俺妹 魔法少女マナミ 激突タナトス・エロス・EXモード |
俺妹 魔法少女マナミ 激突タナトス・エロス・EXモード
「魔法少女あやせさん……行くの?」
千葉県某所。分厚いカーテンが敷かれ一切の光が入ってこない暗闇に包まれた室内にまだ幼い少女の声が響き渡った。
「ええ。お兄さんはわたしのものですから」
返答したのは声を上げた少女よりも若干大人びた声を出す少女だった。
「魔法少女マナミさんは魔法少女と化したビッチさんを倒した実力者だよ。勝算はあるのかなあ?」
幼い少女の声は挑発を含んでいる。
「わたしをあんなブラコンでロリコンな社会不適合者で犯罪者と一緒にしないでください」
少女は任務に失敗した前任者と比較されていることが不快だった。
「それにわたしには……奥の手がありますから」
「なるほど。素でメルル3期みたいなことをしてのけられるのが魔法少女あやせさんの強みだもんね♪」
幼い少女は楽しそうに笑ってみせた。
「できることなら、その前の段階でお姉さんを倒してしまいたいですけどね。まあ、奥の手は用意していますから」
少女もまた笑って返した。
「期待しているよ……タナトス・エロス・EXモードさん♪」
「今日でお兄さんは……わたしのものです」
その声を最後に2人の会話は終わった。
後に残されたのは静寂だけだった。
ゴールデンウィークも後半に差し掛かりちょっと寂しい気配が漂う5月4日。
今日は麻奈実の19回目の誕生日だ。ついこの間まで同級生だったような気がするが、現在俺が高校3年生で麻奈実が大学1年生なのだから実は年上だったのだろう。ということで麻奈実ではなく麻奈姉だったのだ。
俺は麻奈姉に日ごろの感謝を込めて誕生日プレゼントを贈ることにした。一緒にいることが空気みたいに自然だと感じていた麻奈実が実はお姉さんキャラだった。テンション上がるこの事実。そんなこんなで俺は麻奈姉を公園でウキウキしながら待っている。
「きょうちゃ〜ん♪」
麻奈姉が手を振りながら公園へと入ってきた。高校時代に比べて伸びた髪は麻奈姉にすごい色気を感じさせる。
メガネで綺麗なお姉さんが幼馴染って俺、最強じゃね?
熱い魂の迸りが麻奈姉を見ていると胸の奥底から溢れてくる。麻奈実がお姉さんにジョブチェンジするだけでこんなにも燃え上がれるなんて知らなかった。
「麻奈姉〜〜♪」
手を振って麻奈姉を出迎える。
「お待たせしちゃってごめんねぇ〜。着ていく服がなかなか決まらなくてぇ〜」
麻奈姉はすごく女子大生っぽいことを言いながら近付いてくる。高校生の時まではバアちゃんの服を借りて着てたんじゃないのかって思うぐらいに気を使わなかったのに。これが大学デビューというやつなのだろうか?
しかし、何気にチョイスがリクルートスーツであることが麻奈姉の麻奈姉たる所だった。
「どうしてリクルートスーツなんだ?」
これから就活に行くと言われると何の躊躇いもなく納得できる紺のスーツに白いワイシャツ。
「勿論気合を入れた服装にしてみたからだよぉ〜」
「確かに気合を入れる時に着る服であるのは確かだな……」
気合入れないと就職先は見つからないから間違っているとは言えない。でも、今日は麻奈姉の誕生日だろ。そんな風に絡まった方向に気合入れてどうするんだっての。
「きょうちゃんにはわたしが何でこんなに気合入れてるのか分かってないみたいだねぇ」
麻奈姉は大きくため息を吐いた。
「……きょうちゃんが18歳でわたしが19歳だからぁ、きょうちゃん次第でわたしはもういつでも就職できるんだけどなあ」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
「きょうちゃんは昔から変わらずに鈍感さんだなあって思っていただけだよぉ」
麻奈姉は笑顔でひどいことを言ってくれました。
同級生だった時はサラッと聞き流せたけれど、姉キャラと化した麻奈姉に言われると結構グサッとくる。これが姉キャラの威力か……。
「それできょうちゃん」
麻奈姉がニコニコしながら話し掛けてくる。さっきから調子が狂いっ放しだ。
だが、俺はまだ甘かった。お姉さんキャラと化した麻奈実がどれほどの実力を秘めているかをまだ理解していなかった。
「きょうちゃんは今日のでぇとでわたしをどこにえすこぅとしてくれるのかなぁ?」
「今日のデートっ!?」
麻奈姉の口からすげぇ台詞が飛び出した。
「だってぇ〜年下の男の子からぁ誕生日にわざわざ誘われちゃったんだもん。今日はでぇとに決まってるよぉ」
麻奈姉は頬に手を当てて照れた。
てっ、手ごわい……。
麻奈実本来のお姉さん属性を、お姉さんキャラとして発揮するとこんなにも恐ろしい実力を発揮するなんて……。
あやせが麻奈実に心酔し、桐乃がそのポテンシャルをやたら恐れていた理由がようやく分かった。麻奈姉の魅力は、年上の立場になった時に真に発揮されるものだったのだ。
「それできょうちゃんはどこにえすこうぅとしてくれるのかなぁ?」
大人の余裕を見せながら麻奈姉が顔を覗き込んでくる。
