〜〜黒の御遣い〜〜 其ノ参 「新、孫呉の面々と邂逅す」 |
其の参 〜〜新、孫呉の面々と邂逅す〜〜
(視点・・・新)
「こちらです、新さま」
「ああ」
三国志の世界に飛ばされて二日目。
俺は、いまだになれない城の廊下を歩いていた。
そして俺の数歩先を、長くてきれいな黒髪が進んでいく。
「つきましたよ。 ここが書庫です」
ある部屋の前で立ち止まって、振り向いたときに黒髪がふわりと舞った。
この女の子は周泰。 俺の案内役をしてくれている。
というもの、今朝方起きたばかりの俺のところに、雪蓮が勢いよくやってきて・・・・
――――――――――――――――――
『おっはよー、新♪ よく寝れた?』
朝から嫌になるほどのハイテンションな雪蓮の横には、初めて見る女の子がいた。
『ああ、そこそこかな。 ん? その子は?』
『この子は周泰よ。 昨日は会えなかったけど、今日はあなたの案内役をしてもらうから』
『は、はじめまして! 周泰幼平といいます! 僭越ながら、御遣い様の御案内役の命を承りました!』
雪蓮の横にいた女の子は、長い髪を振り乱してこれでもかというほど深くお辞儀をした。
ずいぶんと緊張している様子だった。
『ああ、よろしく。 関新だ』
『見ての通り、少しまじめすぎるけどとってもいい子よ♪ なにかわからないことがあれば、この子に聞くといいわ。 それじゃ、私は別の仕事があるから、あとはよろしくね、明命』
『はい、雪蓮さまっ!』―――――――――――――
・・・・と、いうわけだ。
それから俺はかれこれ一時間ほど、周泰に城の中を案内してもらっている。
初対面で、こんな得体のしれないやつの案内役なんて決して好き好んでやりたくはないだろうに、周泰は嫌な顔ひとつせずに、テキパキと動いてくれている。
雪蓮の言ったとおり、真面目一直線。 なんか犬みたいな性格だ。
「ここにはたくさんの本があって、軍略書はもちろん、医学書なんかもあるんですよ」
「へぇ〜、確かにいろいろあるな」
案内された書庫に入ると、確かに部屋いっぱいの本棚に、本が詰め込まれていた。
まるで資料館で見たような、古くて分厚い本ばかりだ。
「御遣いさまは、本は読まれるんですか?」
「いや、俺は全然。 勉強とか嫌いだからな〜」
「そうなんですか? 実は、私も勉強は苦手なのです」
恥ずかしそうに、周泰は頭をかいた。
「じゃあ、ここはあまり面白くありませんよね。 次に行きましょう、御遣いさま」
「ああ。 ・・・なぁ、周泰」
「はい?」
くるりと旋回して部屋を出ようとする周泰を、呼び止めた。
「その御遣いさまっての、やめてくんないか?」
「へ?」
意味が分からない・・・とでも言うように、周泰は小首を傾げた。
「いや、どうもその呼び方だと慣れなくてさ。 俺のことは新でいいよ。 あと、様も無しで」
「そ、そんなのいけません! 御遣いさまは呉の大事なお客人なのです! 名前で呼ぶなど、滅相もありません!」
首をブンブンと振りながら、周泰は言う。
ほんと、まじめすぎるんだよな。
「それに、一介の臣下である私が御遣いさまをそんな風に呼んでは、他の兵にも示しがつきませんよ」
「う〜ん・・・・それはそうかもしれないけど」
俺としては、そんなに持ち上げられても困るんだよな・・・・
「じゃあさ、せめて新さま、とかにしてくれないか? このとーり!」
“パン”と手を合わせて、周泰に頼み込んだ。
「み、御遣いさまっ!? やめてください! こんなところ見られたら、私・・・・」
「嫌だ! 周泰が了承してくれるまで、俺は顔を上げん!」
「あわわ・・・・・わ、わかりました! わかりましたから、どうか頭を上げてください!」
「ほんと?」
「はい。 では、その・・・・新、さま?」
「うん、いい感じだ」
「あう・・・・新さまは、案外強引なのです」
まだ恐る恐るといった感じだが、周泰は俺を名前で呼んでくれた。
今のは我ながら少し脅迫まがいだったような気はするけど。
「あの、それでは新様、私のことも明命と呼んでください」
「え? 真名で呼んでいいのか?」
「はい。 私も名前で呼ばせていただくのですから当然です」
にっこり笑って、そんなことを言う。
俺の名前は真名じゃないんだから、それほど気にしなくてもいいんだが。
多分こういう真面目一徹なところが、周泰のいいところなんだろう。
「それじゃ、お言葉に甘えて。 よろしくな、明命」
「はい、こちらこそです!」
はぁ〜、甘寧のやつもこれくらい素直だったらいいのにな。
・・・・なんて聞かれるとまずいので、口には出さない。
「では新様、次はどこを案内しましょうか?」
「ん〜、そうだな・・・・」
「明命〜!!」
「ん?」
行き先を悩んでいる俺の後ろの方から、明命を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、眼鏡をかけた女の子がずいぶんと急いだ様子で走ってくるのが見えた。
「みんめっ・・・・・」
“ガッ!!”
