あの日言えなかった言葉を… (1)誘い |
ザワザワ、ザワザワ……
絶え間なく、木の葉が風に揺れる音が聞こえていた。
音は、近づいたり、遠ざかったりを繰り返している。
なんだか心地よい気分だ。
何もない空間に浮かんでいるよう。
夢かうつつか、わからない。
何だろう、声が聞こえる。
遠くに、
女の声?
(……きて……)
(……きて、コナン君……)
(起きて、新一……)
江戸川コナンは、そこでハッと目が覚めた。
周りは真っ暗闇だった。何があったのか思い出せなかったコナンは、そのままじっとしていた。外からだろうか、木の葉の音が不気味に響いていた。しばらくすると、目が暗闇に慣れてきた。丸太が剥き出しの壁が見える。どこかの山小屋にいるのかもしれない。とりあえず外の様子を確認しようと、椅子から立ち上がろうとした。
が、立ち上がれない。
コナンは驚いて自分の体に目を落とした。コナンの両手首は、椅子の肘に太い縄で縛りつけられていた。両足首も同様に椅子の足に縛りつけられ、首と腹部も背もたれに縄で固定され、全く身動きが取れない状態になっていた。さらに口をガムテープでふさがれ、声が出せない。そしてコナンの左腕には、何かのチューブのようなものが固定されていた。
(ど、どうなってんだ、これ……?)
二、三度もがいた後、目の前の暗闇を見たコナンの顔に、驚愕と恐怖の色が浮かんだ。
闇の中、浮かび上がった小さな赤い光が、静かにカウントダウンの数字を刻んでいた。
前日、朝。
ふああ……と大きなあくびをして目覚めたコナンは、何気なく時計を見たが、次の瞬間、ガバっと跳ね起きた。九時をまわっていた。
コナンはパジャマに、蘭お手製のカーディガンを羽織ってリビングにおりてきた。
「あ、おはようコナン君」
毛利蘭は笑顔でコナンを見た。
「昨日はずっと事情聴取で疲れてただろうから、寝せておけってお父さんがいってたから起こさなかったの」
「う、うん……ありがとう……」コナンは寝ぼけ眼で洗面所へ向かった。洗面所では小五郎がひげを剃っていた。
「おはよう、おじさん……」
「なんだコナン、やっと起きたのか、このねぼすけボウズ。早く顔洗っちまえ、メシ冷めちまうぞ」
コナンはちょっとほほえましい気持ちで「うん、ありがとう、おじさん」と答えた。
コナンは洗顔後、パジャマのまま、ごはんに味噌汁、目玉焼きの遅い朝食をとった。テレビのニュースでは、最近開業した東京スカイツリーの特集を盛大にやっていた。インタビュアーが、車いすに乗った娘とその父親をインタビューしている。
『娘は難病を患っていて、余命半年と言われているんです。最初はもう、悲しくて悲しくて。でも、今日、こうして娘とスカイツリーを見に来て、考えが変わりました。どんな最期を迎えることになろうとも、娘と一緒に、残りの命を精一杯輝かせたいんです』
「そっか、スカイツリーを見に来る人は、ただ日本一高いタワーに行ってみたいっていう人だけじゃないんだね」
蘭は少し悲しげに言った。
「う、うん……」
コナンは何の言葉も返せなかった。この世には、いまだ治療法が発見されていない難病で苦しんでいる人がたくさんいるのだ。五体満足で生きていられるだけでも幸せなのに、そうとは思わず、社会の中で疲れ果て、人を恨み、道を踏み外した人々を、ずっとコナン(新一)は見てきた。
「そういえば、また怪盗キッドが予告状出したらしいな」
小五郎がふと思い出したように言った。
「確か、グラジーって名前のサファイアだったな」
「グラジー……変な名前ね。どういう意味なんだろう……ねえコナン君?」
「え?」
上の空だったコナンは、唐突に蘭に聞かれて戸惑った。
「だから、キッドが盗るって予告したサファイアの名前……」
その時、不意に呼び鈴が鳴った。蘭が玄関に走って行った。
「すみません、朝早く……」
コナンはハッとした。この声の主は沖矢昴、新一の家に居候している大学院生だ。
「今朝、郵便ポストにこの手紙が入っていたんですが……」
「そうですか」
蘭は受け取ろうとしたが、沖矢は蘭には渡さず、ドアの隙間から見ていたコナンを見た。
「君、ちょっと来てくれないか」
コナンは、「ぼくまだパジャマだし……」とぶつぶつ言ったが、渋々出てきた。沖矢はコナンの前にしゃがみ、コナンの腕をつかんでぐっと引き寄せた。
