勇希前進アルヴァシオン 第2話「二人の決意」
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 桜吹雪が舞い、木々に緑がつき始めた四月。

 この((若葉ヶ丘|わかばがおか))小学校の放課後も活気づいてきた緑の様に、子供達が元気良く校庭で遊んだり、部活動にいそしんだり、帰路に就きながらその後の予定を話し合ったりしている。

 この五年七組の教室はまだ在籍している生徒の半数が残っており、雑談で盛り上がっていた。

「ねえ、この前の怪獣をやっつけたロボットの事、知ってる?」

「えっ!?」

 クラスメートの((陣内五月|じんないさつき))からかけられた問いに優希は素っ頓狂な声を返してしまった。

「ほら春休みにフ、ヒュ、フュテュールの他にロボットが出てきたじゃない。あのロボットについて色々調べてるんだけど、誰も詳しい事知らないみたいなの」

「そ、そうなんだー」

 優希がぎこちなく返事する。

 その様子を見ていた大希は眉間にしわを寄せた。

(わかってるよね、優希)

 大希は睨むように優希に視線を向けて訴えかける。優希はそれに気づいて意図を察知したのか、困惑した表情で小さくうなずいた。

(アルクの事は内緒にしないといけないのはわかってるって。でも五月に隠し事をするのは……)

「どうしたの、優希。何か変じゃない?」

「そ、そうかな」

 苦笑いを浮かべる優希、それをいぶかしむ五月。優希は彼女に対して秘密を作る事に、百メートル走で十秒未満の記録を作る以上の困難さを感じていた。

 五月は大の噂好きであり、自分で見聞きする事は当然ながら、他にもインターネットで収集した情報をいつも優希達に自慢気に話している。それ故に彼女の情報収集能力は彼女を知る者なら誰もが一目置き、そして怖れている。彼女に対して話す事の出来ない秘密を抱いたら、必ず彼女はそれを聞き出そうとするからだ。

(どうしよう)

 優希は助けを求めるように大希に目を向ける。大希はため息をつき、首を横に振った。自分でどうにかしろ、そういう意思表示と見た優希は恨めしげに小さく唸る。

「お前達、何をしてるんだ。用事が無いならいつまでも残ってないで家に帰りなさい」

 そこに担任教師の鹿野川旭が優希達の集団に話しかけてきた。

「少しくらいいいでしょ、旭せんせー」

「家に帰ってからでもおしゃべりは出来るだろう。それとも授業の続きでもするか」

 五月の軽口に対して、旭は不敵な笑みと共にチョークを取り出して脅しをかける。

「……あっ、ホームルーム終わってたんだ」

 その時、五月でも旭でもない気の抜けた声が割り込んできた。それまでの会話の流れを急激に変える言葉に、発した本人を除く全員が一斉に崩れた。

「な、((七香|ななか))……ちゃんと「さようなら」したでしょ」

「うん、今気づいたよ」

 ((滝村七香|たきむらななか))は両手を合わせて笑顔で返した。その仕草は七香自身の髪型やロリータファッションと同じ様にふんわりとしている。

「そ、そうだ、滝村。もう放課後だから陣内達と一緒に帰りなさい」

「はい、わかりました。帰ろう、五月ちゃん、優希ちゃん」

「う、うん、わかった」

 すっかり毒気を抜かれた五月は苦笑いを浮かべながら自分のランドセルを鳥に向かう。「あっ」

 優希が同様に椅子に置いていた鞄を持ち上げようとした時、優希のズボンのポケットから携帯電話が落ちた。

「優希、ケータイ落とした――」

 旭はそれを拾って目にした瞬間、わずかに眉をひそめた。

「あ、ありがとう先生っ」

 優希は慌てて旭から携帯電話を取り、再びポケットにしまう。

「……随分と変わった見た目のスマートフォンだな。そんな機種出ていたか?」

「え、えっと、これは――」

「優希が自分でデコったんです。ほら、高校生の人達がよくしてるじゃないですか」

 怪訝な表情を見せ始めた旭に戸惑う優希をかばうように、大希が横から口を挟んだ。

「そうなのか。それにしてはあまり女の子らしくなかったように見えたな」

「優希の趣味ですから」

「なるほど」

 大希の説明で納得したらしく、旭は表情を崩した。それを見て優希は胸をなで下ろす。

「そ、それじゃ、先生さようなら!」

「さようなら」

「ああ、また明日」

 逃げるように慌てて教室から出て行く優希と、対照的にいつも通りに出て行く大希、そして二人についていく五月と七香。旭は自分の生徒達の姿を笑顔で見送りながら挨拶を交わした。

 

