トゥングスワ=ルフツビ その5 |
10
狭い書斎から聞こえるペンの音。
ソラヤマが座る机の後ろ、テーブルの前に正座してうるうるとした目で渡された原稿を見ている栗川。紙の上でソラヤマリンのタッチが蘇っている。
しばしの感慨の後「おッといけない」と筆を持ち直す。
夕暮の畦道を散歩する辰野と釜田。
「辰野先生、平行世界って知ってますよね」
「ええ」
「あの漫画は今、かつての分岐点に舞い戻ってもう一つの世界に足を踏み入れた状態なんですよね…あぁもう、『今』とか『かつて』とか、扱いにくい言葉だなぁ」
「うんなるほど、あの漫画は作者と共に雨神さんのいう『夢のる舟』に乗ったわけだ」
「…じゃあ僕らは今どこに居てこの事件を目撃しているのだろう」
辰野が立ち止まって言う。
「僕らは読者だ。常に『本の向こう』からじゃないか。
僕らは作品が印刷されて本屋に並んで、そこで初めて作品と関わりが出来るのさ」
トイレだと出てきた佐久治青年に中の様子を聞く雨神と間際老人。
「恐ろしいスピードで描いてますよ。このペースで行くと、24ページ一話完成は10時頃かな。部屋の床がスミが乾いてない原稿だらけです」
「それでも昔より少しペースが落ちてるね」
「そうなんですか?!ふえー、僕らの方が持たないや」
「で、先生の様子は?」
「時々線の震えを止める為か、右腕を左で抑えていますね」
「さて、どこで止めるべきか…」
「それよりもですよ、問題は描いている内容の方なんです。タイトルが同じなのに、舞台が何故か現代のいや、もう少し前の日本なんですよ。勿論あの主人公達なんか出て来ない。
…本当に『トゥングスワ=ルフツビ』の続きを描いているのでしょうか?
それとも僕らは、うーん、奥さんの前で言うのはなんですが、痴呆の戯言に付き合っているだけなのでしょうか?」
「その現代日本の話って?」
「吹き出しの中が書かれてないので詳しくは分かりませんが、一人の少年のところに葉書が来るところから始まります」
「あ、それってもしかして」
「何?」
「釜田さんが辰野先生に送った葉書…」
「そっちじゃなくて、辰野先生が子供の頃に貰ったソラヤマからの葉書の事ね」
夜、待つ者皆にふるまわれた玉子丼が空腹を満たした頃
「一回分が仕上がりました」
栗川達が書斎を出てきた。
雨神が代わりに書斎に居るソラヤマに風呂が湧いていることを告げる。
ソラヤマは「ありがとうございます。ではお先に入らせていただきます」と風呂場の方に行った。
その間に一同は仕上がった原稿を見る。
「あ、吹き出し入ってるね」「最後に書き込みましたよ」「トーンは貼ってないんだ」「そこも時間がかかる理由なんですよ」
一同テーブルの上にぐるりと並べられた原稿を歩きながら読んでいく。
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少年の元に漫画家に出したファンレターの返事がかえってくる。
喜ぶ少年。
しかしその葉書には謎の言葉がかかれている。
時が流れて大人になった少年は、漫画家の元に訪れる。
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「先生は本当に呆けているのでしょうか?実は正気で、私達をからかっているのでは?」
「そうだと楽しいんだけど、毎日一緒に暮らしていると実感するわよ」
釜田が辰野の顔を見て言う。
「何だ、先生はちゃんと作品の中にいるじゃないですか。少し違う点もあるけど、この少年は平行世界の辰野先生ですね」
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男は漫画家に葉書を見せて、言葉の意味を問う。
腕組みをした漫画家が男に向かって「『銀の使者』が魔法使いに頼まれて運び去ったものがあるんだ。それは、その時では助ける事が出来無い不治の病に罹っていたのだよ。それは何を隠そう言葉を話せない勇者達や、彼等を襲う怪物や賊、そして魔法使いが生きているあの世界そのものだったのさ」
男驚く「ええ?」
「そして、分からないかい?貴方自身が『銀の使者』なんだよ」
「何をおかしな事を言っているのですか?」
「貴方は、大人になった今迄このちっぽけな物語をおぼえていた。そして私の目の前にいる。当時無力で救うことが出来なかったあの世界を、今の私の技量なら救うことができるという訳さ。魔法使い曰く『時が満ちた』んだよ」
「何故貴方は私が漫画のことをおぼえていて、貴方の目の前に現れると確信していたのですか?」
「実はそれを考えたのは僕ではないんだ」
「編集の人ですか?」
