魔法少女リリカルなのはDuo 23
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・第二十三 後悔

 

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「ギガント……ハンマーーーーーッッ!!」

 振り降ろされるヴィータの一撃をクイック・ムーブでなんとか後方に躱す龍斗。抉られた地面が爆発したんじゃないかと勘違いする程の衝撃を持って爆ぜた。飛び散る破片が頬を掠め、赤い筋が一つできる。

「今度はこっちの……番だ!!」

 刀を水平に構え突きの体勢に入ると、『神速』行い、その加速した勢いのまま突きを放つ。

「食らうか!」

 瞬時に障壁を展開され、切っ先はラウンドシールドに止められた。しかし、突いた刃は勢いを殺さず軌道を変え、そのまま叩き降ろされ、追撃を掛けられる。慌てて障壁に魔力を注ぐヴィータは、身体を捻り横薙ぎの一撃が薙いでくる龍斗の刃を見た。

「伊吹」

 横に薙ぐ一撃―――いや、突き、斬り降ろし、横薙ぎ、の一連三連続の斬激を受けて、ヴィータの障壁は飴細工の様に砕け散った。

「コイ――つぁぁっ!?」

 障壁を砕かれ、その怒りから反撃しようとしたヴィータは、流れる動作で飛んできた踵を慌ててしゃがんで避けた。『伊吹』は突きから始まる三連続の斬激技。だが、龍斗自身が、その勢いを利用して、更に蹴りを混ぜる事で、連続性を高めたのだ。次の追撃が来ない内に後方へと逃げようとするヴィータ。龍斗はそれを更に追う。

「補助術式(ブースト)―――」

 背中に術式を打ち込み、魔力を放出。その衝撃で加速した龍斗は、同時に発動したクイック・ムーブの効果で瞬間的な加速を得る。

 一瞬でヴィータの真後ろにまで移動した龍斗は、鋭い眼差しで静かに呟く。

「龍」

 

 バゴンッ!!

 

 龍斗の突きあげる様な蹴りがヴィータの背中に炸裂し、空中へと押し上げる。彼女が呻き声を洩らす隙も与えず空中まで追撃した龍斗は、そのまま上昇しながら三檄切り上げる。

 障壁も展開させない見事な連携攻撃をまともに受けたヴィータも、なんと耐え切り、反撃のため銀球を呼び出す。空中で身体を捻り、キツイ一発を至近距離から御見舞いしようと考える。だが、身体を捻って彼女が見たのは、既に身体を捻り一回転して、踵を落しに来る龍斗の姿であった。

「龍滝(りゅうろう)」

 はやての時に見せた斬激の後に踵落としを決める技『滝』を、『龍』に混ぜる事で連続性を高めた合わせ技。その場の思い付きではあったが、見事に決まり、ヴィータは地面にたたきのめされた。

「にゃ、にゃろぉ……っ!?」

 それでも倒れない鉄槌の騎士は、空中に居る龍斗に向けて、幾多の銀弾を打ち出す。

「Schwalbefliegen」

 愛機の発声と同時に放たれた銀弾を、浮遊魔法で静止して身構える。

 迫りくる銀弾に対し、龍斗は何処か冷めた目でそれを見つめる。

(なんだ……? 何だか物足りない……)

 刃に僅か闇を纏わせ、得意とする技を放ち、その悉くを斬る伏せる。

「黒刃斬夢剣!!」

 一息に放たれた三つの黒閃。一瞬にしてヴィータの放ったシュワルベフリーゲンを打ち破る。それに終らず、闇を纏った黒刃を魔力に乗せて放ち、防御と攻撃を同時に放つ。

「げ……っ!?」

「Panzerhindernis」

 瞬時にアイゼンが障壁を張るが、その一撃は一瞬の拮抗を持って撃ち破った。

 立ち込める爆煙に、龍斗は地面に着地して冷静に相手の動きを待つ。

(決して弱い相手じゃない。シグナムの時同様、相手が強敵だって言うのが良く解る。気を抜けばやられるのは変わらない)

 だけどやはり物足りない。そんな感想を抱く理由は解っていた。

(カグヤはもっとすごかった。魔力も膂力も決して強くはない。言いすぎになるかもしれないが、ポテンシャルは召喚を使わないキャロ並みだった)

 だが、あの時の龍斗は間違いなく、今までの誰よりも苦戦した。

 言い表すのは難しいが、強いて言えば『強い』のではなく『上手い』のだ。限られた能力を限られた空間でフルに活用して見せるそれは、自分とはあまりにも対極的な姿だった。

(あの時俺は、確かに別の次元で戦ってた。純粋な実力でも、戦術や戦略でもない、もっと何か……そうだ。もっと精神的なところで戦っていたような気がする)

 それが今の龍斗に何らかの変化を齎していた。実力的に向上したのではなく、行動に対する選択肢を適切に選べるようになったのだ。

(まだ完璧じゃないけど、次に何をすればいいのか……自分の考えられる範囲なら適切に選択できる)

 だが、それは同時に違和感も感じた。それは『彼』の戦い方で、自分に合った戦い方ではない。この戦術を取り入れるにしても、今のままでは自分自身を別の誰かにしてしまいそうな恐怖さえ感じる。

(いや違う。その通りなんだ……。アイツの言う『感情の籠った攻撃』を受け止めきれなかった俺は、アイツに精神的に侵食されたんだ)

 それは精神攻撃ではない。同情に良く似たものと同じ、相手に感化されただけに過ぎない。だが、それも過ぎれば精神汚染と何ら変わらない。やがて龍斗は自分の事を『龍斗』言う名の『彼』に置き換わってしまう。

 それは本来なら起きるはずの無い現象。それが起きてしまった理由は、やはり、龍斗自身に在った。

(俺が自分の感情一つ制御出来ていない所為だ。……付け加えるなら、今の俺は俺自身を見失っている。他人の受けた感情ばかり強くなった上に、自分まで弱くなってるんじゃ、精神的に参っても仕方ないか……)

 それだけではない。あの時戦ったカグヤは、龍斗が自身にしか使えないと思っていた『闇』その物だ。それも、龍斗の様に扱いきれているわけでもなければ、その力と相性が良い訳でもない。何より『闇』の濃さが自分よりも大きかったように思える。力勝負では自分が勝っているはずなのに、最後の一撃であんな大惨事になってしまったのはそれが原因だ。『闇』がカグヤの足りない分の『力』を補い、龍斗の力と完全に拮抗したのだ。

(今の俺のままじゃ、あるいは……)

 超えられているかもしれない。

 そんな恐怖が脳裏を過ぎた時、煙の向こうから特大の魔力反応を感知した。

(デカイのが来る!)

 瞬時に頭の中で選択肢が思考され、その中から『いなす』と言う最善の答えを導き出す。同時に龍斗はその選択肢をすぐに否定した。

(それは俺の戦い方じゃない。俺にはデカイ攻撃を上手くはいなせない)

 自分を強く保つため、思考を再検討する。

 出てきた答えは『真っ向から迎え撃つ』と言う龍斗らしい戦闘スタイルだった。

「ギガント・シュラーーークッッッ!!!」

 煙が一瞬で消し飛び、ビル一つは壊せそうな巨大なハンマーが出現する。そのハンマーに取り付けられたドリルが、龍斗目がけて振り降ろされる。

「魔剣(ブレイド)―――攻撃特化術式(アタックフェイス)―――」

 刀の刃に形を合わせた魔力の刃が重なる。魔力で巨大化した刃を振り被り、振り降ろされる一撃に正面から叩きつける。

「でりゃあああああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」

「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 真っ向から打ち合った刃と鉄槌。激しい火花を散らし、互いの力を削り合う。

 拮抗し合う力は、やがて鉄槌が勝り、龍斗の刃に亀裂が走る。

「ぶち抜けえぇぇぇっ!!」

 ここぞとばかりに力を込めヴィータは、ドリルで魔力の刃を破壊、実態の刃に叩きつける。同時にその刃が鉄槌のドリルを破壊するが、次に迫る巨大なハンマーにぶち当たり、再び亀裂を走らせる。

 刹那、龍斗はハンマーを横に押しのける様にして弾き返そうとする。

 手に返ってくる感触でそれを感じ取ったヴィータが、それとは反対方向に力を込め、弾かれないようにする。

 

 途端、鉄槌はヴィータが力を込めた方向に大きく逸れ、龍斗から外れた。

 

「なにっ!?」

 驚くヴィータに肉薄する龍斗は、迷わず一閃する。

 よろけた所を更に左右の胴に向けて連続三回斬りつけてくる。

「く……っ!? この……っ!」

 二檄斬激を受けた胴部分のバリアジャケットが吹き飛び、小さなおへそが丸見えになる。それでもヴィータは最後の一撃だけは愛機、アイゼンの柄で受け止め―――フリーになっている龍斗のもう片方の拳で殴り飛ばされた。

「五月雨……」

 殴られた勢いで地面を転がったヴィータは、すぐに立ち上がろうとするが、顎を掠める様に受けた一撃が脳を揺さぶり、上手く立ち上がる事が出来ない。

 地面に手を付き、震える足で必死に立とうとするヴィータに向けて、龍斗は刀を振り下ろす。

「あ……っ!」

 コツン……ッ。っと、刀の峰がヴィータの頭を軽く叩く。

「はい、俺の勝ち」

「〜〜〜〜〜………っ!! ちっくしょう〜〜〜〜っ!!」

 最後まで遊ばれる様に負けたヴィータはその場で地団太を踏もうとして、地面に倒れてしまった。まだ脳震盪から立ち直れていないようだ。

「シャマル、診てやってくれ」

「は〜〜い♪」

 決着がついた事で、離れた所で見守っていた仲間達がぞろぞろと集まってくる。その中に、なのはの姿だけが無い。

 龍斗が復帰後、彼は『カグヤ』と言う、自分と同じ時食みを倒せる力を持ち、そして今まで管理局と衝突を繰り返してきた本人と出会った事を、そして彼と戦い、敗れた事を話した。

 戦闘の結果そのものは引き分けだが、龍斗にとってあの戦いは紛れもなく敗北だった。そのため、精神的に参ってしまった。

 しかし、いつまでも落ち込んではいられない。カグヤから重要な情報も入手できた。この事件の主犯、柊、アーレス、李紗の三人を早く捕まえなければならない。龍斗達一行は、一旦なのはの管轄を離れ、再び旅を再開したのだ。っとは言え、この旅の真似事も、後は柊達を捕まえるだけ。それが終われば目的達成となる。問題は彼女達が何処にいるかだ。拠点を見つけるにはやはり管理局の情報網が不可欠。そのため、未だ管理局に休暇報告も出していないなのはが残り、管理局で情報収集に勤しむ事となったのだ。

 そこで一行が最初の目的地として選んだのは、現在周囲警戒に当たっていたヴィータと接触。今まで通り腕前を見せ、共に同行してもらう事にした。

 結果は、今現在と言ったところだ。

「あ〜あ、ちくしょう……、はやてが認めたくらいだから、やる奴だとは思ったけど、ここまで圧倒されるなんて思わなかったぜ………」

「いやいや、今のは俺にとっても出来過ぎなくらい上手くハマってさ? 俺自身も驚いてるくらいだよ」

 不貞腐れるヴィータに一応フォローを入れる龍斗。事実、龍斗の本音なのだから仕方ない。それを聞いたシグナムは、感心したように龍斗を見る。

「うむ……、死線を潜って、一つ上の段階に成長したのかもしれんな? 身体の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。シャマルにもちゃんと看てもらったし、完全回復した」

「み、看て……//////」

 その時の事を思い出したらしいシャマルは、誰にも見えない位置でこっそり顔を真っ赤に染めていた。

「それで、これからどうするんですか? ヴィータ副隊長―――じゃなかった。ヴィータ三尉も同行してもらいましたし、次はなにするんです? なのはさんの情報待ちですか?」

「せやねぇ? 今のところそれが一番かな? ザフィーラやリインが『カグヤ』側に居るんが気になるけど、こっちはこっちで探すの苦労しそうやし……。正直私らだけで動けるんはそろそろ限界かもしれんなぁ……?」

 キャロの素朴な質問に、はやても難しい表情で答える。

 龍斗は一刻も早くこの事件を解決したいと考えていたが、同時にカグヤの言っていた事を思い出していた。

 

『何も知らないくせに口当たりの良い綺麗事を並べ、あたかも自分の言ってる事が正しいかのように語るな? お前は………』

 

(確かに俺は何も知らない…。知らない上に考えようとしてもいなかった……。その行いが『正しい』のか『間違い』なのか? そればかりに気を取られていて、彼女達がどうして罪を犯してまで過去の改竄をしようとしているのか、気にも止めなかった……)

 

『間違ってる事なんて誰もがとっくに理解してんだよ。正しくなくても、過ちであっても、それでも果たしたい目的があるから、だから行動しているだ』

 

(『間違いだと知りつつも叶えたい願い』……、俺には解らない? それは一体どんなものなんだろう……?)