「えっとだなあ……」
ドキドキして考えを上手く表現できない。
ちゃんと今日の予定は考えてきたのだから、それを伝えれば良いだけなのに。
「そ、その、今日は2人で駅前にメガネを買いに行こうと思うんだ」
「ほえっ? めがね?」
麻奈姉は首を傾げた。
「めがねなら昨年もらったよ」
麻奈姉は持って来た手提げ鞄からメガネケースを取り出してみせた。
そのケースの中には鋭利な細長フチなしフレームのエリート女教師用メガネが入っている。去年俺が麻奈実にプレゼントした1品だった。
「そのメガネは……魔法少女に変身してしまう曰くつきのものだからなあ」
そう。このメガネは麻奈姉を魔法少女マナミへと変身させてしまう特殊なものだった。
『おでこのめがねででこでこでこり〜ん?』
偶然言い当ててしまった変身キーワードによって麻奈実は魔法少女へと変身してしまった。そのコスチュームはどう見てもメルルそのままなピンクと白のフリフリドレス。右手には魔法のステッキ。
麻奈姉が変わったのは外見だけじゃなかった。魔法少女というだけあって普段の麻奈実にはない特殊能力も扱えるようになっていた。
『あれっ? わたし、めがね掛けていないのにきょうちゃんの顔がはっきり見えるよ〜』
変身後の麻奈実は一見裸眼。けれど、その視力は2.0を遥かに越えるほど良くなる。
そして、魔法少女だけあって魔法を使うこともできる。
『おばあちゃんの知恵袋〜〜〜〜』
呪文を唱えることで、必殺の光魔法を操ることができる。
魔法少女マナミは悪の魔法少女ビッチと化した妹を魔法の力でぶっ飛ばした。
そんなこんなで普通のメガネとして認識できないのが去年俺が贈った一品だった。
「麻奈姉はあのメガネ、普段はあんまり使ってないだろ?」
「う〜ん」
麻奈姉はちょっと困った表情で首を捻った。
「素敵なめがねなんだけどぉ……いつ何の拍子に魔法少女に変身しちゃうか分からないからなかなか人前では使えないんだよねぇ」
「いきなり人前でフリフリドレスに魔法ステッキ姿になっちまったら……大事件としか呼びようがないよな」
秋葉原や、週末の原宿代々木辺り以外でそんな格好を人前に晒すのはリアルを生きる3次元人としてはアウトだろう。
「うん。大事件だったよぉ……」
麻奈姉は俯いたまま小さな声で答えた。
「やっちゃったのか」
「大通りの真ん中で……」
いつも明るい麻奈姉から表情が消えていた。
「だから、人がいない所でしかなかなか使えないんだぁ。お守り代わりに毎日持ち歩いてはいるのだけど」
麻奈姉は顔を上げて俺に向かって弱々しく笑ってみせた。
「だからこそっ! 今度は普段から掛けられるメガネをプレゼントしたいんだっ!」
俺は熱く訴える。
「きょうちゃんは……めがねが大好きだもんねえ」
「ああ。俺はメガネを掛けている麻奈姉が大好きなんだ」
「…………くすっ」
麻奈姉は俺を見ながらクスッと笑ってみせた。
「きょうちゃんから誕生日ぷれぜんともらっちゃったあ♪」
「へっ? 一体、何を?」
「自覚してくれたら教えてあげるよぉ〜♪」
「はっ?」
麻奈姉の言葉は謎に満ちていた。
「まあとにかく、メガネを見に駅前の『メガネ薬物』に行ってみようぜ」
メガネに魅入られた者たちが店内でハァハァ言いまくっているマニアたち垂涎の店へと麻奈姉を招待する。それが本日の俺のエスコートプランだった。
「うん♪ それじゃあえすこぅとをよろしくね、きょうちゃん」
麻奈姉が右手をそっと前へと出した。
腕を取って連れて行けということなのだろう。
麻奈実の奴。姉キャラに変化してからちょっと恥ずかしいことを平然と要求するようになった。これが年上の余裕というやつなのか!?
だが、俺は負けん!
「よし。じゃあ、行くぞ…………」
若干緊張しながら麻奈姉の手を取ろうとしたその時だった。
「お兄さん、お姉さん……お話があります」
この公園では聞き慣れた少女の声が鳴り響いたのは。
「お姉さん。お誕生日おめでとうございます」
俺たちの前に現れたのは新垣あやせだった。
「わぁ〜お祝いの言葉をありがとうねぇ〜あやせちゃ〜ん」
麻奈姉はあやせに向かって全力全開のニコニコ顔を向けている。
「なっ、何をしにきた、あやせっ!?」
でも、俺はあやせが怖くてたまらない。というか、この公園にあやせが現れると、俺は必ず殴られる蹴られるという酷い目に遭う展開が待っているからだ。
メガネのお姉さんの魅力に気付いてしまった以上、世界一の美少女とはいえJCにはもはや用はないっ! 中学生などただのお子ちゃまだ!
俺は、自らの震えをかき消すべく大きく胸を張った。そんな俺を見ながらあやせは薄く笑ってみせた。
「実はこの度メガネを新調したので是非おふたりに見ていただきたいと思いまして♪」
「あやせがメガネだとっ!?」
わななく俺を横目にあやせは赤いフレームの丸メガネを取り出してみせた。
うん?
赤いフレームのメガネ、だとっ!?
あやせがそんなものを掛けたら、掛けたらぁああああああぁっ!!
