天馬†行空 二十九話目 風は吹き始めた |
――交州蒼梧郡、城より離れた平原にて。
「くそっ!? 何故だ、何故こうも侵攻が早い!? 士燮は戦下手ではなかったのか!?」
乱戦の中、蒼梧の太守を自称する呉巨は交趾の軍に押される自軍を見て焦りの声を上げた。
劉表から派遣され、交州へやって来た呉巨は荊州に近い蒼梧に入り、元居た太守を追い出して蒼梧を占拠。
交州、特に交趾は海を通じて異国との交易を盛んにしており、得られた富を治世へ使い、また都へと納めていると言う。
そこに目を付けた劉表は、交州を我が物としたいと欲し、呉巨を派遣したという訳だ。
尤も、呉巨自身は交趾を手に入れたら劉表から独立し、交州を基盤として南方一帯の覇者たらんとする野望を抱いていた。
その第一歩としての蒼梧支配すら遅々として進まない状況に苛立つ呉巨だったが、交趾へと放った密偵の報告では児戯にも等しい演習(ハク丸城攻防戦)を行っていたらしい。
所詮は辺境の地で、戦も知らず、漢人の街に蛮人まで入れ、のうのうと金勘定をしながら暮らしている小物よ、と士燮の人物を判断した呉巨は、いつでも交趾は攻め取れると考えて地固めに専念していた。
しかしながら一ヶ月たっても賊の勢いは収まらず、しびれをきらした呉巨が総兵力を持って賊討伐に乗り出した時、事態が急速に動き始める。
密偵から鬱林、高涼、珠官が士燮の傘下に入ったと連絡が有った時には、すでに士燮の軍が間近に迫っていた。
賊を何とか追い散らした呉巨は慌てて迎撃するが、民が内応したのかいつの間にやら領内に堅固な陣を築かれて多数の被害を出す有様。
敵は?昭とか言う小娘が率いる二千足らずの小勢であった為、すぐに攻め潰せると考えた呉巨は総攻撃を命じたが、予想を超えた頑強な守りに突き崩す事が出来ずにいた。
そして今、陣を攻め始めてから半日と経たず、四方を囲むように現れた交趾の軍に兵は恐慌をきたし、次々と討たれていく。
「呉将軍、このままでは軍が半壊します!」
「ぐ……っ! おのれ士燮め……だが、まだ負けたわけではない。南海まで手が回らなかったのは失策だったな! ――南海へ軍を向ける! 全軍、我に続け!」
『はっ!!!!』
南海郡へ逃げ込み、劉表と連絡を取って挟み撃ちにすれば蒼梧を取り戻……いや、交州を手に入れられる。
自分一人が交州の支配者となりたかったがこうなっては致し方あるまい、と舌打ちした呉巨は馬に鞭をくれて我先にと撤退を始めた。
だが、呉巨は知らない。
――既に逃げ道など、どこにも無い事に。
「ご、呉将軍っ!? ぜ、前方にいずこかの軍が展開しております!」
「旗は!」
「は、旗印は”藩”とあります!」
「藩? どこの軍だ!」
「わ、分かりません!」
「ちいっ!」
突如として呉巨軍の前方に現れた三千余の軍。
その先頭には三人の男女の姿があった。
「オウ、やっぱりこっちに来やがったな」
赤銅色の巨躯、並みの者では持ち上げる事すら困難な鉄槌を軽々と担ぐ藩臨。
「しかし、この面子で集まるのも久し振りだね〜……よーし、やってやるわよ!」
子供のような体躯ながら、それに不釣合いな斧を二本両手に携えた黄乱。
「親方、準備は出来てますぜ。いつでも号令を」
鉈の様な穂先の付いた槍を肩に担いだ尤突。
三人の後ろに居並ぶ者達は男女半々の割合で構成されており、そのいずれもが瞳に闘志を漲らせていた。
「ヨシ。――オウ手前ら、久し振りの戦だな! 呉巨は民から搾取するしか能の無い野郎だ、遠慮なく叩き潰すぜ!!」
『応!!!!!』
「吶喊!!!」
火の玉となった三千の兵が、うろたえる呉巨の軍八千に正面からぶつかる。
「ォォおおおおおおっ!!!」
――ぅおんっ!!
