真・恋姫†無双 〜胡蝶天正〜 第二部 第01話
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この作品は、北郷一刀の性能が上方修正されています。はっきり申しましてチートです。

 

また、オリジナルキャラクターやパロディなどが含まれております。

 

その様なものが嫌いな方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

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「全く、宮中の宦官であるこの私が、何故こんな田舎に足を運ばねばならんのだ・・・・・」

長安より北西に位置する涼州の新平、その畦道を一人の宦官が護衛を連れて、悪態を吐きながら進んでいく。

中常侍の下で書簡の作成や整理をしていたこの男は、地方官から届いた帝への献上品を着服、それが十常侍の耳に入り、もみ消す代わりに地方の視察の任を言い渡されていた。

十常侍の申しつけでは逆らう事も出来ず、渋々了承する事にしたが、気乗りのしない任務である事は否めず、洛陽からここに来るまでの間に何度も同じような悪態を吐き続けている。

それを直ぐ傍で延々と聞かされ続けている護衛達もいい加減辟易しており、早くこの任を終えてこの男から解放されたいと考えていた。

「新平の太守は確か数年前に派遣されたばかりのひよっこだったな。・・・・そいつを脅して金でもせびらねば割に合わん」

そうこう言っている内に太守が治める城下まで着き、城へ行く為に大通りを進む。

どうせ形ばかりの視察と思い、城へ向かう途中の様子を眺めて市街地の報告をしてしまおうと考えて街の様子を見ながら通りを進んでいくと、少し奇妙なものを見つける。

「鍛冶屋・・・・のようだが」

正面の店構えは確かに何の変哲も無いただの鍛冶屋なのだが。

「やけに大きな建物だな・・・・・」

そう、明らかに建物自体が大きいのだ。

一般的な鍛冶屋の工房が九棟は入りそうなほどの面積の建物が目の前にあり、屋根の高さも普通の建物の二倍から三倍はある。

一見何処かの豪商の邸宅かと思い、気になったので中を覘いてみることにした。

中は建物の大きさの割には狭く、普通の鍛冶屋の店内と大差がない造りをしている。

店の中を奇異な目で眺めていると、奥の方から店番と思われる者が現れてこちらに話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。何かお求めでしょうか?」

「いや、外から店の様子を見て気になって入っただけだ。ここは鍛冶屋のほかに何か別の商いでもやっているのか?」

店番は目の前に居る宦官を訝しみながらも、問いに答えてきた。

「いえ、うちは鍛冶屋だけですが・・・・・・・・。あの、お見受けするに都の宦官の方のようですが・・・・・この様な場所に何の御用でしょうか?」

「お前のような下賎の者に堪える必要は無い。貴様は黙って私の問いにだけ答えておれば良いのだ」

鍛冶屋の店番如きに問いを返され気分が悪くなったが、このまま質問を続ける事にする。

「それで、鍛冶屋だけをやっているにしては随分と仰々しいが、何故こんなに大きな建物を構えているのだ?」

「・・・・・・・うちでは太守様からの御用も一括して受けておりますでこれだけの大きな建物が必要なのです」

「太守からの仕事を全てここで請け負っているのか?」

「はい、そうです」

店番から話を聞いていると奥の方からもう一人、今度は十四かそこらの生娘が晒に法被姿で出て来ると、こちらをちらりと見てから店番に話しかける。

「どうかしたっすか?長引いているからてっきり大将が来たのかと思ったけど違うみたいっすね」

「あ、三代目。実は・・・・」

三代目だと?今、目の前に居るこの小娘がこの鍛冶屋の主だというのか!?

目の前の娘に驚いていると、店番から話を聞いた小娘がなにやらこちらに物申してきた。

「おいおい、あんた等がどんだけ偉いのか知らないっすけど、うちの商売の邪魔するなら出て行ってくれないっすか?」

「なっ!?貴様っ!!」

「それに見たところこの辺の視察に来た途中にうちに寄ったようっすけど、もしそうなら早いところ城に行ったほうがいいっすね。大将がこの前、盗賊団の討伐をする為に大量に武具を発注して納品したばかりっすから、早く行かないと城についても門前払い喰らうかもしれないっすよ?」

なんだとっ!?