「どうですか、お兄さんお姉さん? わたしのメガネ姿……似合ってますか?」
あやせが……赤いフレームのメガネを掛けて俺たちに向かって微笑んだ。
「わぁ〜。あやせちゃんは美人さんだからぁ〜めがねを掛けてもとってもよく似合……」
「菱川六花ぁああああああああぁあああああああああああああああぁっ!!!」
俺は麻奈姉の賞賛の言葉を遮って魂の迸りを口にしていた。全身がたぎってたぎってどうしようもなかった。涙が止まらなく溢れ出ていく。
「ひしかわりっか? きょうちゃん、誰、それ?」
麻奈姉はこの重大事件に対してまだ何が起きているのか理解していなかった。それは俺にとってあまりにももどかしいことだった。
「菱川六花って言ったら、ドキドキ!プリキュアに出てくるキャアダイヤモンドに変身する美少女キャラのことだろうが!」
「どきどきぷりきゅあ? きゅあだいやもんど?」
麻奈姉の目が点になっている。
「麻奈姉は日曜日朝にプリキュア見てないのかよっ!?」
桐乃に毒された我が家では『日曜日朝=プリキュア鑑賞』が公式化している。家族4人で正座しながら番組をリアルタイムで鑑賞するのが高坂家の家族団らんだ。
「日曜日の朝は、わたし、おうちのお仕事をお手伝いしているからぁ」
プリキュア文化は田村家には伝わっていない。それがどうしようもなく切ない。
「あっ、でも〜おじいちゃんだけはきょうちゃんの言うぷりきゅあを知ってると思うよぉ。まこぴーに全財産を捧げたい〜とか日曜日の朝に女の子向けのあにめを見ながらよく叫んでいるから」
「ああっ! まさにその番組だよっ!」
麻奈姉のじいちゃんと同じレベルだと知ってちょっと悲しくなった。でも、麻奈姉も少しは接したことがあるようでちょっとだけ話し易くなった。
「今のあやせは……そのアニメ番組に出てくる菱川六花ちゃんにそっくりなんだっ!」
菱川六花。今年のプリキュアで俺を最も熱くさせてくれる子だ。
六花ちゃんは外見的にはあやせにそっくり。時々赤いメガネを掛ける。今のあやせみたいに。
非常にハイスペックな能力の持ち主である所もあやせと似ている。
性格は……中学2年生の夏以降のあやせとかぶる点が多い。百合っぽかったり、敵には容赦なかったり。でも、優しかったりもする。
まあ、とにかく、今のあやせは菱川六花ちゃんにそっくりなのだった。俺は、麻奈実のお姉さんモードを見た時と同様に全身のたぎりを感じずにはいられなかった。
「お兄さん……私がアニメのキャラクターにそっくりだと思って興奮していますね。この変態っ!」
あやせはドヤ顔をしながら俺を罵った。
「六花ちゃんに罵られたっ!?」
ノーマルあやせに罵られるよりも体の奥底が熱くなるのを感じた。
「まったく、ありえません! そんな変態なお兄さんにはきついお仕置きが必要ですよね」
「六花ちゃんにおっ、お仕置きされるなんて……ハァハァ。ハァハァはぁ」
六花ちゃんに『ありえない!』なんて罵倒されたら俺は、俺は……っ!
「きょうちゃんっ! 落ち着いて!」
麻奈姉が俺の肩を揺さぶりながら必死に訴えかける。けれど、そんなことでは六花ちゃんにお仕置きされたいという俺の野望を止めることなどできない。
「変態なお兄さんは今日1日、わたしの荷物持ちとして馬車馬のようにこき使ってあげますよ。対応が遅かったら痛く罵ってあげますから覚悟してください」
「ハァハァ。六花たんの荷物持ち。罵り。ハァハァ」
「えっ?」
興奮が最高潮に達している俺の横で麻奈姉が驚きの声を上げた。
「あっ、あやせちゃん。今日は、そのね……」
言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「お兄さんとのデート。ですよね」
あやせはキッパリと答えてみせた。
「うっ、うん。そうなの。今日はね、きょうちゃんがでぇとに誘ってくれたんだよぉ」
ちょっと照れ臭そうに語る麻奈姉。
そんな麻奈姉を見ながらあやせは黒い笑みを浮かべた。
「ええ。ですから……お姉さんを排除しないとお兄さんを連れ出すことができませんよね」
あやせの黒い表情を見た瞬間、俺と麻奈姉に大きな緊張が走った。
「お姉さん……いいえ、魔法少女マナミ。あなたを倒してお兄さんをいただきますっ!」
あやせは麻奈姉に向かって指を差しながら堂々と宣戦布告を述べた。
「何故あやせが魔法少女マナミのことを知っている!?」
麻奈姉が魔法少女になることを恥ずかしがっているのでその存在は秘匿とされている。当然あやせにも話したことはない。
「あのお方は、お姉さんが魔法少女マナミに変身する前からその危険性を感じ取っていた。昨日今日知りえた情報ではないのですよ」
「またあのお方かよ……」
そう言えば桐乃を魔法少女ビッチに仕立て、裏から操っていたのもあのお方だった。興味がなかったのですっかり流していたが、今度桐乃に正体を尋ねてみよう。
「うん? あのお方ってことは……まさか、あやせもっ!?」
俺の心臓が急激に嫌な鼓動を奏で始める。
「ええ、そのまさかです」
あやせはメガネのフレームに指をかけながら嘲笑を浮かべる。そして──
「プリキュアLOVEリンクっ! L・O・V・Eッ!!」
あやせの全身が眩い光に包まれる。この眩い光の中であやせの変身が進行しているのは間違いなかった。
すなわち、裸になってからフォームチェンジしているはずなのだ。
この光は、この光はBDだと取り除けるのか!? むしろ今すぐ取り除いてくれぇっ!
