真・恋姫†無双〜赤龍伝〜第117話「成都での出来事」 |
真・恋姫†無双〜赤龍伝〜第117話「成都での出来事」
―――泰山―――
鴉「まったく、今度は何を企んでいるんだ? 仲達には何もしなくても良いって言われたはずだぞ」
玄武「だからと言って、不穏分子を放っておく訳にはいくまい。仲達様が龍脈の全てを掌握するまでには、まだ時間がかかる。それまでにやれる事はやっておくのさ」
鴉「不穏分子って、風見赤斗か? だけど彼は、仲達に龍脈の力を封じられたんだ。もはや脅威ではないだろ?」
玄武「……」
鴉「まあいいさ。俺も付き合うぜ。退屈しのぎにはなりそうだからな。それで、どうするんだ?」
玄武「まずは新しい駒探しだな」
鴉「駒? また管亥や許貢の残党たちのように誑かす気か?」
玄武「誑かすだと? 違うな。私はただ、きっかけと機会を与えているにすぎないさ」
―――成都―――
赤斗「へー、思っていた以上に賑わっているね」
藍里「そうですね」
その日、蜀の都である成都に赤斗・藍里・亞莎・恋の姿があった。
亞莎「いかがしますか? このまま入城しますか?」
赤斗「うーん、そうだね。その前に食事にしようか。さっきから恋のお腹の虫が鳴きっぱなしだからね」
恋「うん。恋、お腹減った…」
赤斗「入城しちゃうと、きっと暫くは食事なんて出来ないと思うし、食べていこう」
亞莎「はい」
恋「(コクッ)」
赤斗「じゃあ、適当にそこら辺の店に入――あ」
どこか飲食店がないか探していると、よく知る人物と目が合った。
星「おや?」
赤斗「趙雲さん」
通りにあるラーメン屋の店先に、ラーメンを食べている趙雲がいた。
星「呉から使者が来るとは聞いていましたが、赤斗殿たちの事でしたか」
赤斗「ええ。……あのぉ趙雲さん」
趙雲がいた店で食事をとる事にした赤斗たちだったが、どうしても気になる事があった。
星「何ですかな?」
赤斗「それは……何ですか?」
星「それ? ……もしかして、このメンマの事ですかな?」
赤斗「やっぱり、メンマですよね。それ…」
赤斗はラーメンの表面を埋め尽くすメンマを見た。
赤斗(メンマ以外の味がするのか、そのラーメン!!)
星「他に何に見えますか?」
赤斗「いえ、メンマにしか見えませんが、…そのなんというか、量がハンパじゃないなと思ったものですので……」
星「量? これぐらい普通でしょう。いや、ちょっと店主がおまけしてくれてはいますので、ちょっとは多いかもしれませんな」
赤斗「ちょっとなんですか、それ……」
その後、食事を取り終えた赤斗たちは、趙雲とともにラーメン屋を後にした。
城に向かう途中、前方の本屋でよく知る人物を再び見つけた。
赤斗「藍里。あそこにいるの孔明ちゃんじゃないか? あと隣りにいるのは、確か…」
藍里「あれは鳳統ですね。妹の友人です」
赤斗「あ、そうか。思い出した。鳳統だ」
諸葛亮と鳳統の二人は、まだ赤斗たちには気がついておらず、何やら熱心に本を読んでいた。
朱里「はわわ〜。これ、すごいですね〜」
雛里「どれのこと? ……あわわ、これは私にはちょっと刺激が強すぎですぅ〜」
藍里「朱里、雛里。ひさしぶりね」
朱里「はわわわわ。お、おねえちゃん!? それに、赤斗さん!?」
雛里「あ、あわわわわ!」
いきなり声をかけられた二人は読んでいた本を慌てて隠す。
赤斗「ごめんね。驚かせちゃったみたいだね。でも、そんなに慌てなくてもいいのに♪」
