魔法少女大戦 6話 献身
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 6話 献身

 

 次の日、恭は大事を取って休むよう学校側に言い渡されていた。とはいえこういう時に限ってゲームや漫画と言った娯楽に喜びを見出すこともできずただただ布団に入って天井の染みを数えるだけの矮小な人間に成り下がっており、客観的に自分を観察して彼は非常に無駄な時間を過ごしている状況を噛みしめるのだった。

 妹は学校だし(看病すると言って聞かない彼女をどうにか説得して登校させるミニゲームは今日唯一楽しかった娯楽だと言ってもいい)、両親も仕事。彼女らに仕事を休んで子供の安否を気にするような甲斐性があるはずもなく、あったとしても無駄に気を遣わせるだけでまさに良心が痛むわけで、となると一人の状況も悪くはなかった。暇なだけで、誰にも迷惑をかけるでもない。自分が我慢すればそれで良いだけの話だ。

 時計をみると四時を回っている。朝は妹が無駄に頑張って朝食を作っていたので良かったのだが、昼はまだ何も食べていない。このまま何も食べないで夜を待ってもいいのだが一度減った腹は何かいれないと収まらないたちのようで、恭は重い足取りの中ではあったが何か作ろうと台所へ向かった。

 正直な話彼に食事を作るつもりはなく、妹が何か残していないかなと言う希望的観測の元冷蔵庫へ向かったわけだが、そこは真田家の食を支える真田涼のこと、抜かりは無かった。冷蔵庫には貼り紙がしてあり、『多分昼食を作る元気も無いと思いますので、作っておきました。温めて食べて下さい。あと、ご飯よそったあとはお釜を水に漬けてくれると助かります』との事。作る『気』も無いと敢えて記述しないのは妹なりの優しさなのかは知らないが、今はその優しさに甘える時だと恭は冷蔵庫を開ける。白い靄の中に紛れて、ラップで覆われた艶のあるタレに付け込まれた豚の角煮とキメの細かいポテトサラダが姿を現した。

 身内贔屓を差し引いても彼女は料理が上手い。キャリアこそ世の奥様方よりは短いかもしれないが、その差を補って余りある位一つ一つを丁寧に作る。慢心し保守に走っている主婦は今一度見直して欲しいと言う位に。

 角煮をスチームで温めながら茶碗にご飯を盛り、メインディッシュ以外の食卓を整える。そして丁度再加熱が終わる頃にレンジを開け甘い匂いを含んだ湯気を感じながら角煮を運ぶ。

 妹の献身に感謝しながら恭は手を合わせる。誰もいないこの食卓で手を合わせる必要は無いと言われるかもしれないが、妹に指導(調教と言った方が概ね正しい)され染み付いているこの習慣を今だけ捻じ曲げる方が難しい彼はそのままいただきますの声を上げ、食事に取り掛かrピンポーン…

 恭は眉を顰める(そうか学校でよく言われる『眉を顰める』行為とはこの手の感情を誘発するものなのかと恭はまた一つ大人になった)も、来客を待たせるわけにもいかず立ち上がり玄関へと歩いて行き、一軒家にありがちな横開きの扉をガラガラと音を立てて開けた。

 

 「こんにちは……いや、おはようやな、真田くん」

 「璃音……」

 

 そこには、ポニーテールに関西弁のクラスメイト、油田璃音が立っていた。可愛らしい袋を鞄から取り出し、それを恭に手渡す。

 

 「要らへんかもしれんけど、今日出た宿題と学級通信、うちがとったノートのコピー持って来たで。明日創立記念日で休みやから、結構キチガイな量の宿題が出てんねん」

 「そりゃまた豪勢な……」

 

 宿題と学級通信は良いとして、彼女のノートと言うのは非常に贅沢な品だった。学年一桁の成績を誇る彼女の板書は高校生レベルではかなりのハイレートで取引されている。試験が絡む時期には相場が上がるため、本気で好成績をおさめるなら平時に買っておくのがお買い得だ。それをコピーすれば試験前に元を取り返せるし。

 クラスには彼女のノートを頼みにして授業を聞かない猛者も少なからず存在し、(学校というローカルな)社会問題になっている。無能教師の退屈な授業に時間を費やし成績も振るわないという位なら悪魔に魂を売るということは有用な取り引きなのである。恨むなら束になってかかっても生徒一人に勝てない自分の無能を恨めとはハイランカーの弁。

 

 「今度から金取るからな」

 「守銭奴だよなお前……それって大阪人の専売特許じゃね?」

 「大阪人だけが商売上手やと思うてか。兵庫の名産考えてみいや、色々あるねんで」

 「なるほど分からん」

 