「それじゃーね」

「バイバーイ」

 Y字に分かれた道で大希と優希は五月と七香と別れた。

「はあ〜……」

 次の瞬間、優希は張っていた緊張の糸が切れて大きくため息をつく。

「お疲れ」

「うー、これからずっと秘密にしてなきゃいけないのかな……」

「そうだね、戦いが終わるまでずっとだよ」

 大希が悪戯そうな笑顔を浮かべたのを見て、優希は再びため息をついた。

「あの時の大希の気持ちがわかった気がする」

「今更わかっても遅いからね。僕もやるって決めたんだから、優希も頑張りなよ」

 それを聞いて優希が口を尖らせてブーブーと言うが、大希は気に留めずすました顔で歩き続ける。

「そういえば大希、((信太|しんた))達はどうしたの?」

 再び歩き始めた優希が大希に問いかける。

「信太と((昴|すばる))はサッカークラブの日、((孝介|こうすけ))は早く帰って留守番しないといけないって言ってたからみんな先に帰ったよ」

「ああ、そっか」

「だから僕も優希達と一緒にじゃなくて先に帰ろうと思ったんだけど、優希がさ」

「そこでまた話を戻す!?」

 優希は思わず大声でツッコミを入れてしまった。

「冗談だよ」

「何か大希、意地悪」

 優希は笑いをこらえている大希に再び口を尖らせながら文句を言う。

「やっぱり、一ヶ月前の事まだ根に持ってる風に見える」

 そう言いながら優希は一ヶ月前の出来事を思い返した。

 

 

 日が傾いて空が赤く染まった時刻に、進道一家は小高い丘の上にある住宅都市に建てられた自宅に辿り着いた。二階建ての一軒家で周囲の家と大差はない外観だが、それでも家に帰ってきたという安心感から大希はため息をついた。

「ふう」

「疲れたかい、大希」

 それを見た父親の((弘務|ひろむ))が少し心配そうな表情をしながら声をかけてきた。

「うん、少し」

「どうする? この後アルク君から話を聞くつもりだったが、今日はもう休んで明日にするか?」

「大丈夫だよ、父さん。話を聞くぐらいなら平気だから」

 大希はそう言って弘務に微笑みを見せた。

「そういえば、アルク君から話を聞くと言ってもどうすればいいかしら」

 その時、母親の((留実|るみ))が疑問に思っていた事を口にした。その場にいた一家全員はその疑問にはっとなり、悩み始める。

「アルクを家に入れるわけにはいかないものね、車のままでもロボットになっても入れないし」

「じゃあ、ここで聞く?」

 四人が話し合っていた時、車の姿のままアルクが口を挟んだ。

「それなら大丈夫だ。大希、優希、これを受け取ってくれ」

 次の瞬間、車の助手席側のドアが開いてダッシュボードから二つの板状の機械が出てきた。大希と優希はそれぞれ青と赤の機械を手にしてしげしげと見つめる。

「このスマホみたいなのは何なの?」

「それは『アルネクサス』だ。私と離れていても会話が出来るし、二人のアルネクサス同士でも会話できる」

「へえ……」

 アルクの説明を聞きながら大希はアルネクサスと称された機械の右側面のボタンを押した。するとアルネクサスの前面一杯に広がっている画面に光が灯る。画面の上部にはアルクを模したようなロボットのピクトグラムが、下部には白と赤の二つのボタンのようなアイコンが表示されていた。

 大希は続けて白いアイコンに指先で触れる。

『そうだ、それで私と話す事が出来る』

「わっ!」

 画面が切り替わってアルクの顔が表示された直後、アルネクサスからアルクの声が発せられた。

「へえ、面白いじゃない。でもこれってアルクや大希としか話せないの?」

 優希が画面のあちこちを指先でトントンと叩きながらアルクに質問をする。

『そうだ』

「ちょっと残念かな」

「ケータイの代わりに使おうとしたの?」

「だって使えたら便利じゃない」

 優希の言葉を聞いて大希はため息をついた。

「とにかく、これで僕達が家の中にいてアルクが外にいても話を聞けるって事でいいんだよね」

『ああ、その通りだ』

 大希がアルネクサスをアルクに見せながら確認すると、アルクは肯定の言葉をアルネクサスから発した。

「それじゃあ、家に入ろうか」

「わかった。アルク、また後でね」

 優希はアルクに向かって笑顔で手を振った。

 

 進道家のリビングルームは家族四人が揃っていてもまだまだ広さを感じさせるほどの大きさである。中央には大人の膝ほどの高さのテーブルが鎮座し、三方にはそれぞれ一人掛けのソファが二つ、三人掛けのソファが一つ、テーブルを囲むように置かれている。

 弘務はその一人掛けのソファに座り、三人掛けのソファに留実を挟んで大希と優希が座った。

「じゃあ、アルク。早速だけど聞いていい?」

『ああ、私に答えられる事だったら答えよう』

 優希と大希はアルネクサスのアイコンに触れ、アルクとの通信を始めた。

 

 アルクは自らを『勇者』と称した。『勇者』とは、アルク曰く地球に大きな危機が訪れた時に地球が自らの生命エネルギーを使って生み出す戦士の事で、いわば人間の白血球の様な存在である。

 しかし、アルクは特殊な経緯によって誕生した勇者だった。十年前に地球に訪れた危機――破壊神グランガスの侵攻に対抗すべく現れた勇者はアルクではなく、フォロアードという名の戦士を筆頭にした十人だった。彼らはグランガスを止めるべく奮闘したが、グランガスの力があまりにも圧倒的だったためにフォロアードを残して全滅した。

 生き残ったフォロアードもグランガスとの最後の戦いで傷つき、ついには己の身を賭してグランガスを封じ込めて戦いを終わらせた。

 だがフォロアードはグランガスが封印を破って復活する可能性を考慮し、自らに残ったわずかなエネルギーを放出して次なる戦士を生み出そうとした。放出されたエネルギーは力を蓄えるため、当時まだ胎児だった大希と優希に宿った。それがアルクである。

