ソードアート・オンライン 黒と紅の剣士 第六話 GET・キャリバー |
氷の床が激しく震え、波打つ。
シリカ「きゃああっ!!」
三角耳を伏せてシリカが悲鳴を上げる。
デュオはシリカを抱き寄せると、周りを見渡して言う。
デュオ「どうなってる!?」
シノン「う・・・動いてる!?いえ、浮いてる・・・!」
遅れて俺も気が付いた。
巨城スリュムヘイムが、生き物のように身震いしながら、少しずつ上昇しているようだ。
ガッシュ「何でだ?スリュムのやろうは、ぶっ飛ばしたんじゃねえかよ!!」
ガッシュが喚いていると、首から下げたメダリオンを覗き込んだリーファが、甲高い声を迸らせた。
リーファ「お・・・お兄ちゃん!クエスト、まだ続いてる!!」
クライン「な・・・なにィ!?」
エルフィー「どうして!?邪神の王様を倒したら、クエスト達成じゃないの!?」
その通りだ。
霜巨人族の首領たるスリュムが死んだからには、当然クエストも完了したものだと思い込んでいた。
デュオ「しまった!!クエスト達成条件はスリュムを撃破することじゃなくて、エクスキャリバーを台座から引き抜くことだ!!」
キリト〈そういうことか!!〉
つまりこのクエストは、エクスキャリバーを手に入れないと終わらないということになる。
リーファ「さ、最後の光が点滅してるよ!」
悲鳴にも似たリーファの声に、ユイが鋭く反応した。
ユイ「パパ、玉座の後ろに下り階段が生成されています!」
キリト「・・・ッ!!」
返事する時間も惜しんで、俺たちは猛然と床を蹴り、玉座目掛けてダッシュする。
左横から裏に回り込むと、氷の床に下向きの小さな階段がぽっかりと口を開けていた。
妖精一人がぎりぎりで通れそうなサイズの入り口に、俺は躊躇わず突っ込む。
三段飛ばしで螺旋階段を駆け下りていく。
息を詰め、どこまでも続く下りの螺旋階段を、半ば転がり落ちる勢いで突き進む。
ユイ「パパ、五秒後に出口です!」
キリト「OK!」
叫び、ちょうど視界に入った明るい光目掛けて、俺は一息に飛び込んだ。
そこは、ピラミッドを上下に重ねた形にくり抜いた、言うなれば玄室といった感じの空間だった。
壁はかなり薄く、下方の氷を透かしてヨツンヘイム全体が一望できる。
螺旋階段はその中央を貫き、一番下まで続いている。
そして、そこには――――深く清らかな黄金の光が存在した。
間違いなく、かつてトンキーの背に乗ってヨツンヘイムから脱出した際に見た輝きと同じものだ。
一年の時を経て、ついにここまで来たのだ。
無限とも思えるような螺旋階段がようやく終わり、俺たちは【それ】を半円に並んで取り囲んだ。
精緻な形状のナックルガードと黒革を編み込んだ((握り|ヒルト))、大きな虹色の宝石が瞬く((柄頭|ポメル))。
そして、氷の台座から半ば露出させている、微細なルーン文字が刻み込まれた鋭利な刃を持つ、黄金の長剣。
俺はこいつを一度握ったことがある。
ALOを己の野心の道具としていた男が、俺を斬るためにGM権限で生成しようとしたが、権限が俺に移っていたため生成できず、俺が代わりにジェネレートして、奴に投げ与えたALO最強の剣【エクスキャリバー】。
キリト〈…待たせたな。〉
内心でそう囁きかけてから、一歩踏み出し、右手でその柄を握った。
キリト「っ・・・!!」
ありったけの力を込めて、台座から引き抜こうとするが、剣は微動だにしない。
まるで、城全体と一体化したオブジェクトででもあるかの如く、小さく軋みすらしない。
左手も添え、両脚を踏ん張って、全力を振り絞る。
キリト「ぬ・・・お・・・っ!!」
だが、結果は変わらない。
嫌な予感が、ひやりと背筋を撫でる。
どうやらこれは半端な筋力値では、引き抜くどころか動かすことさえできないようだ。
重い剣を好む俺は、この中でもかなり高い筋力パラメータを持っているが、それでも動かないとなると、可能性があるのは、超重量の両手剣を使うデュオだけだろう。
基本値では、スプリガン、インプの俺やデュオよりサラマンダーであるクラインやガッシュのほうが上だろうが、2人とも技のキレを重視する戦闘スタイルのため、スキルや装備の補正を敏捷力に振っているので、筋力値は俺と大差ない。
