つなげた話 【前編】
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カンっと剣同士ぶつかり合う音が城内に響く。毎日の日課、強くなるための訓練。

何度も手合わせをしていて気付いたが、あいつは数度打ち込むと不思議と一撃の威力が増していく。叩き込めば叩き込むほど強くなる相手にどうにも勝てない。

ついには己の剣が弾き飛ばされ、いつも通りの得意げな顔が眼前に現れた。

 

「またオレの勝ちー」

 

ニッと笑う相手からぷい視線を外し、飛ばされた剣を取りに行く。あの顔を見なかった日はない。

毎日見ていれば見飽きるだの悔しいだのムカつくだのと様々な感情を表に出しつつも、剣を拾うために屈み込む。と、剣を手にしたらすぐにぐいとマントを引っ張られた。

 

「訓練おわり!遊ぼう!」

 

そう言うや否や俺の返答も聞かずさらに力を込められた。マントを引かれれば必然的に尻餅をつく。

転げた拍子につい声を漏らしてしまい、思わず相手を見上げれば、あいつの視線はもうすでに訓練場の外に向かっていた。

そのまま俺を引きずって、あいつはずんずん前進する。訓練場の地面は固く、小さな石ころも割とある。擦れる尻が痛い。

 

「わかったから、遊ぶから、引きずるな!」

 

「これ楽しい」

 

俺を引きずるのが楽しいと言われた。こいつ俺をなんだと思ってるんだ。

手足をバタつかせ、抵抗を試みる、が、後ろ向きに引きずられているせいかどうにもうまく力が入らない。

 

「あああああ!もう離せタンタ!痛い!」

 

「キミもタンタでしょ」

 

ケラケラ笑ってあいつは俺のマントから手を離した。俺は不機嫌そうに立ち上がって身体についた砂ぼこりを払う。

顔を上げれば目に映る自分と同じ顔。ニコニコ笑う「オレ」を見て、「俺」は盛大にため息を付いた。

 

 

 

今回はタンタとタンタ、ふたりのお話。

のちに勇者となるタンタと、のちに騎士となるタンタの捻れた話。

 

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「クランー、遊ぼうー!」

 

自分たちとは別の場所で訓練していたクランを見付けるとすぐにあいつは声を掛ける。いきなり大声を掛けられて驚いたのか、クランは派手な音をたてて武器と盾を落としていた。

あわあわと落としたものを拾い上げ、クランはキョロキョロと周りを見渡し声の主を探す。すぐにこちらに気付き、ぽてぽてと近寄ってきた。

 

「訓練自体はおわったけど、自主練したいなって」

 

「クランといると楽しいから、クランと遊びたい」

 

あいつは輝かんばかりの笑顔を向けてクランを誘う。あからさまに好意を向けられて断りにくいのだろう、クランの目が困ったように下がる。

チャンスとばかりにあいつの目が輝き、畳み込めるように言葉を続けた。

自主練も大切だけど遊びから学ぶものもあるよ?だの、みんなで遊ぶのも大事だよ?だの、遊びから社会性とかマナーとかルールとか学べるよね?だの、つらつらと。

綺麗事を並べているが俺は知っている。こいつはただ単に自主練サボって遊びたいだけだと。

そして言い出したら聞かない奴なのも知っている。

だから俺はクランに近付き、あいつに聞こえないように小声で囁いた。

 

「…遊ぶついでに練習しよう」

 

「…うん」

 

俺の言を聞いたのち、クランはあいつに「わかった」と伝えた。

やった!と笑うあいつにばれないように、俺とクランは視線を合わしお互い小さく微笑んだ。

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三人連れ添って城内から出る。向かうは平原。必ず誰かしらがいて、広く平らな、遊び場としても練習場としても好条件な場所。

道すがらクランとあいつは今日の訓練のことを語り合っていた。クランとは稀に同じ訓練をすることもあるが、目指す形が違うせいかあまり同じ訓練はしない。

そっちはそんなことするんだ、とお互い興味深そうに聞き入っていた。

 

まあ、あれだ。

三人組だとたまにひとりあぶれるよな。

 

