄くできた傷から流れる赤い血。………今、銃弾が通り過ぎませんでしたか?
視界が物凄い勢いで流れて行った。
「うわああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!?」
「………うるさいです」
突然の状況に情けなく叫び声を上げていたら隣からぴしゃりと窘められた。そうは言ってもこれ、下手なジェットコースターより迫力満点ですよ!? 安全装置もなければ予測進路もありません。一歩間違えれば即死です。おまけに俺を抱える塔城の背が低い所為で地面も間近に感じてメッチャ怖いです。
「降ろしてくれ! もう動ける! 動けなくても根性で動く! だからこのリアル絶叫マシーンはもう止めて〜〜〜〜っ!!」
「(イラッ)………えいっ」
「ぎゃふんっ!?」
あんまり騒いでいたのが気に障ったのだろうか? 額にバッテンが浮かんだと思ったら無造作に投げ飛ばされた。
自分より小柄な相手にポンポン投げられるのって、想像していた以上に精神的に効くわ。
打ちつけたお尻をさすりながら起き上ると、こちらに迫ってくる怪しい男(そうとしか例えられない黒装束でした)がこちらに光の剣を振り上げていた。
「死ね! 悪魔に魅入られし者よ〜〜〜!」
「呼んだの俺ちゃうからっ!?」
慌てて飛び退き一撃を避ける。次の瞬間、いつの間にかやって来ていた木場が一刀に伏した。
「早っ!? っていうかいつの間にこっち来た? ついさっきまで向こうの方―――あれ? いないっ!?」
俺の発言が終わる前にあっちこっちと素早く動きまくる騎士(ナイト)木場。俺が知る以上に騎士の速度は高いと見える。
感心して眺めていると、また後ろの方から迫る気配を感じた。
咄嗟にアイリを呼び出そうとして、アイリを潤美の護衛に付けている事を思い出した。ここで呼んでもすぐには出てきてくれない。
―――やられるっ!?
そう思って腕で顔を庇った瞬間、横合いから出てきた塔城が回し蹴りで男を吹き飛ばしてしまった。くるりと回ってこちらに向き直った彼女は冷たい瞳を向けて一言。
「………足手纏い」
グッサァァァァッ!!!
『替るか?』
一瞬、ニヤニヤ声のグリードに、マジで替ってもらおうかと血迷いかける程に胸を抉られる一言でした。これはきつい………。
「君を守りながらだとさすがに辛いね。僕達で道を作るから、君もイッセー君を追って逃げてくれるかな?」
「………そうします」
敵、っというより、塔城の冷たい視線から逃げる様に、俺は二人の作ってくれる道を必死に駆け行く。あんまりスムーズに進める物だから、これならイッセーとアーシアの会話中に参加できるかも? なんて考えが頭によぎった。
「まったく、逃げたところで皆死ぬって言うのに、無駄な事をするものねぇ?」
そんな時、聞こえた声に俺は不思議なくらい簡単に足を止めていた。
「何してるんだ!? 早く外へ!」
木場の声が聞こえたが、なんでか足は動かない。胸の奥がモヤモヤして俺の行動を妨げる。
振り返り、俺は声の主を探した。俺から見て斜め上の方、黒い翼を広げたレイナーレが宙に浮いてこちらを見降ろしていた。
「あら? 何かしらその反抗的な目は? 当然の事を言ったのに気に入らなかったのかしら?」
俺を見下す目で、彼女は自分に酔っている様にそう語る。
俺はそんなに反抗的な目をしているのだろうか? 自分で自覚できないまま、しなくても良いのに言葉を返す。
「無駄って何の事だ?」
「なに? 本当に解らないの? 普通考えなくても解るでしょ?」
心底可笑しいと言いたげに、手の甲を口元に当てて笑い、自慢話を聞いてるかと錯覚する様な声で語り始める。
「だってアーシアはもう神器を抜かれちゃったのよ? どんなに足掻いたところでもう数刻と持たない命。それをわざわざ抱えて逃げたところで、一体何の意味があると言うの? だから無駄だって教えたのよ?」
無駄? イッセーの行動が? あの、一人の女の子のために必死に走る男の姿が?
