ディレクトリダイバーズ ディジタルアナーキストの挑戦(2)
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 「そこだっ!!!」

 

 なつきの手からメモリケースが放たれた。

 

 

***************

 

 

   すけん

 

 間抜けな音を立ててケースは部屋の隅にあった巨大なIMSAIに跳ね返る。

 

 ボボン!

 「うわっ!」

 白煙を上げるIMSAI!

 

 「わははははははは!さすがはディレクトリダイバー。よく見破った!」

 

 白煙の中から現れた人影。

 

 「でたな!妖怪っ!」

 なつきは身構えた。

 

 怪しいナマズヒゲを生やした禿頭の小柄な老人。サングラスをかけ、前世紀のゲーム

 ”侵略者”のTシャツを着ている。これはうらやましい。

 

 「この21世紀で前世紀の8bit機に化けてりゃバレバレよっ!」

 「そこがつけ目じゃ。ここ3日、ずっとここにいたが誰も気づかんかったじゃろ」

 「3日もここにいて、女の子達を覗いてたのかっ!スケベじじぃ!」

 女の子達はいっせいに”ヤダァー”のモーション。

 

 「ねぇねぇ、この人、だあれ?」

 さっきまで泣いてた愛子がけろりとして尋ねる。

 

 「宮下幸三。83才。通称”バグ仙人”。第一級のデジタルアナーキストよ」

 穏やかな口調で桜子が答える。しかし、視線は厳しく老人に固定されたまま。

 

 「ホッホッホッ。しばらくぶりじゃの、お二人さん。桜子ちゃんも相変わらず

  お美しくて何よりじゃ」

 

「やっぱり、お前だったのね!!しぶとくまだ生きていやがったか!」

 「おお、おお。なつき君も元気じゃね。相変わらず口が悪い。それではいつまで

 たっても嫁に行けんぞ」

 「大きなお世話よ!!」

 

 なつきが地団駄を踏む。

 桜子が結婚してから結構焦っているのだ。

 

 「渡米している間に、桜子ちゃんが結婚したと聞いてな。ちょっと遅い結婚祝いを

 完成させてここへ来たという訳じゃ。しかし、桜子ちゃんが結婚するとは…、

 ワシらのアイドルじゃったのに…しくしく」

 老人はむせび泣いてみせる。

 

 「こいつがそれというわけ?」

 カウントダウンが続いている愛子のディスプレイを指さすなつき。

 「AI搭載スフィンクス型ワーム”ターミネーター バージョン8.2”じゃ。よろしく

 お付き合い頼むぞ。ホッホッホッ」

 勝ち誇ったように笑うバグ仙人。泣いたり笑ったり忙しい爺さん。

 

 

 「ねぇねぇ。おじいちゃん。なんでこんなコトするの。みんな困るじゃない」

 全く緊迫感のない愛子が、近所の知り合いにでも尋ねる風にして言う。

 

 「おお、こちらの可愛いらしいお嬢ちゃんは初めてお目にかかるの。お名前は?」

 「あたし、橋本愛子。よろしくね」

 にこにこ

 

 「”愛子”ちゃんか。よい名じゃの。おさげがまた愛らしい。」

 「やん。はずかしぃ」

 犯罪者とかわす会話ではない。

 

 「わしがこの道に入ったのには深いわけがあるのじゃよ…」

 遠い目をしながら老人はとつとつと語り始める。

 

 「その昔、我々プログラマの努力によってコンピュータはフツーの人々が利用できる

 物となった。テンキーからコードを打ち込んでいた時代から、現在の様にAIと会話

 するだけで目的を達成できるようになってきたのじゃ。しかし、皆それらの技術の

 上にあぐらをかき、日常会話を16進数でできるほどになるまで我々プログラマが

 払った努力を忘れ、自分の手柄のように平然としておる!!」

 老人はここで握り拳を固めた。

 

 「わしらはこの時代に鉄槌を下し、キーボードさえ満足にたたけない連中に

 天誅を下すのじゃっ!!この命、燃え尽きるまでっ!!」

 決めポーズをとる仙人。

 「そう…じゃあ、もうすぐ終わっちゃうのね。なむなむチーン」

 「これこれ、わしゃまだ死なんわいっ」

 

 「こらこらこらこらっ!」

 漫才がいつまでたっても終わりそうもないので、なつきが割って入る。

 