もし本当ならこんな所で油を売っている場合ではない!

一刻も早く城へ向かわなければ!

この小生意気なガキを睨みながら舌打ちをした後、直ぐに店を出て城へと急ぐことにした。

 

 

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城に着くと城内からは兵士達が慌しく動いている音が聞こえ、確かに戦支度をしている様子である。

「何か御用でしょうか?」

「洛陽から視察に来た者だが、太守殿にお目通り願いたい」

門番に声をかけられたので用件を話すと、間もなくして門が開き城の中へと案内される。

城内ではやはり戦支度で兵士達が忙しなく走り回っており、視察に来ている自分達が場違いな場所に来てしまったのではと思うほどである。

しかし、これもまた妙な話だ。

盗賊団の討伐など本来は刺史がするような仕事、太守自らが態々するような仕事ではないのだ。

そんな事を考えながら建物の中へ入ると、凛とした顔立ちをした美しい女性が見たことも無いヒラヒラとした衣服を身に纏い立っており、こちらに深々と礼をしてくる。

「洛陽より遠路遥々ようこそお越し下さいました。我が主の下へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

そう述べた後、侍女と思われる女性は渡り廊下への扉を開けて太守の居る所まで案内をする。

その美しい立ち振る舞いに、ここに居る全員が見とれてしまったが、彼女が振り返りこちらの様子を覗っているのを見て我に返り、案内されるまま彼女の後を付いていった。

しばらく歩くと他の物よりもやや格式高い扉の前にたどり着き、ここまで案内した女性が扉を軽く叩く不思議な動作をする。

コンコン

「誰だい?開いてるよ」

「失礼致します」

部屋の中から返事が聞こえ、案内されたので護衛を廊下に残して中に入ると、そこには戦の身支度を終えた若い男が机の前に腰掛けて横に積まれた竹簡の山に目を通していた。

「一刀様、洛陽から新平の視察にお越しになられた方達をここまでお連れ致しました」

「ありがとう、鄒。なら例の物を持ってきてくれ」

「畏まりました。それでは、失礼致します」

鄒という女性は深く一礼すると部屋を出ていき、部屋の中には男二人のみが残される事に・・・・。

すると直ぐに一刀という男は読んでいた竹簡を脇へどけてこちらへと顔を向けると、微笑みながら話しかけてきた。

「こんな遠方まで良くぞお越し下さいました。この様な慌しい場所でお会いする事を申し訳なく思います」

「いえ、こちらがいきなり訪れたのだから、お気にされなくて結構」

形式ばった社交辞令を終えると、先程思った妙な事を聞きつつ本題へ移る。

「それにしても何故、太守自らが盗賊団の討伐などを?その様な仕事、刺史に任せておけば良いでしょうに・・・・」

「そうしたいのも山々なのですが、実はこの地域の刺史が盗賊団の討伐に何度も失敗しておりまして・・・。それで私自らが動かねばならない事態になったわけです」

なるほど、刺史が手を拱いている様な状態なので太守自らが動く事になったのか・・・・。

普通の太守ならばそのまま捨て置くが、この太守は自ら動くほど仕事熱心な男、清流派に近い考えの持ち主ならば金を貰うのも期待できないか・・・・。

宦官が脅しをかけて金を貰うかどうかを考えていると、先程部屋から出て行った侍女が戻ってきて太守の男にやや大きめの箱を城の兵士に持たせてやって来た。

「一刀様、お申し付けの物をご用意いたしました」

「ああ、ありがとう。この方の前に置いてくれ」

太守の言葉を聴いて侍女は箱を私の目の前に置くと、また一礼をして部屋を出て行った。

それを確認した後、目の前の男はこちらへ箱の中身について話しかけてきた。

「遠路遥々この様な所まで足を運んで頂いたのです。どうか帰りの旅費の足しにして下さい」

そういって男は箱を開けると、中には司と刻印が押された金塊がぎっしりと詰まっており、正直度肝を抜かれた。

この男は中々食えん奴だと思いつつ、感謝の意を相手へと伝える。

「これはこれは、お気遣い感謝いたします」

「いえいえ、私のほうもこれから賊の討伐で大したお構いも出来ませんので、そのお詫びも込めての分で御座います」

「・・・・報告書にはこちらの太守は善政を布く素晴らしいお方だと書いておきましょう。それではお忙しい様ですので失礼致します」

これだけの物を貰えれば、こんな片田舎まで来た甲斐もあったと言うもの、市街地以外の視察のほうは適当に誤魔化して報告してしまおう。

廊下で待たせている兵士達に箱を持たせ、太守に向かい一礼すると、そそくさと部屋を後にしようとする。

「私の方で帰り道の護衛をつけましょうか?幸い身支度を済ませた兵が大勢居りますので・・・・」

「いえいえ、お気遣いだけで結構です。それでは、御武運を・・・・・」

「ありがとう御座います。貴方様も道中お気をつけて」

太守の気遣いという名の監視の兵を断り、別れの挨拶をすると、今度こそ部屋を後にした。

扉を閉める時にもう一度太守のほうを見ると、既にこちらには目もくれず、読みかけていた竹簡に再び目を落としているのが見えた。

 

 

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先程こちらを案内した侍女に連れられて城を後にし、昼食を取り街を出る頃には土産を貰った時の興奮が冷めてきており、冷静にあの太守の事を考える事が出来るようになってくる。

