すみません。こいつの兄です。59
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 三学期というのは、短い気がする。

 あっという間に三月がやってきて、卒業式があって、三年生が去っていく。そして、ぼくらが三年生になる。

「三学期って短かかったな…」

桜舞い散る校庭で、誰に言うともなくつぶやく。スカイブルーの冬の香りを残す空にうっすらと雲が浮かぶ。

「にーくん、あほっすかー」

空気を読まない妹の声。

「三学期は短いっすよー。一月は正月で一週間少なくて、二月はもともと短くて、三月もほとんどないっすー。まともな長さの月がないっすー。知らなかったっすかー」

妹に対する体罰を三十七個思いつく。その十八番目を選択し、実行する。すなわち脳天へのサンライトイエローのチョップ。

「ふぎゃっ!」

んん〜。いい声だ。実にナイスな返事だぞ。

 

 今日は、新学期一日目。

 

 クラスわけも発表されている。まぁ、俺は見るまでもない。進学理系クラスだ。同じクラスのメンバーもだいたい予想がついている。ハッピー橋本は進学文系クラス。三島由香里とFカップ東雲史子さんも進学文系クラス。上野は俺と同じ進学理系クラス。八代美奈ちゃんは就職コースクラス。美奈ちゃんのうちは、建設機械とかのレンタルとかをしている会社をやっている。八代さんの言葉を借りれば《大きな機械を扱う小さな会社》らしい。大きな機械を扱う小さな会社の小さな社長令嬢だな。

 余談だけど、上野と橋本は俺の学年のミラクルと言われている。修学旅行をきっかけに付き合い始めたカップルで三学期を乗り越えるのは、ミラクルと言っていい低確率だ。ようするに特殊な状況で付き合い始めたカップルは、日常を乗り越えることができない。そういうことらしい。

 クラスわけ発表の掲示板の前では、早くも各学年の女子がわーきゃー騒いでいる。まったくくだらないことに一喜一憂するよな女ってのは…。

「きゃーっ。真菜ー。おんなじクラスだよー。やったー」

美沙ちゃんがぴょんぴょんと跳ねる。

 うっひょぉーっ!スカートも上下に跳ねてるし、胸部も跳ねてるよ。

 うっひょぉおおおおーっ。エキサイティーング!

「二宮、なにを顔を紅潮させて喜んでんの?アホなの?死ぬの?」

目ざとく俺を見つけた三島が今年度初の罵倒を食らわせてくる。

「うるせー。春はめでたいだろう」

「まったく。二宮は相変わらずくだらないことに一喜一憂するのね…」

三島がぷいっと横を向いて、とっとと階段を上がっていく。

 うん。

 男が、女の一喜一憂をくだらないと思うのと同じくらい、男の一喜一憂も女はくだらないとおもっているんだな。

 なんとなく世界の真実を垣間見る。

 

 ふと左手の薬指と中指に、温かさを感じる。見ると、隣にいる真奈美さんが握っている。前髪から覗く真奈美さんの視線の先を追う。

 

 三年一組、出席番号二番 − 市瀬真奈美。

 

 真奈美さんに視線を戻す。鳶色の瞳と目が合う。

「名前、あるね」

「うん」

自分が笑っているのを自覚する。こっちの喜びは男女共通。

 

 真奈美さんが無事に進級した。

 素直にうれしい。

 

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 まず、真奈美さんと八代さんの就職クラスの教室へ行く。真奈美さんの出席番号二番は、左前から二番目。

「よっ」

「おぅ」

先に座っていた出席番号一番と声を交わす。出席番号一番の相原とは、顔くらいは知っている仲。ちょっと額が広くて、多少将来の頭髪が心配なタイプだが、なかなかいいやつだ。真奈美さんの前の席がこいつで良かった。三番は…。ああ、この子か。席について、だまって文庫本に目を落とす針金みたいな女の子を見る。えらく姿勢がいい。クールビューティに見えて、恐ろしく口が悪いと評判の上原さん。

 とはいえ、真奈美さんをいじめたりするような集団にも溶け込んでない。

 まぁまぁ、安心の前後配置。

 就職コースのクラスは、担任も佐々木つばめ先生らしいし一安心だな。

 

 うちの進学理系コースは相変わらずゾッド宮元の担任。物理教師なので当たり前といえば当たり前だが、嫌な当たり前だ。遅刻したら、大変だ。本鈴の鳴る一分前に、真奈美さんと相原に声をかけて、上野と進学理系クラスの教室に移動する。

「ホームルームはじめるぞー」

教卓からナナメ左方向前から四番目という、教師がもっとも見やすいといわれるポジション。そこに偶然ではなく「二宮」の名の下に当たり前な席順で配置された俺が、担任教師の図太い声を聞いている。

