ジェラード 「異界からの復讐者」(前編)
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 ヤルタが軽い寝息をたてている。

 

 草原を吹き渡る風。

 

 ボクは眼前に広がる宇宙を見ていた。

 無数に散らばる光りの粒。

 どれがいちばん近いのか、どれがいちばん遠いのか。

 

 あのうちのどれかにボクと同じように寝そべって、同じ思いで宇宙を眺めている

生命があるかもしれない。

 

 広い。

 あまりにも広い。

 

 ふと上下の感覚が無くなり、この無限の広がりの中に落ちていきそうな感覚に

恐くなる。

 普段、ぜんぜん気にも留めていないこの星の重力の確からしさが、

ふと不安に思える。

 

 ボクはこの星に引っかかっている小さな生き物

 小さくて小さくて

 救いようのない

 生き物…

 

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         ジェラード

 「異界からの復讐」(前編)

 

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 「腹へったー腹へったー腹へったー」

 「ちょっと、男だろ!王子様!少し我慢しろよぉ」

 「んなこと言ったって、もう人里出てから2日だぞ。パンが食いてー。

 スープが飲みてー」

 「たく、育ちの良いお坊っちゃんはこれだもんなぁ。付き合いきれないわ。ふう」

 「辺境人は野蛮だよなー。草の実のおかゆみたいのでも食べれるもんなー。

 木の根っこでもかじれるもんなー」

 「どーせ野蛮な辺境人ですよだ!あの山のふもとがザルクタンだから、も少し

 辛抱せいよ」

 「うーうーうーうー」

 

 ザルクタン

 

 鉱山の町。この地方では3番目に大きな町だ。掘り出される鉱石は純度の高い

良質の各種メタルで、機械の部品や農具に使用される。幾つかの会社が鉱山を

経営しており、この町の住民ほとんどがその会社の労働者だ。

 赤茶けた山肌と、精錬の煙の柱がボクらの前に現れてくる。

 

 「もうだめだー。あの町まで転送してくれー」

 「おいおい。腹減ってるのおまーだけじゃないんだぞ。ボクだって力使うんだぜ」

 「頼むよー」

 「情けない奴だなぁ、ホントに。向こうへついたら何かおごってくれよ」

 「うんうんうん。マルカナフルーツ4つ」

 「5つ!」

 「足下見るなぁ。それでいいからさー」

 「ん」

 

 ボクは右手をかざす。クリスタルから緑色の光りがあふれ、次の瞬間、ボクらは町の

入り口にいた。古い大きな石橋を渡る。水の少ない川で、子供達が釣りをしているのが

見える。

 

                     *

 

 「ラサム…」

 「うん」

 「これって…だよな」

 「らしいね」

 

 食料を調達するため店の立ち並ぶ通りへ来たボクら。しかし、どういう訳か、

開店している店はそう多くない。やっと見つけた食料品を扱う店でボクらを

待っていたのは、延々と並んだ順番待ちの買い物客の列、その最後尾だった。

 

 「こんなとこで待ってたら、飢えちまうよ、死んじゃうよ」

 

 店を探すのに歩きくたびれたヤルタは半ベソである。

 衣食足りて礼節を知る。

 王子様も腹が減っては威厳のかけらも無いただの少年。ちょっと可愛そう。

 しかし、どうすることもできない。ボクらは仕方なくそこに並んだ。

 しゃがみ込むヤルタ。

 

 ボクは前のお年寄りに尋ねた。

 

 「あの、すみません。どれくらい並んでらっしゃるのですか?」

 「はあ、かれこれ1時間少しですかなぁ」

 (う)

 

 ちらりとに視線を落とすと案の定、ヤルタはひたいの角を地面に突き立てて

ヒクヒクしてる。

 

 「いつもこうなんですか?」

 「あなた様、旅のお方ですかな?」

 「ええ。ここへは初めてなのですが」

 「そうさのぉ。2年ほど前からですかの。3つほどあった鉱山会社のうち、

 2つが閉鎖になりましての。それからですな、品物は少なくなる、値段は上がる。

 毎日が大変ですじゃ」

 

 ふう。

 

 その時、店員らしき男が現れてボクらの20人ほど前の所で声を上げた。

 

 「今日の分の品物が少ないため、今日はここで終わりです!」

 

 ワラワラと帰り出す人達。

 

 「だぁ」

 

 ヤルタは死んだ。

 ボクは店員へ話しかけた。

 

