ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜文通編〜
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 我輩は戦車である。名をチーム名にちなんで『あんこう』という。

 『W号戦車D型』という制式名称もあるのだが、私という個を示すならばやはり前者の名が適切だろう。…いささか迫力のない名である事は認めざるを得ないが、受け入れる他にない。何しろ西住隊長直々の命名なのだから。

 

 さて、話は変わるが我々戦車は乗員にとって仮初の住居としての側面を持つ。車種により居住性に差はあるが、戦場で身を晒す危険を思えば少しでも安全な所にいたいと思うのは人の常であり、我々戦車はその装甲をもって乗員を守る役割も備えている。同時に真っ先に狙われるというデメリットも存在するのだが、そこから先は状況次第だろう。そういった事情もあり、車内に私物を持ち込む者は少なからず存在する。それが拳銃であったり土木作業用のスコップであったり、はたまた家族の手紙や写真であったりと様々ではあるが。

 そして戦車道においてもその名残は存在する。特に有名なのは聖グロリアーナ女学院だろう。全国大会凖優勝経験もある強豪校の隊長であるダージリン女史は、競技中でも紅茶を手放さないという。

 前置きが長くなってしまった。結論を言おう。

 

「こここ、これはっ…!」

 今、秋山殿の震える手には一通の便箋が握られており、それには数枚の手紙が内包されていた。

 それは西住隊長の座席の裏に丁寧にしまわれていたものであった。つまり彼女の私物である。

 

 手紙の持ち主である西住隊長は現在生徒会とのミーティングで席をはずしている。思えば何やら浮かれた様子であったが、これが要因なのだろうか。

「まさかラブレターとかっ!?」

 相変わらず武部殿の思考形態は特化している。

 もう少し恋愛以外の発想を獲得していただきたいと具申したい。

「みほさんの物なのですから、勝手に見るのはいけないと思いますけど…」

「いいえ違うわっ! これも友情あればこそよ! みぽりんが私達に隠すって事は悩みの元なのかもしれないし!」

「そ、そうです! きっと一人で思い悩んでいるに違いありません!」

 五十鈴殿の良心は多数決により却下された。

 これが民主主義の弊害なのだろうか、実に嘆かわしい事である。

「ってこの手紙外国語じゃない!? 麻子読める?」

「…読めると思うが断る。今日は朝が早かったから眠い」

 もう一人の得票権の持ち主である冷泉殿は武部殿の一時的独裁体制に不満らしい。外見は冷淡に見えても内面は情に厚い彼女である。やはり友人の私物を盗み見るのは抵抗があるのだろう。

「むう〜。じゃあ単語の意味だけでも教えてくれる? あとはこっちで訳しちゃうから」

「…仕方ないな」

 とはいえ、幼馴染の要望を無碍にできるほど冷淡にはなれなかったらしい。これもまた情に厚い彼女の性なのだろう。

「に、西住殿が戻る前に早くしましょう!」

「焦るな。人に教えるのは苦手なんだ」

 こうして武部殿と秋山殿を中心に手紙の翻訳作業が始まった。

「…はぁ。仕方ありませんわね」

 五十鈴殿もため息交じりだが賛同の意を示す。西住隊長の隠し事に思うところがあったらしい。正直に言わせていただければ私も同意見である。果たして西住隊長の外国の知り合いとは何者であるのか気にならないといえば嘘になる。

 幸いというべきか手紙はドイツ語で書かれていた。私にとっては懐かしささえ憶える故国の言葉であり、意識して読解する必要すらない。

「えーっと…」

 武部殿達が翻訳に苦心している中、私は筆跡から女性と思われる一文を一足先に読む事にした。

 

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 親愛なるみほへ。

 優勝おめでとう。

 戦車道を止めるって聞いた時はどうなる事かと思ったけど、最後には優勝しちゃうんだから極端よね。まあ、貴女は昔からそうだったし今さら驚かないけどね。いつも引っ込み思案でおとなしいくせに、いざという時は信じられないくらいに大胆で向こう見ずなんだから。どうせそれで友達に迷惑かけてるんでしょ?

