博士と助手「タイムマシン」
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「――この世界というのは、まあ全て物質に支配されているのだと、私はそう考えている」

 

窓の一つも無い研究室で、博士は語る。

 

「全ての物質が互いに干渉しあい、影響を及ぼすことで、共通した絶対的な時間というものが存在しているように、錯覚しているのだと。

そのためにこの世界にはタイムマシンは存在せず、未来からの訪問者もまた存在し得ない。

――だが、そう決め付けるにはまだ、決定的な証拠が無いのもまた、事実なのだ」

 

博士は部屋の中央に据えられたデスクで、マウスを弄る。

部屋中の様々な機械たちが、デスクの無数のモニターにコードで繋がり、その動作状況を映し出していた。

 

「もしもだ、逆にこの世界が絶対的な時間に支配されていたとしよう。

その場合、時を遡れば全ての存在は等しく巻き戻されることになるだろう。

つまりタイムマシンを利用して過去に帰った者は、過去に帰ったことに気付くことも無く、ただ日常の延長線を生きることになるだろう。

それだけじゃない、もしこの仮定で考えるならば、タイムマシンが完成していない状態の過去に戻ることはできないと言うことになる。

絶対的な時間に全てが支配されているならば――タイムマシンそのものとて例外ではないはずだからな。

そう考えれば、今この世界に未来人がやって来ないことに説明がつくと言えないかい」

 

博士は眼鏡越しに、痩せこけた顔に埋まる落ち窪んだ眼で、こちらに鋭い視線を投げ掛ける。

それはこちらの意見を聞かせて欲しい時に、良く見せる顔だった。

 

「つまりタイムマシンが完成する以前の世界と、以後の世界が存在していて、我々はもしかしたらそれ以後の世界にたどり着ける可能性を持っているかもしれないのですね」

 

私なりに話をまとめて、そこから考えられる事例を前向きに述べてみたのだが、博士はあまりお気に召さないようだった。

 

「ああ、まあそういうふうにも考えられるな……しかし、この場合面白いのはタイムマシンが完成して以後から、自分が生まれる以前に戻ることが出来る者が居るということだよ。

もしかしたら、今から遠くない未来に、人生に絶望した者、あるいは取り返しの付かないような失敗をしでかした者が、自己の消滅を望んで生まれるより以前に戻ることを繰り返しているかもしれん」

 

博士としては、今の自分達が未来を手にすることより、遥か未来の誰かが引き起こすであろう、時の乱れの方が興味深い様だった。

しかし、それならば。

 

「ふーむ、自己の消滅を望むのであれば、自分の死後の時代に飛ぶ方が手っ取り早くありませんか?」

 

会心の指摘のつもりだったが、博士は特に意に介さずに言う。

 

「それはタイムマシンの耐用年数と利用者の年齢と寿命次第だな」

 

なるほど確かに、そう大事に物事を捉えるのは、思春期から青年期の精神状態にある者の方が圧倒的に多いだろう。

そんな彼等が死ぬまでともなれば、今でさえ60年、未来の医療技術ではさらに長い時間が必要となるかもしれない。

そしてタイムマシンとて人の手になるものならば、精密機械であれば尚のこと、長期間の使用は厳しいだろう。

20年もすれば大概の機械は廃棄される。

それより以前に、技術者がいなくなり、故障しても修理もされずに放置される可能性だってある。

もしそうなれば、タイムマシンで自分の死後の時代へ行くことは出来ない。

ならば何もかも忘れて過去に帰り、全てをやり直す方が良いと考えるだろう。

 

「だが、タイムマシンが実用化されればきっと時間はいくらでも動かされることになる。

私はそんな風に自分の人生が弄ばれるのは御免だ。

どれだけの時間を掛けて、どれだけの研究成果を上げられるか、それを自分自身では判らないままに結果だけが遺されて、過去形にされてしまうのはね」

 

博士は心底渋い顔をする。

 

「まあ、それは多分大丈夫なんじゃないでしょうか、今でも最先端技術の利用はあれやこれやと制限が掛けられて、実用のための試験は碌に出来ないのですから。

まして、それほど影響の大きなものは実用化はされないでしょう」

 

博士の気を晴らそうと、自虐めいたジョークを言ったつもりだった。

当の博士は少し寂しげに微笑い、そして安堵とも落胆とも付かぬ息を漏らした。

 

「やはりそうかね、ではこのタイムマシンの設計図は破棄することにしよう」

 

マウスのクリック音と共に、私は取り返しの付かない失敗をしでかした自らの消滅を願うばかりなのだった。

説明
と或る研究所で時間について語る博士。
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