星「そうだぞ朱里、雛里。そんなに慌てて、いったいどんな本を読んでいたのかな?」
星が意地悪な笑みを浮かべながら、二人に質問した。
雛里「あわわ。そそ、それは…」
朱里「そ、それよりも、お姉ちゃんも赤斗さんたちも使者として見えられたんですよね!」
赤斗「うん…」
朱里「それなら、早くお城にご案内しなくてはいけません。そうだよね雛里ちゃん!?」
雛里「う、うん。そうだね。早く桃香様にも報せないと」
朱里「私と雛里ちゃんは一足先にお城に行って、桃香様に皆さんがいらした事を報告しますね。では、お先に失礼します!!」
そう言うと朱里は雛里の手を引いて駆け足で城に向かっていった。
藍里「え、ちょっと朱里、雛里?」
赤斗「どうしたんでしょう?」
星「さあ♪ どうしたのでしょうな♪」
赤斗が星に尋ねると、何だか意味ありげな笑みを星は浮かべていた。
桃香「いらっしゃい、赤斗さん。おひさしぶりです♪」
城に入るとすぐに、とびっきりの笑顔で劉備に出迎えられた。
赤斗「どうも劉備さん。おひさしぶりです。わざわざ王自らが、門まで出迎えて下さるとは、ありがとうございます」
桃香「気にしないで下さい。朱里ちゃんと雛里ちゃんに、赤斗さんたちがもう近くまで来てるって聞いたので、待てなくなっちゃって」
藍里「桃香様。ご無沙汰しております」
桃香「あ♪ 藍里さんも亞莎ちゃん、呂布さんもおひさしぶりです♪ さあ皆さん、中にどうぞどうぞ♪」
劉備が赤斗たちを城内に招き入れる。
赤斗「じゃあ、お邪魔しま――ッ!!」
亞莎「…赤斗様? どうかされましたか?」
赤斗「…………いや。何でもないよ。気のせいみたい」
赤斗(一瞬、殺気を感じたと思ったんだけど…)
―――玉座の間―――
藍里「さっそくですが、呉王孫権からの手紙を預かって参りました。お受け取り下さい」
桃香「はい。ありがとうございます」
藍里から手紙を受け取ると劉備は、すぐに手紙の中身を読み始める。
手紙の内容は、司馬懿の捜索状況や異常気象、それによる人心の乱れに対する対策などだった。
桃香「そうですか。蓮華さんたちのとこでも、司馬懿さんの居場所は見つかりませんか」
赤斗「ええ、未だに…」
朱里「私たちも各地に細作を放っているんですが……」
桃香「本当に見つける事出来るんでしょうか?」
赤斗「まあ、そんなに暗くならなくても大丈夫ですよ」
桃香「え? どういう意味ですか?」
赤斗「そのうち見つかるって、火蓮さんや雪蓮の二人が言っていましたからね。あの二人の勘は神がかっているから、きっと見つかりますよ」
桃香「あはははっ…そ、そうですね♪ 火蓮さんたちがそう言うなら♪」
暗くなりかけていた雰囲気が一気に明るくなったのであった。
月「あ、赤斗さん」
詠「ようやく出てきたわね」
玉座の間を出ると月と詠が待っていてくれた。
赤斗「やっほー。月、詠。元気そうだね♪」
月「はい」
詠「まあね」
赤斗「それは良かった♪」
月「あの赤斗さ――」
桃香「あっ、赤斗さーーん!!」
月が何かを言いかけた時、桃香が赤斗を追いかけてきた。
赤斗「劉備さん? どうしましたか?」
桃香「これからなんですけど、少し時間ありますか?」
赤斗「時間ですか? ええ、ありますよ」
桃香「じゃあ、一緒に街を回りませんか? 私が案内しますよ♪」
赤斗「成都の見学か。確かによく知っている人居る方がいいですね」