 龍斗は『間違い』を極端に嫌ってきた。だから、間違いの先にある答えも、間違える事で得る物の正体も、何一つ想像もできない。

 それをカグヤは出来ていた。彼もまた『間違えと知りつつも叶えたい願い』を持つ物だから……。

(俺の考えには『相手』が存在していなかったんだ……。『誰かのため』といつも言っておきながら、結局のところ、俺の思考には『他人を慮る』と言う事が抜けていた……)

 それを知る事が出来たのは、シャマルのおかげだった。もしシャマルに怒られなければ、自分はいつまで経っても独り善がりの『正しさ』を『優しさ』と勘違いして周囲を傷つけていただろう。事実、龍斗はシャマルを傷つけた。幸いだったのは、その傷が浅かった事と、すぐに間違いに気づけた事だ。もし、今も気付かずにいれば、自分の信頼する仲間の誰かを―――仲間全員を傷つけ、信頼を裏切っていたかもしれない。そう考えるだに恐ろしく、勝手に震えが走った。

 

『俺の願いは!!

 誰にも共感を得らなかったっ!!!』

 

 悲痛な声で叫ぶカグヤを思い出す。彼もまた、龍斗の『正しさ』によって傷つけられた一人なのかもしれない。龍斗の間違いを看破し指摘した本人だからこそ、龍斗の言葉は腹立たしく、そして何より傷ついた事だろう。

(もうこれ以上、誰も傷つけない為にも、俺はもっと考えて行かないといけないんだ……)

 それは言うほど簡単な事ではない。それを当然の様に無意識でやっている一般人でさえ、考えが足りず、誰かを傷つける事はある。それを意識的にやろうとしたところで、ましてや、今まで想像もしていなかった龍斗にそれができるのかと聞かれれば、難しい質問だった。

(いつまでも悩んでても仕方ないよな……。ともかく、今は今できる事をしよう……)

「あ、龍斗くん、刀!?」

 考えに没頭していたところ、はやてに指摘されて我に帰る。

「ん? ああ……、さっきので罅入ってる」

「む、大丈夫なのか? 見たところ、かなりの業物だろう? 替えなどないのではないか?」

「無いよ。って言うか、これだけの物となると、世界中探してもないよ」

 シグナムが少し緊張した質問に対し、龍斗はあっけらかんと答えた。

「「ええっ!? そ、それっ、大丈夫なんですか!?」」

 まったく同時にキャロとシャマルが驚愕する。壊した本人であるヴィータもバツの悪そうな表情をしつつ「あ、あたしは悪くないらからな!?」と言いたげに視線を逸らした。

 心配そうに見つめる面々を前に、龍斗は軽く手を振りながら苦笑いを浮かべる。

「大丈夫だよ。俺のレアスキル忘れたの? その手にした物を明確な『刀』として形成する魔術。……刀身復元(レストレーション)―――」

 そう言いながら魔剣(ブレイド)の応用で刀を復元して見せる。

「レストレーション(Restoration)は、皆の言うところのリカバリーみたいなものだよ。レアスキル(魔剣)の応用だから、剣の類にしか使えないし、元々の姿を詳しく知っていないと出来ないんだけど……、まあ、コイツは特別でね。この刀は俺が幼い頃からずっと一緒にいたから、コイツだけは復元可能なんだ」

 そう言った龍斗は感心する皆を前に、話を戻そうと切り出す。

「それより、これから時間が空いてるなら自由時間にしないか? 最近は時食みの出現も沈静化してるし、後はなのはに敵のアジトを見つけてもらうまで動けないんなら、力を蓄えるか、今の内に休んでおくかした方が良いと思うんだ?」

「あ、そうですね! 私も買いたいものとかありますし! 遠出になる事も考えて、準備をしておいた方が良いでしょうし!」

 シャマルがこれに賛同した事で、その他全員からも了承を得た。

 とりあえず、今日は必要な買い物を済ませ、近くのホテルに泊まる事にした。

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「―――っで、必要雑貨の買い出しが俺達と……?」

「なんだ? 文句でもあんのか?」

 隣で膨れる赤い少女に、龍斗は苦笑いを浮かべる。

「そんな事はないさ。……ただ、はやてがこの組み合わせにした理由が目に見えて解ったから………」

「ああ、初対面のあたしらを少しでも早く馴染ませたいって言うのが目的だろうよ。お前と仲良くなるのは癪だが、はやての目論見を無碍にもしたくねえ。お前! 絶対あたしと仲良くなれよ!」

「こんな友好の御誘いを受けたのは俺くらいのモノじゃないだろうか?」

 「以前のキャロの毒舌に比べれば全然可愛い」と軽く受け流しながら、二人は適当な買い物を済ませる。

「しっかし、なんでお前あんなに人気あんだよ?」

「人気? ……ん、ああ。皆が俺に付いて来てくれる事、正直に嬉しいし、頼もしく思ってるよ。どうして皆がそうしてくれるのかは……俺の口からは言えないかな?」

「なんだそれ? 自慢か? 嫌味か?」

「ふ……っ、その程度の毒舌、キャロに比べれば月とすっぽんに等しい」

「なんで比べられてんだよ!? ってか、お前少し涙目だぞ?」

「………うん、ちょっと昔のキャロ思い出して……ぐすっ」

「どんだけ酷い謂われようだったんだよ!?」

「ううん、大丈夫……。って言うかな? 別に自慢でも嫌味でもないぞ? ただ単に俺が知らないから口にできないって言うだけ。……ああ、でも、前にキャロは『信じてる』からって言ってたかな?」

「あたしはその理由を訊いてんだがな?」

「本人に聞いてよ。その方が早いし。そもそも俺の口から尤もらしい言葉が出たとして、それに信憑性ってあると思う?」

「……ねえな」

「甘いぞ! 昔のキャロなら即答な上に言葉が尖っていた!」

「いらねえ注意すんなよ! ってか、アイツをそこまで毒舌にさせるとか、どんだけ怒らせてたんだよ!? お前実は嫌われてたんじゃないのか!?」

「うん、だから仲直りした。今は仲良いぞ!」

「どうやって修復したのかすげえ気になってきやがった……」

 ヴィータは溜息を吐くと、買った荷物を両手で持ち上げながら「まっ、はやてにでも聞いてみるか?」と結論を出す。

「あ、ヴィータ半分持つよ」

「いらねえよ。大体、とっくに半分持ってんだろう? それで充分だっつうの」

「でも、ヴィータの方が持つの大変だろ? だから俺が余分に持つって」

「ああん? お前もしかしてあたしの事、子供扱いしてんのか? 大きなお世話だっつうの!」

「そんな事してないって……。シグナムに聞いて、守護騎士の皆は外見的な歳を取らないって知ってるし、ヴィータが実は俺より年上だって知ってるぞ?」

「だったら子供扱いすんじゃねえよ!!」

 荷物を奪おうとした龍斗の手を払いながら、ヴィータはぶすっ、とした表情で店を出る。

 苦笑いを浮かべながら龍斗もその後を追う。

「待てって、別に子供扱いじゃないってば……、ただの親切だろ?」

「親切じゃねえ! 子供扱いは絶対に親切じゃねえ!!」

「違うって言ってるのに……」

 意地っ張りを相手にするのは難しい、っと本気で悩む龍斗は、同時にまたカグヤの事を思い出してしまう。

(俺が今、こうやってヴィータを怒らせているのも『正しい事』に固執している事が原因なんだろうか?)

 そう思っても考え方を急に帰るのは難しい。そもそも龍斗はずっとこの考えで生きてきたのだ。それをいきなり「間違っていたから変えろ」と言われてすぐにできるわけがない。

(…! そうだ。すぐに変われるわけない。捨てられるわけがない……! だからあの三人も、カグヤも―――!)

 彼等が邪道に逸れてまで向かおうとする意味を、偶然知ってしまった龍斗は、また勝手に落ち込み始めてしまう。

(俺は本当に、何も知らずに言いたい事を言っていたんだな………)

 カグヤを怒らせた理由に気付き、どこか暗い気持が胸をつく。

 彼の言葉は本当の意味で『正しかった』。だからこそ、『正しいだけ』の龍斗には理解に及べなかった。

(他人を配慮していない想いやりは『優しさ』じゃない。シャマルに言われて解ってたつもりだったけど……これは思った以上に奥深い……)

 カグヤの言った意味をやっと理解して―――したからこそ、その言葉にどれだけの理由と想いが籠められていたのか、それを思い知らされた。

「ん?」

 っと、唐突にヴィータが足を止め、何処かへと歩き出す。

 何かと思い黙って背中を追うと、とある国民的ゲーム機の前で、中の景品を覗き込んでいた。

「UFOキャッチャーがどうかしたの?」

「い、いや……」

 答えが曖昧なので理解できず、仕方なく龍斗はヴィータの視線を追って確かめて見る。

 その視線は、ガッチリ一つしかないウサギのヌイグルミにロックオンされている。それはもう、見間違えようのないほど真剣な眼差しが送られ、動くはずの無いウサギのヌイグルミの方が居心地悪そうにしているように見えた。

「ええっと……、何か欲しいの?」

「いや、別に何でもねえよ」

「もしかして、あのウサギのヌイグルミ?」

「だから何でもねぇって言ってんだろ!」

「UFOキャッチャーか……、ちょっと待ってて……」

「なんでお金出してんだよ! あたしは別に欲しいなんて―――!?」

 

 ウィ〜〜〜〜ン、ハッシ、ウィ〜〜〜―――ポトリ……。

 

「あ、落としちゃった……」

「何やってんだよバ〜カ!」

「やっぱり欲しいのか?」

「んなわけねえだろ!?」

「あ、また落とした」

「下手くそ!」

「やっぱり欲しいんだ?」

「だから違うって―――!?」

 

 以降繰り返して三十分後……。

 

「……にへっ」

 ウサギのヌイグルミを抱いて悦に浸るヴィータの姿があった。その手にあった荷物は、ウサギを受け取る時に、さり気無く龍斗に全部取られてた。だが、そんな事お構いなしにご満悦な表情を湛えていた。

