インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#104 |
スコールは何時になく緊張していた。
『こんなに緊張したのはいつ以来だろうか』なんて考える位に緊張していた。
「…どうした?」
「いや、何でも無い。」
先導するエム――改めマドカが足を止める。
どうやら、気付かぬうちに立ち止まってしまっていたらしい。
「進んでくれ。待たせているのだろう?」
「そうだな。」
再び歩きだすマドカにスコールは気を入れ直す。
…向かう先にはこの『助け』を手配してくれた張本人が待っているのだから。
生かすも殺すも全てがその相手に握られている。
そう思うと緊張しない方が難しい。
そして、案内された先は―――
「あ、和ちゃん。お帰りなさい。」
「沙代さん。ただいまです。」
物凄くアットホームな、食卓だった。
「………は?」
思わず、本気でそう言ったスコールだった。
――食事中――
「それで、何のつもりだ。」
食事を終え、シメの番茶を出された所でスコールは口火を開いた。
色々と気負う処もあったし、下手な事をして自分の首を絞めるかもしれないと自重していたが、もう我慢の限界だった。
「あら、番茶よりも紅茶か珈琲の方がよかったかしら?」
「そうじゃない!」
相手の飄々とした態度に思わず激昂して机をたたくスコール。
「更識沙代…我々を散々邪魔してくれた暗部機関の幹部が、何故こんなところでこんな事をしている!」
スコールはそれまで居た病院から、今居る民家までの道のりを思い出す。
――保養地だった。
温泉宿と、公園と、ゴルフ場やらなんやらなレクリエーション施設ばかりが立ち並ぶ、完璧な保養所だ。
そんな保養地で、暗部組織の幹部が、敵対する組織の幹部や構成員を助けるなんて不自然極まりない。
「引退後の余生を悠々と過ごしているだけよ?」
更に沙代の余裕綽々な受け答えがスコールの神経を逆撫でる。
「なら、どうして敵対組織の構成員を助けたりする!」
普通ならば、見殺しにする。
情報が欲しいならば生かしておくかもしれないがこんなに手厚く保護する事は無い。
何よりも、スコールが知る『更識沙代』は冷酷な暗殺者であり、幾人もの亡国機業構成員が抗争の中で殺されている。
それらの理由で、スコールは目の前に居る沙代を信じられなかった。
「理由なんてないわよ。強いて言うならば――頼まれたからかしらね。」
「…頼まれた?」
スコールは不審を表情に浮かべる。
「そう。マドカちゃんの世話は((彼|・))に、あなた達の事はマドカちゃんに。」
「…((彼|・))?」
スコールは自分たちの救出をマドカが頼んでくれた事に若干の感動を覚えつつも、妙に引っかかった単語をオウム返ししていた。
「そう。彼はあなた達を助けるべきと考えたから、私に依頼してきたのでしょうね。」
「…利用価値があるから、助けたと?」
「おそらく、ね。」
そこまでのやりとりで、スコールはある程度の事情を理解し始めていた。
更識沙代自身にはこれと言った思惑は無いこと、少なくとも命の保証くらいはしてもらえそうなこと、そして―――何かを企んでいる誰かが黒幕だということを。
「…一体、何が目的だ。」
内容によっては、何としても阻止しなければならない。
そんな覚悟を込めてスコールは問う。
「彼は言ってたわ。」
そんなスコールに、沙代は飄々とした態度を崩さないまま言葉を紡ぎ始めた。
『―――利権団体と化した秘密結社には、そろそろ退場してもらいたいかな』と。
* * *
IS学園敷地内 某所
薄暗い部屋で千冬と束はモニターを見つめていた。
「どうだ?」
「んー、そうだね…あの暴走は意図的に仕組まれたモノで、元凶になった一機からウイルスが流されたって辺りが真相なんじゃ無いかな?」
何故に束が学園内に居るのかというと、何の事はない。
今回の暴走事件について調査のため、槇篠技研に訓練機と学園生保有機以外を引き渡した際にこっそりと来てもらっていたのだ。
―――必要になりそうな機材と一緒に。
「…何故、そう言える?」
千冬は『真相ではないか』と言う束に問う。
もっとも、ISについては((この世で|・・・・))一番よく知っている束が言うのだから間違いないのだろうと思ってはいるが。
「まず、暴走してたミステリアス・レイディのコアのログがこれ。」
千冬の前には黒い画面に白文字で日時らしき数字やらが並ぶ画面が表示される。
「この子が暴走を始める少し前、通信にしては妙に重いデータがコアネットワーク経由で送られてきてるでしょ?」
束がそう言うが、千冬は良く分かっていない。
ただ、その妙に通信量が多いそのあたりで暴走の原因がこの機体に送られて来ていたのだろうという事は理解した。
「で、こっちも暴走してた学園貸与の訓練機だった打鉄のログ。」
先ほどのウィンドウに並ぶように表示されると、同じような時間に『同じ番号』から妙に通信が行われていた。
