とある 白井黒子のハロウィン |
とある 白井黒子のハロウィン
10月31日午後3時30分。
白井黒子はジャッジメントのパトロールがてら第七学区の公園内を見回っていた。
すると公園の片隅でツンツン頭の学ラン少年が幼い少女を前にして弱った表情を浮かべている場面を発見した。
「あら……あの殿方はお姉さまに付き纏っている類人猿さんではございませんの」
黒子の脳裏には上条当麻という固有名詞がきちんと登録されている。
けれど、当麻は彼女が慕う御坂美琴に非常に強い影響力を及ぼす。
もっと言えば美琴は当麻に惚れている。
言わば当麻は黒子にとっては恋のライバルに等しい存在だった。
だから名前で呼ぶことには強い抵抗があった。
「まったく、また厄介ごとに首を突っ込んでいるのでしょうかね」
歩みを当麻と幼い少女の方へと向け直す。
上条当麻のことは気に入らない。けれどだからといってジャッジメントの仕事を疎かにする気には絶対にならない。
黒子は自分がジャッジメントであることに強い誇りを抱いていた。
そしてジャッジメントの目線で見た場合、学園都市を数々の危機から救ってきた当麻を評価しないわけにはいかなかった。
むしろ尊敬の対象だった。
そんなわけで黒子にとって当麻という少年は何とも複雑な思いを抱かせる対象だった。
「さて、今回はどんな厄介事に首を突っ込んでいるのやら?」
黒子は2人の側までやって来た。
けれど当麻と少女は黒子の存在に気付かない。
「えっと……それじゃあ君は、ハロウィン用にお母さんからもらったお菓子をなくしてしまったと」
「うん。だからね…とりっくおあとりーとって言われたら悪戯されちゃうのぉ。え〜ん」
少女は当麻と話すほどに大粒の涙を流していく。
「ハロウィンとかトリック何とかって一体何なんだ? この場合、どうしたら良いんだ?」
泣きじゃくる幼い少女に対して当麻は困り果てていた。
「何で貴方はハロウィンも知らないんですの?」
黒子が冷めた声で当麻に呼び掛けた。
「うおっ!? びっくりした!」
当麻が驚いて飛び上がった。
「なんだ、白井か。驚かせないでくれよ」
当麻は黒子の顔を見て安堵の息を吐き出した。
「まったく、学園都市を何度も救ってきたヒーローがこんなことで驚かないで欲しいですの」
黒子も呆れの息を吐き出す。
この少年が本当に何度もこの都市の危機を救ってきたのか今の姿だけ見ていると疑わしく思える。
「それより白井に聞きたいことがあるんだけど」
「ハロウィンとトリックorトリートについてですの?」
「ああ、そうだ。俺はどうも世俗に疎くてな」
当麻は苦笑いを浮かべてみせた。そんな当麻を見ると溜め息を漏らさずにはいられない。
「貴方のような類人猿にも分かるように説明しますと……」
類人猿という単語をわざと強調する。
当麻はその単語を既に聞き慣れてしまっているのか特に反応を示さない。
それはそれで黒子にとって面白くなかった。
「ハロウィンというのはクリスマスのような外国から入って来たお祭りのことです。トリックorトリートというのは、仮装した人にそう尋ねられたらお菓子を配ってあげないと悪戯されてしまうという一種の余興ですの」
「ああ、お神輿担ぎの参加者の子供にお菓子を配ってあげるのと似たようなもんか」
「ハロウィンは元々ヨーロッパのお祭りでそれを和風テイストされるのはちょっと違和感ですが。まあそんな感じですの」
「なるほどな」
当麻は納得したようだった。
「じゃあ、この子にはお菓子を適当に分け与えてあげれば良いわけだな」
「それが最も手っ取り早く問題を解決する方法でしょうね」
思ったよりも単純な事件だった。
「けど、俺はお菓子を持ってないんだ」
当麻は真剣な表情でそう述べた。
「わたくしもテレポートの邪魔になるのでお菓子の類は持ち歩いておりませんの」
一瞬の重い沈黙。
「そして俺は……さっき財布を落として無一文なんだ」
当麻の表情はこれ以上ないぐらいに真剣だった。
「奇遇ですわね。わたくしもお姉さまに試そうと思ったグへへグッズを買いすぎて現金の持ち合わせがまったくありませんの」
とても長い沈黙。
「一気に大きい問題になったな」
「そうですわね」
とても気まずい雰囲気。
「俺の方は携帯も一緒に落としてしまい土御門達に連絡を取る手段もない。白井の方で御坂にでも連絡を取ってお菓子を準備してもらえないか?」
