外史異聞伝〜ニャン姫が行く〜 第一篇第二節 |
第一篇第二節 【世界の狭間でプ〜カプカのこと】
北郷一刀は、白い世界を感じている。
目で見るのではなく、感じている。
水の中のような浮遊感。
しかし、濡れたような冷たさは感じない。
『ここは?みんなは?』
北郷一刀の声ではない何かが、意志を持った波になって拡がっていく。
さっきまで居た薄暗い寺院とは、明らかに違うことに戸惑いを感じる北郷一刀。
『…ここは、外史が生まれ逝く場所。外史の全てのモノが、ここで生まれ、混沌なる理に帰る…』
波が、北郷一刀を撫で返してくる。
『…外史が生まれ逝く?』
北郷一刀の意思を中心に波が集まり、その意思が押し寄せてくる。
『…我は…数多の外史が一つ…発端に生まれ…終端に逝く((存在|モノ))…幾重にも紡がれ…解かれ…創られ…数多の願望と可能性…混沌から我らは生まれ…秩序を生む…我は外史…正史の意思により…北郷一刀が発端に生まれし存在…そして、外史は数多に存在する…』
いくつかの小さな波が、留まることなく押し寄せるように撫でていく。まるで、意志疎通できることを喜んでいるかのようである。
北郷一刀とは違う意思からの情報が次から次へと寄せてくる。
その押し寄せる情報が処理できず、潰される感覚となって北郷一刀の思考を鈍らせる。
『正史の意思?俺が発端?俺から生まれた数多の外史?』
北郷一刀は、情報を整理するように呟きが、小さな波が起こし、そこへ平坦な波の回答が返ってくる。
『((彼|カ))のモノたちは…外史を構成する要素…北郷一刀と会話をした者たちも…道端の物言わぬ石や草花たちもそれは代わらない…』
『彼女達を、石と一緒にするんじゃない!』
しかし、北郷一刀の彼女たちへの思いが、内向きに向かっていた意思を全て撥ね退けるように意思の波を外へと押し拡げる。
『…ふふ』
微かな波が返ってくる。
『何がおかしい!?』
北郷一刀は、それを不快に感じ怒りを((露|アラワ))にする。
『ふふ、これは失礼。まさか主がこうも取り乱すとは思わせなんだニャ。なぁ、アイシャよ』
突如、軽薄そうな笑いを起こす意思の波が、一刀を優しく撫でる。
『えっ?』
馴染みのある気配が、突然北郷一刀の周りに数多く現れ、戸惑う彼に忠臣であるアイシャが謝ってくる。
『ご主人様!申し訳ございませんニャ。セイ!だからイタズラが過ぎると!』
『何を言うニャ。お主は、先程まで不安がる主に胸を高鳴らしていたではないかニャ?』
『ニャ!!』
姿は見えないが、黒い毛並の顔を羞恥に歪ませていることが、容易に想像できる。
『にゃはは!アイシャが真っ赤なのニャ』
元気な明るい波が起こる。
『あら、初々しいニャ』
小さいが力強い波が立つ。
『あら、カリンさんは、まだアイシャちゃん狙いなのニャ?』
それに答えるように、母のように暖かい波が立つ。
『ふふ、愚問ニャ。愛らしい雌を愛でるのに理由が、必要かしらシオン』
『私は、ご主人様に、愛でて頂けれればいいニャァ』
どこか艶めかしい波に、北郷一刀は背中が粟立つのを感じる。
『リリもなのにゃ〜』
自分の存在を示す様に可愛らしい波が揺れる。
『カリン様に愛でて頂きたくのは、私ニャ!』
『私ニャ!脳筋は黙ってなさい』
『姉者、落ち着けニャ』
『ふふ、みんな纏めて愛でてあげるニャ』
『『『カリンしゃま♪』』』
今度は、三つの意思の波が起こるとそれに答え包むように広がる波に、それらが喜びを示す。
『…ねぇ、この泥棒猫をどうしてクレヨウカシラ?』
『タダジャ ユルサナイカラネ!』
波の質量が増していくように、大きな波が起こる。
『はにゃニャ』
『ヤハリ キリキザンデカラ 黄泉ニ 旅立ッテモラウノガ 良ロシイにゃト』
『ソレデハ 生ヌルイデスネ♪イッソノコト マタサキ ナド 如何デスカにゃ?』
小さな意思を取り囲むように更に真っ黒い波動が拡がってゆく。
『ユエぇ〜、目を覚ましてニャァ!』
『あらあら、大混乱ですニャ〜』
『ねぇ、止めなくていいのかニャ。ショウキョウちゃん』
『アタシにどうやって止めろっていうのよ。お姉ちゃん』
『いつものことじゃないかニャ?こんなもんだろ』
『せやニャ。若干、黒いのが充満してるようやけど』
『はにゃ?』
『…?』
『レン殿は、気にしなくいいでありますぞ』
『…ん、わかったニャ』
『…みんな』
次々に現れる馴染みの波に北郷一刀は、込み上げてくるモノを抑えることが出来ず、それは暖かい波となって拡がってゆく。
『…ご主人様』
しかし、アイシャからは、どこか寂しそうな波が返ってくる。
『アイシャ?』
『…北郷一刀…彼女らの理は…消滅こそ避けられたが…その形を成すことは…もはやできず…正史の意思により…消滅を避けられた我の一部となっている…』
彼の呼びかけに答えたのは、アイシャではなく、外史と名乗った意思だった。
『え?』
突然静かになってしまった気配に不安を感じる北郷一刀。
『…今は…我と同化していることで…個の意思として存在している…』
『それって、どういうこと?』
結論をなかなか斬り出さない外史の意思に不安を覚える北郷一刀。
『…北郷一刀…このままでは…北郷一刀という存在…数多に存在する外史…共に消滅するのを待つのみ…』
『な!?』