やがて光が止み、やたらヒラヒラした青いドレスに青い髪をした少女がその姿を現した。
「叡智の光……キュアダイヤモンドッ!!」
見間違えるはずもない。
あれこそはドキドキ!プリキュアの菱川六花ちゃんの変身後の姿、キュアダイヤモンド。
あやせの奴、メガネを掛けることで魔法少女ならぬ美少女魔法戦士に変身しやがった。
「お姉さん……あなたを倒して、わたしがお兄さんのメガネになってみせます」
新たなる戦いの幕開けだった。
「お姉さん……あなたの血で化粧がしたいです」
明らかにヒロインじゃないセリフを口走りながらプリキュアとなったあやせが麻奈姉を睨んでいる。
目がヤバい。平気で人を殺しそうな病んだ瞳をしている。いつものあやせと言えなくもないがピンチなのは確かだ。
「麻奈実っ! こっちも魔法少女マナミに変身だっ!」
大声で叫ぶ。古今東西、この手の敵を倒すには同系統の能力者しかいない。麻奈姉が変身するしかないっ!
「ええぇええええええぇっ!?」
麻奈姉から驚きの声が上がる。
「こっ、ここ、お外だよぉ」
弱々しい泣き声。街中で勝手に変身してしまった時のトラウマが蘇っているらしい。
なら……。
「大丈夫だっ!」
俺は麻奈姉の両肩を力強く掴んで顔を覗き込みながら訴える。
「きっと魔法時空とかご都合な展開があって、この公園内部の様子は外からは分からないようになるはずだっ!」
何の根拠もない事実無根の話を熱く訴える。
「ほえっ? そうなの?」
「ああっ! 本当だっ!」
重ね重ね言うが事実無根だ。でも、今はそう言って麻奈姉を納得させないとこの危機を生き残れない。
「お、お兄さんに強引に肩を掴まれるなんて……羨ましいっ!!」
あやせの邪気が膨れ上がっていく。まったくもってプリキュアらしくない。が、このキュアダイヤモンドの正体があやせだと思うと納得しすぎる。
「人の心を踏みにじるなんて許せませんっ! このキュアダイヤモンドがあなたの頭を冷やしてあげますっ!」
あやせから得体の知れない力が膨れ上がっていくのを感じる。これはヤバイっ!
「煌きなさいっ! トゥインクル…ダイヤモンドッ!!」
必殺技の名を叫ぶ声と共にあやせの周囲から無数の氷の結晶が俺たちに向かって放たれた。
「必殺技まで六花ちゃんと同じなのかよっ!」
麻奈実を抱きかかえた状態で跳んで逃げる。氷の結晶郡は俺と麻奈姉の丁度真上を飛んでいった。間一髪だった。
「あやせは俺らを殺す気かっ!」
あんな攻撃直撃したら死ぬ。それがハッキリと分かる攻撃力の高さだった。
魔法少女となった桐乃が使ったビッチ・インパクトなんて比較にもならない。
「ええ。わたしはお兄さんとお姉さんを殺すつもりですが、何か?」
あやせは大きく首を捻った。
「お前さっき、俺を手に入れるみたいなことを言ってなかったか?」
俺が死んだら手に入らないだろう。そう思っていた俺はあやせに夢を見すぎていたのかもしれない。コイツは真性のヤンデレだったのだから。
「ええ。ライバルのお姉さんを消して、お兄さんの死体を手にするんです。それがわたしのドキドキですから♪ お兄さんの死体と添い遂げる。うふふ」
「ヤンデレモードに入ってるよ、コイツっ!」
あやせと言えばヤンデレなのに、俺は一体何を勘違いしていたんだ……。
「お兄さんの剥製を部屋に置いて毎日眺める暮らしは最高に楽しいと思うんです♪」
「麻奈姉っ! 俺たちの命の危機だ。変身してあやせを倒すんだっ! 容赦なく!」
「うっ、うん。わたし……きょうちゃんを守るために変身するね」
麻奈姉は立ち上がると女教師用のメガネを普段の丸メガネの代わりに掛けた。
俺の体内の血が熱く激しく狂おしくたぎる。麻奈実が女教師だなんて……優しく個人レッスンなんてされたら、俺は、俺は……っ!
そんな俺の葛藤を他所に麻奈姉は変身の呪文を唱えた。
「おでこのめがねで……でこでこでこり〜ん」
麻奈実の全身が眩い光に包まれる。しばらくの後に光が止んで、中からメルルのコスプレをした麻奈姉が出てきた。
「魔法少女マナミ、悪い子なあやせちゃんをお仕置きに参上だよ」
マナミはあやせに向かってステッキを突きつけた。
「フッ。変身することを恥ずかしがっているような不慣れな魔法少女には負けませんよ。トゥインクルダイヤモンドっ!」
あやせが再び攻撃に移る。あやせの奴、マナミに逆転のチャンスを与えないよう早々に潰すつもりに違いなかった。勿体ぶっていびるのが敵役の仕事だというのに。
「う〜ん。あやせちゃんはひとつ大きな勘違いをしているよぉ」
マナミは迫り来る氷の結晶を見ても慌てない。
「負け惜しみですか?」
「う〜ん。確かにわたしは人前で魔法少女になることを嫌がっているよぉ。でもそれは、人前だからだよぉ」
「それが何だと言うんですか!」
「…………今みたいに〜きょうちゃんが襲われてそれを助けるための修行ならずっと積んでたってことだよ」
マナミが間近に迫った氷の結晶に向かってステッキを構える。そしてマナミは好奇心に満ち満ちた瞳で魔法を発動させたのだった。
