魔法少女大戦 Invisible-Girl(2/2) |
8話 冥夜
『今まで……どこに行ってたんだよ!!!??』
「うるさい……」
月の光だけが静かに揺れる闇夜の静寂の中。誰も居ない廃ビルの屋上で、鳴は泣いていた。
ずっと傍に居た。ずっと近くで見守っていた。それでも、彼女は恭の前に現れる事が出来なかった。自分は周囲の人々にとっての透明人間だという事が分かってからは、誰にも会いたくなかったから。
無視される事の辛さは想像を絶する。それが相手に悪気のない事だとしても、鳴にはそれが耐えられなかった。ましてや、恭の前に現れて彼に無視されたらと思うと、鳴はどうしても彼に会えないでいたのだ。
己の無力さを歯噛みして悔しがる。恭が熱中症と思わしき症状で倒れた時も、あれは鳴が戦っている敵の仕業であった。鳥籠の魔女による魔女の口づけ、人間がそれを受ければ精神を病むか肉体を侵され魔女の結界に閉じ込められ、魔女に捕食されてしまう。多くの人間を見捨てて鳴は恭を結界から助け出したが、恭が目を覚ます前に誰かに彼を預けたかった。通りかかった璃音に、名は不本意ながら恭を任せたのだ。
まるで人魚姫みたいじゃないか。鳴は喜劇じみた自分の行動を反芻し咽ぶ。到底笑う気にはなれなかった。最愛の人を助けても感謝すらされない、そして彼は別の人間に感謝を告げるのだ。
鳴は璃音が嫌いだった。彼女のようにまっすぐに恭に向かっていきたかった。そして今、自分が居た場所に居るのは璃音なのだ。
この町の魔女を倒して、鳴は別の世界へと旅立ってしまいたかった。あの魔女を、家族を皆殺しにした魔女に復讐を果たすまでは死ぬわけにはいかない。
首にかけた宝玉を月にかざす。これが完全に濁ってしまう前に魔女を倒してしまわなければ、恐らく自分は魔女に勝てない。完全に濁った時の事は九兵衛から聞いている訳ではないが、この宝玉の純度と自分の力が直結していることぐらい戦っていれば分かる。完全に濁れば戦えなくなるか、それでなくとも異能の大半を消失してしまうだろう。
一人でも負けるわけにはいかなかった。恭の人生を、自分の所為で崩してしまうわけにはいかない。
どれほど嬉しかっただろう。彼が自分を呼んでくれた事が。誰にも存在を知覚されなかった自分が、この世で一番大切な相手に存在を認めてもらえた事が。涙を堪えるので精いっぱいだった。抱きつきたくなる腕を抑えるために必死だった。
彼が自分の事を覚えてくれた、護ってくれると言ってくれた。それさえあれば十分だ。この町を自分は護るのだ、最愛の人を護れるなら護りぬいてそのまま逝っても構わない。
鳴は拳を握りしめた。もう、時間は長くない。
混沌の冥夜。闇は静かに蠢く。
次の日、空は蒼一つない曇天。金曜の恭は水曜の自宅療養以上にうなだれていた。妹が作ってくれたギガうまな弁当も味気を感じる事が出来ず(でも一応食べる事が出来た辺り素晴らしい)、一通り平らげた恭は机に突っ伏してうんうん唸っていた。非常に異様な光景に違いない。ただでさえ友達が少ない彼の周りに誰かが寄りつく事など皆無だった。
出された宿題も全部手をつけておらず全ての教科で大なり小なりこっぴどく怒られた。意識も不明瞭で、友人もいらいらしっ放しだった。まともに周囲の情報が入ってこない。
それでありながら昨日の光景が何度も何度も頭に呼び起され、恭は発狂してしまいそうだった。自分は振られたのか、もしあそこで詰め寄ったらどうしていただろう。
結局、自分に足りなかったのは覚悟なのだろう。どんなに迷惑をかけても、ずっと傍に居てずっと護り続ける覚悟があれば彼女の手を引いたはずだ。恭は深々と沈み込む。机が柔らかければめり込んでいきそうだ。
その時だ。
『……さ……い……』耳にノイズが入る。校内放送だろうか。だが、誰も気付いている様子は無い。音は次第に大きく、そして明瞭になっていく。
『私の声が聞こえる方いませんか!!!!? お願いします、力を貸して下さい!!!!! 屋上で待ってます、お願いです!!! 私のk』
全て聞き終わる前に、彼は本能的に走り出していた。先程までの無気力はどこへやら。その足は最短距離を通って屋上を目指す。
屋上に出るための鍵は何者かによって叩き壊されていた。これを彼女がやったかと思うと末恐ろしいが、余計な事を考えるより先に恭はその扉を開く。
そこには、九兵衛の姿があった。目を閉じ、両手を組んで必死に祈っている。彼女は来訪者の気配を察知して目を開き、心底落胆した。
「ああ、きょうちゃんか……」
「一つ訊きたい。こんな事が出来るなら何でもっと早くやらなかったんだ?」
もっともな意見だった。素質のある人間にのみ届くような力があるなら、それを使えばそもそも転校してくる必要すら無かっただろう。
「使いたくなかったんだよ。これをやると人間だけじゃない、魔女にもボクの居場所がバレるからね」
あと、こんなに資質のある人間が居ないとは思って無かったよ……と皮肉を最大限に込めて彼女は言葉を吐き捨てた。その姿には品行方正な大和撫子の面影は無く、そのギャップに女性の怖さを恭は垣間見た。
「正直、きょうちゃんに用は無いんだよ。騎士の契約はボクと鳴の両方の承認がないと締結されないんだ。どんなにボクがきょうちゃんを使い捨てたいと言っても、鳴が賛同しないと無理なんだ」
「……………」
「……全く、人間の雄って言うのはわけがわからないよ。気が遠くなるほど長い時間を経験して、雌の思考は大体分かって来たんだけど」
ボクはきょうちゃん達が言う所の宇宙人だからね、地球の知的生命体とは違うんだよ……そう付けたして、彼女は白いツインテールをかきあげた。正直その辺りも恭は詳しく訊きたかったが、今は関係のない話だ。
「俺は……木村さんを助けたいんだ」
「どうしてだい?」
「好きだからだよ。文句あるか?」
「助けようとすれば鳴は悲しむよ。きょうちゃんはそれを鳴に求めるの?」
「それは……それでも良い、木村さんが居ない世界で生きていたくなんかない」
生きて痛くとも、生きていたい。恭の目はまっすぐに九兵衛を見つめている。
「人間っていうのはそう言う事ばっかり……一応言っておくけど、契約したらきょうちゃんの日常は失われる。家族も友達も失うし、魔女を倒せばこの町から別の世界に飛ばされる。もう二度と、普通の生活に戻る事は出来ないんだよ。それが嫌だから、鳴はきょうちゃんと契約したがらないんだと思うんだけどね」
「……そう、なのか? 俺はてっきり、本気で好きでも無い人間とずっと一緒に居るなんてありえないとかそういうもんだとばっかり」
「ああもうイライラさせてくれるなぁ!! ……ふう、感情なんて本当にただの疾患だよ。分かってるんだ、魔法少女の人口と比較して騎士の絶対数が圧倒的に少ない理由くらい。一生一緒に居る相手だから適当な相手をなんて選べない、かと言って誰かの為に全てを捨てて魔法少女になれる人間が最愛の人間を絶望の運命に導くなんて出来やしない。皮肉な物だよね、どうしてこんなシステムが構築されたのやら」
九兵衛はやれやれと嘆息する。恭は彼女の言葉を頭の中で逡巡させていた。彼女の言葉全てが正しいわけではないだろう、だが考えてみれば木村鳴はそう言う女の子だったはずだ。自分よりも他人の幸せを優先する。そしてそれを相手に悟らせない。だから彼女の周りに居る人達はいつだって幸せで、その幸せを自分の事のように感じる事の出来る、それが木村鳴と言う女の子だ。
そんな彼女だから、自分は好きになったのに。彼女の想いを否定する事は、自分が描く彼女を否定する事じゃないか……恭は拳を握る。わなわなと震える指先を抑えるためだった。
「……お願いだ、木村さんに会わせてくれ」
「どうするつもりだい?」
「話がしたい。そして、木村さんを護りたい。彼女がそれを否定してもいい、俺は……」
「残念だけどきけないね。生憎ボクはこの町が滅んだ所で何も感じない。鳴が契約したがらないならそれでもいいんだ。まあ、鳴は死ぬしこの町も滅ぶだろうけど。ボクも一応鳴の事は大好きなんだけどね、それはそれでしょうがないじゃないか」
九兵衛は少女のそれとは思えないアクロバティックな動きでバック転をやってのけ、屋上のタンクの上に飛び乗る。そしてそのまま後方にバック転し、地面へと落下していった。漫画やアニメでしか見た事のない光景だったが、彼女なら恐らく大丈夫だろうと思えた。五限からはまた何食わぬ顔で授業に出てくれるだろう。
