ジェラード 『ガレーネーの丘のアリナ』
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 外ではふくろうの優しい声。

 

 「いかがですか?お体の方は」

 ライザのお母さんがボクにお茶を運んできてくれた。

 「ええ。大丈夫です」

 いい香りを放つ器をそおっと口へ運ぶ。

 

 ふう

 

 夜になって少し落ちついた。

 再生法はかなりの力を要するのでさすがのボクも消耗してしまい、出発を一日

延ばすことにした。それにヤルタの傷も治ったとはいえ、痛みをこらえていた分だけ

体力を失っている。思ったより傷が深くてびっくりしたが、やぱ、王子様だね。

かなり我慢してたみたい。いじめちゃってちょっとかわいそうだったな。

 

 「ラサム、どう?」

 ヤルタが入ってくる。だいぶ顔色がいい。

 

 「うん。へーきへーき。」

 ガッツポーズで決めるボク。

 様子を見に来てくれるなんて、彼、結構優しかったりするんだな。

 

 「そうだよな。昨日からあれだけ食べてれば。よく太らないよな」

 「あう」

 

 気を許したボクが馬鹿だった。今度怪我したときはもっといじめてやる…え?

 ボクのクリスタルが輝く。

 

 「何?」

 「誰か虫に襲われてる!」

 「早く転送しなきゃ!」

 「ちょっと待って!遠いから!」

 

 ジェラードと言えどその力の及ぶ距離は限られている。経験を積んだ者でも遠方から

の転送はかなりの集中力を要する。特に生き物の場合、失敗するとその命が失われて

しまう恐れがあるのだ。経験のないボクにとってかなりのプレッシャーである。

遠距離転送は先回のヤルタが初めてなのだから。

 

 ボクは暗い表へ走り出た。

 精神を集中する。クリスタルが輝く。

 「見えた!」

 ボクは右手をかざす!

 

 閃光が葉を黄色に輝かせながら木々の間を激しく駆け抜け、ボクの上の空間で

球体となる!

 

 人影が浮かぶ。

 「やた!成功!」

 

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       ジェラード 『ガレーネーの丘のアリナ』     

 

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 転送した男性は年の頃は25,6才。良い身なりをしてる。紫のマントに、デルデス

地方の物だろうか。上等の剣。で、そんなことはどうでもいい。すごい美形なんだな、

この人。さらさらの黒髪。鼻筋の通った渋めな顔立ち。今、隣の部屋で寝てる。

 

 また力使っちゃったボクはエネルギー補給。ぱくぱく。

 そんでもって、わくわく どきどき。

 

 「落ちつきがないなー」

 「え、え、え」

 「あの人、いい男だからなぁ。いくらラサムが”男”気取ってもしかたないか」

 「ぎくぎくぎく」

 「ま、”男”のラサムは相手にされな…い!痛い、痛いっ!」

 「うりうりうり」

 

 ボクは好きで男やってるわけじゃないの!

 ジェラードの血さえもらってなければ今頃はねぇ!

 ヤルタにヘッドロックを決めていたところに、ライザが入ってきた。

 

 「あの人、気がついたみたいだよ。あ、何して遊んでるの?ライザもまぜて」

 「はい、タッチ。手加減いらないよ」

 「うん。うりうりうり」

 「あー!痛いー痛いー痛いー」

 年の割にはうまいぞ、この子。将来いいおかみさんになる。

 

                 *

 

 ふう。

 溜息のボク。

 

 「そうでしたか。それは災難でした」

 ライザのお父さんが気の毒そうに言う。

 今、皆で彼の話を聞き終わったところ。

 

 彼の名はデニス・カトゥールという。ここからちょうど西の方にあるミンダナという

 町から婚約者のアリナという女性を訪ねてガレーネーの村へ行く途中、虫に襲われた

 そうだ。うーん。残念。やぱ、いい男にはちゃんといるんだなぁ。ちぇ。

 

 しかしボクの溜息の理由はそれだけではない。

 「しかし、立派な剣をお持ちなのにそれさえふるえなかったとは」

 「ええ、剣だけではありません。銃もあったのですが、暗かったのと、相手が急に

 襲ってきたので抵抗する間もありませんでした。馬がやられている間に逃げるのが

 せいいっぱいで。」

 「では、デニスさん。あいては一匹じゃなくて…」

 いつのまにか女の子の締め技から逃れてきたヤルタが尋ねた。

 「わかりません…しかし、逃げる私に回り込んで来るくらいですから、あるいは…」

 

 「ちょっと、ヤルタ」

 「?」

 ボクはヤルタを脇へつれていった。

 「ねえ、ちょっと王宮へ行くの遅くなってもいいかな」

 「どうして?」

 「ちょっと、この人の件片づけていきたいんだ」

 「でも、あの人婚約者がいるんだろ?いいとこ見せたって…」

 「そういうんじゃなくて!ちょっと、ほっとくとマズイかもしれないんだ。

 襲うパターンからするとこのたぐいの虫」

 そして、もしかすると。

 「ラサムがそう言うんならいいよ。テトロ様がオレの国へ行ってくれたことで、

 オレの用事の半分はすんだんだから」

 「あんがと。ちょっとヤルタの力も借りなくちゃいけないかもしれないよ」

 「まーかせろ」

 

 普通、虫は一つの獲物を捕らえるとそれを取り込み終えないうちは次の獲物を

 ねらわない。しかし、そうしない物もいる。それは…

 

 「デニスさん。あす、一緒にガレーネーへ行きましょう。ジェラードとしてこれを

 ほうって置くわけには行かないので」

 「ありがとうございます。ジェラードの方が御一緒だと心強い。

 実は式が1週間後に控えていますので、なんとしても2、3日中にはガレーネーに

 つかないといけないのです」

 (あう)

 「では、明日馬車を出しましょう。そうすれば暗くなる前にガレーネーにつける」

 「本当にありがとうございます。よそ者にこんなに親切にしていただいて」

 「お互い様ですよ」

 農夫は優しく笑ってそう言った。

 

