世界の終わりとワンダーランド・ただ似合うだけ
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「撮るよー。はい、ちゃんと笑って」

 ――そう言われたって、僕に笑えるわけがなかった。

どうしてこんなことになったのだろうと、頭がくらくらする。

 

こんなことならば、思い切らなければよかったと思いながら……。

 

 シャッターは切られる。

 

「見て見て、これ。うわー、すごい。似合うと思ってたんだ、ほんと。笑ってくれたらもっとよかったんだけどなあ」

 にこやかに言って、彼女は僕に接近してくる。そして体を預けるように隣に座り、デジカメのモニターを僕に向け、今しがたとったばかりの写真を見せてきた。

 四角い枠の中には、人形のような姿で、ソファに座る少女がいた。ゴシックなドレスを着て、小さなハットを頭に乗せた、無愛想な表情の少女が――。

 とても美しい少女で、彼女の言うとおり、笑っていればもっとよかったと思う。

 だからって、とても笑っていられる状況じゃないんだけど……。

 

 そう、人形のような色白の少女は、他ならぬ僕だ。少女のようにしか見えないけれど、れっきとした男なのだ。遅れた成長期が未だやってこない、小柄で中性的な僕なのだった。

 

「ねえ、次はうちの制服を着てみない?」

 耳元で、彼女は囁くように言った。

 視線をすぐ下に向けると、ごく至近距離で、見上げてくる彼女と視線が合う。瞬間的に恥ずかしくなり、僕はすぐさま視線を斜めに跳ね上げた。きっと顔色は、真っ赤になっているに違いない。

 彼女は近すぎた。柔らかさがわかるくらいに体を預けてきていて、肉体的にも、精神的にも距離が近かった。

女子同士で接するときよりも、もっともっと近いのではないかというくらいに近かった。

「嫌?絶対に似合うよ」

 柔らかに笑う彼女を意識して、僕は僕の中の男性の部分を感じずにはいられない。

中性的で、メイクをして衣装を変えれば美少女と化す僕だって、思春期の男子であるのは変わらないのである。

「嫌……とかじゃ、ないけど――」

 天井の隅を見つめたままで、僕は口ごもりながら言った。

 嫌ではない。

 僕らの通う高校は、女子の制服がとてもかわいい。

 元々着てみたかったのだから、いやであるはずもない。

 

 だけど、本当にどうしてこんなことになったのか――。

 ほんの少し、ただちょっとだけの気の迷いだったのに……。

 

「私の制服しかないけど、いいよね?サイズはちょっと小さいかな」

「……」

 ソファから立ち上がり、クロゼットから自身の制服を引っ張り出した彼女に、僕は無言になる。

 本当に、本当に、どうしてこんなことになったのか……。

 

 

 彼女は言った。似合うだろうなと、思っていたと。

 そんなこと、当然だ。

僕だって似合うと思っていたし、実際似合ったのだから――。

 

 だからって、そのまま外に出たことが間違いだったのか――。

 姉の服を借りて、勉強したメイクをして、家の中だけで性転換をしていればよかったものを――。

 

 世界が終わるというから、思い切ってしまったから僕は……。

 

 一度だけでいいから、女性として外に出てみたかった。

突如として現れた美少女に、世界がどう反応するのか試してみたかった。

 世界の終わりを前にして、最後のチャンスを前にして、だから思い切った挑戦をするのには、無理もなかったのだ。どうせ恥のかき捨てだし、一歩踏み出すのに無理もなかったのだ。

 ただ、僕は絶対にばれないと思っていたし、中身が男だとばれたって、知り合いにばれなければどうってことないはずで……。

 

 だから彼女に声をかけられて、とても驚いてしまったのだ。

 心臓が飛び跳ねて、口から出ていくのではないかと思うほどに驚いたのだ。

 

「あ、あの、その制服はちょっと……」

 しどろもどろに、僕は抵抗する。

その制服だけは着るわけにはいかない。

一度来てみたかったけれど、彼女が来た服だけは、着るわけにはいかない。

「ダメかな?汚れてはないと思うけど」

 彼女は自分の制服をしげしげと見つめ、あまつさえすんすん匂いを確認している。

「いや、そういうんじゃなくて……」

 当然ながら、彼女はその制服を着て、毎日学校に来ている。

学校で彼女を見つめ、日ごろのしぐさを見ている僕には、その制服はちょっと刺激が強すぎた。

だって、まるで彼女に包まれているかのようじゃないか。そんなの、彼女を強く意識せざるを得ないじゃないか。

 そんな服を僕は……。

「大丈夫だよ、絶対似合うから。足も長いし、ニーソックスもどうかな?」

「だ、だからそれはちょっと……」

 お構いなしに、彼女はどんどん話を進めていく。そして刺激はどんどん強くなっていく。そのうちに下着や髪留め、靴まで履かされそうだった。

 本当に、本当の本当に、どうしてこんなことになったんだ……。

「ずっと、キミは女の子みたいだなって、思ってたんだ」

 ソファの隅っこで小鹿のように震える僕に、彼女は制服をあてがってくる。そしてまた柔らかく、いつもの表情で笑うのだ。

「――」

 顔を真っ赤にして、だけど、もう抵抗はできなかった。

 

 期待に満ちた彼女を前に、僕は折れるほかなかったのだった。

 

 ああ神様、どうして僕に、こんな試練を課すのですか?

 どうしてこんな拷問のようなことをするのですか?

 

 世界の終わりをいいことに、女装姿で外に出た愚か者への罰なのですか?

 

 

 大好きな人に遊ばれて、辱めをこれでもかと受けなければならないのですか?

 

 

 はたして僕は、彼女の制服を着させられてしまうのだった。

 最悪の想像は避けられて、下着だけはプライドを保つことはできたけれど、結局彼女の制服を着させられるのであった。

 

 そうして写真に納まるのだ。

 彼女すべてに包まれて、ソファで恥ずかしそうに、前かがみになって座って……。

 

「撮るよー。はい、ちゃんと笑って」

 ぎこちなく、笑顔を作る。

 

 そしてシャッターが切られて、これではまるで、何か別の物の撮影みたいだ。

 ちょっと人には言えない、何か別の物の撮影みたいだった。

 

「ほら見て、やっぱり似合うよ」

 彼女はまた僕に身を寄せて座り、デジカメのモニターを見せてくる。

 そして耳元で、そっとつぶやいた。

「ねえ、この後はどうしようか?」

 彼女が視線を送る先に気が付いて、僕はどうしようもなく緊張して……。

 

 

 ちょっとだけ、遊ばれるのも悪くないなあと――。

 

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じょそこ
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ショートストーリー 男の娘 

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