書簡で仕事を見る限りでは目だった働きをしてはいないが、実際に会って見た印象は得体が知れないといったものだった。

街中の鍛冶屋を抱え込んで賊の討伐に力を入れる仕事熱心な男かと思えば、視察に来た私のような宦官にこれだけの賄賂をPONと出す。

清濁の間を縫うように歩く役人、そんな何を考えているのか分からないような印象を抱かせる男だったといえる。

「まぁ良い、今回の仕事はこれで終了だ。今更こんな所の地方官の事を考える必要もないだろう」

太守の事を考えるのを途中でやめると、早々に洛陽への帰路を進み、しばらく道なりに進んでいくと、田畑以外に何もなさそうな寒村が見えてくる。

最初は何の変哲もないただの寂れた村だと思っていたが、良く見ると人が住む家屋や家畜小屋のほかに土壁で出来た窓の無い建物が五棟並んで建っている。

不思議に思って眺めていると村の娘が横を抜けていこうとしたので呼び止めて聞いてみることにする。

「そこの者、少し待て」

「・・・・はい、何でしょうか?」

「あそこに見える建物は一体何なのだ?人が住む家屋よりも大きいが、こんな建物他では見たことが無い」

「ああ・・・・これは太守様が建てられた肥しを作る為の納屋らしいです。何でもこの納屋で肥しを作ると普通の物よりも良い肥しが出来るとかで・・・・」

肥しを作る為の納屋か、しかし気になるのはこの娘の言動からはまるでその肥しを使った事がないような言い方をしている。

「その肥しを使って作物を育てた事があるのか?」

「・・・・・いいえ、私たちの村では一度もこの納屋で作った肥しを使った事はありません」

「何故だ、見たところこの村は田畑以外で生計を立てている者は居ないだろう?ならばこの納屋から肥しを出して作物を育てれば良いではないか?」

街にあった鍛冶屋も妙ではあったが、こちらのほうがさらに可笑しい。

この村で作られている肥しを、この村の住人が使ってはいないと言うのだから。

「この肥しを作るのには時間が掛かるらしく今まで一度も納屋から出して使った事がないのです。入り口の横に数字が書かれているのが見えますか?」

よく見ると入り口の直ぐ脇に数字の書かれた板が貼り付けてあり、右の納屋から順に一から五まで番号が振られていた。

「あの数字はその納屋にいつ頃肥しが仕込まれたかを表していて、五と書かれたあの納屋は今年で五年目になり、もう直ぐ開けられる事になってます」

「五年だと!?」

たかが肥しを作るのに五年も掛けるなど聞いた事が無い。

本当は肥しではなく税から逃れる為に村人達が建てた作物を入れる為の蔵ではないのかと思えてきた。

だが、五年前と言えば、あの太守がこの新平に赴任した年とぴったり重なる。

鍛冶屋を抱え込んであれだけの建物を与える太守のやる事ならあり得なくも無い。

「それにしてもようやく最初の納屋を開けることが出来るのは嬉しい事です。これで太守様から報酬が頂けるのですから」

「肥しを作ると太守から報酬がもらえる?どういうことだ?」

「はい、何でもこの村で作られた肥しは痩せて開拓する事が出来ない荒地に使うらしく、全て太守様が買い取って下さるそうです。私たちも肥しを作るだけでお金が貰えるのですから喜んで作っていますよ」