「きゃっ!?」
“ズッテーン!!”
あ、こけた。
しかも見事に顔からだ。 あれは痛そう。
「亜沙! 大変です!」
「おいおい、大丈夫か?」
すっ転んだ女の子のもとに、明命と駆け寄り、俺は手を差し出した。
「痛タタ・・・・・すみません。 あれ? あなたは・・・・・」
助け起こした女の子は、俺の顔を見て首をかしげる。
どうやら、大したけがはしてないようだ。
「亜沙。 この方が雪蓮さまからお話があった、御遣いの関新さまですよ」
「えぇ!? あ、あの・・・そうとは知らず失礼いたしました!」
「いや、気にしなくていいよ」
「あの、あの・・・私は、呂蒙と申します! 真名は亜沙です!」
「え? 真名もいいの?」
「も、もちろんです! 雪蓮さまも真名を預けたお方ですから!」
「んじゃ、遠慮なく。 よろしくな、亜沙」
「は、はい!」
俺を警戒することもなく、会って10秒で真名を教えてくれた亜沙。
ほんと、この城もこんな子ばっかりだったら楽なんだけどな。
なんてことを考えながら、また頭の中に甘寧の顔を思い浮かべる俺である。
「ところで亜沙。 ずいぶん急いでたみたいですけど、どうかしたんですか?」
「は! そうでした! どうかしたじゃないですよ明命! 今日は私と軍の再編案について話し合いだと約束したじゃないですか!」
「はぅあ! そうでした!」
「なんだ、予定があったのか明命?」
「はい。 すっかり忘れてました。 でも、私には新さまのご案内が・・・・」
俺と亜沙を交互に見ながら、うろたえている明命。
こういう時、この子の真面目な性格は大変なんだろうな。
「いいぜ。 亜沙の方に行ってやれよ」
「え? ですが・・・・」
「もともと、そっちの方が先約だろ? それに、大体城の構造はわかったし、あとはテキトーに見て回るから」
「はぅ・・・・申し訳ありません、新さま」
明命はしょんぼりと肩を下げて、深々とお辞儀をした。
「いいから、気にすんな」
「はい、ありがとうございます。 では亜沙、行きましょう」
「はい。 では新さま、失礼します」
「ああ。 なんか知らんが、仕事がんばってな」
手を振って、足早に去っていく二人を見送った。
しかし、予定を忘れていた明命も明命だが、雪連のやつも部下の予定ぐらい把握しておけよ。
「さて、どうしたもんかな」
ポツンと一人、こんなところに立ってるのも間抜けだ。
明命に言ったように、テキトーに城を見て回ろうとは思うが、特に見たいところがあるわけでもない。
いっそ、部屋に戻って寝なおすか・・・・・?
「ニャー」
「ん?」
悩んでいると、どこからか声が聞こえた。 猫?
あたりを見回すが、姿は見えない。
別に猫なんて珍しくもないが、声がすれば探してしまうのは人の性だろうか?