                   *

 

 「ばいばい!お兄ちゃん達!またきてねー」

 ライザをはじめ村の人たちが手を振る。

 「さよなら!」

 「またね!」

 

 馬車は乾いた心地よいリズムを刻みながら午前の明るい森の中を抜けて行く。

 

           ゴトゴト

                     ゴトゴト

 

 「しかし、ずいぶん遠い所から来られたのですね。ミンダナからはここまでゆうに

 5日はかかります」

 

 先ほどからヤルタがデニスと話をしている。ボクはと言うとわらの上に寝そべって、

 ときどき視界をすり抜ける小鳥の数をぼんやり数えていた。

 

 「ご存じのようにデルデス地方は金属製品を王宮に献上しています。3年前の

 春ですが、やはり王宮へ向かう途中、馬車が雨の中動かなくなってしまったのです。

 村まではまだ少しありました。ずぶぬれになり途方に暮れていたところを、たまたま

 通りかかった馬車に助けてもらったのです」

 「その方がアリナさん」

 「ええ。そのすぐ後、雨のせいだったのでしょうか。私は熱を出してしまい、

 4日間も動けなくなってしまったのです。そのあいだ彼女は私を

 看病してくれました」

 

 人生タイミングがあるからなぁ。ボクなんて生まれたときからタイミング外してる

 もんな。ぐしぐし。

 

 

 2時間も走っただろうか。馬車が止まる。

 

 「デニスさん。ここら辺じゃないのですか?」

 ボクらは馬車を降りた。

 「そうです。ここで、襲われたのです」

 道ばたには、血の跡が。

 

 「ここからボクらは歩いて行きます。どうか引き返してください」

 「いいのですか?」

 ライザの父親は心配そうに気遣ってくれる。

 

 「ええ、ここから先は危ないですから。もし帰りに何かあったらライザちゃんに

 申し訳がありません。日の高いうちに」

 「わかりました。では」

 「本当にお世話になりました」

 

                   *

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 あたりの気配を探るボク達。

 

 「何か感じるかい?ヤルタ」

 「いや、この近くにはいないみたいだ」

 「みなさん!こっちに!」

 

 デニスに促される方を見ると…

 「「!」」

 

 そこには馬の死体。それも首だけが木の上にぶら下がっている。胴体だけが持って

 行かれたのだ。

 

 「ラサム!これは?!」

 「うん…」

 

 やばい。思った通りだ。

 

                  *

 

 ボクらはガレーネーへ向かって歩いていた。

 すでに森林地帯は抜け、道は背の低い草が風になびく中ボクらの歩みの前に続く。

 「ラサムさん。虫はどうするのですか?」

 「虫はおそらく夜にならないと動き出さないでしょう。とにかくデニスさんを

 アリナさんの所へお送りします。仕事はその後で」

 

 結婚式が1週間後なら、のんびりしてはいられないだろう。

 アリナさん、うらやましいなぁ。こんな美形の男の人と。うーうー。

 

 小一時間ほど歩いてボクらはガレーネーの入り口にさしかかった、が。

 

 「ラサム…」

 「ヤルタ、わかる?」

 「ああ」

 

 彼の感覚器も捕らえているらしい。

 この”恐れ”に似た感覚。村全体が一つの感情に満たされている。

 何かが、起こったのだ。

 

 村の通りは行き交う人々。

 果物を並べ商いをする男。

 品定めをしている掫人達。

 

 しかし、皆、何かを心に抱えている。

 

 「やあ!トーレスじいさん!」

 その時、デニスが人混みで知った顔を見つけた。

 

 「しばらく!お元気そうで!」

 だが、老人は驚いた様子でデニスの顔を見つめた後、逃げるように牛車によじ登る。

 

 「え、あ?じいさん!」

 老人は目を合わせぬよう肩をすくめ、牛の尻をこづき、せかす。動き出す牛車。

 通りの人々をかき分けて、見えなくなる。

 

 「じいさん…どうしたんだ…」

 

 ボクらは老人の感情を読んでいた。

 

 「ラサム…」

 「うん。やぱ、何か、ある」

 

 

 大通りを抜け、デニスは先を急ぐ。能力がない彼も何かおかしいことを察したのだ。

 焦っている。

 

 着いたのはワラぶきのこじんまりとした農家。

 ニワトリがひなを連れてのちのち歩いてゆくのを、

 見るとはなしにヤギがモグモグながめている。

 納屋の方では牛の声。

 酪農が家業のようだ。

 

 「こんにちは!カトゥールです!こんにちは!」

 納屋の扉がギイと開き、濃い緑の厚手のショールを肩にした老婆が牛乳桶をもって

 姿を現した。と、いきなりそれを放り出してデニスの所へ走り寄り、

 足下へくずおれる。

 

 コンコロンとしめった音を立てて転がる桶。

 

 「おばあちゃん!いったい何が起きたのですか!」

 老婆は、腰を落とし問うデニスのマントをつかんで離さず、嗚咽するだけだ。

 「おばあちゃん。とりあえず家の方へ行きませんか。落ちついて話を

 聞かせてください」

 

 促すデニスに、顔を覆ったまま老婆は頭で同意し、よろよろと立ち上がる。

 

                  *

 

 「なんですって?!」

 

 デニスはテーブルをひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がった。

 ボクらもあまりのことに言葉もない。

 「アリナが生け贄にされた?!」

 

 老婆が涙でとぎれとぎれに語ったことはこうだ。

 

 この4日前に丘の放牧地で草をはんでいた30頭ほどの牛が倒れた。

 そしてその次の日にはやはり17頭の馬が死んだ。

 

 この村では7、80年に一度、家畜が原因の分からぬ何かのせいで大量に死ぬことが

 あるそうだ。そして、家畜が死に絶えた後、その災いが人間にまで及ぶという。

 