桃香「なら決まりですね♪ 藍里さんと亞莎ちゃんたちも一緒に行きますよね?」
藍里「申し訳ありません。私たちは朱里たちと一緒に、今後の事を話し合いたいと思いますので、ご一緒には行けません」
桃香「そうですか……。じゃあ、呂布さんは?」
恋「恋、お腹減った…」
赤斗「えっ、もう?」
月「なら、恋ちゃんは私たちと一緒に行こう。ご飯の準備をしてあげる」
恋「うん。恋、月たちと一緒に行く……」
恋は月と詠について行った。
詠「月、これで良かったの? 本当は月が街を案内したかったんでしょう」
月「ううん。平気だよ。街を案内する事はできなかったけど、帰ってきた時の為にご飯を作っておこうと思うの♪」
詠「そう……」
桃香「じゃあ、赤斗さん。私たち二人で行きましょうか♪」
赤斗「そうですね。じゃあ、藍里、亞莎、行ってくるね」
藍里「はい。行ってらっしゃいませ」
亞莎「お気をつけて」
藍里たちに見送られて、赤斗と桃香は街に出掛ける事になった。
桃香「ほら、赤斗さん。早く」
劉備に急かされ、赤斗は廊下を進んでいく。
赤斗「はいはい」
?「桃香様ーーっ!!」
赤斗「?」
桃香「あっ、焔耶ちゃん」
廊下の向こうから物凄い勢いで声の主が走ってきた。
焔耶「はぁっ……はぁっ……」
赤斗(この娘は、確か……魏延だったかな)
目の前で肩で息をしている武将に、赤斗は夏口や赤壁で会った事があった。
魏延は大きく深呼吸すると、姿勢を正して劉備に笑顔を向けた。
焔耶「お疲れ様です、桃香様」
桃香「焔耶ちゃんも、お疲れ様。確か、兵の訓練に出掛けていたんだよね?」
焔耶「はい。先程まで桔梗様と……」
桔梗「これはこれは、桃香様と…」
赤斗「ご無沙汰しています。厳顔殿」
焔耶とは対照的に、悠然とした足取りでやってきた武将に赤斗は挨拶をした。
赤斗は厳顔にも夏口や赤壁で出会っていた。
桔梗「おお、赤龍殿。赤壁以来ですな」
赤斗「はい」
桔梗「それにしても、焔耶が急に走り出したから、何事かと思えば……なるほど。そういう事でしたか」
焔耶「な、なんです、桔梗様。私は別に、桃香様を見かけたから走り出したというわけでは……」
桔梗「……わしはまだ何も言っておらんぞ?」
焔耶「うっ……」
桔梗「ふふっ」
桃香「桔梗さん。訓練、お疲れ様」
桔梗「なに、労いの言葉を頂くほどの事はしておりませぬ。部下の面倒を見るのは、将として当然の務めですし、己の鍛錬にもなります。それに、一汗かいた後のこれは、また格別な味わいですしな」
厳顔はそう言って、腰に下げた容器をポンっと叩く。
赤斗(……この人、何だか祭さんに似てるな)
桃香「昼間からあまり飲み過ぎちゃダメですよ?」
桔梗「心得ておりますとも」
焔耶「ところで、桃香様はどちらへ行かれようとしていらしたのです?」
桃香「私たちは、ちょっと街に……赤斗さんに街を案内するの」
焔耶「…………」
赤斗「?」
一瞬、魏延が険しい目つきで赤斗を睨んだ。
焔耶「でしたら。私もお供させて下さい!」
桃香「え? でも、訓練が終わったばかりなんでしょ? 疲れてるのに悪いし……」
焔耶「お気遣い、ありがとうございます。ですが、桃香様にもしもの事があってはいけませんので、是非!」
桃香「大丈夫だよ。赤斗さんが一緒だから……」
焔耶「そう仰らずに、どうかお願いします!」
桃香「ええと……」