「それにあなたも、ここで逃げたところで私達から逃げる事なんてできない。なら、何をしたところで全部無駄じゃない。本当にあの子は無駄で退屈な事しかしない。つまらない男よね?」
同意を求めるかのように告げられて、身体の芯が冷え切っていく様な錯覚を覚えた。
現実的に考えて、確かにイッセーのしている事は無駄なことかもしれない。
神器を抜かれた時点で、彼女―――アーシアの死亡は避けようのない事実だ。そんな彼女を連れて逃げだした所で、彼女の死は回避できない。アーシアを助けたいと言うのなら、レイナーレから神器を奪い返す以外に方法はない。アーシアが生きている内にレイナーレを倒し、神器をアーシアに返せば、あるいは助かるのかもしれない。この場の希望は、冷静に考えればそれが最善と言えるのではないだろうか?
何処かで冷静な俺が自分に問いかける。
そうなのか? 本当にそれでいいのか?
それなら、あの状態のアーシアを放っておいてよかったと言うのだろうか?
だが、それは彼女の死を受け入れたと言う事と変わらないのではないだろうか?
でも、人間は機械じゃないんだ。そんな簡単に割り切る事なんてできない。
いや、そもそも『正しい』か『正しくない』か、それが重要なのか?
違う。俺が胸に突きあげているモノは、それとはまったく別の物だ。
「イッセーは………」
「ん?」
「イッセーは言ってたよ………? こんな自分を好きになってくれる。それだけで夕麻ちゃんの事がとっても好きになれたって?」
「きゃははっ! アナタまでそんな事言うの? アレは私が全部演技でやっていた事なのよ? それを真に受けちゃって可笑しい〜〜〜!」
嗤っている。コイツはイッセーを嗤っている。
………笑顔って、なんて見難い物なんだろう?
うん、思い出した。俺、生前に、これと似た様な笑みを見た事がある。
何度も何度も何度も何度も、見た事がある。
見せられ続けた。
見たくなくても見せられ続けた。
俺が、世界を嫌いになった理由。生きる事が苦痛なのだと思った理由。
それが今、目の前に現れた。再び現れた。
………笑顔って、こんなに見難い物なんだ………―――。
「なんで、そんな事―――」
「あら? 何かしら? アナタもあの子と同じ口? 低級悪魔を召喚しちゃうような家の子だもんね? 同じような事で無駄に熱くなれちゃうとかそう言うの〜〜〜? もう止めてよね〜〜〜! どれだけ私を嗤わせれば気が済むって言うのよ〜〜〜〜!」
嗤ってる。嗤ってる。嗤ってる。
コイツはイッセーを嗤っている。
コイツの言っている事は間違いだろうか?
気に入らない言葉だが、たぶんそれは『正しい』。
善悪の問題ではない。多くの人間が、言葉にしないだけで、自覚していないだけで、同じ事を考え、同じ行動をしている。そう言う悪意は、俺自身にも経験があるし、実際皆がそうだ。
『無駄に熱くなりたくない』『人生適当に生きたい』『恥ずかしい事言いたくない』そう言ったのとまったく同じ『自分は冷静な大人だ』と主張するポーズ。皆同じで、否定して誤魔化している事。コイツはそれを口にしただけだ。なら、むしろこいつは誇らしいのではないか? 悪人である事を嫌がり冷めたフリをする奴らより、悪人と言う立場によって謂(い)い嬲る姿は、むしろ清々しささえ感じる物ではないだろうか?
うん、やっぱりこいつは『正しい』。『悪として正しい』。中途半端に気取っている連中よりよっぽど自分を可愛がって感情的に生きている。
コイツは嫌いだし、言ってる事は気に障るし、俺は認めない。でも、この胸に込み上げる感情は、そこ(、、)に向けられたものじゃない。
「言うな………」
突き上げる感情が、目頭を熱くする。
コイツの言ってる事が胸に刺さり、頭で考えて纏めれば纏める程、とても悔しくて―――。
「言うな………っ」
「あらなに? 何を言った所で事実は変わらないでしょう? それともあれかしら? 『やるか? やらないか?』って言う話かしら?」
「言うなっ」
誰が何を言っても良い。でも、それ以上………、それ以上お前が、お前がイッセーの事を―――!!