 「すみません。ホントに何もないんですか?連れの者が弱っているので、少し

だけでも食べ物があれば助かるんですが」

 「そういわれてもねぇ。この町では品物の入荷量が決まっているので…」

 

 店員はそう言うと、ほとんどグランパ・ド・ドゥしてるヤルタをみて、

 「!」

 突然、顔色を変えた。

 

 「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」

 

 あわてて店へ駆け込むと、同じ勢いで飛び出して来るなりボクらを店の裏口へ

引きずり込んだ。

 

 「申し訳ありません。不手際を致しまして」

 

 ヘコヘコ頭を下げる店主。

 

 「どうぞ、何なりとご注文下さい。用意いたしますので」

 「「?」」

 

 突然の事で、目を白黒のボクら。

 なんなんだ、これは?

 

                  *

 

 

 「ふう!死ぬかと思った」

 

 お腹を満たし、ごきげんの王子様。

 

 「しかし、変だなぁ。無い、無いって言ってたわりに、ボクらの注文通りの物、

すぐ出してきたじゃないか」

 マルカナフルーツをほおばりながら、言うボク。

 

 「そうだな。なんか、あるぞ。この町」

 ヤルタの目が王族のそれに戻って来ている。

 

 裏口から買い物袋を持って出たボクらは、一人の車椅子の少女に気がついた。

 まだ10才にはなっていないだろう。家へ帰るところなのか。

 空っぽの買い物かごは、買い物の列に並んだものの目的を果たせなかった事を

語っていた。

 

 「おい」

 「うん」

 

 ボクらは袋を持って彼女に近づいた。

 

 「ねえ、どうしたの?買い物できなかったんだ」

 顔を上げたそばかすだらけの青い瞳の少女。

 金色の髪をおさげに編んでいる。

 しかしその視線が、ヤルタに移った時。顔色が変わった。

 その感情はあの店員と店主が示したものと同じだった。

 

 

 恐怖

 

 

 ボクらは少女の表情にその感情を読んだ。

 その原因が自分にあることを、ヤルタはすばやく悟る。

 彼は臣民をいたわる王子の微笑みで、自分の食料かごの中から手のひら大の

 果物を取り、彼女に差し出した。

 

 「大丈夫。オレは違うよ」

 

 少女は直感的に彼が恐れの対象でないことを感じて取った。

 色の白い細い指が、果実を受け取る。

 

 これでコミュニケーション、成立。

 

*

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 ジェラードのマントをはずし、ありふれた旅人の格好のボクは、その晩、

酒場にいた。

 

 手元のグラスが甘い葡萄の香りをたて、ボクの鼻をくすぐる。

 

 町の様子を知るには、その土地の働き人達が集まる場所へ行くのが一番。

そこは一日の労働に疲れた男達が憂さを晴らす場所。

 王子様にはわかるまい。貴族のお気楽な暮らしの下では、自分の寿命を削って

お金に換え、生活している人々がいるのだ。

 

 ボクらは町の様子が分かるまで宿屋へ泊まるのを止めにした。

 ヤルタはごねたが、仕方がない。町の人々がクリーチャーに対して特別な感情を

抱いていることが判った以上、ヤルタを連れてうろうろできない。

 

 昼間の少女はエリザといった。両親を鉱山の事故で失い、二人の兄と暮らしている。

 彼女の兄たちも鉱山勤め。しかし最近、鉱山で事故が多く、心配だという。

 3年前に、事故が元の病気で足を悪くした彼女は車椅子で家事をきりもりしている。

近所の人達が世話を焼いてくれるそうだが、やはり、皆も苦しい生活を耐えている。

そばかすの少女も自分のできることはやろうと懸命なのだ。

 

 歌をうなっている男達。

 酒のおかわりを求めて叫ぶ。

 皆、疲れている。

 

 労働環境の悪さと、賃金の低さと、見通しのつかない生活のやるせない気持ちを酒に

紛らしている。

 

 ふう。

 

 やぱ、ヤルタ、連れてくれば良かったかな。いい勉強になったかもしれない。

 

 気分が伝染してきて、ボクは溜息の後、グラスを空けた。

 

 「おい、あんちゃんよ、どっから来たね?」

 

 出来上がった一人のじいさんが、グラス片手にボクに声をかけてきた。

 