 「さて、ここであったが百年目!覚悟はできてるだろうなぁー」

 にやりと笑うなつき。

 「おや?まだ新山ビル事件で分かれてから4年目なはずじゃが」

 「余裕かまして、揚げ足取りしているなっ!」

 飛びかかるなつき。しかし、老人は年に似合わない身軽な動きでひらりとかわすと

 窓辺に降り立つ。

 

 「それじゃ、よろしく頼むよ。ホッホッホ」

 すでに切ってあったのだろう。パッカと窓の強化ガラスを外し、ヒラリと身を

 踊らす老人。

 「バ、バカ!ここは3階…!」

 なつきはあわてて窓から見おろす。

 「!」

 窓際に半透明のワイヤーが垂れ下がっている。ビルの中庭を駆けてゆく老人の姿。

 「逃がすか!」

 窓を蹴るなつき。

 「なつきちゃん!」

 「なつき先輩っ!」

 

 ガササッ!!バキバキ!

 

 中庭のトウカエデの木のこずえでワンクッションを取り、落ちしなに枝の一本で

 大車輪をうって9.73の高得点の着地を決めた後、なつきは仙人の後を全速力で

 追う。

 彼女のスニーカーはダテではないのだ。

 

 「カッコイイ!!」

 

 感動で思わず目を潤ます愛子。

 窓から見おろす女の子達はいっせいに『スッゴォオイ!』のポーズ。

 (わたしにはちょっとできないわね。くやしいけど)

 結構、負けず嫌いな桜子。

 

 そんな想いを背に受けながら疾走するなつき。

 「こんどこそ、とっ捕まえてやるっ!」

 赤いベレーが飛ぶ。

 

 戦うエンジニア”ディレクトリダイバー”は警察のような逮捕権限を持たない。

しかし、悪い奴を捕まえて、しかるべき機関に突き出すことには、当然何の問題も

ないわけだ。もちろん、そいつが突き出される前、何がしかの”お仕置き”を

うけても、それは仕方がない。

 

 ディジタルアナーキストの間では、特になつきの”お仕置き”は恐れられている。

桜子の”お仕置き”で更正したアナーキストは多いが、なつきの場合、極めて少ない。

復讐という名の犯罪を犯す率が高いのである。彼らが二人のお仕置きをそれぞれ

「天国と地獄」と表現していることからも、その内容が自ずと知れよう。

 

 「バグ仙人」こと宮下幸三(83才)の逃げ足の速さは21世紀のジェネアトリクス

(老人医療)だけによるのではないのだ。

 彼の後をスニーカーを履いた地獄の鬼娘が追っていた。

 老人の細い足はノーウエイトで路面を蹴る。

 

 「待て待て待て待てぇっ!!」

 

 ビルの中庭を抜け、入り口フロアを抜け、階段を駆け下り、通りへ出る。

 2つの風が通行人の間をイオンロケットの勢いで駆け抜ける。

 

 「くっ!」

 健脚とはいえ、やはり老人。走行距離が増すにつれ、自動追尾鬼娘との間隔が

じわりじわりと詰まってくる。

 

 「いい加減あきらめて、あたしに遊んでもらいなさいっ!」

 もちろんこれは猫がバッタを捕まえてきてやる”遊び”と同意である。

 

 「ちぃっ!これでもくらえいっ!!」

 老人はどこからかパッケージを取り出すと、なつきの前にぶちまけた。

 

 バラバラバラ

 

 ディスクパックが歩道に散らばる。

 「うっ!こ、これは美少年AI『正太郎”Ver6/R2』!おまけに特別限定版!」

 なつきは目の色を変えてパックを拾い集める。

 

 ”正太郎”は若い女性に超人気のアプリケーションであるが、高価なために一部の

 ”おぢさま付き”や”お嬢様”しか手にすることはできないのである。

 

 「わぁわぁわぁ!もーけもーけっ!きゃっきゃっ!」

 初めて自分用のAIを買ってもらった幼稚園児のようにはしゃぐなつき。

 その脇を一人乗り軽ソーラーウイングが軽やかに滑っていった。

 

 「ホッホッホッ!また会おう、なつき君!さよなら三角

 また来てスカッドミサイル!」

 「あーっ!卑怯だぞー!湾岸戦争ぢぢい!」

 むなしく立ち尽くすなつき。老人の背中が高速チューブウエイに吸い込まれ、

 消えた。

 

 「ふぅ…。ま、いいかぁ」

 なつきは”正太郎”パッケージを抱えて「にまにま」笑いながら、もと来た道を

戻っていった。

 こういう娘である。

 

