運・恋姫†無双 第十四話
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先日から、陳宮が煩くなった。

 

いや、それは失礼か。

何かと甲斐甲斐しく世話をするようになった、献身的になった、と言うべきだが、それでもたまに煩わしいと思ってしまうのは事実である。

 

 

「紗羅殿ー! 起ーきーてーくーだーさーれー!」

 

「ぬぅ……」

 

 

――煩い……

 

騒ぐ陳宮を引っ掴み、隣の寝台へと投げ飛ばす。

しかしそれでも陳宮ははしゃぐように起こし続けてくるのだ。

じゃれついている、とでも思っているのだろうか?

とにかく最近の陳宮は元気が良い。

 

 

「紗ー羅ーどーのー!」

 

「わかった、わかったから……」

 

 

しかし、陳宮は意外にも商才があるかもしれない。

運んできた武具を金に換えて来ただけでなく、さらに仕事まで持ってきた。

仕事の内容は荷の運搬。

紗羅が馬車を持っていることが幸いしたらしい。

詳しい話は今日昼頃、茶屋で聞くことになっている。

確か相手は、呂伯奢、と言ったか。

 

 

「まずは朝ごはんですな!」

 

「……お前は元気が良いな。少し散歩でもさせてくれ。起きたては腹に入らん」

 

 

そして夏侯淵と会ったのも、ちょうどその時だった。

 

 

「曹操様から言伝を預かっている」

 

 

と彼女は言った。

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「こんにちは、運び屋」

 

 

案内されたのは、応接室ではなく、北部尉の執務室だった。

前に見た、どこぞの隊長の部屋の様に華美な物は一切なく、その代わりに幾つもの書簡、竹簡が山積している。

 

 

「あなたとお喋りがしたくてね」

 

 

意外だった。

紗羅は少なからず狼狽えていた。

まさか曹操が、己にこんなことを言うという事に。

 

 

「座りなさい。陳宮、あなたもよ」

 

 

勧められるままに席に着く。

曹操は向かいの席に座り脚を組んだ。

 

 

「光栄だな。俺でその役が務まると良いが……」

 

「曹操殿。これでも紗羅殿はお忙しい身なのです。世間話のために紗羅殿を呼んだというのなら、ねね達は返らせてもらいますぞ」

 

 

陳宮が、不満げな顔で文句を言う。

曹操に苦手意識があるようだ。

しかし当の曹操は、それを悦ぶような笑みをしているだけだ。

 

 

「そう。では本題に入りましょうか」

 

 

覇気が叩きつけられる。

どこか、別の場所に突き飛ばされたような感覚に陥り、射抜くような視線が貫いた。

怖気づく。

いつの間にか手は握っていて、汗がぬめり出していた。

次第に、紗羅の息が上がり始める。

容赦なくぶつけられる彼女の気焔に、意識が飛んでしまえばいのに、とおぼろげに思った。

 

 

「華琳様」

 

 

その夏侯淵の制止の声が無かったら、紗羅は胃の中の物を撒き散らしていただろう。

たった数秒の覇気。

陳宮より、紗羅の方が消耗が激しい。

夏侯淵が出した茶を、紗羅は一気に飲み干した。

陳宮は彼の背中を擦っている。

 

 

「私を殺そうとした人物には見えないわね」

 

 

紗羅が息荒く、曹操を見上げた。

 

 

「気付いていないとでも?」

 

 

悪戯が成功したかのような笑みを浮かべ、彼女は夏侯淵に「酒を」と言った。

杯に移された酒を、曹操は一息で飲み干す。

 

 

「隠すことは無い。腹を割って話しましょう、運び屋」

 

 

あなたにそれが出来るかしら?

と獰猛さを含んだ、挑発的な笑みを浮かべている。

 

何故こんな事をするのか?

あの曹操が、一般人の自分に。

紗羅は考える。

思い当たる節は、ある。

逡巡の後、紗羅は酒を飲み干した。

 

 

「んぐ……っはぁ……いや恐れ入る。まさかばれていたとは…………さて、腹を割って良いのだな?」

 

「ええ」

 

「……そうか」

 

 

紗羅は酒を注ぎ、また一息に飲み干した。

陳宮が引き止めるも、さらにもう一杯。

 

 

「俺は、死罪にでもなるのかな」

 

「安心なさい。まだあなたは何もしてないわ」

 

「そうか」

 

「私にも注ぎなさいよ。あなたばかりずるいわ」

 

「ぬ、済まぬ。妙才殿、あなたもどうだ?」

 

 

夏侯淵と陳宮は遠慮した。

これは、曹操と紗羅の会談である。

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彼らが去った執務室で、曹操は酒を飲んでいた。

身体が火照る。

酔いが回っているのは、酒だけのせいではなかった。

余韻が、火照りとして身体を熱くする。

その余韻が部屋に残っている内は、夏侯淵も不用に言葉を発しない。

 

曹操が、空気を壊さぬように静かに呟いた。

 

 

「あのような人間もいるのね」

 

 

夏侯淵は黙って頷く。

心地良い余韻が残る空間で、曹操は紗羅との会話を反芻した。

 

 

 

 

 

この大陸をどう思うか?