俺は振り返って、デュオを見る。
すると、デュオは俺が口を開く前に、言った。
デュオ「悪いが俺はやらないぞ。お前の剣なんだ、自分で手に入れろ。」
デュオがそれだけ言うと、アスナたちが声援を送ってくる。
アスナ「がんばれ、キリトくん!」
リズベット「ほら、もうちょっと!」
リーファ「お兄ちゃん、しっかり!」
シリカ「キリトさんなら、大丈夫ですよ!」
クライン「信じてるぜキリト!」
シノン「根性見せて!」
ユイ「パパ、がんばって!」
エルフィー「ファイトだよ、キリト君!」
ガッシュ「諦めんなキリト!」
みんなが声を張り上げて叫び、精一杯のエールを送ってくる。
デュオ「ほら、最強の聖剣はお前の手の中にあるんだ。早く引き抜いて、下で邪神狩りやってる奴らに見せつけてやろうぜ。」
最後にデュオが、SAOでよく見せていたあの不敵な笑みを浮かべてそう言った。
パーティーメンバーにここまでされては、諦めるわけにはいかない。
俺は剣を握る手に再び力を込め、あらん限りの力を振り絞る。
視界がホワイトアウトを始め、このままでは、アミュスフィアの自動カットアウト機能が作動しかねないところまできたその時。
ぴきっ、という軋むような亀裂が入るような鋭い音と同時、かすかな震動が手に伝わる。
?「あっ・・・!」
誰かが叫んだその瞬間、いきなり足元の台座から強烈な光が迸り、俺の視界を金色に塗りつぶした。
直後、これまで聞いたどんなサウンド・エフェクトよりも重厚かつ爽快な破砕音が聴覚を駆け抜けた。
俺の体がいっぱいに伸び――――四方に飛び散る氷塊の中で、右手に握られた長剣が宙に鮮やかな黄金の軌跡を描いた。
大きく後ろにすっ飛んだ俺の体を、仲間たちが手を伸ばして支える。
引き抜いた剣の凄まじい重さに耐えながら真上を向くと、見下ろす皆と視線が合う。
全員の口が綻び、笑顔に変わり、盛大な快哉が放たれ――――るよりも早く次の現象が引き起こされた。
氷の台座から解放された、世界樹の小さな根。
空中に浮き上がったそれが、突然成長を始めたのだ。
極細の毛細管がみるみる下方へと広がっていく。
エクスキャリバーによって、すぱりと断ち切られていた上部の切断面からも新たな組織が伸び、垂直に駆け上がる。
上から、凄まじい轟音が近づいてくる。
見上げると、俺たちが駆け抜けてきた縦穴から、螺旋階段を粉砕しながら何かが殺到してくる。
それもまた根っこだ。
スリュムヘイムを取り巻いていた、世界樹の根――――――――
猛烈な勢いで伸びていく2つの根は、やがて互いに触れ、絡まり、融合した。
直後、これまでの揺れが、震度1の微震だったかと思えるほどの衝撃波が、スリュムヘイム城を呑み込んだ。
クライン「おわっ・・・壊れっ・・・!」
クラインが叫び、全員がひしと互いをホールドし合ったのと、ほぼ同時に周囲の壁に無数のひび割れが走った。
耳をつんざくような大音響が連続して轟き、次々に分離して、遥か真下の【グレート・ボイド】目掛けて崩落していく。
ユイ「スリュムヘイム全体が崩壊します!パパ、脱出を!」
キリト「って言っても・・・」
デュオ「どうやって!?」
すでに、ここに来る時使った螺旋階段は、上から殺到してきた世界樹の根によって吹き飛んでしまっている。
シノン「根っこに?まるのは・・・無理そうね・・・」
この状況でも冷静さを失わないシノンが、真上を仰いで呟いたが、すぐに肩をすくめる。
確かに、玄室の半ばまで伸びる世界樹の根は天蓋に固定されているが、一番下の根まででも10m近くあるため、とてもジャンプでは届かない。
リズベット「ちょっと世界樹ぅ!!そりゃあんまり薄情ってもんじゃないの!」
リズベットが右拳を振り上げて叫んだが、何せ相手は樹。
反応が返ってくるはずもない。
クライン「よ、よおォし・・・こうなりゃ、クライン様のオリンピック級垂直ジャンプを見せるっきゃねェな!」
がばっと立ち上がった刀使いが、直径わずか6mの円盤の上で精一杯の助走をし、華麗な背面跳びを見せた。