「喜んでもらったようで何よりだ」

「ば、バーカ! ちげぇよ! そんなんじゃなくて……、そうだよ! せっかく一万も使って取ってもらったんだから断る訳にも行かねえだろ!? だから仕方なくだよ!」

「そうか? まあ、ヴィータが喜んでくれたようなら、苦労して取った甲斐があったよ」

 そう言いながら、真っ赤な顔で反論するヴィータの頭を撫でる。

「なっ!? こ、子供扱いすんじゃねえよ! 子供……、扱い……、ううぅ〜〜〜〜……っ////」

「何度も言うけど子供扱いしてないって」

 

 

「ただいま〜〜」

 二人が返ってきた時、室内には誰もいなかった。机の上に、それぞれ用事で出ている事を伝える手紙が置いてあったので、その所為だとすぐに納得した。

「よっと……! ふう……」

 沢山の荷物を抱えたヴィータが、それをまとめて絨毯の上に置く。

「大丈夫ヴィータ? 結局途中から全部一人で持っちゃうんだから……疲れただろ?」

「大丈夫だっつうの! あたしが戦闘時にどんだけの物振り回してると思ってんだ!?」

「いや、アレは魔力制御で殆ど重さ感じないだろ……? でも顔が真っ赤になるほど力入れてたんだから、大変だったのは本当でしょ?」

「な……っ!? こ、これは違―――っ!? ……っそうだよ!! 力入れてたよ! でも大変なんかじゃねえんだよ!!」

「い、意味が解らない……」

 これは俗に言う、『やけっぱち』とか『照れ隠し』の類だろうかと悩むが、龍斗にその真意など解るわけもない。

(顔が赤くなってるのを隠す為に無理矢理荷物持ったなんて知られて堪るかよ……!)

 などと言う乙女心は、龍斗には伝わり難いのだから………。

「まだ、誰も帰ってきてないんだな?」

「っま、皆色々やる事が在るんだろう? あたしらはあたしらで自由にすればいいさ」

「それもそうか。………って、さっそく何を取り出してるのヴィータ?」

「ん? アイスだけど?」

「何か余分に買ってると思ったら、おやつ買ってやがったのかよ……」

 小さなカップに入ったアイスをスプーンで掬うヴィータを、半分呆れた眼差しで見つめる。ヴィータはヴィータで頬を膨らませて憮然とした声を返す。

「良いだろ別に? 自腹で買ってんだから文句無しだ」

「文句なんて言わないよ。………あ、ヴィータ口の端にアイス付いちゃってるよ?」

「なにっ!? ……取れたか?」

「ん、ああ……、そっちじゃなくて………ちょっとじっとして」

 見当違いの所を拭くヴィータを見兼ねて、龍斗はハンカチを取り出すと、それでアイスを拭きとってやる。一瞬何をされたのかと呆然としていたヴィータが、次の瞬間火山が爆発したんじゃないかと言う程顔を真っ赤にして怒鳴り出す。

「だから何度も言ってんだろうがっ!! 子供扱いすんなってよっ!! お前実はあたしの事バカにしてんだろう!?」

「わっ!? なに怒ってんだよ? ずっと何度も言ってるだろ? 子供扱いなんてしてない……」

「本当か!? 本当だろうな!?」

 今にもアイゼンを振り回しそうな勢いで詰め寄るヴィータに、龍斗は半ば腰が引けながら答える。

「本当だって。……ただ、女の子扱い(・・・・・)はしてるけどな?」

「へ……、あ……、女の子………?」

「? どうしたんだヴィータ? なんかまた顔が赤くなってないか? ……なんて言うか、さっきとは微妙に違う感じで……?」

「!? な、何でもねえっつってんだろ!! 怒り過ぎて熱いんだよ!! アイス食べる邪魔だからあっち行け!」

「何でもあるじゃん……。ああ、はいはい。解ったってば」

 やれやれ、と肩をすくめながら、龍斗は何か料理でも作っておこうかと冷蔵庫の中をあさる。

 そんな彼の背中を見つめながら、ヴィータは一人こっそりと呟く。

「ちくしょう……、なんでアイツが好かれるのか解っちまった……」

 その後、ヴィータの頬から照れが抜けるのに、随分時間を要したと言う。

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、夜になり、皆これからの事を話し合った。

 とりあえずの方針は、なのはの管理局情報網から柊達三人の行方を調べる事は変わらないが、だからと言って、何もせずただ休んでいるだけと言うのは龍斗を含め、全員の性に合わない様子だった。なので、来たるべき戦いに向けて、現在最も向上の傾きが見られる龍斗を、全員で集中して鍛えようと言う事になった。

 これには、時食みの天敵『時に狂いし者(タイムドロッパー)』たる彼に、不測の事態に対する切り札としても期待がもたれていると言うのもある。もちろん、彼がまだ戦術に疎い所があるので、その所を急いで埋めようと言うのもまた事実である。

 そんな訳でさっそくシャマルと一戦する事になり、龍斗は度肝を抜かれる事になった。

 正直、この時の龍斗はシャマルを侮っていた。彼女とは一番付き合いも長く、その動きも何度も見てきた。戦い方や覚えている術、動き方までちゃんと記憶している。その分、自分の動きも覚えられているだろうが、そもそも後方支援タイプのシャマル相手に、近接戦闘型の龍斗とは相性が悪い。ましてや今は、龍斗自身も普通じゃない。恐らくは苦戦する事はないだろう。一度勝っている事もあって、彼はそう判断した。

 

 そしてボロボロに負かされた。

 

 開始早々に飛び出したら風の盾で逆にダメージを受け、小さな竜巻を周囲に配置され身動きを封じられ、小さな竜巻が全て一斉に弾け、暴風に曝され、バインドで身体を縛られた所を渦巻く嵐で吹き飛ばされ………、結局良い所無しで終わってしまい、かなり本気で落ち込んだ。

「まあ、シャマルは龍斗くんと長い間一緒やったから、もう戦い方なんて全部お見通しやろうし、何より今のは龍斗くんが油断してたのがアカンのやと思うよ?」

「そ、そうですよ! きっと次からはここまで惨めにはなりません!」

 はやてとキャロに、わりとグッサリくるフォローを入れられ、更に落ち込み―――、

「せめて一発くらい返したらどうなんだよ? お前に負けたあたしらに失礼だろ?」

「お前の考えは自分の分析だけだな。もっと相手に対する分析をしなければ、何れ自滅するぞ?」

 ヴィータとシグナムにさらなる追い打ちをかけられ、また堕ち(・・)込み―――、

「あの、えっと………、ごめんなさい………」

 シャマルに一番キツイ謝罪を受けたところ「大丈夫だよ!」と無理に笑い返した。

 これ以上落ち込むと、次はどんな追い打ちが来るか解った物ではない………。

 そんな過程を経た龍斗は、現在部屋の中で眠れぬ夜を過ごしていた。

「………」

 ベットの中でぼんやりと天井を見つめながら、考えるのは結局、自分の事。自分の今までの身の振り方と、これからの身の振り方。自分はどうするべきなのか? どうしてはいけないのか? その答えが全く見つからないで、ずっと同じ事ばかり考えてしまい、中々寝付けない。

「いや、本当は解ってるんだよな……。『俺がやりたい事』それが今一番優先するべき事なんだ………」

 だが、龍斗はそこで結局思考を止めてしまう。

 自分のしたい事を考えようとすると、どうしてもそこに『正しい事』と『間違っている事』を挟んで考えてしまう。それでは今までと変わらない。

 なら、今自分が本当にしたい事とは何なのだろうか?

 そして思考はループしてしまう。

「寝られん………」

 龍斗はベットから出ると、部屋のベランダに出て夜風に当たる。

 深夜と言う事もあり、多少寒くはあったが、今はベランダにいたい気分だった。

 ミッドの夜景を見降ろしながら、彼は思考のループから抜け出す為、今度はカグヤの事を考えて見る事にした。

 そしてすぐに諦めた。

 カグヤと言う男の事を考えようとすれば、どうしても彼に対する情報を必要とする。だが、龍斗は殆どカグヤの事など知らない。知っているのはカグヤが行動した結果による、管理局内の情報だけ。まさに悪役の所業が並ぶばかり。

 何故彼は悪役をしているのだろう? その疑問に自然とシフトするのだが、その時点で彼には『悪い事を、間違えている事をする人間の思考が理解できない』と言う物になってしまう。そのため、思考の意味がまったくなくなってしまうのだ。

「………カグヤは……今一人なんだろうか………?」

 彼が仲間を集めている事は知っているが、彼が仲間と共にいる姿は見られていない。そのため龍斗は、現在のカグヤの状況が気になり、一人呟いていた。

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「へっくしゅ……っ!」

 同時刻、ベットの中で眠っていたカグヤは唐突な鼻の疼きに、声だけは可愛いくしゃみを漏らしていた。

「風邪ですか?」

 同じベットの中で裸になっているリインフォースUが、彼の身体に毛布をかけながら身体を寄せる。

「どうだろう? 部屋の温度は暖かくしておいたつもりだけど………」

 そう、答えを返しながらカグヤはぼんやりと天井を眺める。

 龍斗との戦いから帰った後、カグヤはティアナとフェイトから謹慎令を受けた。体調が完全に回復するまでは今後一切の行動を禁ずると言われ、ほぼ軟禁状態である。

 

「リーダーは俺なんだが?」

 

 と、文句を垂れたところ、ティアナがすごい目で睨んできたので、何か言われる前に従う事にした。

 正直、龍斗との戦いで痛い所を突かれて、休みたいという気持ちもあった。人肌恋しくなってリインを誘ってしまう程に気落ちもしていた。

 一応、彼等のために事実として述べておくが、今回は二人とも特にエッチな事はしていない。

 ―――いや、裸で一緒にベットの中に入った時点でエッチなのかもしれないが、以前の様な行為にまでは至っていない。

 本当に人肌が恋しくなったカグヤは誰かに触れ合って居たかった。そこで一番そう言うのを頼み易い相手としてリインを指名。最初はただ抱き枕にしていただけだったのだが、お互い、そう言った行為(・・・・・・・)を経験し合った仲としては、その状態が続くと妙に雰囲気が出来てしまい、流れと勢いで裸になった。……だが、なったところで突然恥ずかしくなり、かと言って今更服を着るのも変な気がして、そのまま抱き合ったままベットで寝ていたのだ。

 つまり、まだ羞恥の抜け切れていない二人が、勢いで行動して、半端なところで固まってしまって、そのまま惰性で寝こけたと、そう言う事である。

(思い出したら、半端にした事自体が恥ずかしいです……/////)

 内心羞恥に頬を染めるリイン。

 カグヤの方はただ天井を見上げて、何事か考えていた。

「何考えてるです?」

「? ああ……、とりとめもない事だが………」

 カグヤはそう答えてから一旦言葉を止め、話す内容を整理する。

「いや……、俺は一体何をやってるんだろう? ってな……。―――あ! 勘違いするなよ? リィンとの事を言ってるんじゃないぞ? ……いやまあ、少しは関係してるが……、不満とかじゃない………。ただ、こうして何もせずにお前と一緒に寝転がっていると『お前は自分の目的も果たさずに何をしているんだ?』って誰かに謂われているようで、焦るんだよ」

 カグヤは呟きながら思い出していた。龍斗と言う名の男の事を……。

 彼は、混乱していたにも拘らず、カグヤが隠していた心の隙間を見事に言い当ててきた。それが恐れになって、自身の行動に自信が持てなくなり始めていた。自身が無ければ動けず、だが動かなければ迫る時に焦り、混乱してしまう。そんな悪循環がカグヤの気持ちを落としていた。