「結局あの子は、私に殺される事でしか役に立たない、何処までも下賤な存在なのよ!」
「………っ!」
………もう、いい。考えない………。
「お前が………っ! イッセーを嗤うなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
走った。
制止の声があったかもしれない。
策などない。
そもそも浮いているレイナーレの元に辿り着ける筈もない。
戦うための力もない。
一笑して、光の槍を投げるレイナーレに対し、俺は右腕を振り上げ、拳で撃ち返す事しか考えられない。
出来る筈がない。無謀とかそう言う問題をとうに越している。
正真正銘、これが無駄(、、)だ。
それでも俺は我慢できなかった。コイツにだけは、コイツにだけは、イッセーの事を嗤わせて堪るか!?
迫る光の槍。
勝てない。死ぬ。何もできない。終わる。暴走して、飛び出して、結局俺は、何もできない。今までの世界と同じ。俺は特に何もできていない。その機会を得ても、それが見納め。その時が最後。転生を繰り返しても何も変わらない。俺はあまりにも、あっけない存在。
……………。
………………………。
…………………………………。
いやだっ!
これで終わるのは嫌だ!
今までは仕方なかった! これで終わってしまっても、それが俺の限界だからと諦められた! でも、これは違う! ここで終わっちゃいけない! ここで終わったら、俺は悔しい! 悔しくて悔しくて悔しくて! 次の世界に転生しても、俺はずっと後悔し続ける!
俺はここで終わっちゃいけない!
ここは終わっちゃいけないところだ!
だから――――!!
―――力が欲しい―――!
―――甘楽、深層世界『夜の水殿』
その世界の管理者に収まっているイチキシマ姫は、仮想世界であり、決して波打つはずの無い水面がざわめき、吹くはずの無い風が衝撃の様に過ぎ去るのを感じ取っていた。
「これは………!?」
―――甘楽、深層世界『真昼の草原』
その世界の管理者に収まっていたセイバーと、見張られているグリードは、揺れるはずの無い世界が、空間事揺らいだのを感じ取っていた。
「!」
「なんだ………!?」
―――甘楽、深層世界『日の出と日の入りの学園』
その世界には管理者はいない。だが他と同じく、起こりうるはずの無い小規模の地震を感じ取るヤミがいた。
「!? 甘楽に、何かがあった?」
―――現実世界、とある病院。
潤美の護衛についていたアイリは、一時的に甘楽と離れていながら、その異変を敏感に感じ取っていた。
「………御主人様?」
―――甘楽、深層世界『真昼の草原』とある森の奥
「 力を寄越せ 」
異変の中、ディズィーと共に森奥に住んでいたピーターハウゼンは、その声を聞いた。
「………誰だ?」
疑問に思いながらもピーターハウゼンは鎌首を擡げ、求める声に応じる。
隣で心配するディズィーを安心させるかのように一度視線を送り、彼は求めに応じるために翼を広げる。
「この気配………久しく求めた戦場の気配………」
彼は求め続け、しかし新たな主の弱さ故に味わう事叶わなかった物に期待を膨らませ、思わず凶悪な笑みを漏らすのだった。
光の槍が迫る中、俺は確かに熱を感じた。それは光と言う名の熱の塊で、確かに俺の右手を中心に存在を強調していた。
「使え」っと、声無き声が導く。
それが力だと理解出来た。それが力だと言うのなら躊躇う必要などなかった。
「う゛っ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!」
力を求め、ただ求め、俺は右手に命令する。
目の前の槍を撃ち返す力を―――、
あの男を否定する全てを打ち砕く力を―――、
力を! 力を! 力をっ!!
力を貸せ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!