恭は一気に体力を消耗している事に気が付き、気が付いた頃にはよろめき倒れていた。特に清掃もされず雨が降れば無抵抗のままさらされるその床に口づけを強いられ、舌に感じるおぞましい味わいに眩暈がする。
ふらふらと立ち上がり、校舎へ戻る扉に手をかけた。立てつけの悪い扉は入る時には全く気付かなかったが開けるのに相当な力を要した。
扉を開けて中に入り、階段を降りようとする。すると、恭は急に怖気を感じた。
「真田くん……」
「うわっぁあっ!!!! ……な、なんだ……璃音か」
「真田くん、鳴ちゃんの事覚えてるん?」
「……………」
生気のない顔で璃音が後ろに立っている。恭は返事をしなかった。それが明確な肯定のサインであったが。璃音も九兵衛が言う所の『素質のある者』だったわけだ。彼女の顔は青ざめている。しかし恭の沈黙が、その頬に桃色の温もりを取り戻させた。
「好きなんか、鳴ちゃんが」
「……ああ」
「いやや……いややいやや、真田くん、行かんといてぇ……」
璃音は恭に抱きつく。それを恭は振り払えない。璃音の細い身体が恭の背中に密着する。
「なんでや、なんでなん……鳴ちゃんは、もう居ないんやで……」
「……ごめん。でも、俺は木村さん以外に考えられないんだ」
「……や……」
「何だっt」「嫌なんや!!」
璃音は恭の身体の向きを変えさせ、向き合わせる。そして恭が振りほどこうとする前に、唇を重ねた。生温かいどろりとした何かが口の中に流れ込んでくる。恭は神経が焼けつくような感覚に襲われたが、意識を失う前に反射的に彼女を突き飛ばす事が出来た。
「っ!!! ……ごめん……」
「いやや、何処へも行かんで、うちの傍に居てや……」
璃音は焦っていたのだ。恭と鳴の仲を知っていた彼女は、いつしか恭も消えてしまう事に。そして鳴が居なくなり自分だけが鳴の記憶を持っていると思っていた璃音はこのチャンスに乗じて恭を奪ってしまおうとした。しかしそう簡単にはいかず、鳴の事を未だに覚えていた恭が璃音を受け入れるはずがなかった。
璃音は妬ましかったのだ。どんなに頭が良くても運動が出来ても部活の腕を磨いても可愛くなっても、恭は璃音を選ぶ事は無い。考えの範疇にすら入らない。焦って焦って、この一週間本気で璃音は恭を落とそうとした。しかし彼女は恭の中には入れなかった。
恭は初めて気が付いた、璃音が嫌いだと。理由は分からないが、それ故にタチが悪い。前世の因縁か磁極のNとSのようなものか分からないが、彼は決して璃音を受け入れられない。そのような感情を恭は理解できなかったから、彼は璃音を拒絶できなかったのだ。
博愛は結局のところ、誰かを幸せにする事は出来ないのである。全てを愛するのは全てを愛さないのと同じだから。全てを愛し抜く事など出来るわけがないから、その愛は所詮薄っぺらいものになってしまう。
恭は無言で階段を降りて行った。狭い通路に少女の嗚咽だけがいつまでも共鳴し続ける。
恭は誰よりも屑だった。その自覚があった。自分は誰も幸せに出来ないと感じていた。だが、それでいいのだ。
誰も幸せに出来ないのなら、誰の幸せも気にする必要は無い。ただ自分の求めるままに、恭は鳴の面影を探す。
9話 鳥籠(前)
璃音と決別した恭は授業もろくに聞いていない状態は変わっていないものの、頭の中はクラスの中の誰よりも冴えわたっていた。照りつける太陽も何のその。今自分がどうすればいいか、それをひたすら考えていた。
まずは鳴を探したい。だが彼女が何処に居るかまるでわからない。携帯を見ても部活の連絡網を見ても彼女の連絡先は抹消されているのだ。だからこれは使えない。
そうなると別の方向からのアプローチが必要になるのだが、此処で彼女の自宅に直接電話すると言う手段がある事を考え出した。これなら直接的ではないが連絡が取れる。だがこれも駄目だ。いくら親族だからと言って鳴を覚えている可能性はかなり低い(遺伝的な才覚が魔法少女としての資質に影響するのなら可能性は無きにしも非ずと言った感じであるが)。それでも帰宅後初めて取った行動は(部活は今週末まで休み)それだった。彼女の父の名前は特徴的だったのでおぼろげながら覚えていたためその番号を電話帳で検索し(電話帳に掲載しないようにしていた場合アウトだったが、今回は大丈夫だった)、電話をかける。
結果、繋がらなかった。恭は落胆したが、考えてみれば昼も後半にさしかかった位の時間では両親は居ないだろうし、聞いている所によると存在するはずの弟(恭は直接会った事は無いが、鳴曰く中学生だったと記憶している)もきっと部活だろう。この手段は後にとっておくとして、恭は布団の中で色々と模索していた。
そうこうしているうちに妹が帰ってくる。今日は両親ともに早く帰るとの事で(単に明日から旅行だからだ、それ以外の理由はきっとない)、彼女は両手に大量の食材が入った袋をぶら下げていた。どうやら鍋物にするらしい。恭は野菜を切り分けるのを手伝った。
肝心の食事だが会話など一切なく、普段二人なら楽しく話す食卓も重い空気に包まれる。恭は早急に食事を終わらせると、母に『前にも言ってたけど旅行行けない』と言い、半ば清々した様子で部屋に戻った。
夜も8時を回っており、今なら誰かいるだろうと思い電話をかけた。しかし電話には誰も出ない。もうこれは仕方ないかと思い、別の手段を考える事にした。
そう言えば、彼女はどこで暮らしているのだろう。恐らく自宅に帰っている訳ではないだろう。どこかでホームレスでもしているのだろうか。そんな事を考えている間に雨が降ってきた。
急に首筋が痛み出す。何と言うかやけつくような痛みだ。抑えてもかきむしっても痛みは増すばかり。考え事をするとその痛みが増しだすので、恭は諦めて寝る事にした。時間がないのは分かっている、しかし今はそれ以外に考える余裕がもてなかった。
次の日、恭が起きた頃には家の中は異様な静寂に包まれていた。書置きがある。確認するまでもなく妹の、涼の字だった。『好きな物を食べて下さい』と、5000円置いていた。朝を食べていないので単純計算で一食千円使えるのか、豪華な事だ。同時に愛の欠片も無いなと自嘲気味に笑う。
土日の二日間、誰の制約も受けず自由な恭であったが、使える時間はそこまで長くない。当ても無く動くのは時間の無駄であったが、生憎恭には当てと呼べるものがない。せいぜい、消失後の彼女に唯一遭遇出来たMagdala付近だ。仕方ないので貰った五千円を頭金に恭はMagdalaに行く事にした。
一人で行く町はとても広く感じられた。自分はどこへでも行ける気になれた。でも、何処へ行こう。
「っ……はぁ、はぁ……」
「鳴、大丈夫かい? もういい加減にきょうちゃんと契約した方が……」
「それはダメ……私と貴方で倒す、そう言ったじゃんか、九兵衛」
土曜の夕時、鳴は町の路地裏で息を荒げていた。どんなに魔力を節約しても魔力消費無しに敵と戦う事は出来ない。魔女の使い魔は人間の身体能力で迎撃するにはいささか強すぎるのだ。
鳥籠の魔女、Roberta。奴が放つ使い魔は酒気を帯びており、命中精度は悪いがかなり高い攻撃力の一撃を叩きこんでくる。それだけに通常通りの回避が役に立たない事もあり、いくつか被弾したがその被弾が命取りでもあった。
彼女の衣装や肉体の傷は魔力で自動修復されるが、その修復にも魔力が使われてしまう。正直言って、戦い続けられるのは明日までだろうと鳴は読んでいた。
彼女の力の源である宝玉、通称『ソウルジェム』の穢れを浄化する方法は現在分かっている時点で二つ。魔女を倒した際に落とす闇の宝玉『グリーフシード』に穢れを移すか、概念と化した全能神『鹿目まどか』の力で穢れを抹消する事だが、後者はこの世界に於いて使う事は出来ない。使えないものをわざわざ教える必要も無いので九兵衛はこの事実を鳴に伝えていない。故に、鳴はこの絶望的状況を魔女の討伐によって切り抜けるしかないのだった。
「きょうちゃんと鳴、相思相愛じゃないか。君の言い分もわかるけど、ボクとしては勿体ない気がするけどね」
「真田くんは誰にでも優しいんだよ……別に私だけにあんな訳じゃない。それにもし別の女の子がピンチでも、真田くんなら助けようとするはずだし」
鳴は自慢の杓杖『明電』をつっかえ棒にして立ち上がる。彼女の左目はまだ金色の輝きを失ってはいない。
「それに……真田くんには璃音ちゃんが居るし」
焼きついたキスシーン、そんな物は見たくなかった。二人がキスをしている場面など。しかし自分に何が出来よう。鳴はそれを見た所で引き離す事など出来ない。
むしろ恭が自分の事を割り切って別の女の子とくっついてくれた事を喜ぶべきなのだ。それが大人の対応と言う物だ。鳴はその映像を頭から消しさる。