先陣を切った藩臨の鉄槌が、一薙ぎで七人の兵を吹き飛ばした。
「そらよっ!!」
――どかっ!
続いて踏み込んだ尤突の繰り出す槍が、三人を斬り伏せる。
「うわあああああっ!?」「ぎゃあああああっ!?」「いやだ……いやだっ! こんなところで――ぐああっ!?」
二人の勇将が前線に穴を開け、後に続く兵が呉巨の軍を崩していった。
その混乱から立ち直れず、呉巨の兵は次々と討たれていく。
そして、呉巨自身も乱戦に巻き込まれて、指揮も出せない状態に陥っていた。
「くそっ! おのれ……おのれえっ! この俺が、こんな所でやられてたまるかっ!」
必死で剣を振るい、群れる兵を追い散らしながらなんとか血路を開かんと呉巨は馬を走らせる。
「俺は、いずれ南方の覇者となる男だぞっ!!」
その念が天に通じたか、包囲が薄くなった隙を付いて呉巨は駆け抜けて、
「みぃ〜つけた」
桜色の髪を頭の両側でお団子にした子供? が、身の丈の半分を超す斧を二丁携えて立ちはだかった。
「ええい退け! 餓鬼が覇者の道を遮るなっ!!」
そのまま馬を走らせて、呉巨はその子供に向けて剣を振り下ろす。
「ふーん……聞いてたのと同じだね」
それを、黄乱は事も無く右手の斧で受け止め、
「――つまんない男」
――びゅうっ! どっ!
「か……は、っ!?」
跳躍した黄乱が振るった左手の斧が唸りを上げ、馬上の呉巨の首を飛ばしていた。
――荊南、武陵郡の城、玉座の間にて。
「……以上が、交州で起きた出来事だそうです」
玉座に座る董卓さんが竹簡を読み上げる。
荊南の武陵郡に入ってすぐ、董卓さんの家族を連れて来ていた皇甫嵩さんが南で起きていた事をまとめていて、それを董卓さんに渡して都へ帰っていった。
俺達がこちらに来る数日前、交州では劉表配下の呉巨が討たれたらしい。
まあ正直、威彦さんやおやっさん達がやられるとは欠片も思っていなかったけど……。
――やっぱり、ほっとした。
董卓さんが荊南に入ったことで劉表は交州にちょっかいを掛けられなくなっただろうし……これで、交州の安全は確保出来たと思って良いかな。
胸を撫で下ろしていると、報告を聞いて腕組みしてなにやら思案していた風な賈駆さんがこっちを見た。
あ、ちなみに俺はこれから”天の御遣い”として活動する訳だけど、ここでは董卓さんの補佐をするつもりなので、董卓さんの方が立場は上ということでお願いしている。
……尤も、それを董卓さんに告げたときは、
『そ、そんな! 恐れ多いです、一刀さんが上座に座って下さい!』
と、涙目で迫られたが。
その後、雲南や交趾などを回って対劉焉の包囲網を作るつもりだから、荊南の治安が落ち着いたらちょっとの間留守にするかも、と説得して解って貰った。
「流石にあんたの師と言うだけはあるわね。やる事が早いわ、それに呉巨がこっちに逃げて来ないようにしてくれたのも良かったし」
おっと、もう一点。星達と同じく、董卓軍の皆さんにも無理に敬称をつけなくても良いと話してある。
さすがに他国の使者などが来た場合は様付けするわよ、とは賈駆さんから注意が有ったけど。
「話を聞く限りだとかなりの速攻だったみたいだね。おやっさんの知り合いまで出張ったみたいだし。それにまさかハクまで戦に出るとはね……怪我とかしてないといいんだけど」
「周辺の郡を即座に取り込んで蒼梧を包囲、しかも蒼梧の領民にも内応の約束を取り付けた上で領内に素早く陣地構築、わざと南海方面に逃げ道を作ったと見せかけて伏兵……状況を完全に整えた上での戦です、将としての器がまるで違いますね」
ノリが良い仕事仲間の顔を思い出している俺の横で、稟が戦の過程をまとめて感心している。
しかし、あのハクが?昭だったとは……。
確か、三国志では孔明の城攻めを寄せ付けなかった魏の武将じゃないか……でも、なんだって交趾に来たんだろ?