「わたし……気になりますっ!!」
マナミの呪文?と共に眩い光の壁が展開される。
「そ、そんな……っ」
あやせの放った氷はその光の壁にかき消されてしまった。
「すっ、すげぇ……」
1年前と違い魔法をすっかり我がものとして操っているマナミに驚いてしまう。
「魔法少女の修行なら夜の神社の境内で頑張ってやっていたんだよぉ。えへへ」
マナミは恥ずかしそうに笑った。地味だけど決して手を抜かない。マナミはいつもの自分を通しながら強くなったのだ。それが何だかとても誇らしい気分に俺までさせてくれた。
「ですがっ! プリキュアの本領は肉弾戦にありますっ! 覚悟ぉっ!!」
あやせが正面から拳を振るって突っ込んでくる。攻撃方法を切り替えてきた。
純粋な魔法勝負での不利を悟ったのだろう。けれど、それこそあやせにとっては戦略ミスに他ならなかった。
「我が死屋の娘に……格闘術を挑むのは無謀だろうぜ」
マナミの姿が瞬時にして俺の前から消えた。次に認識したのは風が唸る音だった。続いて、あやせが両手を使って必死の防戦に入っている姿だった。
「あやせちゃん……あやせちゃんもぷりきゅあになってぱわぁあっぷしているのだろうけど、わたしも魔法少女になってぱわぁあっぷしているんだよ♪」
マナミの動きは早すぎて俺の目ではまともに捉えることもできない。
「クッ! そ、そんなっ!? は、早すぎるっ!?」
あやせもガードに徹しているが、格闘の実力差は明らかで全くの反撃の糸口さえも見せていない。プリキュアに変身したおかげで強くなっているようだが、結局それはやられるまでの時間延ばしにしかならなかった。
「きゃぁああああああああああああぁっ!?」
マナミの姿が蜃気楼のように揺らいだと思った次の瞬間、あやせの体が大きく後方へと吹き飛んだ。よくは分からないが、マナミの拳があやせの両手ガードを突き破って体に届いたらしい。
「勝負あったね」
マナミは俺を守る盾となりながらあやせに告げる。
木に叩き付けられてようやく止まったあやせは
「まだです。確かに、今のプリキュアモードではお姉さんには敵いそうもないですが」
気になる含みを孕んだ言葉を放ちながら立ち上がった。
「プリキュアって……2段変身モードの場合が多いんですよ♪」
あやせがニヤっと笑った。
「だ、だが、菱川六花ちゃんはまだ二段階変身してないぞっ!」
ああいうのは商品グッズを展開するために、半年ぐらい経つまでは二段階目の変身を公開しないのが大人の事情というものだ。六花ちゃんの二段階変身は夏まで待たねば。
「ええ、そうですね。でもわたしの次の変身は……プリキュアではありませんので」
あやせの体の中から暗黒のオーラが溢れ出てくる。これは、バッドエナジー!?
「わたし、嫌なんですよ。この変身をするのは。清純派モデル新垣あやせのイメージを著しく損ねてしまうので」
あやせの周囲が暗黒のオーラに包まれていき、彼女の顔さえも見えなくなっていく。
「ですが、ここで負けを認めてお兄さんをお姉さんに譲るわけにはいかないんですよ。だから、変身しますね♪」
闇があやせの周りに収束していく。あやせの周りに闇が球体状に集まっている。これはヤバいと思ったが、もう遅すぎた。
「世界よっ! 最悪の結末、バッドエンドに染まりなさいっ! 白紙の未来を、黒く塗り潰すのですっ!」
あやせがいるはずの闇の球体が空へと高く舞い昇っていく。そして──
「タナトス・エロス・EXモード降臨です」
空中に漆黒の翼を生やしたほぼ全裸のボンテージ衣装を着た最悪の魔女が浮かんでいた。
「さあ、お姉さん。いえ、魔法少女マナミっ! ファイナル・バトルといきましょうか」
あやせは邪悪な笑みをマナミに向かって投げ掛けた。
「わたしのこの真の姿を見られた以上……お兄さんとお姉さんには消えてもらいますね」
あやせは上空からとても病んだ瞳で俺たちに向かってそう宣言した。
「何でお前はそんな物騒なことばかり口走ってるんだよ!」
上空のあやせに向かって抗議の声を上げる。
「わたしはこの姿が嫌なんです。だから、この姿をしなければならない原因を作ったお兄さんとお姉さんは罰を受けないといけないんです。すなわち死ぬしかないんです」
あやせはごく当然のようにサラリと答えた。
「説得は無駄だと思うよ」
俺の盾となりながらマナミが呟く。
「あやせちゃんの本質は闇。闇の波動に満ち満ちた時にその力の真価を発揮するの」
「なかなか酷い指摘だな、それは」
マナミにそう断言されたのではあやせにもう反論の余地がない。
「さっきのぷりきゅあは光の戦士、正義の魔法戦士。だから変身して魔法が使えてぱわぁあっぷしたとはいえ、あやせちゃん本来とは真逆の属性の力を行使していたの」
「だからさほど強くなかったと」
マナミは頷いてみせた。
「じゃあ、闇の力を存分に発揮している今の状態のあやせは……」
「きょうちゃんはできるだけ遠くに逃げて……」
マナミは唇を堅く噛んだ。
「それって……」