鳴の中には負けるという考えは無かった。刺し違えてでも倒すつもりでいた、家族の仇を討つ為に人生すべてを投げ出したのだ、負けるわけにはいかないと闘志を燃やす。
しかしそれも、風前の灯(ともしび)であるように九兵衛は感じていた。
土曜は何の成果も得られなかった。何の進展も無いままに日曜の朝が始まる。いつもなら遅くまで起きてゲームやらインターネットに興じる彼だったが、それをせずに早く寝てしまうと割と早起きしてしまう。久々に朝の特撮ヒーローものなどを見た、最近の特撮は色々と凝っていて面白い。グッズが売れるのも分かる気がする。
恭は駄目元で鳴の自宅がある相浦町へ行く事にした。あれから木村家にどれだけ電話をかけてもつながらないため、と言う事もあったが、もしかしたら鳴の事を覚えている人間がいるかもと言う読みからだった。
相浦町は人口4桁程度の小さな場所で、未だ田畑が大部分を占める田舎だった。鳴が頻繁にその事をネタにしていたが、なるほどよく分かる。
バスを降りた所が町役場前だったので、恭は役所で人探しをする事にした。担当してくれたのは若い青年の人で、新卒の匂いを高校生ながら感じとる事が出来た。
「すみません、木村明弘(きむらあきひろ)さんの家ってどう行けば良いでしょうか」
「木村……えー、明弘さんって、この明弘さん?」
担当の人が苦い顔をする。恭ははいそうですと更に押すと、彼は残念そうな顔で数日前に発行された町内誌を見せてくれた。
恭はその記事にある種納得した様子で、少し借りますと言い勉強用の机を借りてその雑誌を広げた。
結論から言うと、木村一家は火事に巻き込まれて一家全員死亡している。そして案の定、一家の中に鳴は含まれていなかった。
そう言えば先週の月曜、見ていたテレビのニュースはこの事件の事を言っていたのではないだろうか。それを知っていればあんなに電話する必要も無かったのにと恭は落胆するが、一応自分の中で結論が着いただけでも良しとしよう。そして、幸運な事に彼女の自宅も分かった。何があるでもないだろうが、少し足を延ばしてみようと言う気にさせてくれただけでも恭の気は僅かばかり晴れるのだった。
「うわ……」
初めて火災の跡を目の当たりにしたせいか、恭がそこで最初に出した台詞はだいぶん間の抜けたものだった。いずれ撤去されるのだろうが、それまでは柵が張られ誰も入れないようになっているらしい。
大体分かっていたが、特に何の成果も上げられなかった。恭は折角来たからと観光にいそしもうとして後方へと歩き出そうとする。その時だった。
「っ……!!」
「す、すみません……っ!!?」
「ったたたた……いや、俺も悪かったわ」
長身の青年と恭はぶつかってしまった。黒いダメージジーンズを穿いて髑髏のプリントがされた白いTシャツを着て、その上に黒いジャケットをはおり襟を立てていた。そして一番特徴的なのが、黒いケースにギターか何かを入れて背中にかけている。ライブ会場のステージに立てばオーディエンスの注目を一人占めするだろう。紫色の髪をつんつんと立て、非常にロックな見た目を醸しだしていた。
「君、この町の人?」
「あ、俺はこの町の人間じゃ……誰か探してるんですか?」
「人を探してる。ええっと、名前は……ええっと、何だったかな……木村、鳴、だっけな」
恭の顔色が一瞬険しくなる。しかし初対面の人にそれではまずいと表情を戻す。男は物を思い出す時に目を細め空を見上げる癖があるらしく恭の挙動には気付いていなかった。
「ありふれた名字ですね……役所があちらにあるんで、そこで訊いてみては?」
「ああ、それなら良いわ。あんまり意味ないだろうし……んじゃあな」
ロックな青年は再び先程まで歩いていた方向へ足を進めていく。恭は幾らかホッとして彼の逆方向に歩きだそうと……
「ん、少年よ」
「どうしました?」
「その首のアザ、どうしたんだ? 俺は学が無いから分からんが、R,O,B,E,R,T,Aって書いてるぞ。Aがなきゃロベルトなのにな。あり、ロバートか?」
青年はあははと笑いながら歩いて行った。足が長いせいか歩幅が半端じゃない。すぐに距離が離れていく。
恭はさっき言われたアルファベットをメモした。繋ぐと『Roberta』となる。聞いた事のない文字列だ。携帯で検索すると、女性名の一部だそうで、先程の青年の台詞もあながち間違いは無い様子だった。
Robin(小鳥)から派生して、小鳥や鳥籠と言った意味のある名前のようだった。それでもこれは何の意味があるのだろう。そもそもこんなアザが普通に生まれる事があるはずはない。何かしらの異能が働いているのではないかと考えが巡り、九兵衛に相談を……と来た所で、恭は自分の愚かさを恥じた。
何故こんな事に気がつかなかったのだろう。九兵衛は連絡網の登録を携帯で済ませている。今になって思えば固定電話を持たないからだろうが、彼女になら直接的に繋がるじゃないか。
彼女が鳴の居場所を教えてくれる可能性は低かったが、それが一番確率的に有効な方法だ。
ぷるるるるる……ぷるるるるる……ポン。
「もしもし、木村九兵衛ですが」
「声色変えるなめんどくさい。恭だ」
「ああ、きょうちゃんか。何の用だい、こっちは忙し」
「Robertaって知ってるか?」
九兵衛の返答が止まる。あまり彼女がしてほしくない質問だったらしい。恭は続ける。
「俺の首にそう書かれたアザがあったんだ。お前なら何か知ってるんじゃないのか?」
「いや、まあ……それは『魔女の口づけ』だよ。魔女が直接キスをするわけじゃなくて、呪いの一種なんだけど、それをくらった人間は精神的に病んだり肉体をむしばまれたりして、最後には魔女に引き寄せられて食われるんだよ。Robertaは炎熱系統の魔女なんだけど、経験は無いかい?」
「炎熱……そうか、あの時」
恭は熱中症で倒れた話をした。思えばあの時身体が軽くなった気がしたが、あれはもしかしたら……と考えていると、九兵衛から返事が返ってきた。
「それで間違いないだろうね。でもあれから特に異常は無いんだろう?」
「たまに首筋が痛むくらいで……」
「ふーん、まあそう言う事なrんぐっ!!!!!?」
ポン、つーーつーーつーー……通話が途切れた。何か危険な事があったのではないか。心配になったが、彼女の居場所が分からない以上その手段が取れない。
どうしようかと悶々としていると、携帯が鳴る。九兵衛からだ。
「きょうちゃん、今どこに居る?」
「相浦だけど……」
「Magdalaにきてくれないか!? 鳴の魔力が探知できなくなった!!!!」
先程のあれは使い魔の襲撃だったらしい。九兵衛は逃げおおせたが、直後に一瞬だけ強大な魔力を感じた後にその魔力と鳴の魔力がまとめて消失してしまったらしい。
「きょうちゃんの力が必要なんだ……ごめん、一度だけ力を貸してくれ」
「何言ってんだよ九兵衛」
「えっ……」
不安げな問いかけに、恭はそれを一蹴した。
「何度だって力を貸すさ。木村さんが危ないんだろ!?」
10話 鳥籠(中)
恭が約束の場所に辿りつくと、九兵衛は全身ぼろきれのようになっていた。意識を改変させて周囲には普通の美少女が映るようにしているらしいが、それでも恭は安心できない。これだけぼろぼろにされている九兵衛が鳴の事を心配しているのだ。鳴がこれ以上悲惨な目に遭う事を考えないわけにはいかない。
「きゅう、べえ……」
「何だい、笑ってくれればいいよ。惨めだろ、きょうちゃんをあれだけ嘲笑ったボクが、こんな姿でさ」
「でも、そうも言ってられないだろ?」
「ああ……少し、いやかなり辛い役目を強いるけど、良いかな」
九兵衛の策は、恭が受けた魔女の口づけを逆に利用し魔女の結界を探すことだった。本来魔女の口づけは人間を結界の中に引きずり込む力がある。恭は口づけを受けても精神を乗っ取られる事が無かったが、深層心理の奥底では必ず結界の方へと向かう事が出来るはずなのだ。
だが、九兵衛は顔を俯かせる。普通の精神状態で魔女の結界に近づけば近づく程に、アザは恭を傷つけるだろう。魔女の口づけの力は魔女本体に近づくほどに強くなる。最接近した際に、恭の身体がどうなってしまうか分からない。
だが、彼女の口からそれを聞いてもなお、恭は向かう決意を強めるのだった。
「当然だろ。あと、その魔女ってのはどんな奴なんだ?」
「Robertaはさっきも言ったけど炎熱系の能力を持つ魔女だ。そして酒好きでもある。使い魔は炎熱系の能力を持たないから、魔女が使い魔を燃やして特攻させたりするんだ」