肩を並べて会話しているふたりの背中を眺めつつ、ぼんやりと思う。混じろうにも俺の話す内容はあいつと変わらない。

あいつとはずっといっしょだしと俺は頬を掻いた。同じような内容を語るのもつまらないだろう。

だから俺は黙ってふたりのあとを追う。楽しそうにしているのを見るのは楽しいからいいか。

 

 

そのまましばらく歩いて、アーサーでも誘えばよかったなと俺が少し後悔しはじめた頃、視界の隅に赤いものが写り込んだ。

俺はあれ?と小さく呟いて歩みを止める。

俺が止まったことに気付いたふたりがこちらに振り向き小首を傾げた。どうしたの、と問われたような気がしたがその声を聞く前に俺はさっき見かけた「赤いもの」に近付いていく。

予想が当たっているならば、彼はあいつとは別の意味で放っておけない。

 

ガサッと草をかき分けあたりを見渡す、と、隠れてるのだろうかと思うようなポーズでダンテが真横にある木に引っ付いていた。

隠れるならもうちょいしっかり隠れればいいのに、というかまずはその真っ赤な鎧を脱ぐところからか凄ぇ目立つ、と思いつつも俺はダンテに声を掛ける。

 

「…何してんだ」

 

「…っ!」

 

俺の声を聞いてダンテはこちらに顔を向ける。口元から察するに「気付かれた!」と若干焦っているようだ。

むしろ何故これで気付かれないと思ったのか聞きたい。

 

ダンテとは鍛錬の一環で、世界を一通り旅した時に出会った。

出会ったのは海。いきなり「オマエの旅はここで終わりだ」と言われ心底ビビった。通り魔か。

基本的にダンテは海にいる。なんでここにいるかのかと問えば、手合わせにきたが仲良く歩いてるところに出くわし思わず隠れたと、途切れ途切れに語った。

何故隠れるんだ。

 

語り終えるとそのまま逃げ出しそうだったので、俺はダンテのマントを掴み逃亡を阻止する。

戸惑うダンテをそのまま引きずり、ふたりのところに連れて行った。うん、あいつの気持ちがわかったこれ楽しい。

 

ふたりと合流し、四人で目的地に向かう。ああこれで俺も寂しくなくなった。良かった。

 

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目的地である平原に着けば召喚士やら巫女やらがすでにいて、スライムと戯れていたり術の練習をしていた。

他の人たちに声を掛け俺たちも平原を使い始める。

手合わせしたり、まったり休んだり、全力で遊んだりと過ごしていたら、いつしかあたりが薄暗くなっていた。

 

「ああ、楽しかった!」

 

あいつが地面に寝っ転がりながら笑顔で言う。俺たちは横一列に座り、ふうと一息ついた。

横でニコニコしながら空を見上げるあいつを横目で見ながら、俺はため息をつく。

こいつ本気で遊んでやがった。最後には周りを全員巻き込んで、全力ではしゃいで遊びやがった。

俺は再度ため息をついて、あいつの顔面を叩いた。手の下から「みぎゃっ」と変な音が聞こえたがスルーして、あいつの隣でぐったりしているクランに目をやる。

自分たちより重い鎧を身につけているせいか、全力の遊びはしんどかったらしく完全にダウンしていた。

目をくるくるさせながらくったりとしているクランに若干申し訳ない気持ちになりながら、俺はまた手を振り下ろす。

今度は「ぴゃっ」とおかしな音が聞こえたがまたもスルーすることに決めた。

 

「…」

 

「ダンテ、今から帰るのは大変だろ。今日はこっち泊まってけよ」

 

俺の横にちょこんと座りながら、少し疲労の色を見せるダンテに提案する。少し悩んだ素振りをみせたが、ダンテはこくりと頷いた。

なんかダンテとは反対側から痛いとか酷いとか騒がしい声が聞こえるが多分気のせいだろう。

 

背中や後頭部をポカポカ叩かれている気がするが完全にスルーを決め込み、俺は立ち上がる。そのまま「帰ろうか」とダンテとクランに向けて声をかけた。

ダンテとクランは困ったように顔を見合わせ、俺とあいつの顔を交互に伺う。俺は気にせずダンテとクランの手を引いて歩き始めた。

背後からぷるぷると声を震わせ若干涙目な気配がする。無視された、とかそんな感じの。それはそのまま声となって俺の耳に届く。

 

