真恋姫†夢想 弓史に一生 第七章 第十三話 |
〜蓮音side〜
「………………。」
「お願い!! ねぇ、しっかりして!!!」
辺り一面を橙赤色の炎が囲むその中心に、一人の男と一人の女がいる。
しかし、ただ居るのではない…。
男と女は、それぞれ違う状況下にあった。
女は、軽装ではあるが腰には長剣が差してあり鎧もつけている。
褐色の肌と桃色の髪は炎に照らされ、垂れ落ちる汗の雫がきらりと光るその様は、さながら一枚の絵を見ているようであった。
しかし、それだけがその光景を一枚の絵足らしめる由縁ではない。
その女は、膝立ちの状態で目の前に居る男の頭を片手で抱えながら、もう一つの手で肩を揺り動かしていた。
そして、男の方は………。
女に頭を抱えられながら、床に力なく脱力していた。
文官様の格好をし、白い上着の腹部辺りが血で真っ赤に染まりかえっている。
出血に伴う視覚異常の所為か焦点の合っていない目ではあったが、必死に何かを探して辺りを見回している。
そしてようやく女と目が合うと、男は………………笑ったのだった。
女には男が何故笑っているのか理解が出来なかった。
だからこそ、男が小声で何か言っていることに気付くのに時間がかかった。
「…………れ……ね………。」
「何っ!? 何て言っているの!?」
「………蓮………音………。」
「私はここよ!! しっかりして!!! ねぇ!!!!」
「………あぁ……よか………った………無事か……。」
「しっかりして!! 目を開けて!!!!」
「…はぁ……はぁ………ここは……危ない………は…や…く……逃げろ……。」
「いやっ!!! あなたを置いて行けない!!!」
「た………のむ………俺…の……代わりに…ぐふっ…ごほっごほ…………生き………てくれ……。」
男の肩をより大きく揺すり、何とか意識を失わせないように努めるが男はそろそろ限界のようだ。
双眸に溜まる涙が耐え切れずすぅーと流れ落ちるのと同時に、最後の力を振り絞り震える唇を微かに開いて、消え入りそうな声で最後に一言、
「………………ありがとう…………。」
と呟いて男の意識は途切れた。
男の顔は苦痛や悲観にくれるものではなく、最後の言葉に詰められた想いが表す様な、そんな満面の笑みであった。
男の体からは完全に力が抜け全体重が女の手にかかる。
「……ねぇ。目を……開けてよ…。 ……聞こえる? 私のお腹にね……もう一人赤ちゃんが居るの……。これで三姉妹よ? これから三人も子供を育てるとなると、かなり大変よ?」
男の手を握り締める。
さっきまで温かかった手は、既に冷たくなってきている。
「ねぇ!! だからお願い!! 目を開けてよ!!! いつものように笑ってよ!!! 私一人にしないでよ!!!!」
女の叫びも空しく、男が二度と目を覚ますことは無い。
絶望感が女を襲うが、先ほどの男との最後の約束を叶えなくてはいけない……。
女は男の死という重みを受け止め、溢れ出てきそうな涙を必死に押さえ込み、男を抱えたまま火の包囲網を突破し、その後無事に助けられたのだった。
女は泣いた。
ただひたすら泣いた。
泣き疲れては眠りに落ち、起きれば再び泣いた。
涙が枯れるまで約三日三晩泣き続けた。
女と死んだ男は互いを助け合うことを誓った夫婦であった。
だからこそ、女は酷く後悔し…泣いた。
夫が死んだのは、自分の所為と言っても過言ではなかったのだから……。
私があの時、もっと気をつけていれば………。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回り、考えれば考えるほど涙はとめどなく流れた。
そんな母親を二人の幼い姉妹は心配そうに見つめた。
お腹の中の子もそんな母親が心配なのか、じっと大人しくしているのだった。
そんな彼女たちの気遣いが、より一層女を苦しめるのだった。
そんなある日。
泣きつかれて眠った女の夢に死んだはずの男が出てきた。
女は男の姿を見つけると声をあげて泣いた。
そして、自分の罪を懺悔した。
男はそれを微笑みながら全て聞いた。
そして、全てを聞いた上で女にこう言った。
「僕は君と一緒に居られてよかった。何時かこんな日が来るかもしれないと思ってはいたから、覚悟はとうの昔に出来ていた。だから君は何一つ責任を感じる必要は無いんだ。 それよりも、君はやるべきことがある。 君は子供たちに心配をかけ続けるのかい? それでは僕は心配で、おちおち天国にも行けやしない。 君には親としての責任がある。 確りと子供たちを立派な大人に育て上げるという責任がある。 だから今は前に進むんだ。 僕の事は忘れてもいい。 全てが落ち着いてから思い出したら程度でいい。 君の人生はまだまだこれからなのだから、全力で進むんだ。」
男は最後に、死に際に見せたのと同じくらいの笑みを女に向けて消えていった。
女は男に向けて手を伸ばした。
そして気付くとそこは寝台の上で、白い天井に向けて手を伸ばしている自分が居た。
その日から女は変わった。
泣くことを止め、男に言われたとおり子供たちを確りと育てた。