記録は、推定2m15cm。
わずかな助走距離を考えれば頑張ったほうだが、根っこまで手が届くはずもなく、急な放物線を描いて墜落した。
途端、周囲の壁に、一気にひび割れが走り、玄室の最下部は本体から分離した。
シリカ「く・・・クラインさんの、ばかーっ!!」
絶叫マシンが苦手なシリカは、デュオに抱き付きながら、いつにない本気罵倒の声を上げる。
そして、俺たちを乗せた円盤は果てしない自由落下を開始した。
VRMMOに於ける高高度からの落下というのは、恐怖以外の何ものでもない。
デュオとガッシュだけは「何がそんなに怖いんだ?」と言っていたが、そんなことを言うプレイヤーは稀で、初心者の女の子などでは、5m程度の高さからのジャンプですら、大変な恐怖を味わうらしい。
ゆえに例外の2人を除く、俺たち8人は、氷の円盤に四つん這いになり、一斉に全力の悲鳴を上げるしかなかった。
周囲では、崩れ落ちた氷塊が、別の塊に激突して分解していく。
真上を見れば、巨大なスリュムヘイム城が、下部から次々に崩れ、そこから伸びてきた世界樹の根が揺れ動いている。
最後に、真下に視線を向けてみる。
すでに、1000m以内まで近づいてきているヨツンヘイムの大地には、巨大なグレートボイドが口を開けている。
シノン「・・・あの下ってどうなっているの?」
隣で呟くシノンに、俺はどうにか答えた。
キリト「もしかしたら、ウルズさんが言ってた、ニブルヘイムに通じてるのかもな!」
シノン「寒くないといいなぁ・・・」
キリト「いやあ、激寒いと思うよ!なんたって、霜巨人の故郷なんだから!」
そんな会話の中で、ようやく腹をくくれた俺は、エクスキャリバーを抱いたまま、左にいるリーファに声を掛ける。
キリト「リーファ、スロータークエのほうはどうなった?」
黄緑色のポニーテールを垂直にたなびかせるシルフは、ぴたりと悲鳴を止めて、胸元のメダリオンを見た。
リーファ「あ・・・ま、間に合ったよお兄ちゃん!まだ光が1個だけ残ってる!よ、よかった・・・!」
リーファはにこーっ!と顔全体で笑って見せる。
つまり、このまま空中でゲームオーバーになるにせよ、ニブルヘイムに落下して、墜落死するにせよ、その犠牲は無駄にはならないといわけだ。
問題、というか気がかりなのは、俺が全力で確保しているエクスキャリバーだ。
もし、このまま落下していってそのままニブルヘイムに置き去りになってしまうなどということになれば、今度はヨツンヘイムの更に下の、ニブルヘイムまで行かねばならない。
出来ればそれは勘弁してもらいたい俺は、試しにウインドウを広げて、剣の格納を試みた。
だが、予想通りこいつの所有権は俺には無いらしい。
聖剣は窓を弾き、収まってはくれない。
そんなことをしていた時、突然リーファがぴくりと顔を起こした。
リーファ「・・・何か聞こえた。」
キリト「え・・・?」
反射的に耳を澄ますが、聞こえるのは空気が唸る音だけで、他には何も聞こえない。
リーファ「ほら、また!」
再び叫んだリーファが器用に立ち上がった。
キリト「お、おい、危ないぞ・・・」
叫びかけた俺の耳にも、その時。
くおおぉぉー・・・んという遠い啼き声が届いた。
視線を巡らせると、周囲の氷塊群の彼方、南の空に、小さな光を見つけた。
小さな弧を描いて接近してきたのは、1年前に出会った動物型の邪神、俺たちをスリュムヘイムまで送ってくれた仲間であり、友達である邪神。
リーファ「トンキー!!」
両手を口に当て、リーファが叫んだ。
リズベット「こ・・・こっちこっちーっ!」
続いてリズベットが叫び、アスナも手を振る。
クライン「へへっ・・・オリャ、最初っから信じてたぜ・・・アイツが絶対助けに来てくれるってよォ・・・」
ガッシュ「嘘つけ!」
恐らくは全員が考えたであろうこと、代表してガッシュが叫ぶ。
その間に、トンキーは滑るようなグラインドでこちらに接近してきた。
舞っている無数の氷塊のせいで、横付けはできないが、それでも空いている間隙は5m程度なので、十分飛び移れる。