 昔から、災いの度に村の若い娘をくじで選び、丘の神殿に生け贄として捧げ、災いを

 鎮めてきたというのだ。

 

 村の年寄り達が相談し、くじが作られた。

 そしてその不幸なくじを、老婆と二人で幸福を目の前に待っていた娘が引いて

 しまったのだ。

 

 「だからオレは神ってのは嫌いなんだ」

 ヤルタが腕を組んで吐き捨てるように言う。

 

 「神ってのはこの世の中の物をぜーんぶ作ったんだろ?人間も動物も。じゃあ

 なんで、自分の作った物からわざわざ搾取するんだよ。幸せを奪っちゃうんだよ。

 そりゃ神じゃないよ。”悪魔”だ」

 「うんとーり。こいつは”悪魔”の仕業だ」

 ボクは同意する。

 

 「おばあちゃん!丘の神殿というのはどこにあるのですか?!」

 デニスが悲しみと怒りに燃えた目で尋ねる。

 

 「私は彼女を取り戻してくる!」

 「やめてくだされ」

 「なぜですか?!」

 「今神殿に行ったところで、もうアリナが生きているかどうかもわかりません。

 それに1週の間は神殿の入り口に見張りの者がつきます。よそ者のあなたさまが

 そんなことをしましたら、村の者にどんな仕打ちを受けるか…」

 「しかし!」

 

 「いい方法がありますよ」

 「いい、方法?」

 デニスはボクに向き直った。

 

 「神殿へ行きましょう。見張りに見つからないように中へはいる方法があります。

 でも、もし、アリナさんが…」

 「ああ、わかっている。覚悟は出来てる」

 愛する人の死を確認することほど辛いことはないはず。

 でも、彼、望みは捨てていない。

 ああ。ボクはこの人のために、いや、二人のために出来る限りの事をしてあげよう。

 乙女の心はこういう話に弱いの。胸が熱い。どきどき。

 

 「じゃあ、さっそく。おばあちゃん、心配しないでくださいね。ヤルタもいくよ!」

 「おーし。神とやらに文句つけてやる!」

 

                   *

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 ボクらはすでに神殿の中にいた。まさか見張りの者達も侵入者が空間移動で

 やってくるなんて思っていないだろう。

 

 「ここか…」

 祭壇の向こう側に彫刻の施された扉がある。

 

 「この中で一週の間、神に仕える…のか」

 「扉を開けるぞ!」

 

 ギィィィィィィィ

 

 渋い音を立てて開く。かび臭い空気が流れてくる。

 かなり短くなったろうそくに照らされる石畳の廊下。

 ボクらは用心しながら奥へ進んだ。

 

 と、ボクらは人影を見つけた。白くて長い衣、金色の長い髪が石の台の上に寝か

 されている。

 

 「アリナ!」

 駆け出すデニスの後を追うボクら。

 「アリナ!しっかりて!アリナ!」

 

 ろうそくに照らし出された美しい娘は、眠り姫のように王子様に抱かれる。

 揺り起こされ、うっすらと開いた目は自分が誰に抱かれているのか気がついた。

 

 「デニス様!」

 

 娘は愛しい人の胸に顔を埋める。

 愛し合う二人の熱い抱擁。ううう。やける。

 

 「よかったですね。無事で。さあ、ここを出ましょう!」

 ヤルタが促す。野暮な奴。

 その時、娘は我に返った。

 

 「デニス様!早くここを出てください!わたくしはもう駄目なんです!」

 「「?」」

 「村の者ならいい!こんな迷信のために君が…」

 「いえ!お願いです!私のことは忘れてください!!」

 「どうしたんだアリナ?!いったい何が!」

 「お願いです!どうかわたくしのためだと思って!」

 彼女の目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ、揺らめく明かりの中で悲しみのしずくと

 散った。

 「アリナ…」

 

                     *

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 彼は男らしい広い肩に紫のマントをなびかせながら、太陽の傾きかけたほんのり

 赤い光の中にたたずんでいる。一面に咲き乱れるユリの花を揺らす穏やかな風。

 

 「きれいな花ですね」

 「ええ。この花畑はアリナが世話していたんです」

 「デニスさん…」

 「どうして彼女は私を遠ざけたのでしょう…」

 彼はそうつぶやいてため息をついた。

 黒髪をなびかせて振り向く。

 

 「私はここの年寄り達と話をしてくるつもりです。何があったにせよこんな迷信の

 ために彼女が犠牲になるなんて耐えられません」

 

 一輪のユリを手に、青年は決意に満ちた目でボクの脇を抜けていった。

 ボクはとうとう恐ろしい考えを彼に伝えることが出来なかった。

 

                    *

 

 神殿のすぐ近くの林の中。もうすっかり夜はふけて、星がピカピカときれいな

 自己主張してる。

 

 「なぁ、ここにいれば本当に”神”とやらの正体がつかめるのかぁ?」

 小一時間もじっとしていられない王子様はごねた。

 

 「そう。おそらく生け贄ぐらいじゃ”神”は満足してくれてないよ。第一デニスさん

 が襲われてるじゃない。時間的に言ってアリナさんが神殿に入った後も人や動物が

 襲われてるわけだもの」

 「ところで、デニスさんは?」

 「村の年寄り達の所へ行った」

 「あーあ。年寄りというのはどうもなあ。頭の固いのはどこの国でも同じだろうな」

 ヤルタはごろりと草の上に寝そべる。

 

 「心配だなぁ。デニスさんはここの人達にとってはよそ者だから、

 村の事に口出ししたりすると…」

 「んだったら、ラサム、様子見てくれば?」

 「ここ、ヤルタ一人で大丈夫かい?」

 「まかせろ。虫なんてオレ一人で十分さ」

 これまでの経験が全然役に立ってないの。自信過剰の子。

 

 「じゃ、ちょっと様子見てくる。でも、虫が出てきたら戦っちゃ駄目だよ」

 「どしてさ?」

 「ちょっと虫に聞かなくちゃいけないことがあるんだ」

 「???」

 「ま、とにかく頼むね。今晩は”神”の正体を確かめるだけでいいんだから」

 「ん」

 

 ボクはクリスタルを起動し、転移した。

 

                   *

 

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 村の年寄りの屋敷。

 一群の人々にとりまかれるデニス。やばい感じ。

 ボクは彼のすぐ脇に転移する。

 「デニスさん。駄目でしょう?この人達」

 

 !!!