赤斗「良いんじゃないですか。王様である劉備さんを守る人は、多いほど良いと思いますよ」
桃香「赤斗さんがそう言うなら……じゃあ、一緒に行こ、焔耶ちゃん」
焔耶「はい!」
返事の勢いといい、その表情といい、魏延は本当に嬉しそうだった。
焔耶「さあ、桃香様、行きましょう!」
魏延は劉備の手を掴むと歩き出した。
桃香「あっ……焔耶ちゃん? 引っ張らなくても、私自分で歩くから……ちょっとーっ……」
厳顔は劉備たちを見送ると、赤斗に向き直って、小さく頭を下げた。
桔梗「では赤龍殿、魏延をよろしくお願いします。何か失礼な事でもしでかしましたら、拳骨の一つでもくれてやって下され」
赤斗「失礼な事?」
桃香「赤斗さん、早くーっ!」
魏延に引き摺られて後ろ向きに歩きながら、劉備は赤斗を呼びかけてくる
赤斗「じゃあ、これで失礼します」
厳顔「はい。お気をつけて」
優しく微笑む厳顔に見送られ、赤斗は先に行く二人を追いかけていった。
街に出てから暫く行くと、遊んでいる子供たちと出くわし、劉備に気づいて近づいてきた。
子供1「あ、劉備様!」
子供2「劉備様ーっ!」
子供3「劉備様、こんにちは!」
桃香「はい。こんにちは」
劉備が挨拶の返事をすると、子供たちは嬉しそうに笑いながら去っていく。
焔耶「さすがは桃香様。子供たちに慕われていらっしゃるようで」
桃香「慕われているっていうか……友達みたいに思われてるだけのような気がするけど……」
赤斗「でも、それは素晴らしい事ですよ。これも劉備さんの仁徳じゃないですか?」
桃香「え、何だか恥ずかしいですね」
赤斗「もっと、胸を張って良いと思いますよ」
桃香「ありがとうございます。そうだ、赤斗さん」
赤斗「はい?」
桃香「赤斗さんはいつまで私の事を、劉備って呼ぶんですか?」
赤斗「え?」
桃香「私、赤斗さんになら、真名を預けても良いと思ってるんですよ」
焔耶「…………」
赤斗「良いんですか?」
桃香「はい。是非♪」
赤斗「じゃあ…………桃香さん」
桃香「はい♪」
焔耶「…………」
赤斗「魏延さん? どうかしましたか?」
焔耶「ところで桃香様。あちらの店の主人が、桃香様を呼んでいるようですが?」
桃香「え? あ……ほんとだ」
手招きしている店の主人に気がつき、劉備は小走りで向かっていった。
その後を追って魏延も……。
赤斗(え? ……もしかして、無視された?)
桃香「お待たせしましたー。今日から売り出した新作の肉マンだそうですよ」
劉備は肉マンを持って戻ってくると、肉マンを三つ割る。
桃香「はい、赤斗さん。どうぞ」
赤斗「ありがとうございます」
桃香「焔耶ちゃんも、はい」
焔耶「いえ。私は……」
桃香「遠慮なんてしないの。ほら」
焔耶「……そうですか? では……」
遠慮がちに魏延は両手で肉マンを受け取った。
桃香「じゃあ、いただきまーす」
赤斗・焔耶「いただきます」
赤斗「もぐもぐ……。すごい、美味しい♪ これは豚じゃなく鶏肉だね」
劉備「……そうみたいだね。豚肉のとは違う風味で、これはこれで美味しいかも♪」
焔耶「ふむ……」
赤斗「魏延さんも美味しいと思いますよね?」
焔耶「桃香様。指に汁で汚れてしまっているようですよ。これをお使い下さい」
桃香「え?……と、その……」
焔耶「遠慮なさらすに。さあ、どうぞ」
魏延は桃香の手を取り、指を拭き始めた。
赤斗(……また無視された?)