「……あんまり、今の状況は良くないんだよ……。俺にとって……」

 多くを語らないカグヤ。彼を慰めたいと本心で思っているリインも、彼の理解できない部分が、それを拒絶していて、何を言って良いのか解らなくなってしまう。

 だからリインはカグヤの腕を抱きしめて寄りそう。自分はちゃんと隣にいるのだと、行動で教える様に……。

「……」

 カグヤはリインを黙って見つめる。

 リインも瞳を返す。

 何処か迷子になった子供の様な眼をしたカグヤ。

 リインはそんな目をした青年に慈愛の微笑みを向けると、そのまま軽く口付けをした。

 離れてからもう一度、今度は照れくさそうに笑ってみせると、やっとカグヤもホッ、とした表情になる。

 手を伸ばしリインを抱きしめると、互いの温もりを確かめ合う。

 その後、部屋の中に、濡れた声が響き始めたのは、それからしばらくしてだった。

 

 

 行為を終えたカグヤは、溜息交じりに艦内を歩いていた。目指す場所は甲板に繋がる通路。甲板に出る前の廊下が通路になっていて、そこから外を覗ける。船で言うなら、甲板を見下ろせる廊下の様な物だ。

 その通路は場を広くとってあり、何もないホールの様になっている。予定としては、ここにティールームの様な物を作り、軽く食事を取る時に寛げる場にしようと考えてもいるが、船にいる人数と、その人員がいつまでいるのかを考えると、どうしても踏ん切りがつかず、空白のまま放ったらかしにしている。

 カグヤは窓際の手すりに体重を預けながら夜景を眺める。

 自分が倒れてからどれだけの時間が経ったのか……、それほど長くないはずなのに、何だか遠い昔の事を思い出すような気分に浸ってしまう。

「あっ! こら何やってんのよ!?」

 そこに怒声が飛んできたので、軽く首を傾げてその方を見やる。

 ティアナ・ランスターが少し怒った表情でこちらに歩み寄ってくると、腰に手を当て、顔を覗き込むようにして見据え、彼女は怒った声で問いかける。

「休んでなさいって言ったでしょ?」

「ちゃんと休んでるよ。……精神的に」

 本当に参っている様に視線を背けたカグヤに、ティアナもとりあえず納得したのか「あ、そういうこと……」と、意外にあっさり矛を収めた。

「何してたの?」

「広い所が見たくてな……」

「甲板出る? 今日は夜風もそれほど冷たくないわよ?」

「……いや、今そういう気分じゃないんだ」

 カグヤはそう返して、何処ともなく光の無い、真っ暗な景色を見つめる。空に星の光が幾つも見え、月明かりが射しているとは言え、森の中で帯住しているこの船には綺麗な夜景は一つも見えない。

「どうしたの? じっとしてるのが辛い?」

「さもありなん……。って、ところかな?」

「何処の言葉よそれっ」

「……あの時からずっと、動きっぱなしだったからな、じっとしてるのに違和感を感じるんだよ」

「『あの時』って、いつからよ?」

「退院してからだよ」

「アンタ入退院繰り返してたでしょ? どの時よ……?」

 カグヤは一度、意外そうな表情でティアナに振り返り、「ああ……」とすぐに納得した様子で視線を外に戻した。

「そう言えば、お前は俺の経歴を調べて知ってたんだったか?」

「書類上はね。フェイトさん達にも見せたわ。悪いとは思ってない」

「さらっとお前は人の過去をバラしやがって……」

 青い顔になるカグヤに、ティアナは可笑しそうに目を細める。

「仕方ないでしょ? アンタ自分からは何も言ってくれないんだもん。知りたければ自分で調べるしかないじゃない?」

「バラさなくても良いだろう……?」

「知りたい人がこの船には一杯いるって事よ」

「ウチのクルー、ヤバすぎ……っ!」

 思わず頭を抱える姿に、今度こそ声を洩らしながら笑うティアナ。

 その顔を見たカグヤは、不思議と自分も楽しくなる。

「そうか……、そうだな………。お前は知ってるんだったな? ……なら、少し話しておくか」

「へ?」

 『話す』と言う言葉に意外性を感じたティアナは、思わず驚いた表情でカグヤに視線を向ける。

「―――っと、その前に……、ティア、ちょっとこっち来て」

 カグヤに隣に来るよう手招きされ、とりあえず素直に従ってみる。

 ティアナが隣に寄るのを確認したカグヤは、それだけで満足そうに頷くが、そこから特に何かしてくるようには見えない。

「ねえ、隣に陣取る意味あったの?」

「近くに誰かがいてくれる方が安心するんだよ」

「淋しがり屋の子供じゃ―――」

「それが俺にとっての普通だったからな」

 茶化しかけたティアナの言葉が止まり、彼の横顔を見る。意外な程真剣な表情をしている事を知って、ティアナ自身も身を引き締める。

 

 

 寝つけぬ夜をベランダで過ごしていた龍斗の元に、突然メールが届いた。なのはから連絡用にと渡された携帯端末を開き、内容を確認すると、『難航している』といった内容が一通り書かれていて、もう少し時間がかかりそうだと伝えていた。

(なのはにばかり負担をかけちゃってるかな……。空戦技術(マニューバ)もなのはに教えてもらったし、色々我儘も聞いてもらってるし……。何かお返ししないとさすがに―――)

 思考の途中、『正しくないよな〜〜』みたいな思考になり始めてくる事に気付き、がっくりと肩を落とす。

(なんか、俺の考えてる事全部『間違ってる』んじゃないかって思えてきた……)

 思考の泥沼に入り込んで、もはや考える事自体、億劫に感じ始める始末。

 なのはから受け取った端末に目をやりながら、誰とでも良いから何か話したい気分になってくる。

『は〜〜い! 高町なのはです! 龍斗くんだよね? こんな時間にどうかした?』

「へ?」

 突然、正面から声がしたので顔を上げると、そこにスクリーンが表示され、高町なのはの顔がモニターされていた。一瞬寂しさから幻覚を見たのかと思ったが、慌てて端末を確認すると、いつの間にか端末が通信モードになっていて、なのは本人と繋がってしまっていた。

「ご、ごめん……! なんか無意識にかけてたっ!?」

『ありゃりゃ……』

 画面越しのなのはは、龍斗のミスに意外そうな表情で応えた。なのははまだ龍斗との付き合いは短い方だが、それでも、それが龍斗らしくない失敗だと言うのはすぐに解った。だから、彼女はその気持ちをくみ取って笑顔を向ける。

『それで、どうかしたの?』

「いや、だから間違って……」

『思わず、って言ったでしょ? それってつまり、誰かと話したかったって事だよね? 私でよければ話相手くらいにはなるよ?』

「あ………」

 なのはの気遣いは、普段の龍斗なら遠慮する場面ではあった。もしくは話すにしても一度は断った事だろう。100%自分の事である事情など、相談するのは躊躇われる。それが龍斗と言う青年の考え方だった。

「ありがとう、なのは……」

 だが、この時は、なぜか素直に礼を言って相談しようと思えた。

「でも、これは俺自身が見つけなきゃいけない問題だから……」

 そう、それは誰に相談しても、結局龍斗が自分自身で見つけねばならない答えだ。彼が誰かに身を委ねる事を決めたとしても、それは相談できる物ではない。

「その変わり……少し話しても良いかな?」

 だから龍斗は別の話を口にする。自分を気遣ってくれる、そんな心優しい存在に、自分も同じだけの信頼を返したいから……。だから彼は黙っていた事を、目を背けたかった事を、彼女の前で語る事にした。

 

 

「っで、一体何を話してくれるわけ?」

「お前が調べた事の、ちょい詳しい経緯……。頼みたい事もあるし、この際だからちょい話しとく」

 同じ頃、もう一人の青年もまた、信頼を寄せる者にそれを語ろうとしていた。

 

 

『お話? 一体何を話したいの?』

「ええっとさ……、前にも訊かれて、お茶を濁した話なんだけど……」

 話の内容が内容だけに、青年は二人とも、少しだけ遠回りしながら、慎重に言葉を整理する。

 

 

「「まあ、つまり……、俺の話だ」」

-4ページ-

 3

 

 まず最初に、俺の事を語ろうと思ったら、どうしても言わなければならない事が在る。

 実は俺、記憶喪失というものだ。

 過去の記憶が無く、自分が何者で、今まで何をしていたのか解らず、親兄弟の顔も知らないって言うアレ。

 俺の一番古い記憶では、どこかの森で、傷だらけになっていたってところ。

 そこには近くに村があってさ、名前は……ルサイスって言うんだ。

 知らないよな? 知らなくて当然だから気にしないでくれ。

 まあ、その村の人達が俺を見つけてくれてさ、俺自身記憶が無かったから、色々あって〜〜……、その辺は長くなるから割愛するとして……。とりあえず、その村の村長さんの家で御厄介になる事になったんだ。

 

 

「リュート〜〜! そんなところで何してんのよ〜〜!」

「ん? ああ……、ホウリか?」

 え〜〜っと、確かこの時は寺小屋みたいなところで勉強してたんだけど、そこから逃げ出してた時だったかな? とりあえずその辺の原っぱで剣の素振りしてて、途中で疲れてさ、石の上で寝転がってたんだよ。

 そしたら村長さんとこの親戚で、ホウリっていう女の子がいてさ、友達だったんだけど、よく抜け出してる俺の事連れ戻しに来てたんだ。

「また抜け出してるの? 別にリュートがバカなのは良いけど、呼び戻しさせられる私の身にもなってよ」

「だって、あの先生の説明解り難いんだもん……。あの人から三日掛けて教えられた問題の答え、答えを聞いたら子供の俺でも、もっと解り易い説明の仕方があったんだぞ? 正直、あの先生に教わってたら逆にバカになるとしか思えねえ」

 あの『先生』をやってくれていた人には悪いけど、それは本当だ。今でもあの先生の教え方は遠回し過ぎて解り難い。どんな問題も『一から十までやらないと気が済まない!』って感じの説明でさ、単純な足算をわざわざ証明問題にして解いてるような物だったよ……。

「リュートの方が異常なのよ! なんであんなに簡単な解釈が出来ちゃうの? 皆ビックリしてたわよ!」

 ええっと……、実はこれも本当。自慢するわけじゃないけど、俺は、他の人が三回聞いてやっと解る様な事を一回聞いただけで解っちゃうような、そんな感じ。

 ああっ、でも俺が天才とかそう言うのじゃないと思う。今にして思えば、記憶を失う前の俺が、良い先生に教えてもらっていた賜物なんだと思うよ。蓄えられた知識のおかげで、それが『解る』錯覚を受けていただけで、本当はたぶん『解っていた』んだと思う。

「どっちにしてもあの先生よりホウリやテリーから教わった方がまだ解る」

「クラスメイトと比べられて、その言われようじゃ、先生の方が可愛そうね……」

「それだけ教え方に差があるんだ……よっと!」

「きゃっ!? ……もう、急に立ち上がらないでよ。ビックリした」

「悪い悪い……。ん、やっぱ俺はこっちの方がしっくりくるかな?」

「また物騒な物を……、いくら記憶を失う前から持ってた物でも、子供が刃物を振り回すのはどうかと思うわ」

「別に、これで何かを斬ってるわけじゃないし。それに、これでも刀の扱いは慣れてるんだ! 平気平気!」

「はあ……、取り上げたところで、アナタのレアスキルで、いくらでも剣は作りたいほうだいなのよね……、危ないったらないわよ」

「だっかっらっ! ちゃんと扱えるって言ってるだろ!」

 ホウリに言われるまでもなく、刃物の扱いは細心の注意を払ってたよ。これもきっと、記憶を失う前に、誰かから徹底的に教わってたんだと思う。刀を振るうと、何だかしっくりくるんだ。