「お姉さま……」
当麻から美琴の名前が出たことで黒子は急にムッとした。
「このようなことにお姉さまの手を煩わせるなどわたくしの矜持が許せませんの」
美琴と当麻が接触するルートを遮断する。
それは黒子にとって譲れない方針だった。
「じゃあ、どうするんだ?」
「それは……」
黒子はしばらく前のジャッジメント177支部での初春との会話を思い出す。
『お菓子が切れてしまったので、帰りがけに買ってきて下さいませんか?』
『まったく、初春はパトロールを何だと思っているんですの? まっ、仕方ありませんわね』
「ジャッジメント支部もお菓子を切らしているのでした」
補給路を断たれて悩む2人。
「ねえ、お菓子は?」
少女が当麻のズボンと黒子のスカートを引っ張りながら催促してくる。
「そう言えば、俺の家にまだ未開封のお菓子が幾つかあったな」
当麻はパンっと手を叩いた。
「お菓子、あるの?」
少女が嬉しそうな声を出す。
「ああ、俺の家にくればあげるよ」
「その誘い方、まるで幼女を狙う性犯罪者のようですわよ」
黒子は当麻を白い目で見た。
別に当麻にそんな趣味があるとは思っていない。
けれど、その誘い方では誤解されても仕方ないと思った。
「失敬な! じゃあ、どうしろって言うんだよ?」
ムッとした当麻の反論。
黒子はしばらくの間空を見上げて……
「わたくしも一緒に行きますわ。類人猿がやましい気を起こさないよう監視する為に」
同行を申し出た。
ジャッジメントの腕章を付けた自分が付いていくことで当麻への疑いが晴れることも計算に入れながら。
「どこまでも失礼な奴だな、お前は。でも、それで俺への疑いが晴れるならそれで良い」
当麻は面倒臭そうに首を回すとゆっくりと歩き始めた。
少女が当麻のズボンを左手で掴みながら付いていく。
「これもジャッジメントの仕事の一部ですわね」
黒子は少女の右手を繋いで3人並んで歩き出した。
10分ほど歩いて黒子は当麻と少女と共に殺風景な白塗りの学生寮へと到着した。
常盤台の寮に比べて高層であるのは確か。けれど、品位というものが黒子には感じられなかった。
「ここが俺の住んでいる学生寮なんだが……どうする? ここで待っているか?」
当麻は自分だけでお菓子を取ってくるか尋ねてきた。
一方で黒子は目を左右に向けながら様々な男子学生が自分と少女を見ていることに気付いた。
「わたくし達も一緒に行きますわ。ここで待っていると見世物にされた気分ですので」
黒子は少女の手を繋いだまま当麻よりも先行するように歩いていく。
「俺の部屋は7階だから」
黒子は学生寮を見上げる。7階に目標を定め……少女と当麻もろとも一瞬でテレポートしてみせた。
黒子の目の前に広がるのは無機質を強調するような同じ玄関扉がずらっと並んでいる。
テレポートは成功だった。
「なるほど。魔力を発動させていないこの子が上条さんのズボンを掴んでいたおかげで右手の力が発動されることなくテレポートに成功したと」
「テレポートなんかしたら余計目立つからな! さっさと家の中に逃げるぞ」
当麻は下の騒ぎを確認しながらさっさと動き出した。
「おっじゃましま〜す」
当麻が開けた玄関扉の中へと少女が物珍しそうに元気に入っていく。
「お邪魔……しますの」
一方で黒子は非常にオドオドしながらぎこちなく当麻の家の中へと入っていく。
考えてみれば男の家に招待されて上がるのは生まれて初めてのことだった。
ジャッジメントの捜査では何度か男子学生の部屋に押し入ったことはある。
けれど成り行きとはいえ、知り合いの男子高校生の部屋に入るという行為は未知の体験だった。
無性な息苦しさを感じている。
「どうした白井? 急に固くなっちゃって?」
当麻はまるで黒子の動揺の意味を理解していない。それが腹立たしかった。
「類人猿に人類の悩みが理解できる筈がありませんわ」
黒子は素っ気なく答えながら家の中に上がっていった。
「あらっ。意外と片付いてますのね」
部屋の中は思いのほか片付いていた。
「フッフ〜ン。上条さんはとても綺麗好きなナイスガイなのですよ」
「まあこの部屋には片付けるほどの私物もないようですが」
部屋の中を見渡す。
モデルルームのように生活感を感じさせないさっぱりとした部屋だった。
当麻らしくもあり、面白みのない部屋でもあった。
エロ本の1冊でもみつけて慌てさせようかとも考えた。