 某百科事典サイトで検索をかければ出てくるのかもしれないが、全国区で見て有名な物が頭に浮かんでこないのだからその程度ということだろう。実際彼女の言っていることは嘘ではないのだけれど、一介の高校生にそれを期待するのは難しい。

 

 「ま、まあええわ……真田くん、もう元気なん?」

 「まあな、ずっと寝てた反動で気持ち悪いだけだ」

 「まあ生きてて良かったわ……昨日の今日でまた何かあったら困るもんな」

 「明日はちゃんと来るから……今日はありがとな、璃音」

 「ええよこれくらい……なあ、真田くん」

 

 璃音が突然声を上ずらせた。口元が少しばかり震えている。

 

 「あのな……明日ヒマ?」

 「ん、暇だけど」

 「せやったら、遊び行かへん? うち、見たい映画があってな、二人でいくと特典が貰えるねん」

 「ああ、『人外少女』か……」

 

 人ならざる者との交流を描いたアニメ(原作は漫画)である。今回は原作でも評価の高かった『黒ウサギ編』(不幸を招く黒い兎の少女との恋愛譚)を練り直した作品に仕上がっているらしい。

 近年の例に漏れずこの映画のチケットにも素敵特典が付いているのだが、この映画は特殊でカップルの客に特典を進呈している。恋愛要素が大半を占めているとは言え、この特典の条件は厳しすぎるのではないかともっぱらの噂だ。独り身のファンには敷居が高いらしくオークションで高い値がついていたりする。

 

 「それだけやとつまらんさかい、その……デートしよや」

 「……いいよ」

 「うん、じゃあ……また夜にでもメールするな」

 

 彼女はその言葉を最後に、軽く手を振って恭の家をあとにした。

 ああ……と恭は放心状態になる。生憎彼にはそこまで優秀な回避スキルを持っているわけではないのだ。

 今まで恭が彼女のことをそういう目で見たことはなかった。それは彼の視線が常に鳴を捕えて離さなかったからかもしれないが、ひょっとしたらそれだけではないのかもしれない。でなければ、進展具合があまりにも早すぎる。

 鳴が消えた世界で、システムがそのように作り変わったのだとしたら……恭が璃音を選ぶのはこの壊れた世界に必要なことなのかもしれなかった。

 そんな事、考えたこともなかったし考えるつもりもない。しかし、世界がそれを望むのだとしたら。

……結論は明日だそう、デートは付き合っている証明ではないのだから。恭は何分間その場に棒立ちになっていたかは知らないが、多少寒さで体調を崩すほどには長かったのだろう。

 よろよろと布団まで戻り、掛け布団の中に身を包ませる。璃音には申し訳ないのかもしれないが、彼は寒くてたまらなかった。体調がまた悪化したのだろうか。

 等と言う事を考えながら悶々としていると、ガラガラと扉の音がする。妹が帰って来た。

 

 「お兄ちゃん……」

 「あ、おかえr……っ!!?」

 

 彼女の手には包丁が握られていた。そう言えば調理実習がどうとか言っていたような気がするが(そうだ、それがあるから絶対に休むなと言ったんだったと恭は己の記憶力の無さを恥じる、体調不良は言い訳にならない)、自前の包丁を持って行ってたのか真田家の料理長は。調理師免許も持っていないくせに、銃刀法違反で捕まっても知らないぞと言いたかったがそういう状況では無かった。

 

 「誰か女の匂いがするね……お兄ちゃん、まさか自宅療養を勧められていながら女の子を連れ込んでたの?」

 「ちょっと待て、何なんだお前の謎の嗅覚と殺戮衝動は!?」

 「さてさて、お兄ちゃんはその女に何処を穢されたのかな? その部分を早く切断してあげないと……ね??」

 「いやおかしいだろお前!!! 自分のキャラを忘れないで!!!!」

 

 必死で命乞いをする恭に、耐えきれなくなったらしい涼はぷっと吹き出した。いや、分かってましたけどかなり怖いです。お前は学校で一体何を学んでいるんだと問い質したくなるような演技力に恭はさっきまでとは別の冷や汗が出る。

 

 「ったく……何やってくれてんだよ」

 「ごめんごめん。流石にそんな女の人の匂いなんて分からないよ。実は帰り道でお兄ちゃんの部活仲間の人に会って。あのイベント事ではいつも楽しそうに絡んでるポニテの人」

 「ああ、璃音か……んで、璃音が俺の所に見舞いに来た事を聞いたと」

 「ううん、すれ違っただけ。その璃音って人からお兄ちゃんの匂いがした」

 

 あっけらかんと言ってくれる妹。それはそれで怖いわ。恭は更に身震いした。

説明
一応ギャグ回ですが主人公の屑さが見え隠れします。でもこれが私なんだよな〜……
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