 

「そんな事があったんだ……」

「………………」

 アルクの話を聞いて優希は感嘆の声を漏らし、大希は口をつぐんだ。

「確かに十年前、突然わけのわからないものが世界のいろんな所で台風みたいに猛威を振るっていた。あの時はどうなるかと思ったが、突然それが止まった時には何があったのかさっぱりわからなかったな」

「それはアルク君のお父さんである勇者さんのおかげだったのね」

 弘務と留実は十年前の出来事を思い返し、わずかに顔を引き締めた。

 

 アルクはそれから十年、大希と優希の成長と共に二人の生命エネルギーをわずかずつ貰いって蓄えていた。また、アルクは他に二人から別のエネルギーを貰っていた。

『それは、君達の『心』のエネルギーだ』

「心のエネルギー?」

 心のエネルギーとは、アルクに言わせれば感情を生み出す力の事である。アルクは二人が最も表していた感情――大希からは『希望』、優希からは『勇気』を貰っていた。

 二人の生命エネルギーと心のエネルギーを蓄え、そして先刻にアルクは満を持して誕生したのだ。

 

「心のエネルギーとか言われても、よくわからないな」

 優希は自分の胸に手を当てながら疑問を口にした。

「ところで、ここ何年かフュテュールが戦っているあの怪獣みたいなロボットは何なの?」

 大希の質問を受けて、アルクは続けて説明した。

 

 先程フュテュールやアルクが戦ったロボットは、「壊獣」と呼ばれるグランガスの下僕である。壊獣の目的は地球の各地に存在する『パワースポット』を破壊する事だ。

 フォロアードが自身を犠牲にしてグランガスに施した封印は、地球のエネルギーを借りて行っていた。その地球のエネルギーが貯蔵されているポイントがパワースポットである。

 グランガスの復活を目論む何者かが壊獣を使役し、七年前からパワースポットを破壊している。ただし壊獣を使役する何者かも正確にパワースポットの位置を把握していないのか、時折的外れの場所を襲撃していた事もあったらしい。

 

「そのパワースポットがどこにあるのか、アルク君は知ってるのかしら」

『すまない、私も把握は出来ていない』

 留実の質問に対して申し訳なさそうな声でアルクは答えた。

「だが、この近くにそのパワースポットがある可能性はあるな」

 一方の弘務は腕を組んで少し考え込む。

「どうして、父さん?」

「この前といい今日といい、その壊獣とやらはこの近くに現れている。きっとこの辺りにパワースポットがあると考えて襲わせているんじゃないか」

 弘務の推測にその場にいた全員が納得する。

「でも、また出てきたらアルクと私達でどーんとやっつければいいんでしょ」

 優希はそう言いながら自分の闘志を表現するように拳を思い切り前に突き出した。

『ああ、その通りだ』

「『私達』って、僕もやるの?」

 大希が表情を険しくする。

「決まってるじゃない」

 その問いかけをした事を不思議がるように優希は大希の顔をのぞき込んだ。

「……ごめん、僕は出来ない」

「えっ!?」

 大希の言葉に、優希だけでなく留実と弘務も目を丸くした。

「どうして、大希?」

「だって、さっきみたいな事をずっと続けるんでしょ。いつまでやるの?」

「いつまで、って――」

 大希が投げかけた質問にその場にいた全員が答えに窮した。

「そのグランガスというのを倒すまでだとしたら、いつグランガスを倒すのさ。そもそも僕達にそんな事が出来るのかな。十年前に戦っていたフォロアードっていう勇者も倒せなかったんだよ」

 次から次へと大希の口から質問が出てくる。

「そんなの後で考えればいいじゃない」

 大希の質問に対して優希はそう答えたが、大希の表情はますます険しくなる。

「……無理だよ」

「あのね、大希は考えすぎなの。だいたいそんな先の事なんて誰もわからないじゃない」

 それにつられてか、あるいは大希の態度に苛立ちを感じ始めたのか、優希が段々と眉間にしわを寄せ始めた。

「二人とも――」

 雰囲気に陰りを感じた弘務が二人を止めようとするが、それに気づかず優希は自分の意見を大希に押しつけようとする。

「とにかく、戦ってから考えてもいいじゃない。何でそんな事も出来ないの」

「僕は優希と違うんだ。優希に出来る事でも、僕には出来ないよ」

 大希のその言葉に、ついに優希は限界に達してしまった。

「後で考えるくらい出来るでしょ!」

「出来ないって言ってるだろ!」

 互いに声を荒げて言い争う大希と優希。

「二人とも!」

 だがそれを弘務が一喝して制止した。

「落ち着くんだ、優希も大希も。言い争っていても解決しないだろう?」

「うん……」

「………………」

 弘務の一喝で意気消沈したのか、一転して二人は黙り込んでいる。

 弘務は大希の方に顔を向けて語りかけた。

「大希、今すぐ答えを出さなくてい。時間があるわけではないけれど、今の大希には時間が必要だ」

「………………」

 大希は黙ったまま頷いた。それを確認した弘務は今度は優希の方に顔を向けて同じ様に提案をかける。

「優希。大希の言うとおり、優希とは考え方が違うし同じ様に考える事も出来ない。だから優希の考えを大希に押しつけたら嫌がるのは当然だ。わかるね」

「……うん」

「よし、優希はいい子だ。だから、しばらく待っててあげるんだ。いいかい」

 黙って首を縦に振る優希を見て弘務は微笑んだ。そして今度は大希の持つアルネクサスに、アルクに対して話しかけた。

「アルク君、そういうわけで今しばらく時間を貰えないかい」

「わかった」

 特に困惑は無かったのか、アルクはすぐさま返事をする。

(僕は……)