 「ええ、北の方からです」

 「そうか、北の方は景気はどうじゃね?」

 「ええ、さっぱりです。最近、砂漠化が激しくて。虫もよく出ますし」

 「はっは。やはり、どこも似たようなもんじゃの」

 ボクの隣に腰をかけるじいさん。かなり酔っているように見える。

 でも。何かをこの人から感じる。何だろう。

 

 「ここには確か、鉱山会社は3つばかりあったと思いましたが。ボクは働き口を

  見つけようとここまで来たんですけど」

 「よしな、よしな。ここは働く所じゃない。この町に住んだ日にゃ、それこそ骨に

  なっても働かされる。物は高いし給金は安い。よそへ移り住みたくたって、

  旅費さえでやせん。ここだけの話じゃが、今の会社のバルーマンって社長は

  とんでもない奴でな。他の2つの鉱山に手下を忍び込ませて、あっちこっちで

  事故起こさせてな。で、事故の復旧やら保証やらで弱った所を買収しちまうん

  じゃからの」

 

 「おい、じいさん!声がでけえよ!バルーマンの耳に入ったらどうすんだよ!」

 隣の丸テーブルの若い男が声をかける。

 

 「ちくしょう!ばあさんを隣町の医者に見せる事さえできなかったんじゃ!

  あいつらのせいで!あの忌々しいフィールダーの奴等!」

 

 「フィールダーがどうかしましたの?」

 

 「!」

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 酒場がしんと静まり返る。

 入り口にはグレーのタイトスーツに身を包んだ数人の人影。その中に一人の緑色の

巻き毛の女性が見える。声の主だ。

 

 ボクは奴等に常人には無い気を感じ取る。

 うん。判った。なるほど。こいつらがエリザや町の人達の恐怖の対象。

 こいつら、クリーチャーだ。

 

 彼女は繰り返した。

 「フィールダーがどうかしまして?」

 

 じいさんは一呼吸おいて、破れかぶれで言った。

 「ああ、したともよ!あの日、あんたらの都合で夜間外出を禁止なぞしなきゃ、

 ばあさんは死なずにすんだんじゃ!」

 「そう。それはお気の毒に」

 「何が「お気の毒に」じゃ!畜生!」

 

 じいさんは女にグラスを投げつけた。女は深紅のマントをひるがえす。

 ギンッ!

 鋭い金属音がして、グラスは光る粉と化した。

 皆が息をのむ。

 

 「うふっ。どうやらお仕置きが必要のようですわね」

 

 緑色の髪が微笑む。と、同時に床板がはじける音!

 

 「危ない!!」

 

 ボクはじいさんの小さな体を抱えて飛びすさった。

 

 グワシャァンッ!

 

 衝撃波がボクらのいた場所を通り抜け、向かいのカウンターを直撃する。

 蒸留酒の琥珀色が飛び散り、棚が崩れ落ちる。

 このクリーチャー、気術使いだ。

 

 空気の膨張・収縮を自在にコントロールする気術は、使いようによって衝撃波や

真空を作りだすこともできる。空間を制御する術より威力は小さいが、人の命をあやめ

るには十分だ。

 

 「おや、おじいさん。命拾いしたようですわね。うふふふふ」

 「じいさん大丈夫?」

 「あ、ああ…」

 白い髭の下の口元がゆがむ。

 

 女は髪を掻き上げながら近づいてくる。ひたいの脇に羊の角のような感覚器が

見える。年はボクよりすこし下くらい。若い。少女と言っても、いい。

 

 「あら、こちらは旅のお方の用ね。ずいぶん素敵でいらっしゃるわ」

 あごを掴まえにかかった彼女のしなやかな手をボクは振り払った。

 紫の口紅。甘い香水の匂い。

 好かん!こういう娘!

 

 

*

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 「あの…ヤルタさん…」

 「あれ?君は確か昼間の…エリザさん、だったっけ?こんな所へ」

 「ええ、わたし時々この草原に星を見に来るんです。この望遠鏡で」

 「へえ、これはいい物だね」

 「ええ。昔、お父さんが旅商人の方から買い受けた物なんだって。サトゥナーラ製だって」

 「ほんとだ。実言うとオレ、サトゥナーラから来たんだ」

 「ほんと?そんな遠くから?」

 「ああ、ちょっと事情があってね」

 「ごめんね…」

 「え?」

 「あの時は。てっきりバルーマンの新しいクリーチャーかと思っちゃって…」

 「この町にも他にクリーチャーが?」

 「うん…たくさん…」

 