「た、た、た、…タンタの馬鹿ぁぁああ!」

 

「君もタンタだろう?」

 

振り向いたりせず、顔をあいつに向けないまま俺は答えた。少し反省しろ。

ダンテはあんまいじめてやるなと忠告をくれた。

クランはいまだにあいつと俺を交互に眺め、オロオロとしている。

ぴみゃーと謎の音を発しつつあいつは俺の後ろを付いてきた。くいとマントを引かれたのを感じ、正面を見たまま声を掛ける。

 

「明日もあるんだから、周り巻き込んではしゃぎすぎるなっていつも言ってるよな?」

 

「ううう」

 

普段はあいつが先に立ち俺の手を引くが、あいつが落ち込んだときや俺が怒ったときに、こいつは必ず俺のマントを掴む。

掴んでるときは何があっても手を離さず、俺の後ろでたまに泣き言を呟きながら静かに静かに付いて来る。

俺の背中はマントは、あいつの場所だった。

 

「…明日は遊ばずに自主練な」

 

「う。うん…」

 

少しばかり不満げに、しかし自分が遊びすぎたのを自覚しているのか、きちんと承諾の意を示す。

仲直りしたと感じたらしいクランはようやくほっとした顔になり、胸をなで下ろした。

そのまま四人で帰路につく。

 

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…帰路についたはずだった。

 

この道は町を突っ切り城へと続く道だったはずだ。頻繁に通るから間違えるはずがない。

大きな店や広い家、青々とした木や綺麗に並ぶ花、整備された道路、路地から覗く少し危険な香り。

いつもみていたのは、そんな風景だったはずだ。

 

なのに、今俺たちの面前に広がるのは

葉が燃え尽き炭のようになった木、踏み荒らされ面影もなくなった花壇、崩れ荒れ果てた道、

建ち並んでいた店は全て瓦礫と化し、家屋からは火の手があがっていた。

 

 

(ここはどこだろう)

 

 

そう呆けた俺は誰かの悲鳴で我に返る。まだ見習いだといっても自分は王国の戦士。怯えたり泣き喚く前にすることがある。

俺は急いで悲鳴のしたほうに駆け出した。

 

 

何が原因かわからない。

 

海とも砂漠とも東国とも関係は友好的。暴徒がでたとの話も聞かない。

災害でもないだろう、ピンポイントでここだけ荒れるなんて聞いたことがない。俺らはここから目と鼻の先の平原にいたのだから、気付かないはずがない。

 

思案しながらも先ほど悲鳴があがった場所につく。まわりは全て瓦礫の山、若干怯んだものの弱々しい声を聞きつけ慎重に瓦礫を崩していく。

声をかけつつ、大丈夫かと確認しつつ、いつの間にか付いてきていたダンテとクランと協力し、じわじわと救出作業を行う。

 

もう少し、というところで俺の頬に火の粉が当たった。痛みに思わず患部を抑える。

顔をあげてあたりを確認すれば風に煽られ火がこちらに迫り始めていた。火山に行ったことはあるものの、火系の技をくらったことはあるものの、じわりじわりと迫る火には恐怖を感じざるを得ない。

急がないと、でも雑に扱うわけにもいかないし、と内心焦りながら手を動かしていると、ぱしゅっと水音がして近くまで来ていた火が消えた。同時に俺も水浸しになる。

何事かと振り向けば、あいつがくるくると剣を振り回していた。

 

「スプラッシュソード!」

 

ああそうかあれ水属性技だったっけ。いや、あれ?こういう使い方もありなのか?

「使ってみろ水音スゲーから!」っていやそういう問題じゃなくて。

物理系EXをこう使う奴はじめてみた。

 

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釈然としないがあいつの活躍で無事人命救出でき、釈然としないが俺たちも怪我がほぼなく、釈然としないが火の手が収まりここらは比較的安全地帯となった。

釈然としないが。

 

「無事ならいいじゃない」

 

べんり!とそこら中に水を振りまいたあいつはケロッと言う。ダンテも「俺もたまに技で火つけるな」とあいつに同意した。

あれこれ俺がおかしいのか?