そして三人目の子供も生まれた。
その女の子は尚香と名づけられた。
その日から七年。
尚香がある程度のことが分かる年頃にまでなって初めて、女は三人の子供を連れて男の墓参りにやってきた。
小さな石が墓標代わりに置かれただけの簡素なものであったが、女はその場所をとても大事にしていた。
そして子供たちに教えた。
自分たちの父親がどういう人であって………既に死んでいるのだと言うことを…。
墓石に手を合わせながら、女は誓った。
男の目指していた世界………平和な世の中…。
武に生きる者ではなかった彼であったが、どうにかして世の中を平和にしようと日々努力していた。
その願いを私が受け継ぎ、孫呉をもってこの世を平和にすることを誓った。
私のような思いをする人が、これから先出ないようにするための世の中を作ることを誓った。
そして、その世の中を天国に居るであろう彼に見せることを……誓った。
それから数年後、女は市民から刺史にまでなりあがった。
全ては男との約束を果たすため………。
そんなある日、賊討伐の勅使を中央よりうける。
最近領内でもよく賊の存在を聞くようになったものだが……何かの前触れなのだろうか……。
とにかく、賊を野放しにすることは出来ないので一団を率いて出向くことにした。
報告のあった賊の拠点に行って見ると、青年の姿があった。
その青年は見たことのない服を着ている……。
何処ぞやかの高官の子供かと思われたが、ここは賊の拠点。
いかに偉い立場の息子と言えど、賊ならば容赦はしない…。
兵たちに命令し、その青年を含む計三人を捕らえた。
が……話を聞くとどうやら勘違いらしい。
この者達は三人で賊を潰したのだと言う。
確かに賊の一団らしき者達は縄で縛られている。
ならば、この者達は私たちの手助けをしてくれたわけだ。
刺史たる者、手柄を立てたものに恩賞を与えないわけにはいかない。
それと同時にこの青年にも興味がわく。
賊の一団を相手にとれるだけのその力に……。
青年を寿春に誘うと、彼もそうする予定だったそうだ。
ならば都合がいい。
道中で聞きたいこともあるし、色々と話させてもらおう……。
『ははっじゃあお言葉に甘えますね。(にこっ)』
ドクンッ!!!!!!!!
………彼は笑った。
その心の内を全て映すような………そんな温かい笑顔で……。
その笑顔は………。
男の笑顔と被って見えた。
酒を飲みながら青年に理想を聞いた。
青年は事も無げに言ってみせた。
『この世を平和に、皆が手に手をとって暮らせるような世の中にしたい。』
………意外だった。
その考えにではない。
彼の言った理想が……笑顔が……男と変わらなかったから………。
彼は言った。
自分は天の御使いであると…。
では彼は…………男の生まれ変わりなのであろうか……。
彼の姿に男の姿がダブって見えた。
ならばもう二度と、彼を一人にはしない…。
何があっても、彼は私が助ける……。
「何っ!? 一人で乗り込んだだと!?」
あらかたの賊が片付き、聖に挨拶をしようと彼のとこの将に所在を聞くと、そういった答えが返ってきた。
思春から聞いた話では、聖は敵の総大将に敗れていたらしい……。
しかも、命をとられる一歩手前であったとか……。
それなのにまた一人で挑むとは、何がお前をそこまでさせるのだ!!?
「くっ!! 北郷と言ったな? この場は私の部下とお前たちに任せたぞ!!」
「分かりました。聖をよろしくお願いします!!」
私は直ぐに馬に跨ると、賊の陣地へ向けて突進した。
聖…………死ぬのは許さないわよ……。
敵陣へ突貫していく中で、一番の奥の天幕がやけに怪しく思えた。
あくまでこれは私の勘なのだが、生まれてこの方この感性が外れたことは無い。
十中八九、聖はあそこで賊の総大将と戦っていることだろう。
天幕の入り口まで来たところで、中から声が聞こえてくる。
聖の声と敵の総大将の声だろう……。
「おっと……私としたことが……冷静さを欠くとは情けない……。」
中を覗くと、眼鏡をかけた男と………うつ伏せで倒れている聖の姿が……。
とりあえず、既に殺されていると言う最悪の状態は回避できたが……何時殺されるかも分からない状況であることは確かだ…。
「あなたの罵倒、素晴らしいものでしたよ? まさか、私があんなに乱れるなんて……。そのお礼として、あなたには素敵な贈り物をしなくては……。」
賊の総大将であろう男の不気味な笑い顔をみると、胸に嫌な靄がわく。
「な……何を……する気だ……??」
「どうやらあなたを虐めても面白く無さそうだし、どうせならあなたの心を抉ろうかと思いましてね…。」
そう言って、奥の鉄檻の方へと歩みを進め始める。
「ま……まさか……やめろ!!!! 彼女たちに手を出すんじゃない!!!!」
「おやっ? 予想以上に効果がありそうですね…。これは、やる価値がありそうです。」
「やめろ!! やめろ〜!!!!!!!!!!!!!」
何が起こっているのか良くは分からないが………手負いの女に手を上げるとは男の風上にもおけない奴だ!!