「使い魔ってのは俺でも倒せたりするかな?」
「奴の使い魔は憶病なんだ。酒の力で気分をトランスしてるに過ぎない。あと、酒気を全身に帯びてるから燃えやすいんだよ。殺す必要はない、酔いが冷めるまで頭を何かで殴るだけでも使い魔程度なら何とかなる」
それを聞いて恭は安心する。別に鳴と契約したいわけではないのだ。してもらえなくて元々、だったら魔女を倒す上で障害になる使い魔は自分が倒せばいい、そう思い立ったのだ。
近くに何かないかと見渡したが、町中では大した得物を期待できない。道中何か良い物がないか探す事にし(食費と交通費で5000円も割となくなりかけているため、金属バットのような大それた武器は買えなかった)、恭は痛みの増す方へと歩を進めた。
「はぁ、はぁ……」
方向性は大体定まっている。明確に痛覚が増しているのだから。だが自分の高校がある学区辺りまで辿りついた所でついに彼は地面に膝をつく。
「確かに近づいているんだけどね……この辺まで来てくれれば後はボク一人d」
「待て、まだ行ける……なあ、きゅうちゃん。少しでも気を紛らわせたいから、魔法少女の話をしてくれないか」
「強情だな……まあいいや、分かったよ」
恭は立ち上がり、痛みの増す方向へ歩きだす。九兵衛は心配すると言うよりは呆れながら、それでも気を紛らわそうと話を始める。
曰く、魔法少女は無限の時空、無限の空間を飛び回る存在であるらしい。魔女が巣食う世界に飛ばされ、そこで魔女を倒す。魔女を倒せば魔女が及ぼした世界の歪みが改変され、完全に修正が終わればまた別の世界へランダムに飛ばされるそうだ。
「前にも少し言ったと思うけどね、世界はほぼ無限に存在する。そして魔法少女が飛ばされるのは魔女の居る世界だから、きっとこの町には二度と戻ってこれない。だから鳴はきょうちゃんを騎士にしたくなかったのかもね。きょうちゃん、家族いるでしょ」
「まあな……そうか、全ての日常を失うってのはそう言う事なのか」
鳴は家族を理不尽に失い魔法少女になった。恭はその行為が、自暴自棄になった彼女の衝動的なものに思えてならなかった。失う物は無い、家族を殺した仇討ちをと躍起になる気持ちも分からないでは無かった。
だが、理解は出来ても納得は出来ないのが世の常で、恭も鳴のそれを許すつもりは無かった。彼女の悲痛な叫びが耳に残って離れない。別に嫌われたっていいじゃないか、それでも彼女を見過ごす方がよっぽど耐えられなかった。
「あ、そう言えばきょうちゃんは知らないと思うけど、魔法少女になる者は魔女と戦う運命を担う対価に何か一つだけ願いを叶えてもらえるんだ。願いは後払いだけどね。勿論騎士も例外じゃないよ」
「後払い?」
「ああ……昔は先払いだったんだけど、勝手が変わってね。何かあるかい? 自分の存在全てを賭けてでも叶えたい願いが」
「俺は……んぐっ!!!!!」
恭は胸を抑えて倒れ込む。痛みは首だけにとどまらなくなっていった。じりじりと焼けつく太陽は全身を蝕み、アザから来る苦痛は心臓を貫くような痛みを供給し続ける。
「おれ、は……鳴に幸せになって欲しい」
「……馬鹿だよ、君は。君たちは……そうか、此処だったか」
立ち上がり進みだす恭の目の前には、彼の通う高校があった。普通の人間には視認できないだろうが、九兵衛はそのどこまでも深い闇と微かに臭ってくる酒気からそこが魔女の結界だと断定した。
恭は近くに立てかけてあった鉄パイプを握る。1mくらいだが杖としては非常に有用であるし、これで殴れば酔いなど一発二発でさめてくれるだろう。
「じゃあ……行くよ」
「……ああ」
一瞬だけ視界が歪むのを恭も確認した。いつもなら余りの暑さに景色が歪んだと思うだろうが、今回だけは違う。その先には九兵衛の言う『魔女』と、鳴が居る。
二人は、未知の世界へと足を進めた。
結界の中は不思議な空間だった。周囲は至る所から酒が湧き出し、小さな池を幾つも作っている。壁はチョコのような赤黒いドロドロした素材で作られており、あちこちに咲く花からは煙草の煙が噴き出ていた。
何と言うか、70〜80年代の路地裏のBARみたいだった。勿論恭はそんな所へ行った事は無いのだが。
恭の体調は結界の中に入ってかなり回復していた。煙や酒の嫌なにおいを差し引いても外よりかなり動きやすい。恐らく、結界に落ちた人間は鮮度の良いままに頂こうとするからだろう。
「妙だね……」
「妙?」
「鳴は恐らくほとんど戦うだけの魔力が残っていないはずなんだ。だから極力使い魔との戦いも避けようとするはず。そして、酔っているとは言っても使い魔は臆病な事に変わりないから、本当なら一般人のボクらにもっと使い魔が襲って来てもおかしくないはずなんだ」
彼女の言う相場がいまいち分からない恭だったが、彼女の言葉を信じるなら使い魔は本来もっとたくさんいるらしい。だが、自分達に襲いかかってくる使い魔は皆無だ。どう言う事なのだろう、恭が考えを巡らせていると、九兵衛の顔が青ざめる。
「もしかしたら……中心部の魔女の所に使い魔が集結しているのかもしれない。仇敵である魔法少女を確実に屠る為に。魔女の目が光っている所なら、使い魔も臆病だ何だと言っていられない」
「だったら、急ぐしかないだろ。でも、この先はどうしたらいいんだ? もうアザの痛みがどうこうってのは無いんだけど……来たか」
遅れての登場だ。周囲の池から使い魔が這い出して来る。鳥や蜥蜴は以前も見た。猿や犬などの動物も追加されている。どれも恭がよく知る動物と同じ姿かたちをしており、それがどうにもやりづらい。もっと異形の姿をしてくれればふっきれた物をと彼は嘆息する。嘆息して……鉄パイプを両手で握りしめた。
「使い魔ってのは単純だよな。行って欲しくない所を護ってる」
「ボクは戦闘派じゃないんだ、申し訳ないけど、頼むよ」
「ああ、やってやるよ!!」
恭は鉄パイプを握りしめ、襲ってくる使い魔の頭部を正確に狙って打ち倒していく。酔っている相手なので動き出すと軌道が中々読めない。ならば止まっている間に打ち倒していけばいい。そして襲ってくる敵は自分と言う名のストライクゾーンに向かってくる。それを撃ち返す事など造作も無い。
殆どの敵をミスなく打ち倒し恭は進んでいく。その手際の良さに九兵衛は感心した。
「凄いね、きょうちゃんを初めてカッコいいと思ったよ」
「それはその口調で言うからには本音と取ってもらっていいか?」
「仕方ないね、それくらい許して……きょうちゃん後ろっ!!!!」
九兵衛の指示と背中に感じた重圧を頼りに恭は得物を振るう。鳥型の使い魔は頭を砕かれそのまま床にとけていった。
「ありがとな、九兵衛」
「さっさと行くよ。……もうそろそろだ」
大広間に出た。あちこちに通路が広がっている。規模的に考えても此処が中心部で間違いないだろう。しかし妙だ。魔女が待ち構えていると思ったら何も居ない。むしろさっきまでの通路の方が使い魔で賑わっていた。
そしてもっと妙なのが……鳴が居ない。もしかして別の通路を虱潰しに探さないといけないのか……などと思っていたが、恭の疑念は無駄に終わった。
「安い手を使うね……こう言う所でボクが居るんだけどさ」
九兵衛は地面に手を突っ込む。そして、声にならない叫びを上げて周囲を振動させた。
周囲の映像が砕け散る。そしてその先に広がっていたのはおびただしい数の使い魔と、変身が解け満身創痍の鳴、そして中央に座す、半径3メートルを超え、ロープも無いのに地面から数十センチ浮く巨大な鳥籠。中に居たのは、女性の首から腰までにかけてしか無い肉塊の異様な姿だった。
「これが、魔女……っ、鳴!!!!」
恭は襲いかかる使い魔をなぎ倒し、鳴の元へ駆け寄る。そのままの位置ではあまりに魔女に近いため一旦彼女を抱いて後方へ下がった。
恐ろしい程に軽かった。彼女を抱きかかえるどころかまともに手すら触った事がなかった恭だが、彼女はこんなにも軽く儚かったのか。こんな身体で、今まで戦ってきたのか。しかし。
彼女がどれほど強い想いで真田恭を護ってくれていたのか。恭はその全てを知らない。彼女がどれほど深く彼を愛し、どれほどの苦痛を以て彼を拒絶したのかその真意を明確には知らない。それでもその一部、片鱗に触れただけでも彼女の想いは恭に伝わっていた。
「……真田、くん……どうして、何でここに……」
「九兵衛に頼まれた。俺につけられた魔女の口づけを使って鳴の居場所を探してくれって。でもまあ……俺が木村さんを助けたかったんだよ」