頭を抱える俺に、救出した人を介抱しながらクランが問いかけてくる。

 

「このあとどうする?」

 

普通は避難する一択ではあるが、まだ逃げ遅れた人がいるかもしれない。俺たちがやらなくてもいいかもしれないが、元気に動ける身。確認くらいして回っても良いかもしれない。

その旨を話すとみんなが頷く。頷いたあと、クランは介抱していた人に目をやりこう言った。

 

「ん、…じゃあボクはこの人を安全なとこに運んでから合流するよ」

 

運ぶのは平原でいいかな、と小首を傾げる。俺が頷くとクランは介抱していた人をひょいと抱えて立ち上がった。

 

「あ、クランあのさ。…平原で待機しててもらっていい?」

 

あいつが言う。きょとんとしたクランにあいつは「オレら全員怪我したりしたら大変じゃん。から、薬用意して待機しててもらえたら嬉しいなって」と救護班役を提案した。

少し悩んでクランは「いいけど…。怪我するの前提で話進めないでよ」と苦笑しながら、じゃあ待ってるから気をつけてねと平原へ向かっていった。

クランを見送り残った俺たちは話し合う。三人で動くかバラバラに動くか。

普通に考えればバラバラに動くのは危険だろう、しかし今はまわりから破壊音や人の気配は感じられない。感覚的には「もう終わった」という空気が漂っていた。

 

(それはそれで王国の人たち全滅したみたいで嫌だけど)

 

嫌な考えを振り払い、三人バラバラに動くことにした。深入りはせず、何かあったら大声を。

あたりは静まり返っているから、大声を出せばどちらかには届くだろう。

 

時間を定め、俺たちは荒れ果てた街中に散っていった。

 

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ふたりと別れ街の探索。

あいつに「オレはスプラッシュ使えるし、ダンテは普通に強いから大丈夫だろうけど、ぶっちゃけ一番心配なのはキミだ」と指摘され、反論しようにもその通りだったため何も言えず、思わずひっぱたいたから手が痛い。

強くはないけど弱くもないとひとり愚痴る。特徴ないといえば特徴ないけど。

 

たまに声をあげながら街中を回る。声を出しても返事はなく、音は闇に吸い込まれていった。

ああここもバラバラだ。馴染みの菓子屋の残骸に寂しさを感じ、いつか行きたいと憧れていた加治屋の残骸にため息をつく。

何もかもが破壊されていた。

 

ふいに思い付いて城へ向かう。せめて城は崩れきっていなければいいなと希望を持って。

こんな真っ暗で崩れた道を歩くのははじめてだと、歩き慣れたはずの道なりで進む。普段以上に苦労して、ようやく門前にたどり着いた。

 

普段なら消えることのない灯りは姿形が見えず、門は崩れて門の仕事をしていない。

見上げれば壁もそこかしこに穴があき、城のてっぺんも破壊されていた。

無様な姿となった城に思わず涙が溢れ出る。昼間は立派な姿で建っていたのにと、俺は誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

 

俺はぐっと顔を拭い、首を振る。街中の建物と比べれば破損は少ない。きっとすぐに復興できる。

自分に言い聞かせるように呟いて、そろそろ時間だと俺はもう一度顔を拭った。待ち合わせ場所に向かおうとくるりと反転し城に背を向ける。

 

「…?タンタ?」

 

振り向いた先に自分と同じ背格好の、同じような容姿の人影がみえた。あたりが真っ暗だからか人影の全身も黒くみえる。

あいつだと確信は持てないが、容姿的にあいつしかありえない。

アーサーも俺らと似たような背格好だが、彼の鎧は闇夜でも輝く。あんなに真っ黒にはならないだろう。

 

近付こうとしたら人影はふっと消え去った。

見間違いかと目をこする。もう一度凝視してみても、先ほどの場所に人影が現れることはない。人影のあった場所に近付いてみても人のいた気配は感じられなかった。

 

「…なんだ?」

 

思わず呟いたが、脳裏には先ほどの人影がこびりついている。真っ黒な姿で頭に輝いていた、赤い、宝石。

あいつみたいだったがあいつじゃないとようやく気付く。あいつの頭の宝石は青だ。俺と同じ。

 

「誰」なのか「何」なのか、それすらわからないまま俺はその場に立ち尽くした。

 

