トゥングスワ=ルフツビ その1 |
01
?以前雑誌の対談で貴方が語っていた幻の漫画『トゥングスワ=ルフツビ』に当たるものが
先日偶然TVに映っておりました。
私は田舎に住んでいる一介の好事家ですが、あの絵は間違いなく『トゥングスワ=ルフツビ』です。?
作家、辰野銀次宅のポストに入って来た一枚の葉書にはそう書かれていた。
「…これはすごい」
辰野自身テレビをあまり観ない。勿論その漫画にあたるものがテレビに映っていた事には驚いたが、それと同時にあの漫画のことを知っている人がいたこと自体にも驚いた。
辰野はしばらく考えた後、最近滞りがちな執筆を思い切って中断し、知人のツテでテレビ局のスタッフと会うことにした。
02
15分ほど会議室のようなところで待たされて、やってきた男と名刺を交換し、
さっそく件の番組をたずねてみた。
「ああその番組なら親から依頼されて一人暮らしの学生の下宿先を訪問するって企画の番組ですわ。まだ取材した時のテープが有るはずです」
『佐久治君の部屋で?す。おじゃましま?す』
14インチのモニターに映る、慌てて掃除したような一室。
中央にジャージ姿坊主頭の学生が一人正座している。
レポーターであるタレントがたわいもないものに茶々を入れながらカメラも彼が指差すものを追って行く。
そして壁に並んだ二台の本棚の間、薄い額が掛けてあるのが映った。
「あ、ちょっとストップ!」
その額の中に、一枚の漫画絵が入っている。
…突風の中ひと組の男女、傷だらけの男女が岩壁に穿たれた細い道に居る。
彼等は互いの手を取り何かをしようとしているらしい。
確かに、あの漫画だ。辰野の心臓がドキドキした。
しかし違和感に気づく。
『…何なんだ、こんな場面あっただろうか?』
辰野は混乱た。
「彼の住所は分かりますか?彼の所へ行って見たいのですが」
「今からですか?」「遠く無ければ是非」
「確かH市ですよ。記念品を送ったので残ってます。あなたが急に行っても向こうは驚くでしょうから、ここから連絡をいれておきますよ」
「ありがとう。」
「…その代わりと言っては何ですが、今から行くのならウチの者を付けても良いでしょうか?」
辰野は少し考えて言った。「何も起こらないと思いますよ」
男は口の片方だけで笑いながら「この業界も数撃たなきゃ当たらんのですわ」
03
H市某駅に降り立つ二人。
辰野の横には小さなデジタルカメラを構えたノッポの女性スタッフ。
『…この娘、でかいな』
「将又」とかいて「ハタマタ」という名前の彼女は、駅前公園に建つH市のキャラクター「ピカピカくん」像を撮っている。
「はい、おまたせしました。このメモからするとこっちの道ですね。近くで土産でも買って行きましょう」
青年の下宿先に到着。ビデオの時と同じジャージ姿。
「どうぞ」
辰野の後ろから頭をかがめて入る女性スタッフ。
「これが、その絵なんですが…」
「貴方はどうしてこれを?」
「これは、元々漫画家だったらしい叔父から貰いうけたものなんです。
叔父は若い頃、家と断絶状態で東京に出て来たのですが、漫画家として売れた事はなく、暫くはアシスタントなどをして食い繋いでいたようです。
その後漫画もやめた叔父は普通の会社に就職し、そのまま独り身で亡くなりました。
で、葬式の時、たまたまこっちで暮らしていた唯一の親族として僕がかり出されたんです。
そのとき宿の身辺整理もさせられましたが、歳は違えど同じ一人ぐらしですから、暮らしの様子は大体似たようなものでしたね。その時に形見分けとして貰ったのがこれです。」
彼はそう語りながら、額の裏ブタを外した。絵の後ろには鉛筆で『十六-01』と書いてある。
「この漫画のことは?」
「叔父の作品かもしれないけど全く知りません」
「では何故この絵を?」
「…自分でもわからないんですよ。なぜか、魅かれて持って帰って来ちゃった」
「そう」と言って辰野は眉間に皺を寄せた。それをカメラ越しにみた女性スタッフがそのまま質問。
「先生はこの絵を見て喜ぶどころか困っていますね。何故なのですか?」
「…この漫画の主人公であるこの二人はね、ワケあって反目しあっているんだ。
だから行動は共にしていても互いに手を貸す事はしない。本当に手さえ触れなかったんだ。子供の頃の僕にはそのドライな関係がとても新鮮で印象的だったんだよ。
ところが見たまえ、これを」
「これは何というか…切ないぐらいに好意を持つカップルですよね?」
「そうなんだ、違うんだよ。佐久治君、これは君の叔父さんがファンアート(二次創作)として描いたものなのだろうか?それとも、ソラヤマ自身の原稿、うん、没になった原稿なんだろうか?」