「……まずいね。ソウルジェムが真っ黒じゃないか。これじゃあ変身も魔法も使えない、恭ちゃんとの契約も出来やしない。無理にすれば……死ぬよ」
九兵衛からの無慈悲な宣告。たとえこの結界を脱出したとしても、鳴は魔法少女になれない。魔法少女にならずに魔女を倒すなど不可能だ。魔女を倒さなければこの世界を飛び越え別の世界で魔女を倒しグリーフシードを得て魔力を供給する事も出来ない。
絶望の袋小路。しかし、鳴はある意味で吹っ切れてもいた。彼女の頭を膝に枕する恭、消えそうな笑顔で、彼女は恭に微笑みかける。
「契約……してくれるかな」
「鳴……死ぬ気かい。自分が死ねば、きょうちゃんは生き残れる。この世界から拒絶されても、別の世界で別の幸せが見つかるからってさ」
「……真田くん、幸せになって。それが……私が九兵衛と契約した時の願いなんだから」
「……………」
恭は声を出せなかった。声帯がわなわなと震えていた。音も無く雫が零れ落ちそれは鳴の頬に落ちて伝っていく。
これは愛なのか。恭は彼女の献身を本当に愛と取って良いのか躊躇っていた。だが、そんな事はどうでもいいのだ。愛でもそうでなくとも、彼女が恭に向けた感情はどこまでもまっすぐで力強く、そして優しい。
「九兵衛、頼む」
「良いのかい? さっき言った事は脅しじゃないよ」
「ああ……俺の願い、それは木村さんの、木村鳴の幸せだ」
やれやれ……と九兵衛は嘆息し、契約の陣を描く。白い光の中にいくつもの光球が湧いては弾けて消える。蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のように。
「我、契約の使徒インキュベーターが命ず」
「我、魔道の導手、白巫女(ヴァイスガイスト)木村鳴が命ず」
「汝、闇の使徒を打ち破る剣、魔法少女を護りし盾となれ」
「私と契約して……ずっと私を護ってくれますか?」
「……護るよ。だから死ぬな、俺が木村さんを、鳴を護る」
『契約・完了』(エンゲージ・レコグニション)
『契約No.XIII『黒騎士』(シュヴァルツ・シュヴァリエ)』
白い光の奔流。それは恭を温かく包みこみ、衣装を作り変えていく。
騎士、と言うよりは高級将校のようないでたちだった。黒い長ズボンに腿を全て覆う程の深い黒のブーツ、そして蒼いシャツに上半身を覆う漆黒のコート。髪は根元から九兵衛のような白色に変わり、九兵衛の瞳のように、いや彼女以上の純度と輝きを持つ深紅に左目を染める。首には鍵を模したエンブレムの首飾り、鍵の中心には黒いダイヤのような小さなソウルジェム。
右目を瞑ると周囲は赤い世界に包まれる。近場に居る敵とボスである魔女がロックオンされ、左上にはメニュー画面が開いている。恭はWeaponを選択した。中央に表示される謎の文字コード。
『唸れ、愛染(あいぜん)』
声も無く自分の意識から発せられた指導キーは、恭の魔力の結晶となって彼の左手に一本の剣を握らせた。柄から刃の先端まで真っ黒な、刃渡り50〜70cmに厚くもなく太くも無い小型の剣。分類としては『スクラマサクス』に大別される。
11話 鳥籠(後)
薄れ行く意識の中。もう死ぬしかないと、鳴はそう思っていた。
甘かったのだ、魔女を見つけさえすれば、追い詰めて倒せるという考えが。魔女の結界に急に取り込まれたのは誤算だったが、此処で魔女にとどめを刺せば穢れも完全に祓えるしこの町とも決別できる、そう思っていたのに。
鳥籠がガタガタと震える度に壁の中から無尽蔵に使い魔が出現し、鳥籠から霧散する煙を浴びた使い魔は次々に燃え上がる。度重なる使い魔の猛攻で変身は解け、皮膚は焼け爛れ肉は抉られる。膝が折れ鳴はその場に崩れ落ちる。
痛い、苦しい、眩暈がする。煙が目に染みる。そうだ、あの日の夜も同じだった。この焼けつくような痛みと息苦しさの中、鳴は契約したのだ。生き延びるため、そして魔女に復讐するため。
願いは何でもよかったのかもしれない。鳴は薄れ行く意識の中で恭の幸せを願った。自分が居なくなっても彼が幸せでいられるように。彼が幸せでいてくれるなら、どこにいても自分は頑張れると思ったから。
しかしそれは戯言だと知る。彼を見続けるほどに強くなるのは一緒に居たいと思う気持ばかりだった。九兵衛と楽しそうに話している姿も璃音とかけ合う場面も、気付けば彼と自分が隣に居る姿を想像してしまっていた。
駄目なのだ、鳴は彼を突き放したのだから。でもそれすら、今となっては正しかったのか分からない。
意識が薄れていく。こんな所で死ぬのか、鳴は唇を噛み締める。しかしその方が良いのかもしれない。此処で死ねば死体も残らない。人々の記憶からも消え、姿すら残らない。視界がぼやけてきた、此処で終わりか……
「鳴!!!!」
不意に、鮮明に聞こえた声。その声の主を鳴は一人しか知らない。幻聴か、鳴はそれもまた良いと思った。しかし、次の瞬間彼女の身体は抱きかかえられ、魔女から離れていく。温かい、優しい腕の温もりに包まれて。
ああ、真田くん、真田くん……彼への想いが止まらない。彼に会ってはいけないのに、彼を此処に連れて来てはいけなかったのに。嬉しくてたまらない。温かな気持ちが止まらない。
「……真田、くん……どうして、何でここに……」
「九兵衛に頼まれた。俺につけられた魔女の口づけを使って鳴の居場所を探してくれって。でもまあ……俺が木村さんを助けたかったんだよ」
目頭が熱くなる。鳴はきっとこうしたかったのだ。こうしたかったのに、彼の身を勝手に案じて、彼を魔女から遠ざけた。強いのは自分だけ、彼は弱いのだとずっと思いこんでいた。
実際は違う。何の異能の力がなくても彼は此処まで辿りつき、鳴を助け出してくれた。そしてそれをこの上なく喜んでいる自分が居る。
だからこそ。
「我、契約の使徒インキュベーターが命ず」
「我、魔道の導手、白巫女(ヴァイスガイスト)木村鳴が命ず」
「汝、闇の使徒を打ち破る剣、魔法少女を護りし盾となれ」
「私と契約して……ずっと私を護ってくれますか?」
「……護るよ。だから死ぬな、俺が木村さんを、鳴を護る」
『契約・完了』(エンゲージ・レコグニション)
『契約No.XIII『黒騎士』(シュヴァルツ・シュヴァリエ)』
彼の契約する姿を見た時、この上ない安堵に包まれたのだ。そのまま、彼女の意識は絶えた……
「短っ!!!?」
「なんか変だねそれ……とりあえず、手に馴染む?」
恭は利き手である左手に剣を持ち、ぶんぶんと振ってみる(柄があまりにも短く、両手では逆に持ちにくい構造になっている)。重さ自体は鉄パイプ以上にあるがとても手に馴染み振りやすかった。衣装も先程よりも重装備でありながら殆ど重さを感じない。
「一応……んで、どうしたらいい!?」
「一応デバイスから色々引き出せると思うから、それ使ってみて」
アバウトな……と思ったが、恭は再び先程のメニューを開く。傍から見れば空を掴むように、メニュー画面をいじる。すると、視界には『I beg your kindness,master』の文字が。と言うか、その文字は意識の中に直接入ってきた。
『I'm your device.My position is your chest.My name is nothing.Please name me』
「ああ、これなのか……」
首にかかったネックレスについた、鍵状のアクセサリーを指で掴む。これが本体のようだ。魔法少女の持つソウルジェムとは全く形が違う。
「鍵なんだろ……Clavisでどうだ?」
「そのままだね……」
『Okey.My name is Clavis』
「そう言う事で……行くぞ」
恭は剣を構えなおし、魔女の元へと走る。何十体と言う使い魔が襲ってきたが、左目でロックオンされた敵全てが恭にはスローに見える。的を狙って剣を振るい、使い魔を払いのけた。
同時に恭は嫌な手ごたえを感じる。使い魔を切れないのだ、手にした剣は。生々しい打撃音と骨の砕ける音はするがその刃は使い魔の鱗や羽、皮すら貫けない。さっきの鉄パイプとさほど変わらない事に違和感を感じながらも、恭は進んでいく。そして魔女の所まで接近した。
クケケケケケけケケケ……けたたましい笑い声が響き渡り、鳥籠がガラガラと振動する。次の瞬間鳥籠の周囲に火の玉が上がり、恭へ向かって降り注いだ。
『Guard』
「そんな急にっ……ぐっ!!!!!」
火の玉は恭の剣閃で断たれ消える。しかし全てをかき消す事は出来ず、密度の強い質量をもった炎の塊は恭にぶち当たり彼を後退させた。
