生命の時。
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それは所謂、“タイマー”じみた仕掛けだった。

 

確実に正確に時を刻むそれと、周囲を囲む幾つかの影。

どちらも似たような形をしていた。悪趣味な飾りを付けた、白い熊のような形。

しかしタイマー装置は不気味な笑顔を湛えたまま時折軋むだけで、彼らは明らかな意思を持ってそれを眺めていた。

 

やがて軋む音が大きくなり、同時に居並ぶ人影の背後で黄金色の光が一瞬炸裂する。

光はゆっくりと淡くなり、彼らの足元の影を薄くする。一人が踵を返し、大きな眼で光を放つ大きな装置を見遣った。

「ハァ、そろそろ時間ぞな〜」

「今回はやたらと時間が掛かっちゃった〜っと、アハ〜ッ」

「仕方ないぞなもし。異物をより念入りに取り除かなくては、また不良品を生んでしまうぞな〜」

独特な語り口は穏やかであったが、言葉の端々には奇妙な違和感を伺わせる。

 

巨大な装置の中心、丸いタンクの中は気体にも液体にも見えるキラキラと輝く光の粒で満たされ、無数の水泡と共に揺らめいている。

タンクの底から、ボコン、と大きな水泡が生まれて水面が揺らいだ。

タイマー装置が、それに呼応するようにして声を発する。

 

――…次のズーブルズまで30分。

 

おお、と彼らから感嘆の吐息が漏れた。

タンクの蓋が空き、大きな水泡の上に丸いものが落とされると再び直ぐに閉められる。

水泡は割れることなくその丸い物体を包み、やがてじわじわと光の粒がその物体に張り付いていく。

「さあ!新しいズーブルズの誕生ぞな〜!」

 

ズーブルズ、と呼ばれたそれは、様々な歴史を省き簡潔に説明するならば、“外の世界”で生み出された人工生物だった。

愛玩動物として作られたズーブルズは、いつしか生命倫理の枠を逸脱し、恰好の研究材料として異端な研究者=“彼ら”に供された。

“彼ら”はまず、ズーブルズに社会性を学ばせる為にズーブルズだけの箱庭を作った。

その箱庭を“外の世界”から動かすために、白い熊のアバターを自らに与えて様々な実験を行ったのだ。

 

そこから、全ての歯車が狂いだしたのは言うまでもない。

 

遂に“彼ら”は独自にズーブルズの生成を行えるシステムを構築してしまった。

ズーブルズの知能も行動も成長も感情も、思うがまま。

最早、単なる箱庭での飼育の枠を超えていたが、それに異を唱えるものは一人としていなかった。

「人工生物に対する知的好奇心」と言い換えれば聞こえも良いが、要するに、生き物を造り出しその生殺与奪の一切を支配しているという愉悦が“彼ら”を熱狂させた。

今、ここに居る者たちは、自分達が新たな世界を生み出している創造主であるという錯覚すら覚え、その享楽に溺れていたのだ。

 

それでも、ズーブルズが生物、生命体である以上、知能や行動や感情を外的要因だけでコントロールすることは難しく、箱庭の“創世記”に生み出されたものにはある程度の((不良品|イレギュラー))が発生した。

((不良品|イレギュラー))たちは、自分たちの世界のカラクリに気付き始めたのだ。

 

装置の片隅に、震える何者かが立っている。

“彼ら”はそれが見えてないか、見えていないふりをし続けた。

『ねえ、クマンパ』

何者かにクマンパと呼ばれた“彼ら”はなおも視線を装置に向けたままで動かない。

彼は自分の姿を晒すため、彼らの前へと歩を進める。

『貴方達は、自分達を神だと思い違いをしていないかい』

やがて現れた水色のコウモリを模したズーブルズは、怒りでも悲しみでもない、複雑な彼自身のフレーバーのような表情で問いかけた。

その体は幾度も時を繰り返し続け、汚れて欠け落ちている。

『僕は僕が何なのか知ってしまった。このキャンディーファクトリーに辿り着いたお陰でね』

((不良品|イレギュラー))は、その存在を他のズーブルズへと影響させない為に、あのタイマー装置と連動させられ、時を繰り返し続けるように修正されていた。

時間を繰り返す度に彼は自分や他のズーブルズの存在、そして世界の仕組みを知った。

痛む体を引き摺って得た答えは、気が付いていたけれど否定したかったことに相違なかった。

『僕達は貴方達の玩具だ。神様気取りの貴方達に悪戯に生み出され、気紛れで捨てられる』

その言葉に、ようやく“彼ら”は水色のズーブルズへと視線を投げる。

ひょうきんに茶化すような仕草で、“彼ら”は彼に囁いた。

「玩具?それは違うぞな」

「そう、クマンパ達にとってキミ達ズーブルズは」

「“楽しいお友達”ぞなもし」

 

――…間もなくズーブルズ!

 

タイマー装置が絶叫した。

オオオオオオオ、と“彼ら”は歓喜の声を上げて一斉に排出口を覗き込んだ。

滑り台を転がり落ちてきた純白の体。ブルーベリーヨーグルトの爽やかな香りが辺りに漂う。

丸い卵細胞が母の胎内で変わり往く様を一瞬で経たように、彼は手足を伸ばして立ち上がった。

「…ここはどこだモン…?」

ふああ、と欠伸を一つ漏らす。

パンダに似せられた愛らしいそれは、何かの意思により…明確な彼らの意思によって、“生命工場”を出て行った。

(何処へ行くんだっけ、ああ、そうだ、花の街だ)

その姿を、支配者の醜悪さと、もしかしたら母親の優しさで、彼らは見送る。

 

タイマーがまた、大きく軋んで今度は静かに時を告げる。

その刹那、水色のズーブルズは何処かへと消えていた。世界の果てを求め続ける孤独な旅が彼を捕え続ける。

 

――…次のズーブルズまで167時間30分。

 

説明
twitter上のズーブルズカウントbot(@zbls_count_bot)からイメージを得た、【ぼくのかんがえたズーブルズせかいのしくみ】の話です。

以前書いたハピ×パンキーSS「果ての匂い。」(http://www.tinami.com/view/411454)の続編っぽくもあります。

説明書きが多くてSSというよりは設定語りになってしまいましたがご容赦ください。
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タグ
ズーブルズ ハピ パンキー クマンパ 

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