辰野は明らかに興奮していた。
「彼の叔父の経歴をもう少し調べる必要がありますね」
佐久治青年も「僕も興味があります」
「今から三十年前といえば、出版社に送られた漫画の原稿など紙切れ同然で、年末の大掃除の時の薪に使われていたぐらいだったそうだから、短期連載の記録なんか残って無いでしょうね」
女性スタッフが意外な知識を見せると、辰野が答えた。
「それどころか、出版社自体が雑誌が廃刊になったすぐ後に潰れたんだよ。」
「え?」
「国会図書館にも創刊二号以外は存在してなかった。ちなみに二号にはこの『トゥングスワ=ルフツビ』の連載は始まってなかったようだ」
「先生も調べたんですね。」
「実は先日法事で実家に寄った時にこれを見つけたのさ。」
辰野のふところから出てきたのは一枚の葉書。
裏には、男が大きな鍵を差し出すイラスト。その下に小さな字で
『カケロギンノシシャ、マヨウコトナク、トキノミツルシュンカンマデ』
「お恥ずかしいことだが、昔ソラヤマリンにファンレターを出した事があるんだよ。
この葉書がきた時は飛び上がって喜んだもんだ。
そんな大事なものだったのに、いつの間にか忘れてしまってたなんて…
数年前にふと思い出してから、気になりだして、同年代の連中に話したんだが、全く反応が無い。自分自身あれは夢か何かで勝手に作り上げたものかと不安に思えてきたんで、それなりに調べはしたんだが…」
「この文章の意味は?」
「この絵は漫画に出てくる魔法使いなんだ。彼の言ってる『銀の使者』と言うのは、漫画の中にもあったはずだが登場はしてなかったと思う。おそらく僕の名前の『銀次』とかけた洒落なんだろうな」
「…これ以降はどうしますか?手掛かりがすくないですよね」
辰野はポケットを探りながら
「いや、そんなにないない尽くしでもない。こういう場合は、振り出しに戻るのも良いだろう。」
もう一枚の葉書を出す。
「僕らの謎を任せられる適任者だよ」
04
電車に揺られている間に居眠りする辰野。その夢に幼少期の思い出が蘇る。
流感で寝込んでいる辰野少年の枕元に雑誌が投げられる。
襖の向こうに兄である金太の顔。
…あの当時、雑誌なんて買える小遣いなど貰ってなかったから
友達から巻き上げたのか、はたまた浜辺で拾ったのか…
あの雑誌は夢中になって何度も読んだな…
夢はそこからさらに、例の漫画の冒頭へ飛躍した。
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今から百六三年前
トゥングスゥワ=ルフツビという街の上空に、全てを覆うほど巨大な岩の硬貨が出現した。
何処かの呪術師の仕業であったのだが、その正体は腎大学の天測者をもってしても突き止められない。
終日陰に覆われた街では廃辱の気が漂い民の心を腐敗させた。
腎大学は、禁則でもあった呪術をもって呪術を制する方法をとることにし
西の哇山に隠棲する、蟇食を呼び寄せた。
老師は三日間呪詛を唱えたが回転する硬貨に更に二つの穴を開けるのみに終わった。
硬貨の二つの穴は少しずつ位置を変えて、トゥングスゥワ=ルフツビの街に陣を描く。
腎大学は死せる蟇食も未だ姿を見せぬ呪術師の手の内にあった事を知るが時既に遅く、穴の光は魔封陣を描き、街をさらに荒廃させた。
腎大学は討議の末に東の-イディオ-に禊を行った男女を送り、詔を賜る事にした。
詔を賜る行者にイタンのサクとイラツのハマナが選ばれた。
イタンとイラツの族は互いに八代前から犬猿の仲であったが、街の一大事に矛を収め二人を送った。
ともに今年十四になる二人は儀式を通して禊の力を得たが、唖となった。
東の門に寂寞とした見送の一行が去っていく剃髪軽装の旅人達を見つめる。
鶏血で染まった足は、砂漠の更に向こう、まだ観ぬ都『イディオ』に向いていた…
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…続きは床屋かお好み焼き屋で読んだっけ。
目を開けた辰野に女性スタッフが聞く。横になぜか佐久治青年も同行。
「思い入れのある作品なのは分かるんですが、如何せん漫画自体が無いので、どういったところが魅力なのか教えて欲しいのですが」
「それはね、さっきもいったように出てくる人物達が物語の内容上結構ドライな性格ばかりなんだけど、それぞれが裏に秘めた思いが伝わる感じの仕草が端々に見られる。こんな繊細な漫画は少年誌には無かったんだよ。