 最初の席替えっていつだろうな…。

 一学期初日、行動で校長先生のお話を聞き、その後、教室で進学理系クラスの俺たちは、受験生という自覚が云々。勝負が云々と喝も入れられる。クラスの三割くらいは、ちょっと気合が入ったように見えた。でも俺は別に気合が入ったりしない。ふつーだ。

 

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 春休みが明けたばかり。まだ受験まで丸々一年間ある。宿題なんかない。しかも、今日は午前半日で終わる。

 この状況で、高校生がまっすぐ帰るわけがない。俺だってそうだ。上野と橋本、東雲史子さんと八代美奈ちゃん、それに真奈美さんと六人が玄関で合流する。そこに、妹と美沙ちゃんも合流する。けっこうな団体さんだ。駅前へと向かう道すがらも、通り過ぎるサラリーマンがチラ見していく。まぁ、超絶美少女美沙ちゃんもいるし、八代美奈ちゃんと真菜はロリ担当だし、東雲史子さんはおっぱい担当だ。

 やべぇ。

 今の俺、超リア充!

 …と思ったら、前を歩く橋本と東雲さんが手のひら同士を合わせて手をつないでいた。すまん。あっちが本物のリア充だった。しかも、そうやって手をつなぎながら橋本は上野とゲームの話をしてるし、東雲さんも矢代さんと話をしてる。

 なんなの?その「手をつなぐのが当たり前」みたいな高レベルっぷり。

 お前、キングなの?リア充キングなの?

 ちくしょう。俺なんか、その気になれば美沙ちゃんと手をつなげるんだぞ。

 そのタイミングで、右手にひんやりとした手の感触を感じた。美沙ちゃん来たー。

「にーくん、手ーつなぐっすー」

右手がぶんぶんと回転させられる。やめろ恥ずかしい。高校三年生の男子が、なんで高校二年生の妹と手をつないで歩かにゃならんのだ。意味わからん。妹と手をつなぐのはリア充じゃない。妹と手をつなぐのが、うらやましいなんて言うやつもリア充じゃない。知ってる。

 上品に背中をまっすぐに伸ばして歩く美沙ちゃんに先導されるように八人で向かう先は、駅前の喫茶店。脳裏に嫌な思い出がフラッシュバックする。美沙ちゃんたち、まさかまたあの巨大パフェを頼むのか…。

「いくっすよー。どれにするっすー?」

「これー」

「えー。八人もいるんですよー。こっち行っちゃいましょーよー」

「きゃー。いっちゃうー」

「いくっすー」

「……」

女の子たちのテンションは春らしく、満開だ。春限定メニューが注文されようとしている。この店の店長は、完全にネタ路線に走ったと思う。きっと、どこかの雑誌に『デカ盛りパフェの名店』とか載って調子に乗っちゃったんだな。

 そんなのに付き合っていられない。橋本とアイコンタクトを交わす。

(橋本、東雲さんを止めろ!)

(ばか!史子がこんな可愛く楽しそうなのに水をさせるか!)

こいつは脳がピンク色に溶けてて、役立たずだ。上野だ。上野にもテレパシーを送信する。

(矢代さんを止めろ。あんな小さな身体で、食いきれるわけがない)

(美奈、きゃわいいにゃあ〜)

こいつも駄目だ。やはり、俺がやるしかない。

「ちょ、ちょっと待って!冷静に考えよう。その君らが注文しようとしている…えーと」

「アスティック・メトロ・チョコフルーツ・ゴールデン・エルドラド・サンライト・アストラル・アイスプラネタリ・サンデー・プルートっすか?」

妹が意外という顔で、こっちを見る。

「そ、それだ。それだけどさ」

「それって、どれですか?」

美沙ちゃんが、きょとんとした顔でトボける。ぐっ。

「アスティック・メテオ…」

「ぶぶー」

「アスティック・メトロ・チョコフルーツ・ゴールデン・エルドラド・サンライト・アストラル・アイスプラネタリ・サンデー・プルートのことっすか?」

「そ、それだ」

「それって、どれですか?」

これ、正解しないと先に進めないのか?

「アスティック・メトロ。チョコフルーツ・ゴールデン・エメラルド…」

「ぶぶー」

「アスティック・メトロ・チョコフルーツ・ゴールデン・エルドラド・サンライト・アストラル・アイスプラネタリ・サンデー・プルートのことっすか?」

なんだか、昔のゲームをやっている気分になってきた。

 もう、あきらめたよ。

「じゃー、注文するっすよー」

「好きにしてくれ」

「すんませーん。アスティック・メトロ・チョコフルーツ・ゴールデン・エルドラド・サンライト・アストラル・アイスプラネタリ・サンデー・プルート一つお願いするっすー」

「はーい。ワン・プルートさんきゅー」

厨房から、プルートゥサンキューの復唱が返ってくる。

 注文されてしまった。

 メニューの写真に目を落とす。

 そのやたら長い名前の、サンデーはサイズさえ無視すれば、普通に器に盛られたアイスクリームがカラフルなだけにも見える。その周りをひまわりの花弁のように控えめに飾っているのは、バナナだ。半球状のアイスクリームの頂点には、薄切りのパイナップルが刺さっている。ずいぶん小さいパイナップルとバナナがあったものだ。モンキーバナナだよな。これ。