でも、初めて案内された男の部屋でそんなことをするのは無粋だとも思った。
自分は仮りにも常盤台中学の生徒なのだから。
「それで、それで、お菓子はどこ?」
少女は当麻の部屋については特に感想を抱かずにお菓子の行方が気になっているようだった。まだ子供だから当然のことかも知れなかった。
「ああ、お菓子なら部屋の隅にあるダンボールに……」
当麻がベランダへと続く壁の隅を見たその時だった。
「上や〜〜〜んっ! ツインテールな常盤台中学のロリっ娘と真正ロリロリっ娘を部屋に連れ込んだって本当なんか〜〜〜〜っ!?」
青い髪をした狼男の仮装をした変態が黒子たちの前に突然現れた。
「青髪ピアスっ!? 何故パン屋に住み込みのお前がここにいるんだ?」
乱入してきた男は当麻の知り合いのようだった。
「そんなん、上やんがロリっ娘を2人も部屋に連れ込んだって情報を入手したからに決まってるやないですか♪ この鬼畜♪ U―15にしか反応しない性犯罪者♪」
「それはお前の方だろうが!」
黒子は頭が痛くなった。
少女と当麻の潔白を証明する為に自分が一緒にここまで付いてきた。なのに、自分までそういう対象に見られていたとは。
もし美琴に今回の件が知られたらと思うと面倒くさくて堪らなかった。
「まあ、僕は鬼畜な上やんと違って紳士やから、2人とお友達になれればええんやねん。さあ、お兄さんとまずはおてて繋いで交換日記することから始めまほうか♪」
「お前の方がよっぽど犯罪者じみてるっての!」
黒子は乱入狼男を見ながらどこかに吹き飛ばしてしまうか考え始めていた。
「おっと、今日はハロウィンやのにこないな誘い方は良くないな。ちゃんと手順に則らな」
「則るってまさか……」
当麻が冷や汗を掻く。そしてその冷や汗の意味に黒子が気付いた時だった。
「さあ、そっちのロリロリのお嬢ちゃんから先に…トリックorトリートや〜〜♪」
青髪は少女に向けて気持ち悪いほどの満面の笑みを浮かべながら問いを発してしまった。
この家にはお菓子がある。
けれど少女の手にはまだお菓子がない。
それは即ち……。
「うっ、うっ、うわぁあああああああああああんっ!!」
少女が泣き出してしまう事態を引き起こしてしまった。
「まったく、せっかくここまで来たのにっ!」
黒子が苛立ちを隠そうとせずに鉄串を1本構える。
けれども青髪はここで予想外の行動に打って出た。
「僕は狼男。可愛い子ちゃんを泣かせるのが存在意義。そっちのロリツインテールちゃんもトリックorトリートやでぇ〜〜っ!!」
黒子に向かって襲いかかって来たのだった。
予想外の行動に黒子の対応が遅れる。
そして──
「この殿方、気持ち悪くて演算に集中できませんわっ!?」
生理的嫌悪感が次から次へと無意識に湧き出てテレポートに必要な演算を邪魔する。
高度な能力であるほど複雑な演算を要する。
黒子は青髪への嫌悪感によってピンチに陥っていた。
「さあ、常盤台のお嬢は〜ん。僕とハグしようやないか〜〜♪」
青髪が大きく跳躍した。
自分より遥かに大きな身長のあの男に勢いをつけて抱きつかれればどうなるか。
考えるだけでも恐ろしかった。
けれど、その警戒本能とは全く逆に黒子の演算は全く機能できていなかった。
「ひぃいいいいいいぃっ!?」
目を瞑って変態に抱きつかれる絶望に備える。
もう美琴の元にお嫁にいけなくなるかも知れない。
そんなことを考えながらインパクトの瞬間を待つ。
けれど、その瞬間はいつまで待ってもやって来ない。
恐る恐る目を開いてみる。
すると──
「青髪ピアス……白井が嫌がっているのに抱きつくのは良くないぜ」
鋭い表情をした当麻が青髪の突進を正面で受けながら止めていた。
「上やんといえども、ロリっ娘萌えの神をこの身に宿した僕を止められる思うのは間違いやで」
ニヤッと笑ってみせる青髪。
「なら、俺を倒して白井に触れるというそのお前のふざけた幻想を……俺がぶち殺してやるよ!」
ゾクゾクするほどの厳しい視線で青髪を打って迎える当麻。
その表情は黒子があまり見たことがないもの。けれどその真剣な顔がもたらした結果は誰よりもよく知っている当麻の戦闘用フェイス。
そしてその真剣な表情で守られているのは自分。
心臓が大きく爆ぜた。
「…………なるほど。これはお姉さまが惚れてしまうのも仕方ないのかも知れませんわね」
