ジェラード 「異界からの復讐者」中篇
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 緑色の髪の少女は無邪気に微笑みながら言葉を続けた。

 「わたしのお友達になっていただけないかしら?」

 「友達だって?」

 

 ボクはこの部屋に充満する”力”の気配に警戒しながら聞き返す。今までに感じた

 事のない感覚だ。

 

 「そう。ここにいるみんなのように」

 彼女は周りに控えているクリーチャー達に目をやった。

 改造を施された美形の青年達。ボクは怒りで激しく血が逆流するのを感ている。

 これは脳改造を受けて彼女の手下になるようにとのお誘いじゃないか!!

 自分の気に入った美青年を生けるお人形にして自分の周りに侍らせておくなんて、

 この娘、病的!

 

 「い・や・だ・ね!」

 

 ボクはゆっくりと、そして言葉を区切って、言った。今は冷静でいなければならない

 のだ。彼女の物でもない、青年達の物でもない、この突き刺さるような感覚の正体が

 分かるまでは。

 

 ルシータは微笑みながら人差し指を立てて茶目っ気たっぷりに言う。

 「だ・め」

 

 うおおおおおおぉぉ!こいつはっ!どこまで人の神経を逆撫でする!

 

 「わたしが決めたんだから。さ、こっちへ来て」

 

 最初っから有無を言わせないつもりなら、いちいち人に言葉を求めるな!

 

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         ジェラード

 「異界からの復讐」(中編)

 

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 クリーチャーの数人が立ち上がりボクの腕を捉える。

 

 ずるずるずる

 

 ひきずられる先には”てろてろ”と不気味に光る金属の椅子。何やら鋭利な突起物の

 無数にあるパネルが包み込むんでいる。

 ううう。ボク尖った物嫌い。

 おそらく人体改造装置だ。確実にこの国の物ではない。これだけの技術は

 ヤルタの国、サトゥナーラほどの工業力がなければ無理なはず。

 

 しかし、先ほどからあの気配は動く様子がない。重苦しくこの石壁の広い空間に

 満ちているだけだ。やはりこちらから仕掛けなければいけないのか。

 椅子にくくりつけられる。そろそろ限界。

 

 「さ、いい子にしてらっしゃいな」

 

 傍らにルシータが来て言う。ボクは、切れた。

 

 右手のクリスタルが緑色の閃光を放ち、そこらの機材を粉みじんに吹き飛ばす!

 ハズだった。

 ところが。

 

 あの”力”が動いたのだ。

 ボクの放った力の方向が歪み、そのままゆがんだ空間の切れ目に渦を巻いて吸い

 込まれ、拡散して行く。

 

 「エッ?!!!」

 「あら?何をなさったの?」

 きょとんとしている緑の髪。

 機械は既に起動している。

 

 シュウゥゥゥー!!

 

 麻酔の霧がボクの顔に吹き付けられる。焦るボク。

 クリスタルを発動させようとするが、ウンともスンとも言ってくれない。いや、

 ボク自身体を動かすこともままならないだろう。

 先の”力”のせいで意図せず大量の力が吸収されてしまったのだ。回復には少し

 時間がかかる。

 や、やばいよ!これは!

 

 じたばたじたばた

 

 しかし、金属が織り込まれたベルトは完全にボクの体と椅子とを一体化させている。

 

 くっ!

 ボクの肺活量も限界!

 (ヤルタ!ヤルタ!助けてっ!)

 

 “意志”をとばすが完全にシールドされているこの部屋からはヤルタの元には

 届かないだろう。

 

 キュイイイィィィ!

 

 尖った金属棒の先端が回転しながらボクの額に近づいてくる。

 うわーん!やだやだやだっ!

 冷や汗をまき散らすボク。

 その時。

 

 グワン!!!

 

 と轟音。

 先の分厚いメタルの扉が吹き飛び、破片があたりに飛び散る。

 ホコリの中から姿を現したのは赤い巻き毛の少年。

 やりぃ!正義の味方の登場みたい!

 

 「ヤルタ!」

 「ラサム大丈夫か?!!」

 「は、早くこいつを止めてくれっ!」

 

 間髪入れず剣を振りかざしてクリーチャー達が彼に襲いかかる。が、彼らの

 切っ先をかわし、はるかに宙を舞ってボクの傍らに降り立った。

 

 「こ、これは…」

 機械を一目見て一瞬うろたえるヤルタ。

 

 「ちょっと早く!早く!」

 回転する刃がボクの前髪を巻き込み始める。

 

 「待ってろ!今…」

 「あ!だめ!」

 ブレスレットを展開しようとする彼をボクは止めた。

 「この部屋でクリスタルは使っちゃだめだ!」

 「ん!」

 飲み込みの早い王子様はすぐさま理由を察し、改造機の操作系をすばやく観察すると

 パネルの一部に拳一発!

 

 バシバシッ!

 火花が散り瞬時に機械は沈黙する。

 

 「危ない、ヤルタ!」

 背後から切りかかるクリーチャーの剣をかわし、宙高くで体を踊らせる彼。

 

 ガチャン!

 

 おっと!