太守が村から肥しを買い取るだと?

あの男、何を考えているか分からないと思っていたが、ただのうつけでは無いのか?

こうなってくると益々あの太守の事が分からなくなってきた。

白なのか黒なのか、はたまたただのうつけ者なのか。

太守の事で思慮していると、呼び止めた娘がこちらに話しかけてきた。

「あの、もう行ってもいいでしょうか?」

「ん?ああ、もう行ってよい。・・・・・・・いや待て」

先程まで納屋や太守の事で気にも留めていなかったが、今度は娘の方へと意識を向ける。

娘も行っていいと言われた後で直ぐに呼び止められた為、解せないと言った面持ちでこちらへ振り返る。

「はい?」

「お前、納屋の横に書いてある文字を読んだ事から察するに、読み書きが出来るのだな?」

「はい、簡単なものでしたら・・・・。あの、それが何か?」

「埃を被って薄汚れてはいるが、中々の上玉だな・・・・。」

宦官は娘を見てにやけ笑いをすると、護衛の兵士達にある命令をする。

「お前達、この娘を捕らえよ。洛陽まで連れて行く」

「「「「はっ!」」」」

「っ!?」

娘も宦官の言葉を聞いて直ぐに逃げ出すが、馬に乗る兵士の前に直ぐに追いつかれてしまい、当身を入れられてその場から連れ攫われてしまった。

そのまま馬を走らせて直ぐに村を去り、洛陽へと続く道が伸びる森に入った辺りで速度を落としてゆっくりと帰路を進む。

「この娘なら洛陽へ連れて行けばかなりの額で売れる事だろう。地方の視察と言うのも悪くないものだな、太守からの土産も含めてこれだけの役得が在るならば喜んでやりたくなると言うものだ!ハッハッハッハッハ!」

ドサッ

太守から貰った箱を眺めながら愉悦に浸っていると、後ろのほうから何かが地面に落ちる音が聞こえてきた。

護衛が娘を落としたのではないかと思い、慌てて振り返る。

「おい、気をつけろよ。顔に傷でも付いたら値段が下がるじゃな・・・・・・」

小言を言いながら振り返ったが、後ろに広がる余りの光景に声が出なくなってしまった。

後ろには護衛の兵士達が馬に乗っている。いや、載っているが正しいだろう。

全員が馬に跨り手綱を持ったまま、それぞれが違う死に方で絶命していた。

ある者は頭を何処かに落としてしまい胴体のみになっており、またある者は胸から剣先が生えている。

馬から落ちた者は腹を裂かれたのか腹わたを地面にぶちまけていており、攫ってきた娘を抱えていた兵士は肩から先が無く、首があらぬ方向を向いていた。

その光景を目の当たりにして恐ろしくなり、馬を走らせようとしたところで宦官の意識はプツリと途切れた。

 

 

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「仲達様、御命令通り新平を出る途中で無法を働いた宦官を始末してまいりました」

新平の太守が政を行う一室で、都へと送る書簡を認めながら一刀は諜報員の言葉に耳を傾けていた。

「ご苦労様、素直に真っ直ぐ帰っておけば金塊だけで済んだのに・・・・。まぁ、あれだけの金塊を持たせたのに、人攫いなんてやる様なら情状酌量の余地なんて在りはしないか」