 その様子を見ていた大希だが、苛立ちを覚えて唇を噛みしめた。

 

 それから数日が経った。次の壊獣が現れる事もなく平穏な日々が続いている中、大希は自宅から数駅先の繁華街に来ていた。この繁華街には様々な商店が建ち並び種類も品揃えも豊富であり、大希のように少し足を伸ばして買い物に訪れる人が後を絶たない。

 大希がここに来た理由は一つ、大規模の書店があるからであった。大希の住む地域にも書店はあり、通常ならばそこで事足りるが店構えは小さく決して充実しているとは言えない。対して、この繁華街にある書店は一つのビルを独占して使っているほどの広さがあり、十分すぎるほどに本の種類が充実している。

(確か、二階だったかな)

 大希がこの書店に来るのは数ヶ月ぶりだった。ここまで来るための交通費は小学生にとって決して安くない。それでもこうして足を運んでまで買う価値があると判断した時のみ、大希はこの書店に来ていた。

「――この前のロボット、凄かったよな」

「っ!」

 書店に入ろうとした時、大希は後ろを通りかかる人の会話を耳にした。

「ああ、フュテュールと違って化け物を瞬殺だものな」

「どこのロボットかわからないけど、また化け物が出てきたらやっつけてくれないか――」

「………………」

 大希はその会話から逃げるように書店に入り、急いで入り口近くの階段を上った。

「ッ!?」

 その時、突然店内に警報が鳴り響き壊獣出現のアナウンスと避難勧告が流れた。

「皆さん、落ち着いて行動してください! 店員の指示に従って避難してください!」

 書店の店員が先導して中にいる客達を誘導する。大希もそれに従って他の客と共に歩き出した。

 

 

 繁華街の外れにて、フュテュールと同等の大きさでモグラのような姿をした壊獣とフュテュールが対峙していた。フュテュールの右手には拳銃が握られており、銃口を壊獣に向けている。

「硬いな」

 エクトルは引きつった笑みのまま一言漏らした。既にフュテュールが拳銃で壊獣を撃ったようだが、壊獣には傷一つ付いていない。壊獣はフュテュールをあざ笑うかのように尖った口をドリルのように回転させる。

「何か前にもこんなに硬い奴いたよね」

『一ヶ月前の壊獣ライオマウス以上の装甲よ。幸い機動力は無いみたいだから、デュランダルが有効ね』

 通信機から分析担当の同僚レイラ・アシュレイの提案が聞こえてくる。確かに大剣デュランダルなら装甲を破壊して有効打を与えられるかもしれない。

「Oui。デュランダル一丁、出前を頼む」

『了解しました』

 今度は赤司の声が通信機から発せられ、それと同時にトレーラーがフュテュールの右隣まで走ってきた。

「全力で――」

 フュテュールはトレーラーのコンテナから大剣を柄を掴んで取り出し、剣先を引きずりながら大股で壊獣に向かって歩き出す。

 壊獣がそれに気づかないはずもなく、脚の代わりになっている多数のローラーを回転させてフュテュールに向かって走り出した。

 フュテュールは歩きながら大剣を両手で持ち直し、壊獣に向かって振りかぶる。

「叩き斬る!!」

 そしてあと数メートルで両者がぶつかり合おうとした瞬間、フュテュールが弧を描くように大剣を壊獣に向かって振り下ろした。

 派手な金属音と共に大剣と壊獣がぶつかり合うが、その直後に大剣がぶつかり合った所から真っ二つに折れてしまった。

「うおっ!?」

 ほんの数刻ほど体勢を崩すが、フュテュールは脚の移動と人間では困難な上体の急激な動作によりバランスを持ち直す。一度全身を地面に付けるように倒れてしまうと起き上がるのが非常に困難であるという欠点を抱えたフュテュールは、どんな体勢になっても倒れないように自動で動作するというシステムを搭載していた。

「くっ、折れるってどういう事だよ!」

 エクトルは驚きのあまり叫んでしまった。

 フュテュールの持つ大剣の重量はフュテュールと同等の約二百トンほどある。自重に耐えきれずに折れる事が無いように、その大剣には強靱かつ軽量な合金を使用している。それでも折れたのは、壊獣の装甲の強硬さとぶつかり合った時の衝撃の強さを物語っている。