 期せずして刃はボクの自由を奪っていたベルトを傷つける。

 クリーチャーの背後に舞い降りたヤルタは脇腹から抱え込むと後ろへ投げ落とす。

 あっけなく悶絶。さらに向かい来る数人を優雅に舞うような蹴りで叩き伏せる。

 

 「ここを出るよ!」

 

 しびれる体を引きずって、椅子からはい出だしたボクは叫んだ。

 無理を悟ったかボクに駆け寄るヤルタ。ルシータの“お友達”の半数はヤルタの

 体術で動きを失っている。

 

 「行っちゃダメ!」

 

 だだっ子のように叫ぶルシータを後ろにボクを抱えたヤルタはホールを飛び出す。

 昇降機の入り口の脇にぽっかりと穴があき、白み始めた空が見えている。

 彼はここから突入したのだろう。ボクを抱えなおしたヤルタは飛んだ。

 どういう訳かあの”力”は沈黙したままだった。

 

                  *

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 「ふう、危ないところだった。あんがと、ヤルタ」

 町外れに程近い森の中でヤルタはボクを露にしめる草の上に下ろした。

 

 「どうしたんだよいったい。何、ヘマったんだよ」

 「分からない。でも、あそこに何かがいてボクの力を封じたことは確かなんだ」

 

 ドキドキする。あのひたいに迫ってくる金属音がまだ耳に残っている。

 

 「確かにいるな。あそこには」

 鉱山の方を見ながらヤルタはつぶやいた。

 「ひょっとすると昔のなじみに遭うことになるかもしれないな」

 「昔のなじみって?」

 「オレはあの機械を作ることが出来る唯一の人間を知ってるんだ。でも…」

 彼は言葉を濁らせる。

 

 「どしたの?“でも”って?」

 「そいつはこの世には…もう居ないハズなんだ」

 「居ないって…」

 「…ふう」

 朝の冷たい空気で大きく深呼吸した彼は、それ以上話しを続けたくないという

 そぶり。ボクは話しを変えた。

 

 「だけど良く分かったね。ボクがピンチだったこと」

 「エリザが教えてくれたんだ」

 「エリザって、あの車椅子の女の子?」

 「ああ、彼女は能力者なんだ。ある時期になると空間に対しての特殊能力が解放

 されらしい。ラサムの強い戦う力が感じられたって」

 そうか。ボクの力が空間の狭間に吸い込まれのを彼女は感じたんだ。

 

 「じゃ、お礼言わなくちゃね」

 立ち上がろうとしたが、まだ麻酔が効いているのかよろけてしまう。

 「おい、大丈夫か?」

 「ん。大丈夫、しかしほんっとに恐かったー。さすがにもうダメかと思っちゃった。

 細い針みたいな刃がキュイイイイイィ!ってさ、この目の前に来るんだもの…?!」

 「…おい…」

 

 ぽろぽろ

 

 ボクの目から大粒のしずくがこぼれる。

 「あ、あれ?なんだこれ?」

 「やれやれ。いくら“男”気どってたって怖かったんだろ。どうがんばっても

“女”なんだよなぁ」

 ヤルタが「しょうがねぇな」って感じで肩をすくめる。

 「っさいなぁ!!こ、この!と、止まらないぞ、これ…」

 

 ぽろぽろぽろぽろ

 

 仕方がない。

 「おい、ヤルタ!悪いけど“女”するから背中貸して!」

 彼は情けなさそうにフッと笑うと、すとんと草むらにあちら向きであぐらをかいた。

 ボクは少年の細い背中で自分でも恥ずかしいくらい『おいおい』泣いた。

 

                  *

 

 数人の男達が薄暗い部屋で話し合っている。

 

 「いよいよ明日ですね」

 「エドガーさんの方は?」

 「良いようです」

 「後は、エリザさんか…どうなんですか?体調の方は」

 「問題はないのだが…あまり乗り気ではないのです。前のこともあって…」

 「しかし、能力は明日が最大になるのでは」

 「わかっています。なんとか…」

 

                  *

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 「あー、さっぱりした!涙腺の洗浄もたまにはしないとねー」

 すがすがしく、足どり軽く、街への道を歩くボク。

 

 「マントで鼻なんかかまなかったろうな」

 ぶっちょうずらのヤルタ。それもそのハズ。

 彼のマントは乙女の涙でぐしょぐしょなのだ。

 

 「そんなお下品なことはしませんよだ。ほれほれ、王子様なんだから胸張って歩け」

 

 ため息をつく少年。

 「ったく、なぁ。田舎娘は気持ちの切り替えが激しくてついてゆけないよ」

 「田舎モンでわるかったなぁ。それにボクは今、『男』してるんだから『女』扱い

 するなよな、うりうり」

 「あたたたた。おまえホンっとに嫁に行けないゾ!」

 

 ふふんと、笑うボク。

 「おや、忘れた?ボクは王子様のクチビルの味知ってるんだぞー」

 「あっ…」

 「”王子の最初の唇は王妃になる者のため…”」

 「あっ、あっ…」

 「いよいよとなったら、ボクには玉の輿って切り札があるもんね」

 

 勢い立ち止まるヤルタ。

 お、マジな顔。

 

 「あ、あれは、はっきり言ってオレの意志じゃないぞ!お前が勝手に!

  いわばドロボウじゃないか!オレの大事なファーストキスを何で、

  お、お前なんかに…うっうっ…」

 

  おお、おお。泣かしちゃった。そんなに大事なんだろうか?男の子の気持ちは

 よくわからん。

 

 「冗談だってば。ほらほら、泣くな、よしよし。お姉さんの胸、

 貸してあげる」

 「バカヤロー!!!!”男”と”女”を使い分けやがってー!!」

 

 赤くなって地団駄踏む王子様。

 ウブな少年をからかうと、楽しい。

 18才の乙女は意地悪な年頃なのだ。

 許せ、少年。

 

 最近、この子、可愛いな。

 

                  *

 

 「エリザー、いる?」

 彼女の家の扉を開ける。が、ヤルタの呼びかけに返事はない。

 「どうしたんだろ?」

 「いないの?」

 「ああ。へんだな」

 「ボク、お礼言わなくちゃいけないのに」

 「ちょっと待ってろ。見てくる」

 

 裏へ駆けてゆく王子様。

 ボクはゆっくりと家の周りを見ながら歩く。

 このあいだ来たときは夜中だったので分からなかったけど、こぎれいな家。

 車椅子の女の子が一人で守ってる家とは思えないほど。

 朝の光の中、窓辺に飾られた鉢植えの葉に露が輝く。

 