                  *

 

 

 いるんだな。これが。

 ボクが彼女の手を振り払ったときに彼女の発した感情を関知したのか、外に控えて

いたらしい奴等も影のように入ってきた。

 身構えるボク。クリーチャーが15、6人。相手するには楽なもんだが、何せ場所が

悪い。巻き添えが出る。

 

 「さて、どうしてあげましょうか」

 

 くすくす笑う、女。緑色の巻き毛を掻き上げながら、こちらを見おろす。

 

 「取りあえず、お家へご招待しましょうか」

 彼女が後ろへ目をやると4人のクリーチャーが進み出た。

 

 「(こ、これはっ!)」

 

 美形の青年である。そろいもそろって。う、いかんいかん。こんな時に。

 しかし、ボクとじいさんの脇に立った彼らの額に銀色の物を見たとき、ボクは凍り

付いた。

 脳改造を受けている。

 「技」の進んだ国ではこの残酷な技術があるとは聞いているが、実物を見るのは

初めてだ。

 むごい。

 生き人形。彼女の言うがままの奴隷。

 ボクは鳥肌が立った。

 

 「この方達をお連れして。そちらの素敵なお兄さまは特に丁重に、ね」

 

 無邪気に微笑む。しかし、ボクは沸き立つ怒りを押さえるのに必死だった。そして、

思いついた。この地方にこれだけの「技」を持つ者がいると言うことは、何か、ある。

 それに、このじいさんは…

 ボクは彼らに抵抗するのをやめにし、拘引されるままにした。

 酒場の人々が沈黙して見守る中、ボクとじいさんは外へ出た。古風な荷物運搬用の

オートモービルが後ろの扉を開けている。

 

 「まるで、犯罪人の護送車みたいだな」

 「そうじゃ。ただ、犯罪人ではない。奴隷じゃよ」

 「奴隷?」

 「そうじゃ。会社のやり方に不服を持つ者を掴まえては強制労働に就かせて

いるのじゃ」

 

 いったいこの町はどうなっているのだ?ずいぶん昔の独裁国家のようじゃない。

 バタン。

 扉が閉まり、カギがかけられる。乗せられているのはボクらだけ。しかし、時間を

考えると、乗せられる『奴隷』はこれからだろう。

 

 発車する。緑の髪を乗せた車は前を行く。

 

 「すまんの。旅の方」

 じいさんが謝る。

 

 「いいんですよ。仕方がありません。じいさんが間違ってるわけじゃないんだから」

 「しかし、あんたを巻き添えにするつもりはなかった。捕まるのはワシ一人の計画

じゃったのに」

 「計画?」

 「うん。あんたは信頼できそうじゃ。協力していただけると助かる。だが、

もしかするとあんたもあの青年達のように…」

 思った通り。そこにいる老人は、ただののんべのじいさんじゃなかった。

どうやらボクはこれから起ころうとする事件のど真ん中に巻き込まれて

しまったようだ。

 じいさんは運転席を気にしながら小声で話しだした。

 

 

                   *

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 「クリーチャーが増えだしたのはいつ頃からだい?」

 「あれはうちのお兄ちゃん達が務めていた会社が事故で倒産するすこし前だった

から、3年くらいたったかなぁ。ハイドラ社に新しい発掘機械ができた頃よ。

いきなり社長のバルーマンの娘のルシータがおかしな力を使って、町で好き放題を

するようになって。

 もともと悪だったんだ、あの子。町の人がバルーマンに抗議して、ひとまず

収まったんだけど…」

 「けど?」

 「ハイドラ社以外の会社が倒産してしまったあと、ルシータは”フィールダー”って

クリーチャーの組織作って、“治安維持”とかいう名目でまた好き勝手やってるの。

笑っちゃうよね」

 「事実上この町はそのハイドラ社ってとこに支配されてるわけだ」

 「うん。でも、ね。…」

 「…?」

 「あ。そろそろ帰らなくちゃ。お兄ちゃん達も帰ってくる頃だし」

 「送ろうか?」

 「ううん。いいの。だってクリーチャーの人を連れてったらお兄ちゃん達、

 青くなるわ」

 「エリザ…」

 「え?」

 「君、何かすごく大きな事、隠してない?」

 「あ、あの…」

 「ボクはここにいるクリーチャー達とはくらべものにならない力を持っているんだ。

 あのラサムほどじゃないけどね。一緒に行こう。きっと役に立てるよ。

 君のお兄さん達を紹介してくれないかい?」

 