 「なつきちゃん!」

 「なつき先輩!あのおじいちゃんは?」

 「でへへへ。逃げられちった。めんね」

 

 桜子は、彼女の小脇のパッケージをちらりと見て「クス」と笑っただけだった。

 なつきの性格をよく知ってるので、問いつめたりなど野暮な事はしない。

 実によくできた女性である。

 

 「あ、あ。それより、ワームのカウントダウンは?」

 「40秒を切ったわ」

 「データの待避は?」

 「え、と。70%完了よ。先輩」

 「そう…やぱ、ワームと一戦交えなきゃダメか」

 

 なつきはパッケージとショルダーバッグをデスクに置くと、バッグの中から

携帯コンピュータを取り出した。ケースを展開し、起動する。

 

 ヴン

 

 軽い空気の揺らぎの後、ホログラム画像がコンピュータから現れる。

 

 『こんにちは。私リカちゃん。お友達になってね!』

 「こらこら。何やってんだよ、おまーは」

 『あ?ハズした?ほらほら、日本初のAIのマネだよ。似てなかったぁ?』

 「ちがうちがうー!」

 『えー、違ったっけー。しゅーん』

 

 ピンクのベリーショートヘアーにロイド眼鏡の可愛い娘の像がしょげる。

なつきの相棒、AIのヨリコだ。

 

 『ところでなぁに?今日の仕事、終わりじゃなかったっけー』

 「緊急事態よ!ワーム発生!あの、いまいましいバグ仙人の!」

 『えー!あのおじいちゃんまだ生きてたんだぁ。元気ねぇ。でも、あのおじいちゃん

 のワーム好きよ。美形が多いんだモン。ぽっ』

 「色気出してんじゃないの。たく!」

 『けどさぁ、早く終われる?きょう、見たい番組あるのよね。「奥様はAI」。

 あの、鼻をクニクニってやったら、システムがドンッ!って落ちるヤツ』

 「見たかったら、がんばってワームやっつけるの!メンテナンス・バスに

 接続するからね」

 『そおっとね。やさしくね』

 「何言ってんのよ!」

 

 ツタンカーメンの眠る愛子の端末。フロントのメンテナンス用カバーを開き、

ケーブルを接続する。

 

 ピピッ!

 

 インジケータが点灯し、接続完了を告げる。

 『接続完了。ワームの所在確認。「包囲」します。』

 「OK、ヨリコ!始めて!」

 

 愛子が心配そうにのぞき込む。

 「先輩…大丈夫?もし、「爆弾」がばらまかれてたら、あたしどうしよう…

 この会社にいられないよぉ。くすん」

 「大丈夫よ。まかせて。知ってるでしょ?あたしはプロ!それに、あんたが悪い

訳じゃないんだし、こんな時のために会社は「情報保険」に入ってるんだから」

 「うん。おねがい。先輩だけが頼りよ。ぐし、ぐし。ふぇぇぇぇ〜」

 「よしよし、泣くな泣くな」

 なつきも本当は実に優しいお姉さんなのである。もちろんディジタルアナーキストに

対しては別だが。

 

 『包囲完了。フル・トレースモード。現在、ワームはデータアクセスを

 行なっていません。』

 「了解!監視を続けて。いつでも吸い出せるようにしていてね!」

 『ワーム、ウェイクアップまであと10秒』

 

 「なつきちゃん。相手はスフィンクスタイプよ。大丈夫?」

 「うふふふふ。まーかせて桜子さん。あたし、あれから3年ずいぶん修行を

 積んだのよ」

 「そう。じゃ、お手並み拝見してて、いいわね?」

 「うん!ばっちり決めるからね!」

 

 『カウントダウン続行中。5・4・3…』

 フロアの女の子達は一斉に両手で口元を隠す。

 「…」

 「…」

 「…」

 『2・1・0!』

 

 バシュウウウウウウウウウ!

 

 「「「!」」」

 

 ツタンカーメンの目が見開かれる。と、その頭部が真ん中から左右に階段状に

展開し、中から男性の顔が現れた。

 

 「ヘロウ」

 

 男はそう一言、右頬だけで微笑んだ。

 その顔は、前世紀に映画で一世を風靡した肉体派経済学者俳優のそれであった。

 「さて、いくぜ!ヨリコ、フリーズ準備!!」

 『ラジャ!』

 

                −つづく−

 

説明
 オフィスに潜伏していた犯人とその真意は。そして、ついにハイパーワームが起動する。
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