 

と聞いてみた。

飢餓。

圧政。

官位の売買。

賊の横行。

国は腐っている、と自分から吹っ掛けた。

その時の陳宮の様子と言えば、

可愛らしく間抜けに口を開けて呆けていた。

 

彼は言った。

 

「良い時代だ」と。

 

何故か、と聞くと、

 

「力が振るえる」

 

と返ってくる。

彼は、官位もまた『力』である、と言った。

 

「金で官位を買う。位もまた『力』だよ、孟徳殿。金で力を買えるのだ」と。

 

 

「持つ者と持たざる者。

彼らは持たざる者だから、そうすることで力を得た。

自分も持たざる者だったから、奴らの気持ちも解る。

だから、彼らを責めようとは思わん。

官位に興味はない、と言いたいが、

自分がそう言う役に就いていたら、手を出していたかもしれない」

 

 

奴らと同じ様に、と長い台詞の最後に付け加えた。

 

お前は持たざる者だったのか?

 

そう聞くと、

 

 

「力を持つ事で、変わるものがあると知ったよ」

 

 

と杯を空け、何気なく答えた。

 

民については?

と聞いたら、

 

 

「民を想う事にどれほどの意味があるのかな……俺には分からん」

 

 

何故だ、と聞いた。

彼らを見て何も思わないのか?

 

 

「あれは、俺じゃないからな。俺じゃなければどうでも良い。人間なんて、そんなものだろう」

 

 

薄情ではなく、随分と達観していると感じた。

その事を伝えたら、

 

 

「あいつに似たかな」

 

 

と面白そうに呟いた。

 

 

 

 

 

聞いてみた。

 

お前は自分を龍と言った。

ならお前は何なのか?

お前もまた龍であるのか?

 

彼は自虐的に笑って、おどけながらこう言った。

 

 

「まさか。俺如きは鼠の牙だ。龍と呼ばれるには、遠く及ばん」

 

 

十分だ。肉を裂く牙があるのなら。

 

自分に仕えろ、と言ってみた。

否と言えば殺してやる。

そんな視線を送りながら。

 

彼の返答が、強烈に耳に残っている。

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胸が燃えて、心臓が、血流が、その熱を身体に巡らせている。

火事の様な激しい熱はなく、篝火の様な暖かな熱でもない。

少しばかりの焦燥と、快感の入れ混じった体内でしか燃えない炎だった。

 

歩く。

ただ歩く。

歩きたいからただ歩く。

目的地などなく、だが目的と言うならあいまいだが、そんな気分だったから。

陳宮は最近お馴染みとなっている紗羅の肩の上に。

彼女の重さを感じながら、彼は頭から離れない曹操に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

目の前の者を英雄だと思ったことは?

 

と、杯の酒を揺らしながら聞いてみた。

 

大木を切り倒す木こりだと?

それとも木こりの使う斧の方か?

 

その時の夏侯淵は、まさに絶句したと言わんばかりの表情で、なかなか滑稽で可笑しかった。

 

曹操は流石曹操だった。

表情はさして変えず、口の端だけが吊り上っていた。

 

 

「切れ味の良い斧を使えば、誰でも木は切り倒せる。

しかし、腕の良い木こりなら、倒す樹木は選ぶでしょう」

 

 

ならば孟徳殿はどちらか?

と問うと、

 

 

「どちらでもない」

 

 

と返ってくる。

 

 

「良い斧を作るには良い鉄が必要であり、

腕の良い木こりになるには歳月が必要でしょう」

 

 

考えもしなかった事を、彼女は言い放った。

 

 

「自身を振るう者が居れば良し。

振るう者がなければ、私が振るう者となろう。

従えるか、仕えるか。

私を超える才を持つ者が居るのなら、惜しまず我が才を捧げよう」

 

 

あの曹操が、誰かの下に。

自分が想像していた曹操は、誰かの下に甘んじる事を良しとしない人物かと思っていたが、

それはこの世界においては弊害であることを改めて思い知った。

 

酒が無くなった時、不意に、という感じで彼女が言った。

 

 

「私に仕えなさい」

 

 

悪魔の囁きだ。

脚を組み、酔っているのか、頬を仄かに紅潮させ、空になった杯を指で弄ぶ姿は夢想の色香を漂わせる。

それに気付かれたのだろうか?