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混乱したため歩みが遅れ、待ち合わせ時刻から少し遅れて待ち合わせ場所に着いた。俺に気付いてほっとしたように手を振るあいつをみて、一瞬身構えてしまった。

遅いから心配したと笑うあいつをマジマジと見る。いきなり凝視したせいか普通にビビられた。

 

「なに」と引き気味の問いに、なんでもないと返答をごまかし俺はあいつから目を離す。代わりにダンテに目をやれば、ダンテもこちらを凝視していた。

俺たちふたりはきょとんとダンテを見つめ返す。不可解そうに「途中で俺と会ったか?」と問われたので俺たちは同時に首を振る。

なにかあったのかと問えば、ダンテは見間違いかと呟いたあと少し悩み、魔王に会ったと一言放った。

 

「は?」

 

俺たちふたりの声が揃う。ダンテはぽつりと呟いた。「簡単にあしらわれた」と。それきりダンテは押し黙り俯いてしまった。

何かあったのか、何か言われたのかと問いかけてもダンテは一言も発しない。ふらっとダンテは俺らに背を向け歩きだした。ふたりで慌てて追いかける。

 

ダンテは一応、クランとの約束通り平原に向かっているようだ。声を掛けても無反応なため、心配ではあるが答えてくれなければどうしようもない。

あいつもダンテが心配なのか口数が少なく、俺たちはダンテを先頭に静かに平原へ向かった。

 

 

平原に着くと笑顔のクランに出迎えられる。無事だった?と問われたので、怪我自体は全員ないと手をひらひらさせてみた。

ほっとした顔でクランはそばにある森に足を向け手招きする。きょとんとしていると「無事だった人はみんな森に逃げ込んでたみたいなんだ」と教えてくれた。

クランに連れられ避難してきた人たちのいる場所に行く。と、奥に進めば進むほど人の気配が濃くなっていき、耳を済ませば話し声も聞こえてきた。

 

「よかった。みんな無事だったんだね」

 

探索してたとき誰にも会わなかったから全滅したかと絶望してた、とあいつは頭を掻く。そんなあいつに「プリンセスも無事だよ」とクランが笑いかけた。

そのままプリンセスが中心となって話し合っている輪の中に連れていかれ、俺たちはさっきみた街の様子を報告する。

 

「あ、きみはこっち」

 

クランが俺を手招きする。不思議に思いながらも報告をふたりに任せ、俺はクランに近寄った。

クランはぽふと地面に座り込み、俺にも座るように促す。言われた通り地面に腰をおろすと、クランはパカッと救急箱を開きいくつか薬を取り出した。

 

「はじめに火傷したでしょ」

 

そういってクランは薬を手に取り俺の顔に手を伸ばす。火傷といっても軽度だしわざわざ手当てなんてしなくてもと思いはしたが、好意には甘えようかと目を閉じた。

ぺたりと冷たさが伝わり患部に触れられればじわりと痛む。反射で身体がピクリと反応した。

 

「痛むなら我慢しなくていいのに」

 

くすりと笑われた気がする。貼らないほうがいいのかもしれないけどと呟きながらクランは火傷部分に絆創膏を当てた。

手当てが終わったと思い俺は目を開ける。するとクランは薬を片付けながらこう問いかけてきた。

 

「そういえばダンテ元気なかったね」

 

何かあったの?と。詳しい経緯はわからないけどと前置きしてから、俺は先ほどからのダンテの様子を説明した。

俺のを説明聞いて、クランはダンテは魔王を倒せるくらい強くなりたいのかな?と小首を傾げる。

ダンテらしいといえばダンテらしいか、と笑い、思い出したようにこちらを見た。

 

「そうだ。…さっき、きみかタンタがこっちきたかい?」

 

「いや?」

 

だよねとクランは不思議そうに頭を傾げた。俺は来てないし、距離や時間を考えるとあいつも流石に無理だろう。

さっきタンタに似た人影を見かけた気がしたんだとクランは照れ隠しのように笑いながら語る。

そんなクランの笑顔が目に入らない。俺たちにそっくりの何かをみたとクランは言った。合流したときの反応からおそらくダンテも見ている。

 

「真っ黒で薄暗くてほとんど見えなかったんだけどね、背格好や雰囲気が似てたから」

 

