魔法少女大戦 11話 鳥籠(後) |
11話 鳥籠(後)
薄れ行く意識の中。もう死ぬしかないと、鳴はそう思っていた。
甘かったのだ、魔女を見つけさえすれば、追い詰めて倒せるという考えが。魔女の結界に急に取り込まれたのは誤算だったが、此処で魔女にとどめを刺せば穢れも完全に祓えるしこの町とも決別できる、そう思っていたのに。
鳥籠がガタガタと震える度に壁の中から無尽蔵に使い魔が出現し、鳥籠から霧散する煙を浴びた使い魔は次々に燃え上がる。度重なる使い魔の猛攻で変身は解け、皮膚は焼け爛れ肉は抉られる。膝が折れ鳴はその場に崩れ落ちる。
痛い、苦しい、眩暈がする。煙が目に染みる。そうだ、あの日の夜も同じだった。この焼けつくような痛みと息苦しさの中、鳴は契約したのだ。生き延びるため、そして魔女に復讐するため。
願いは何でもよかったのかもしれない。鳴は薄れ行く意識の中で恭の幸せを願った。自分が居なくなっても彼が幸せでいられるように。彼が幸せでいてくれるなら、どこにいても自分は頑張れると思ったから。
しかしそれは戯言だと知る。彼を見続けるほどに強くなるのは一緒に居たいと思う気持ばかりだった。九兵衛と楽しそうに話している姿も璃音とかけ合う場面も、気付けば彼と自分が隣に居る姿を想像してしまっていた。
駄目なのだ、鳴は彼を突き放したのだから。でもそれすら、今となっては正しかったのか分からない。
意識が薄れていく。こんな所で死ぬのか、鳴は唇を噛み締める。しかしその方が良いのかもしれない。此処で死ねば死体も残らない。人々の記憶からも消え、姿すら残らない。視界がぼやけてきた、此処で終わりか……
「鳴!!!!」
不意に、鮮明に聞こえた声。その声の主を鳴は一人しか知らない。幻聴か、鳴はそれもまた良いと思った。しかし、次の瞬間彼女の身体は抱きかかえられ、魔女から離れていく。温かい、優しい腕の温もりに包まれて。
ああ、真田くん、真田くん……彼への想いが止まらない。彼に会ってはいけないのに、彼を此処に連れて来てはいけなかったのに。嬉しくてたまらない。温かな気持ちが止まらない。
「……真田、くん……どうして、何でここに……」
「九兵衛に頼まれた。俺につけられた魔女の口づけを使って鳴の居場所を探してくれって。でもまあ……俺が木村さんを助けたかったんだよ」
目頭が熱くなる。鳴はきっとこうしたかったのだ。こうしたかったのに、彼の身を勝手に案じて、彼を魔女から遠ざけた。強いのは自分だけ、彼は弱いのだとずっと思いこんでいた。
実際は違う。何の異能の力がなくても彼は此処まで辿りつき、鳴を助け出してくれた。そしてそれをこの上なく喜んでいる自分が居る。
だからこそ。
「我、契約の使徒インキュベーターが命ず」
「我、魔道の導手、白巫女(ヴァイスガイスト)木村鳴が命ず」
「汝、闇の使徒を打ち破る剣、魔法少女を護りし盾となれ」
「私と契約して……ずっと私を護ってくれますか?」
「……護るよ。だから死ぬな、俺が木村さんを、鳴を護る」
『契約・完了』(エンゲージ・レコグニション)
『契約No.XIII『黒騎士』(シュヴァルツ・シュヴァリエ)』
彼の契約する姿を見た時、この上ない安堵に包まれたのだ。そのまま、彼女の意識は絶えた……
「短っ!!!?」
「なんか変だねそれ……とりあえず、手に馴染む?」
恭は利き手である左手に剣を持ち、ぶんぶんと振ってみる(柄があまりにも短く、両手では逆に持ちにくい構造になっている)。重さ自体は鉄パイプ以上にあるがとても手に馴染み振りやすかった。衣装も先程よりも重装備でありながら殆ど重さを感じない。
「一応……んで、どうしたらいい!?」
「一応デバイスから色々引き出せると思うから、それ使ってみて」
アバウトな……と思ったが、恭は再び先程のメニューを開く。傍から見れば空を掴むように、メニュー画面をいじる。すると、視界には『I beg your kindness,master』の文字が。と言うか、その文字は意識の中に直接入ってきた。
『I'm your device.My position is your chest.My name is nothing.Please name me』
「ああ、これなのか……」