桃香も戸惑っているのが分かる。
焔耶「これで良し、と。綺麗になりましたよ」
桃香「……ありがとう」
焔耶「いえ。では、散策に戻りましょう」
魏延はそう言って桃香に笑いかけ、赤斗には目もくれず、先に歩き出した。
桃香「あのぉ、赤斗さん」
桃香が小声で赤斗に話しかけてきた。
桃香「もしかして、赤斗さん。焔耶ちゃんに何か悪さでもしたんですか?」
赤斗「悪さだなんて、とんでもないですよ。魏延さんにお会いしたのも、赤壁以来ですし。そもそも赤壁では話すらしていないですよ」
桃香「んー……じゃあ、何で今みたいに無視なんてするんだろ……私が注意してみましょうか?」
赤斗「もしかして、ほぼ初対面と言っていいから、魏延さんも緊張とかしているのかもしれませんし……もう少し様子を見ましょう」
桃香「そうですか?」
赤斗「はい。だから桃香さんは、あまり気にしなくても大丈夫かと思いますよ」
桃香「はい。分かりました」
赤斗(だって、本当に嫌われるような謂れがないしな……)
赤斗がそんなふうに思っていると――。
鈴々「お姉ちゃん見ーつけた!」
桃香「……鈴々ちゃん?」
目の前の通りを駆け抜けて行こうとしていた張飛が、劉備たちに気がついて急停止した。
赤斗「張飛ちゃん。相変わらず元気だね♪」
鈴々「おー、赤いお兄ちゃん。ひさしぶりなのだ! 赤いお兄ちゃんこそ元気そうでなによりなのだ」
赤斗「ありがとう。それよりも桃香さんに用事があったんじゃ?」
鈴々「そうだったのだ。鈴々は頼まれて捜してただけだよ。用があるのは愛紗なのだ」
桃香「愛紗ちゃんが?」
鈴々「うん。急ぎの用事があるから、お姉ちゃんを見つけてきてくれって」
桃香「そうか。じゃあ、戻らないとだね……」
残念そうに肩を落とした桃香だったが、ふと何かを思いついたみたいに、にこやかな笑顔を魏延に向けた。
桃香「それじゃ焔耶ちゃん、赤斗さんに街を案内してあげてね」
焔耶「え? あ……いえ、桃香様がお戻りになるのなら私も……」
桃香「そう言わずにお願い。赤斗さん一人じゃ、街の散策なんてできないしね」
焔耶「しかし……」
鈴々「だったら鈴々が一緒に――ふむぐっ!?」
名乗り出ようとした張飛の口を、桃香が手で塞いだ。
桃香「焔耶ちゃん、良いでしょ? 焔耶ちゃんだけが頼りなの」
焔耶「そ……そこまで桃香様が仰るのであれば……」
桃香「良いの? ありがとう焔耶ちゃん♪」
桃香は魏延の手を取り、ぶんぶんと上下に振りながら、こっそりと赤斗に目配せしてくる。
赤斗(強引というか……したたかだなぁ)
桃香「じゃあ赤斗さん、焔耶ちゃん、また後でねー♪」
桃香は鈴々を連れて、さっさと引き上げて行ってしまった。
焔耶「…………」
赤斗「…………」
赤斗(これから、どうなるんだろ……)
焔耶「…………」
赤斗「…………」
桃香と別れて、赤斗と魏延の二人は街を歩き続けるも、二人の間には一言の会話もなかった。
魏延の冷淡な態度は赤斗に対してだけで、街で困っている人がいれば親切に手を貸して助けてあげていた。
その時の魏延の顔はとても良い顔だのだが、赤斗と目が合うと魏延は不機嫌そうな顔に戻ってしまうのだった。
焔耶「…………」
赤斗(やっぱり、嫌われてるのかな?)