「ニャー」
「お。・・・・・ん?」
見つけた。 中庭の木の枝に、一匹の子猫だ。
けど少し不思議に思ったのは、もう一つ何やら木の上に影をみつけたからだ。
大きい猫・・・・・? いや、違う。 女の子だ。
小柄で、多分明命より少し年下くらい?
女の子は、枝の先の方にいる子猫に、必死に手を伸ばしていた。
どうやら、木の上に上って降りられなくなった子猫を見つけて、助けようとしているようだ。
「待ってて、今助けてあげるから」
「・・・・・・・・」
俺は女の子に声をかけようとしたが、やめた。
下手に声をかけて、バランスを崩したら危険だ。
少し様子を見よう。
「ニャー」
「ん・・・・・、もう少し」
震える子猫に、女の子が手を伸ばすが、あと数センチ届かない。
まずいな。 あの重心だと・・・・・・
「ほら、こっちにおいで」
「ニャー」
これ以上は無理だと判断したのか、女の子が自ら子猫を呼ぶ。
するとそれに反応して、子猫は足元を確認するように少しずつ女の子の手に歩み寄った。
「よし、届いた!」
“ズルッ!!”
「きゃっ!!?」
だが、俺の予想通りと言うべきか。
子猫を抱き上げた瞬間、女の子はバランスを崩して木から落下した。
やれやれ、仕方ない。
“ドサッ!”
「・・・・・・あれ?」
女の子と子猫が、地面にたたきつけられることはなかった。
自分の状況を確かめるように、俺に抱えられた女の子は目をぱちぱちさせていた。
「ふ〜、あぶねぇな。 猫を助けるのはいいが、もう少し慎重にやれよ、お嬢ちゃん」
言いながら、女の子を地面に下ろしてやった。
拍子に、子猫は女の子の手から飛び出し、ダッシュで中庭に逃げていった。
猫は恩を忘れないというが、あれは多分嘘だな。
「ありがとう。 あなた、見ない顔だけど、新しい兵隊さん? それにしては変な恰好ね」
「ちげーよ。 それより、ここは王様の城だぞ。 こんなとこで子供が遊んでちゃだめだろ?」
「ム〜! 私子供じゃないもん! でも、この城で私の顔を知らないなんて・・・・あ! もしかして、あなたがお姉さまの言ってた偽物の御遣い?」
「偽物って・・・・・。 まぁ、間違ってはないけど。 ん? お姉さまって・・・・?」
気になって、女の子を顔をよく見てみる。
そういえば確かに、この子誰かに似てるような・・・・・
褐色の肌に、青色の目。 それにこの薄紅色の髪。
「えっと、お前は何者なんだ?」
「フフーン。 私は孫尚香。 孫策と孫権の妹だよ♪」
「えぇ!? 雪蓮たちの妹!!?」
孫尚香と名乗った女の子は、無い胸を突き出して鼻を鳴らした。
驚いた。
言われてみれば、この子の顔は二人の姉とそっくりだ。
あの二人が幼かった頃は、きっとまんまこんな感じだったんだろう。
「ねぇ、私は名乗ったんだから、あなたの名前も教えてよ」
「あ、ああ。 俺は関新だ。 新でいいよ」
「新ね。 じゃあ、私のことはシャオって呼んで」
「シャオ?」
「うん。 私の真名、小蓮っていうの。 だからシャオ♪」
「真名って・・・・いいのか?」
「うん。 助けてくれたお礼。 それに・・・・ムフフ♪」
「ん? なんだよ?」
今までニコニコしていた孫尚香・・・・もとい、シャオの笑顔が、不意に怪しげなものに変わった。
「だって、新ってば想像してたよりカッコいいんだもん♪ ちょっとひと目惚れかも?」
「ああ、そりゃどーも。」
「なによー、そっけないなー」
「悪いけど、俺は子供には興味ねーの」
「ブー! また子供って言った―!!」
頬をふくらましての反論。 こういうところが子供だって言うんだが。
雪蓮と孫権の妹というが、性格はどう考えても雪蓮に似てるな。
「わかった、わかった。 もう言わねーよ」
「もう。 まぁいいや、許してあげる。 ね、新。 暇ならシャオと遊ばない?」
「ん? まぁ、暇っちゃ暇だし、いいぞ」
もともと、部屋に戻って寝ようかとまで考えてたところだ。
シャオに付き合うのも悪くないかもな。
「ほんと♪ じゃあ何して遊ぶ?」
俺の返事を聞くや否や、シャオは上機嫌で俺の手を取った。
うーん、この反応が子供じゃなくてなんなんだ・・・とは思うが、まぁ言わないでおこう。
てか、初対面の相手にこんだけ懐いてて、こいつはいつか誘拐とかされないだろか?