「うん。今のあやせちゃんの力は……さっきまでとは桁違い。ううん、次元違いだよ」
マナミは空中に浮かんだままのあやせを睨んだ。
「だからきょうちゃんだけでも今すぐ遠くに逃げて」
「麻奈姉はどうするんだよ?」
「わたしは……正義のめがねだから。この世の邪悪を発現しているめがねと化したあやせちゃんを放っておくわけにはいかないの」
マナミの言葉には強い覚悟が感じられた。
「なら、俺も残る」
「えっ? きょうちゃん……?」
マナミはとても驚いた表情で俺を見ている。
「マナミが逃げないんなら俺も逃げない」
「で、でもぉ。危ないよ。きょうちゃん大怪我しちゃうかもしれないよぉ」
「今日はこれから『メガネ薬物』に2人でデートに行くんだろう。その前にはぐれてどうするんだよ」
「きょ、きょうちゃん……うん。分かったよ。これからでぇとだもんね♪」
マナミは楽しそうに頷いてみせた。
「これから2人とも死ぬというのに、デートがどうとか頭がおかしくなりましたか?」
上空で黒き翼を羽ばたかせながらあやせがとても不機嫌な表情をしている。
「あやせちゃん。ひとついいことを教えてあげるね」
「何ですか?」
「最後に勝つのは……愛、なんだよ♪」
そう言ってマナミは……俺の頬にキスをしてみせた。
「まっ、まっ、麻奈姉っ!?」
麻奈実からこんな大胆なことをされたのは初めてのことだった。
「お姉さんから健気な少年くんにぷれぜんとだよぉ〜♪」
……姉キャラにジョブチェンジした麻奈実は何て言うか凄すぎる。こんなにも大胆お姉さん属性を発揮してくれるなんて。麻奈実姉モードは凄すぎる。中学生なんて子供っぽ過ぎてとても恋愛対象なんて見られなくなっていく。
「フッ、フッ、フアザケンナァ〜〜〜〜ッ!!」
怒りが沸点に達したあやせが翼をはばたかせた。
次の瞬間、翼から強烈な突風が発生し俺たちへと襲ってきた。
「わたし、気になりますっ!!」
マナミが魔法防壁を張って突風を防ぎに掛かる。けれど──
「うわぁああああああああああああぁっ!?」
「きゃぁあああああああああああああぁっ!?」
俺とマナミは防壁を突き破った風によって大きく吹き飛ばされた。
地面に叩き付けられて感じる痛みと共に理解する。マナミの言う通りにあやせの力が桁違いにパワーアップしていることに。
「麻奈姉っ! 大丈夫かっ!?」
立ち上がりながら風の直撃を受けたマナミの安否を気遣う。
「うん。何とか」
マナミは多少ふらつきながらもひとりで立ち上がった。
「今度は……こっちからいくよぉ」
マナミがステッキを両手で構え
「おばあちゃんの……知恵袋ぉ〜〜っ」
マナミは桐乃を倒した時に見せた最大火力の光弾をあやせに向けて放った。
「そんな攻撃が効くものですか」
あやせは2枚の翼を体の前に押し出して全身を守る盾として光弾を正面から受けた。
「フッ」
あやせの漆黒の翼はマナミの必殺技を簡単にはじき返してしまった。全くの無傷。
「そ、そんなあ」
「嘘だろ……」
強さのインフレがひどい。クソゲーだと叫びたくなるあやせのパワーアップぶりだった。
「わたしの強さをご理解していただけましたか?」
相変わらず空中から地上の俺たちを見下す(実際に見下しているのだが)声を出すあやせ。悔しいがその強さは圧倒的。けれど、だからといって諦めることもできない。
「へっ! そんなこと言っても勝負はこれからだっての!」
特に具体策があるでもないが、とにかく強気に出る。恐怖に駆られたら死んでしまうことは生存本能が告げてくれていた。
「なら……闇の炎に抱かれて死んでください。闇のバーストストリームッ!!」
あやせが再び翼を羽ばたかせる。
何と表現すべきか分からない闇の波動が衝撃波となって俺とマナミを襲う。
「うぉ〜る・めがねっ!!」
マナミが先ほどよりも大きな出力の防壁を張る。
「フッ。そんなもの……無駄です」
しかし、あやせから発せられた黒い笑みと共に魔法の防壁はブチ破られた。
「うぉっ!?」
「きょうちゃんっ! 危ない!!」
俺はマナミに抱き締められた状態で上空へと吹き飛ばされた。
ドンッと勢いよく地面に叩きつけられる。
けれど、あまり痛くなかった。マナミが俺の下敷きになって庇ってくれたから。
「まっ、マナミ……」
「きょうちゃん…大丈夫?」
マナミは俺を気遣って微笑んだ。あやせの攻撃が直撃し、今また俺を庇って地面に激突した。
「俺は一体……何してるんだよ!?」
俺は自分がとても恥ずかしくなった。マナミと共にいることを望みながらただ足手まといにしかなっていない自分に。
このままじゃいけない。マナミの足かせになるのは嫌だった。なら、どうする?
今からでも1人逃げるか?
否。断じて否。そうじゃなくて、俺のすべきことは…俺にしかできないことは……っ!
「死ぬ間際になっても2人でイチャイチャイチャイチャ抱き合っているなんてぇっ!!」
マナミに守られている俺を見てあやせがより一層激しい闇のコスモを燃焼させている。明らかにあやせは精神のバランスを欠いている。うん? 情緒が不安定?