「……で?」
さっさと結論を言え、そう千冬は言外に促す。
そんな態度の千冬に、束は仕方ないな…と溜め息をつきながら三つめのウィンドウを開く。
「それが、元凶だよ。」
束によって示されたそれは―――
「VTシステム…ッ!」
『Valkyrie Trace System』…世界大会を勝ち抜いた各分野の『最強』たちを再現することを目的として、現在は違法で研究すら禁止されている。
「恐らく、これはその改良版って処かな。」
「改良版、だと?どんな改良が?」
「必ず暴走する。」
「…それの何処が改((良|・))なんだ?」
束の言いたいことが判らず、千冬は頭を抱えたくなった。
「これはね、スイッチだよ。」
「…スイッチ?」
「そう。VTシステムが発動すると機体が暴走するでしょ?それをトリガーにして"周囲の機体を暴走状態にするウイルス"をばらまくという、悪趣味な爆弾のスイッチ。」
「確かに、悪趣味だな。」
束の声色には明らかな嫌悪感が含まれていた。
「――待て。ウイルスがばら撒かれたなら、何故一夏たちや私たちの機体は暴走しなかった?」
そこで、千冬は気付いた。
暴走を誘発するウイルスが流されたのなら、何故白式や紅椿を始めとする一年生専用機保有者組の機体や千冬の暮桜弐式を筆頭とする教員用機は暴走をしなかったのか。
「ああ、それはちょっと細工をしておいたからだよ。」
「…成る程。」
どうやら、こっそりと何かをやっておいたらしい。
それが助けになったのだから千冬は何も言わないでおいた。
「まあ、細工って言っても((対不正アクセス防壁|ファイヤウォール))を追加しただけなんだけどね。」
「そんなの、何時やったんだ?」
詳しく、何をどうやったのかを聞いたところで理解できないだろうと思った千冬は話しを進める。
「いっくんたちの分は夏に技研で機体の修理をした時。ちーちゃんの暮桜や学園にテストしてもらってる『舞風』は引き渡す前に。」
「何とも、用意周到な事だ。―――で、コアはどうなる?」
「とりあえず閉じたコアネットワークを形成させて、そこにワクチンプログラムとファイヤウォール設置プログラムをシステムアップデート用プロトコルで流してあげれば応急処置は完了かな。」
『使用可能だ』と言う束に千冬はほっと安堵の息をこぼす。
「なら、早急に処置を頼む。…今の戦力では心もとないからな。」
「了解だよ。」
微笑みかける束に、千冬は自然と頬が緩んだ。
* * *
その頃―――
「ええと、山田先生。委員会に提出する書類なんですけど…」
「あの、山田先生。自衛隊と日本政府、あと県と市も説明を求めているんですけど…」
「山田先生、この書類の決裁をお願いします。」
真耶は、席を外している千冬の代理ということにされ様々な仕事を振られていた。
「ええと、山田先生。ドリンク剤とか、甘いミルクティとか用意しておきましたから…一緒に頑張りましょう?」
唯一人、気遣ってくれる空に泣きつきたい気持ちでいっぱいな真耶だった。
説明 | ||
#104:それは、誰が思惑か サブタイトルをどうするか困る位に内容がアレな隙間回です。 サブタイトルなんて付けなければよかったと思う今日この頃。 そろそろ教育実習とか、教員採用試験とかあるのに何故か筆が進んでる… |
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コメント | ||
感想ありがとうございます。スコールさんは清く正しい中間管理職(少数派に所属)ですから。きっと、今抱えている重荷が無くなってもまた次の面倒事がやって来て頭を抱える事になるでしょうね。(高郷 葱) 更新お疲れ様です!! こっちも小説書いてるのですが、全然アイデアが浮かばなく完全に滞ってる状態になってます。 そして今回の話を見るとスコールさんってかなりの苦労人だという印象を受けましたので、重荷から解放されたら、ストレス太りとかしませんよね?(コラ) (カイザム) 感想ありがとうございます。セキュリティとアタックはイタチゴッコになりますから、対策も攻撃もどんどん発展していって最後に行き着く防御方法は「繋がない」になる訳ですが。一度やられて、対策していたら二度目に間に合わなかったというのが、ウチの束さんです。でもきっと、三度目は許さないでしょうね。(高郷 葱) あーなるほど。銀の福音の一件を考えると、ここの束なら不正アクセスに何らか対策を講じていてもちっとも不思議ではありませんね。二度も同じ手は食わないというのは発想として当然なようで実行するのはなかなか難しい。流石束。忙しい時にこそ筆が進むというのをよくあることですよね。私も今ちょうどそんな感じですし。(組合長) |
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