「一刀殿は士燮殿と師弟関係と聞きました。交渉次第では交州とは友好関係を結べるのでは?」
「確か一刀殿は雲南や南蛮とも仲が良いのでしたな? だとすれば、南方一帯と協調して劉焉に当たれそうですぞ」
荀攸さんと陳宮さんが意見を出す(雲南での戦の事はもう皆が知っている)。
「そうね、こっちは北に劉表もいるから劉焉を攻めるにしても全員で出る訳には行かないし」
「東の袁術さんもこちらが手薄となれば侵攻して来るかも知れませんしねー」
賈駆さんと風が懸念を口にする。
うん、確かに劉焉は包囲(北を馬騰さん、南を獅炎さん達、東が俺達)している状況だけど、逆に見ると西に劉焉、北に劉表、東に袁術が居る訳だしね。
「へぅ、先ずは四郡の内政を整えてからの方がいいんじゃないでしょうか……?」
董卓さんがおとがいに指を当てて呟いた。
「……確かに、新しい州牧が着任早々戦ってのは領民にしてみれば不安だろうしね。うん、俺も董卓さんに賛成するよ」
「そこは私も賛成だな。未だ黄巾の残党が闊歩しているとも聞く、それらを討伐して治安を正さねばなるまい」
それに俺と星が賛成する。劉焉とはなるべく早く決着をつけたいけど地固めもせずに戦、というのはいただけない。
「それなら振り分けはもう決めてあるわ。武官は――」
てきぱきと仕事の割り振りを決めていく賈駆さん。
この第一歩が肝心だな。
――よし、気合入れていくぞ!
――その頃の洛陽。
「――こんなところか」
「随分と思い切られましたな陛下。この勅には反対する者も多いと考えられますが……」
「反対意見の多さは想定済み……だが、儒教が長く続いた政治腐敗の時代で、その腐敗が為に形を歪められてきた事も確かだ」
王允が身を持ってそれを指摘してくれた故に、と劉協は表情を硬くする。
「一度、儒者は教えの本質に立ち戻るが肝要と見た……それにこれから先の時代、忠孝に篤いというだけでは多様な政務には対応できぬ」
「だからこその”試験”ですか」
「うむ……儒者ではないという理由だけで才有る者を野に埋めておくのは天下にとって大きな損失。これはその才能を見つける良い機会となるだろう」
また、今までの政権で謂われ無き罪に問われていた者達の中にも得がたき才を持つ者も居よう、と劉協は眉間に指を当てて呟いた。
「三利あれば、必ず三患あり。”利”は、そうだな……試験を行う事によって今までに無い人材を得、下々の民にも政治への関心を抱かせ、都に人が集まることで商業なども活性化する、と言ったところか」
「”患”は、儒教以外の思想が入り込むことにより政の指針を統一する事が難しくなります。また、才能のみに目を取られれば悪心を抱く者を懐に入れる結果にもなりかねません。極めつけはやはり儒者からの反発が凄まじいものになる、と言う事でしょうか」
劉協の言葉を難しい顔をした董承が継ぐ。
「一つ目は朕が関与する事で統一を図る。二つ目は厳格な法をもって当たれば良い。厳しく選抜した監査の者を配するのも良いだろうな。最後に関してだが……一つ、朕に考えがある」
董承の言葉に答える劉協の口調には淀みが無かった。
「これが成れば、或いは奸雄を能臣に変える事が出来るやも知れぬ」
「? 奸雄、でございますか?」
「……一刀様が教えて下さったのです。ひょっとしたら何者にも代え難い味方を得る事が出来るかもしれない、と」
首を傾げる董承に微笑む劉協は、傍らに置かれた文机から書簡を一通手にする。
「では董承、公布の方を頼みますよ?」
「御意に!」
綺麗な姿勢で一礼した董承は、書簡を手に宮中を後にした。
――その日、洛陽のあちらこちらに高札が立てられる。
そこに記された内容は、先日”天の御遣い”が現れた時の騒ぎにも劣らぬ程にとんでもないものだったのである。
高札には、