 とにかく学校が廃校にならなくて良かったわね。まったく、不景気だからって将来を担う若者の選択肢を狭めてどうするんだか。いっそのこと、貴女もこっちにこない? …なんて冗談よ。友達のために頑張った貴女の努力を否定する気はないわ。

 

 

 なるほど。

 どうやら差出人は西住隊長と親しい間柄である様だ。率直な物言いからも付き合いの長さを思わせる。私見ながら西住隊長は黒森峰で友人に恵まれなかったと思われる。ならば小中学時代の友人ではないだろうか。

「できたっ!」

 私が思考の海に沈んでいる間に武部殿の方でも翻訳の一部が終わったらしい。

 果たして正確な内容を読解できたのかを確認するため、私は彼女の持つメモ用紙に視線を移した。

 

 

 愛するみほへ。

 優勝おめでとう。

 戦車道を止めるって聞いた時はどうなる事かと思ったけど、最後には優勝してしまうのだから君は最高だね。まあ、君は昔からそうだったし今さら驚かないけどね。いつも引っ込み思案でおとなしいくせに、いざという時は信じられないくらいに大胆で向こう見ずな君の事だ。きっと友人に支えられているのだろう。

 とにかく学校が廃校にならなくて何よりだ。まったく、不景気だからと将来を担う若者の選択肢を狭めてどうするのだろう。いっそのこと君もこっちにこないか? …冗談だ。友人を思い努力した君の気持ちを否定する気はないからね。

 

 

 …なるほど。

 どうやら武部殿達は大きな勘違いをしているらしい。特に最初の一文が非常に痛手だ。

「や、やっぱりラブレターよこれー!」

「そ、そんな…!」

 案の定というべきか歓喜する武部殿と愕然とする秋山殿。

 男性と女性の区別を初心者に求めるのは難しいとは思うが、やはり最初の『親愛』を『愛』と勘違いした事が大きい。

 言葉とは様々な意味を内包する事は周知の事実だ。分かりやすい例として日本語の『好き』は米国では『LOVE』と『LIKE』と二通りの判別がつく事を上げる。この場合両者の間柄や文脈から意味を判断するのだが、肝心の文法を理解していないとなかなかに難しい。実際として武部殿達は冷泉殿から単語の意味を知る事はできても詳細な文法までは履修していないのである。この短時間でそこまでの理解などそれこそ臨時講師である冷泉殿自身にしか出来ないであろう。

 以上であるからして、決して武部殿の恋愛脳がこの様な結果を招いたわけではないのだ。多分。おそらく。

「こうしちゃいられないわ! 先も訳さないと!」

「麻子さん、この訳で合ってるのですか?」

「…だいたい合ってる。最初の愛してるはどうかと思うが」

 そこが問題なんですから指摘してください、冷泉殿。

 先行きの不安を覚えつつ、私は先の一文の続きを読む事にした。

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 それにしてもお姉さんと一騎打ちして勝っちゃうなんて驚いたわ。あの頃の私達が届かなかった事を、貴女は今の友達とやり遂げたのね。正直、少しその友達が羨ましいわ。悪い意味でじゃないわよ? もう貴女のお姉さんに恨みがあるわけじゃないし、単純に凄いなって思うの。

 …でもさ、あの試合のお姉さん明らかに判断ミスが多くなかったかしら? やっぱり貴女を相手にすると非情になりきれなかったんじゃないかと思うの。これも悪い意味じゃないわよ。むしろ家族なんだし当たり前の事だと思う。

 つまり何が言いたいかというと天狗になるなって事。貴女もその辺ちゃんと分かってると思うけど、一応ね。

 

 

 ううむ。想像以上に親しい間柄の様である。

 明らかに西住隊長の家族の事情に精通している人物、しかも第三者として忠言まで出来るとは大したものだ。

 同郷の親友なのだろうか。謎は深まるばかりである。

「できたっ! …けど」

 私が差出人の人物像について予想している間に武部殿の方でも続きの翻訳が終わったようだ。

 今度は正確な内容で読解できたのかを確認するため、私は彼女の持つメモ用紙に視線を移した。

 