 

                  *

 

 

 (うー。くさい・くさい・くさい・くさいー。しくしく)

 

 狭い寝台の上で毛布を頭までかぶり、ボクはベソをかいていた。

 

 ここは“非常時労働者”の宿舎。宿舎と言ってもほとんど牢獄。狭い部屋に体を

横にするためだけの寝台が三階建て。おまけに通気は悪いは、寒いわ。

でも、何よりも耐え難いのは”男くさい”こと。

 

 たとえボクが男として育てられたとはいえ、これだけたくさんの男衆の中で生活

したことはない。もちろん日中の鉱山掘りの仕事ゆえ、アセくさくなるのはわかる。

水浴びも3日に1度だと言うし。でも、男ってこんなにくさいものだったなんてー。

 父や兄も臭いんだろうか。べそべそ。

 

 

 真夜中。男衆のイビキのこだまの中、ボクは寝台を抜け出した。右手に巻いてある

布をほどき、クリスタルを発動させる。ここ3日間、隙を見てはあたりを探っている

のだ。非常時労働者が空間移動の能力があるなんて思いもしないだろうね。へへん。

 

 「ふう」

 ああ、清浄な空気。思いっきり深呼吸。

 うー。至福。こんな当たり前のことが、こんなに気持ちがいいことだったなんて。

 ボクは街を一望できる山の上にいた。

 

 宿舎は鉱山の入り口のすぐ脇にある。“非常時労働者”達は宿舎から出て

すぐ仕事場。労働力の産地直結完全無公害方式。逃げ出す隙もない。

 ただ不思議なのは皆が掘っている坑道と会社が掘っている坑道が別であること

だ。おそらくメタルが目的ではない何かを見つけようと言うことなのだろう。

 

 鉱山の入り口と宿舎を見渡せる小高い場所に、あの忌々しいクリーチャーの娘の

『お家』がある。2階建ての木造。周りには良く手入れされた花壇があり、木には

小鳥の巣箱などをかけている。裏側には小さな畑。豆やら芋やら植えてあり、今季節の

ククルスの赤い実が食べ頃だ。あの性格にして、この家。よくわからん。

 

 家へ出入りする人間は彼女と例の脳改造を施された青年たちだけだ。彼らは毎日

交代で2人ずつ宿舎から呼び出される。美青年を侍らせているかと思うと実に

うらやましい…、いや、腹立たしい。

 

 この付近では鉱山会社に関する何らかの情報は得られないようだ。やはり、街を

見おろすようにそびえるあの会社の建物へ出向く必要があるみたい。しかし、その前に

ヤルタと接触しておかないと。

 

 ボクはヤルタに『意志』を飛ばす。彼は、『意志』を飛ばすほどの能力は持って

いないので、ボクの連絡待ち状態だ。忙しかったので、“宿舎”へ来てから一度も

コンタクトしていない。怒ってるだろうな。

 

 「さてと」

 

 右手をかざし、緑色の輝きを解放する。

 

                   *

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 「やっ!お・ひ・さっ!」

 

 星の光に照らされている赤毛の美少年がたたずんでいる草原。

 ボクは思いっきり愛想良く声をかけた。

 

 「たく、何やってんだよ。わざわざ奴等に捕まるなんて」

 

 ぶっちょうずらの王子。思った通り、機嫌を損ねてるみたい。

 

 「へへ、内偵、内偵。おかげで雰囲気はだいたいつかめた。で、そっちは?」

 「まあね。しかし、みんなクリーチャーにずいぶん恨みがあるみたいだな。エリザが

口を利いてくれなかったら話するどころか、袋叩きにせんばかりだったぜ。初めは」

 「人気者は辛いね」

 「冗談言ってないで、どうする?どうやら3,4日のうちに動くらしいぜ」

 「うん。ここで働いている人達の動きはだいたい分かったけど、会社側の方が

今一つなんだ」

 「何だ。まだなのかよ」

 「そう言うなって。ヤルタだって、まだ具体的な計画については教えてもらって

ないんだろ?」

 「でも、エリザが何かのカギになってるらしい事はわかった。本人は乗り気じゃない

みたいだけど」

 「それともう一人、エドガーじいさん」

 「そう」

 