『宮中で働く文官、武官を公募する。儒教に通じている者のみならず、一芸に秀でている者であれば何者であれ、試験に応募する資格あり。なお、採用を担当する者には朕も含まれるものなり』
と、記してあった。
――二週間後、武陵の城にて。
「月、次はこの陳情書お願い!」
「うん詠ちゃん…………これで良いかな?」
「ありがと! これで治水に動かせる人員が確保出来るわ!」
書簡と竹簡の束に半ば埋もれながら、月は詠が差し出した書面に素早く目を通すと印を押す。
その直後、執務室の外に沢山の人の足音が響き、扉が開いた。
「荀攸、華雄両名、只今戻りました! 長沙を荒らしていた賊の討伐は完了。なお、長沙を守護していた((韓玄|かんげん))、((韓浩|かんこう))姉妹が我が軍への参加を申し出ましたが如何致しましょうか?」
「へぅ……参加を認めますと伝えて下さい月季さん。華雄さんとその軍の方達もご苦労様でした」
「はっ! ありがたきお言葉、我が部下達も喜びましょう!」
一番に入って来たのは困ったような顔ながらも元気よく報告する月季と、月の言葉に畏まる華雄。
策を用いた戦を嫌う華雄ではあるが、何故か荀攸の立てる作戦には従っていたと水関での顛末を聞かされていた詠がこの二人を組ませていた。
「…………ただいま……お腹空いた」
「呂布軍、武陵蛮を帰順させただ今帰還! 武陵蛮の王はこれから先、我が方に力を貸すと申しておりましたぞ!」
「ねねちゃん、恋さん、ご苦労様です。厨房に食事の用意が出来てますよ?」
「月、ありがと……ちんきゅ、行く」
「はい恋殿! ご一緒致しますぞ!」
次に入室したのが少し元気の無さそうな恋と、胸を張って戦果を報告するねね。
ひょっとしたら、とあらかじめ食事の用意をしておいた月の言葉にぱあっと表情を輝かせた恋は、ねねを伴ってすぐに退室して行った。
「張遼、徐晃、桂陽の賊を討伐してきたで!」
「霞さん、ご苦労様です」
「おう! ありがとな月。こっちの被害は殆ど無かったで!」
「お疲れ様((香円|こうえん))、手応えはどうだった?」
「はっ! 詠殿、賊は寄せ集めで骨の有る者はおりませんでした。代わりと言っては何ですが、桂陽をまとめていた((趙範|ちょうはん))という士が我が方への参加を申し出ております」
「香円さん、趙範さんには参加を認めますと伝えて下さい」
「御意に!」
続いてやって来たのが霞と香円の安定感抜群(詠と月季が認める)の二人組。
その期待通りに、最少の被害で最大の戦果を挙げてきたようだ。
「おっと、我らが最後ですかな? 天の御遣い一行、零陵の賊を平らげて帰還致した」
「零陵の((劉度|りゅうど))さんがこちらの傘下に入ると言っておられましたー」
「賊の規模は二千、内千が黄巾の残党で残りが近隣の村々からさらわれ、無理やり参加させられていた若者達でした。勿論、戦闘終了後に彼等は解放しております」
「その内の三百人程が志願兵として着いて来てるけど、どうしようか?」
「はい、ありがたくお力を貸して頂きます。一刀さん、星さん、風さん、稟さん、お疲れ様でした」
最後に戻って来たのが、今や天下の注目を集める人間の一人”天の御遣い”こと北郷一刀とその一行。
詠にしてみればこの四人で動かすのは戦力過剰すぎるので別けて動かしたいと思っていたらしいが、星達三人の強い希望により四人での行動となっている。
当然と言うか何と言うか、問題なく零陵郡の問題を解決してきたようだ。
「あ、そうそう一刀」
「ん? どうかした、詠?」
「あんたが推挙してくれた((潘濬|はんしゅん))、よく働いてくれて助かってるわ。また誰か居たらよろしく頼むわね」
「ん、了解」
――玉座の間に溢れる熱気。
一斉に集まって顔を合わせる若者達の顔には疲労の影があったが、誰の目にもそれを感じさせない光があった。