 

 それにしても僕らの婚約のためにお姉さんと一騎打ちして勝ってしまうなんて驚いたな。あの頃の僕達が届かなかった事を、君は今の友達とやり遂げたんだね。正直、少しその友達が羨ましい。悪い意味じゃないんだ、もう君のお姉さんに恨みがあるわけでもない、単純に凄いと思う。

 ただ、あの試合のお姉さんは明らかに判断ミスが多かったとも思うんだ。やっぱり君を相手にすると非情になりきれなかったんじゃないかと思う。これも悪い意味じゃない、むしろ家族の将来を考えれば当たり前の事だと思う。

 つまり何が言いたいかというとお姉さんは僕達の間を認めたという事。君もその辺ちゃんと分かってると思うけど、一応書いておこう。

 

 

 …ううむ。想像以上に誤った翻訳になりつつある。どこから婚約という言葉が出てきたのだろうか。

「思った以上に進んだ関係みたいなんだけど…」

「あ、ああありえません、こんな事…!」

 驚きを隠せない武部殿と目に涙をためて小刻みに震える秋山殿。

 いかん、武部殿はともかく秋山殿にこの誤訳は刺激が強すぎる。

「さ、最後の文も訳しちゃっていいよね?」

 出来れば秋山殿の精神的健康のためにも止めていただきたいのだが、当然ながら私の抗議は彼女に届かない。

「麻子さん、婚約なんて単語ありました?」

「…ないな。沙織の妄想だろう」

 一方の二人は武部殿の暴走に呆れつつもいさめる気はないようだ。

「もう読みたくありません! もう止めましょう! ね?」

「ここで止めたら気になって仕方ないでしょ! 麻子、こっちの単語教えて!」

「仕方ないな。ならもう少し真面目に訳せ」

 冷泉殿は長い付き合いで慣れているのだろうが、付き合わされる秋山殿は堪ったものではない。

 秋山殿の精神に優しい翻訳になる事を祈りつつ、私は最後の一文を読む事にした。

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 国際大会ではきっと貴女を含めてその学校の生徒が選ばれると思うから気を引き締めておきなさい。数年後って話だけど、今から心の準備をしておくのも大事よ。私も選ばれるくらいに努力してるつもりだし、きっとライバルになるわね。その時が来たらいい試合をしましょ。

 話は変わるけど、今度そっちに遊びに行こうと思うの。実は柚本さんと遊佐さんから貴女の優勝を祝いに行こうって誘われているのよ。

 

 見つけたんでしょう、貴女の戦車道を。だからあの時の約束を果たしましょ。

 

 今ならライバルじゃなくて友達として会えると思うから。

 詳しい日取りが決まったら連絡するわ。その時はそっちの友達も紹介してよね。

 

 

                                    中須賀エミ

 

 

 さすがに驚かざるを得なかった。

 中須賀女史は西住隊長と同じく戦車道を修める人物だったようだ。しかもドイツといえば本競技では本場の一国として有名である。その地で代表の地位を獲得するとはどれ程の腕前だというのか。

 他の二人の友人も含め、是非ともお目にかかりたいものだ。私自身故国を離れて久しいので向こうの話も聞きたい、というのも理由の一つだ。

「…」

「え? あの? 武部殿?」

 武部殿が無言のまま翻訳の書かれたメモ用紙を秋山殿に手渡した。

 正直いやな予感しかしないのだが、読まないと内容の程度を把握できない。私は仕方なく彼女の持つメモ用紙に視線を移した。

 

 

 国際大会ではきっと君を含めてその学校の生徒が選ばれると思うから気を引き締めないといけないね。数年後って話だけど、今から心の準備をしておくのも大事だろう。僕も選ばれるくらいに努力してるつもりだし、きっとライバルになる。その時が来たらいい試合をしよう。