「お〜〜い! リュート! ホウリ〜〜! 授業終わっちまったぞ〜〜!」

「ボール持ってきた〜〜! サッカーでもしようぜ〜〜!」

「やる〜〜〜っ!」

「ちょ……っ!? リュート、切り替え早すぎ………」

 ええっと……、まあ、俺も子供だったと言うわけで……、男友達とこうして遊ぶのも結構普通だったんだよ。

 俺って、ルサイスじゃ、ただ一人魔力資質があってさ、同年代の奴等から、結構人気あったんだよ。

「リュート! またレア斬る(・・・・)見せて!!」

「『レアスキル』だよ。なあなあ! 俺もみたい! まほー使って見せて!」

「よおしっ! 見てろ!? 弾丸(バレット)―――!」

「おひゃ〜〜〜っ! ひゅ〜〜〜って上がって、パンッ! って弾けた〜〜〜!」

「きれー! きれー!」

 

「こら〜〜〜! また勝手に攻撃魔法を使って〜〜〜!」

 

「ちょっ!? 先生に見つかってる! 皆逃げて〜〜〜!」

「ふわわ〜〜〜っ!?」

「俺を置いて先に行け〜〜〜!」

「テリーがカッコイイ事言いながら真っ先に逃げた!?」

「アイツぜってぇ、ぶっ殺す!」

「良いからみんな逃げろ〜〜〜!」

 なんか一杯出てきて解り難かったな? 先生の怒声の後、一番上からホウリ、ナータ、テリー、クックゥ、レヴァ、それで最後が俺。大体、この六人がよくつるんでる奴だったかな? 他にも友達いたけど、特に印象深いのはこいつらだったと思う。

 まあ、アレだよ……? 俺達は仲の良い友達でさ、たぶんきっと……これから先、大人になってもずっと変わらない様な、そんな仲になれたかもしれない……そんな奴らだったんだ。

 そう………、あんな事が起きて……俺があんな事をしなければ、きっと………。

-5ページ-

「ねえ君さ? 黙ってないで何か言いなよ? 一人で暇してんだろ? これナンパじゃなくてマジ親切? 一緒に遊びに行こうよ?」

「………」

「………。あのう〜〜〜……、せめて嫌ならそう言ってくれよ? しつこくするつもりもないし、そう言ってくれれば素直に諦めるからさ〜〜………?」

「………」

「え、えっと、マジ頼む……、マジ凹みそうだから、罵倒でもなんでも良いから何か言ってくれ………?(涙」

「………(ガン無視」

「………。〜〜〜〜〜っ!!(号泣+逃走」

「………」

「あ〜〜りゃりゃ、アレは少し可愛そうじゃない? せめて一言くらい言ってあげなよ? カグヤ」

「………?(首を傾げる」

「いやまあ、アンタが口下手なのはもう知ってるけど、せめて幼馴染の私にくらい普通に話せよ……?」

 ………。……ああ、うん。すまん、なんか変な所から回想始まった。

 なんか、俺の話は最初から話すと、まだ言わないでいる事まで話しちまうんで、わりかし割愛してたら学生時代までに来てしまった……。

 まあ、たぶん予想してるだろうが、今のは俺が女に間違われたわけだ。当時、ガキの頃から一度も切って無かった髪は腰まであってな、後ろで軽くまとめてるだけだったから、勘違いする奴も多かったんだよ。

 俺から言わせれば、前髪も切ってなかったんだから、むしろ幽霊みたいで声掛けたいと思える様な相手でもないだろう? って言いたいところなんだが……。まあ、その話は良い。ただの蛇足だ。

 当時の俺は、この時はもうSt(ザンクト).ヒルデじゃなくて、その辺の平凡な中学校に通ってたよ。

 魔法の勉強? そこからは独学。初等部で基礎を全部知って、これは俺には『使えない』って解ってから、魔法の道は諦めたよ。普通に勉強して、普通に就職する事を考えていました……。

「ねえ、カグヤ? アンタもいい加減なんか喋った方が良いよ? 初対面相手だと意思疎通し難いでしょ?」

 この女は………名前をなんと言ったか? スマン忘れた。回想中に申し訳ない失態だが忘れてしまったのは仕方ない。仮にランスターと呼んで―――うわっ!? まてまてっ! 冗談に決まってるだろ! 銃をこっちに向けるな!?

 ……ああ、いやすまん。名前忘れたのは本当。

 ええっと、確か………。

 そうだ。たしかルロンサだ。

 まあ、幼馴染と言う奴だ。ネイデル家に引き取られた時、家が隣同士で知り合ったんだが、正直それほど仲が良かったわけじゃない。よく見知った顔と言うだけで、初等部時代は学校も違ってたし、一緒に遊んだりもした事も無い。まともに話すようになりだしたのも、中等部に上がってからだ。

「………(げんなりした表情」

「ああ、はいはい……。喋るのが億劫なのね? もう表情で大体言いたい事が解る様になったわよ……」

 この時―――と言うか、ネイデル家に引き取られてからずっと、俺は言葉を一言も発していなかった。いや、幾つか言葉を出した時はあったが、出来るだけ喋らないようにしていた。

 理由としては、『誰かと喋りたくなかった』って言う、気分的な事が一つと……、

 もう一つは、『喋るとますます女みたいだと言われた』のがきっかけで、一言も発しなくなった。ちなみに、このセリフを言ったのは今正に隣にいる幼馴染だ。

「まあ、いいか……。どっか食べに行く? せっかくだから一緒に行こう?」

「………(げんなり」

「嫌そうな顔すんなよ……。悪かったよ。毎回大食いにばっか連れて行って本当に悪かったよ。今日も食べ放題で本っ当に悪かったよ」

 コイツ、見た目普通だが、俗に言うギャル曽根とか言うのだ。付き合いで食わされて何度も胃がもたれた……。

「ってか、あんたこんな所で何してたの? ここ有名な待ち合わせスポットで―――」

「カグヤごめん! 待たせちゃったかな?」

「………(ふるふるっ」

「なっ!? ローウェン!?」

 ……あ、回想してて思い出した。この男はローウェン。中等部で俺と魔法談議してる奴だ。なんか、将来は魔導炉を作れる研究員になりたいとかで、俺と話が合った。………だったと思うぞ、たぶん……。

 それでルロンサの想い人。この時の俺はなんとなくくらいにしか解らなかったが、反応があからさまだったから、まず間違いない。

「え? なに? アンタ達待ち合わせしてたの?」

「……(コクッ」

「うん、カグヤと話してると、鋭い意見とか言ってくれて助かるんだよ」

「『言ってくれて』って……」

「うん、まあ……、喋ってはくれないんだけどね……」

「……(スルー」

 いや、だって、喋りたくなかったし………。

「むむぅ〜〜………」

「何をむくれてるんだい?」

「べ、べつに……。アンタ達、これから何処行く気なの?」

「学校。今日は休みだけど、校内に誰もいないし、図書室で談議しても誰にも迷惑にならないでしょ?」

「え? なに? アンタ達二人っきりで図書室に行くの?」

「うん」

「〜〜〜〜………っ!!」

 この時ルロンサの焦った表情の理由が、容易に想像できて寒気が走った……。

「あ、あたしも一緒に行って良い?」

「(コクリッ」

「頷くの早いっ!? ……まあ、僕も別にいいけど……興味の無い人にとってはつまらない話が続くかもだよ?」

「それでもいいって! 連れて行って!」

 などと騒ぐから、ローウェンも仕方なしに連れて行ったんだが……。

「暇だ〜〜〜〜〜………」

 結局根を上げやがった。

 それでも、三時間の間、文句も言わずに耐えたのだから、褒めてやってもいいと思うが……。

「だから言ったのに……」

「……(ぺしっ」

「え? あ、ここの計算間違ってるの? ………え? でも間違ってない様な?」

「………(勝手に書き直す」

「あ、」

「……(続きを促す」

「? ………。ああ! なるほど! ここでCエネルギーとBエネルギーが交わるから、複合した時の計算が必要になるのか! あのままA素材の仮定計算だけだと行き詰るところだったよ!」

「………(既に興味を失い魔術教本のページを捲る」

「ええっと、それじゃあ次は……」

「アンタら……何か思ったより仲良いわね?」

「え? そうかい?」

「………」

「カグヤも何でも興味なさそうなの癖に、ローウェンとよく話してるし……」

「まあ、仲が悪い気はないよ」

「………」

 うん、正直ウザイ。アイツは絶対俺の事勘違いしてる。俺はいつも制服姿なのに、なんでどいつもこいつも女扱いしやがるんだ? 結構本気でこう言うのは腹が立ったし、不愉快だった。

 でも怒る気になれなかったんだよ。

 そいつを怒りたくないとか、そう言う優しい理由じゃなくて、……ルロンサの言う通り、俺は色んな事に興味が無くなってて、こいつらに怒る事自体、面倒で仕方なかったんだ。

 だって、怒ったところで………、もう何の意味もない人生だったから………。

 まあ、その後も取りとめない話をしてたんだよ。

 ん? なんだ? 魔導炉研究の意見を俺が出せるのかって?

 まあ、中学生レベルとしては多少出来た方だぞ。そもそも、俺はローウェンが考える新型魔導炉の設計書(未完成)に対して、間違ってる所を指摘してやっただけだ。俺自身が考えて作ってたわけじゃない。

 本を書けない奴でも、本の批判くらいできるのと同じようなもんだ。

 話し戻すぞ……。

「やっと帰れる〜〜〜……!」

「遅くなっちゃったね? 二人とも送るよ」

「………」

「ありがとう! ローウェン!」

 ルロンサは、帰り中ずっとローウェンに話し掛けてさ、ローウェンもそれに楽しそうに答えてたよ。

 ああ、なんだこいつら両想いじゃん? って気付くのに、それほど難しくはなかった。

 二人とも態度があからさまだし、そもそも長く二人の姿を見せられて解らないわけが無い。

「………(ちょいちょいっ」

「え? なに? 忘れ物したの?」

「ドジねぇ……、取りに戻る?」

「……(ぺいぺいっ」

「え? 僕達は先に行けって?」

「別に待ってあげるわよ?」

「………(うんざり顔」

「「そこまで嫌がらなくても!?」」

「……(くいっ」

「え? ルロンサを送って行けって?」

「え……?」

「……(コクッ」

「あ………」

「ん………」

 まあ、なんだ。俺が御節介なんてしなくても良いかもだが、こいつらが早く付き合った方が、後々面倒もないだろうと思ってな。でも余計な事はしたくないし、……なんでっ、機会だけ作ってやって、俺はさっさとその場を離れて、その辺の公園で時間潰したよ。

 忘れ物? そんなもんしてねえよ。

 なんだよ? なに目を丸くしてんだよ?

 俺だって解ってれば気くらい使えるっての……。

 二人か?