――そしてこれより二週間の後。
すなわち、わずかひと月で董卓と天の御遣いの名は、虚名などではなく確かな力を持った為政者として荊南四郡に知れ渡る。
同時に、董卓は四郡の豪族達の支持も得て早期の地固めに成功するのであった。
――益州、成都。
「御典医、殿の御容態はどうなっておる?」
劉焉の寝室より出て来た医師に、部屋の前に集まっていた者達を代表して?義が質問した。
「……思わしくありませぬな、大量に吐血されたことで臓腑がかなり弱っておりまする。最低でも三年は薬湯を御飲みになりながらご静養なされるが肝心かと」
「……むぅ、左様か」
難しい顔をした医師の言葉に、?義は渋い顔でそう答える。
”天の御遣い”に策を潰された事で吐血して意識を失った劉焉は、何とか一命を取り留めたものの依然として床に臥せっていた。
「皆の者、ここでは殿のお体に障る。……場を移す故、着いて参れ」
?義の重々しい言葉に、誰もが言葉を発せぬままに頷いて?義の後に続く。
一行はそのまま玉座の間にたどり着くと、玉座の正面で足を止めた?義がしばらくして口を開いた。
「皆の者、殿の御容態は御典医の申すとおりで、とてもしばらくは政務に復帰は御出来にならないじゃろう」
そこまで喋ると、?義は一旦口を閉じて、居並ぶ者達を見回した。
「そこでじゃ……ここは殿が平癒なさるまで、御子の劉璋様に国務を御執り頂くが最上かと思うのじゃが如何じゃろう?」
「異論はありません」
?義の提案に、真っ先に賛同したのは王累。
気難しい劉焉にも信頼を得ている忠臣である。
「私も?義様に賛成です!」
やや遅れて、一歩前に進み出た少女が強い口調で賛同した。
軍服を一部の隙なく着こなすこの少女は、あの十常侍達を血の海に沈めた冷苞である。
少女は?義にお辞儀をしたまま、さり気なく横目で王累を睨み付けていた。
「拙者も異論はありません」「私も?義殿の言に賛成します」「異論は御座いませぬ」
二人に続いて、その場に居た者達は口々に賛同する。
全ての者が賛同すると、?義は頷いて口を開いた。
「うむ、では劉璋様に太守の任を継いで頂こう」
――この日から、益州の北部一帯を支配下に置く劉焉の勢力は病に倒れた劉焉の代わりに劉璋を君主とする。
劉璋は父親と違い穏やかな気性で、自身が治める土地以外の土地に領土欲を持たなかった。
だが、劉焉の直属の兵達が領土の民に対し乱暴を働くのを咎める事をしなかったり、劉焉が長安を狙っていた頃に領土へ掛けていた重税をそのままにしたりと為政者としては愚鈍そのもので――。
二代続く悪政に、民の不満は日に日に高まっていった。
――洛陽の北、河内郡のとある屋敷にて。
「ほ〜……へえ〜……」
朝の日差しが差し込む室内は、堆く積まれた竹簡が部屋の半分を占拠し、紙の本が放つ独特のにおいが充満していた。
手狭な部屋の中、寝癖だらけの灰色の長髪をかき上げ、一人の少女が一枚の紙に見入っている。
少女が熱心に目を走らせる紙面に踊るは、先に公布された人材登用試験の文面。
「こりは大事になるやもしれんね。今度の天子様は、大馬鹿か相当な切れ者だよ」
がりがりと頭を掻く少女の長い前髪の隙間から、紅玉を思わせる深紅の瞳が爛々と燃え盛っていた。
「だけど……こいつは乗ってみたいね。少なくとも曹操んとこへしょっぴかれるよりは楽しそうだ」
よっと、と掛け声をかけて少女は床に手を付き立ち上がる。
「さあってと、そうと決まればすぐに支度せんといかんね。次に曹操の使いが来れば無理やりにでも連れて行かれかねんし」
墨と埃で汚れた服を一気に脱ぎ捨て、下着姿になった少女はずかずかと大またで歩き、部屋入り口にある箪笥をごそごそと漁り、朝服を取り出した。
手早く身支度を整え、鏡を覗き込んで髪を梳くと、少女の雰囲気が先程までのだらしないものから深い知性を漂わせるものに変わっていく。