 『エドガーじいさん』とはボクと一緒にフィールダーに捕まった老人だ。彼の話に

よると、労働者がクーデターを起こす計画があり、その計画の一部として彼が“宿舎”

へ潜り込む必要があったのだと言う。

 

 「そう言うわけで、これから社の建物を探ってくるから、そっちは頼むね。

それから、あんまりみんなに能力、見せない方がいいよ」

 「分かってるって。取りあえずボクはエリザの治療係だから」

 「治療係?」

 「ああ。彼女、時々足が痛むんだ。サトゥナーラから持ってきた良い薬もあるし。彼女の

兄貴達に頼まれてるんだ。彼女の健康状態に兄貴達はかなり気を使ってるみたいでね」

 「お兄さん達って、美形?」

 「あのなぁ」

 「あはははは、冗談冗談(汗)。じゃ、そっちは頼むね」

 「ああ。でもそれより…」

 「なあに?」

 「ラサム、くさいぞ。水浴びしてるのか?」

 

 あうー。男衆のことは言えない。実はボクも、しばらくアセまみれのままなのだ。

 

 「それ言わないでくんない?ボクもまいってるんだからさあ。昼間は狭い坑道で

肉体労働だしー、ボクは女だからみんなと水浴びなんてできないしー、隙を見て

あちこちさぐらなきゃいけないしー、ぶちぶち」

 

 ボクは指折って訴える。

 

 「女、やめれば?」

 「冗談きついぞっ!」

 「あの森の脇に泉があるから行って来いよ」

 「サンキュー…っと、いつぞやみたいに覗くなよぉ」

 「あれは、物のはずみだろ!それよりほら、護身用の剣もってけよ。

水に浸かるとクリスタル使えないんだから。ここらに虫はいないようだから心配は

ないと思うけど」

 「ん。あんがと」

 

                   *

 

 まだちょっぴり湿り気が残っているボクのウエーブのかかった長い髪を夜の風がなでてゆく。

 

 会社の敷地は実にきれいに手入れがされた芝と木々が公園のようだ。その木の上から

ボクは周りを見渡している。向こうに事務所棟と思われる煉瓦の建物が見える。

そんなに大きくはない。石積みの塀に囲まれた古びた建物の入り口には警備の男が

数人詰め所に居るのが分かる。いずれもクリーチャーだ。

 

 しかし、ジェラードの能力の一部を持っているヤルタに比べれば大したことはない。

おそらく空間を歪めたり、異空間を関知することもできないだろう。ただ、警備が居ると

いうことは何か大切な物があるという事だ。あっさりとボクは建物の中に入る。

 

 1階は”普通”だ。机や椅子が並び、様々な書類や台帳が保管されている。

木の床を音を立てないように歩く。明かりは使えないのでクリスタルの“感覚”が

頼りだ。坑道の地図や採掘計画が壁に張られている。後で役に立ちそうだ。しかし、

一番ボクが知りたいのはこれではない。この国にはないはずのクリーチャーを作り出す

技術がどこからやってきたか、そして、今それがこの会社のどこにあるか、だ。

 

 2階の一部は居住空間になっていた。しかし、しばらく使われていないのだろう。

豪奢な装飾の施された家具は埃がかぶってる。

 

 「へんだなぁ。バルーマンはどこに住んでるんだろう?」

 

 部屋を探っているうち、ボクは窓辺のコーナーにたくさんの写像が飾ってあるのに

気がついた。その一つを手に取る。

 小さな可愛い女の子とその両親。女の子はルシータだ。おそらくこの父親がバルー

マンだろう。割と渋いおじさまじゃない。うふ。

 でも3人が一緒に写っている写像はその年までだった。その後の写像には

バルーマンかルシータばかりである。

 

 「きっとお母さん、亡くなったんだな…」

 

 彼女がワルを始めたのもその頃からだったのかも知れない。

 ボクは複雑な気持ちで部屋を出た。

 

                   *

 

 ボクは地下への入り口を探していた。やはり、お約束通り怪しい物は地下に

あるのだろうと踏んだのだ。しかし、これがなかなか見つからない。

 

 「肉眼ではダメかぁ。しかたない。ちょっと力、使おう」

 

 クリスタルを構える。

 

 「よし!」

 

 ボクは”感覚”を広げ床下の空間を探り始めた。クリーチャーを作り出すには

かなりの”力”が必要なハズ。何かが”感覚”に引っかかるに違いない。

 

 「!」

 