 話は変わるけど、今度そっちに遊びに行こうと思う。実は柚本さんと遊佐さんから君の優勝を祝いに行こうって誘われているんだ。

 

 見つけたんだろう、君の戦車道を。だからあの時の結婚の約束を果たそう。

 

 今ならライバルとしてじゃなく恋人として会えると思う。

 詳しい日取りが決まったら連絡する。その時はそっちの友達も紹介してほしい。

 

 

                                    中須賀エミリオ

 

 

 …さすがに驚かざるを得ない。

 なぜ最後にあるどう見ても女性の名でさえ強引に男性の名に変えてしまったのか。普通はそこを訳すれば自分の誤りに気づくものだと思うのだが。つくづく武部殿の思考は恋愛に偏りすぎていると思う。

「…許婚、3人になっちゃったみたい」

「………」

 自分が恐ろしい事を知ってしまったと誤解している武部殿もそうだが、私としては顔面蒼白の秋山殿の方が心配である。どうか早まらないでもらいたい。そして西住隊長、早く戻って来て誤解を解いてください。

「あの、この名前ってもしかして女性のものではありませんか?」

「…ああ。でも駄目だな。もうどっちも人の話を聞ける状態じゃない」

 もっと早く手を打つべきだったか、と嘆息する冷泉殿。

 まったくもってその通りである。最初に『親愛』を『愛する』に誤訳した時点で指摘する必要があった。それでなくとも婚約という単語にはツッコミをいれるべきだったのだ。全ては時すでに遅しである。

「ただいま。…あれ? みんなどうしたの?」

 そして西住隊長の帰還もまた時すでに遅しであった。

「みぽりん! いくらイケメンが相手でも三股はダメだよ!」

「西住殿…私は、私は祝福しま…ぐすっ」

「…えっと。沙織さんも優花里さんもどうしたの?」

 一方は激怒し、もう一方は泣き濡れる。この状況に西住隊長は戸惑うばかりだ。

 さもありなん。戻ったばかりの彼女が現状の把握に難儀するのは当然である。

「気にするな。沙織のいつもの勘違いだ」

 それはそうなのですが冷泉殿、その一端を担ってしまった貴女が言ってもですね。

「私はみほさんにお手紙の正しい内容を聞きたいです」

「あ! それ読んじゃったの!?」

「やっぱり、いけませんでした?」

「ううん。ただ皆を少し驚かせたかったなぁって」

 そういえばこのご友人達は近々訪ねてくるのだった。西住隊長は密かにサプライズを考えていたのかもしれない。

「では、これはうっかり落としてしまった…でもないですね。丁寧にしまわれてましたし」

「嬉しくてつい持ち歩いてたから…一応隠したつもりだったんだけど」

 失礼ながら西住隊長は戦車道に関する事以外では抜けている事が多い。今回もそれがでてしまったのだろう。

「嬉しくてもダメなものはダメー!」

「ごめん。そうだよね、大事なものは肌身離さず持ち歩くべきだったよね」

「…違う。沙織は勘違いしてるだけだ」

 話が微妙に噛み合わない武部殿と西住隊長をとりなす冷泉殿は嘆息した。幼馴染の暴走と友人の勘違いをどう正すか悩んでいるようだ。さすがの学年主席も人間関係は得意分野ではないのだろう。

「優花里さん、みほさんから正しい手紙の内容を聞きましょう」

「いやですぅ〜! これ以上残酷な現実なんて聞きたくありませ〜ん!」

 一方では五十鈴殿が秋山殿を落ち着かせようとしているが、こちらも難航しそうである。

 ともあれ、私に分かる確かな事は一つ。

 

「貴様らっ! 練習を始めるからさっさと戦車を走らせろ!」

 完全におかんむりである河嶋副隊長の雷は避けられそうもないという事であった。

説明
本編への伏線としてだけではなく、続編の展望もある(と個人的に思う)リトルアーミーもいいよね。
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