「……女に手を出すとは……卑怯者のする事と心に刻んでおけ!!!!」
「何っ!!!!???」
入り口から入った勢いそのままで奴に切りかかる。
この一撃で決めれればそれに超したことは無かったが………避けられてしまってはしょうがない…。
しかし、少なからず虚を付いたことは私に有利に働く。
奴は手負いの状態となり、全力を出すことは出来ないだろう…。。
背後で蹲りながら此方を見ている聖の安否を肩越しにちらりと確認し、直ぐに奴に向き直る。
その時、敵対する相手への恐怖や好戦意欲以外に別の感情が湧いていた。
それは戦場には似つかわしくない……安堵だった。
良かった……。
彼を守れて良かった……。
今回は……何とか間に合った……。
〜聖side〜
蓮音様の加入により此方に分があるように思えたが………。
数十合と于吉と打ち合う蓮音様。
初めこそ、奴の身体に傷をつける程度のことは出来ていたが、合数を重ねる毎に蓮音様の剣速は落ち、凡人程度の速度になった頃には于吉に傷をつけるどころか防戦一方になっていた。
蓮音様もどうやら俺と同じような状態に陥っているようだ…。
「ほらっ!!! どうしました? 江東の虎、孫文台ともあろう者がその程度ですか?」
「ぐっ!!! くそっ………何故だ!! 何故思うように体が動かん!!」
「ふふふっ、そろそろ自覚する方が利口だと思いますよ? あなたは『弱い』そして、私は『強い』。」
「私が………お前のような奴に遅れを取るものか!!!」
「良いですね〜……その獲物を鋭く睨む虎の目の迫力……ぞくぞくしますよ…。」
どうにもこのままではいけない。
だがしかし、参戦しようにも思うように身体に力が入らないのだから仕方ない。
こんな逡巡をしている間にも、蓮音様は追い込まれていってる。
せめて何か一つ……何か一つ奴の能力についての情報は無いのか………。
ガキンッ!!!!!! ヒュルヒュルッ ドスッ!!!!!
その時、辺りに甲高い金属音が響いたかと思えば、地面に何かが刺さる音が聞こえる。
「あははははっ!!!!! 『弱い』あなたと『弱い』彼では二人同時でも『強い』私には敵わない!! あなた方は私に殺されるのを待っていれば良いんですよ!!!!」
「ぐぐっ………。」
「蓮音様っ!!??」
見ると、蓮音様の武器が弾き飛ばされ絶体絶命の状態だ。
くそっ………このままでは………。
………………………ん??………待てよ………。
何故奴は会話の中であんなにも『強い』、『弱い』と連呼する……??
そして天幕という閉鎖空間……。
その中に響く一定の水音……。
…………そうか…そういうことか!!!!
そういうことなら話は早い……。
于吉………お前の負けだ!!!!!
弓史に一生 第七章 第十三話 (我不踏同轍|我れ、同じ轍をふまず) END
後書きです。
第七章第十三話の投稿が終わりました。
この第七章なんですが、黄巾編が終わるまで続ける予定なので、第七章がやたら多くなってしまいます………。
これに関しては作者の先見がなかったことによります。申し訳ございません。
さて、今話を含めて私の小説は全部で87作品が公開されています。(87作品中目次と外伝もあるので、単純な話数だけでいくと、今話が83話ですかね…。)
そしてさらに、私がこの小説を書き始めて丁度一年が経過したときでもあります。
思えば、初めに投稿したのは別の場所でした。
そして、そこからの転載ということでこのTINAMIのユーザー様方には多大な迷惑を与えてしまいました………。そこの所、本当に申し訳ございませんでした。
そのこともあって、私の小説はきっと見てくれる方も、支持してくれる方も少ないだろうと私は思っていました。
しかし、私としては一人でも私の小説を読んでくれる人がいるなら、その人のために書き続けたいという思いが強くあり、閲覧数やお気に入り登録など気にせず書き続けてきました。
そんな中、一話また一話と上げるうちに、お気に入り登録数は増え、閲覧数もどんどんと増えていきました。
こんな私の小説を受け入れてくれるTINAMIユーザーの皆さんの心の深さに、目頭が熱くなりました。
物語はまだまだ途中……原作を知っている人ならわかると思いますが、正直言って序章の段階です。
今後のことを考えると、多大な話数となりそうですが、どうにかすべてを書ききり、最後に皆さんの感想が聞けたらなと思っています。
こんな私ですが、どうかこれからも宜しくお願いします。長文すいませんでした。
さて、次話ですが、来週の月曜日にあげます。
それではお楽しみに。
説明 | ||
どうも、作者のkikkomanです。 今話、物語としてはさして進みません。 ただし、ある人の過去に関する話です。 何故あの人は聖と関わっているのか。 その答えが……。 そして、于吉との戦闘にも進展が……。 |
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