 「エリザ、どうしたの?また痛むのかい?」

 ヤルタの気遣う優しい声がする。あいつ、ボクと話してる時と態度が全然

 違うんだもんな。ぶう。

 

 「どうしたの?」

 車椅子の少女はうつむいた顔を両手で覆い、しゃくりあげている。

 片膝をつき、心配そうにのぞき込むヤルタに答えようとしない。

 

 「何か、あったの?」

 ヤルタは困った表情でボクを見上げる。

 「ヤルタ、ちょっとさ、二人きりにしてくれない?女の子のことはまかせて」

 

 (やっぱり『女』はわかんないな)

 そんな風にグリーンの目が言っている。

 肩をすくめ立ち上がるヤルタ。

 (修行が足りないぜ、王子様っ!)

 ウインクしてみせるボク。

 

 美少年の赤い巻き毛が家の壁の向こうに隠れる。

 (女の子はカッコイイ男の子の前じゃ顔を隠すしかないじゃないか。

 分かってないなぁ)

 

 ボクは右手を構えるとクリスタルを発動させる。

 優しい、淡い緑の光が辺りに流れる。芳しいハーブのような香りが漂う。

 彼女の前にかがみ込むボク。

 ただただしゃくりあげる彼女。

 ボクは彼女の脚に注意を向ける。異常があれば、ボクの目に像として映るはず。

 しかし。それは、ない。

 

 (どうして?彼女は歩けないハズ…)

 

 その時、何かがボクの心をノックした。彼女の悪いハズの脚にあった物。

 冷たく悲しい、小さな小さな、水色の宝石のような固まり。

 ボクはゆっくりと心を開く。それはボクの中で淡く広がり始める。

 ボクの目の裏側に流れ込んでくるイメージ。

 

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 坑道の入り口に人垣。

 その中で母親の背に負われている赤ん坊の姿。そして、幼い男の子が二人。

 担ぎ出される布に覆われた担架。

 (ああ、彼女の父親は鉱山の事故で亡くなっていたんだっけ…)

 

 白い霧と共に流れ来るイメージ

 

 寝台に横たわる母親。鉱山の粉塵に汚れたその顔にはすでに生気はない。

 拳を握りしめ悲しいのを一生懸命我慢している2人の少年と嗚咽する少女。

 (カヴーデールとカニンガムも辛かったろうに…)

 

 霧が流れる

 

 二人の青年が家を出るところ。鉱山へ向かうのだ。

 少しして、泣きながら出てくる幼い少女。

 兄たちの姿を探している。

 通りに駆け出すエリザ。

 迫る馬車!

 (危ない!)

 

 霧がゆっくり晴れてゆく…

 

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 木々の葉をすり抜けた光が車椅子の少女の髪に遊ぶ。

 

 ぽとり

 ぽとり

 

 少女は自分の膝に落ちるしずくにハッとして顔を上げる。

 涙をためたボクの瞳を見つめる彼女。

 「辛いよね…良く辛抱していたよね…泣きたくなるよね…」

 彼女の口元が再びゆがむ。

 彼女の目の中に膨らみ出す涙の粒。

 ボクは思いきり彼女の顔を胸に埋める。

 

 風がそよぎ、ボクらの髪と心を優しくなでてゆく。

 

                  *

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 「ラサム!」

 

 ヤルタがあわてて駆けてきた。

 

 「どうした?」

 「どうやら組合と会社が話し合うために召集がかかったみたいなんだ。

 みんな会社の方へ行ってる!」

 「ん!行ってみよう!……?」

 

 エリザがボクの手を固く握っている。

 

 「行っちゃうの…?」

 悲しげで不安な瞳。そう。彼女の脚を蝕んでいるのはこの”不安”なのだ。

 「大丈夫」

 

 ボクは彼女の額に優しく口づけて、立ち上がった。

 

 「またすぐ戻ってくるから。ホントだよ!しっかりね!」

 

 微笑んで頷く少女。

 

 「ラサム、女の子の扱い上手いなー。いい『男』になれるゼ」

 「っさいなー!女の子ってのは弱いんだから、男の都合で振り回したり

 放って置かれたりしたらすぐ壊れちゃうんだよっ!勉強しとけ!」

 「はいはい。でもラサムが同じ『女』だってのは信じられないよな」

 「何か言ったかー?このこの!」

 「痛い痛い!」

 「さっさとついておいで!」

 

 ボクらはクリスタルを発動させ、会社へと飛んだ。

 

 

 会社前の広場。たくさんの人達が集まっている。あちらで気勢を上げていると

思えば、こちらでは丸くなって皆で話しをしてる。混沌。

 ボクらはそんな様子を工場棟の屋根の上から見ていた。

 

 と、その時どよめきが上がる。建物の2階、テラスに会社役員達が現れたのだ。

 何やら報告があるらしい。

 社長のバルーマンが前に出てくる。

 

 「あれが?」

 いぶかるヤルタ。

 無理はない。普通の人間と変わらないように、見える。しかし彼は人体改造を受けた

人形なのだ。誰かに操られた。

 

 バルーマンが手をあげ、静かにするようジェスチャーをする。

 

 「おかしい、な」

 「なにが?」

 「考えてみてよヤルタ。あんた、王子様でしょ?」

 「それがどうした?」

 「反感を持つ民衆を一カ所に集めてさ、そこへ王様が出てったら、どうなる?」

 「決まってるじゃないか…、あ!」

 「気がついた?」

 「これって、もしかして…」

 「ん。騒ぎが起きそうな状況を作ってるね。わざと」

 

 と、ボクらが話してる間に。

 

 

 事は

 起きた。

 

 