刹那、右手に光らが迸り、現れたのは巨大な槌。くすんだ鋼色をし、宝玉と破城槌を思わせる巨大な撃鉄の付いた槌(ハンマー)。
その存在に驚愕しながらも、構わず振り抜き、光の槍と激突する。
「ぐっ! あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………っ!!」
僅かな拮抗を経て、槌と槍は互いの力に押し返す磁石の様に弾け飛んだ。その巨大で重い槌を持つ俺も、引っ張られる様に後ろに吹き飛ばされ、無様に床に転がってしまう。
『Guilty(ギルティ)』
「なっ!? 神器!?」
「彼も所有者だったのか!?」
「………っ!?」
驚く堕天使と悪魔コンビに構わず、立ち上がった俺は、再びレイナーレに向かおうとするが、槌(ハンマー)の重量につんのめってしまう。大型の犬くらいはありそうな巨大ハンマーは、見た目通りの重量感で、しっかり腰を据えても横に振り回すのが精一杯だ。よく見れば右腕も灰色の籠手が肩まで装着されていて、細いダイヤ型の宝石があしらわれていた。
「………ふ〜〜〜ん。見た事もない神器だし、希少(レア)なのは希少なんでしょうけど、使い手を選ぶみたいね?」
じっくり観察するように見たレイナーレは、言った後に光の槍を無造作に投げつけてきた。
慌てて俺は、腰をしっかり据えて無理矢理破城槌を振るい迎撃する。剣を振り回してきた時の感覚に比べれば圧倒的に遅い、しかし、思ったほど鈍重ではない動きで薙がれた槌は、光の槍と激突し、再び互いを吹き飛ばした。
今度はコケない様に踏ん張ったが、やはり槌の重量に振り回されてしまう。
『Guilty』
攻撃を受け止めた時、槌に埋め込まれた宝玉が光り、音声を発した。残念ながら意味は解らない。
『右から来ているぞ主よ』
「!」
突然内側からした声に反応して右を見ると、黒ずくめのはぐれエクソシストが、光の剣を振り上げていた。反撃できないタイミングじゃないが、なにしろ武器が鈍重な破城槌(ハンマー)だ。回避もままならない。仕方なく槌の柄で攻撃を受け止めるが、それでも何度も振り下ろされる度にこっちも動かなければならない。結果的に槌を動かさなければならないので結構疲れてしまう。そもそも、柄越しでも衝撃は伝わってくるので戦い慣れしていない手が痛い。
『Guilty(ギルティ)』
三度(みたび)、音声が発せられた時、再び内側から声が聞こえる。
『さあ主よ、力は集まった。今こそその力を使う時だ』
「? この声、ピーターハウゼンか?」
『君が呼んだのだろう? さあ、私の力を解放してくれ』
言われて、どうすればいいのだろう?っと疑問を浮かべると、神器(セイクリット・ギア)を通してピーターハウゼンの意思が伝わり、コイツの使い方を教えてくれる。
俺が劣勢に立たされていると感じたのか、塔城が俺の前に出てはぐれを一人蹴り飛ばす。
「………下がってください。その神器(セイクリット・ギア)では―――」
「大丈夫だ! いける!」
彼女の制止を聞かず、俺は重い槌を構えて命令する。
「吼えろ! ピーターハウゼン!!」
『Execution(エクスキューション)!』
音声が発せられると、破城槌(ハンマー)を通して身体に力が流れ込んで来るのを感じる。
俺の知らないエネルギーが身体の内で爆発したのか、空気を押しのける様に灰色のオーラが輝く。いや、透き通った灰色の光は、もはや銀に近い輝きに見えた。
身体と槌が軽くなり、俺は一息で飛び上がると、空中で一回転して、その勢いのまま槌を振り降ろし、はぐれの群れの中に叩き込む。
どがんっ! と床を打ち抜く重たい音が鳴るが、はぐれの集団は飛び退き、誰にも当たっていない。その様子に俺が外したと思ったのか上空でレイナーレが笑いを漏らしたのが聞こえた。
俺は反撃が来る前にもう一度命じる。
「撃ち抜けーーーーっ!!」
『Punishment(パニッシュメント)!』
刹那、音声と共に撃鉄打ち降ろされ、蓄えられた力が攻撃として爆発する。
そう、それは、まるで破城槌の名の通り、城壁を破壊するが如く、地面を粉々に吹き飛ばしたのだ。
ドガガガガガガガガァ〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ!!