まずは、リーファが無造作にジャンプして、トンキーの背中に降り立つと、続いてデュオがシリカと、彼女に抱かれたままのピナを抱えてジャンプし、トンキーの上に乗り移る。
次にリズベットが威勢の良い掛け声とともに跳び、更にアスナが流麗なフォームでロングジャンプを決めた。
シノンに至っては、空中でくるくる2回転する余裕まで見せて、トンキーの尻尾近くに降りる。
やや強張った顔をしていたクラインは、ガッシュとエルフィーによって放り投げられて、トンキーに頭からダイブしていた。
刀使いを投げ終えた槍使いと少女は、適当なジャンプで円盤から飛び移った。
最後に残った俺も、助走に入ろうとしてあることに気付いた。
キリト〈跳べない・・・〉
正確には、エクスキャリバーを持ったままでは、5mのジャンプはできない。
すでにトンキーに乗り移っている仲間たちも、俺が立ち尽くした理由に即座に気付いたようだった。
リズベット「キリト!」
アスナ「キリト君!」
切迫した声が届く。
ユイ「パパ・・・」
頭上で心配そうにユイが呼びかけてくる。
選択肢は2つ、エクスキャリバーを抱いたまま墜落死するか、それとも捨てて生き残るか。
だが、どちらにしても、この剣は手に入らない。
キリト「・・・まったく・・・カーディナルってのは!」
苦笑を浮かべて叫ぶと、俺は右手で?んだ最強の聖剣を放り投げた。
体が嘘のように軽くなると、黄金の長剣は眩しく回転しながら視界の端を流れていく。
軽く助走をつけて跳ぶと、空中で体の向きを変えた。
黄金の聖剣は、あれほどの超重量のわりにゆっくりと、無限の大穴へ向かって落下していく。
トンキーの背中に、俺が着地した途端、8枚の翼が大きく広げられた。
減速感とともに落下が止まる。
俺の肩を、隣にやってきたアスナがぽんと叩いた。
アスナ「・・・また、いつか取りにいけるわよ。」
ユイ「わたしがバッチリ座標固定します!」
キリト「・・・ああ、ニブルヘイムのどこかで、きっと待っててくれるさ。」
呟き、俺は、さっきまで握っていた最強剣に心の中で別れを告げようとした。
だが、それは俺の前に進み出てきた、2人によって遮られた。
その片方、紅いロングコートのインプは、自分と一緒に進み出てきた水色髪のケットシーに訊ねる。
デュオ「シノン、距離は?」
シノン「――――だいたい200mってとこ。」
デュオ「ならいけるな。」
デュオはそれだけ言うと、何の躊躇いも無くトンキーから飛び降りた。
キリト&リズベット&クライン&ガッシュ&シノン『デュオ・・・っ!?』
アスナ&エルフィー『デュオくん・・・っ!?』
シリカ「デュオさん・・・!?」
突然のことに驚いた俺たちは、一斉に下を覗き込む。
落下する金の光を、それ以上の速さで落下する紅い影が追う。
そして、紅い影と黄金の光が重なった次の瞬間。
デュオ「ちゃんと受け取れよ!!」
という叫び声が響き、同時に下から手放したばかりの聖剣が凄まじい勢いで回転しながら戻ってきた。
あまりの勢いに俺たちの前を通過しそうになった長剣を、慌てて?むと、それに引っ張られるようにして後ろに倒れこんだ。
永久の別れを告げたはずの伝説武器が、手元に戻ってきたのだ。
あまりの衝撃に一瞬思考が停止したが、飛び降りてしまったデュオのことを思い出して、視線を剣からデュオの方に戻す。
すると、俺の視界に驚くべき光景が飛び込んできた。
なんとデュオは、落下してくる氷塊の上を走り、次々と飛び移ってこちらに上がってくる。
これには、この場にいた全員が言葉を失い、目を丸くするしかなかった。
十数秒後、俺たちのいる地点から約2m下まで来たデュオが、氷塊の上からジャンプする。
デュオ「たっだいまー!!」
そう叫びながら、聖剣を取り戻して下さった英雄様が俺たちの前に帰還した。
一同『でゅ・・・でゅ・・・でゅ・・・』
10人とユイの声が、完全に同期して投げかけられた。
一同『デュオさん、何者――――!?』
全員の驚愕の声に、「悪者。」とだけ答えると、ハッカ味の煙草を取り出して咥え、ふぅっと一服。
すると、それを待っていたかのように、トンキーが長く尾を引く啼き声を放ち、8枚の翼を打ち鳴らして上昇を始める。