赤斗「…あれ」
考え込んでいると、前方を歩いていたはずの魏延の姿を見失ってしまった。
どうやら、魏延は赤斗を置いて先に行ってしまったようだった。
赤斗「はぁー。何だか本当に意味が分からない……」
?「意味が分からないって、何が?」
赤斗「え? あ、君は……」
背後から声をかけられた赤斗が振り向くと、そこには赤斗の顔を覗き込むような格好で、少女がきょとんと首を傾げていた。
赤斗「……馬岱」
蒲公英「うん、ひさしぶり。赤斗君♪」
赤斗「君は…違うな……」
蒲公英「違う?」
魏延と一緒で、ほぼ初対面の馬岱であるが、魏延とは違い人懐っこい笑顔で赤斗に接してくれていた。
赤斗「あ、それよりも……」
蒲公英「どうかしたの?」
赤斗「さっきまで魏延さんと一緒だったんだけど、逸れちゃって」
蒲公英「焔耶? ああ……」
馬岱は不機嫌そうな顔になると、通りの向こうに目を向けた。
赤斗も馬岱も見習い通りに目を向けると、大股で歩き去って行く魏延を見つけた。
赤斗「もう、あんなとこまで……」
蒲公英「ねえねえ、焔耶と何かあったの?」
赤斗「何かあったというか。理由が分からないんだけど、魏延さんに嫌われているみたいで」
蒲公英「? ん〜〜〜〜…………。あ。なるほどね」
赤斗「もしかして馬岱、理由を知ってるの?」
蒲公英「うんっ。たぶん、あれしかないと思うしっ」
馬岱は意味ありげに笑うと、両手を口の横に添えて、焔耶に向かって叫んだ。
蒲公英「あ〜っ!? あんな所で桃香様が〜っ!?」
ドタドタドタドタ……。
焔耶「桃香様は何処だ!? 何があった!?」
蒲公英「ねっ? こーいうことっ♪」
赤斗「え? え? こーいう事って、どういう事?」
物凄い勢いで戻ってきた魏延と、満面の笑みを浮かべている馬岱の顔を赤斗は交互に見た。
蒲公英「まだ分かんないのっ? だから、こいつは桃香様の事がだ〜い好きだから、その桃香様と親しくしている赤斗君に嫉妬してるんだよ」
焔耶「っ!?」
赤斗「え……そういう事?」
焔耶「待て待て待て! 何を勝手な事を……」
蒲公英「だって事実でしょっ? じゃなかったら、どうして赤斗君を嫌ってるわけ?」
焔耶「それは……だから……」
蒲公英「今更隠そうとしなくたって良いじゃん。あんたが桃香様に惚れ込んでる事なんて、みんな知ってるんだから」
焔耶「黙れ、この小娘! 貴様のような尻軽に、私の桃香様への崇高な想いを語られてたまるか!」
蒲公英「……尻軽ですって?」
焔耶「ああ、そうだ。こんな好色男に媚を売るような女は、尻軽と呼ばれても文句は言えまい」
赤斗(好色男って、僕の事か……)
蒲公英「へー……そう。そういうこと言うんだ。ふーん……じゃあ、あんたの敬愛する桃香様も尻軽って事になるけど?」
赤斗「ちょっと、馬岱!?」
焔耶「なんだと!? 貴様、桃香様を愚弄するつもりか!」
蒲公英「あんたが言い出した事でしょっ!」
赤斗「二人とも、少し落ち着いた方が……」
赤斗は不穏な空気を感じて、二人を止めようとするも、すでに遅かった。
焔耶「やるか」
蒲公英「あんたがその気なら」
魏延も馬岱も、それぞれ金棒と槍を構えた。
焔耶「ふんっ」
蒲公英「すぅーーーーー……」
焔耶「…………」
蒲公英「…………」
武器を構えた二人は、じりじりと間合いを詰めて行く。
焔耶「うりゃああああああああああああっ!!」
蒲公英「はあああああああああああああっ!!」
赤斗「ストーーーーーーーーーーーーーーーーップ!!」
焔耶「なっ!?」
蒲公英「えっ、赤斗君っ!?」
赤斗は二人がぶつかる直前に間に入り、二刀の小太刀である花天と月影で、二人の攻撃をいなした。
赤斗「ふーーっ。危ない危ない。二人とも争いはここまでですよ」
蒲公英「だけど―」
魏延「…………」
桔梗「馬鹿者!! 何をしておるのだお前たちは!!」
赤斗「厳顔殿?」
焔耶「桔梗様? 何故ここに……」
桔梗「わしの事などどうでもよい。とにかく武器を引かぬか?」
焔耶「あ……」
厳顔に一喝され、魏延が慌てて金棒を引き、馬岱は槍を投げ捨てた。