さっきとは比較にならない轟音が鳴り響き、耳がおかしくなりそうだ。
撃鉄を降ろした時に起こった衝撃波もあって、俺の半径五メートルにいたはぐれは、一人残らず倒れていた。床はむちゃくちゃに吹き飛ばされていて、本当に爆弾でも爆発したんじゃないかと思える光景。この惨状を作った本人である俺でさえ、その破壊力のすさまじさに呆気(あっけ)にとられてしまう。
振り返れば、同じように驚いて目を見開いている塔城と木場の姿が見えた。
うん、お前らだって驚くよな。
自信の付いた俺は、破城槌(ハンマー)担ぎ上げ、上空でやっぱり呆然としているレイナーレに向かって飛び上がろうとする。足に力を込めると同時に気付かれたが、もう遅い!
『Erase(イレース)』
突然、そんな音声を槌が発したと思ったら、さっきまで輝いていた宝玉が光を失い、俺を強化していたオーラも消し飛んでしまった。
「ぐえっ!?」
急に力が抜けるものだから、担いでいた槌(ハンマー)の重量に負けて、その場で潰れてしまった。
最初は自分を強化していた力が尽きたのかと思ったが、どうやら違うっぽい。それ以前に俺自身の力が失われている。手足に力が入らず、起き上るどころか這い出る事も出来ない。
「………。ふふっ、あっははっ! あっはははははははははははっ!」
それを見たらしい堕天使が、とても愉快そうに笑い声を上げる。
「なるほどね。確かに攻撃力は脅威だけど、その分、使用者への負担も大きいと言う事ね」
そうなのか!?
『その通りだ主。今の主では私の力を半分も引き出す事は出来ない。精々溜め込んだ力を二回も解放すれば限界に来てしまう』
ちょーちょーちょーちょーっ!
そう言う事は早く言って!
「所詮、人間の分に余る力。あなたなんかに使いこなせるわけがないのよ」
嫌味な笑みで嗤い、堕天使は光の槍を振り被る。
「!」
襲い来る攻撃を予期して息を呑んだ時、飛び上がった木場が堕天使の隙を付いて斬り掛る。残念ながら腕を掠めただけだが、堕天使もそれで攻撃を止めて一旦引き下がる。
「あら、酷いじゃない? 怪我をしちゃったわ〜?」
あの程度の傷、アーシアから奪った『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』で簡単に治療できるだろうに。
「まあいいわ。あなた達の相手は後回し。面白い神器も見つかった事だし、あの坊やを始末したらアナタのそれも回収しないとね。これで私の地位は盤石だわ!」
そう笑って堕天使は出口に向かって飛び去ってしまう。
「ま、待て!」
俺は咄嗟に腕を突き出しテルクェスを射出しようと試みるが、出てきたのは水鉄砲にも劣る霧吹きの様な水滴だった。
咄嗟の試みとは言え、今まで出せなかったモノが出せたのだから、少しは霊力も戻っているようだ。それでも限界状態の今の俺ではこれくらいしかできないらしい。
神器を一旦仕舞った俺は、なんとか立ち上がり堕天使を追おうとするが、そもそも立ち上がる事が出来ない。体中が生まれたての仔馬の様にガクガクと痙攣するばかりで上手く力が入らない。
「くっそっ! まてっ!」
それでも追いかけようとする俺を手で制したのは塔城だった。
「もう限界です。大人しくしててください」
「アイツ! アイツ!」
塔城を押しのけて進もうとするが、塔城の力は重たい俺の槌(ハンマー)以上にびくともしない。まるで地面に設置されている鉄杭と押し合いをしているようだ。
「無理です………!」
「アイツは! アイツだけは言っちゃいけないんだ!」
もう姿の無い堕天使を睨みつけながら、俺はずっと胸を突いていた気持ちをあらん限りに叫んでいた。
「誰が何を言っても良い! でも……! でも、イッセーが好意を寄せたアイツが! アイツがイッセーを侮辱する事だけはしちゃいけないんだっ!!」
寄せられた好意を裏切ったからじゃない。俺はそんな正義感は持っていない。
ただ俺は、友達のイッセーを侮辱されたくないと言う想いだけで叫んでいた。
俺の友達を、あのイッセーを、誰も傷つけるな!
俺はそんな気持ちを胸に叫んでいた。
「………」
そんな俺の姿を塔城はどんな気持ちで見ていたのだろうか?
それを確かめる前に、俺は限界を迎え、意識を手放す事になった。
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