 蒸気が吹き出すような鋭い金属音がしたかと思うと、バルーマンがのけぞる。

 赤い飛沫が、散る。

 

 「銃?!」

 「やられた!」

 

 広場が群衆の叫びとも怒号ともつかない声で満ちる。そして次の瞬間、フィールダー

達が広場へなだれ込み、閃光がきらめく。

 

 「電気衝撃銃だ!」

 

 ばたばたと倒れる人々。逃げまどう群衆。広場はパニックに陥った。

 

 「ひどい!へたすりゃ死者が出るぞ!早く止めないと!」

 

 青くなるヤルタ。

 しかしボクはすでにクリスタルを発動させ、辺りを探っていた。

 そう、バルーマンは群衆の誰かにやられたのではない。これはあくまで群衆に

向かって攻撃するための口実なのだ。バルーマンは最初から打たれるように計画されて

いたに違いない。今、肝心なことは銃の射手を取り押さえること。いくらボクらの

力でもこのパニックを止めることはできない。

 

 「いたっ!行くよ!」

 

 一人の仕事着を着た青年が道を駆けて行く。手には銃。工業都市アーガス製の物だ。

 

 「ちょおっと待った!」

 

 立ちはだかるボクにあわてて立ち止まる青年。その額には金属片がのぞいている。

 

 こいつはフィールダーの青年だ。

 回れ右する彼の前に今度はヤルタがとおせんぼ。

 

 「わざわざこんな町中を走って、目撃者を作ろうって魂胆、見え見えなんだよ」

 

 すごむ王子様。

 

 「そうやって、容疑を街の人々にかけて、圧力を増そうってんだから!」

 

 逃げ場を失った、青年。

 

 次の瞬間

 

 「「!」」

 

 ボクらの前から青年が蒸発した。

 そう、まさに蒸発。

 

 「危ない!」

 

 飛びすさるボクらの後を熱線が走り、立木が1本蒸発する。

 タイトスーツに緑色の巻き毛。

 「ルシータ!」

 

 向けられた彼女の手のひらが光り、再び熱線が走る!

 店の壁がそっくり消える。

 「ちょっと待て!ルシータ!君の”お友達”まで消しちゃって?!」

 

 バシュウッ!

 再び熱線が襲い来る!

 「いいの、もういらないから」

 「!」

 

 違う。昨日のルシータとは全く違う。別人だ。おまけに新しい能力まで

身につけている。敵さんは昨日のことでボクらの存在を知り、手下の強化を

図ったのだ。

 

 「どうする?ラサム!」

 「一度退こう!証拠は蒸発しちゃったし、広場のカニンガムやカヴァーデールが

 心配!」

 「ん!」

 ボクらは自らをその場から転送した。

 

                   *

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 広場はもう人影がほとんどなかった。怪我人や衝撃銃に打たれて倒れた人達を

引きずるフィールダー達がいるだけ。

 「いったい、何が目的なんだろう」

 

 ボクは考え込んでしまった。

 ”奴隷”を捕まえてきて、第二の鉱山で採掘させる。これは何かを掘り出そうと

しているのは、分かる。でも、その何かは分からない。そして、街に対しては力と

恐れで圧力をかけてゆく。この二つをどうつなげる?ううう。ボク頭悪いから

わかんないや。

 

 「ラサム…」

 「ん?」

 「ちょっと話しておかなきゃいけないんだ」

 「どうしたの?」

 「あの、ルシータって娘。あの娘…ヒュプノだよ…。」

 「ヒュプノ?なにそれ?」

 

 彼が言うにはこういうことだ。ヒュプノとはちょうど催眠術のように人を思うままに

 操る技術。ただ、催眠術と違うところは催眠術が深層心理に書き込むのに対し、

 ヒュプノはなんて言うかその、その存在自体に命令を植え付けてしまうこと。催眠術

 のように解いたりできない。もしそれを取り除いてしまったら、その人はもう

 ”その人”ではなくなってしまう。

 

 「そうしたら、もうルシータは…」

 「そう、もう元には戻れないんだ」

 「だ、だれがそんなひどいこと!!ひどすぎる!」

 

 王子様は表情を険しくした。

 

 「そう、そんなひどいことをしてた奴が、昔オレの国に一人いたんだよ」

 「たしか、今朝も言ってたよね。”昔のなじみ”とかなんとか…」

 「そう。奴の名はトマス・ミード」

 「そいつが?!」

 「いや。オレが子供の頃、オレの先生とマゼランっていう科学者の爺さんとで、

 空間の狭間にぶっ飛ばしてやったハズなんだ。死刑は軽すぎるような奴だったから」

 「じゃあ…いったい…」

 「オレにもまだ、わかんないよ。ただ、この街の”空気”があの時と似ていたから」

 「わかれよぉ。頼むから。ボク、あのルシータって子、何となく可哀想なんだ。

  ホントに元に戻すことはできないの?」

 王子様は力無くうなずく。

 

  家族と微笑む写真の中のルシータが、ボクの心にしみる。

 ボクの父と兄も行方しれず。それだけでも心に穴が空いたみたいなのに。

 彼女は”自分自身”さえも失ったしまったのだ。可哀想。可哀想すぎる。

 

 ボクの悲しい思いが渦を巻き、濃縮され、だんだん熱くなる。ボクの体を駆けめぐり

 新たな感情となる。

 

 怒り

 

  そう。この悲しみを止めなくちゃいけない!誰だか知らないけど、こんな事をする

 奴は絶対許せない!!

 ボクは勢い立ち上がる。

 

 「行くよ!ヤルタ!」

 「どこへ?!」

 「もう一度エリザんとこへ!あの、お兄さん達にちょっと協力してもらう!