蒲公英「赤斗君、大丈夫?」
桔梗「赤龍殿、無理をなさるものではありませぬ。血が出ているではありませぬか」
赤斗「血?」
気がつくと赤斗の頬から、ほんの少しだが血が流れていた。
赤斗「馬岱の槍をいなしきれなかったみたいですね」
桔梗「まったく。お戻りになった桃香様から、赤龍殿と焔耶を二人きりにしたと聞いて、心配して様子を見にきてみれば……」
蒲公英「たんぽぽが悪いわけじゃないからね。焔耶が赤斗君に意地悪してるから、懲らしめてやろうとしただけで……」
焔耶「何を! 貴様がくだらん事を言って桃香様を侮辱するから……」
桔梗「やめぬか!!!」
焔耶・蒲公英「…………」
桔梗の迫力に、焔耶と蒲公英が姿勢を正した。
桔梗「赤龍殿は、我等が主桃香様の大切な御客人。その方に武器を向けておいて、どちらが正しいも無いわ!」
赤斗「正確には、武器を向けられたのではなく、二人を止めようと自ら割って入ったんですけど……」
桔梗「赤龍殿は黙っていて下され」
赤斗「……はい。すみません」
蒲公英「その……ごめんね、赤斗君」
焔耶「…………」
桔梗「どうした焔耶。おぬしは謝罪をせぬつもりか?」
焔耶「…………………………………………悪かったな。だが、例え桃香様の客人とはいえ、お前にへつらうつもりは無い」
そう断言すると、魏延は肩を怒らせて、その場から立ち去っていった。
赤斗「へつらって欲しいわけじゃないんだけどな……」
桔梗「申し訳ありませぬ、赤龍殿。あれは頑固な所がありまして……」
赤斗「別に気にしていないので、大丈夫ですよ」
蒲公英「それよりも、早く傷の手当てしよ!」
馬岱はそう言うと赤斗の手を引いて城まで走り出すのだった。
その晩―――。
赤斗たちは桃香に食事に誘われ、大広間にいた。
桃香「すみません……私が余計な事をしたせいで、赤斗さんに怪我をさせてしまって……」
赤斗「これぐらいの傷、すぐに治りますから、本当に気にしないで下さい」
この場にいるのは、呉からやってきた赤斗や恋たち以外には、蜀の武将のほとんどが揃っていたが、魏延の姿はなかった。
桃香「本当にすみません」
赤斗「それよりも……関羽さんの姿が見えませんね」
広間を見渡すも、関羽の姿はどこにも見当たらない。
赤斗にとって、蜀の人間で一番縁があると言ってもいい関羽がいないのは、どうしても気になってしまう。
桃香「愛紗ちゃんなら……街に警邏に出かけているんですよ」
赤斗「……警邏ですか。関羽さんも大変ですね」
桃香「…………」
桃香は急に黙り込んでしまった。
赤斗「どうしましたか?」
桃香「……実は――」
星「実はですな。近頃、夜になると街に辻斬りが出るようになってましてな」
桃香と赤斗に間に趙雲が割って入ってきた。
赤斗「辻斬り、それは物騒ですね」
星「それも結構な腕の辻斬りのようで、今まで民以外にも警邏に出ていた兵たちにまで被害が出ているのですよ」
赤斗「なるほど、それで関羽さんが警邏に出ている訳ですか」
桔梗「それ以外にも、今日の罰として、焔耶と蒲公英にも警邏に出るように申し付けてあります」
赤斗「厳顔殿」
桔梗「桔梗じゃ。赤龍殿。昼間のお詫びというわけではないが、わしの真名を受け取っては下さらぬか?」
星「ならば我が真名も受け取って下され」
赤斗「急ですね」
星「おや? 我らの真名を受け取るのが不満なのですかな?」
赤斗「まさか。お二人の真名、確かに受け取らせて頂きます」
赤斗が星や桔梗から真名を受け取った頃―――。
愛紗「ぐっ!!」
両膝をついて苦悶の表情を浮かべる関羽。
そして、関羽を見下ろす影。
この影こそ、成都の街に現れる辻斬りだった。
関羽を見下ろしていた影は、暫くすると興味をなくしたかのように、この場から去ろうとした。
愛紗「…ま、待て!」
?「…………」
関羽の制止を聞かずに、そのまま夜の闇に消えていった。
つづく
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