黒子は自分の心が僅かに揺らいだのを自覚しながら溜め息を吐いた。
格好良い男に守られたい。
そんな少女なら誰でも一度は思い描く願望を見事に体現しているのが今の当麻だった。
そういう乙女願望が強い美琴なら惚れてしまうのも無理がないと思った。
「上やんっ! 勝負や〜〜っ!!」
「望む所だ、青髪ピアス〜〜っ!!」
2人の拳が交わりあい
「ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ、ロリッ!!」
「そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶ、そげぶっ!!」
そして──
「グッはぁああああああああああああぁっ!!」
青髪ピアスが玄関の外まで吹き飛ばされた。
「てめぇの敗因は……たった1つだぜ……青髪ピアス……。とてもシンプルな答えだ。てめぇは……俺を怒らせたっ!!」
当麻は真剣な瞳を維持したまま己の勝利要因を玄関の外で伸びている青髪に語ってみせた。
「わ〜お兄ちゃん、格好良い♪」
泣いていた少女が当麻を見ながら瞳を輝かせている。少女にとっては当麻の行いはヒーローショーにおけるヒーローの振る舞いそのものに見えているのかも知れない。
そしてそれは黒子にとっても同じかも知れなかった。
「おっと、お菓子だったな」
当麻は瞬時にいつもの冴えない表情に戻って部屋の隅に置いてある段ボール箱を開けてみる。
中には米や缶詰と共にお菓子の箱が幾つか見えていた。
「はいよっ、ポッチー。それからきのこたけのこの山里、ついでにこのキャンディーも持っていけって」
当麻はお菓子を袋に入れて少女に手渡した。
「ありがとう♪」
やっと少女は満面の笑みを見せてくれたのだった。
「さて、どうやらこれで問題は解決したようですわね」
黒子は少女がお菓子を手に入れたことで問題が解決したと理解した。
なので後はもうパトロールに復帰するだけだった。
「ではわたくしはそろそろ」
お暇致しますと続けようとした時だった。
少女にスカートを引っ張られた。
「何ですの?」
少女へと顔を向けながら尋ね返す。
「お姉ちゃん。とりっくおあとり〜と♪」
少女は楽しそうに尋ねてきた。
「えっ?」
黒子は菓子を持っていない。だからこそ当麻の家までやって来た。
それを考えれば少女の問いに対する黒子の答えは一つしかなかった。
「残念ながらお菓子は持っておりませんのよ」
「なら、悪戯だね♪」
少女が楽しそうに語りかける。
「まっ、そうなりますわね」
小さな子供のすることだから大したことはないとは思っている。
けれど、一体何をされるのか分からないので心配でもあった。
すると少女は予想外の行動に出た。
少女は黒子の背中に回り
「えいっ!」
その背中を思い切り押したのだった。
「はへっ?」
突然の行動にバランスを崩し前のめりになって進んでいく黒子。
「財布がないから、この送られてきた米と缶詰だけで2週間は暮らさないといけないわけか……不幸だ」
しゃがみ込んでダンボール箱の中身を再確認しながら不幸に浸る当麻へと突っ込んでいく。
「ど、退いて、退いて下さいですの〜〜っ!?」
「へっ?」
黒子が体勢を支えきれずに倒れ込むのと当麻が声に釣られて振り返るのはほぼ同時だった。
「「あっ!?」」
当麻に覆いかぶさる形となった黒子。その際に彼女の唇が当麻の唇と重なってしまった。
それはキスというよりも歯と歯のぶつかりあいと言った方がより実態に近かった。
けれど意味から言えばそれはキスに間違いなかった。
そして黒子が当麻を押し倒す形となってもつれてしまった為にその状態を長時間味わう羽目になった。
「「…………っ」」
2人の顔が離れた後もとても気まずい空気が室内に漂っていた。
但し、気まずさの意味は当麻と黒子ではだいぶ異なっていたが。
「……ど、どうしたら良いんですの? 黒子のファーストキスの相手があの類人猿だなんて……。しかも後ろから押されたとはいえ、自分からキスする形になるなんて」
唇を押さえながら茫然自失。
普段は冷静沈着で通っているとはいえ黒子はまだ中学1年生の少女。しかも人生で初となる戸惑わないわけがなかった。
「えへへ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人同士なんでしょ? だからえへへ」