「いや、頭がおかしくなるような話になるのだが、そもそも僕にこの漫画を描くように言って来たのはだね、信じてくれるかい?この魔法使いなんですよ」
「この魔法使いのモデルになった人がいると?」
「いや、そうではなくてこの漫画の中にいる魔法使いだよ」
「せ、先生は紙に描かれた二次元の人物が三次元の先生に命令して来たと言ってるのですか?しんじられ…」
「ないだろう。当たり前だな」
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原稿を見ている雨神の目つきが鋭くなる。
「虚構からのアプローチ…」
「なんと言ったんだね?」
「ソラヤマは、あの時作品が仕上がら無い事を悔やんだ私にさらりと言ったんです。
今は僕があれを描くタイミングではないよ。逆に放って置かなけれはいけない時期なんだ。後は『銀の使者』に任せておけば大丈夫って…」
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男は信じられないといった顔で言う。「物語にとって作者とは、神のような存在なのではないのですか?それでは先生がただのテレビ受信機のようじゃないですか?!」
「ああ、今迄の私は君が言ってるように、空っぽの存在でしかなかった。
そして私のところに訪問し、物語を再開するようにけしかける役割を果たした君も、僕と同じなんじゃないかね?」
「銀の使者…僕が?」
「しかしだね、僕は今このタイミングで
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一ページ一コマで、漫画家が叫ぶように宣言している。
釜田それを見て「あ、なんか変なページですね『ねじ式』の胡座かいて喋るおっさんみたいだ。
「明らかにタッチが全く変わっているね。雑なんだけど紙の上から炎が上がりそうな熱気がある」
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反旗を翻そうと思う!」
「一体なにをするんですか?まさか作品の続きをかかないことで復讐するとか」
「それも考えた
「それは沢山いた読者の一人として困ります」
「当時も人気は無かったよ。私もあの世界には愛着があるので無きものにしてしまうのは残念過ぎる。そこでだ、」
「そこで?」
漫画家は辺りを見回して、男の耳元に何事かをささやいた。
「ええ!それは可能なのですか?」
「ああ、何度も考えたんだ。これならアイツを出し抜ける」
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釜田は誰ともなく問うた「これは一体何なんでしょうか?」
辰野は唸った。「『虚構からのアプローチ』というか『虚構からの強制』で、現実の人間一人の一生が潰されかかっていたのに対抗して、自らが立っている世界を物語よりも更に大きな虚構として飾り立てて覆ってしまおうとして居るんですよ」
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漫画家、真っ白な紙を取り出して素早く描き、男に渡す。
「さあこれが新しいページ、物語の続きだ」
主人公達の顔のアップのコマ、
その前のひとコマがベタで塗り潰されている。
「このベタコマは?」
「ここにこういう解説が入るのさ」
『口のきけないイタンとイラツは旅をするうちに、彼等独自の意思伝達の方法を生み出していたのだ。それは、通常の人間の会話の五倍の速度で七倍の内容あるいは感情を伝えるものだった』
「なんと!」
ここから場面がいきいなりあの世界に戻る。
イタン「あれの眼差しが逸れるまで、もう少し頑張ってくれ!」
イラツ「ああ、私はもう駄目だわ。これが最期なら何度も言うわ。イタン貴方が愛おしい、大好きだわ」
イタン「最期などと言わずに、これを切り抜けていつか語り合ったように暖かい土地を探して一緒になろう」
場面、また漫画家と男に戻る
「いとも簡単に全てをひっくり返してしまった。つまりいままで描いて来た彼等の場面の幾つかに台詞があるわけなんですね」
「幾つかどころか全てと言っておこう。彼等は物語の始めから、誰にも悟られる事なくこの冒険の旅の意味を考え続けていたのさ。露骨な程の互いの敵対心とは全く反対の感情を吐露しながらね。さあ、続きを描くのを手伝っておくれ」
(続く)
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覚悟はできてますか? そろそろちゃぶ台をひっくり返す時間です。 |
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