熱いが、炎を直接的に触れた時のような熱さは感じない。しかし軟式の野球ボールを投げつけられたぐらいの物理的な痛みが走る。勿論軽傷では済むレベルでは無いはずだが、騎士の特性か体力まで強化されているようだった。
「痛いけど……連発は出来ないみたいだな」
「きょうちゃん!! 離れても不利だ、接近して一気に!!!」
恭は再び地面をけり、魔女の手前で飛んだ。そのまま身体を一回転させ、愛染を横に薙ぎ払った。金属同士がガンッとぶつかりあう音を鳴らし、鳥籠が揺れる。笑い声に変化は無い。恐らく中心まで届かせないとダメージが……
「……おい、ふざけんなよ。どうやってあの魔女に攻撃を与えりゃいいんd……ぐっ!!!」
使い魔の猛攻は止まない。さっきの攻撃は多少効果があったのかもしれないが、あの調子では何百回叩きつけても籠の柱一本折れやしない。ひごとひごの間には剣が入るだけの隙は十分にあったが、圧倒的にリーチが足りな過ぎる。
恭は左上のメニュー画面を開いた。何か使えるものがないか模索する。しかし、鳴が使ったような遠距離攻撃用の技は一つも存在しなかった。と言うか、『Skill』の欄があるのに中身が何もないのだ。こんな理不尽な事があるのかと恭は落胆する。
しかし、落胆しているわけにはいかない。基本的に、恭には全身以外の選択肢は無いのだ。引けば攻撃のターゲットに鳴も含まれる可能性が出てくる。横に動いても同じ事だ。絶望的でも、使い魔を払いのけながら前に進むしかない。
使い魔をなぎ倒し、鳥籠に剣撃(打撃)を叩きこむ。鈍い音が響き、その振動は手を伝う。一瞬だけ恭は動きが鈍った。その刹那、紅蓮の矢が魔女本体から放たれる。恭は刀身で受け止めるが、激しく後方へ吹き飛ばされた。
「まずいっ……くそっ、間に合わねぇ!!!!」
使い魔のターゲットに鳴と九兵衛が追加される。全方位から襲ってくる使い魔を恭は鳴にぶつかる前に薙ぎ払っていく。このままではジリ貧だ。この場を動けない。
「九兵衛、お前は戦えないのかよ!!?」
「戦えたらそもそも……うっ!!!!」
「ばっ……くそぉおおっ!!!!!」
その背中で鳴を護り倒れる九兵衛。彼女の肢体をついばもうとする使い魔を恭は打ち払い薙いだ。駄目だ、このままでは九兵衛が先にやられ、そうなったら鳴を護る手段が無くなってしまう。何より九兵衛を絶命させるわけにはいかなかった。鳴に合わせる顔がない。
「どうしたら……Clavis!!?」
デバイスの名を叫ぶ。何のための補助装置だ、こんな時の為だろうが。恭は苛立ちを募らせる。デバイスは、Clavisは無機質に告げた。
『what is your demand?』
「そんなの……魔女を倒す力だよ!!」
打ち払い、なぎ倒し、使い魔を何十と倒したか分からない。魔女を倒さないと終わらない、だが鳴を傷つけさせたくは無い。
「……ん……」
「鳴っ……!?」
「さ……だ……ん……け、…いで……」
「……Clavis、頼む。俺に鳴を護る力をくれ!!!!!」
明確に何と言ったかは分からない。しかし恭は鳴の意志が聞こえた。彼は叫ぶ。
そしてその鋼の意志に、愛染は呼応する。
『愛染 2nd-Force』
「愛染、二の刃……『黒鋼』(くろがね)。フォーム、『長剣』(フランベルジュ)」
銀色の刀身を持った刃渡り1,5mはある長剣。刺々しい鍔も含めて剣先から柄まで銀一色の剣へと変化した。
「剣が……変化した!?」
「行くんだ、きょうちゃん!!!!!」
恭は剣を振るう。豆腐を斬るように使い魔の身体が真っ二つになった。攻撃力が違いすぎる。また、剣の変化と共に変色したコートは使い魔の攻撃を全く受け付けない鋼の防御力を得ていた。
貫き切り裂く剣と鉄壁の鎧、これが愛染の真の力か。異変を感じた魔女は使い魔を大量に召喚し先程よりも多くの火の玉をぶつけてくる。しかし、それらは最早払いのけるまでも無く恭を貫くには至らない。
「もう一度……はああぁあああっ!!!!!!!」
鳥籠を袈裟掛けに斬り付ける。ひごが数本切断され砕け、鳥籠が激しく揺れた。魔女の絶叫が耳をつんざく。その時だった。
「馬鹿な……消えたっ!?」
「違う、魔力から高熱の場を作り出して光を捻じ曲げてるだけだ!!」
「んなこと言っても……」
「上だ!!!!!」
半径3m強の鳥籠が恭を押し潰そうと落下してくる。黒鋼発動以来あらゆる攻撃を無効化してきたが、流石にあれほど大質量の暴力には勝てそうもない。恭は落下してくる影から離れ、攻撃を回避する。凄まじい音と衝撃が周囲に走り、同時に魔女の肉体が軋む音が痛々しく響く。もう魔女は笑っていない。
だが、鳴の方を向いた刹那。クケケッと短い笑いが漏れた。
「ふざけんな、それだけはさせ……くそ、何処に行きやがった!!?」
動けない鳴と九兵衛を狙うつもりだった。だが流石に二人を抱えて逃げ回るには力が足りない。どちらかを見逃せば……一瞬考えて、結論を出す前に恭は動いた。右手で九兵衛を、左手で鳴を抱える。
「無茶だきょうちゃん!!!!」
「無理なんだよ、どっちかを見過ごすとか……」
クキキッケkェケケケケlrェklレウレチガエkフェ……勝利を確信した魔女は全体重をかけて三人にのしかかる。黒い影が三人を包み込む。
「死なせない、二人とも護って……」
笑い声が近づく。近づいて近づいて……止まった。
恭は魔女の方を向く。魔女が落ちて来ない。その理由は眼には分かりやすいが、頭で理解するのに数秒要した。
そこに居たのは、長身で紫の髪をした、ギターを背負う謎の男。相浦で遭遇したちゃらい青年だったのだ。
「貴方は……」
「雑魚が調子に乗りやがってよ……っらぁああっ!!!!!」
男は右手一本で巨大な魔女を受け止め、地に投げ捨てる。壁にめり込み、ひごが半分近く砕ける。男は両手を重ねた。黒い霧が渦巻く。
『邪撃』(クラッド)
バスケットボール程の大きさの黒い球体が魔女に放たれる。それは魔女にぶつかると巨大な鳥籠をへし折って吸収し、最後には魔女も飲みこんでいく。
見た事は無いが、ブラックホールがあのような感じなのだろう。魔女は完全に消えて無くなり、その場には黒い宝玉が残される。鳴のソウルジェムに似ていた。
「ちゃんと落としたな、グリーフシード。そろそろ枯渇しそうだったんだよ……はむ」
男は地面に落ちたそれを拾い上げるとぱんぱんとはたき、そのまま口に入れ、飲み込んだ。
「何かと縁があるな、少年よ」
「あ、ありがとうございます……」
「ああ、いいぜ礼なんて。こちとら慈善家じゃないんだ……」
彼は恭をすり抜け、真っ直ぐに歩いて行く。味方だと思っていた彼に感じた微かな違和感。しかし、彼が一度たりとも味方だと言ったか。恭はその違和感の正体に気が付く。だが遅い。
彼は鳴を探していたのではなかったのか。ならば鳴を護ったのにも説明がつく。恭や九兵衛は飾りで、鳴を護るために此処まで来たのであるなら。
「この子、貰っていくぜ」
この展開も、十分に予想できたことだった。
12話 騎士
「ふざけないでください……離れろよ!!!」
「ああ、良いねそういう反応。俺ってのは人に感謝されるの嫌いなんで」
明るく笑うが、男は眼が全く笑っていない。恭は剣を握り直し、男に突っ込んだ。彼は再び両手を重ねる。
「『邪撃』(クラッド)!!!!!」
「ぐっ……なっ、ぐあぁあっ!!!!!」
確かに回避したが、黒い球体は恭の近くまで来ると彼を引きずり込んだ。吸収こそされなかったが、膨大な圧力に叩き潰され吹き飛ぶ恭の肉体。壁に叩きつけられ、吐き気を催す。恭はその吐き気を強引に押し戻した。
「擬似的な重力を圧縮したもんだと思ってくれればいい。結構効くだろ」
「うるせぇ……鳴から離れろ!!!!!」
「だったら……力ずくで取りに来いや!!!!」
男は『邪撃』を連射してくる。しかも互いに干渉しあうのか直線距離を飛んで来ない。近づけば引き込まれる。恭は距離を取って回避するしか無かった。無駄に体力を消耗する。
先程の火の玉のように斬れないか試してみたが、重力球は強烈な引力で肉体を引き込み打撃を与える。斬り裂いてもそれは変わらなかった。
数発を受けただけで(それでも半分以上回避している)恭はボロボロだった。悔しいが右ひざをつき、憎々しげに彼の方を見上げる。
男は鳴のソウルジェムを取り出し品定めをするように見ていた。
「んだよ、真っ黒じゃないの。さっきのグリーフシードは使うべきじゃなかったかねぇ」
「離れろって……言ってんだろうが!!!!!」
恭は立ち上がり男に斬りかかる。彼は溜息を一つつくと、斬撃に合わせて右拳を突き出した。