彼女は射殺す様な笑みを浮かべるのだ。

 

断る、と間髪入れずに言った。

少しでも躊躇してしまえば、誘われるように手を伸ばしてしまいそうだったから。

 

 

「ならお前はこの大陸で何をするのか!」

 

 

彼女はそう打ってきた。

だから自分は響かせた。

 

立ち上がり、杯を高らかに掲げ叫んだ。

 

――世の英傑共に会いに行くぞ! 自由の名の下に!

 

自分は自分である。

『天の御使い』の名など捨てた。

自分がそんな器でないことぐらい解っている。

なにより、そんな役に縛り付けられたくなかった。

 

そして、やりたい事があった。

世の英傑共に会いに。

触発だ。

英雄に触れ、英傑と呼ばれる人物たちを知りたくなった。

 

浮遊感がする。

思えば、よく酒を飲んだものだ。

少し酔ったか。

だからこそ、自分は彼女に対して、こんな事を言えたのだろう。

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「世の英傑共に会いに行くぞ! 自由の名の下に!」

 

 

しばしの静寂の後、

 

 

「少し酔ったかな」

 

 

と彼は自嘲気味に笑っていた。

 

呆気にとられ、羨望した。

鼻で笑おうとしたら、笑いが止まらなくなった。

今の大陸でそんな事を言えるのは、よっぽどの馬鹿か阿呆か。

しかし、それを言い切る彼に羨ましさを感じてしまう自分も悪くは感じない。

自分もそれの類なのか。

人前でこんなにも笑うことなど、いつ以来か。

笑い疲れてから、彼が言ってきた。

 

 

「孟徳殿、あなたも来ないか?」

 

 

喉元まで出かかった言葉を、飲み干すのに躊躇った。

そして困ったように笑って、ごめんなさい、と告げ、この会談は終了したのだ。

 

 

 

 

 

「ああ、面白かった」

 

満たされていた。

なんと可笑しな時間だったろうか。

なんと満たされた時だったろうか。

 

「可笑しな奴でした」

 

と夏侯淵は言う。

全くだと思う。本当に全くだ。

曹操は静かに部屋を出た。

 

城壁の上に出ると、冷えた風が吹いていた。

熱が、余韻と共に風に連れ去られていく。

それを多少名残惜しく思いながらも、その場からは動かなかった。

 

空を見てみた。

どれだけの臥龍が、この空を見ているだろうか。

あの大空に昇ることを夢見て、いつまで伏しているつもりなのか。

紅い大地の様な空に、長い雲が、龍の様に後を引いている。

曹操は日が落ちるまで、じっとその雲を見つめていた。

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あとがきなるもの

 

Q:稟ちゃんの魅力は?

 

A:肩

 

二郎刀です。恋姫では蓮華が一番好きです。しかし思春のふとももは素晴らしい。

 

 

今回めっちゃ難産でした。

話まとめんのめっちゃむずかった。

 

愚痴終了。

 

では本文の方を。

 

最初の方で、主人公が陳宮を引っ掴んで投げ飛ばした、とありますが、これはちゃんと妖力を使ってます。主人公は妖力がないと常人スペックなのです。ですが一々「妖力を使って〜」とか書くと変ですから本文の方では書いていません。これからもそういうのは必要ないと思う所は書きませぬ。

 

次に、華琳の覇気を受けて主人公の消耗の方が激しい、と言うのは、前に書いた「人より気に敏感」という設定を反映してます。

 

最後の方で主人公が「自由の名の下に!」と叫んでるのは自分の持論をぶっこんでます。

異世界への転移って一種の解放だと思うんですよねー。

なのでそれを自由として主人公は意識しています。

今まで自由を強調してたのはそれのせいです。

 

と言ってみたもののこういうのって後から入れなければ良かったって思うんですね。

見直してみて、「あれ? この設定必要ないんじゃね?」ってなる・・・・・・言ってみたは良いもののその設定を自分で忘れるっていう・・・矛盾点とかになっちゃいます。なので今まであとがきで説明していた設定はあまりアテにしないでください(放棄

 

 

ん で も っ て 、

 

 

主人公の旅の目的が決まりました。これから観光所巡りならぬ英傑巡りの旅に出かけます。これで原作キャラたちと会わせて行こうと思うんです。一応大筋は決めているんですが細かい所がかなりあやふやで上手く書けるか不安。がんばる。俺がんばる。

 

さて、今回の話はどうでしたでしょうか? 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

説明
自分は「公」っていう字が好きです。
特に荀攸。字が公達。
『荀公達』ってすごい響き良くありませんか?
それに荀攸のポジション。
桂花を「おば」って言えるのとかが良い。

荀攸「おばさん」
桂花「キシャー」

的な。年下なのに。

他にも、袁公路然り黄公覆然り・・・・・・
自分は「公」っていう字が好きらしいです。
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