 次の日から付き合いだしてたぞ。

 ああ、俺も早過ぎだと思うよ………。

 そんな、変な二人を傍観者的な位置で眺めるのが、俺の日常で、………たぶん、その先もずっと、俺は傍観者を気取る。そんな未来のビジョンしかなかった。そんな時期だったよ………。

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 4

 

 

「皆逃げろーーー!!」

 そんなありきたりの声が当然の様に周囲から聞こえるんだ。

 当時、十三くらいになっていた俺は、その日、おっとりした女の子のナータ、言う事だけ恰好良いテリー、いつも誰かの後ろを追いかける小太りのクックゥ、三人を連れてその辺の森で魔術の練習をしていたんだ。

 練習と言っても、真面目なものじゃなくて、殆ど子供が自分の魔法に酔いしれて遊ぶ、それだけの事だったんだけどさ。

 突然、村の方からそんな声と悲鳴が聞こえて、俺達は慌てて戻ったんだ。

 そこに広がっていたのは現実感なんてまったく無い光景だったよ。

 村のあっちこっちが何かに食い荒らされた様に消えていたんだ。

 文字通り咬み付かれた様な痕がね。

 ん、ああ……。御察しの通りで、それが俺が時食みと出会った―――いや、違う……。たぶん『再開』した時だと思う。

 村に居た黒い獣の群れを見て、俺は確かにそいつらの事を知っていたんだ。そいつらを見た瞬間に思い出し、そいつらとまともに戦えるのは俺だけだって、すぐに理解した。

 だから俺は皆に言ったんだ。

 「逃げろ!」って……。

 「アレは俺がなんとかする!」って……。

「ちょっ……!? リュート!? 何やってるのよ!? 止めなさい!」

「大丈夫だよホウリ! 俺ならコイツらを……! 魔剣(ブレイド)―――発動(オン)―――」

 ……うん、無謀な事ではあったけど、でも、俺と時食みの相性は知ってるだろう? だから、子供の俺がどんな無謀でも、アイツらの力では俺は倒せないし、俺もアイツらには負けない。

 だから、俺は時食みを次々と薙ぎ払って、正に自分は『英雄(ヒーロー)』だ、って、酔いしれていた。

 俺のすぐ後ろに、ホウリ、ナータ、テリー、クックゥ、レヴァの仲間達が揃っていて、周囲には大人達もいた。

 俺はこの時さ、酷い事に「もっと俺の活躍を見てくれ!」って……、そんな事を考えてしまったんだ。

 そんな気持ちで戦って、皆を逃がす事を忘れて、時食みの数が多すぎて、逃げ道が無くなり始めてる事に気づくのが遅れてしまったんだ。

 俺は慌てた。

 でも冷静だった。

 だけど酔ったままだった。

 俺の力なら、きっと全員を難なく救える。

 身の程も弁えず、俺はそんな愚かな事を考えて―――使えもしない儀式魔法を使ってしまったんだ。

 使えると思ったんだ。

 出来ると思ったんだ。

 今までが無理でも、この瞬間、この土壇場なら、俺は絶対に成功する。

 ………馬鹿げてるけど、その時は本当に疑うことなく思えたんだ。

 ………。

 ………。

 ……ん、大丈夫。

 ああ、御察しの通りで………。俺は儀式中の魔法のコントロールを失敗して、盛大に暴発させてしまったんだ。

 引き起こされた結果は………、俺の自爆による、沢山の人の巻き添え(・・・・)。

 うん、誰も生き残らなかった。

 時食みも全滅だったけど……、もしかすると、時食みだけの方がもっと少ない被害で収まったんじゃないかってくらい、それほどに悲惨な光景だったよ。

 俺自身も大量の魔力の暴発で、身体中ボロボロだったけど、そんな事が気にならないくらい、周囲の惨状が酷かった。

 だって……、だって、本当に……! そこには誰一人だって生き残ってなかったんだ!!

 御節介だけど話の解るホウリ……、おっとりした優しいナータ……、口ばっかりだけど仲間想いのテリー……、誰かの背中を追うばかりだけど、いつも皆を笑顔にしてくれていたクックゥ……、面白い事をすぐに見つけて、皆にイベントを持ち出してくれたレヴァ……、近所でパン屋を始めたばかりのオスタナおじさん……。花が好きだったミレイヤおねえさん……。育ててくれた長老……。ガスマンさん。キースおにいさん。ガベット。クレマンおじさん。コヨーテじいさん。コッテちゃん。パティ。ペペル。コルレラ。アスベ。キル。マンマン。フェルカナ。イゼット―――!!

 他にも俺がまだ憶えていなかっただけで、沢山の人が、俺の勝手行動で―――! 俺の勝手な無茶で―――!

 

 俺が皆を殺した――――!!!

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 おかしな事には気付いていたんだ。

 ローウェンはいつも、自分の研究論文に協力者として俺の名前をよく書き込んでいた。

 だけど、最近になって俺の名前が無くなっている事に、俺は首を傾げていたんだ。

 まあ、単なる手違いか、もしくは俺の知恵が要らなくなるほど、ローウェンの頭が成長したから、わざわざ俺に頼らなくても同じだけの事を考えられるようになって、ローウェン一人の考えで全部書かれた物になって、俺の名前を書かなくなった。

 ―――なんて可能性もあるかもしれない。一応そう考えておく事にしていたんだ。

 ………いや。ローウェンを信じたかったわけでも、その本心に気付かなかったわけでもない。

 ただ単に興味が無かったから(・・・・・・・・・・・・・)、そう言う事にしておいただけだ(・・・・・・・・・・・・・・)。

 だから、俺はそれを無視し続けた。

 知らないフリをし続けた。

 ………計算外があったとしたらだな―――?

「これは僕じゃない!! 全部……! 全部……っ! ……! そう! カグヤが―――! 彼の提案なんだ!? 僕じゃない!!」

 ローウェンが大学に顔を出してると聞いて、様子を見に行っただけだったんだが……、顔を合わせるなり、いきなりそんな事言われたよ。

 何の事か俺にもさっぱりだったよ。

 ただ、なんとなくローウェンの考えた理論が間違ってて、その責任か、もしくは認められるはずだった特権の廃止。そのどちらかを回避するために、スケープゴートを探してるんだろうなぁ〜? くらいには見当がついた。

 ……おいおい、そんな顔するな。

 え? いや、俺は全然興味なかったし? 正直どうでも良かったんだ。

 なんだよその顔は? 呆れてるのか?

 当然だろう? 俺にとっては、論文なんてどうでもいい事だし、夢とか何とかのためにやってたんじゃないんだぞ? 正直ここで使い捨てられても、俺にはなんの痛手もなかったんだ。

 ………、ああ、嘘ごめん。本当はちょっと痛かった。胸の辺りがズキズキと……。

 ん? その後か? ああえっと……。

 しばらく黙って内容聞いてて、なんとなく状況が解ったから、行動する事にしたんだ。

「………はんっ! 騙される奴が悪いんだろう? なんで俺が俺の意見を述べただけで、俺に責任が押し付けられなきゃいけないんだよ?」

 そんな風に言ったら周囲がドン引きしたよ。

 その場にはルロンサもいたんで、初めて聞く俺の言葉に驚いてた感じだったよ。

「俺はただやりたいようにやってただけだっつうの? それなのに、そのバカが勝手に俺の名前使って『協力者』扱い。いい加減、友達ごっこは勘弁してもらいたかったんですよねぇ〜〜? んで、俺の名前だけ消して、適当なもん書き足しておいたんだよ」

 ………なんだよ? え? 嘘だって? ああ、嘘だがどうかしたか?

「う、ウソでしょ!? なんでカグヤそんな事!?」

「今言っただろう? 友達ごっこは飽きたって……。俺は別に殆ど何もしてないんだぜ? それを勝手に『協力者』なんて物に仕立て上げやがってさ? 意味解んねえんだよ?」

「それは! ローウェンがアンタを認めてたからで―――!」

「どうだか? 大方、自分の研究が失敗した時、俺をスケープゴートにしようとか考えてたんじゃないのか?」

「―――ッ!?」

「カグヤッ!!!」

「……っ!?」

 ここまで非道な事言うと、さすがに切れられるもんだよな? 恋人を貶められてるんだから、相当だったんだろう。

 俺、ルロンサにカッターで切り掛れてしまったよ。

 怪我? しなかったぞ。俺、目だけは良かったし、前髪越しでもルロンサの動きは見えてたから。

 でもまあ、動作が遅れる髪の毛まではそうはいかなくてさ、前髪ごっそり持ってかれちまった。ルロンサのやつ、実験室に置いてあった専用のカッターナイフを掴んだんだな。かなりの切れ味だったぞ。

 正確には左から前髪に掛けて、切り落とされた。

 俺は久しぶりに前髪越しじゃない、クリーンな視界を直接見ながら、思ったよ。

 あれ? こいつらって思ったよりつまんない顔してるんだな〜〜〜……って。

「サイテー……。ローウェンはそんな事する人じゃない! アンタとは違う!! ……私達の前から……消えて!! 裏切り者! 友達を騙した裏切り者!! アンタみたいな恥ずかしい奴、もう友達でも何でもない!!」

 ……。なんでお前が苦い顔してる? 別に言われても平気だよ。罵倒はそれほど痛くなかった。

 

 だって、その言葉は全部、俺じゃなくローウェンが受け止める言葉だったんだから。

 

 その後か? 仲直りできたのかって?

 いや、出来てないけど?

 だって、ローウェンは謝罪する事も出来ないんだぜ?

 謝罪したら、俺が言った事が嘘で、本当は自分が俺を騙した事を認める事になるからな。

 そんなの、アイツにとっては出来るわけもない。

 せっかく見えた夢の架け橋、逃せるわけがない。

 俺か? 俺は前髪だけ切って整えて、そのまんま。

 後は………、外に出ると色々言われること多かったからな。いい加減うんざりして、殆ど家に引きこもってたよ。

 元々、やるべき事なんて一つも持ち合わせてなかったからな。

 誰かと会う。

 唯一あった『日常』すらも捨てただけ。

 俺にはそれだけの価値もないと、とっくに知っていたのだから……。

-8ページ-

 5

 

 

「あの後の事はよく憶えてない。皆の墓を作って、そこから立ち去った。その程度だけしか憶えてなくて、あの惨状は、文字通り目を背けたくなる風景だったから……」

『龍斗くん……』

 

「いやまあ、でも俺は裏切られたのも仕方ないのかなぁ? なんて思う事はあるんだよ」

「? なんでカグヤが裏切られて当然なのよ?」

 

「あの後もずっと考えて……、必死に自分を正当化しようとした時もあった……。でもダメなんだ。どうしようもなくダメなんだ! 自分を正当化しようとする度に、仲間の、皆の命を『奪った』って現実が突きつけられて……! だから俺はっ! そこにだけは目を背けられなかった―――!」

 

「俺は何にも興味を持ってなかった。だから、俺の知らないところで誰かを傷つけるなんて当然ある事だ。例えば、俺からしたら、手伝いのつもりでも、『誰か』にしてみれば、自分との実力の差を徹底的に見せ付けられたと思って、嫉妬させたり……、それってつまりさ―――」

 

「「結局、俺が、俺自身で大切な物を傷つけて、自分で全部失っただけ……」!」

 

 龍斗、カグヤ、二人は違う場所で、違う過去を語りながら、同じ結論を口にしていた。

 それは二人の、共通する、壊れた心その物。

 

 

「それからしばらく、俺はとある病院で精神的にまずいって事で、お世話になってたんだけど……」

 

「その後は親代わりに連れられて………、お前も知っての通り、臨海空港の大規模火災に巻き込まれて家族諸共お陀仏。……まあ、俺はあいにく生き残ってしまって、病院送り……。その時に、俺は、とある―――まあ時食みの残留みたいなのを見つけてな。それで、一つ目的が出来てしまった。そんで色々情報集めるためにあっちゃこっちゃ出ていたら、大怪我しまくってさぁ? いい加減諦めるしかないのか? って項垂れてたんだけどよ……」

 

「「小さな女の子に出会ったんだ……」」

-9ページ-

 6

 

 

 俺は長く病院の一室に居たから、良く事情は知らなかったけど、いつの間にかね? オッドアイの金髪の女の子が、俺の部屋に迷い込んできたんだ。ウサギのぬいぐるみを抱いて御母さんを探しているようだったよ。

『え……、その子……? ―――あ、ごめん。続けて』

 ん? ああ……。

 話した内容を全部憶えてるわけじゃないんだけど、その子が俺の事をね? 『お兄ちゃん』って呼んで手を握ってくれたんだ。

 自分だってお母さん見失って泣きそうな顔して癖に、俺の事を気遣ってくれてさ……。

 それで俺は決めたんだ―――。

-10ページ-

 何か知らんが、いい加減疲れて病院の中庭辺りだったかで、死ぬ勢いで熟睡してる時、ガキに踏まれたんだ。

 一体何事かと目を覚ましてみると、両目の色が違うウサギの縫ぐるみを抱いた女の子が、母親探してたんだよ。

 ……? なんだよ? 何か心当たりでもあるのか?

