期待【花柳剣士伝/大倫】
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だったら、どちらも選ばなければ。

 

――もう少し、一緒にいられるのだろうか。

 

浮かんだ想いを、その瞬間に否定する。

この心は、なんて恐ろしい事を考えるのだろう。

純粋な驚きを感じながらも、倫はその想いを心の奥底に沈み込める。

これはあり得ない気の迷い。

あり得ない。…………あっては、ならない。

 

――この感情を深く考えては駄目。

 

両の手を握りしめて、否定する。

否定する否定する否定する。

今、鼓動が速くなってなんていない。

気付いてはいけない。

頭の中を跳ね回っている「何かの可能性」を、無理やりに追い出す。

 

――わたしは、大石さんの事なんて――――

 

俯いて、目を閉じて。

倫は自分に、言葉にする事も許さぬその否定を飲み込ませる。

強く握りしめ続けたせいで、手の平にべとつく汗が気持ち悪い。

顔は上げられない。

あの人が、ずっと見ている。

 

「落ち着かないねぇ」

 

聞こえた一言に、必死で積み上げていた壁の一部が崩れた音がした。

 

――大丈夫。まだ壊れていない。わたしは大丈夫。……大丈夫。

 

それでも。

静かに近付いて来る気配から逃げる事も、握りしめ続けた倫の手を取り、そっとその指を解いていく指先を振り払う事も、彼女には出来なかった。

 

 

 

彼女は知らない。

俯き続けたその下で、自分が一体どんな表情をしているのか。

自分に触れている男が、どんな感情を抱いているのかを。

 

それは、単純な光景だった。

『そこに、一組の男と女が居た』

ただ、それだけの話――――なのに。

説明
大昔に書いたものが発掘されたので。
約599文字。
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幕末恋華 花柳剣士伝 大石鍬次郎 志月倫 大倫 

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