 もう、黙ってみてられない!ただの労使間抗争にジェラードが口出しするのは

 マズイと思ったけど、こんなに悲しい事ほっとけない!」

 

                   *

 

 「どうしたのエリザ?!」

 泣きじゃくるエリザ。しかし今朝とは違う。ただ事ではない。

 「ラサムさん!ヤルタさん!」

 数人の青年達と共にカニンガムが駆け込んできた。

 「どうしたんです?!」

 「カヴァーデールが奴等に!!」

 「えっ?!!」

 

                   *

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  ボクらが案内されたのは酒屋の地下だった。

 空になった樽が転がる。酢っぱい匂い。

 酒屋の主人が小さな扉を開け、ボクとヤルタ、エリザを抱えたカニンガム、

 そして数人の男達が入る。

 スイッチが入れられ、電気の明かりがともる。

 

 「これは…」

 

 まず、ヤルタが唸った。

 ボクは目を丸くした。

 

 そこには高さが2メートルほどの柱が6本並んでいた。しかしただの柱ではない。

 六角柱のそれには、目の高さのところに幾つかのパネルがあり、スイッチが

 並んでいる。

 素人のボクが見ても、精巧な機械だということがわかる。

 

 「これが、今度の計画のカギです」

 

 椅子にエリザを座らせたカニンガムが言った。

 会社側だけでなく、労働者側にもとんでもない技物(テクノロジー)があったのだ。

 

 

 カニンガムがテーブルに地図を広げながら話し出した。

 「この装置を、この街のはずれの要所要所に設置して、起動させるのです。

 そうすれば、あのクリーチャーは動けなくなるのだとエドガーさんは

 言っていました」

 

 「ちょっと待ってください」

 ヤルタが柱に手をやりながら言った。

 

 「この装置を作ったのは、そのエドガーとか言う人ですか?」

 「ええ。このとなりの部屋に、あの人の作業場があります」

 「…」

 「どしたの?ヤルタ」

 「ラサム…ひょっとすると、この計画、絶対成功させないと大変な事になるかも

 しれない」

 「どういうこと?」

 

 ヤルタは目をパネルに落としながら言った。

 「この装置は空間制御装置だ。この装置で囲んだ範囲のエネルギーをコントロール

 できる。でも、そのほかにも機能があるんだ」

 「?」

 

 こちらに向き直る赤い髪の少年。

 「カニンガムさん、実行はいつなのですか?」

 「ええ、今日の正午です」

 「えー!あと一時間しかないじゃない!どうやってこれを運ぶんですか?

 かなり距離がある山の中だし、外にはクリーチャーがうろうろしてるというのに」

 「それは…」

 

 カニンガムはエリザに目をやった。エリザは悲しげにうつむく。

 「エリザの力でこの装置を所定の位置に送るのです。妹は、物を移動させる力を

 持っているんです」

 「能力者?」

 「ええ。ただ、彼女の能力は周期的な物で、ここ二、三日に力が最大になるのです」

 「そうか。それで毎晩、自分の力がいつ使えるようになるか星を見ていたんだ」

 「しかし、彼女はあまり乗り気ではないのです…」

 

  以前にも会社のやり方に抵抗し、行動を起こしたことがあったという。エリザは

 その時に武器を転送する役目だったのだが、計画は失敗し、結果的に多くの負傷者を

 出すことになった。彼女はそれをいまだに後悔しているのだ。

 

  ヤルタは肩をすくめすっかり小さくなった少女のそばへ行き、話しかけようとして、

 ふとボクを振り返った。グリーンの目が何かを訴えている。

 うんうん。言いたいことはわかるよん。

 

 ボクは彼女の隣にしゃがみ込む。

 「ねえ。力を貸して欲しいんだ。カヴァーデール兄さんを助け出すのに。

  これが済んだら、もうお兄さん達はどこへも行ったりしない。またみんなで

  いつも一緒にいられるんだから」

 「だって、前にもそう言ったもん。でも…」

 彼女はぽろぽろ涙をこぼす。

 

  ボクは装置に目をやった。王子様には無理かも知れないが、ボクにはこれくらいの

 装置の転送は簡単だ。

  しかし、それをやってしまったら、おそらく彼女は”このまま”だろう。

 いつまでも。

 

 「じゃあ、今度はボクが約束するよ。さっきもちゃんと約束を守ってすぐ戻って

 きたよね?」

 「うん…」

 「でも、無理は言わないよ。自分で決めていいんだよ。そうじゃないと、

 エリザがお兄さん達を助けるために『自分』でやったことにならないからね」

 

 「自分で?」

 顔を上げる彼女。

 

 「お兄さん達のために、『自分』でやってごらん」

 ボクは微笑みかけて立ち上がる。

 

  彼女はやってくれるだろう。彼女の中に今までとは違う、何か光る物がともった

 のをボクは感じていた。彼女の足が動かない、いや、動かせないのも、その何かが

 今まで無かったせいなのだ。

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 「この装置を転送する場所はどこですか?」

 ボクの問いにカニンガムは地図を指した。

 

 装置を置く場所はこの街を取り囲む六カ所。一本は例の”奴隷宿舎”の

 近くだ。なるほど、それで、オペレータのエドガーじいさんが奴隷になる

 必要があったわけだ。

 「うーん」

 

 地図を見ていて、どうも何かが引っかかる。

 「これが会社の鉱山から出る岩石を捨ててるところですよね」

 「ええ」

 「ここが例の奴隷が採掘をしてるところ」

 「そうです」

 「うーん。どうして、奴隷穴から出る岩石を会社の鉱山が捨ててる場所じゃなくて

  こんなところに持ってきているんだろう」

 「そう言われれば…」

 

 「待てよ…」

 ヤルタが気がついた。

 「ん。そう言うこと」

 