 ………。まあ、いいが……?

 そんで、そいつが母親探してるって言うから、随分参っていた俺はこう言っちまったんだよ。

「探しても見つからない物なんて、いくら探しても見つかるはずがない」

 いや、本気で泣きそうな顔されたよ。って言うか泣いてた気がする。今はちょっと後悔してるんだけどな……。

 だけど、その子、泣きそうな顔でなんて返したと思う?

「だって、ママがいないの嫌だもん! ママがいないの嫌だもん! だから、ママ、探すの!」

 言ってる言葉は文脈として解り難かったけど、でも何を言おうとしてるのかは伝わったよ。

「……そうだよな。『見つからないから諦める』って言うのは、愛想が尽きた時にしか言っちゃダメなんだよな……。探してる人が大切なら、途中で諦めちゃダメだ。諦められるはずが無いんだ。……ごめんな。俺もお前を見習って、がんばって探すよ」

「? お兄ちゃんも迷子?」

「……? どうだろう? 俺なのか、それとも『あの人』なのか……? どっちが迷子になってるのかも解らない状況だ。もしかすると二人で迷子なのかもしれん」

「……見つかると良いね」

「そうだな。でも、俺は一人でも探せる。お前はそんな訳にはいかんだろう?」

「ふえ……っ」

「泣きそうな顔するな。……ほら? ちょうどあそこに偉そうな制服着た女の人が歩いてくる。あの人に御母さんの事相談してみろ?」

「あの人に? ……お兄ちゃんは?」

「……お兄ちゃんはな『正義の味方』が苦手な『悪役』なんだよ。だから、ここでバイバイだ」

「……お兄ちゃん?」

「ほら、行って来い。……なんか、いつの間に周囲に殆ど人影無くなってるし、あの人に助けてもらえ」

「……うん」

 そんで、女の子が茂みから出て行ったのを確認してから、俺も見つからない内に病院を出た。

 俺はその子に教えてもらったんだ―――。

-11ページ-

「「もう諦めないって」」

 

 二人の言葉が再び重なる。

 邂逅を得る事の無かった二人は、それでも過去から既に、同じ覚悟の元、同じ決意を下し、互いに違う道を進みながら、同じ目的地に向かって歩み続けている。

 それは対極にして同種。

 裏と表。

 光と闇。

 何処かで少し道が違っていただけで、何か一つ切欠が違っただけで、互いの道は全く逆になっていたかもしれない。もしくは、二人が同じ道を歩む事もあったかもしれない。

 そんな、この先誰も知る事の無い、一夜限りの幻想。

-12ページ-

 7

 

「そうやってさ……、俺はあの子から勇気と希望を貰ったはずなのに……、またこんな所で足踏みしてるんだ……」

 言うつもりの無かった内容が、いつの間に龍斗の口から語られていた。しかし、龍斗自身がそれに気付けず、自然と現状を語り始める。

「俺、アイツに……、カグヤに言われたんだ……。『お前は正しい事ばかりを求めた、間違った人間だ』って……。それはさ、俺が自覚してなかっただけで、本当の事だった。俺は、心の何処かで、いつも『正しい』事を優先的に選んでいて、そこに『他人の感情』を考慮してなかった……。まるで、善行だけを働く様にプログラムされたロボットみたいにさ………」

 相談と言うより吐露に近い言葉の漏電。無駄に流れる独白は、既に懺悔に等しい物となっていた。

「シャマルに言われて解ったよ。俺は『正し過ぎる』から誰かを傷つける。『正しい』事と『優しい』事は違う。俺は、ずっと『正しい』事が『優しさ』と同義だと思っていたよ………。そんな事無いのに……」

『うん……』

 龍斗の懺悔を聞き、優しく頷くなのはは、少しだけ沈黙の間をおいてから、静かに語る。

『でもね……、私は、それが龍斗くんの優しさじゃないとは、思わないかな?』

「……どうしてだ?」

『だってね? 龍斗くんにとっての正しい事って、きっと誰かを幸せにしたい。守りたい。そう言う思いから生まれてるものだと思うんだ。それは龍斗くんの言う通り、正しい(・・・)、ってだけを考えたものかもしれない。でも、そんな思いから生まれた物が、本当に優しくない(・・・・・)、って言えるのかな? その正しさは、間違いなく、龍斗くんの優しくしたい、って気持ちから溢れてるものだと思うよ』

「………、だけど、カグヤは俺に言った。はっきりと『間違っている』と言ったんだ……っ!」

『うん、きっと龍斗くんは間違ってた』

「だったら……―――っ!?」

『でも、正しかったんでしょ? それは当り前の事だよ』

「当たり前?」

『誰だって一番正しい事なんてできないよ……。誰も傷つけないように、がんばって色々考えて、一杯悩んで、それで出した結論で無理して……。でも振り返ってみると、「あそこでこうしてたら良かったなぁ〜〜?」って思えて後悔しちゃう………。そんな事、誰にだってある当たり前の事だよ?』

「俺も………、ただそんな当たり前に出くわしただけ?」

『気付いたなら行動! って言うけど……龍斗くんの場合は、特に何もしなくていいんじゃないかな?』

「へ?」

『たぶんね、難しく考えすぎなんだよ。だから、もっと気を楽にして? ………自分の失敗で、沢山の人を傷つけちゃったりして、すごく落ち込んでるのは解るけど……、だからって龍斗くんが全部抱えて潰れちゃったら、その犠牲になった人達は喜ぶの? 報われるの?』

「それは………違うと思う………」

『じゃあ、もう少し肩の力を抜こう? きっと龍斗くんは、今までその強い思いに縛られて、頭が固くなっちゃってるだけだよ? リラックスすれば、意外と単純な答えに辿り着けるかもだよ?』

「なのは………」

 龍斗の中で答えは出ない。そもそも答えなど教えてもらっていない。頭の中はごちゃごちゃしたままで、全然すっきりしていない。

 だが、その胸には確かに温かい何かが火を灯し、ゆっくりと気分を落ち着かせてくれる。

「ありがとう………」

 龍斗が静かに呟くと、画面越しのなのはは、満足げに笑って返した。

「ふうぅ……っ、まったく……、昔の事まで話して、結局今の気持ちまで話しちゃって………、誰にも言わないって決めてたのに」

『にゃはは……っ、龍斗くんも自分で気付いてないだけで溜めてたって事だよ』

「そうなのか? ………、いや違う。いくら溜めてても、こんな話おいそれとするか」

『じゃあ、なんだって言うつもり?』

 少し悪戯っぽく問い返すなのはに、龍斗は一拍の間をおいてから、自然とほほ笑んで答えた。

「たぶん、なのはだったから……」

『ほえ……?』

「なのはが相手だったから、全部話したい、って……思ったんだと思う……」

 少し照れくさそうに頬を掻く龍斗の姿に、なのはの顔にも次第に赤みが増していく。

『そ、そっか………、それは……うん………、光栄、かな……?』

「………」

『………』

 二人とも気恥しくなって黙りながら、沈黙の時間を味わう。

 しばらく沈黙に耐えていた龍斗は、衝動を押さえられなくなった様に言葉を漏らした。

「ああくそ……っ! 『通信』ってなんて不便なんだよ……!」

『え? えっと……、そう?』

「そうだよ。だって………」

 一度言葉を区切り、龍斗は真剣な表情で画面の先の高町なのはを見つめた。

 

「だって、今こんなになのはに触れたいのに、全然手が届かない」

 

『………! ………うん、本当だ。………私も、今、すごく龍斗くんの傍に行きたいかも……』

 照れ笑いの様に洩らし、なのはが同意する。

 二人、画面越しの互いの顔を、いつ終わるともなく見つめ続けた。

 

 それは、まるで恋人同士が別れを惜しむ様な、そんな一時の夜だった……。

-13ページ-

 8

 

「ざっと、色々話しちまったな………。柄にもなく良く感動的に語って見せた物だ」

「よく言うわね? 結局、アンタが時食みを倒せる理由も、戦う理由も、私達を仲間に引き込む理由も、アンタ自身の目的も、なんにも話してないじゃない?」

「我ながら、巧みな話術だと貶したくなるぜ」

「ニヒル顔気取って自虐してどうすんのよ? ……まあでも、アンタが止まれない理由は少し解ったかな? アンタの目的は、たぶんアンタのお姉さんに係わる事でしょ?」

「なんで義姉さんが出てくる? って言うか、軽々しく姉さんの事をだな―――」

「はいはい。その辺の詳しい事は知らないけど、でも、それはアンタにとって簡単に諦められる事―――ううん、そもそも諦めて良い事じゃない。だから、アンタは止まれない。例え、それが誰にも共感されない、悪いことであっても。……でしょ?」

「………」

 言い当てられたカグヤは、その言葉を否定しようか肯定しようか迷ってしまい、結局、沈黙を返した。結果、答えを言っている様な物だとは解っていたが、時間は戻しようが無いので早々に諦めた。

「正直なところ、私はそれが何なのか知りたいし、出来れば止めたいと思ってる。でもさ、今のカグヤって、もう決めちゃってるんだよね……。はっきりと答えを出して進む人は、他人から何を言われたって、その強い思いで振りきっちゃう。私はそれでちょっとミスした事あるんだけど……、だから解っちゃうのよねぇ〜〜……。今のあんたに何を言っても止まったりしない。だから、今のカグヤには何も聞かないわ。たぶん、カグヤの言う通り、私達は共感してあげられないと思うから。そして聞いてしまったら、聞いた以上、私達はカグヤを止めるために戦う。それは、アンタを裏切る事に変わりないだろうし」

「訂正。裏切るのはお前らじゃない……。明らかに俺だ」

「訂正を却下。私達がアンタに何も聞かないで協力すると言った以上、それは裏切りになる。だから、裏切るのはカグヤじゃない。私達よ」

「否、その役割は俺だ。俺でなければならない。だからお前達がなんと言おうと、全ての罪は俺に帰る」

「……あのさ? 一度聞きたかったんだけど、なんでそんなに『悪人』になろうとするわけ?」

「―――」

「まるで、自分からそうなろうとしてる(・・・・・・・・・)みたいで、なんか違和感あるのよ? アンタと付き合いだして解ったんだけど、アンタって、本当は相当騒いだりバカやったりするの好きでしょ? クール気取ってたり、変に冷静だったりするから、見失いがちなんだけどさ? スバルやリイン曹長と話してる時とか、すっごく自然体だし、ザフィーラみたいな対応と話してる時は、どこか演技してるみたいに空気が合ってるし……、ともかく色々、『アンタ』は『カグヤ』に合ってないのよね?」