 あった。何かの”力”だ。しかし、期待した物よりかなり小さい。いきなりそこへ

空間移動しても危険なので、ボクは空間をゆがめその”力”のあるあたりを透視する。

 煉瓦の壁の像が浮かぶ。あちこちに置かれている鈍く銀色に光る機械。それは

明らかにこの国の物ではない。ヤルタに見せればはっきりするであろうが、おそらく

サトゥナーラの物だ。ケーブルがはい回る床。そして−

 

 「えっ!」

 

 ボクは息をのんだ。

 ケーブルのつながった低い銀色の台の上に立つ男がいた。男にも幾つかのケーブルが

接続されている。そしてその男の顔はつい先ほどボクが見た、あの渋目のおじさま

だったのだ。

 

 「バルーマン!」

 

                     *

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 「エリザ、見える?」

 「ええ、ヤルタさんも見る?」

 「ああ」

 「あの、赤い星がティセル。で、すぐ脇に緑色の小さな星が見えるでしょ?あれが

 ギュゲス」

 「ん、見えた。へえ、いい望遠鏡だな。でも、…」

 「どうしたの?」

 「なんだか、分からないけど、不思議な感じ。何だか落ちつかない気分になる…

  不思議な波動が…星じゃないな」

 「…ヤルタさん、クリーチャーだから感じるのかも…」

 「もしかしたら、君…?」

 「あの赤い星と、緑の星がもう少しで重なるの。そうしたら…」

 

 

                     *

 

 

 ガガガガガガ

 ガッン! ガッン! ガツン!

 

 耳栓を通して削岩機械とつるはしの叫びが鼓膜をつつく。

 防塵マスクの下の唇が熱い。

 アセが目に流れ込む。

 電気照明の薄明かりでだいだい色に照らされる坑道の岩壁がにじんでいる。

 

 「ふうー!」

 肩で息をするボク。体力には自信があるけど、やぱ、きつい。

 今日も、大の男が2人ほど倒れ、運び出されてる。

 いったい何が目的で掘っているのか分からない。少なくともまだ掘り出されていない

 ことは確かだ。

 

 後ろで見張るフィールダーを気にしながらつるはしをふるう。

 作業時間は抜け出すことは不可能だ。

 ボクは昨晩の風景を反すうしていた。

 この圧政の親玉と思われていたバルーマンさえもが人体改造を受けた

 人形だったのだ。と言うことは黒幕は別にいることになる。

 

 ルシータ?いや、彼女は違う。あの娘がクリーチャーを作り出したり、人体改造を

 おこなったりする技術を持っているとは考えにくい。ヤルタによれば、ついこの

 あいだまでワルを気取ってたお嬢さんだったのだ。では、どこに?

 鉱山関係の建物は全て当たってみたが、それらしい”力”はボクの”感覚”に

 引っかからなかった。

 

 いずれにしろ、皆が計画している”クーデター”は少し待った方がいい。何しろ敵が

 見えないのだ。闇雲に動けば、何が起こるか分からない。

 今夜あたりでも、ヤルタが言ってたエリザの兄たちに会ってみようと思う。

 あの、エドガーじいさんでも良いんだけど、やぱ、若い男性の方がいいもんね。

 うふ。

 

                  *

 

 「やっほぉ」

 今宵も良い星空。風が気持ちいい。うん。

 例の草原でヤルタと落ち合う。

 「うー。来たのかよぉ」

 「なんか嬉しそうじゃないねぇ」

 「見え見えだろ。動機が」

 「え?何のことか、ボクわかんなぁい」

 「先に水浴びしてきたろ」

 「人に会うときの身だしなみだよ、身だしなみ。さ、いくぞー」

 「やれやれ」

 「わくわく」

 

                  *

 

 「はじめまして。エリザの兄のカヴァーデールです」

 「僕はカニンガム。よろしく」

 

    はうはうはう〜

 

 全く同じ細面の顔が二つ並ぶ。巻き毛の金髪、背の高い双子の美青年。

 年の頃は27,8。ボクの兄と同じくらい。白い半袖からのぞく、たくましい腕。

 くらくら。

 

 「あ、あの、え、ボ、ボク、は、」

 

 ボクの言語中枢、つながらない。

 

 ヤルタがちゃちゃをいれる。

 「連れのラサム・バートです。すいません。人見知りが激しくって、初めての

 人の前ではどもるんです」

 「うっさいなぁ!おまーは!」

 よし!つながった。

 

