トゥングスワ=ルフツビ その3
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R市、片瀬町にある小さな看板店。

 

「間際さんには足まで用意してもらって、申し訳ありませんでした」

「いやいや、条件として巡礼の一行に加わらせてもらったんだから。だいぶん大所帯になりましたな」

 

小柄だが人の良さそうな男が店先から声をかけてきた。

「ささ狭いところですがどうぞ」

ペンキやブリキトタンが乱雑に置かれた看板制作場の真ん中を通って奥の居間へ。

 

「看板の仕事はどうですかね?」

「やはは昨今の不況で、一番最初に予算が削られるのが装飾内装関係で、大手の会社も必死になっちゃって、こんな小さい店には、仕事が一向に回って来ませんわ」

「映画館の看板なんかも描いてるんですね」

「ああ、本当ならインクジェット出力したものをサッと貼っちゃえばすむものを、小屋の支配人をしている旧友に仕事を回してもらってるんですよ。お前の描く役者が全部お前の顔ににているのは、どうにかならんのか?っていわれてますがね」

そう言いながらテーブルに出された月刊「モダン」をめくって

「ははぁ、懐かしいなぁ。おーい、太郎、こっち来て見ろよ。これ、お父さんが手伝ってた漫画だぞ」

作業場から金髪で目つきの悪い若者がガニ股歩きで居間に入ってくる。

「おうっホントーかよぅ!へーん...けどどこにも親父の名前書いてないなぁ。昔も今も目立たない仕事ばかりしてやがる!」

「ひでぇ言い草だな!」

親子でがははと爆笑。

「で、ソラヤマリン先生の話でしたな」

「そうです」

「私は五人ほどのアシを経験しましたが仕事量としてソラヤマリンは、一番楽だった.....ただ職場の緊張感が凄くて、疲れましたな。

 先生の原稿を手伝うのは例えて言えば、恐ろしく高い所で綱渡りをしているような感じでした。少しでも筆がはみ出すと、どえらい失敗をした気分になったもんです。

いや、ソラヤマ先生が声を荒げる事はないんです。むしろとても静かな人でね、全く怒らない人でしたよ。一緒にアシスタントをしていた佐久治くんは、気取ってやがると、嫌ってましたね。彼は先生をあからさまにライバル視してました。俺の方が何十倍も面白いものが描けると言ってましたわ。

 一度、佐久治くんにアイデアノートを見せられて感想を求められたことがあったんですよ。けど私には、れもこれも何処か既存の物語からの寄せ集めにしか思えなかった。それを指摘してもよかったんだけど、同じような漫画家の卵だった僕は、言えませんでした。叩かれて育つ者と褒められて育つ者に分けたとしたら、佐久治くんは叩かれるには余りに脆すぎる若者でした。

そうそうこの最後の2話分は、ソラヤマ先生の代わりに彼が描いたのですが、あの時急遽担当の人から電話がかかって来て、彼のアシをするように言われたんです」

間際老人が眉を上げて「担当とは瓜くんだね」

「そうです、瓜さんが『なんとか助けてやってくれ』って。

慌てて彼の家に行ったのですが、その時の彼の取り乱し様は恐ろしいほどでした。

四畳半一間一面に散乱した紙屑....トイレから出てこない佐久治くん....

彼には『トゥングスワ=ルフツビ』がまとめられなかったのです。しかも一話分前回の展開に沿って流して逃げてしまったもんだから、全てにオチをつける余裕も無くなったのです。

僕もその時は鬱屈が溜まっていたのかもしれない。無性に腹が立ってきましてね、力任せにトイレのドアノブを壊し窓から逃げようとした佐久治君を部屋まで引きずって行って殴り倒しました

「こう見えても、親父、メチャ怖いんだよね?。俺もボッコボコにされたことある」

「とにかく今まで散々大口を叩いていた彼にソラヤマリンとの力量の違いを自覚させたかったのですが、そんな時間は無い。佐久治君は原稿を落とすのを極度に嫌っていたのでそこを指摘して、もう一度机の前に座らせたのです。

 瓜さんと三人でネームを練り直したのですが、佐久治君、今度は言われるがままにしか動かなくなってしまいました。確かに彼の描く絵はソラヤマ作品そっくりでした。しかし、魂のこもっていない絵でした。同じような絵なのに何故か読む気が起きないんです。