恐るべき拳閃。恭は容易く弾き飛ばされた。拳圧が竜巻のように荒れ狂い途端に全身の装甲がズタズタにされる。全く傷を受けていないのは愛染くらいだった。
男は鳴の元へ向かい、首を掴んで顔を自分の顔に近付けさせた。少女の顔を眼前に、男はにやりと笑う。
「あーそうそう。せっかく相棒の居る魔法少女を奪うんだ。寝取るってんだっけ、こう言うのさ……」
「やめろぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
パリン……何かが割れるような音が恭の中でした。そして、彼から凄まじい破壊衝動が湧きあがってくる。
『愛染 13th-Force Limit-Break』
「愛染、終の刃!!!!! 『暁』(あかつき)、フォーム『暗黒剣』(ドゥンケルハイト)!!!!!!!!!」
恭を覆う銀色の装束が深い闇に塗りたくられていく。剣もそれと同時に黒く塗られていき、より鋭く人を殺す事に特化した形状へ変化していく。それは最早殺戮のみに特化した姿だった。
夜の闇のように、黒く濃く。深い、そして不快だ。闇の色に染まり病みきった彼の心は鋭く研ぎ澄まされ、突き動かす怒りのままに猛り狂う。
「へぇ、面白……っ!!!!?」
「触るな……鳴から離れろぉおおおおっ!!!!!!!」
剣に触れようとして両手を焼け爛れさせた彼は明らかに眼の色を変えた。この男は制圧できない、ようやく自分と同じステージに上がってきた事を感じた。その興奮に男は胸を高鳴らせ、高らかに笑う。
「ははははははははっ!!!!!!! これだ、これだよ!!!! つまらねェもんな、女の子一人連れてくるなんて任務はよォ!!!!! そうだよ、女なんてのは略奪してナンボだ、悔しかったら取り返してみせろよ、少年!!!!!!!!」
『邪撃』
男は再び黒い球を放つ。その数はゆうに10を超える。その全てを恭は斬り裂く。引きずり込んだのは、今度は恭の剣の方だった。斬り裂いた球が恭の剣に飲み込まれていく。
「喰らえ……『邪撃』!!!!!!!」
「ンだと……くっ、馬鹿なっ!!!!?」
恭は剣を一閃し、斬撃の軌跡から生まれる暗黒の球を無数に放った。形は歪(いびつ)であるが、紛れも無く男が放った技と同じ物だ。本能のままに戦う恭はその事実も別段意に介さず、暗黒球を放ち続ける。
「ちっ……借り物の能力じゃこれが限界か……」
「終わらせる……此処から消えろぉおおぉおおおおっ!!!!!!」
恭は暁を水平に立て、腹を男に向ける。収束した闇の奔流が、巨大な球体を作り出す。あまりの強大な重力場に、周囲の塵やガレキが吸い寄せられそして潰される。
「いけぇぇえええええっ!!!!!!!」
「……待ってたぜ。その攻撃を、てめェが足を止める瞬間をよォ!!!!!」
迎え撃つ男は手で印を結ぶ。闇の力が一点に集中した。さっきまで男が放っていた、そして恭が放つ技とは起点が同じでも明らかに質が違う。
『邪衝』(レヴァイド)
暗黒の矢、いや槍がそこから放たれ、恭の放つ邪撃を全て貫通した。恭は先程のように邪衝も飲みこもうとするが、反応が遅れた事とエネルギーの大きさから完全に飲み込めない。
「ぐあぁあぁあああっ!!!!!!!」
「面白ェ……騎士ってのは皆そうなのかよ!? だったら……もっと楽しませてくれよ、少年!!!!!」
男は背中に担いだ物を取り出す。それはギターなどではなかった。握り拳10個分程の長さの剣、恭の剣と比べてもリーチの違いは無い。
「神器『天羽々斬(あめのはばきり)』……特性は『神獣殺し』(セイクリッドスレイヤー)。来いよ……少年よォオオ!!!!!!!!!」
「はぁあぁあああああああっ!!!!!!!!!」
剣と剣がぶつかり合い、凄まじいエネルギーが周囲へ飛び散る。周囲の壁に亀裂が入る。魔女が死んだ今、この結界を修復できる存在は居ない。結界が自然消滅する前に二人の戦いで壊れてしまいそうだった。
何度も何度も刃は触れあいその度に衝撃が走る。そして、その状況を先に危惧したのは青年の方だった。
魔女を倒して救おうとした彼女が、このままでは衝撃で致命傷を負ってしまう。彼は恭の斬撃を受け流し、後方へ引いた。此処まで引けば、恭は追うより先に鳴を護る位置に立つと踏んだのだ。
そして、あれほど闘争心を剥き出しにしていた恭は鳴の前に、彼女を護るように立った。
「ちっ……良い所だったのに。気にいらねぇなお前ら、大嫌いだよ」
「離れろ……鳴を連れて行くな……」
「あーもうわーったよ。そいつ死なせたら俺が大目玉だ。だから……またいつか会おうぜ」
男は一枚のカードを恭に渡す。既に神器は手に持っておらず、背中に仕舞っている。カードは紫色をしており何も文字などの情報がついてるわけでもない。
「受け取ったら破棄しろ。恋人の敵の物なんて持ってたくないだろ?」
「……俺は真田恭。お前の名前は……?」
「本名は勘弁してくれよ、色々あるんでな……まあ、スサノオって呼んでくれ」
スサノオと呼ばれた、いや呼ばせた青年は、邪撃を作り出すとその中に入り込んで消えた。彼の気配が完全に消えると、恭は気が抜けたのか変身を強制解除されてしまう。
結界が徐々に色を失い消えて行く。まずい、このままだと何が起こるか分からない。恭は二人の元に駆け寄り、とりあえず九兵衛を起こした。
「ん……きょう、ちゃん……?」
「魔女は倒した、どうしたらいい!?」
「グリーフシードは……?」
「……ごめん、色々あって」
「分かった……とりあえず、安全な所へ……」
彼女が結んだ転移ゲートに三人は導かれ、魔女の結界を脱出した。
13話 門出
その後は何とか回復した九兵衛と一緒に鳴を運び、真田家へと連れ帰った。一応真田一家が帰還するのは夕方くらいと聞いているので、今の所は大丈夫だろう。
恭は九兵衛に鳴を風呂へ入れるように言い(九兵衛が『きょうちゃんがやりたいんじゃないの?』と言う提案は名残惜しくも見送った)、その間に恭は軽食を作っていた。魔法少女だろうと騎士だろうと、宇宙人だろうと腹は減る。
そう言えば料理したのも久しぶりだった。恭の妹にして真田家の味の門番、真田涼は兄に料理をさせない。なまっているかとも思ったが意外と身体が覚えているものだ。
簡単な物で申し訳ないと思いながら、シチューを作った。カレーにしても良かったが、米を炊いている時間がなかったのだ。シチューならそんなに時間もかからない。
「……ん……」
「やっと起きたね、鳴。大丈夫? どこか痛いとこない?」
「九兵衛……正直、全身痛い。ソウルジェムも真っ黒だし、魔力で治す事も出来ないみたいで」
鳴を脱がせ、お湯も使いながら優しく身体を治していく。一応九兵衛も魔法が使えるので外傷はそれとなく治癒出来たが、内側まではそうそう簡単に治せない。
「此処は……?」
「きょうちゃんの家。今きょうちゃんが何か作ってるみたいだから、ちゃちゃっとしてしまおうよ」
「うん……」
九兵衛の献身に身を任せる鳴。こんなに落ちついたのは久しぶりだった。とても心地よい。まさかこんな気分になれるなんて。
「……私、あの後どうなったの?」
「分からない、でも君は生き残ったし魔女は倒された。実は騎士を直に見たのは初めてなんだよ。きょうちゃんは本当に企画外だね」
「真田くんが……ねぇ、九兵衛」
「何だい?」
鳴は九兵衛に抱きつく。温かい。確かにそれは生きている者の温もりだった。
「私、生きとるよね……?」
「……ああ」
死ぬ気だった。九兵衛も、契約に魔力を使えば死ぬと言っていた。しかし自分は生きている。温かさがそれを表していた。その温もりだけは信じる事が出来た。
「……お風呂上がったよ、真田くん」
「お、分かった。じゃあ飯にしよう。と言っても適当にあるもんぶち込んだだけだけど」
恭は台所へ戻りシチューを三人前持ってきた。ジャガイモと玉ねぎ、人参と鶏肉が入ったオーソドックスなホワイトシチューだ。正直、きっと誰でも出来る。そんな誰でも作れるようなシチューが、鳴にはとても有難かった。
「「「いただきます」」」
手を合わせ、温かくて白いクリーミーなそれを口へ運ぶ。口いっぱいに温かくて重厚な旨味が広がる。甘くて、柔らかくて、優しい。
「……美味しい?」
「うん……真田くん、こう言う事できるんやね」
「まあな。俺の妹知ってるだろ? あいつの料理食ったり手伝ったりしてれば、自然とスキルも身に付くさ」
「へぇ……意外な特技があるものだね。他にもいろいろ作れるのかい?」
「まあな……それで九兵衛。さっき言ってた改変ってのは?」