「あ! いました。 小蓮さまーっ!」
「ん?」
今日は何やら、よく後ろから声が聞こえる日だ。
振り向くと、亜沙の時と同じように女の子が急いでこちらへ走ってきていた。
「げっ!? やばっ!!」
「おい、なんだよ?」
するとその姿を見た途端、シャオの顔色が変わった。
しかも俺をグイッと引っ張って、その後ろに隠れる始末だ。
いや、見つかった時点で隠れても手遅れだろう。
「小連さまー」
「なんだか知らんが、シャオならここにいるぞ?」
女の子が目の前まで来たので、後ろに隠れていたシャオを突き出した。
「ちょっと新! 裏切るの!?」
「いや、だらかもう見つかってるって」
「もう、探しましたよ小蓮さま。 休憩の時間はとっくに終わってます」
女の子はあきれた様子で、ため息交じりに言った。
・・・・・・て、おぉっと。 これはすごいな
視線が、自然と目の前の女の子のある部分に集中してしまう。
小蓮とは正反対といってもいい、その胸に実ったたわわな二つの果実が・・・・・
「あー!! 新ってば穏のおっぱいみてるー!!」
「ばっ・・・・ちがっ!?」
このお子様めっ!
男のロマンを堂々と暴露するんじゃない!
俺は慌てて目の前の女の子の反応をうかがったが、案外平然としていたので安心した。
「新さん・・・・ということは、あなたが例の黒の御遣いさまですか?」
「あ、ああ。 一応な」
俺もなんとか平静を装うが、なんとなく顔が引きつったのが情けない。
「これは自己紹介が遅れて申し訳ありません。 私は陸遜伯元と申します。 一応、孫呉の軍師をしてます。 穏と呼んでいただいて構いませんよ」
「ああ、それじゃ遠慮なく。 俺のことは新でいいから」
この子があの陸遜か。
なんかのほほんとしてるし、イメージとちがうな。
しかし、こうも簡単に真名を教えてくれる子ばかりだと、真名の大切さってのも怪しくなってくるような気もするが。
ま、それだけ俺の存在を大きく思ってくれているってことなんだろうけど。
「さて、それよりも・・・・・」
“ガシっ”
「きゃっ!?」
「どーして逃げるんだ、シャオ?」
俺と穏が話してる好きに、ソロリソロリとこの場を離れようとしたシャオの首根っこをつかまえた。
「ちょっと、離してよ新―っ!!」
ジタバタと、頬を膨らませて必死に抵抗するシャオは無視して、俺は穏の方に視線を戻した。
「穏は、シャオを探してたんだろ?」
「はい〜。 今日は私が小蓮さまにお勉強を教える日なんですけど、少し休憩だと言ったきり、戻られなかったので・・・・」
「はーん、そういう事か」
「うぅ・・・・」
横目にシャオを見ると、バツが悪そうに顔をそむけておとなしくなった。
つまり勉強が嫌にやってサボっていた、と。
なんとも、わがままなお姫様もいたものだ。
「ま、俺も勉強は嫌いだし、得意でもねぇからとやかくは言わねーけどさ。 せっかく穏が教えてくれてるんだし、おとなしく聞いたらどうだ?」
「むー。 だって、難しい話ばっかでつまんないんだもん」
そういって、また頬を膨らませる。
それを見て、穏はどうしたものかと眉をひそめてるし。
これは、助け船を出してやった方がいいか。
「しゃーねぇな。 勉強が終わったら、いくらでも遊びに付き合ってやるからさ」
「ほんと!?」
まるで花火のように、シャオの顔で笑顔がはじけた。
「ああ。 だから頑張ってこい」
「じゃー、約束ね! ひとりでどこか行っちゃだめだよ!」
「はいはい、行かねーよ。 ほら、早くいかないと遊ぶ時間が無くなるぞ?」
「うん! ほら穏、早く行こっ!」
「あ、ちょっと小蓮さまっ。 引っ張らないで下さいよ〜」
さっきまでむくれていたのは、もしかしたら別人だったのかもしれない。
元気よく穏の腕を引っ張って、二人は部屋の方へと消えていった。
「やれやれ・・・・」
二人を見送りながら、腰に手を当ててため息をつく。
ここって、本当に三国志の世界なんだよな・・・・?