 

 ボクが急に現れてたじろぐ人々。

 彼の瞳は怒りに燃えていた。悔しさに歯がみする青年。

 どんなやりとりがあったかだいたい分かる。

 ボクは叫んだ。

 

 「この村のいちばん長はどなたですか?!」

 村人達の人垣が割れ、背の低い老婆が進み出た。

 

 「ボクはジェラードのラサム・バートという者です。この村に起きていることを

 調べに来ました」

 

 老婆は言った。

 「ほほ。ご苦労なことで。せっかくじゃが、ジェラードに出向いてもらうほどの事は

 ありませぬ。この村の昔からのやり方で解決させていただきました」

 「本当に解決したと思われますか?」

 「解決していないと言われるのか?」

 「ええ。今回は以前の場合とは異なります。今回は、そう、みなさんが”神”と

 言っておられるものにとって、最終的な行動です。生け贄だけでは収まりません。

 おそらくこの村全体を求めてくるでしょう」

 どよめく村人達。

 

 「ほっほっほっ。あんたのような若い者に何が分かるか。よそ者にとやかく言われる

 筋合いはない。早々にこの村から出てお行きなされ」

 「そうですか。では、次の生け贄にはあなたになってもらいましょうか。村長として

 責任をとってもらいましょう」

 ボクはまっすぐ老婆を指さした。

 「!」

 その瞬間老婆の眼光がきらめく!

 

 ボクは急いで空間に薄い裂け目を張り、老婆の気をはねのけた。

 ボォッ!

 ボクらの周りに火柱が立つ。

 何人かの村人がとばっちりを食らって服を焦がし、あわてて転げ回る。

 

 「術使いか!」

 

 ボクらジェラードのようにクリスタルを持たなくとも、ある程度の力を発揮する者が

 この世の中には存在する。ヤルタの様に自らの体に手を加えてそれを得た

 ”クリーチャー”や、生まれながらにその力を持つ者。この老婆がそれだ。

 おそらくこの力によってこの村で絶対的な影響力を持ってきたに違いない。

 

 ボクはデニスを後ろにかばい、老婆と対峙した。

 その時、一人の村人が駆け込んできた。

 「婆様!うちの牛がやられました!6頭も!」

 明らかに老婆の顔色が変わった。

 「どうやらみなさんの”神”はやはり生け贄をもっと欲しいようですね!さあ!次は

 誰がなりますか?!」

 

 ボクはずずぃっと周りの村人に指を向けた。後ずさる村人達。

 老婆はニイと笑って言った。

 

 「それはおまえさんだよ。皆!この者達を捕まえよ!」

 しかし、突進する村人はボクらの残像を見たに過ぎなかった。

 ボクらは少し離れた家の屋根の上にいた。

 

 「手に負えませんね。あの人達」

 「全くです!この時代にまだあのような呪術政治があったなんて!」

 

 その時ボクはふと大変な事に気がついた。

 ヤルタは神殿を見張っていたはずなのだ!それなのに牛が襲われたとすると…!

 

 「デニスさん!一度アリナさんの家に戻っていて下さい!」

 デニスの同意を待つ暇もなく彼を転送し、ボクはヤルタのもとへ転移する。

 

 

 「ヤルタ!」

 返事はない。

 焦るボク。

 

 「!」

 

 地面に光る液体。

 指に取り、月の光にかざす。

 

 血だ。

 それも新しい。

 

 ボクの頭からザザザと音を立てて血が引く。

 「ヤルタ!!」

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 ”落ちつけ!落ちつくんだ!”

 ボクは自分にそう言い聞かせると感覚を四方に張り巡らせる。

 右手のクリスタルが反応する。

 

 「いるか!」

 

 突然、音が途絶える。夜風にざわめいていた木々の葉も草もがまるで凍ったように

動きを止めた。そして地の底から吹き上がってくるような殺気がボクの周りを満たす!

 ボクは”場”を作って身を包むと空中へ逃れる。

 

 グオッ!

 

 次の瞬間、ボクのいた空間に青銅色のカギ爪が突き上げられた。

 

 「来たな!!」

 

 ボクは空中で身をひるがえすと、わざと低空を滑空する。

 「さて、お手並み拝見!」

 

 奴の触手が地面から突き延び獲物を捕らえようと空に踊るが、ボクの飛行速度に

 ついてこれない。

 デニスが襲われたのもおそらくこのパターンだろう。四方から攻撃がかかる。

 ボクの転送があと少し遅れてたら、彼も彼の馬のように餌食になっていたに

 違いない。

 

 奴の攻撃の呼吸を読んで地面に降り立つ。

 「さて、次は?…っと!」

 

 ガバァ!

 

 ボクは足下の地面に鋭い歯に粘液の糸を引く凶悪な口が開いたのに飛び退く。

 

 ビュビュッ!