「俺は多重人格者かよ……。他人と話す時まで、色々無駄に考えを巡らせちまってるだけだ。深い意味はねえよ」

 勤めて平静に返しながら、内心カグヤは「この女ヤベェ……」とぼやいていた。

 それはカグヤの在ろうとする(・・・・・・)姿そのもの。

 観せ続けなければならない一つの役割。

 故に彼は何も語らない。語れない。

 『カグヤ』の本心を語るのは『彼』ではない。

 『カグヤ』の本心が語られるのは、後の世に現れるだろう『語り部』の役割。

 『役者』である『彼』の口から語られる事はない。

 

 それが、『舞台』の上に立った者の『役割』なのだから……。

 

 しかし、ティアナは『役者』の本心を垣間見た。

 『役者』の拙い演技に違和感を覚えられた。

 『利用された被害者役』は、あっさり『役者』の姿から違和感を読み取ってしまった。

(凄いよ。お前は………)

 カグヤは純粋に賞賛を送る。

 智謀に長けた、自分の仲間を……。―――何(いず)れ、裏切る事になる、知将を……、彼は純粋に賞賛する。

 例え、彼女が『舞台』に気付いていなかったとしても、それは賞賛される事なのだと、彼女を認める。

 だからカグヤは決意する。

 ここまで考えられる彼女なら……、話を聞いてしまえば戦うしかないと言い切った彼女なら……、きっと、その時に正しい判断をしてくれると信じて―――。

「ティア、渡しておきたい物が在る」

 カグヤは千早の袖から一枚の円盤を取り出す。

 丸い、表面がつるつるした表と、装飾の施された裏のある円盤。

「何それ?」

「一応鏡。相当古い物だから、今の鏡みたいに、綺麗には映らないけど」

 カグヤに手渡された物を受け取りながら、ティアナは首を傾げる。

「なに? 御守りにでもしろって言うの?」

「その鏡に、特大の『闇』を仕込んでおいた。全てを殺す技(伊弉諾)だろうと、一回くらいなら、まともに跳ね返す事の出来る一点物だ」

 伊弉諾の名を聞いた瞬間に固まる。

 彼女も、あの戦慄の光景を知らないわけではない。戦闘映像を録画していたリインに見せてもらい、絶句しかできなかった光景を知っているのだ。

 だからこそ解る。あの黒い刃(伊弉諾)は、対応など出来ない。撃たせる前にどうにかするしかない。撃たれれば、その時点で『死』が確定する。もはや勝敗など存在しない。ただ『死』だけが前面に押し出され、強調される。

 それを跳ね返す事が出来るアイテムなど、もはや『専用武器(アーティファクト)』としか言いようがない。

「ただし、『伊弉諾』を返せば確実、『伊弉弥』状態の俺でも死ぬ事になる。っと言うか、そのための道具だ」

 絶句。

 驚愕に声が出せず、ティアナはカグヤを見つめ返す。

「『使え』と言ってるわけじゃない。だが、俺が持っている意味はないんだ。それは過去、既に俺が使って本来の役割を終えている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。だが、供えられた『役割』は残っている。それを利用して一回限りの切り札を作った。………もし俺が暴走したら、後始末を頼む」

「アンタ……っ!?」

「暴走したら、っだ。俺だって死にたくない。だから使って欲しくない。だが、暴走しないとは限らない。だからその時のために、お前に託しておく。万が一の備えはあってしかるべきだろう?」

「………、この先、またあんな風になる予定でもあるの?」

「………無いと言い切れない。正直、なる可能性の方が高い」

 カグヤは甲板側の窓の手摺に手を付いて体重をかける。額を窓ガラスに当てながら、どこか空虚な瞳で何処ともなく外を見つめる。

「正直、今の俺は少し異常なんだ……。実を言うと、今、物凄くお前の事を滅茶苦茶にしたいと思ってたりする」

「変態」

「もっと酷い意味でだ」

「………」

 茶化しかけたティアナは、口を閉ざし、真剣な表情のカグヤに続きを待つ。

「誰でも良いから殺したい。何でもいいから壊したい。そんな衝動が、ふつふつと込み上げてくるんだ。……今はまだ冷静な方だ。お前らと一緒にいると、なんか落ちついてくれて、軽減される。………でも、軽減は、無くなるわけじゃない。俺は何でもいいから壊したい。生き物を壊す自分の姿を想像して、愉快な気持ちになって笑みさえ漏れてくる。そんな自分がまずい状況にあるのも解ってる。その理由も理解してる」

 それでも立ち止まれない。

 言外にカグヤはそう答え、手摺から手を放し、直接ティアナの眼を見つめ返す。

「もし俺が………、本当に可笑しくなったら………その時、お前達を傷つける前に、どうにかしてくれ。お前ならそうしてくれると信じている。だから託せる」

「嫌に決まってるでしょ!? なんで私が、アンタの―――!!」

「お前以外の誰に頼めって言うんだっ!?」

「―――っ!?」

「………、……お前しかいないだろう? フェイトは優し過ぎる。スバルやザフィーラじゃ相性が悪い。エリオじゃ活かせるとは思えない。リインじゃ出力不足。………お前しかいないじゃないか? 俺が他に信じられるのは……お前しか………」

 苦痛な表情で語るカグヤの姿に、ティアナはもう、何も返せなかった。

 それでもそれを受け入れたくなくて………、でも、その時が来た時、やはりそれは必要だと認識できて………、だから彼女は顔を歪めた。泣きそうになる顔を見られたくなくて、カグヤの胸に自分の顔を埋めた。

 カグヤを助けたい気持ちと相まって、彼女にそんな大胆な行動を取らせたのか、………それとも、何か他の意図があったのか?

 その時の心中は、本人すらも測(はか)り切れないでいた。

-14ページ-

 9

 

 八神はやては気まずい心中にあった。

 夜中、なんとなく目が覚めたので、水を飲もうとリビングに向かったところ、ベランダ側から話声が聞こえた。気になって、こっそり耳を欹(そばだ)てると、どうやら龍斗がなのはと通信しているらしい事が解った。最初は興味本位で耳を傾けていたはやてだったが、思いがけず、龍斗の過去や悩みなどを聞いてしまい、申し訳ない気持ちに曝されていた。

(まあ、そうは言うても、今更「話聞いてました。ごめんなさいぃ〜〜」なんて出て行ったところで、むしろ迷惑にしかならんし………、ここは隠れ通すんが吉かなぁ〜?)

 罪悪感はあるが、だからと言って、何でも素直に謝るべきではない。謝る事で傷つける事もある。

(………それにしても、龍斗くんにそないな過去があったとはな〜〜……。記憶喪失言うんも気になるし、時食み関連との係わりも、記憶を失う前見たいや、………これはちょっと調べた方が良いかもしれん。……はあ、こんな時リインがいてくれたら楽なんやけどな〜〜〜………。なんであっち側(カグヤ側)におんねんやろ? 試しにメールでも送っとこか?)

 色々考えを巡らせながら、はやては休暇が後どれだけ残っているかなど含め、検討する。

 それと同時に、彼女は思う。

 龍斗と言う青年が送ってきた人生は、もしかすると自分達の物と、大して変わりはないのではないか? っと……。

(そんな『予測』とは言えん『予想』、当たるとは思わんけど………。もし、予想通りやったとしたら、龍斗くんには『敵』となる相手がいたんと違うやろうか?)

 時食み関連に詳しくなる経緯も、ただの学者レベルで知れるには無理がある。時食みと言う存在が蔓延する情報の渦中―――つまりは何らかの『事件』に類する真っ只中にいたとも考えられる。

 それが事実と仮定するなら、龍斗と言う少年が、戦いと無縁な世界に居たとは到底想像できない。何か、敵となる物と戦っていた可能性はある。

 それこそ、なのはとフェイトの様に―――、自分の騎士達と管理局の様に―――。

(もしそれがいたとしたら……、その事件はもう終わっとると願いたいな……)

 龍斗の悲痛な声を思い出しながら、はやてはそんな思いを巡らせる。

「………にしてもいつまで見つめ合っとんねん? あの二人?」

 そろそろ三十分くらいになろうかと言うのに、モニター越しに見つめあっては笑い、笑っては見つめ合うを繰り返す二人に、はやては無償な苛立ちを感じるのだった。

-15ページ-

 10

 

「いや〜〜………、とんでもない話を聞いちゃっいましたね〜〜〜………?」

「カグヤさんとティアが二人っきりで話すのが気になって、冷やかし交じりに覗いてたら、………なんか物凄く真剣な内容で、盗み聞きしたのが申し訳ない気分です………」

 カグヤとティアナが抱き合う姿を、影から覗いていたカグヤの残りメンバー全員が、気まずい雰囲気に苛まれていた。

 深刻にカグヤとティアナの関係を気にしていたリインと、友人に対する冷やかし半分だったスバルは、特にダメージが大きい。

「だから、覗くのなんてやめよう? って言ったのに……!?」

 と、言いつつ……、結局自分も最後まで聞いてしまったフェイトは、あまりのダメージに慌てた様子で訴え、周囲の罪悪感に拍車をかける。

「でも……、正直カグヤさんが自分の事話すなんてめったにないですし………、気になっちゃって………」

「良い機会だとは、思ったのだ。………悪い事はしたが、奴の真意を測るのにも必要な事だと判断した」

 エリオとザフィーラが、続いて自分達の弁明をするが、正論が必ず罪悪感を癒してくれるわけではない。『盗み聞きした』と言う事実が変わらない以上、彼らの心が気まずさを拭える筈もないのだ。

 特に、トドメとなったのが最後の内容。

 カグヤ自身が、自分を侵食する『爆弾』を抱えていて、それに自身で対処法を『処理』と言う形で用意していた。そしてそれを、ティアナと言う人物に「信じられる」と言って託す。あのカグヤが、過去に友から裏切られた事があると解ったカグヤが、穴だらけの脆い絆で結ばれた相手を「信じられる」と言って託したのだ。それは衝撃を持たせるに充分な出来事だった。

「………皆、私はカグヤを守りたいと思う。カグヤは隠してるけど、きっと自分を傷つけながら何かをしてるんだと思う。だから、私はカグヤの味方になりたい」

 強く呟くフェイトの表情は、先程まで慌てていた人物とは思えない、強い瞳をしていた。

「あたしも賛成です。………って言うか、カグヤさんにとって、あたしがどれだけの存在かは解らないけど……、少なくとも、あたしは味方でいたいです!」

 スバルが返すと、残りの全員も頷いて同意する。

 彼らの絆は、龍斗の物とは違い、穴だらけの繋がりではあるが――――、

 

 そこには確かに、一つの形が生まれようとしていた。

 

「ところで……? そろそろあの二人を引き放しても良いです?」

「うん、あたしも今、若干そう思ってました」

「リイン曹長? スバルさん?」

「邪魔しちゃダメだよ……! ………でも確かに、なんか『もやっ』とするかも……?」

「どうしたのだお前まで………?」

 その形の中で、一部の者達が微妙に形を変えている事……、それに気付くのは、もう、あとちょっと先の話である。

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二人の過去話
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