明命や亜沙、穏もそうだが、シャオをみてると本当にそれが疑わしくなってきた。
けど、ここは紛れもなく千年以上も昔の世界。
数多の群雄が割拠し、天下を競った時代。
そのはずなのに・・・・・
「ははっ」
思わず、ひとりで笑ってしまった。
授業で聞いた戦乱の時代だという割には、随分と平和に思えたからだ。
「あら。 楽しそうね、新」
「? 雪蓮?」
聞き覚えのある声がしたので振り向いたが、そこに雪蓮の姿はなかった。
「こっちよ、こっち」
「・・・・・あ」
声に導かれて顔をあげると、すぐ後ろにあった木の上だ。
しっかりとした枝に腰かけて、雪蓮がニコニコ顔で俺を見下ろしていた。
その手には、ちゃっかりと盃が握られている。
「雪蓮。 いつからそこに・・・・・てか、もしかしてずっと見てたのか?」
「まっねー。 小蓮を助けたときの新、カッコよかったわよ♪」
「からかうなよ。 ってか、見てたなら雪蓮が猫を助けてやればよかっただろ?」
ずっとここにいたってことは、多分シャオが猫を見つけたところから見てたはずだ。
雪蓮なら、ヒョイっとひとっ跳びで猫を助けられたろうに。
元に、今も結構な高さの枝に上ってるし。
「せっかく妹ががんばってるのに、私が出しゃばったら悪いじゃない」
「あのままシャオが落ちてたら、どうするつもりだったんだ?」
「それは大丈夫よ。 だって、丁度新がそばを通るのが見えたから」
「俺が、シャオを助けなかったら?」
「あら。 新はいたいけな女の子を見捨てるような酷い男なのかしら?」
「さーな」
全部お見通しで傍観決め込んでたってわけね。
なんかうまく雪蓮に試された気分だぜ。
「フフフ、そんなにむくれないでよ。 小蓮を助けてくれてありがとう。 それは本当に感謝してるわ」
「むくれてねーよ。 それより、それ」
「ん? これ?」
俺が視線を送ると、雪蓮も気付いたように自分の手にある盃を見た。
「お前、確か今日は他の仕事があるから、俺の案内を明名に任せたんじゃなかったのか?」
「うん、仕事ならもう終わったもん」
「嘘つけ。 顔が赤いぞ。 もうずいぶん前から飲んでたんだろ?」
「あらら、バレちゃった」
なんて言って、悪びれる様子もない。
それどころか、とっくりからもう一杯酒を注いで飲みだす始末だ。
「一国の王が、仕事サボって昼間っから酒飲んでいーのか?」
「ブー、失礼ね。 これでもちゃんと仕事してるわよーだ」
酒を飲みほすと、子供みたいに頬を膨らませた。
こうしてみると、本当にシャオにそっくりだな。
「へぇ、木の上で酒を飲みながらできる仕事ってのがなんなのか、教えてほしいもんだな」
「フフフ。 それはねー、新が他の子たちと仲良くできるかなーと思って、見てたのよ」
「俺が?」
「うん。 なんか新ってば、思春や蓮華とは険悪な感じだし。 うまく仲間に溶け込めるか心配だったのよ」
「そりゃどーも。 うれしくて涙が出てくるよ。 んで? そこから見てた感想はどうなんだ?」
「うん。 小連も他の皆も、あなたの事認めてくれてるみたいだし、お姉さん安心したわ。 新の方は? みんなのことはどう感じたかしら?」
「皆いい子だよ。 シャオは、誰かさんに似て少しわがままだけどな」
「あら、誰に似たのかしらね♪」
これだもんな。
ニコニコ笑って、話をはぐらかす雪蓮。
「まぁ、そもそもこんな我がままな王様に仕えてるんだ。 みんないい子に決まってるか」
「ブー。 新の意地悪」
「高みの見物決め込んでたお返しだよ」
「・・・・フフ」
「・・・・・はは」
なんだかおかしくて、お互いに笑いあった。
雪蓮と話してると、不思議と肩の力が抜ける。