「・・・・あの手の輩は分を弁えるという事はありません。仲達様の手土産に関係なく悪事を働いた事でしょう」

「気を使ってくれてありがとう。金塊は手筈通りに扱ってくれ、あと助けた娘さんは家族共々この街に移住してもらって、後の事は鄒に任せるから」

「御意」

俺の言葉を聴くと、諜報員は当初の命令を遂行する為に音も立てずに部屋を後にする。

俺も書簡を認め終わると筆を置き、刀を腰に差して部屋を出る。

「さてと、仕込みは済んだ。後は仕上げだな・・・・」

「一刀様、貿易による今月の収益をまとめた書簡を持って参りましたが、如何致しましょう?」

独り言を呟きながら廊下を歩いていると、鄒が竹簡を持ってこちらへ近づいて来ているのに気が付く。

「ありがとう、俺の机の上に置いといてくれ。帰ってきてから読むよ」

「畏まりました」

「・・・・すまないね、鄒。本来こういった仕事は君の役目では無いのに任せてしまって」

鄒にはこの新平の地に来て五年間、城内の従者を束ねる侍従長の他に、本来は文官がやる様な書簡の整理などもやらせてしまっている。

文官がこの城に居ないわけではないのだが、俺が太守としての仕事の他に、裏でやっている大陸北部での貿易や俺の知識を使った技術開発の経過報告書などは、信頼する者にしか任せる事が出来ず、鄒に一任してしまっているのが現状だ。

当初はそう大した量の内容でもなかったのだが、私兵の給料を稼ぐ為に始めた貿易の予想以上に大規模になってしまったこと、義父様の計らいで新平の太守になれた事で、今まで出来なかった大掛かりな技術開発も可能になった事により仕事量が激増してしまっている。

「一刀様がお気になさる程の事では御座いません。この程度の仕事であれば鄒一人で十分で御座います」

鄒はこう言ってはくれているが、正直オーバーワークである事は誰の目から見ても明らかだ。

誰か信頼が置ける者を雇わねばならない事は分かってはいるのだが、俺自身の出自の秘密もあるため足踏みをしてしまっている。

とりあえず今は頑張ってくれている鄒を労いつつ、今後どうするかを考えることにしよう。

「鄒、いつもありがとう。君が居なかったら俺は今頃、書簡の山に埋れて過労死しているよ。信頼が置ける者が現れるまでの間は君だけが頼りだ。もう少し頑張っていてくれ」

「一刀様・・・・・・・・」

俺の名前をただ一言呟くと、鄒はいつもの様に背を向けて手拭を顔に宛がう。

昔から続くこの行為だが、俺が鄒の前へ回り込んで顔を覗き込もうとすると彼女は全力で阻止しようとしてくる。

以前彼女に何故俺に見えないようにして涙を拭くのかと聞いた事があるのだが・・・・。

“この様な大変の御見苦しい様を、一刀様に眼前に晒す事は出来ません”

と言って頑なに顔を見られるのを拒むのだ。

そう言われてしまうと、流石に俺も気が引けて、もう顔を覗き見るのは半ば諦めかけている。

「おやおやぁ〜、大将と姐さんじゃないっすか〜。こんな所で何乳繰り合ってるんすか〜?」

「「!」」

鄒を労いつつそんな事を考えていると、廊下の向こう側から晒に法被姿、頭には緑色の布をつけた女の子がこちらに歩いてくるのが見えた。

彼女の名前は正(まさ)、俺の刀を鍛え上げた正宗の孫娘にあたり、今では俺が手掛ける兵器関係の開発一式を任せている。

この地に来るまでは親父さんがその任に当たっていたのだが、天性の才を持った正に自分の全てを叩き込んだので俺の下で経験を積ませてやってほしいと言って郷里に帰ってしまったので、彼女が三代目正宗を襲名する事になった。

「ま、正、あんまりからかわないでくれ。俺はただ単にいつも大変な鄒の事を労っていただけだよ」

「それなら毎日大将の無理難題を押し付けられて、てんてこ舞いのアタイの事も労ってほしいっすよ。それと、アタイの事を真名で呼ばないでくれって言ってるじゃないっすか」

正はふざけ半分でぼやきつつも、名前の事を俺に抗議してくる。

彼女の真名は生まれた時期が、祖父が正宗の名を襲名した直ぐ後という事もあって、正宗から一字取って正と名付けられたのだが、当の本人は男勝りな名前で余り気に入っておらず、真名で呼ばれるのが好きではないのだ。