 

 木々の枝がしなり、ボクを打ちにかかる。再び空中に退いたボクに草の葉が鋭い

 投げナイフのように飛びかかる。

 

 空間をゆがめ、ナイフの軌道を地面に向かわせると、今度は木々の葉がその枝から

 離れ、ボクの周りを取り囲んだ。

 

 「!」

 

 次の瞬間ボクを切り刻むために鋭く回転しながら襲いかかる。

 空間転移で地面に存在したボクは、火花を散らしてぶつかりあう葉の音を頭上に

 聞きながら、奴の本体とヤルタの気配を探っていた。

 

 「見えた!」

 

 再び地面が割れ、ボクを飲み込もうと口が開かれる。

 

 「チャンス!」

 

 ボクは再び”場”に身を包み、口の奥へ飛び込んだ。奴はあわてているに

 違いない。ボクはヤルタの気が存在している所へ転移した。

 

 「よかった!」

 

 彼は無事だ。彼も”場”を作りその中に閉じこもっている。しかし、こんな所に

 じっとしているところを見ると、自分ではここから抜け出せないらしい。下手に

 ”場”から出ると奴に取り込まれてしまう。

 

 ボクはヤルタを転送すると、両手を胸の前に構えた。

 

 「!」

 

 まばゆく輝く小さな粒が現れる。

 少しばかりのボクの”力”を豆粒ほどに凝縮したのだ。

 

 「さてと」

 

 ピン!

 

 指先でそれをはじき飛ばし、奴の体内の暗闇に沈んで行くのを確認すると、ボクは

 クリスタルを輝かせた。

 

                   *

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 「おーじ様っ!もういいから出ておいでー」

 冷やかすようにボクは呼びかける。

 

 ビュン!

 

 空気がはじける鋭い音と共にヤルタは姿を現した。

 

 「御苦労様!心配しちゃったじゃないかー」

 イヤミっぽく言う、ボク。

 

 「なんで助けたんだよ!あのまま奴の巣を突き止めようと思ったのに!」

 たく!かわいげのない、生意気な奴。もいっぺん虫に食わせたろか。

 

 「もう虫の巣なんてどこにあるか知ってるんだよっ。問題は奴の本体を確認する

 だけだったんだから」

 「で、その虫はどうしたんだよ」

 「おうちに帰ったよ。これからご挨拶に行くのさっ。一緒に行く?」

 「あ、う…も、勿論」

 びびってんの。やぱ、かわいい奴。

 

                   *

 

 ボクらが転移したのはあの神殿。アリナさんがいた部屋だ。

 金髪の乙女は石のベッドの上。しかし、その着ている白い衣の裾に赤いシミがある。

 でも、それだけが証拠ではない。

 

 「もしかしたら…虫って」

 「そう言うこと。アリナさんの中にいる」

 

 この虫は彼女の体を媒体にしている。おそらくこれまでの数百年間、数十年周期で

 生け贄を求め、その女性の体を使って活動してきたのだ。しかし、その活動も今度が

 最後。そして、生け贄を求めることも。なぜなら奴の目的は今回で達成される

 からだ。なんとしても阻止しなければいけない。

 

 「じゃ、今起こしたら…」

 「大丈夫。さっきちょっと奴の体におみやげを仕掛けてきたから、しばらくは出て

 これないよ」

 

 ボクは彼女の傍らに立つと静かに呼びかけた。

 「アリナさん…」

 彼女は目を開けるとボクらを認めた。

 

 「みなさん…もうここへはこないで下さいとあれほどお願いしたのに…」

 「大丈夫です。アリナさん」

 痛々しいほど悲しげな彼女の瞳にボクは優しく話しかけた。

 「あなたが持っている苦しみを、もうボク達は知っているんです。そしてそこから

 救い出す方法も」

 「それは本当ですか?!」

 「ええ。ですから安心してボクらにまかせて下さい。心配ありません。どうかそこに

 横になったまま」

 「はい」

 ボクは右手を構える。クリスタルが輝きだしたその時。

 

 ズバァッ!

 

 ヤルタが炎に包まれた。

 

 「うわぁぁぁっ!」

 

 高めていた力をヤルタに向け、彼を包んでいたエネルギーを引きはがす。

 

 ドアの所に数人の人影。そして。

 

 「やはりここにおったかの」

 老婆の赤い目が怪しく光る。

 

 このぉぉぉっ!大事なときにぃっ!!!

 

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 「さあ、来てもらおうか」

 数人のおじさん達が剣を手に迫る。

 

 「今それどころじゃない。後にしてくれないか?」

 ボクが落ち着き払って答えると、老婆がいやらしくにやりと笑い、

 しゃくれたアゴで男達に促す。

 と、同時に体制を整えたヤルタが動いた。

 「ラサム!まかせろ!」

 

 少年の細い体は舞うように動き、襲いかかる男達を翻弄する。さすが一国の王子様は

 伊達ではない。一人、また一人と宙を舞う彼のカモシカのような脚の鋭い回転に

 悶絶する。サトナ国の体術を見るのは初めてだ。

 

 ボクは”気”で赤い目を牽制し続けていた。隙を見てあの婆さんがヤルタに

 必殺の一撃を加えないとも限らない。

 

 しかし、それはそう長い時間ではなかった。男達は皆、ものの数秒で石畳にほおずり

 する事になったのだから。

 王子は構えを取ったまま老婆の前に降り立った。なびくマント。ヤルタ、なかなか

 かっこいいじゃない。

 

 「クリーチャーか。なかなか腕が立つようじゃ。ではこれはどうかな?」

 老婆が右手を差し出すと、そこから光の針が放たれる。

 

 「ヤルタ!」

 しかし、彼は空間をゆがめてそれを天井へ突き立てた。

 「うぬっ!」

 老婆は石畳に手を着く。石畳が赤く焼け、赤熱したそれがヤルタの足下に激しい

 勢いでのびる!