つられるように上空を見ると、今回のクエストで恐らく最大最後のスペクタクル・シーンが今まさに開始されるところだった。
地底世界ヨツンヘイムの天蓋中央に深々と突き刺さっていたスリュムヘイム城が、ついに丸ごと落下しはじめたのだ。
下部はもう跡形もなく崩壊しているが、それでも全体のフォルムは保たれている。
今まで、逆さまのピラミッドと見えていた城は、上部にまったく同サイズの構造体を隠していたようだ。
つまり、総体では、エクスキャリバーの眠っていた玄室と同じ正八面体ということになる。
氷の巨城は遠雷のような轟音を響かせながら、真下へ墜落していく。
リズベット「・・・あのダンジョン、あたしたちが一回冒険しただけでなくなっちゃうんだね・・・」
しだいに崩壊の激しさを増していくスリュムヘイム城を見ながら言うリズに、シリカがピナをぎゅうっと抱いたまま相づちを打つ。
シリカ「ちょっと、もったいないですよね。行ってない部屋とかいっぱいあったのに・・・」
ユイ「マップ踏破率は、37.2%でした。」
俺の頭に乗ったままのユイも、実に残念そうな声で補足する。
エルフィー「そんなちょっとしか、行ってなかったんだ。」
ガッシュ「レジェンダリーを2つも手に入れたんだ。これ以上言うのは、贅沢ってもんだろ。」
クライン「かもなァ。でも、ま、楽しかったぜオレは。」
両手を腰に当て、クラインが頷く。
直後、何かを思い出したように奇妙な声を出したが、クラインが何か言う前に、スリュムヘイム城の断末魔とも思える大音響が響き、周りの音を掻き消した。
遊弋するトンキーの背中から、手を伸ばせば届きそうな距離を巨大な氷塊群が崩れ落ちていく。
それらは直下の大穴【グレート・ボイド】に呑み込まれ、無限の闇に消える。
・・・いや、そうではない。
穴の底に、きらきらと青く揺れる光が見える。
あれは、水、水面だ。
底なしと思われたボイドの奥深くから、先ほどとは別種の轟きを生みながら、大量の水が迫り上がってくる。
まだまだ大量に落ちてくる氷は全てその水面に没し、即座に溶けて一体化する。
シノン「あっ・・・上!」
突然シノンが、右手を上げた。
反射的に振り仰ぐと、またしても途轍もない光景が眼に飛び込んだ。
天蓋近くまで萎縮していた世界樹の根が、スリュムヘイムの消滅に伴って解放され、生き物のように大きく揺れ動きながら太さを増していくのだ。
互いに寄り集まり、何かを求めるようが如く真下へと突進する。
そして、それらはかつてのグレート・ボイドを満たす清らかな水面に吸い込まれると、大波を立てて放射状に広がる。
たちまち広大な水面を編み目のように覆い、先端は岸まで達する。
その光景は、女王ウルズが見せてくれた幻とうり二つだ。
ようやく動きを止めた世界樹の巨大な根から、歓喜のような何らかの波動が強く発せられる。
アスナ「見て・・・根から、芽が。」
囁くようなアスナの言葉に眼を凝らすと、たしかに四方八方に広がる根のそこかしこから、大木サイズの若芽が立ち上がり、黄緑色の葉を次々に広げた。
その時、風が吹いた。
それは、今までヨツンヘイムに吹き荒れていた、骨まで凍るような木枯らしではなく、春の訪れを告げるような暖かなそよ風。
同時に、世界全体の光量が数倍に増す。
もう一度、上空を仰ぐと、ずっとおぼろに灯っていただけの水晶群が、それぞれ小さな小さな太陽になってしまったかの如き強い白光を振り撒いている。
長い時を経て訪れた春が、それまで世界を包んでいた根雪や氷を溶かし、黒々と濡れた地面に次々と新緑を芽吹かせる。
各所に建築されていた、人型邪神の砦や城は、たちまち緑に覆われ廃墟へと朽ちる。
トンキー「くおおぉぉ――――ん・・・」
突然、トンキーが8枚の翼と広い耳、更に鼻までもいっぱいに持ち上げ、高らかな遠吠えを響かせた。
数秒後、世界の各所から、トンキーの仲間のものと思わしき返事が、こだまのように戻ってくる。
直後、あちらこちらにある水辺から現れたのは、多種多様な動物型邪神たちだった。