 装置で成る六角形に対角線を引いてみる。すると、ボクが恐い目にあった

 奴隷穴や岩石を捨てている場所はその線上にある。

 しかも、対角線の交わる点を中心にして120度を成している。

 もう一点取れば六角形の中に正三角形がきれいに収まるのだ。

 

 「ここは?」

 ヤルタがその一点を指さした。そこには小高い山と湖がある。

 「ええ、そこは鉱山のダムで、発電所があるところです」

 

 「そうか…エドガーっていう人は、何か封じようとしているんだ」

 つぶやく王子様。

 「封じるって?」

 「ハッキリとしたことは本人に聞くしかないだろうけど……!」

 「どうしたの?!」

 ボクは赤い髪の少年が突然鳥肌を立てているのを感じた。

 「オレ、今、すっごくイヤな予感、してる」

 

 この街に労使間抗争を越えた何か大きな戦いが起ころうとしている。

 少年の穏やかならぬ緑の瞳に一同はそれを感じとっていた。

 

                *

 

 緑のマントが風になびく。

 ジェラードの衣装をまとったボクは街と鉱山、そして”奴隷宿舎”のあたりを

 一望できる山の上にいた。

 計画実行時間まで後5分。

 六角形エリアの頂点にはもう要員が配置されているころだ。

 

 エドガーと言うあのじいさんが作った装置が発動したとき、クリーチャー達の

 動きを止めるほか、どんな事が起きるのか分からない。

 ヤルタはそのほかにも機能があるとか言っていたけど、はたして。

 

 小鳥が木のこずえを蹴って高く舞っていった。

 

 計画はこうだ。

 まず、鉱山の会社の方で再び騒ぎを起こす。クリーチャー達と、まだ姿の見えない

 『敵さん』の注意をそちらへ引きつけておくのだ。これには王子様も参加する。

 たとえ手こずったとしても、数分の時間が稼げれば十分だ。その間にじいさんの

 機械は発動し、美青年集団の動きが止まるだろう。

 そうして、会社と事務所を制圧する。

 

 「ふう…」

 

 問題は、ルシータだ。クリーチャー達は彼女の意志によってコントロール

 されている。しかし、彼女は”ヒュプノ”なる技術で洗脳されている。

 彼女がどう動いてくるかだ。彼女の力はかなり強力になっている。

 おそらくボクでも手こずるだろう。

 いや、それよりも。

 哀れな彼女を救い出すことは本当にできないのだろうか。

-9ページ-

 「!」

 

 時間だ。

 

 グンッ!

 

 軽いショックがボクの感覚を駆け抜ける。

 彼女のひたむきなイメージが脳裏に結び、淡く光る。

 

 彼女は”自分の意志”で、行動したのだ。

 「偉い!エリザ!帰ったら思いっきりキスしたげる!」

 ボクは酸っぱい気分になった。彼女はもう大丈夫だ。

 

 感覚を工場に向ける。ざわついた”気”が感じられる。どうやら始まったらしい。

 ボクは感覚を広げる。しかし、ルシータの気配が見つからない。

 

 「どこだ?」

 

 その時、ものすごい波動が感じられた。

 「こ、これは…」

 

 ものすごい”力”のうねりだ。機械が作動を開始したに違いない。

 ボクは意識を凝らし、”力”の波を読む。

 「良し、大丈夫!いける!」

 

 ボクはクリスタルを発動し、“力”をくぐってエドガーじいさんのところへ飛んだ。

 

                  *

 

 数人の男達とじいさんが、柱のそばにいた。

 そのうちの何人かは血を流し、一人は地面にうずくまっている。

 脱走し、ここまで来るのに大変な苦労をした事が分かる。

 

 「やはり、あんたジェラードだったの…」

 白髭のじいさんは振り向いて、にんまりと笑いかけた。

 

 「じいさんこそ、この土地の人じゃないんですね」

 「その話しはあとじゃ。すまんがその男を何とかしてやってくれんか。深手を

 負っているのじゃ」

 

 見るとかなりの出血がある。唇がすでに色を失っている。

 ボクはクリスタルの光を注いだ。彼を抱えていた鉱山夫は、怪我人に

 みるみる生気が戻っていくのを見て目を丸くした。

 

 「なるほど。わしゃ、ずいぶん緑光のジェラードに縁があるようじゃの」

 「えっ?縁って…」

 

 「マゼラン博士!」

 その時、少年が赤い髪をなびかせて駆けてきた。

 

 「こりゃたまげた!ヤルタ王子まで!」

 「やっぱり博士だったのかよ!あの装置を見たときもしやと思ったけど、まさか

 本当に博士だったなんて!」

 「王子もすっかり立派になられましたな。国を出てからもう6年以上も

 たちますからな」

 「それより、何が起きてるんだよ、博士!」

 「王子。あの男が復活しようとしておるのじゃ。」

 

 話しはこうだ。

 

  ヤルタの国、サトゥナーラでは国民のほとんどが自らの体に手を加えたクリーチャーだ。

 その技術を持つ科学者の一人、トマス・ミードと言う男は人に改造を施す際、

 脳に手を加え、一つの街全体を自分の手下としていった。さらに、彼は

 人々の能力を増強して強力な戦闘員とし、国の転覆まではかったのだ。

 

 「ワシと、ワシらの国に流れ着いたあんたと同じ緑光のジェラードで、

  大変な戦いの末、空間の狭間に吹き飛ばしてやったのじゃ。しかし、

  今、どういう方法かはわからんのじゃが、そこからこちらへ干渉し、

  同じ事をここでやろうとしておる。そして、自分もこちらの空間へ

  やって来ようとしておるらしい。それをこの装置で封じるのじゃ」

 「博士、そうすると、あの”奴隷”が掘ってる鉱山に何か?」

 「いや、鉱山から何か掘り出そうとしておるわけではない、おそらく…」

 

 その時だ。

 

 バシュッ!!