『奴さん、どうやら瞬間的に硬度を向上させる事が出来るようね。切り札を残していた向こうの勝ちよ』

「おいおい、まだ切り札出されただけだろ。勝手に勝敗決めないでくれ」

 エクトルは反論しながらフュテュールに折れた大剣を捨てさせ、コンテナから二本のナイフを両手に一本ずつ持たせた。

『ですが、あの硬度の装甲に対抗できる武器は他にはありません』

「ならばからめ手でも狙ってみるさ」

 それが出来るかどうかは、当のエクトルも自信が無かった。相手は鈍重だがこちらも鈍重だ。背後に回り込んだり攻撃を回避しながらの弱点探りは出来ないと言っていいだろう。

 しかしそれでもやるしかない。

「破れかぶれ、思い切り――ッ!?」

 フュテュールを突撃させようとしたエクトルだが、その動きは壊獣の行動を目撃した事によって一瞬止まってしまった。

 壊獣が突如ドリル状の口をフュテュールに向かって回転させながら発射したのだ。

「うおおおっ!?」

 突然の事に判断が遅れてしまい、それによってフュテュールは真正面からドリルの突撃を喰らってしまった。甲高い金属同士が削り会う音と激しい振動がフュテュールに襲いかかる。

「こン……のおっ!」

 エクトルは身体を大きく上下左右と前後に揺さぶられながらも操縦桿を動かし、フュテュールに手に持っていたナイフでドリルを思い切り叩かせた。ドリルのバランスが崩れ、フュテュールの装甲の表面を抉りながら脇に逸れて地面に突き刺さる。

『すまない、まだ切り札を持っていたようだ』

「あんなビックリな仕掛け、誰が予想できると言うんだ……!」

 エクトルは遠回しにレイラの責ではない事を語った。

 その時、壊獣は失ったドリルの口を再生させながら、フュテュールとは違う方へと歩き出した。

「くっ、待て!」

 エクトルはフュテュールを動かそうとするが先程受けたダメージによって各駆動部が損壊したらしく、思うようにフュテュールが動作しない。

『左膝関節部損傷しています! バランサーによって立っている状態を維持するのがやっとです!』

「っ!?」

 赤司の状況報告とほぼ同時に、エクトルはある事に気づいた。壊獣の進行方向に避難中の人々の姿が見えたのだ。

「バランサー強制オフ、左脚部マニュアル操作オン!」

 エクトルは急いで左側のパネルのスイッチを切り替え、操縦桿を握り直す。そして先程とは異なり細かく操縦桿を動かしながら足下のペダルを踏んだ。するとエクトルの動きに合わせてフュテュールがゆっくりと左足を前に運ぶ。

『む、無茶です! やめてください!』

「無茶でも何でも、やらなければいけないんだよ!』

 赤司の制止も聞かずにエクトルはフュテュールを操縦する。ぎこちない動作ながらもフュテュールは壊獣に向かって歩み出した。

 

「こ、こっち来るぞ!?」

 避難中の集団の誰かが思いきり叫んだ。それを耳にした大希は思わず壊獣の方を振り向く。誰かの叫び通り、壊獣がゆっくりと迫ってくる姿がそこにあった。

「あ――」

「やらせるかあっ!!」

 恐怖のあまり声が大希の口から漏れた瞬間、フュテュールが雄叫びと共に壊獣に体当たりを仕掛けた。不意打ちだったからか壊獣は自分の身体と同じ距離ほど吹き飛んで倒れ、体当たりしたフュテュールもバランスを取れずに倒れ込んだ。

「フュテュール!」

「今のうちに早く逃げろ!」

 促されて一斉に走って逃げていく人々の中、大希だけはその場に立ったままフュテュールを見つめていた。

「そこの少年も早く――」

「……どうして」

 エクトルの言葉を聞かず、大希は質問を投げかけた。

「どうして戦えるのさ! そんなに傷ついて、何度も負けて、いつ死んでもおかしくないのに!?」

 それは大希がこの数日間ずっと抱えていた自分に対しての疑問でもあった。先の見えない戦いを続ける事は出来ないと断った自分に対し、フュテュールは今でもボロボロになりながら戦い続けている。大希にとってそれは理解の出来ない事だった。

「……君、『フュテュール』ってどんな意味か知ってるか」

「えっ」

 答えを聞かされるのかと思ったら逆に質問で返され、大希は驚いた。その間にフュテュールはゆっくりと立ち上がり、未だに起き上がれずにいる壊獣の方を向く。

「大和語に訳すと『未来』という意味だ。こいつは、文字通り――」

 そして左肩に装着していたナイフを右手に持ち、壊獣に向かって突撃した。

「人類の未来のために戦ってるんだ!!」

 壊獣に思い切りナイフを突き立てようと振り下ろすフュテュール。だがナイフは壊獣に突き刺さらず中腹で折れてしまう。

「未来のために……?」

 エクトルの言葉を反復する大希。

「それが俺の答えだ! さあ、わかったら早く逃げろ!」

 再び避難を促すエクトルの言葉を聞き、大希は背を向けて走り出した。

 

「はあっ、はあっ……!」

 五分ほど必死に走り続けた大希は足を止めて呼吸を整える。

(フュテュールは、未来のために戦っている)

 その間にも先程得られた回答について考えていた。

(自分が傷ついて、負けるかもしれないとわかっていても、そのために戦っている。じゃあ、僕は?)