 「あ、あの、僕らに知らせたいこととは何でしょう?」

 カヴァーデールがボクのヘッドロックにもがくヤルタに気を使って促した。

 

 「ええ、実は−」

 ボクはこれまで調べたことを二人に話し始めた。

 鉱山のこと、ルシータのこと、そしてバルーマンのこと。

 

 二人の青年は聞き終わると、腕を組んだ。

 カヴァーデールの方が口を開く。

 「そうですか、しかし…」

 何か言いにくそう。

 

 「情報には感謝します。しかし、私たちはあなたの情報をそのまま信じる

 わけには…」

 「?」

 「まず、一つに、あなたはこの街の方ではありません。そして、そのような情報を

 どの様にして得たかです。私達の仲間も調べてはいます、でも、そこまでの事を

 知るまで潜ることはできませんでした」

 確かに、そうでしょうけど。

 

 「でも兄さん…」

 カニンガムが訴える。

 「もし、彼が会社側の人間だったら、ここまでのことを僕らに明かすだろうか」

 「しかし、私たちの計画を乱すための情報をわざと流しているのかも知れない」

 強情なお兄さま。

 

 「ホントの事だってば!ラサムは…痛い痛い!」

 ヤルタの頭を再び締め上げる。ボクの正体を知らせるのはまだ、早い。

 カニンガムは続けた。

 「それに、兄さん。あのエドガーさんが、彼に計画について話しているんだよ」

 「…」

 これは効いたらしい。沈黙するカヴァーデール。そんなにあの酔っぱらいじいさん、

 偉かったのかなぁ?

 

 彼は頭を上げ、涼しい目で見る。どきどき。

 「取りあえず、情報はおぼえておきます」

 

 ふう。そうしてもらえるとありがたいな。しかし、同じ顔でも兄のカヴァーデールは

 沈着冷静。弟カニンガムの方は感情がすぐ表に出てくるタイプ。

 「おねがいします。ボクも危ない思いをした甲斐があります」

 

 「これからどうするのですか?」

 カニンガムが気を使う。

 「ええ、取りあえず鉱山に。また、何かあったらこいつを通じて連絡を

 取りますので。じゃあ、すみませんがヤルタをお願いします」

 「るっせー、オレはガキじゃないぞ」

 「ナマ言ってんじゃねー。うりうり」

 「痛い!痛い!痛いぃー!」

 

                  *

 

 「カニンガム、どう思う?」

 「僕は信用できる人だと思う。兄さんは?」

 「素性の分からないところが多すぎるからな。第一、あのフィールダーの警備を

 くぐってどうやってここまで来たかだよ。それに、みんなが入り込めないあの

 工場の事務所練にまで」

 「ひょっとすると…」

 「ああ。彼は能力者かも。エリザやエドガーさんのように…」

 

                  *

-9ページ-

 「ラサム・バート。来るんだ」

 抑揚のない声がボクを起こす。

 2人のフィールダーがそこにいた。

 まだ外は暗い。

 言われるがまま狭いベッドから起き出し、”宿舎”の外へ出る。

 いったい何なんだ。

 

 ボクを連れた二人は鉱山へ向かう。

 縦坑の入り口に来る。

 昇降機の入り口が開く。

 グォンと鈍い音を響かせ動力が目を覚まし…

 (!)

 上昇している!

 地下坑道へ下降する昇降機が上昇しているのだ。

 しまった!奴等の施設が坑道の”上”にあったなんて!

 

 ガクン

 

 上昇が止まる。

 目の前には頑丈そうなメタルの扉…いや!ただのメタルじゃない。

 それは扉が開いたときはっきりした。

 突き刺さるような”力”の感触!

 間違いない!ここが奴等の…

 

 「ごめんなさい。起こしてしまって」

 白い石壁がまぶしい光りに照らされている。薬の匂いが混ざり合い、鼻の奥を

 刺激する。

 そして、小さな椅子にちょこんと腰掛け、足を組むルシータ。

 「ちょっと相談したかったの」

 甘えるような声。

 ボクは感覚を目一杯広げる。

 いる。

 黒幕はここだ。

 

 

                   中篇へ   続く

 

 

 

説明
旅の途中、立ち寄った鉱山の町。そこにはただならぬ気配があった。町を牛耳るクリーチャー。労使間の争い、そして。ジェラード第3弾 前編
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