 

 柱に閃光が走った。近くにいた男が一人、吹き飛ばされる。

 

 「きおった!」

 じいさんは装置に駆け寄ると、パネルを操作しだした。

 インジケーターがあわただしく点滅している。

 

 「予想しておったより強力じゃわい!」

 

 「あれは!」

 ヤルタが声を上げる。

 “奴隷鉱山”からでる岩石でできた丘が、ゆらゆらと陽炎に包まれ、その姿を

 明滅させている。

 

 「鉱山から何かを掘り出すのが目的では無いのじゃ。あの場所に“質量”が

 必要だったのじゃ」

 「質量?!」

 「そうじゃ。向こうの空間にある質量と、こちらの空間にある質量を置き

 換えるのじゃ」

 

 バシバシッ!

 

 オゾンの香りがする。明らかに装置がオーバーロードだ。

 空間の揺らぎが感覚に伝わってくる。

 大きい!

 

 「博士!」

 「まずいぞ…このままでは…」

 「じいさん、ひょっとして、そいつの仕組んだ三角エリアの頂点って、一つが

  “質量”、もう一つが“力”、そしてもう一つが“知恵”じゃないですか?」

 「その通りじゃ」

 「ヤルタ!それは…」

 「ん。ジェラードの”技”の一つの配列だよ。そうすると”力”はあのダムの

  発電所。そしてそれらをコントロールするのが”知恵”、あの“奴隷鉱山”に

 あったあの部屋だ」

 「じゃ、そこを叩けば!」

 「そう言うこと!行くよ!じいさん、ここは任せます!」

 「頼みますぞ!」

 

 ボクらは空間の揺らぎに巻き込まれないよう、空間を飛んだ。

 おそらく、いるだろう。

 そこにルシータが。

 ボク達は悲しい戦いをしなければいけないのだろうか。

 

                *

-10ページ-

 奴隷鉱山から脱出してきた人達がうろたえ、立ち止まっているのが見えてきた。

 岩石の丘に異形の物が形を取りはじめたのだ。

 陽炎の中灰色に光る巨大なそれは、まさに要塞。

 とてつもなく大きな鉄の城。

 

 人々の中にボクらは降りる。

 「早く!皆さんここから逃げて下さい!」

 「大急ぎで!!」

 人々が再び流れはじめる。

 

 「ラサムさん!ヤルタさん!」

 流れの向こうから叫ぶ青年がいた。

 「カヴァーデールさん!」

 「無事だったんですね!」

 カヴァーデールは人をかきわけながら、こちらへやってくる。

 

 「ええ!エドガーさんが計画は成功したから早くここからみんなを脱出させろと」

 「じいさんが?どうやって…」

 「ラサム、博士は意志を飛ばすことができるんだ」

 「あん?じゃ、あのじいさんも能力者?」

 「そうだよ。ボクらの国の国民はほとんどがクリーチャーだって

 知ってるじゃないか。カヴァーデールとじいさんが連絡を取り合ってたんだよ」

 「カヴァーデールも意志を?」

 「オレもさっき、会社でカニンガムに聞かされたばかりなんだけど」

 

 なるほど。奴隷宿舎と連絡を取るためにも、あのじいさんが潜入する必要が

あったんだ。考えてるじゃない。

 

 

 「みんなを避難させるのに後どれくらい時間が?」

 「鉱山の昇降装置ではあと数十分は…」

 「それじゃあ時間がない!」

 

 ヤルタが焦る。

 “敵”さんも計算してるじゃないか。例の部屋は鉱山の真上。地下にはたくさんの

 “奴隷”がいる。人質を取ってるようなものだ。

 

 「ようし!みてろよっ!」

 

 ボクはクリスタルを発動させる。

 感覚を地下の行動へ広げる。

 みっけ!あと、7,80人はいる。

 

 「ちょおっと力、使うぞぉ!」

 

 バシュウウゥゥゥッ!!!

 

 当たりが緑色の閃光に包まれる、と一群の男達がまぶしそうに目を細めながら

 辺りを見回す。転送成功。

 

 「皆さんも早く!」

 皆は事態を把握するまもなく脱出の列に加わる。

 

 「ラサムさん…ひょっとして…」

 「はい。ジェラードです。」

 「ラサム、早く行くよ!」

 「ん!じゃ、カヴァーデールさんも早くみんなの所へ!」

 

 ボクらはあの部屋へ飛んだ。

 

                *

 

-11ページ-

 静寂

 

 がらんとした部屋。この間、ボクが危うく頭に穴を開けられそうになった、

 あの物騒な椅子は壊れたままだ。

 

 ボクらは奥へ進む。足音がこだまする。

 大きなメタル製の扉をトビラを開ける。

 

 ヴウゥゥゥン…

 

 巨大な装置が淡い光を脈動させている。

 じいさんが作った柱状の装置の親分みたいなもの。

 あの時ボクの力を吸い取ったのはこいつだ。

 しかし、今、この装置は重大な仕事で手を放せないのが分かる。

 それだから−

 

 「いるね」

 「ん」

 

 ボクらは同時に左右に飛び退いた。

 ボクらがいた空間に炎が上がる。

 

 「「!」」

 

 着地するまもなくヤルタはバリアを張り、ボクは空間をゆがめた。

 強力な疾風がはじき返され、部屋の石壁に甲高い音と共にひびを作る。

 

 「ルシータ!」

 

 彼女は微笑みながら装置の向こうから姿を現した。

 身に帯びた強力な力は、彼女の体の周りに陽炎のような空気の揺らぎを作り、

 彼女の目は狂気で怪しく潤んでいる。

 

 ボクは心が激しく痛んだ。

 あの写真の中で微笑んでいた愛らしい娘が、どうして…

 