 漫画は徹夜して次の日の午前中に完成しました。

僕達は漫画の完成と同時に自分達と俗に言う天才との違いを思い知ったのです。

その後、佐久治君を叱咤した自分を恥じまして、呆けている彼を残してコソコソと逃げるようにして家に帰りました。

 

 佐久治君とはそれきりです。

僕もあの後すぐに漫画で食っていくことを諦めましたし。

当時ソラヤマ作品は、人気がありませんでした。他の連載と比べると、はっきり言ってとても地味でした。しかし、完成度の高さから言えば群を抜いていた。絵と物語のハーモニーが素晴らしかったのですが、『モダン』が使っていた印刷屋が良くなかったんでしょうか、潰れてしまった雑誌の線では、作品の良さが皆無なほど伝わらなかった。手伝ってた僕は、アンケート投票結果の低さに歯痒い思いをし続けていました。

 

 ソラヤマ先生ですか?

実は僕、失踪した当日に先生の所に行ったんですよ。

親が田舎から送ってきた大量の柿や蜜柑をおすそ分けしようと思いまして、ほら、先生いつも顔色わるかったでしょ。だもんでのこのこと持って行ったんですわ。

そうしたら、玄関先で雨神さんと先生の二人が喋っているのが聞こえたのです。

 

『...でもやはり先生は関係無いので』

『そうかもしれない。しかし今は僕も一緒な方がいい。昔あちこち旅をした際に粗っぽいが親切な人達と知り合いになったんだ。彼等の所なら安全だと思うよ』

『それでは連載が...』

『漫画の方は気にしなくていい。漫画の方は気にしなくていい。あれはすでに××に××っているから大丈夫』

 

鉢合わせする三人。

 

二人は旅行鞄を持っていました。

『あっ」

『お、お出かけですか?」

『そうです…君には迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした」

『これ...田舎から送ってきたものです。荷物になるだろうけど持って行って電車の中でも食べて下さい』

ふたりは本当に嬉しそうな顔をして、受け取りました。

 

先生達とは、それが最後でした。私は彼達の行き先を聞けませんでした」

 

 

辰野は思い出にひたる栗川に問いかけた。

「栗川さんは、『トゥングスワ=ルフツビ』のラストを考えるのに物語を考察しましたよね。本当のラストはどんなものだったと考えていますか?」

栗川はしばらく無言で考え、

「あの当時は先生の考えていたものがどういうものなのかわかりませでしたし、実は今でも分からないんです。

 主人公達の旅を邪魔する人物が毎話出てくるのですが、彼等の意図は明らかにされてない。しかし、彼等も主人公らと同じような立場で、あるいは、同じ誓いを立てて行動していたのかもと考えれば、なんとなく筋が通ってくる。自分達の村や町を救うためにやっているのです。そこで魔法使いが言った九の金の使者に思い当たります。魔法使い陰謀説です。しかし出てくる敵の総数が七ですから二足りない...」

「ですよね。僕もそれは考えました」

「作品の後半で、たしか、この回です、魔法使いがカーテンの向こうの誰か、あるいは何かに向かって語りかける場面があります。これに関しても結局説明されませでした。これを見たら魔法使いはカーテンの向こうの人物にぞんざいな言葉遣いで対応していますが、実は手下かもしれません」

「なるほど」

「僕もあの『敗北』から、僕はそういってるんですけど、やはり真の結末が知りたくて、あの後先生を探したんですよ。けど、分からないままでした。

そのうち職も変えて結婚して子供が出来て、徐々に忘れてしまった頃です。この仕事で公共事業のイベントの看板をいくつかやっていてましてね、ほら、キャラクターコンテストとか。それの入選者の名前が入ったパネルなんかを作るんですよ。その中に先生の苗字と雨神さんの名前を見つけたんですよ」

「ほう」

「はじめは偶然かと思いました。しかしこの名前が他のコンテストでもH市のキャラクターコンテストの時に、これは先生に違いないと思ったんですよ。グランプリをとって今使われているアレですわ。サブロクのパネルいっぱいにそのキャラクターをね、描いてる途中に確信したんですわ」

「あの時の親父の驚き様つったらまるで幽霊が現れたみたいに、『うわっ?先生?』て正座し直してさ」

「へぇ」

「短期間とはいえ集中してソラヤマ作品と向き合っていましたからそのタッチはわかりますよ」

「そんなもんなのですか?」

「そんなもんなのです。そのあとそのコンテストの授賞式も見に行きましたが、予想通り先生も雨神さんも現れませんでした。けど、先生が住んでいる市ならわかりますよ」

(続く)

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