 同じ状況でありながらも逃げずに戦うフュテュールと、戦いから逃げている自分。

(このままフュテュールに任せて、僕は戦おうと思えば戦えるのに……)

 大希は自分の中に気持ち悪さが渦巻いているのを感じた。自分が戦っても、この先勝ち続けられるかはやはりわからない。だけど、このままフュテュールだけに任せていいのだろうか。もしこのままフュテュールが負けてしまったら――

「……!」

 大希はズボンのポケットからアルネクサスを取り出し、画面に映る赤いボタンに指先で触れた。

『大希!? どこにいるの! さっきからずっと呼びかけてたのに――』

 その瞬間、アルネクサスから優希の声が響いてきた。優希は焦っているような声をしており、どうやら心配していたようであった。

「ごめん、他の人達と一緒にいたから出られなかった。僕は大丈夫だよ」

『よかった……』

 優希の安堵の声が聞こえてくる。

「……優希」

『何?』

「僕、戦うよ。アルクと、優希と一緒に」

 アルネクサスから優希の息を飲む声が聞こえた。かと思った瞬間、

『本当!? どういう心変わり!?』

 優希の驚きの声が大希の耳に突き刺さった。

「ほ、本当だよ。理由は……」

 少しばかり間を空けた後、大希はゆっくりとその理由を口にする。

「『未来』のため、かな」

『は? 何それ』

 その言葉の意味がわからなかったらしく、優希は一転して声のトーンを下げた。

「わからないならわからないでいいよ。今は早くフュテュールの手助けに行こう」

『うー、何かモヤッとするけど……後でちゃんと教えてよ!』

「わかった」

 大希は小さく笑いながらそう答えた。

 

 フュテュールは窮地に立たされていた。

「……まだ、動けるよな」

 エクトルは目の前の各種計器に視線を向けた。エネルギー残量、五十パーセント強。各部状態、左膝関節部は不能、他は稼働中だがダメージはイエローゾーン。武器、主戦力の大剣は折られ、他の武器では有効的なダメージは望めない。

『いくら稼働していても、これでは……』

「だよな」

 先刻逃げ遅れた――というより自ら残っていた少年に対してご高説を垂れておいてこの様である。

『せめて奴さんに穴でもあればね』

 レイラの愚痴にエクトルは同意した。物理的な意味でも、精神的な意味でも、壊獣には隙が無かった。

 外殻が強靱な生物の場合でも関節部は動かしやすいように殻が薄くなっているのだが、その壊獣は関節部も厚い装甲で覆われていた。それでいてある程度自在に動かせられる所を見ると、先程瞬間的に装甲の硬度を高めたように逆に柔くする事も出来るのだろう。

「どうしたものか――」

 エクトルが策を練ろうと思考のリソースを回そうとしたその時であった。

「はあっ!」

 フュテュールに影が差したかと思った瞬間、壊獣に対して上空から蹴りの一撃が入った。

「あれは――」

『この前の未確認機!?』

 光が反射して白銀に輝く機体を持った鋼の巨人。

「名前は、アルクだったか」

「これ以上、お前の好きにはさせない!」

 アルクはバランスを崩さずに着地し、壊獣を真っ直ぐに見据えた。

 

「よし、それじゃちゃっちゃとあの壊獣をやっつけて――」

「ちょっと待って」

 大希はアルクと意気込む優希を制止した。

「何なの、大希」

「さっきのアルクの攻撃が全然効いていないみたいだ。それに、僕達が来るまでにフュテュールもずっと戦っていたはずなのに、傷ついていない。あの壊獣、きっとかなり硬いんだ」

 アルクの先程の一撃と現状で壊獣の特性を大希は理解していた。

「じゃあどうするの」

「……フュテュールと協力しよう。アルク、僕が言う事をフュテュールに提案して」

「わかった」

 アルクの返事を聞いた後、大希は自分の案をアルクに話す。

 

「――フュテュール、提案がある」

 突然、アルクが壊獣からフュテュールの方に視線を向けて話しかけてきた。

「何だ」

「そちらには狙撃用のライフルがあったはずだ。私が隙を作るからその間に壊獣の首を狙ってくれ」

「なっ!?」

 アルクの言葉にエクトルは驚いた。確かにフュテュールの武器の中には狙撃用のスナイパーライフルがあり、何度か壊獣との戦いで使用した事がある。しかしそれをアルクの前で見せた事はない。そもそもアルクが現れたのは数日前が初めてのはずであり、それを知る機会は無かったはずだ。

『彼には情報を提供する協力者がいるのでしょうか』

 赤司の言うとおり、考えられる可能性としてはそれが真っ先に挙げられる。

「……赤司ちゃん、彼を信用できると思うかい?」

 エクトルは赤司に対して質問を投げかけた。

『えっ? えっと、ランスピアーズとしては常に疑うべきだと助言します』

 赤司は少し戸惑いながらもマニュアルに沿ったような回答をする。それを聞いてエクトルは更に問いかけた。

「じゃあ、一個人としてはどうだい」

『……信じてもいいと思います、根拠はありませんが』

 望んでいたとおりの回答に満足したエクトルは口元を上げた。

「よし。アルクとやら、お前の案に乗った。頼りにしてるぞ!」

「ああ!」

 エクトルの了解を得てすかさずアルクは拳を腰の位置まで引いて腕の装甲を被せた。そして思い切り地面を蹴って高く跳躍し、背部のブースターを吹かして突進する。

「アルナックル!」

 アルクの拳が壊獣の眉間に叩き込まれた。金属同士がぶつかり合う音が響き渡るが、やはり壊獣にダメージは無い。

「おおおおおっ!」

 それでもアルクは攻撃の手を止めず何度も両拳を叩きつける。壊獣はそれに対して首を振る事でアルクを落とそうとするが、アルクは壊獣のタイミングに合わせて再び跳び、地面に着地した。