 とんぼ返りをうち、かわすヤルタ。天井を蹴り、三角飛びで老婆の後ろに降りると

 鋭い突きを放つ。

 だが老婆はものの見事にそれをかわし、少年に触らずして投げ飛ばす。ヤルタが空中

 で三転し、降り立つ瞬間に老婆は火炎を放った。

 緑の光が輝き、ヤルタは火球を四方へ散らす。

 

 「ま、まて!!」

 ボクは”場”を作ってアリナさんを包む。

 

 「たく!ヤルタは!っと…」

 まずい。さっきヤルタにのされた男達が炎に巻き込まれた。あわてて神殿の外へ

 転送する。少々のやけどは我慢してもらおう。

 ヤルタは周りに気を配っちゃいない。いや、周りに気を配ることが出来ないのだ。

 その余裕がない。老婆は相当な力の持ち主だ。ヤルタもそれを感じとったらしい。

 間合いを取り、構える。

 

 「ヤルタ!外へでるよ!」

 「ん!」

 場所を変えようと神殿の外へ空間移動しようとしたその時、ショックが走った。

 「?!」

 アリナさんを転送できない。何かが引っかかっている。

 

 「どうしんた?ラサム!」

 

 老婆がふっふと笑う。

 「そうはいかないよ」

 そうだ。この神殿は虫の巣なのだ。虫はこの時期、自らの意志でなければ巣を出入り

 できないように自分をその空間に固定している。しかし、ひとたび変態をとげれば…

 

 「わしの長年の夢の結晶だからの。簡単に持ってゆかれてたまるかい」

 「やはり、こいつはあんたの仕業か」

 「わしは生まれながらに様々な術を身につけておった。ただひとつだけ、空間を操る

力は持っていなかった。しかし、この虫はその能力を持っている。わしは何とかこの虫

からその能力を手に入れることは出来ないかと研究し、その虫と同化するという方法を

見つけだしたのじゃ。もともと、こいつは物質と同化する能力を持っているからの」

 「しかし、あんたが虫に取り込まれてしまうことだってあるだろう」

 「ふっふっ。それは心配ない。わしは虫そのものを操れるからの」

 「そうかな?現にあんたの意志に反して虫は獲物を狩り続けているじゃないか」

 「もう変態の最終段階じゃからの。こちらの予想以上に食欲があるという事じゃ」

 

 その時だ。

-10ページ-

 ズバァァンッ!

 老婆のすぐ後ろの石畳が炸裂する。

 かろうじてかわした老婆は、向き直る。

 

 「誰じゃ!」

 ほこりの中に人影が現れた。

 

 「デニスさん!!」

 紫のマントの青年は肩に光筒を構えていた。光筒とは”力”を光の矢にして放つ

デルデス地方に伝わる強力な武器だ。

 

 「村長!アリナをここから、虫から解放するんだ!」

 「デニス様!!」

 「アリナ!!みんな聞いた!!必ず君を…」

 「危ない!」

 老婆が火炎を放つ。ヤルタがブレスレットを立ち上げ、炎を老婆にはじき返す。

 「!」

 

 老婆が炎をかわした瞬間デニスの光筒がきらめいた。

 「ズバァン!」

 「ぐっ!!」

 もんどりうって倒れる老婆。シールドを張っていても、ショックであばら骨の2、

 3本は折れているだろう。

 

 しかし、老婆は薄ら笑いをやめなかった。

 「ふっふっ。愚か者ども。今わしは長きの夢を遂げん」

 「「「!」」」

 空間にショックが走る。

 「きゃぁっ!!!」

 アリナさんの額に亀裂が入り、血が流れ出る。

 「しまった!!」

 

 老婆は虫を覚醒させるトリガーパルスを放ったのだ。

 メタモルフォーゼしてゆく彼女。

 「アリナ!」

 「デニスさん!!見ちゃ駄目です!!」

 ヤルタとボクはデニスさんと共に神殿の外に転移した。

                  

-11ページ-

 

 月の光に照らされた神殿が地響きにゆれる。あわてて逃げ出すさっきのおじさん達。

 「あれは!」

 

 グォオォォオオンッ!

 

 巨大な青銅色の頭が神殿の巨石を散らして現れた。カギ爪をのばした身の丈は有に

 神殿の2倍はある。肩からのばした触手がゆるゆると動く。

 

 「ラサムさん!アリナは!」

 「大丈夫です。ちょっとやっかいだけど、絶対助けます。そのためにはデニスさん

 にも協力して欲しいんです」

 「ええ、何でも!」

 

 「あの虫の体は周りの物質を同化させて作り上げたものです。本体はそう大きく

 ありません。あの体を本体になるまでその光筒で少しづつ切り崩してゆきます」

 

 「じゃあオレも!」

 「ヤルタは力を出来るだけ残しておいて。後でやってもらうことがあるから。

 デニスさんをフォローしてて」

 「?」

 

 「さて、まず、下準備」

 

 ボクは手のひらを合わせる。あふれ出す光。天に向かってそれを放り上げる。

 鋭い音と共にまばゆい光があたりを照らす。インスタントのおてんとうさんだ。

 唸りを上げ、うろたえる怪物。ヤツは日の光に弱い。本来の力の1/3しか発揮

 できないだろう。

 

 「さて、お次っと」

 クリスタルを構え、気を集中する。

 

 ボクの気合いと共に風がやむ。あたりの風景が凍り付いたようになる。

 怪物のうなりが残響をともなって響く。

 ここら一帯の空間を閉じたのだ。こうすればヤツは他の物質と同化できない。

 

 「これでよし。始めましょう!」

 ボクは空中へ舞い上がった。

 ヤツの頭上へ出る。

 

 閃光がきらめき、デニスの光筒が巨体の体を貫いて、右のかぎ爪が落ちる。

 

 「そらよっ!」

 すげおちた腕にシールドをかける。こうしなければ、いくら切り取っても

 意味がない。

 

 ヤツは地面に肩を付け再生をはかるが無駄なこと。

 「それっ!」

 

 空間をスライドさせる。虫の上半身と下半身は生き別れ。瞬間的に屈折率の変わった

 不連続な風景がおさまり、ドオッと音を立て落下する胸部。

 

 シュルルルル!