地面や水面から止めど無く出現し、フィールドを闊歩し始める彼らは、この美しい緑野ではもう邪神ではない。
風と緑と日差しを享受する、穏やかな住人でしかなかった。
いつの間にかトンキーは高度を下げていて、原野で固まって立ち尽くしているレイドパーティーが小さく確認できる。
すると、不意にリーファがぺたりと座り込む。
そのまま、トンキーの広い背中に生えるさらさらした白い毛を撫で、囁きかける。
リーファ「・・・よかった。よかったね、トンキー。ほら、友達がいっぱいいるよ。あそこも・・・あそこにも、あんなに沢山・・・」」
その頬に、ぽろぽろと零れる水滴を見て、朴念仁の俺ですら胸に込み上げてくるものがあった。
すぐにシリカがリーファを抱くようにしゃくり上げ始め、アスナやリズ、エルフィーも目元を拭う。
腕組みしたクラインが顔を隠すようにソッポを向き、シノンですらも何度も瞬きを繰り返す。
頭に乗っていたユイも、俺の上から飛び上がり、アスナの肩に着地すると髪に顔を埋めた。
誰から教わったのか、ユイは最近俺に泣き顔を見せるのを嫌がるのだ。
そして、デュオはハッカ草を咥えたまま満足そうに微笑み、ガッシュは手を頭の後ろに組んで満面の笑みを浮かべている。
2人とも、こういうことには大抵無頓着なのだが、今回ばかりは違うようだ。
その時、声が聞こえた。
?「見事に、成し遂げてくれましたね。」
顔を正面に向けると、トンキーの頭の向こうに、金色の光をまとった人影が浮いていた。
2時間ほど前に会ったばかりなのに、最早懐かしく思えるその姿は、間違いなく今回のクエストの依頼主、【湖の女王ウルズ】である。
だが今回は、前回のように透き通ってはいない明らかな実体だ。
不思議な青緑色の瞳を穏やかに細め、ウルズは再び唇を開いた。
ウルズ「《全ての鉄と木を斬る剣》エクスキャリバーを取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた【霊根】は母の元に還りました。木の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなたたちのお陰です。」
キリト「いや・・・そんな。スリュムは、トールの助けがなかったら到底倒せなかったと思うし・・・」
俺の言葉に、ウルズはそっと頷いた。
ウルズ「かの雷神の力は、私も感じました。ですが・・・気をつけなさい、妖精たちよ。彼らアース神族は、霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない・・・」
リーファ「あの・・・スリュムもそんなことを言っていましたが、それは、どういう・・・?」
涙を拭いて立ち上がったリーファが訊ねるが、その質問はカーディナルの自動応答エンジンに認識され無かったのか、ウルズは無言のままわずかに高度を上げた。
ウルズ「――――私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです。」
ウルズがそういうと、彼女の右側が水面のように揺れ、人影が現れる。
姉よりやや小さめの優美な女性だ。
?「私の名は【ベルザンディ】。ありがとう、妖精の剣士たち。もう1度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう・・・」
甘い声でそう囁きかけると、ベルザンディはふわりとしなやかな右手を振った。
途端、俺たちの目の前にアイテムやユルド貨が滝のように落下し、俺たちのテンポラリ・ストレージに流れ込んで消える。
更に、今度はウルズの左側にもつむじ風が巻き起こり、3つ目のシルエットが出現。
こちらは、他の2人とは打って変わって鎧兜姿だ。
ヘルメットの左右とブーツの側面から、長い翼が伸びている。
金髪は細く束ねられ、美しくも勇ましい顔の左右で揺れている。
そして何より、この3人目には、驚くべき特徴があった。
身長が長姉のウルズの半分ほど、つまり俺たちと同じ、妖精サイズだということだ。
?「我が名は【スクルド】!礼を言おう、戦士たちよ!」