まだ、会って二日しかたっていないのに、それでも自然と心を開いてしまえる魅力が、雪蓮にはあるのだと思う。
「ね、新。 こっちに来て一緒に飲まない?」
雪蓮は、自分の横のスペースを“トントン”とたたいていった。
「俺、あんまり酒は飲めねーぞ」
「いいからいいから。 小蓮の勉強が終わるまで結構かかるし、それまで飲みましょ♪」
人の話を聞けよ。 つっても、無理な話か。
「はぁ〜、わかったよ・・・・・っと!」
俺は勢いよくジャンプして、雪連が座っている枝に飛び乗った。
それを見て、隣で雪蓮が少し目を丸くしている。
「あら、さすがね新」
「雪蓮だって、これくらいできるだろ?」
「さぁ、どうかしら? それより、はい」
小首を傾げてごまかしながら、雪蓮が俺に盃を差し出してきた。
受け取ると、雪蓮自ら酒を注いでくれた。
「とと・・・・。 へぇ、結構いい香りだな」
盃を鼻に近づけると、ふわりと果実のような香りがした。
俺は普段酒なんて飲んだことがないが、これが普通なのか?
「香りだけじゃないわよ? ほら、飲んでみて」
「ああ。 んじゃ、いただきます」
ゆっくりと一口。 口に含むと、さっきの香りが口の中全体に広がった。
うん。 思ったより、全然飲みやすい。
「ぷは。 結構うまいな」
「でしょでしょ? これね、私のお気に入りのお酒なの」
「ふ〜ん」
「それより新。 どう? この国でやっていけそうかしら? 黒の御遣いとして」
「まだ昨日来たばっかだぜ? そんなに早くわかるかよ」
「あら。 私は、新とはうまくやっていけると思ってるわよ」
「そりゃ、俺だって雪蓮とは仲良くやっていけるとは思うけどな」
「あら、うれしい♪」
屈託のない笑顔で、雪蓮は笑った。
こういう何気ないしぐさに、たまにドキッとくるんだよな。
「でも、正直不安の方が大きいよ。 いきなりこの世界に飛ばされて、これでも混乱してるんだ」
「不安? それって、蓮華とか思春のこと?」
「それもあるけど、もっと別の事。 ほら、戦いのこと・・・・とかさ」
俺がそういったとたん、雪蓮の表情が不安げなものに変わった。
「・・・・怖い?」
「わからん。 今感じてるのが、恐怖なのか、それとも別のものなのか。 俺のいた未来の世界じゃ、もう戦争は終わってたから、俺は実際の戦場は経験してないしな」
「そう。 でも安心しなさい。 新は戦場に出る必要はないわ。 あなたは私たちの大事なお客様だもの。 あなたは黒の御遣いとして、この孫呉にいてくれるだけでいいの」
「ありがと。 でも、そうもいかんだろ。 俺には、戦える力がある。 そんで、ここは戦乱の時代。 なら、使える力を使わないわけにはいか行かないんじゃねーか?」
戦争なんだから、仕方ない。
そういう言い方をしては見たものの、きっと俺はそうやって建前を作ったんだろうと、自分で思う。
戸惑いや不安はある、というのは嘘じゃない。
けどどこかで、自分の力を最大限に試せるこの状況に、どこか期待のようなものを持っているのも確かだった。
「人を、斬らなきゃいけないのよ? あなたにできるの?」
「それも知らん。 でも、やらなきゃ自分がやられるってんなら、やるだけだ。 それに・・・」
「それに?」
「こうして、雪蓮に拾ってもらったからな。 少しは恩返しさせてくれ」
「・・・・・フフ♪」
今まで真剣に話を聞いていた雪蓮が、少し顔を伏せて笑った。
「なんだよ? なにか変なこと言ったか?」
「ううん。 やっぱり、新はイイ男だなーって思っただけよ♪」
「なんだよそれ」
「男に二言はないわよね、新。 私が戦場で危なくなったら、新が助けてね?」