「そうかっ! これだぁっ!!」
あやせの態度を見て俺は自分にしかなせない、あやせ攻略法を思いついたのだった。
「麻奈姉……この戦い、地球の未来のためにも絶対に勝つぞ」
地面に手をつきながら立ち上がる。
「うっ、うん」
マナミも俺に倣って立ち上がる。けれどその顔は浮かない。あやせに勝つ必勝の策がないからだろう。でも、その策なら俺の頭の中にあった。
「役割の分担を発表するぞ」
「役割、分担? ほえっ?」
「そうだ」
力強く頷いてマナミを安心させる。
「俺はあやせを弱体化させる。麻奈姉はその隙に力を溜めて最強の一撃をあやせにお見舞いしてやってくれ」
これが俺の考えたあやせ撃退法だった。
「あやせちゃんを弱体化させるって……そんなのこと可能なの、きょうちゃん?」
「ああっ。何たって相手はあのあやせで相手するのは俺だからな」
俺はマナミに力強く頷いてみせた。
*****
「今のあやせ相手には俺だけでも麻奈姉だけでも勝てない。でも、2人で力を合わせればきっと勝てるはずだ」
マナミへと顔を向けながら精一杯の強気の笑みを浮かべる。
「そ、そうだね」
マナミの表情も少しだけ明るくなった。
「あやせの心を散々弄んできた俺に任せておけ!」
白い歯を光らせてマナミを安心させる。
「それはどうかなって思うよぉ。女の子の心を弄ぶなんてぇ」
マナミはジト目で俺を見ている。
「まあいい。それじゃあ、最高の攻撃をお見舞いする準備を進めてくれ」
マナミに背を向けてあやせへと振り返る。
「分かったよぉ」
後ろからマナミが何かブツブツと小声で呪文を唱え始めたのが聞こえた。一応納得してくれたらしい。なら、俺は自分のなすべきことをするまでだ。
「お兄さん……最期の最期となって、お姉さんと喧嘩ですか?」
タナトス・エロス・EXモードと化したあやせは黒い笑みを浮かべて余裕をかましている。
強大過ぎる力を身に付けて慢心しているのが彼女の敗因となる。
それを今、俺が教えてやるっ!
「あやせ……」
「命乞いですか? それなら却下ですよ」
ふてぶてしいまでのどす黒い笑顔。だが、それもこれまでだ!
「その格好……本当にエロいよな♪ 中学3年生がその格好は犯罪だ。ハァハァハァ」
「なっ、なあぁああああぁっ!?」
あやせが大声を上げながら顔を真っ赤にした。
「下乳なんて丸出しだし、下の方だって前貼りですかそれってぐらいに隠している部分がほとんどないし。裸よりよっぽどエロいよな、その格好♪」
「わっ、わた、わたしは、エッチなんかじゃありませんっ! 変なことを言わないで!」
あやせは両手で胸を押さえた。恥ずかしがっている。よしっ!!
「あやせがこんなエロ過ぎるJCに育ってくれてお兄さんは感無量だなあ」
「わたしがエロ過ぎる女子中学生のわけがないじゃないですかっ! ブチ殺しますよ!」
「あやせたんのサービスサービスのおかげで今夜は眠れそうにないなあ。あやせに何度もお世話になっちゃうぜ。フッ」
髪を掻き揚げる。
「わっ、わっ、わたしでそんなハレンチなことをしないでくださ〜〜いッ!!」
あやせの恥ずかしさが限界を超えて突風が飛んできた。
けれど、頭が混乱しているからか、まるで見当違いの所に飛んでいく。
「あやせは俺が認める世界一の美少女だからな。そんなエロい格好を見せつけられて……何もしないでいるなんてそっちの方が失礼ってもんさ♪」
爽やか好青年の笑みを浮かべる。
「女子中学生をエッチな対象にする方が失礼に決まっているでしょうがぁああああぁっ!」
大声で絶叫を続けるあやせ。
「おいおい、あやせ。お前は1つ大きな勘違いをしているぜ」
「何が……ですか?」
「俺は女子中学生全般をエロい目で見たりなんて決してしない」
俺は両手を広げてあやせに向かって瞳をキラキラと輝かせた。
「俺がエロい目で見る中学生はお前だけだぜ……あやせ」
「!?!?!??」
俺は見た。俺の必殺の口説き文句を聞いたあやせの全身が石のように固まるのを。
ここで一気に畳み掛けるっ!
「あやせ……俺がセクハラするのはお前だけだってことを忘れないでくれよな。フッ」
投げキッスをあやせにプレゼントする。俺の予想であればこれで……。
「しっ、しっ、死ねぇえええええええええええええええぇっ!!」
恥ずかしさから錯乱状態に陥ったあやせが俺に向かって全力で攻撃を仕掛けてきた。
「おいおい。どこを狙っているんだい、子猫ちゃん」
「うるさ〜いッ!!」
ところが闇の弾を飛ばしてくる攻撃は更に見当外れの方向に向かって飛んでいく。
思った通りだった。
あやせの攻撃は強い。強すぎる。けれど、強すぎるがゆえにその制御にはまた莫大な労力と精神力が必要とされる。
今のあやせに自身の強大過ぎる力をコントロールできるはずはなかった。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇええええぇっ! 変態セクハラ男は死んでしまえぇ〜〜っ!!」
数十、それ以上の単位での攻撃があやせによって放たれる。けれど、手数を増やすほどに乱れる精神状態ではまともな攻撃ができるはずもない。
結果、俺やマナミの付近に飛んできた弾は1発もなかった。攻撃を終えて荒く肩で息をするあやせ。俺はそんな彼女に対してとどめのセクハラを仕掛けた。
「あやせ……俺の愛人になってくれっ! 体だけのドライで淫らな関係を結ぼうぜっ♪」
「消え去れっ! このっ、変態がぁああああああああぁッ!!」
あやせが両腕を振り下ろしながら俺に攻撃を加えようとした。ところが──
「えっ、エネルギー…切れっ!?」
あやせの両腕の間からは何の攻撃も生じなかった。無駄弾を放ち過ぎてエネルギーが切れたのだ。強大な力に反して精神力が未熟なあやせゆえに陥った事態だった。