首にかかったネックレスについた、鍵状のアクセサリーを指で掴む。これが本体のようだ。魔法少女の持つソウルジェムとは全く形が違う。
「鍵なんだろ……Clavisでどうだ?」
「そのままだね……」
『Okey.My name is Clavis』
「そう言う事で……行くぞ」
恭は剣を構えなおし、魔女の元へと走る。何十体と言う使い魔が襲ってきたが、左目でロックオンされた敵全てが恭にはスローに見える。的を狙って剣を振るい、使い魔を払いのけた。
同時に恭は嫌な手ごたえを感じる。使い魔を切れないのだ、手にした剣は。生々しい打撃音と骨の砕ける音はするがその刃は使い魔の鱗や羽、皮すら貫けない。さっきの鉄パイプとさほど変わらない事に違和感を感じながらも、恭は進んでいく。そして魔女の所まで接近した。
クケケケケケけケケケ……けたたましい笑い声が響き渡り、鳥籠がガラガラと振動する。次の瞬間鳥籠の周囲に火の玉が上がり、恭へ向かって降り注いだ。
『Guard』
「そんな急にっ……ぐっ!!!!!」
火の玉は恭の剣閃で断たれ消える。しかし全てをかき消す事は出来ず、密度の強い質量をもった炎の塊は恭にぶち当たり彼を後退させた。
熱いが、炎を直接的に触れた時のような熱さは感じない。しかし軟式の野球ボールを投げつけられたぐらいの物理的な痛みが走る。勿論軽傷では済むレベルでは無いはずだが、騎士の特性か体力まで強化されているようだった。
「痛いけど……連発は出来ないみたいだな」
「きょうちゃん!! 離れても不利だ、接近して一気に!!!」
恭は再び地面をけり、魔女の手前で飛んだ。そのまま身体を一回転させ、愛染を横に薙ぎ払った。金属同士がガンッとぶつかりあう音を鳴らし、鳥籠が揺れる。笑い声に変化は無い。恐らく中心まで届かせないとダメージが……
「……おい、ふざけんなよ。どうやってあの魔女に攻撃を与えりゃいいんd……ぐっ!!!」
使い魔の猛攻は止まない。さっきの攻撃は多少効果があったのかもしれないが、あの調子では何百回叩きつけても籠の柱一本折れやしない。ひごとひごの間には剣が入るだけの隙は十分にあったが、圧倒的にリーチが足りな過ぎる。
恭は左上のメニュー画面を開いた。何か使えるものがないか模索する。しかし、鳴が使ったような遠距離攻撃用の技は一つも存在しなかった。と言うか、『Skill』の欄があるのに中身が何もないのだ。こんな理不尽な事があるのかと恭は落胆する。
しかし、落胆しているわけにはいかない。基本的に、恭には全身以外の選択肢は無いのだ。引けば攻撃のターゲットに鳴も含まれる可能性が出てくる。横に動いても同じ事だ。絶望的でも、使い魔を払いのけながら前に進むしかない。
使い魔をなぎ倒し、鳥籠に剣撃(打撃)を叩きこむ。鈍い音が響き、その振動は手を伝う。一瞬だけ恭は動きが鈍った。その刹那、紅蓮の矢が魔女本体から放たれる。恭は刀身で受け止めるが、激しく後方へ吹き飛ばされた。
「まずいっ……くそっ、間に合わねぇ!!!!」
使い魔のターゲットに鳴と九兵衛が追加される。全方位から襲ってくる使い魔を恭は鳴にぶつかる前に薙ぎ払っていく。このままではジリ貧だ。この場を動けない。
「九兵衛、お前は戦えないのかよ!!?」
「戦えたらそもそも……うっ!!!!」
「ばっ……くそぉおおっ!!!!!」
その背中で鳴を護り倒れる九兵衛。彼女の肢体をついばもうとする使い魔を恭は打ち払い薙いだ。駄目だ、このままでは九兵衛が先にやられ、そうなったら鳴を護る手段が無くなってしまう。何より九兵衛を絶命させるわけにはいかなかった。鳴に合わせる顔がない。
「どうしたら……Clavis!!?」
デバイスの名を叫ぶ。何のための補助装置だ、こんな時の為だろうが。恭は苛立ちを募らせる。デバイスは、Clavisは無機質に告げた。
『what is your demand?』
「そんなの……魔女を倒す力だよ!!」
打ち払い、なぎ倒し、使い魔を何十と倒したか分からない。魔女を倒さないと終わらない、だが鳴を傷つけさせたくは無い。
「……ん……」
「鳴っ……!?」
「さ……だ……ん……け、…いで……」
「……Clavis、頼む。俺に鳴を護る力をくれ!!!!!」