戸棚から何冊かの本を取り出して背嚢へ詰め込み、剣を腰に佩いた少女は自分の姿を鏡で確認して、よし、と一つ頷いた。
「じゃあ行くか。――いざ洛陽、ってね」
自室を一度振り返り、一礼をして出て行ったこの少女。
――姓名を((司馬懿|しばい))、字を((仲達|ちゅうたつ))と言った。
あとがき
天馬†行空 二十九話目の投稿です。
いつもより若干短めですが、今は事態が動き出す準備段階ですのであっさりめにしておきました。
今回の補足としてですが、韓浩と武陵蛮の王(名前の予想が付く方は多いと思いますが)は三国志演義の方の設定を使っております。
次は南中や夕(法正)のターンになるかと。
では、次回三十話目でお会いしましょう。
それでは、また。
呂凱「蓬命殿、何故でしょうねい。このまま雲南に帰還すると不味い事態が起こるような気がしてならんのですよ……おもに主殿絡みで」
蓬命「もぐもぐ?(お握りを頬張りながら)」
説明 | ||
真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。 のんびりなペースで投稿しています。 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。 ※注意 主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。 |
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コメント | ||
>メガネオオカミさん 大丈夫! 黒さでは劉協様も負けてませんから!w(赤糸) 順調に力をつける董卓軍に比べて、劉焉(劉璋)軍は色んな意味でボロボロですね〜。これはもう決まったかな? そしてついに来ましたか。ある意味、曹操様以上の『治世の能臣、乱世の奸雄』であるあの人が。まあ、個人的には黒いけどあんまり悪い人ではないと思ってるんですけどねw(メガネオオカミ) >リョウさん 次回かその次で、仲達以外の志願者たちも出てきますが……いろんな勢力の涙目フラグが立ちそうで(鬼)(赤糸) >PONさん 狼顧の相、ある意味乱世の奸雄なみにやっかいな方ですからねぇ……。(赤糸) >牛乳魔人さん 今以上に華琳の領地が増えれば桂花の負担がやばい事になりそうですね……。黄乱は……やっちゃいましたw(赤糸) >summonさん 月の傘下に入った人たちの紹介も後々やるつもりです。その中に一人、沙和が聞いたら喜びそうな人物も……?(赤糸) >Alice.Magicさん 次回かその次で劉協様と仲達の邂逅を予定してます。仲達の方向性はある程度決めてはいるのですが……。(赤糸) ついに来たか仲達…というか華琳様涙目フラグだなぁ…でもそれが良い( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆(鬼)(リョウ) うお、この人は扱いが難しいぞぉ……(PON) 少しずつ、だけど確実に後の曹操陣営の戦力を削っていってるな。軍師3人(風・稟・司馬懿)も取られたら、桂花が過労死するんじゃなかろうか・・・。あと黄乱さんあのセリフを言っちゃったよ(牛乳魔人) 最初から読み返してきたらちょうど更新されてました。やっぱりとっても楽しいですね。月たちは順調に進められたようで。仲達さんも参加するようで、どう関わっていくのか楽しみにしています。(summon) 更新乙ですー。出てくるとラスボス認定ほぼ確実な仲達さんきた!物語にどう関係していくのでしょうか。(Alice.Magic) |
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