 

 おっと。おまえさんの触手のスピードは確認済みだもんね。

 

 次にヤツの首を落とす。

 肩の触手が林の木々を折り取り、デニスのいる場所へ投げつけられる。

 しかし、空間移動したヤルタと光筒の射手は触手さえもなぎ払う。胸部は変形を

 始め、頭部と脚部を再生する。

 

 体が小さくなった分、虫の動きはすばやくなる。腕を延ばし、ボクらに向けて

 光の矢を放つ。

 あれは、老婆の力だ。どうやら同化に成功したらしい。しかし矢は軌道をねじ

 曲げられ、ヤツの肩に突き立ち、炎を上げる。左肩が焼け落ちる。もう少しだ。

 

 苦悶のうなりと共に酸を吐き出す。ヤツはもう最初の大きさの5分の1くらい。

 

 「おっと!」

 空間にゆがみが生じた。虫は扉を開け、別な空間に逃げる気だ。そうはいかない。

 ボクは開かれた扉をちょっとねじってやる。

 

 ギギュン!

 空気のはじける鋭い音がして、転移しそこねた虫は丘のはずれの崖の方へ散った。

 ボクが下に降り立つと、もうヤルタとデニスは虫の本体を発見していた。

 虫の体はズタズタで、戦う力さえ残っていないようだ。

 

 「あれを射て下さい」

 

 ちょうど胸部の真ん中に赤い単眼の様なものがある。これを破壊すればヤツは同化

 能力を失う。デニスは光筒を構えた。その時だ。

 「うっ!」

 皆は息をのんだ。

 虫の赤い点のあたりが変形し、美しい女性の顔が浮き上がった。そう。

 アリナさんの。ヤツは人質を取ったつもりなのだ。

 

 ボクらがうろたえたその瞬間をヤツは見逃さなかった。

 

 「うわっ!」

 足下に隠れていた触手がボクらを捕らえ、小川の中にたたき込んだ。

 「しまったっ!」

 クリスタルが濡れ、ヤツの同化を妨げるシールドの力を維持できない!

 

 ズズズズズズズズズズズ…

 

 河原の土を使って体を再生してゆく。まずい!

 デニスはすでに構えていた。しかしその腕はふるえている。

 彼の中で激しい葛藤が生じている。自分の恋人を射なければいけないのだ。

 取るべき行動が何かは分かっている。しかし、人間は感情の動物なのだ。

 そして、その感情のもっとも大きいものは、”愛”。

 

 「うう…」

 

 苦悶するデニス。

 

 その時だ。虫の再生がぴたりと止まった。

 「?!」

 虫の胸部のアリナさんの顔がすうっと目を開けたのだ。そしてデニスを見、訴え

 かけるように口を動かした。

 「はやく…デニス様…はや…く…」

 アリナさんが虫の再生を止めている。

 彼女の瞳から赤い涙があふれ、あの美しい白い頬を伝った。

 

 「アリナァァァァァ!」

 まばゆい光が光筒から放たれ、虫の胸を貫いた。

-12ページ-

 

 

 ボクは先ほどから爆裂した虫の破片を丹念に見て歩いている。

 

 河原の岩に腰を掛け。うつむくデニス。その傍らにヤルタがいる。

 

 こんな時に男の人をどうなぐさめてよいか、ボクには分からない。男のヤルタに

 お願いしたのだが、やはり男もなぐさめかたを知らないらしい。

 

 だから女は、現実的に行動する。

 

 「!」

 ボクは大事なものを見つけた。

 思わず振り返って叫ぼうとしたが、ボクはそこで一瞬迷った。

 (もしも…)

 

 しかし、先ほど彼の葛藤、そして今の心の悲しみを考えるとボクは決めた。

 初めて神殿に行くときのデニスの一途な瞳に、ボクはこの二人のために出来る限りの

 ことをしようと誓ったのだ。

 女に二言はない。

 ”女心と秋の空”なんて、愛想を尽かされた情けない男の負け惜しみに

 違いないね。

 ぜったい。

 

 ボクはデニスさんに声を掛けた。

 「アリナさんを見つけました」

 ボクは見つけた遺髪を彼に差し出した。

 「ありがとう。さっきからこれを探してくれていたんだね」

 彼はそれを受け取る。

 

 ボクは言った。

 「彼女を愛していますか?死んでしまった今でも」

 

 彼は言った。

 「ええ。私はもう彼女以上に誰かを愛するなんて、考えられません」

 

 ああ!こんなせりふ、ボクが死んだとき誰か言ってくれないかなぁ…

 なんだか胸が切ない感じ…はぁ…

 

 「じゃあ…今の言葉、直接彼女に言って下さい」

 「えっ?」

 ボクは彼の手から金の糸をとると、二人から少し離れた。

 

 クリスタルを確認する。緑色の輝き。よし、乾いた!

 

 その時ヤルタは気がついた。ボクの所へ急いで駆けよる。

 「まさかラサム…」

 「そうだよ」

 「でももし…」

 「男はやだね。くよくよ考えないの。さ、下がって下がって」

 

 ボクは髪の毛を空中に固定し、クリスタルを構えた。

 「!」

 閃光がきらめく。河原の小石がパチパチ音を立てながら浮き上がり、落ちる。

 

 (とりもどせ…思い出せ…美しい乙女よ…自らを…)

 

 暖かな光が増す。

 髪の毛に向かって河原のあちこちから光るものが飛んでくる。

 バラバラに散った彼女の細胞が彼女の髪に、そしてデニスの心に呼ばれて

 集まってくる。

 頭蓋が組まれ、背骨が通り、血管をまとい、肉が編まれ、柔らかな皮膚に

 覆われてゆく。

 

 しばらくしてまばゆい光と優しい匂いの中、一人の女性が自分の肉体を

 取り戻しゆっくりと降りてきた。

 

 「デニスさん!彼女を」

 「あ、う…」

 声にならない声を上げて、彼は恋人を抱きかかえた。

 乙女はうっすらと目を開けた。

 「デニス様…」

 「アリナ…」

 

 (成功だ。自信なかったけどがんばって、よかった)

 クリスタルの輝きがおさまる。

 「デニスさん。もう絶対彼女をそばから離さないでくださ…あ?」

 

 ぐらぁり

 