先程の喜びも束の間、信じられないことを突き付けられる北郷一刀。
『…消滅する…今ここに存在する北郷一刀…そして…その北郷一刀を発端とするすべての外史が…』
さらに、繰り返される情報は、理解のできない内容だった。
抗議をしようとする意思を抑え込む北郷一刀。王としての経験が、その真偽を確かめるには、情報が少なすぎることに気づかせたのだ。
『今ここに存在する北郷一刀って?』
正確に情報を得ようとする北郷一刀の行動は、王としても成長した今の北郷一刀だからできることだろう。
『…今、我と意思を交わしている北郷一刀…』
『俺…』
それでも外史という意思から得られる情報に理解が追いつかない。ただ理解できることは外史と呼ばれる世界が無数にあること。それと…
『俺は…俺が他にもいるのか?』
『…存在する…正史の意思が望むだけの北郷一刀が存在し、その北郷一刀たちを発端に数多の外史が生まれる…我は、その中の外史が一つ…』
『ふう…((このままでは|・・・・・・))俺と俺を発端とする外史が消滅するってことだな?』
北郷一刀は、息を吐く様に意思を拡げ、情報で混乱する意識を無理やり抑え込み、質問を返す。
『…そうなる…』
『((このままでは|・・・・・・))ということは、何か方法があるのか?』
『…ある…北郷一刀を新たな外史の発端とすれば、正史との繋がりのある北郷一刀の消滅は免れ、同時に他の外史の消滅も避けられる…』
静かな波が、回答として返ってくるが、何かがあるのだと感じる北郷一刀。
『その外史に行けば、彼女達とまた会えるのか?』
それは、北郷一刀にとて最も重要なこと。
『…ご主人様』
アイシャたちの弱々しい波が北郷一刀に触れる。
『…彼女らはいる…だが、北郷一刀の存在と記憶を持たない…新たな彼女らとして…』
『…』
あまりのことに何も考えられなくなる北郷一刀。それでも外史の意思は、波を返してくる。
『…その外史は、正史の意思により我が望んだ外史…そこで…彼女らは新たな生を受け…生きることとなる…』
『外史が望んだ外史?』
外史が発した波に、新たな情報が入り、疑問が生まれる。
『…正史で望まれし外史…発端は北郷一刀…我は外史を成す要素…その我が望む世界…』
その波は、先ほど心地よさはなく、冷たいものを感じる。
それは、孤独。
外史の意思が、初めて見せる感情。
『…我は…我らは…数多の外史…その存在に個はなく…幾重の発端と終焉を迎える…』
無感情ではなく、諦めに近い何かを思わせる波が北郷一刀に触れる。
『…そこには、正史の意思が…北郷一刀を発端として…外史を生む…そこに我らの意思はない…』
それを例えるならば涙。北郷一刀の意思に流れてくるのはそんな意思。
しかし、それを見逃す北郷一刀ではない。このお人好しは、その行動において留めることを知らないのだから。
『よし!君はこれから((数多|アマタ))だ。君が数多に存在する外史だとしても、これが正史の意思だとしても、今、俺が感じている君がいる。だから、君は今日から北郷数多だ。生みの親が言うのだから問題ない!』
それは根拠のないことで、そこにいる誰も理解できないこと。それでも北郷一刀を中心に大きく力強い波が、親が泣く子供包み込むように拡がる。
『数多…我の名前…北郷数多……パパ?』
弱々しい波が返ってくる。
これは、不安だろうか、それとも戸惑いだろうか。
『おいで数多』
だから、そんな不安を戸惑いを吹き飛ぶすほどの大きく優しい波を、子が寂しさなどに囚われないよう大きな波が白い世界を満たしていく。
『パパァ〜』
伝わってくるのは、小さな存在。でも、それが何よりも温かく、何よりも愛おしく感じる。
そして、世界が白く温かく包まれていく。
『ご主人様』
『アイシャ?』
しばらく、小さな暖かさを包んでいると、静かにアイシャの波が寄せてくる。
『我らのことは、気にせず新たな外史へ旅立ってくださりませんかニャ』
『なっ!?』
彼女の言葉に驚く北郷一刀。
『我らという存在は、あなたと共にありますニャ。あなたが消えれば、我らも消えますニャ。我らだけが消えるのであれば、それでいい。ですが、ご主人様が消えることは許しがたい…』
それは、彼女たちと築き上げた思い出が、何よりも彼女たちが消えてしまうことになる。そんなことを北郷一刀が認めるわけがない。
『そんなことできるわけ』
『北郷一刀!!』
否定しようと波を立てる北郷一刀だったが、アイシャの起こした波がそれを覆い尽くす。
『私の愛しきご主人様。私は常にあなたのお側にいますニャ。目に見えず、あなたに気付いてもらえなくとも私はあなたの隣にいますニャ』
『アイシャ』
アイシャの意思が北郷一刀の意思を覆うように包む。
『カズト。その子は、私たちであり、私たちの母であり、私たちの娘でもあるニャ』
『カリン?』
力強い波が更に北郷一刀を包み込む。
『だから、私たちはいつもあなたの側にいるニャ』
『レンファ』
大事なものを無くさないように包み込むように覆う。
『それがどんな形であれ、我らは…』
『…みんな』
北郷一刀の意思は、抵抗することなくその幾重にも重なる意思たちに身を委ねていく。
そして、世界は紡がれる…
つづく
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