「フラッシュボンバー!」

 続けてアルクは手甲からエネルギー弾を何発も撃ち出した。エネルギー弾は壊獣と衝突した瞬間に爆発を起こし、壊獣の目をくらます。

「よし……!」

 その間にフュテュールは傍に停車されていたルートのコンテナからスナイパーライフルを取り出し、壊獣とアルクから距離を取ってライフルを設置した。

「Mme.Ashley、調整を頼む」

『五秒待つように』

 レイラの回答と共にエクトルは心の中でカウントダウンを行う。その間にフュテュールはレイラの遠隔操作によって銃口の位置を修正する。

 Cinq, quatre, trois, deux...

「!?」

 その時、突然壊獣が大きく身体をうねらせ、アルクに向かってその身体を叩きつけようとした。アルクはすかさず後方に跳んで回避するが、それによって壊獣の位置が大きくずれてしまった。

『駄目だ、ターゲットが外れた。これでは狙撃できない』

「くっ……!」

 レイラの淡々とした報告が通信機から聞こえ、エクトルはやむなくフュテュールの構えを解かせた。

 

「大希!」

「十秒でいいから壊獣の動きを止められれば……!」

 大希は現状を歯がゆく感じていた。決して予想していなかった事態ではないが、想像していたよりも壊獣の動きは止まっていてくれない。

「壊獣を転ばして抑えてれば十秒くらい何とかなりそうだけど……ああ、もう! 私が直接戦いたい!」

 優希はもどかしそうに握った拳を振るわせる。優希は身体で覚える事は得意だが、それを実戦する事は出来ても言葉として表現するのを苦手としていた。優希に教えて貰おうとすると、擬音や身振り手振りばかりになって他人が理解できる表現にならない。

『ならば、優希が私を動かしてくれ』

「えっ?」

「そんな事が出来るの?」

 アルクの意外な提案に二人が同じ驚きの表情を見せる。

『私と君達は一心同体だ。私のこの身体は君達の身体でもある』

「うーん、よくわからないけど、私の動いたとおりにアルクも動いてくれるって事?」

『そうだ。アルネクサスの私の絵に触れて、「ブレイブ・シンクロ」と叫んでくれ。そうすれば私を動かす事が出来る』

 アルクに促されて優希はアルネクサスをポケットから取り出し、表示されたアルクのピクトグラムに触れた。

「ブレイブ・シンクロ!」

 そしてキーワードを高らかに叫んだ瞬間、優希の身体が輝きだす。

「ゆ、優希?」

 優希の様子に大希は戸惑うが、優希は何かを確信したような自信に満ちた表情で前を見つめていた。

「大丈夫、大希。わかるの、アルクの言ったとおりアルクの身体が私の思うように動かせるって」

 そう言いながら優希は両拳を胸元まで引き上げ、御堂流格闘術の基本的な構えを取った。

 

「ハッ!」

 優希と動作がシンクロしたアルクは壊獣の側面に回り込む。壊獣はアルクを追いかけるように身体をひねるが、アルクは更に向きを変えた壊獣の側面へ向かう。それを追いかける壊獣。

「ハアッ!」

 それが続くかと思われた次の瞬間、アルクは不意に身をかがめて壊獣の前足に向かってローキックを放った。壊獣はそれを防ぐ事が出来ず、バランスを崩して横転する。

「フラッシュボンバー!」

 追い打ちとしてアルクは壊獣の眼前に回り込んで両手の手甲からエネルギー弾を連射した。

 

「今だ!」

『フュテュール!!』

 大希とアルクの叫びが重なる。

 

「応!」

 エクトルはそれを聞いて再度フュテュールに構えさせた。

『この好機、逃さない』

 Cinq, quatre. ほんのわずかに右へ。

 Trois, deux. 体勢を調整する。

 Un. ターゲットスコープの中心と壊獣の首筋が一致した。

『Shoot!』

「ッ!」

 レイラの合図を耳にするよりわずかに早く、エクトルは操縦桿のスイッチを押した。それによってフュテュールがスナイパーライフルの引き金を引き、壊獣に向かって一発の弾丸を放つ。