 「どうして来ちゃったの?ここへ入ったらダメなのに」

 「ルシータ!キミは…」

 思わずボクは歩み寄る。

 「危ない!」

 

 ボクを襲う熱波は、ヤルタの放った空間の裂け目に飲み込まれた。

 我に返ったボクは、次の攻撃を飛び退いてかわす。

 

 「ラサム!彼女はヒュプノで!」

 「わ、分かってる。でも!」

 「!」

 

 ボクらは宙に逃れた。

 床の石畳が赤熱し爆発する。

 「とんでもないエネルギーだ!」

 

 ヤルタは彼女の後ろへ瞬間移動し、足ばらいをかける。

 バランスを失い倒れる彼女に、突きを放とうとした彼は、

 次の瞬間猛烈な勢いで壁にたたきつけられた。

 彼をはじき飛ばしたエネルギーは彼を石壁にめり込ませる。

 「グッ!」

 

 「ヤルタ!」

 ルシータの熱波は、彼のバリアを破ることはできなかった。

 ヤルタの目が険しく光る。

 しかし、ヤルタはかなりのダメージを受けたに違いない。

 彼の口から赤い一筋が漏れる。

 

 王子はブレスレットを構え、腕をかざす。

 無数の光のつぶてが彼女めがけて放たれ、彼女の周りに炸裂する。

 彼女のマントが炎を上げる。

 しかし彼女は意に介さない。

 

 ボクは両手のひらを彼女へ向ける。

 

 ズゥゥゥウン!

 

 ボクの放った力は彼女の左腕を四散させる。

 しかしルシータはうろたえもせず、右腕を展開すると、

 ボクに向かって凶暴なメタルの矢の一群を発射した。

 

 宙に逃れるボクを、さらに彼女の空気の刃が追う。

 ボクは王子の所へ瞬間移動し、彼を抱えて彼女と間をおく。

 「ヤルタ!大丈夫?!しっかり!」

 「オレはなんともない!それより早くカタを付けないと、彼奴が来る!」

 

 「みんなあたしのことが嫌いなのよ!」

 

 「「!」」

 叫ぶルシータの目から、赤い涙が流れていた。

 

 「お父様はあたしと一緒にいてくれない!みんな、あたしのこと

 社長の娘だからって遊んでくれない!あたしのこと気味悪がって…!」

 

 ボクはクリスタルを構えた。

 唇を噛む。時間の猶予がない。

 「ルシータ!ごめん!」

 

 ギシュゥゥゥッ!

 

 ねじれた空間が、すっかりメタルで置き換えられていた彼女の体を粉砕した。

 緑色の髪がなびき、彼女の上半身が落下する。

 

 「ルシータ…」

 

 カツン カツン

 

 足音に振り返る。

 そこには大柄な男がいた。

 「バルーマン!」

 

 身構えるボクの脇を素通りして、

 機械人間の彼は娘の残骸に近づき、

 膝を落とし、

 そして、機能を停止した。

 

 ボクは震えて声が出なかった。

 

 「ラサムさん!ヤルタさん!」

 

 駆け込んできたのはカヴァーデールだった。

 ボクらの脇に心配そうにかがみ込む。

 「ええ、ボクらは大丈夫です…でも、ルシータは助けられませんでした」

 「ルシータ…」

 

 彼は立ち上がり、ルシータの所へ行く。

 ひざをつく彼。彼の肩が震えている。

 

 その時ボクは見た。

 彼女が目を開いたのを。

 

 その瞳は、あの写真の少女の瞳だった。そして悲しげに、カヴァーデールを見て、

 唇を動かしたのだ。

 

 「イヤダァァァァァァッ!!!」

 「ラサム!」

 

 ヤルタが止めるまもなくボクはクリスタルを発動させた。

 次の瞬間、ヤルタもカヴァーデールもその部屋に

 いなかった。

 みんなを転送し、鉱山の上空でボクは叫んだ。

 

 「チクショォォォォオオオ!!!!」

 

 世界が見えなくなるほどクリスタルを輝かせると、ボクは巨大な火球を

 鉱山の上に落下させた。

 

 轟音と共に鉱山のあった山は、あの部屋と装置もろとも気化し、きのこ雲となって

 空へ昇って行く。

 ボクはしばらく呆然と山のあった場所を見おろしていた。

 

 「ラサム…」

 

 いつのまにか傍らにヤルタが来ていた。

 「ヤ、ヤルタ…」

 

 ボクは彼の胸にすがった。

 そして、大声で泣いた。

 

 「カヴァーデールから聞いたよ。ルシータも能力者だったんだ。人の意志を

 読むことができたもんだから、みんなから気味悪がられていたんだ。

 おまけに社長の娘。家に帰っても、誰も遊んでくれない。父親も仕事で

 なかなか相手をしてくれない。

 でも、カヴァーデールはそんな彼女の気持ちが分かっていたんだろうね。

 同じ能力者だったから。

 でも、突然彼女は変わってしまったっていうんだ。

 おそらくヒュプノのせいで…」

 

 死に際に彼女は正気を取り戻したのだ。

 自分の変わり果てた姿。

 そして、唯一自分を分かってくれる人に言ったのだ。

 

 「お願い…見ないで…」と。

 

 実体化しつつあった鉄の要塞が空気ににじむように消えてゆく。

 

 ボクは嗚咽しながら言った。

 「ヤルタ…終わってないよ」

 「ん。知ってる。いよいよ決着をつけなきゃ」

 

 ボクらは消えゆく要塞のあったところに残った、

 強力なエネルギーの主を感じていた。

 

 

                   後編へ   続く

説明
脳改造されそうになるボク。労働者たちの計画。そしてその本当の目的。ルシータとの悲しい戦い。そして、黒幕へ。ジェラード第3弾 中編
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