そしてそんな千載一遇のチャンスを俺たちが見逃すはずがなかった。
「今だ、マナミッ!!」
「うんっ!!」
マナミは既にあやせに向かってステッキを両手で構え
「あやせちゃん……悪い子は……めっ……なんだよっ!」
その先端から先ほどの必殺技とは比べ物にならないほど激しく眩い光が溢れ出た。
「めがねかけたま〜まっ!!」
マナミの掛け声と共に光は弾となってあやせに向けて一直線に飛んでいった。
「エネルギーが少なくてシールドの展開が…………きゃぁあああああああああああぁっ!?」
エネルギー切れを起こしていたあやせはマナミの攻撃を防ぐことができなかった。光の弾が彼女へと直撃する。
「わたしは……諦めませんからねっ! 覚えていてくださいよッ!! アイシャルリターンですぅ〜〜〜〜っ!」
去年の桐乃よろしくあやせは捨て台詞を吐きながらお空のお星様になった。
こうして俺とマナミは強敵あやせの挑戦をかろうじて退けたのだった。
「あやせちゃん、大丈夫かなあ?」
「まあ、この手の世界のお約束はお空のお星さまになるのは生還フラグだから心配はいらないだろう」
あやせが飛んでいった方角の空を見上げながら麻奈姉と会話する。
「それよりも俺たちが2人こうして生きていることの方がよっぽど重要というか、ラッキーというか」
「それはきょうちゃんが機転を効かせてあやせちゃんの力を削いでくれたからだよぉ」
麻奈姉はニコニコしながら俺の頭を撫でてくれた。
「最後の一撃を決めたのは麻奈姉なんだし、立役者はやっぱ麻奈実だろ」
俺も麻奈姉の頭を撫で返した。
「それじゃあわたしたち2人ともえむぶいぴぃだねぇ〜♪」
「そうだな。俺たち2人で得た勝利だもんな」
顔を見合わせて笑い合う。
「でも、あやせちゃんにたくさんせくはらしたのは、お姉さんとしてちょっと見逃せないよぉ」
麻奈姉はメッと人差し指を立ててみせた。
「いや、でも、あそこはあやせを逆上させない限り俺たちに生き残る手段はなかったわけで……」
「それでも年頃の敏感な女の子へのせくはらはだめです。後であやせちゃんにちゃんと謝っておいてね」
「…………はい」
頷くしかなかった。
あやせを空の彼方へぶっ飛ばした麻奈実はどうなんだとか思わないでもなかった。が、頷くしかなかった。だって……怖いんだもん。
「よしっ♪ きょうちゃんはいい子だねぇ〜♪」
麻奈姉にまた俺の頭を撫でた。
「…………完全に子ども扱いですね、俺」
なんかちょっと悲しくなった。
「そんなことないよっ」
麻奈実は俺の左腕にしがみついた。えっ?
「わたしはきょうちゃんのこと……いっぱいいっぱい頼りにしてるもん♪」
「……そ、そうですかい」
やたら恥ずかしくて返答に困る。
やはり、お姉さんキャラになった麻奈実には今までと同じ接し方は通じないのかもしれない。まあ……悪くない気分なのだけど。
「それじゃあ、めがね屋さんへのでぇとに出発だよぉ〜♪」
麻奈姉は俺を引っ張るようにして歩き出す。
「おっ、おう〜っ!」
麻奈実に引っ張られる生活も悪くない。
5月4日麻奈実の誕生日に俺はそれを理解したのだった。
「タクっ。あやせまでやられちまったぞ」
暗闇の中に少女の舌打ちの音が鳴り響いた。
「う〜ん? 別に予定通りだからそれはいいんだけどね。魔法少女マナミさんが強くなっていることは想定済みだし。あやせさんは精神的に脆い部分があるからね」
幼い少女は何でもないと言わんばかりにあくびをしてみせた。
「あやせは捨て駒なのかよ」
少女は呆れた声を出した。
「捨て駒って言うか……あたしが高坂くんと結ばれるためにはビッチさんもあやせさんもむしろ邪魔って言うかあ。まあ、そんな感じ?」
「積極的に排除したってわけかよ」
少女の口からため息が吐き出された。
「あやせが邪魔って言うのなら、あたしも邪魔なんじゃねえか? あたしも京介狙いだぞ」
「そうだね。邪魔なのは確かだよ」
幼い少女はあっさりと認めてみせた。
「なら、何故あたしをここに呼んだ? 京介が欲しいのなら自分で動けば良いだけだろ」
「あたしにも色々あるんだよ。それにね、あたしが自分で動かない方が通称時空管理局の白い悪魔さんにとっては有利なんじゃないの? 魔法少女マナミさんを倒せば高坂くんが手に入るんだよ」
幼い少女は挑発的な物言いをして笑っている。
「食えんガキだな、おめえはよぉ」
「あなたが勝てば魔法少女マナミさんから高坂くんを引き離せる。魔法少女マナミさんが勝てば、高坂くんを狙うライバルが1人減ってくれる。2人の戦いが膠着状態に陥ってくれるのなら、その間にあたしはアレの準備を進められる。どのルートを選んでもあたし的にはいいんだよね。それで、どのルートを選んでくれるのかなあ?」
「あたしがこの話から降りるとは考えないのか?」
「それはないよ」
幼い少女はキッパリとした口調で断言した。
「あなたは魔法の力を必要としていたからこそあたしの元へときた。そしてまだ魔法の力を必要としている。なのに今、話から降りて魔法少女を辞めるはずがないよ」
「チッ! お見通しってわけか」
少女は再び舌打ちを奏でた。
「なら、答えはおめぇのお望み通りにあたしが麻奈実師匠を倒して京介をいただくのみだ。他の未来はあり得ねえ」
「強気だね」
「当ったりめえだ。他の未来なんて選べるかっての」
少女の啖呵を聞いて幼い少女は大声を上げて笑った。
「期待しているよ……最強の魔法少女さん」
「あたしは……負けねえからな。師匠にも、あたし自身の運命にも」
一寸の光もない暗闇が支配する空間に少女の力強い声が響き渡った。
続く (1年後の5月4日に)
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