白黒交差 |
――人生、何があってもおかしくない。
そんなありきたりで、確かにそうだなあとも思う格言めいたものが、頭の中で再生されたのは何でだったか。昨日食べたハンバーグ、今朝いつものようにあったアイツの顔。そんな記憶が一瞬で巡って、目の前にある光景をちゃんと受け入れた。
二人乗りの自転車は赤信号を止まらずに突っ込んでいく、横から来るのは黒い自動車。私は荷台に座りながら、あっけなくアイツと一緒に撥ねられていた。
「……ん」
自然と声が漏れる。撥ねられた後、どうなったか記憶が無い。意識があるから、生きているのだろうか。目を開けると、広がるのは青い空。指先は普通に動くし、寒くも熱くもない。起き上がってあたりを見渡すことにした。
「ここは……」
轢かれたはずの交差点……だ。だけど、何かおかしい。この交差点以外のものが見えない。何か靄が掛かったように見えない。それに、交差点を行き来する車が静止している。横断歩道の向こう側が見えないから、よく分からないが無人のようだった。
「……死後の世界ってやつ?」
思わず声に出してとぼけたくなるほどだった。周りには他の人がいる様子はなく、この世界には私しかいないようだった。交差点をよく見てみると、信号だけは何故か稼働しているようだった。音もなくただ点灯だけを続けている。
「……ん?」
よく見てみると、信号は点灯しているだけで、時間の経過で赤になったり、青になったりしているわけではない。というより、あれは黒……。何故か黒い色で点灯していた。
怪訝に思い交差点の横断歩道のほうへと近寄って見る。歩行者用の信号も全て黒く光っていて不気味だった。電気が通っておらず、光っていないほうがまだ良かった気がする。
まあ、そんなものはどうだって良いだろう。私を取り巻く状況が未だに全く理解できていない。ここは一体なんなのか、どうやったら……脱出? 解放? できるのかが全く分からない。こんな不親切な状況はゲームだったらクソゲー、現実ならブラック企業の烙印を押されることだろう。
そういえば、この信号には歩行者優先用のボタンが付いていた。あれを押したら信号が変わって変化が起きたりしないだろうか。てくてくとそのボタンの近くへと歩いて行く。現実じゃないのだから、体も現実通りうまく動かないんじゃ、と軽く思ったけれど、そんなことはなく、いつも通り動く。一応生存しているってことなのかな。よく分からない。
赤くて丸いボタンを押す。変化があることを祈って。奥まで押しこむとカチリと音がなった。刹那、目の前の車達が消え去った。信号は黒から白に切り替わっていた。
車達がいなくなって、見渡すことが出来るようになった向こう側。アイツがいた。
「……あ」
駆け出したくなる。でも一度、止まった。
向こう側は一体なんなのだろう。たぶん向こうに行けばきっと変化があるとは思う。ここに私が閉じ込められているなら、なおさらだ。でも、ただの仮想、夢だとしたら? ……それなら時間が経てば勝手に目を覚ますはずか。
アイツはこちらに表情を見せない。下を向いたままでいる。どうすればいいのかと迷っていると、アイツが腕を上げてこちらを指さした。
「……」
何かあるのかと思って待っていても、それ以上は何も示さない。私ではなく私の後ろを指しているのか、と思って振り返ると、そこには黒い色の扉が出来ていた。私が目を覚ました時にはなかったはずだ。一応全方位を観察したし、間違いはない。それに、扉なのは分かるけれど、それを支えるものはなにもないし、扉だけが浮いている。有名な漫画の道具でこんなのがあった気がする。これに入れってことなのかな。アイツのほうに目を向けると、アイツも同じような白い扉の中に入っていっているところだった。
残ったのは私一人。選択肢はあっちの扉とこっちの扉? どっちを選択したほうがいいのだろう。二択しかない。左に行くか、右に行くかと同じだ。
……それなら私は、アイツの後を追っていこうじゃないか。もしこれが自分の生死を決める選択だったとして、もし選択したものが死だったとしても、間違いではなかったと言える。
交差点の中を進んでいく。横断歩道の白と道路の黒。渡り終えた後には白の扉。私はその扉を開けて、溢れる光の中へと入っていった。
説明 | ||
仮想、黒、交差点。 という三つのお題から。 | ||
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タグ | ||
掌編 交差点 白黒 | ||
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