 弾丸は超音速で飛んでいき、瞬きをする間に壊獣の首に突き刺さった。

「効いた!?」

 身悶える怪獣の姿を見てエクトルは驚きを隠せなかった。アルクの案に乗りはしたものの、それが有効ダメージを与える攻撃になるとは思っていなかったからだ。

「フラッシュ――」

 エクトルが驚いている間にアルクは壊獣の首元にまで移動し、エネルギーをまとった拳を思い切り振り下ろした。

「ナックル!!」

 拳がフュテュールの空けた穴を広げ、壊獣に更なるダメージを与える。壊獣は更に悶え、その身を横転させた。

『なるほど、至極単純な事だ。あの壊獣の硬化能力は全身に及ぶものではなく、意識を向けた部分のみ硬化させていた』

「奴さんは正面からのアルクの攻撃を防ぐために顔面部分を硬化させたが、それが首まで及んでいなかったと」

 エクトルは自分で解釈をしながら、どこか興奮を覚えた。先程までの劣勢がアルクの登場によって覆された。まるでフィクションの様な展開だ。

 その時、壊獣がゆっくりと身体を起こそうと動き出す。

「っと、悪いが――」

 エクトルはそれに気づいてすかさずフュテュールにコンテナからガトリングガンを引っ張り出させた。

「終わりにする!」

 フュテュールを壊獣に近づけ、ガトリングガンの銃口を首筋の穴に突き刺すと同時に引き金を引く。

 ガトリングガンがうなりを上げながら無数の銃弾を壊獣に向かって放ち、壊獣の内部を破壊していった。壊獣はダメージに耐えられず悲鳴を上げるが、凄まじい轟音にかき消される。

 そしてついに壊獣は耐えきる事が出来ず、爆発四散した。

「Mission terminee」

 

「やった!」

「ふう……」

 戦いに勝利した事で優希は全身を使って喜びを表し、大希は対照的に一息ついた。

(……どこまで出来るかわからないけど、僕もフュテュールみたいに頑張ってみよう)

 今でも先の見えない戦いに不安はある。それでも、フュテュールが戦っている姿に、その志に応えるために、今出来る事をやってみる。大希は自分の中でそう決意した。

 

 

 再び現在。一ヶ月前の事を思い出していた優希は改めて大希の顔を見つめた。

「ところでさ、あの時言ってた『未来のため』って結局どういう意味なの」

「ん、何」

 優希の質問がきちんと聞き取れなかったのか、聞き返す大希。

「だーかーら、戦うって決めた時に『未来のため』って言ったじゃない」

「ああ、それか」

 大希はすぐに答えようとしたが少し考え込む仕草をし、口を開いた。

「ヒーローだよ」

「へ?」

「ヒーローになりたくなったんだ。ほら、ヒーローはよく言うじゃないか、『人々の未来を守るために戦う』って」

 少しおどけた口調で語る大希を目にして、優希は怪訝な表情を見せる。

「何それ、大希ってそんな子供っぽい事好きだったっけ」

「優希もアニメの主人公からアルクの名前を付けた癖に」

「それはそれ、これはこれ!」

 自分の事を棚に上げる優希を見て大希は小さく笑った。

 

 

 とある林の中に建てられた家屋。その玄関に黒いコートを着た男――ミュージアムは立っていた。木漏れ日が家屋とミュージアムを照らし、時折吹く風が木々を騒がせる。

「………………」

 ミュージアムは呼び鈴を鳴らす事もなくドアを開け、ゆっくりと中を歩いた。右手の奥に広いリビングルームがあり、中にはブラックホールの様に吸い込まれそうな漆黒のスーツをまとった壮年の男性と、喪服のように黒を基調として三日月よりも更に細った((晦|つごもり))を衣装とした和服を着込んだ妙齢の女性がソファに座っていた。

「来たな。早速報告してもらおうか」

 ミュージアムが部屋に入ってきたのを確認し、男性が姿勢を直す。

「ケイオス殿が知る以上の報告はありません」

 ケイオスと呼んだ男性に険しい表情で答えるミュージアム。それを横目で見ていた女性が小さく笑った。

「そうね、この前と同じ事しかしていないものね」

「………………」

 ミュージアムはその女性をただ黙ったまま睨む。

「余計な事を言う必要はない、サク」

「あら、ごめんなさい」

 サクと呼ばれた女性はケイオスに注意され、口元に手を当てて嘲笑を隠した。

「だが、次も同じ策を講じても有効的ではないだろう。それについては何か案があるか」

「現在、実験を行っています。それが成功すれば現状打破になりましょう」

「実験?」

 わずかに眉をつり上げるケイオス。

「ええ、ハメツのため、我が芸術を更なる段階へと上げるための実験です」

 自信を持って答えるミュージアムに対し、ケイオスは表情を変えずじっとミュージアムを見据えた。

「いいだろう。お前の芸術に期待する」

「ありがとうございます」

 ミュージアムは仰々しく頭を下げた。

-2ページ-

【次回予告】

 

大希です。次の話を君に伝えるよ。

 

僕と優希がアルクと一緒に戦っているという事は、父さんや母さん以外には内緒だ。

だけど、母さんがうっかり鹿野川先生にその事を話しちゃったんだ。

先生は僕達に戦ってほしくないって言ってた。

そして僕達は先生の秘密と、先生の気持ちを知った。

 

次回、勇希前進アルヴァシオン『引き継がれる心』

 

明日に向かって進んでいこう!

 

説明
アニメ『勇者シリーズ』を意識したオリジナルロボットストーリー。
アルクから様々な話を聞いて戦う決意を固める優希に対し、大希は戦う事を拒否する。
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コメント
勇者シリーズっぽさを醸し出しながら、大希君の少し大人びた性格が作品全体に絶妙な雰囲気を作っていてすげー良かったです!(okura)
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