「でもそれじゃあ、何て呼べって言うんだ?正宗って呼ぶともっと男っぽく聞こえるぞ」

「まーちゃんとかさっちんとか、何か女の子っぽい適当な呼び方でいいんっすよ」

確かに正が言った呼び方は女の子っぽいのだが、晒に法被姿で金槌を振ってる相手に、まーちゃんとかさっちんとか呼ぶのは些か抵抗があるのだが・・・・・。

「・・・・因みに鄒は何て呼んでいるんだ?」

「正様とお呼びしておりますが・・・・」

「工房では部下に何て呼ばれてるんだ?」

「お頭とか三代目とか頭目とか呼ばれているっすよ」

「やっぱり正で良いじゃないか?・・・・似合ってるし」

「何か納得行かねぇーーっす!!!」

理不尽な扱いに憤慨しながら、その場で地団駄を踏んでいる正を見ていると、やっぱり女の子っぽい呼び方は似合わないとつくづく思ってしまった。

「それはそうと、正がこんな所まで来るって事は俺に何か報告が在るんじゃないの?」

「ハッ!そうだったっす、大将にこの前頼まれた物の報告が在って、ここまで来たんす」

正は我に帰ると、工房で作業をする時のような真面目な顔で俺に報告を始める。

「大将にこの前頼まれてたあの新兵器、一つ二つ作るぐらいなら問題ないんすけど、軍で使うほど量産するとなるとやっぱり時間が掛かる事になるっす」

「そうか、五年前に新平全域で仕込んでいたアレがもう直ぐ出来上がってくるから、それまでには数を揃えたかったんだけど無理か」

「そうっすねぇ。ただ、その前に頼まれていた物はそこまで大変な物が無かったので、もう直ぐ数を揃える事ができるっす」

「お!?それは嬉しい!そっちまで駄目だったら如何しようかと考えていたところだよ」

俺は最後に頼んだものが用意するのに時間が掛かると言われて、少し落胆しつつも他の物が出来そうな事に喜びを感じていた。

「にしても大将、今回数を揃える事が出来なかったアレ、扱いが難しくて本当に実戦で役に立つんすか?」

正は自分で作っているが故に俺が依頼した物の扱いの難しさを熟知している。

そのため、実戦で投入して本当に威力を発揮するのか疑問視しているようだ。

「ああ、その点に関しては問題ないよ。弓に比べて威力は格段に高いし、狙いの定め方は御禁制のアレとほぼ一緒だからそっちを使って訓練していれば比較的早く移行できるだろ」

「まぁ、そうっすが・・・・・」

「俺も出来て直ぐには実戦投入するつもりは無いよ。十分に兵士に訓練させて実用段階にまでなってからの話だから、まだ大分先のことになる」

俺の言葉を聴いてもまだ納得が行かないらしく、渋い顔をする正。

まぁ、こればっかりは実際に使ったところを見せないと納得は出来ないだろう。

「とりあえず、引き続き頼んだ物の開発を頼むよ。俺は今から盗賊団の討伐に行ってくるから。あ、それと鄒。後で兵が助けた近隣の村人数名を連れて来ると思うから、住居とか仕事とか適当に宛がってあげてくれ」

「畏まりました、御武運をお祈りしております」

「大将が盗賊団如きにやられるわけないっすけど、気を付けてくださいっす」

二人に見送られながらその場を後にする中、俺はつくづく人手が足りない事を痛感していた。

今のように俺が何処かへ出る事になった場合、城の事を任せられるのは軍師でも将でもないあの二人しか居ないのだ。

城で何かあったとしても、俺が兵達で最も信頼を置く諜報部隊の部隊長が居るので何とかなるとは思うのだが、もしも鄒辺りが過労で倒れたともなれば、それこそ首が回らなくなる。

「早い内に何とかしないと拙いよなぁ、やっぱり・・・・・」

俺は人員の選定を考えながらも、自分が育て上げた精兵達の下へ向かった。

 