 世界が傾く。

 「ラサム!」

 支えてくれたヤルタののぞき込む顔がぐるぐるまわって言った。

 「だいじょうぶら…。それより、さいごのしあれがあるらら、てつらっれ…」

 「ほ、本当にだいじょうぶかよ!体が冷たいぜ!」

 「へーきへーきぃ…」

 と、言いながら完全に消耗したボクはあんまりへーきじゃなかった。

 

-13ページ-

 

 「みんなと一緒に一度帰った方がよかったんじゃないのか?」

 「そういうわけにはいかないんら。早くしないと大変なことになる」

 「まだ何か?」

 「ああ…あ、こっちら。裏のほう」

 

 肩を借りてって言うよりほとんどヤルタに引きずられる格好でボクは神殿に

 来ていた。

 

 「ここらへんの空間を探っれよ。ボクにはちょっろ今、れきない」

 人間の再生には”力”がたくさん必要だ。下手をするとジェラードの命さえ

 危ない。我ながら良くやったよなぁ。

 ヤルタは額の感覚器を駆使して空間の歪みをあたっている。

 

 「何かある。ここ」

 彼は、神殿の裏の石壁を指さす。

 「ん。そしたられ、そこに穴をあけれ。奴のもう一つの巣があるはずら」

 

 ブレスレットが光り、空間が通ずる。真っ暗だ。光りをおこし、中をのぞいた

 ヤルタはうなった。

 一面の血と肉片。そして、その中にきれいに並べられた雲母のような結晶。

 「これは…」

 「奴の卵らよ」

 さきほどの虫は数十年周期で目を覚まし、補食し、変態のために眠りに入る。

 で、今回は卵を生み孵化させるために目覚めたのだ。この肉片は幼虫の餌。

 これをほっておくと、取り返しのつかないことになる。

 「ヤルタ、焼き払っれ」

 彼の放った光が炎に変わり、卵は赤熱し崩れてゆく。蛋白質が焦げる匂い。

 「ふう」

 安心したら急にまた目が回ってきた。

 「ラサム!」

 赤い炎と、ヤルタの心配そうな顔がゆれる中、ボクは意識を失った。

 

-14ページ-

 

 ちゅんちゅん

 スズメの声。

 朝の光の中。ボクはベッドの中で目を覚ました。

 んー

 のびをする。気分、いい。

 こぎれいな部屋。光りの差し込む

 窓際にはユリの花。あ、ここアリナさんの家だ。と、気がついた。

 

 「!」

 

 ボ、ボク着替えさせられてる!ひょ、ひょっとして…

 その時扉が開き、アリナさんが入ってきた。

 「気がつかれました?ラサムさん。本当になんとお礼を申し上げたらよいか分かり

 ません。ありがとうございました」

 「え、あ。あの、どういたしまして…ボ、ボクの服…」

 「ええ、お洗いしてあります。今お持ちします」

 「あ、それで誰が着替えを」

 「ええ、ヤルタさんが。なんでもジェラードの背中を普通の人が見ると大変な

 ことになるそうで」

 「…あ、ヤルタは?」

 「ほら、そこにおられます」

 体を起こし向き直ると、ベッドの枕元の椅子に座ったまま寝てる。

 「ヤルタさんあれから3日間ずっとラサムさんにつきっきりでおられたんですよ」

 「…」

 「いま、服をお持ちしますね」

 戸が閉まる。

 

 

 ボクはそぉっとベッドからおり、ヤルタの所へ行く。

 すうすうと寝息をたててる少年。ほのかな朝日を浴びている頬は、

 色づき始めた果物のよう。

 何だか酸っぱい気分。こいつボクのことかばってくれたんだ。

 愛らしい奴め。

 

 「ううん…」

 「あ、起きた?ヤルタ」

 「ラ、ラサム!気がついたのか?」

 「ああ。おかげさまでねっ!」

 ボクは少年の細い体を力一杯抱きしめる。

 「ちょ、ちょっと苦しい。何だよぉ!」

 「ありがと!」

 顔を寄せる。

 「う…?!!??!!」

 

 

-15ページ-

 

  その日、回復したボクとヤルタは出発した。何てったって結婚式前の男女は忙しい。

 お邪魔しているわけにはいかない。二人はぜひ結婚式に出て欲しいと頼んだが、

 ボクらはまだ先がある。

 二人は村はずれまで見送ってくれた。

 

 何事もなかったように心地よい風が吹き抜ける。丘の上に崩れた神殿が見える。

 二度と再建されるな。

 

 「よかった、よかった。めでたし、めでたし。うんうん」

 「…」

 「ヤルタ、どうした?何だか口数少ないぞ」

 「ラサム、知らないんだろ?」

 「?」

 「”王子の最初の唇は王妃になる者のため”っていうのを」

 「ああ、あれ?ボクのところじゃ挨拶みたいなもんだよ。

 気にしないでもらっといて」

 「そんなこと言ったって…」

 「ふーん。じゃあ、ボクをお嫁さんにする?」

 「じょーだんじゃないっ!!!」

 「誰にも言わなきゃいいんでしょ?」

 「オレは言わない。でも…」

 「そうか。じゃ、黙っててあげよう。でも、ボクが女だって事を

 ばらしたりしたら…」

 「わかった、わかった」

 「よし。これで条件は平等だ」

 

  しょげかえってる王子様。

 なんだい。接吻ぐらいでうろたえるなよ。でも、おじいちゃんよりは甘くて

 おいしかったな。ごちそうさま。

 

 さて、王宮まではまだ道のりがある。まだ、いろいろアクシデント、

 あるんだろうな。

 

 ま、なるようにしかならないもんね。気楽にいこー。

 

 

 

       ジェラード  『ガレーネーの丘のアリナ』     終わり

説明
虫に襲われていた青年を助けたボクら。彼の婚約者が「神」の生贄にされると言う。ボクらは非情な神の正体を暴くために立ち上がる。
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