そして少女は自らの悪戯を誇っている。良いことをしたと信じきっている。怒るわけにもいかなかった。そもそも何を怒るべきなのか混乱して分からない。
「あの、白井……」
当麻が戸惑いながら声を掛けてきた。
当麻自身どう反応すれば良いのか分からないようだった。
「貴方は素直に喜べば良いんじゃございませんの? こんな美少女とキスできる機会なんて生涯で二度とないでしょうし」
内心の動揺を隠すために必要以上に素っ気なくしかも傲慢に述べる。
でも、当麻の顔を見ることはできなかった。動揺を隠し通せる自信がまるでなかったから。
「わたくしは類人猿にでも噛まれたと思って忘れることにしますわ」
更に素っ気なく答える。
けれど、言葉とは裏腹に忘れられるわけがなかった。
今の黒子は当麻のことを意識し始めてしまっているのだから。
キスをしてしまったことで、当麻のことが気になる男性というカテゴリーからどうしても外せなくなってしまっていた。
「白井は……それで良いのかよ?」
当麻が立ち上がって黒子の肩を掴んできた。
「女の子にとってキスってのは、しかも初めてのキスってのは大事なもんじゃないのか? 簡単に忘れてしまえるようなものなのかよっ!」
熱い口調と瞳で黒子に訴えかけてくる。
でも、その訴えが真剣であるからこそ黒子にとっては耐え難い苦痛となった。
「じゃあ、どうしろと言うのですの? あのキスをなかったことにはできないのですわ。なら、あのキスの意味を軽くするしかありませんじゃないの!」
当麻を睨みつけながら反論する。
キスの意味を軽くするなんて実際にはできない。それが分かっていながら黒子はそう答えるしかなかった。
「そ、それは…」
当麻は何も返答できないでいる。どうやら明確な答えをもって訴えかけていたわけではないようだった。
そんな当麻の顔を黒子はジッと観察する。自分より頭1つ分大きい年上の少年の顔を。
その少年の唇に焦点が合う。先ほど自分の唇と重なったその乾いて見える唇に。
黒子はその唇から何故か目が離せなかった。
そしてその唇の乾きがとても気になった。
「トリックorトリートですの」
黒子は唐突に声を発していた。
「えっ? 何だ、突然?」
突然の問いに当麻は戸惑っている。
その瞬間を逃さずに黒子は言葉を続けた。
「答えられないのですわね。なら、そのふざけたお顔に悪戯決行ですわ」
そう言って黒子はつま先立ちになって素早く当麻の首の後ろに手を回し……少年の乾いた唇にキスをした。
心の中で5を数えてからゆっくりと唇を離す。
「あの、白井…」
当麻は目を丸くして驚いている。
「乾いた唇が見苦しかったので、わたくしの唇で潤してやりましたわ」
自分の行動をそう評価する。
「まあ、思う所は多々ありますが、これで先ほどと今のキスはわたくしが自分の意思で行ったものと整理をつけることができましたの。万事解決ですわ」
黒子はちょっとだけ笑ってみせた。
「そっか。強いんだな、白井は」
当麻は素直に賞賛を表した。
「当たり前ですの。強くなければジャッジメントは務まりませんのよ」
黒子は自分の心の中を温かいものがいっぱいに占められていることに気付いた。
その温かいものをくれたのが目の前の少年であることも。
「なら、その強さを俺にも分けてくれないか?」
「それは構いませんがどうやって?」
「こうやって、だよ」
当麻は肩に置いていた両手を腰に回して黒子にキスをした。
当麻の方からは初めてのキスを受けながら黒子は目を瞑って体の力を抜く。
少女の情操教育に良くないと心の片隅で思いつつ今という瞬間の心地よさに身を委ねていた。
当麻が唇を離していくのをとても惜しく感じた。
「これで、この3度のキスは俺の意思でもあることになったな」
当麻は少しだけ照れ臭そうに、けれど満面の笑みを浮かべながら黒子を見ている。
「殿方からのキス。しかも3度も。これは相応の責任を取って頂かないといけませんわね」
言葉こそ厳しいものの黒子も当麻を見ながら笑っていた。
「わあ〜い。恋人だ恋人だぁ」
無邪気に喜ぶ少女。
ハロウィンのこんなサプライズも悪くない。
そんなことを考えながら黒子は当麻と共に少女を自宅に送り届けることにしたのだった。
了
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