ある嵐の夜のこと |
………ゴロゴロゴロ
低く唸るような響きが、遠くの空から鈍く届く。
椅子に座し暖炉の火を見つめていた魔王は、視線だけを僅かに動かした。雷に反応したのではない。傍らの従者が静止していたからだ。
「…。…あ。マスターに報告、光と音の間隔から現地点との距離は―――」
主の視線にようやく気付き、ギラヒムは動くことを思い出した。そのまま積乱雲がどうの、気圧がどうのと、問われてもいない情報をペラペラと述べる。
弱い光……ややして雷鳴。
報告も半ばにまたも窓を見つめ固まった精霊に、魔王はこっそりと苦笑を噛み殺した。
嵐である。
夕刻から崩れ始めた空はみるみる翳りを強め、雨脚も叩き付けるようなそれに変わった。風は轟々と狂ったようで、一向に治まる気配を見せない。
また光る。音。光。音。光。音。
距離の報告は淡々と続く。だが到達する間隔は徐々に短くなり、カウントダウンは着実に進んだ。僅かに振動すら感じ始める。
二人が居を構えるのは森に埋もれた古城だ。長年風雨に耐えてきた建物は荒天など問題ではない。ないというのに。
暖炉で炎が揺れる室内。ギラヒムはいつものように、主の足元にクッションを持って座っている。しかし明らかに場所は普段の定位置よりも近い。というか脚の間に居る。
そう言えばこれを手にしてから、こんなにも激しい嵐は初めてだろうか。
睨むように、窓の外を見つめる闇色の眼玉。心なしか青ざめたしもべの表情に、魔王は思わず意外さを覚えた。
怯えがある。
まがりなりにも金属故にこの現象は恐怖なのか。などと考えていると、再度光が走り抜ける。今度はかなり早いタイミングでガラガラと音が鳴り響き、気の毒に精霊はビクリと体を強張らせた。
「恐ろしいか」
「ノ…ノン。音に驚いただけです」
果たしてそれは否定として正しいか。
返事の代わりに苦笑を隠すのを止めて、引き攣った頬に触れてやった。ギラヒムはハッとしたように顔を上げ、逡巡し、スリ、と額を掌に擦り付ける。
普段の毅然とした様子は見る影もない。脚の間で小さくなった姿は情けなくも、微かな庇護欲をくすぐった。
「そう簡単に当たりはせぬ」
「イエス。…そうですね、人間で換算しても、被雷する確率は極めて低いのですし」
黙りこくっていたと思えば、長い舌は急にまた口上を喋った。
雷の傷は雷撃傷と呼ぶ。直撃による死因は火傷ではなく心臓への電流。膨大な電圧負荷に、心臓が痙攣するための不整脈だ。いわゆる心室細動だ。云々。
解説することで安心しようとしているのは解っているので、魔王は相槌を打ちながら大人しく聞く。段々と豆知識が増えていく。
ピシャーーーーッ!!!
「っ!!」
文字通りギラヒムは飛び上がった。
閃光と轟音。一瞬室内を真昼のような明るさが過り、耳鳴りがキンと甲高く残った。今のは近かったなと、魔王がチカチカする視界で手元を見ると、右腕にしがみつき硬直しているしもべ。動かない。痛い。
「ギラヒム?」
瞬間、姿は精霊のそれに転じた。
「マスター、抜刀することを推奨。できれば早急に!さあっ!」
鬼気迫る表情が詰め寄った。いつも控えめで礼儀を重んじるしもべにしては珍しく、主の腕をとり胸部のコアに押し付ける。
勢いに呑まれ、魔王は言われるがままにギラヒムから剣を引き抜いた。
浮かんだ苦悶は菱形に解け、手の中に闇色の一振りが残される。稲妻とは違うが独特の形を持つ、刺々しくも禍々しい、魔剣。
宝玉が輝く。質量を失った精霊が浮かび出て、宙に漂いふわりと揺れる。だがそれも僅かの間のこと。すぐにギラヒムは手を伸ばし、横から抱きつくように魔王の首に腕を回した。
虚像の身体である。そうしている意味は無いのだが、今日の彼はどうにも甘えたい気分らしい。好きなようにさせ、魔王は手にした刀身をそっと撫でる。
またも雷鳴が轟いた。しかしあの狼狽ぶりが嘘のように、肩の上の闇色はすっかり落ち着きを取り戻している。
「剣に戻っては却って雷を引き寄せてしまわぬか?」
雷に怯えるしもべへ気遣いの言葉を向けてやる。だが意外にも、返されたのは訝しげな声だった。
『マスター、落雷の頻度に金属の有無は無関係です。比例するのは発生場所からの距離ですよ』
「そうなのか」
冷静な訂正がなされた。
曰く、雷は雷撃可能な距離の中で最も近い物に落ちる。高い所に落ちやすいのはひとえに、発生点からの距離が短いから。その際、落雷する物の導電性は無視される。
では何故剣を抜かせたのか。
疑問の答えはすぐに得られた。落雷に関して導電性の関与は無いが、撃たれた場合に重要らしい。
電気は抵抗の少ない方へと流れる。つまり被雷した時点で金属を纏っていれば、電流は体表を伝い、心臓への被害を免れる。と。
説明を終え、魔剣の精霊はにこやかに顔を綻ばせた。
『ですからワタシが受け止めます』
合点が行った。同時に笑いが込み上げる。怯えていたと思いきや、これは主人を守ろうとしていたのだ。
急に揺れ出した肩に、ギラヒムの表情は不安げに曇る。
『不遜でしたか?』
「いや。だが珍しいと思った。貴様がこうまで警戒するとは」
仮にも魔族の王である。雷など、例え直撃を食らったとしても命に別状はないだろう。
勿論そんなことはしもべもとうに知っている。それでも不安が湧く理由は、本人もよく解っていないようだ。
『なんとなく、妙に…』
歯切れの悪い返答をした精霊に、魔王はニヤリと口角を上げた。
「貴様でも苦手なものがあるのだな」
『…誤解です。こんな自然現象、俺は別に』
「恥じるな」
『違いますよ』
心外だとむくれながらもギラヒムは首にかじりついて離れない。剣に戻っても同じであるのに、甘えるように、縋るように。
雷鳴が依然と鳴り響く中、魔王の愉快げな笑いが部屋に満ちる。
外では真っ暗な闇の中、変わらず風が吹き荒れ、雨はけたたましく大地を叩く。バタバタ、バタバタと狂ったように止まらない。
まるで世界の終わりのように。
「ねぇねぇファイ、ギラヒム。嵐凄いよ、嵐っ!うわっ、ホント風が強いなぁ!土砂降りだ!あ、今向こう光った!」
「…ファイ君。リンク君はなんであんなに楽しそうなの?」
『さあ?』
一人ハイテンションな勇者を前に、精霊二人は顔を見合わせ首を傾げた。
リンクが小学生みたいに嵐でテンション上がってても可愛いかな。と
説明 | ||
ギラヒム様が雷にびくびくしてる話。封印されるずっと前の魔王様と一緒にいる時代です。魔族長って苦手な物あるのかな→雷怖がって魔王様にしがみつけ→キャラ崩壊です。 | ||
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ゼルダの伝説 スカイウォードソード ギラヒム 終焉の者 | ||
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