「……え?」
「これを」
沖矢は、コナンの手に手紙を握らせた。
「工藤新一君に渡してくれますか?江戸川コナン君」
危険をはらんだその言い方に、コナンは身をこわばらせた。
「どうしたんですか。この手紙に、どうしても誰の目にも、特に女性の目には触れないようにというメモが添えてあったので、君に託しているだけですよ」
コナンは、まだ沖矢を睨みつけながら手紙を受け取り、差出人の名前を見た。途端に、コナンの表情が変わった。コナンは手紙を見つめたまま自分の部屋に戻った。
「どうしたのかしら?コナン君……」
走り去ったコナンを見つめる蘭に、沖矢は言った。
「きっと、早く新一君に手紙を渡したくて仕方がないんでしょう」
コナンは急いで部屋に戻ると、封筒をびりっと破いた。コナンは手紙を上から下まで見ると、フッと笑った。コナンはパジャマを脱ぎ、長そでTシャツとKのロゴが入ったパーカーを着、ジーパンを穿き、野球帽を被った。。そして、蘭に見つからないようにそっと探偵事務所を出て、どこかに出かけて行った。
トイレから出てきた蘭は、コナンがいないことに気づいた。
「あれ、お父さん、コナン君は?」
新聞を読んでいた小五郎は顔を上げた。
「ああ、あのボウズ、さっき出てったぞ。どうせまたキャンプの打ち合わせなんじゃないのか?」
「ホー、あのボウズ相変わらずキャンプ三昧しとるんか」
「うん、そうだね、って……」
蘭が振り返ると、大阪の少年探偵が立っていた。
「は、服部君!?」
「なんでお前がここにいるんだ!?」
「ええやんけ、仕事でこっち来て、そしたら依頼人があんた、毛利探偵に会いたい言い出してのォ、それで寄ったっただけや」
「依頼人?」
そう問いかけた蘭は、平次の手元を見た。その手には折りたたまれた車いすの取っ手が握られていた。
「車いす?」
「ああ、これは……」
その時、遠山和葉が、誰かを背負いながら入ってきた。
「その彼女のモンや」
和葉は、おぶっていた女性をそっと、平次が開いた車いすに乗せた。
「この人に頼まれて、人捜ししとるんや」
「ホォー……」
小五郎は目の前の美人を見つめた。
「初めまして、上村小梅といいます」
そう自己紹介した女性は、28,9歳くらいで、栗色の髪に緑色の目、白い肌をしていた。清楚な印象の彼女に、さっそく小五郎の鼻の下が伸びた。
「えー、お嬢さん、今日はどういったご用件で?」
「アホ」
平次が突っ込んだ。
「彼女は俺らの依頼人や。俺らが毛利探偵の知り合いで、その娘が工藤新一の知り合いや言うたら、ぜひ会いたいて言われて寄ったんや。さっきも言うたやろ」
「新一の、知り合い?」
蘭が怪訝そうに言うと、小梅は蘭に笑いかけた。
「新一さんには、以前とてもお世話になったの」
蘭はそう言われて、新一とこの人って、どういう関係なんだろう……と不安に駆られた。そんな蘭の様子を見てか、小梅はフッと微笑んだ。
「以前、私はある事件に巻き込まれて、それを新一さんが解決してくださったの」
「そうなんですか」
蘭はほっとした。
「それで、人捜しっていうのは?」
小五郎が尋ねると、平次は不機嫌そうに言った。
「せやから頼まれたんは俺たちや!おっちゃんトコ寄ったんはそのついで……」
「ええやん平次。毛利のオッチャンもおったら、早よ見つかるかも知れへんやん!」
和葉の言葉に、平次は憮然としながらも、一枚の写真を出した。
「この人や」
写真には、聡明な顔立ちの男性が写っていた。
「湯沢勉、30歳。小梅さんの恋人で、大阪府警の警察病院に勤めとったんやけど、1か月前から行方不明になってしもたらしいんや」
「行方不明?」
小五郎は不審そうに尋ねた。
「警察には届けてないのですか?」
「ええ」
小梅は答えた。
「勉さんのご友人の方によると、居場所は明かさないものの、時々連絡は来るそうなので、警察に言うまでもないと思いまして」
「なるほど」
小五郎は写真を眺めながら言ったが、何か思いついた。
「ん?どうしてあなたは、湯沢さんが東京にいると分かったのですか?」
「あ、それは、ご友人の方の電話に入っていたそうなんです、『次は米花、米花』という駅のアナウンスが」
「ほお」
小五郎は顎に手を当てた。