恭の質問に、食べる手を休める事なくちまちまと話しだす九兵衛。この町から魔女が討滅された事により魔女が行った所業の傷跡が改ざんされようとしているのだ。異能の輪の外に居るもの以外は、魔女が行った事は全て無かった事にされる。
今ですら魔女の口づけにより死んだ人間達は熱中症や行方不明などで処理されているし、鳴の家族は放火魔による愉快犯の犯行と言う事で犯人も捕まっているらしい(この辺りはよく分からないらしいが)。とにかく、世界に負担のないように様々な部分が改ざんされると言う事だ。
「改変は恐らく今から二時間後、5時くらいに終わるはずだ。きょうちゃん達の通ってた学校の校庭に次の世界へのゲートが開くと思うから、その位に校庭に来てくれ」
「じゃあ、私達は先に行ってるから……色々あるやろ、最後に見ておきたい所とか、会っときたい人とかさ」
残らず完食した二人。鳴は恭と九兵衛の分まで後片付けをやってくれた。九兵衛は『どうせ改変されれば元に戻るのに』等と言ったが二人で無視する。
洗い終わると、二人は真田家を出て行った。そこにはぽつんと恭だけが取り残される。最後に会いたい人か……多分家族には会えないだろうと恭は思っていた。
彼はふと自分の部屋に行きたくなった。階段をのぼり、部屋に入る。そこにあった自分の物は全て半透明になっていた。これも改変の前兆なのだろう。全て無くなってしまうのは虚しいような気がして、何か持って行ける物は無いかと探す。
そう言えば、家族で映っている写真なんかは全くないな〜と悲しくなった。写真が欲しいかと言われても首を横に振るしかない。彼に欲しかったのは、笑顔で全員そろって写真を撮れるような家族だからだ。
色々探すが、特に何も持って行きたい物は無い。漫画はかさばる。ゲームは特にやる気にならないし、どんな世界に行くか分からないので充電も出来るか怪しい。そんな中、埃被った機械を発見した。昔もの珍しいからと買った手回し式の充電器だ。相当回す必要があるが、USB充電を行うの電化製品を充電して使う事が出来る。これと携帯くらいの大きさのタブレット式端末を鞄に入れ(何処に行くか分からないため通話機能は期待できないが、辞典が色々と入っているので役に立つかもしれない)、残ったスペースにこの前安売りしていたから買い込んだ、保存食として食べられそうな乾パンなどを詰める。あとは……
『Master』
魔法デバイス、Clavisの無機質な声が頭に響く。恭は首飾りを外し、鍵の中心でキラキラと輝く小さな宝玉を覗きこんだ。
『You can put your luggage in me』(私の中に荷物を入れる事が出来ます)
「へぇ、そんな便利な事が出来るのか……じゃあ、そうさせてもらうか」
恭は言われるままに鞄の中身を移し換え、意外と入りそうだったので薬なども入れる事にした。考えてもみればどんな場所に行くか分からないのだ、用心するに越した事は無い。
容量の関係でClavisと色々悶着はあったものの(流石に某四次元ポケットのようにはいかないらしい)、当初の予定よりもかなり多くの物を入れる事が出来た。さてと、そろそろかな……と部屋を見渡した彼は、部屋の隅に小さな箱を見つける。
『……Master?』
「いや……これも持っておきたくてさ」
恭は静かにそれを荷物の中に入れた。無駄に部屋の片づけなどやってしまったので相当時間を食ったが、今から部屋を出れば十分間に合うはずだった。その時。
ガラガラガラ……バタン。何者かが玄関を空け、その先の扉を開ける音がする。音の主はバタバタと階段を駆け上がり、恭の部屋を勢いよく開いた。
「はぁ、はぁ……どうして、なんで何も無いの……!?」
涼だった。彼女の目には恭の部屋が空き部屋に見えているのだろう。部屋を一通り歩きまわるが、恭には見えている家具が全て涼をすり抜けて行く。
改変前で世界が不安定になっているからだろうか。涼は恭を忘れていない。しかし、彼女に恭は見えていない。こんなにも近くに居るのに。
涼は床にへなへなと座り込み、床とにらめっこしたまま微動だにしない。恭は触れようとして止めた。すり抜けてしまうだろうし、もしすり抜けなければそれはそれで問題だ。このまま離れるのが一番良いに違いな……
恭はガタっと言う音をうっかり立ててしまう。しかしそれに涼は反応する様子がない。それを見た恭は、涼の目の前で囁いた。
「俺、少し旅に行ってくる。もしかしたらずっと戻れないかもしれないけど……幸せに暮らせよ。今までありがとう」
これでいい。きっと聞こえていない。ひょっとしたら改変が済めば彼女は一人っ子だった偽の記憶を与えられこれから両親に溺愛されて育つのではないか。だとしたら、少しだけだが救われる。
恭は彼女の元をすり抜け、約束の場所へと向かった。
聞こえてるよ……お兄ちゃん……
涼は泣いていた。聞こえていた、しかし彼女には恭を止める事が出来なかった。声が出ない、顔が上がらない。涼は何も知らない。恭が騎士になった事も、魔法少女の存在する非日常の世界も。彼女にとっての真実は、兄を失った事だけだ。
違和感を感じたのは帰り道の高速道路の中の父の発言だった。『今日は久しぶりに家族全員で旅行できたな〜』と言う一言を涼は聞き逃さない。父も母も悪ふざけや意地悪で言っている訳ではない事は涼の目には明らかで、だからこそ不安だった。
だからこそ、予定よりも少し早く帰って来た涼は家に入るなり二階へ駆けあがったのだ。家の玄関には鍵はかかっておらず開いていた。だからこそ、居るのなら部屋だと思ったのだ。
(お兄ちゃん……やだよぉ、行かないで……)
さめざめと泣く涼。家の事を殆どすべて取り仕切っていた彼女だったが、それは兄の存在があったからだ。兄が居なければ涼は頑張れなかった。どんなに溺愛されても、母の事は好きになれない。彼女は人によって恐ろしいまでに態度を変えると知っているから。
母を肯定すれば兄を否定しなければならない。だが涼が好きなのは恭だけだった。学校で幾度となくクラスメイトや先輩後輩に告白されても、愛する人は恭以外に考えられなかった。
(嫌だ……お兄ちゃんの居ない世界なんて耐えられない……)
(お兄ちゃんとずっと一緒に居たい)
(お兄ちゃんと……)
「何だ、こんな所に居たのか」
顔を上げる。恭の部屋の窓の外に、紫色の髪をしたちゃらい男が立っている。男はするりと窓をすり抜け恭の部屋に入ってきた。
「お前、さっき戦った少年の匂いがするな……」
「なに……貴方、誰?」
「へぇ、見える聞こえるってわけか。お前、もしかして兄がいたりしないか?」
「お兄ちゃんを知ってるの!?」
妹は駆けより、男にすがりついた。彼が誰か分からない。しかし兄の存在が自身のアイデンティティの大半を占める涼はなりふり構っていられなかった。
「お願い、お兄ちゃんに合わせて!!!!」
「……会えるよ。多分すぐに会える。だから……これを受け取りな」
無数の荊の形をした装飾がまとわりついた深紅の宝玉。男はそれを涼に手渡した。彼女がそれを受け取ると、凄まじい魔力が彼女に吹きこむ。
黒髪は根元から真っ赤に染まり、着ていたミニスカートとTシャツ、下着すらも溶けて消える。彼女は全裸でそこに座り込んでおり、彼女の足元には、前からそこにあったかのように一本の剣が出現した。
「受け取りな、神器『レーヴァティン』だ。俺について来れば兄に会わせてやる」
「お兄、ちゃん……」
一人の純朴な少女は姿を消し。そこに存在していたのは、渾沌と殺戮を信条とし安寧を何より嫌う一人の邪神の魂を継承する者。
恭が話しかけた事、それが未来に於いてどんな意味を持つのか。彼には知る由も無かった。
男は、着ていたジャケットを涼に着せると(体型があまりにも違いすぎるため前を止めれば一応下半身まで隠せた)、彼女の手を引いた。部屋の片隅にどこまでも深く暗い空間が出現する。
二人は、闇の中へと姿を消した。
「……遅かったね、置いてくつもりだったよ」
「まあ、俺にも色々あるんだよ」
「それじゃ……行こう」
三人はこの世界に別れを告げる。これから何が待っているのか、恭も鳴も分からない。しかし確かに分かっている事がある。
「……木村さん」
「……なん(何)?」
「……大好きだ。これからずっと、護らせてくれないかな?」
「……まあ、頑張りたまえ」
「……押忍」
世界の導き手インキュベーターは、二人の愛し合う少年少女を未知なる世界へいざなう。
此れは、混沌に歪められた愛と勇気のストーリー。
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