 

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城を後にして街の入り口にまで行くと、戦を前に気を引き締めた面構えの兵士達が隊列を組んで並んでおり、俺からの号令を心待ちにしていると言った感じだ。

俺は兵士達の前まで行き、副官が用意していた軍馬に跨ると眼前に広がる我が軍に向けて檄を飛ばして行軍を開始する。

盗賊の根城は先行させている諜報部隊から大凡の場所は報告が来ているので、後は伝令で届く細かな情報を受けながら軍を進める事になる。

その最中に副官が少し不安な顔をして俺に話しかけてきた。

「太守様、これから討伐に向かう盗賊団を刺史が討伐に何度も失敗しているのは両者が結託しているからではと言う噂が流れております。もしこの噂が本当だとすれば、刺史が太守様に都合が悪くなるように書いた書簡を朝廷へ提出するやも知れません・・・・・」

副官は俺の身を案じて進言をする。

実際に彼の言っている噂の中身は真実であり、刺史が盗賊団の討伐に失敗している背景には、刺史がその都度賄賂を貰って適当に兵を引かせているからだ。

このまま盗賊団を潰せば金蔓を失う事になる刺史は俺の事を悪政を布いている太守と都に報告して俺を排斥しようとするだろう。

なので先手を打つ為に副官に命令を出す。

「その事に関して、君に重要な任務を与える。この竹簡を他の者を使って刺史へと届けて欲しい」

俺はそう言って懐から二本の書簡を出し、片方の竹簡を副官に渡す。

「はっ!直ちに手配させます。しかし、私が行くのではないのですか?」

「君にはこちらの書簡を朝廷に届けて欲しいんだ。寧ろこっちのほうが重要な物だから直接君の手で届けてくれ」

副官にもう片方の紙で出来た書簡も副官に手渡し、彼自身への任務を与えた。

「了解しました。直ちに洛陽へ赴き、この書簡を提出致します」

「頼んだよ、それで万事上手くいくはずだから」

副官は命を受けると護衛数名を付けて俺の下を後にする。

刺史と朝廷には手を打った、これで諜報員が上手く事を運んでくれていれば、あとは盗賊団を討伐するだけで片が付く。

自分が巡らせた策を整理しながら軍を進めていると、俺の下へ諜報部隊の情報を持った伝令がやってくる。

「伝令!敵盗賊団の一部が砦を出て近隣の谷間にある村へ進行中!このままでは村は壊滅するとの事です!」

「ちぃ!・・・・相手の動きのほうが早かったか。直ちに村の救援に向かう!総員、駆け足!」

「サーイエッサー!!!!!」

俺の号令を受けて全軍が行軍速度を一気に上げる。

怒涛の勢いの進軍の甲斐もあって、一刻と経たずに報告のにあった村へと到着するのだが、既に盗賊団は村の入り口まで到達しており、今まさに村を強襲しようとしているところであった。

しかし、妙な事に盗賊どもは村の中へ入らず、入り口で立ち往生しているように見える。

軍を進撃させながら良く見てみると、一人の女性が槍を手に盗賊へと立ち向かい、村への侵入を阻んでいる事に気が付いた。

俺はその女性を知っている。

嘗て最初に俺がこの乱世の大地に降り立った時、ごろつきどもに絡まれていたところを助けに入った誇り高き常山の昇り竜にして、懐かしき軍師のあの二人の友。

趙子龍その人だった。

 

説明
お待たせ致しました。
本日より第二部スタートです。
少しの間、華琳様とはお別れですがご了承ください。

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コメント
これは・・続きが楽しみです。(Fols)
彼女は一刀の臣足り得るのか?(デーモン赤ペン)
星と一緒に風と稟が仲間になってくれれば人手不足も解消できそうですね(牛乳魔人)
趙雲なら手を貸す程度で済ませそうですね、彼女は覇道よりも徳を選びそうですし・・・一刀の覇王の一面に感嘆しました、どんどん強くなりますね(本郷 刃)
おお!ここで趙雲が仲間になるのですか!? (アサシン)
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