「せやから、都心のどっかにいてる思て探しに来たんや」
平次が言った。
「で、具体的にどこにいるか見当はついているんですか?」
「いいえ」
小梅はうつむいた。心配そうな小梅の顔を見た小五郎は、胸を張って言った。
「いかに手がかりが少なかろうと、この毛利小五郎、必ずや湯沢勉さんを見つけて御覧に入れましょう!!」
「ほ、本当ですか!!」
小梅は目を輝かせた。
「ちょっと、お父さん!?」
「ホンマにこのおっちゃんに出来るんかいな……」
小五郎と小梅以外の三人は、別の意味で心配になった。
(……ったく、何でこーゆー時に工藤がいてへんのや……)
「ん?どうしたん、小梅さん?」
和葉が、小梅の様子が変わったことに気づいた。
「あ、あの、私、トイレに行きたくて……」
「あ、ほんなら一緒に行きましょ?ウチもちょうどしとうなっとったトコやし」
和葉は小梅の車いすを押してトイレへ向かった。
その時、再び呼び鈴が鳴った。蘭が出ると、朝も来た沖矢が立っていた。
「どうしたんですか昴さん?」
沖矢は話すのをためらっている様子だった。その手には家電の子機―見慣れた、新一の家の電話の―が握られていた。
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
沖矢は答えない。
「何かあったんですか?」
沖矢の眼鏡の奥の表情に、不安な気持ちを抱いた蘭は、もう一度聞いた。沖矢は目を合わせずしばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。
「……コナン君が、誘拐されました」
「ゆ、誘拐やとォ!?」
平次が大声を上げると、トイレから和葉が顔を出した。
「うるさいなァ平次、何かあったん?」
「誘拐や!あのボウズ、誘拐されたらしいで!!」
「誘拐て、コナン君が!?」
「せやからそう言うてるやろ!!」
沖矢の突然の報告に、誰もが混乱した。
「ま、待て!どうして、コナンが誘拐されたと!?」
小五郎が詰め寄ると、沖矢は持っていた子機を差し出した。
「さっき、電話がかかって来たんです」
沖矢はそういうと、再生ボタンを押した。
『はい、沖矢ですが』
『沖矢?工藤新一ではないのか?』
機械で変えたような声がした。
『ここは工藤新一さんの家ですが』
『では、工藤新一の知り合いか』
『まあ、そういう者ですが』
『では、これから言うことを工藤新一に伝えろ。さっきお前の代わりに来た眼鏡の子供を誘拐した。この子を殺されたくなければ、30分後に掛ける電話の指示に従え。ただし、電話の内容を一切人に教えるな。警察は絶対に呼ぶな。そしてお前も、死にたくなければ妙な真似はするな。この電話の事を他人に教えるな。もし一つでも破れば、この子の命はないと思え』
そこで電話は切れた。
(お前の代わり?)
平次はその言葉が引っ掛かった。
「……なるほど、あの探偵ボウズに怨みがある誰かがコナンをさらったのか」
小五郎は言った。
「しかもさらったのはついさっきだ」
「ついさっき?」
平次は尋ねた。
「お前と入れ違いにコナンが出掛けたんだよ」
「それ、何の用事や?」
「さあ……俺たちはキャンプの打ち合わせに行ったんだと思ったが……」
「手紙……」
蘭が呟いた。
「え?」
「朝、昴さんが新一宛ての手紙を持ってきて、コナン君に渡したんですよね?」
「ええ……封筒の差出人の名前を見て、急いで部屋に戻ってしまいましたよ」
平次はそこでハッとした。素早く踵を返すと、コナンの寝室に向かってダッシュした。バンと音を立ててドアを開け、無造作に脱ぎ捨てられたコナンのパジャマをバッと跳ね除けた。
(これや……!!)
平次は落ちていた手紙を拾って読んだ。しかし一行追うごとに表情が険しくなり、最後には驚愕の表情に変わった。平次は振り返り、厳しい表情で呟いた。
「まさか、あの人……」
〈続く〉
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ある日突然誘拐されたコナンと、彼の救出のために奔走する人々を描いたファンフィクションです。 | ||
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