絵柄は初期の手塚漫画と『少年ケニヤ』の中間で、さっぱりとしてるのに泥臭い。雑誌の中でも異質だったな。それだからこそ気を惹かれたんだけど、掲載はいつも後ろの方だったから、あまり人気が無かったのだろうな。
実は、この漫画が記憶に残ったのはその絵も話もさることながら、その終わり方の違和感にあったんだ。」
05
古風な下宿の二階、山盛の本に囲まれた中、例の葉書の主、釜田が語っている。
佐久治青年が部屋中を見回しながら「なんというか…すごいですね。」
「もう床が危なくなっちゃって、本のために下の部屋も借りる事になっちゃいましてね。ジャッキアップしてるんですよ、下の部屋から」
一同足元をみてぞっとする。
「や?先生、きっと訪ねてくれると思ってました。いや、嬉しいな。先生の作品は必ず読ませてもらってますよ、ほら」
指差す先に平積みされた辰野の著書。その一番上に食べ終えたカップラーメンの容器。
『…確かに愛読者様様だわな』
「で、僕が所有している月刊『少年モダン』は、この一冊だけです」
なんと言うことだろう、そこにあったのは『トゥングスワ=ルフツビ』の最終回だった。
表紙横の惹句は、
--主人公達が運命に導かれた旅の果てに見たものは?--
額の絵と同じように砂塵吹き荒れる岩山の途中から始まっている…
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主人公の二人が対決している。
場面かわって岩山の中腹をくり抜いた宮殿の大広間では、これまた血に染まった魔法使いが操作台のような物の方へ這い「…銀の使者はとうとう戻ってこなかった」
ボタンを押すと、山上が爆発する。
その衝撃で、争っていた女の方が足を踏み外し腕一本で縁にぶら下がる。
ショックを受けてよろめく男。顔を手で覆うが、手に空いた穴からまだ女が見える。
その光景が遠退いて行き、砂塵の中に消えて、終。
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「なんだこりゃ?!」
「そうなんだ。僕が子供の頃思ったのはまさにそれなんだ。沢山のプロットや伏線らしきものがありそうだったのに、爆発エンドってのはあまりにも変だと」
「…しかも魔法使いのくせに、ボタン押すって...」
「打ち切りなんじゃ?」
「いや、この頃の連載ははじめから全何回って出てるんだ。これの場合は全16回だった。そして繊細な展開の作風が崩れた最終2話が異質なんだよ。釜田さん、君はこの漫画の他の回を読んだことはありますか?」
「無いですね。」
「うーん。やはりここで手詰まりか」
釜田にやりと笑って「いや、そうでもないんですよ。ここの読者ページを見て下さい」
『少年モダン』の後ろの方のページをめくって「『読者なんでも質問コーナー』ですが、ここ」
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〈質問〉プロのまんがかさんはどのぐらいの早さでまんがをかくのでしょうか?(京都市・ボクボン)
〈こたえ〉僕の担当していたソラヤマ先生は、ひと月のほとんどをお話を考えるのに使って、本当に絵をかくのは二日ほどだけです。ふだんはおっとりした先生ですが、ペンを持つとスーパーマンに変身してしまうのを何度も見ましたヨ。(編集部・間際)
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「間際って人がソラヤマ氏の担当だったようですね」
「で、ですね、こんどはこっちの雑誌のここですわ」
山の中から出してきた雑誌は月刊『少年ダッシュ』
後ろの方を開けると、編集人の名前の列に間際崇の名前。
「考えたんですよ、潰れた出版社の社員は何処に流れるんだろうって。モダンの最終号以降の日付から他の雑誌を当たったんです。この人珍しい名前なんで、おそらく同一人物ですよ。そして、これが六年前の『少年ダッシュ』ですが…」
編集長のところに『間際崇』の名前がある。
「この人に当たれば当時の事が多少なりともわかるのではないかと」
「すごい!」
(続く)
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幻の漫画とその作者を追う物語です。 少しリライトしましたが 思いつくままに書いたものなので、小説の体をなしておりません。 苦労して読んでください。 |
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