「そこまでは言ってねー。 それに、雪蓮が危なくなることなんてないだろ?」
「あら、か弱い乙女に向って失礼ね」
自然と、二人とも笑顔に戻っていた。
こっちの世界に来てから、初めて弱音のようなものを口にした気がする。
部屋でひとりの時だって、考えなかったことなのに。
雪蓮には、不思議と話してしまえた。
まだまだ俺は、雪蓮のことは知らないことが多い。
けど、こんな風に昼間から仕事をさぼっているにも関わらず、彼女が王として皆に慕われている理由は、なんだかわかる気がした。
「ほら新、飲みましょ。 お酒はまだまだあるんだから」
雪蓮は、自分の後ろに隠していたらしい新しい徳利を取り出していった。
「お前、どれだけ飲むつもりなんだよ」
俺は少しあきれたが、同時にまぁいいかとも思った。
今はもう少し、雪連と話していたいと思ったからだ。
「いーから、いーから。 今日はとことん飲むわよー」
「ほぉ・・・・・。 他のものが必死に仕事をしている中、随分と楽しそうだな。 雪蓮?」
「ぎくっ・・・・・!?」
その時、木の下から聞こえたのは、冷たい声音だった。
それを聞いた雪蓮の肩が、びくっと震える。
「あ、冥琳」
木の上から見下ろすと、冥琳が腕を組みながらこちらを見上げていた。
眼鏡の向こう側に光る鋭い目が、俺の隣にいる雪連をとらえている。
「や、やっほー冥琳。 元気・・・・?」
「ああ、元気だとも。 どこかの誰かさんが丸投げした分の仕事もこなしたせいで、よく体を動かせて健康そのものだ」
口調は、いつもの冥琳だ。 口元も、笑みが浮かんでいる。
けど、違う。 笑顔の冥琳の後ろには、明らかになにか黒いオーラがにじみ出ていた。
「そ、それはよかったわねー。 じゃあ、私はこの辺で・・・・・」
「待て!!!」
「ひぃ!?」
立ち上がり、木の上から逃げ出そうとした雪蓮を冥琳の一喝が制した。
「今おとなしく戻れば、今回は大目に見てやろう。 しかし逃げれば、城にある酒はすべて処分させる」
「えー!! そんなのないわよー!!」
「自業自得だ。 それでどうする? 今戻るか? それとも酒を無駄にするか?」
「うぅ・・・・・。 助けてよ新〜」
雪連の顔はほとんど半泣きだった。
この状況で俺に頼られてもな・・・・
「あきらめろ雪蓮。 酒はまた今度付き合ってやるよ」
「ぶー・・・・」
「ほら、行くぞ雪連。 まだ仕事は山のようにあるんだ」
「もー、わかったよー!!」
観念したのか、雪蓮はしぶしぶ木の上から降りた。
「新、後で覚えてなさいよ!」
「なんで俺なんだよ!?」
木下から、雪蓮が頬を膨らませて俺をにらみつけた。
理不尽にもほどがあるだろ!
「すまなかったな新。 今度こいつに酒に誘われた時は、仕事が終わっているか私に確認をとってからにしてくれ」
「ああ、りょーかい」
「この裏切り者―!!」
雪蓮は最後まで不満をぶちまけながら、引きずられるようにして冥琳に連れていかれた。
なるほど、雪蓮は冥琳だけには逆らえないらしい。
この城の中の上下関係も、少し見えてきた気がする。
「あれで、王様なんだもんな」
つぶやきながら、ふと隣を見る。
雪蓮が残していった徳利が、一本おいてあった。
振ってみると、まだ半分ほど中身が残っていた。
それを盃に注いで、口に運ぶ。
「・・・・うん。 悪くない」
今日初めて、酒のうまさを知った気がする。
そして俺は、多分これからもっとたくさんの事を知るだろう。
今日は、その最初の一歩だ。
この一歩を祝うつもりで、俺は一人、乾杯のマネをしてまた酒を飲むのだった.
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