「モンキーバナナじゃないぞ。二宮」

橋本が現実を突きつけてくる。今しばらくだけ逃避させてくれればいいのに…。

 そして、ごろごろと重量感のある音を立ててワゴンが通路をやってくる。いつものように周囲の客から、失笑と驚きのつぶやきがあがる。携帯電話で写真を撮っている客もいる。「ちょーうける。マジ頼んだやつらがいるww」とかツイートされちゃっているんだろう。

 ウェイトレスさんも三人で構成される小隊編成だ。

「アスティック・メトロ・チョコフルーツ・ゴールデン・エルドラド・サンライト・アストラル・アイスプラネタリ・サンデー・プルートゥお待たせしましたー。そっち持って。あ、あなたはそっち。いい?行くわよ。せーのっ!」

ウェイトレスのバイトに来たはずが、引越し屋さんみたいになっていることにこのお姉さんたちは気づいているだろうか…。

 ずずんっ。

 冥界の王プルートゥがテーブルに着地し、テーブルが鳴動する。

 で、でかい。

 想像以上のでかさだ。サラダボウルにバスケットボールと同じ大きさのアイスクリームが盛りつけ…これは、盛り付けなのか?…られている。食べている途中で溶けないようにする配慮なのか下に敷かれたドライアイスから白い冷気が漂っている。さながら、雲海を飛行する巨大空中要塞だ。

 メニューの写真では花びらに見えたバナナが、実物では空中要塞のスラスターに見える。バナナだけで十二本ある。一人一本以上の計算だ。

「うわぁー。すっごー」

「ひゃー。たのんじゃったぁーっ」

「いっただきまーす」

なんだろうね。この甘いものを前にした女の子たちのテンションは?男たちは、ただ恐れるだけだ。一様にウェストの細い勇敢な女の子たちの手にあるのは、どうみてもカレーを食べる用のスプーン。アイスクリーム用ではない。

 ここまできたら、いろんな意味で腹を決めるしかない。

「はい。真奈美さん」

「…う、うん」

真奈美さんにもカレースプーンを渡す。だめだよ。前髪の間から『これ、アイス食べるスプーンじゃない』って訴えても、許されない。俺がじゃない。状況が許さない。もてる戦力の全てを結集して、この難局にあたるしかない。

 そして、俺は同時に携帯からメールを打つ。

 

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 二十分後。まだプルートサンデーは半分も減っていない。われわれの士気は半分以下だ。体温も下がって気がする。だからやめろっていったのに。アイスの食べすぎで凍死するぞ。

「に、二宮!ご、ごめん遅くなって!」

そこに援軍到着。三島由香里。ヴェロキラプトル三島だ。思ったよりも早いな。さすがラプトル。足の速さは抜群だ。

「よく来た!三島!待ってたぞ」

立ち上がって、席を空ける。

「二宮?」

走ってきて頬を紅潮させた三島が、状況の把握できない顔できょとんとしている。

「ほら、三島!」

逃げられる前に三島の腕をつかんで無理やり座らせる。

「ひゃっ!に、にのみ…」

あっけにとられている三島の手にカレースプーンを滑り込ませる。逃がさん。

「ちょ、に、二宮…手…、手!…に…二宮!え…あ…《アイスおごるから、喫茶店で待ってる》…ってメールって、まさかこれ!?」

三島が目を泳がせながら、俺とテーブルの上に乗っているバスケットボール大のアイスクリームサンデーの間に視線をさまよわせる。そりゃあ、そうだろう。アイスを奢ってくれるとメールをもらって、テーブルの上にこいつが待ってたら、俺だってそうなる。

 だが、逃がさん。

「足りなければ、追加で注文してもいいが、まず、それを平らげてからにしてくれ!」

「あんた…まさか、本当にアイス食わせるためだけのメールだったの!?」

「由香里…かわいそう」

「二宮くん…まさか本当に気づいてないの?」

三島が呆れた顔をし、東雲さんと八代さんが三島に憐憫の視線を向ける。そんな俺が悪いみたいな視線を向けないでくれ、この冥界の王を注文したのは君らじゃん!

「いいわ。もう食べるだけ食べてやる!ヤケ食いしてやる!」

三島が、じつに頼もしい勢いでプルートに襲い掛かる。三島、超たのもしい。

 

 一時期は絶望的かと思われた巨大サンデーを見事完食。

 ウェイトレスさんが、勢ぞろいで拍手してくれるのは、なんのサービスだろう。

 

 

(つづく)

説明
妄想劇場59話目。ついに真奈美さんがここまで来ました。だいたいリアルタイムで進んできましたが、ちょっとリアル時間の方が流れるの早いですね。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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