明確に何と言ったかは分からない。しかし恭は鳴の意志が聞こえた。彼は叫ぶ。
そしてその鋼の意志に、愛染は呼応する。
『愛染 2nd-Force』
「愛染、二の刃……『黒鋼』(くろがね)。フォーム、『長剣』(フランベルジュ)」
銀色の刀身を持った刃渡り1,5mはある長剣。刺々しい鍔も含めて剣先から柄まで銀一色の剣へと変化した。
「剣が……変化した!?」
「行くんだ、きょうちゃん!!!!!」
恭は剣を振るう。豆腐を斬るように使い魔の身体が真っ二つになった。攻撃力が違いすぎる。また、剣の変化と共に変色したコートは使い魔の攻撃を全く受け付けない鋼の防御力を得ていた。
貫き切り裂く剣と鉄壁の鎧、これが愛染の真の力か。異変を感じた魔女は使い魔を大量に召喚し先程よりも多くの火の玉をぶつけてくる。しかし、それらは最早払いのけるまでも無く恭を貫くには至らない。
「もう一度……はああぁあああっ!!!!!!!」
鳥籠を袈裟掛けに斬り付ける。ひごが数本切断され砕け、鳥籠が激しく揺れた。魔女の絶叫が耳をつんざく。その時だった。
「馬鹿な……消えたっ!?」
「違う、魔力から高熱の場を作り出して光を捻じ曲げてるだけだ!!」
「んなこと言っても……」
「上だ!!!!!」
半径3m強の鳥籠が恭を押し潰そうと落下してくる。黒鋼発動以来あらゆる攻撃を無効化してきたが、流石にあれほど大質量の暴力には勝てそうもない。恭は落下してくる影から離れ、攻撃を回避する。凄まじい音と衝撃が周囲に走り、同時に魔女の肉体が軋む音が痛々しく響く。もう魔女は笑っていない。
だが、鳴の方を向いた刹那。クケケッと短い笑いが漏れた。
「ふざけんな、それだけはさせ……くそ、何処に行きやがった!!?」
動けない鳴と九兵衛を狙うつもりだった。だが流石に二人を抱えて逃げ回るには力が足りない。どちらかを見逃せば……一瞬考えて、結論を出す前に恭は動いた。右手で九兵衛を、左手で鳴を抱える。
「無茶だきょうちゃん!!!!」
「無理なんだよ、どっちかを見過ごすとか……」
クキキッケkェケケケケlrェklレウレチガエkフェ……勝利を確信した魔女は全体重をかけて三人にのしかかる。黒い影が三人を包み込む。
「死なせない、二人とも護って……」
笑い声が近づく。近づいて近づいて……止まった。
恭は魔女の方を向く。魔女が落ちて来ない。その理由は眼には分かりやすいが、頭で理解するのに数秒要した。
そこに居たのは、長身で紫の髪をした、ギターを背負う謎の男。相浦で遭遇したちゃらい青年だったのだ。
「貴方は……」
「雑魚が調子に乗りやがってよ……っらぁああっ!!!!!」
男は右手一本で巨大な魔女を受け止め、地に投げ捨てる。壁にめり込み、ひごが半分近く砕ける。男は両手を重ねた。黒い霧が渦巻く。
『邪撃』(クラッド)
バスケットボール程の大きさの黒い球体が魔女に放たれる。それは魔女にぶつかると巨大な鳥籠をへし折って吸収し、最後には魔女も飲みこんでいく。
見た事は無いが、ブラックホールがあのような感じなのだろう。魔女は完全に消えて無くなり、その場には黒い宝玉が残される。鳴のソウルジェムに似ていた。
「ちゃんと落としたな、グリーフシード。そろそろ枯渇しそうだったんだよ……はむ」
男は地面に落ちたそれを拾い上げるとぱんぱんとはたき、そのまま口に入れ、飲み込んだ。
「何かと縁があるな、少年よ」
「あ、ありがとうございます……」
「ああ、いいぜ礼なんて。こちとら慈善家じゃないんだ……」
彼は恭をすり抜け、真っ直ぐに歩いて行く。味方だと思っていた彼に感じた微かな違和感。しかし、彼が一度たりとも味方だと言ったか。恭はその違和感の正体に気が付く。だが遅い。
彼は鳴を探していたのではなかったのか。ならば鳴を護ったのにも説明がつく。恭や九兵衛は飾りで、鳴を護るために此処まで来たのであるなら。
「この子、貰っていくぜ」
この展開も、十分に予想できたことだった。
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色々頑張った回です。戦闘って難しいですよね。 | ||
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