魔法少女大戦 2話 静寂 |
2話 静寂
「……ただいま」
「あ、お帰りなさい。お兄ちゃん」
恭はその日一日落ちつかず、お世辞にも良い日と言うわけでは無かった。部活でも盛大にヘマをやらかし最高にブルーだったようで、重い足取りのまま帰宅したのだった。
家に帰って居間に顔を出すと、3つ下の妹、涼(りょう)が迎えてくれた。現在中学二年生、才色兼備で彼氏もいるらしい。ピンク色のパーカーを着て下は扇情的なミニスカと黒のニーソックス、誰も居るわけでもないのにパーカーのフードを被っている。そんな部屋着にするには少し力の入れ具合がおかしい恰好で、居間の卓袱台に教材を広げ数学の問題を解いていた。
「ご飯にする? 先にお風呂入る?」
「あー……風呂にする」
わかった、と軽く言い彼女は厨房に歩いていく。恭がいつ帰ってきてもいいように料理の下準備をしてくれているのはいつもの事なので、彼も時間を無駄にしないためにも先に着替えを一式手に取り風呂へと向かった。
あまり食が進まないのだ。昼間の弁当も殆ど喉を通らなかった(ちなみに弁当は妹が作っており、残して帰ると彼女が悲しむから捨てようとしたら璃音が横から来て全部食べて行った)し、今もそこまで変わらない。気休め程度にしかならないかもしれないが、風呂に入って身体を休めれば多少なりとも食欲が出るかもと判断してのことだった。
せいぜい160cm程度しかない恭だったが、そんな彼にも狭すぎるほどに真田家の浴槽は小さかった。その為足を曲げ体操座りで入浴する。たまには足を真っ直ぐにのばして湯船につかりたいのだが、そう贅沢も言っていられない。
某鳥の行水と言われない程度に(妹はそう言う事にうるさい、あと早くあがりすぎると料理を作り終わっていない妹が申し訳なさそうにする)入浴を済ませて居間に戻ると、夕食の準備が出来ていた。今日の夕食のメインはチキン南蛮だった。確かに焼けば出来る料理だが、大層時間をかけて下準備をしてくれたのだろう。
「いただきます」
「いただきます」
真田家の夕食は専ら兄妹の二人でとるのが一般的になっている。両親は帰りが遅い、最初は食費を親が置いて行っていたのだが妹がかなり前から独学で料理を学び、いつしかこの形態になったのだった。恭が部活を出来るのも彼女が放課後に部活をしたい衝動を堪えて家事全般をやってくれているからで、妹には全くと言っていいほど頭が上がらない兄なのだった。
「お兄ちゃん、美味しい?」
「うん、旨いよ……でもこれ、難しかったんじゃないのか?」
「簡単だよ、時間がかかるだけで。それに時間かかるって言っても、漬け込むだけだし。その間に他の事を一通りやっちゃえるから」
「いつもお疲れさん。涼は良い奥さんになるよ」
「そんな先の事を……0−257が笑うよ?」
「食中り(あたり)な、それ。あと157だ」
淡々と会話を交わしながら食事を進めていく。そのうち無音が寂しいからと涼がテレビをつけた。ニュースだ、どっかの家が火災に見舞われたらしい。
「見て見てお兄ちゃん、これうちの市内だよ」
「ん、マジで? ……って、終わったじゃんか」
「ご、ごめんなさい……でも、火災の原因って何なんだろうね。これ、深夜でしょ?」
「そうなのか……深夜、ねぇ」
見ようとしたらニュースのコーナーが移ってしまったので分からなかったが、妹曰くそう言う事なのだろう。その為、放火と言う線で検察の方も動いているのだとか。
物騒な話だなと思いながらも、恭と涼はおかずを口へ運ぶ。慎ましく作った兄妹の食卓は20分もすれば完食してしまえるほどだった。
「あ、片付けは俺がやるよ」
「うん、お願い」
と言っても片付けるのは肉を焼くのに使ったフライパンと食器だけなのだが(下味をつけたりする際に使ったものは全部涼が片付けている)。食器を水にくぐらせ、スポンジを使い洗っていく。
「じゃあ、私はお風呂入るね」
「ああ、そうしてくれ」
「お兄ちゃん……今週末、お母さんとお父さんと旅行に行く話なんだけd」
「悪い、部活と課題でちょっと余裕がないんだ」
「……そ、そうだよね。ごめんね、お兄ちゃんは忙しいよね……」
有無を言わさぬ物言いで、恭はその言葉を制す。そしてそのまま何事も無かったかのように食器洗いに戻った。涼の哀しげな顔が脳裏に焼きつく。しかし真田家の事情からしてそれは叶わない。
真田家は非常に不安定な状況にある。恭と涼は血が繋がっていないのだ。恭の本当の母親は恭が幼い頃に失踪しており、今の母親と血の繋がりは無い。加えて、今の母親の子が涼だ。恭の父と涼の母が互いに再婚した構図になる。
そして恭は失踪した母親に非常によく似ており、涼は今の母親にとても良く似ているのだ。血のつながりがあるのだから当然かもしれないが、両親ではなくほぼ片親のみが遺伝したくらいの似具合だった。
父は弱く(ヘタレと言う言葉すら生温い、何故結婚したのか分からないくらいの力関係だった)、夫婦の主導権は母が握っていた。母は自分に似た涼を溺愛し、どことも知らない女に似ている恭を徹底的に毛嫌いした。
母は恭と一緒に旅行などしたくないだろう。そして父の立場があってないような物であるが故、それを大っぴらに言える。父がそれを反対するはずもない、彼は母の傀儡でしかないのだから。
だからどんなに土日が暇であれ、その旅行に恭がついて行くわけにはいかなかったのだ。今だってあの両親は何をしているか分かったものではないが、それを推し測るような暇は兄妹には無かった。
幼い頃から涼は恭を病的なほどに愛し、それが母の暴力を加速させた。恭はそれを黙って耐え、涼の兄への依存はより深まって行った。ただの悪循環だ、しかしそれを止めるための楔が真田家には一つとして存在しなかったのである。
チャリン、物悲しい音が居間に響く。小銭を貯金箱に落とす音だ。涼は日々の買い物のお釣りをそうやって貯金している。ちなみに食費を置いて行くと言う話だったが、それは明言されていないとはいえ恐らく涼1人分のお金なのだろう。恭は小遣いを貰っていない。学費とその他諸経費、部費くらいで、お釣りが出れば御慰み。涼が自炊を覚えて食費を浮かそうとしたのもこの辺りに起因している。
説明 | ||
こんな妹が欲しいです。あとこの兄妹の関係ってそんなに複雑ではないと思うのですが、分かりますかね? 恭を連れた父と涼を連れた母が再婚した形です。 | ||
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