凛と張った声で短く叫び、スクルドもまた大きく手をかざした。
再度、報酬の滝が俺たちのストレージに降り注ぐ。
ついに、容量が限界に近いという警告メッセージが、俺の視界右側に表示される。
妹2人が退き、もう1度ウルズが進み出た。
ウルズ「――――私からは、その剣とこれを授けましょう。」
ウルズの言葉とともに出現したのは、俺の手にあるエクスキャリバーに酷似した長剣、【偽剣 カリバーン】である。
スィアチが本物と偽って報酬に提示していたという偽物の聖剣は、ゆっくりとデュオの手に収まった。
ウルズ「それらの剣は、ゆめゆめ【ウルズの泉】には投げ込まぬように。」
キリト「は、はい、しません。」
子供のように俺が頷くと、俺の抱える聖剣とデュオの持つ偽剣が、その重さとともに姿を消し、俺たちのストレージに格納される。
ここで叫ぶほど、お子様ではないが、一瞬右拳を握るくらいのリアクションは許してもらおう。
3人の乙女は、ふわりと距離を取り、声を揃えて言った。
3人の乙女『ありがとう、妖精たち。また会いましょう。』
同時に視界中央に、凝ったフォントによるシステムメッセージが表示され、クエストの終了を告げる。
その一文が薄れると、3人は身を翻した。
そして飛び去ろうとした時、後ろから飛び出してきたクラインが叫んだ。
クライン「すっ、すすスクルドさん!連絡先をぉぉ!」
――――――――お前、フレイヤさんはどうしたんだよ!!
――――――――NPCがメルアドなんてくれるわけないだろ!!
どちらで突っ込んでいいか判らず、俺がフリーズしていると、予想外の事態が起こった。
姉二人は素っ気なく消えてしまったのに、スクルドさんはくるりと振り向くと、気のせいか面白がるような表情を作り、もう一度小さく手を振った。
何かキラキラした物が宙を流れて、クラインの手にすぽりと飛び込んだ。
今度こそスクルドさんも飛び去り、トンキーの上には沈黙と微風だけが残される。
やがて、リズが小刻みに首を振りながら囁いた。
リズベット「クライン。あたし今、あんたのこと、心の底から尊敬してる」
俺も全く同感だった。
ともあれ――――――――
2025年12月28日の朝に突発的に始まった俺たちの大冒険は、お昼を少し回ったところで終了した。
キリト「・・・あのさ、この後、打ち上げ兼忘年会でもどう?」
俺の提案に、さすがに少し疲れた様子のアスナがほわんと笑い、言った。
アスナ「賛成」
ユイ「賛成です!」
その肩で、ユイがまっすぐ右手を上げた。
他のメンバーも、全員賛成のようだった。
キリト「じゃあ、場所はどうするか・・・」
ALOの中、アインクラッド二十二層の家なら、今回のクエストで大活躍してくれたユイも100%参加できる。
しかし、アスナが29日から1週間京都にある父方の本家に滞在するため、今日を逃すと年内にはアスナとリアルで会うことはできない。
そんな俺の気持ちを汲んで、ユイが「リアルで!」と言ってくれたため、午後3時から御徒町の【ダイシー・カフェ】にて、ということになった。
トンキーに世界樹の根に続く階段まで送ってもらうと、地上のアルンまで長い階段を駆け上がり、宿屋でログアウトした。
説明 | ||
原作とはちょっと違った、回収を行います。 | ||
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コメント | ||
魅沙祈さんへ 意味は違いますが、2人とも尊敬できますね。(やぎすけ) 『悪者』って……デュオさんカッコいい!……クライン……(尊敬の眼差し)(魅沙祈) 本郷 刃さんへ 彼はキリトたちの味方であって正義の味方ではないので、自称は悪者になっていますw クラインにつきましては、流石としか言えませんね・・・w(やぎすけ) 自称『悪者』なデュオがカッコイイですね、さすがというかなんといいますかw クライン、自分もアンタを尊敬するよ・・・w(本郷 刃) |
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