「…アーサーとかじゃ、ないのか?」

 

そう聞いてみる。そうだったらいいなと少しの希望を含めて。しかしそんな俺の希望はクランの「アーサーはボクのそばにいた」という一言でかき消された。

俺もみた、ダンテもみた、クランもみた。「タンタ」そっくりの真っ黒な誰か。

何なのか、誰なのか、ぐるぐる考える俺に気付かず、頬を掻きながらクランは笑う。

 

『ボクを見て笑った気がしたから、タンタかきみのどっちかだったのかなって』

 

その言葉を聞いて、思わず背後を振り返る。いきなり身体を動かしたせいかクランが不安そうに俺に話しかけてきたが聞こえない。

 

誰かが見ている気がした。

 

クランの言葉はなんてことない一言のはずだ。

それなのに俺はその一言に異様に不安感を感じた。

嫌なものを持った誰かが、クランとダンテに目を付けた。

そんな気が。

 

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一夜あけて、俺たちは全員で街に戻る。対魔王の拠点を作り上げるためだ。

魔王に対抗するために、中心となる場所を作る。指示に従い各々各所に散っていった。

 

俺もそうするつもりだったが、俺のマントを小さく掴んだあいつに気付き、クランともダンテとも別れ人のいない場所へと移動する。

 

「…あのさ」

 

背後からあいつが声をかけた。生返事をしながら言葉の続きを待つ。

なんとなく、言葉の続きは予想できた。

 

「旅に出たいと思う」

 

普段じゃ絶対聞けない声色であいつが言った。驚きはしなかった。多分そうだろうなと思ったから。

いつもみんなを引っ張って、いつも明るく元気なあいつが、今の王国の惨状をみて大人しくしているはずがない。

マントから手を離されたので、俺はゆっくり振り返ってあいつと向き合う。

 

「今のままじゃ手が足りない、協力してくれそうな人を探してくる」

 

ついでにオレも強くなる、とあいつは真面目な顔して言った。魔王を倒せるくらい、国を救えるくらい強くなると。

一呼吸おいてあいつは俺の顔を見る。お願いがあると。

一歩進んで俺の手を取って、視線があうと一瞬泣きそうな顔になってから慌てて俯いて。

 

「だからキミにはここを守っていてほしい。王国を仲間たちを守ってほしい」

 

オレは絶対帰ってくるから、生きて帰ってくるから、とあいつは必死に言葉を紡ぐ。だから、あいつの言葉の裏の意図もわかった。

『オレの帰る場所を守ってほしい』とそう言っていた。

 

迷うことはなかった。ただ一言「わかった」の四文字を口にだす。だってこいつは言い出したら聞かない奴だから。

『王国も仲間も俺が絶対守るから、気にせずいってこい』

俺はぽんとあいつの頭を撫でながらそう言った。

 

 

俺たちふたりはこっそりと用意して、こっそりと街を出る。端からみれば、壊滅状態の王国を見捨てて逃げる姿にしかみえないなと苦笑した。

 

「いってきます」

 

泣きそうな笑顔であいつは旅立った。これからひとり国中をさすらって仲間を探す旅。

いつかと違い、終わる当てなどない旅。心細くないはずがない。

だから俺は頑張って笑顔を作り、あいつを見送る。

 

「いってらっしゃい」

 

あいつの背中が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

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約束を違えるつもりはない。これからは仲間を守れるようにならなければ。クランにでも相談しようか。

ふと気付く。クランにはあいつが旅立ったことを伝えてもいいだろう、あいつを信頼していたようだし。

でも他の人には説明しにくい。俺らみたいな見習いが仲間探しの旅に出ました、なんて笑われるだけだ。それを言い訳に出て行ったと思われるのも心外だし。

 

しかし姿が見えないことに気付く輩も出てくるだろう。どう言い訳しようか。

そんなことを考えていると突然声をかけられた。心底ビビって悲鳴をあげる。

ビクビクしながら声のした方をみると、ダンテが立っていた。驚かせて申し訳ないというように。

 

「…すまん」

 

「いや俺がビビりすぎた」

 

少しバツの悪い顔になる。不意をつかれたからといってあの反応はないと自分でも思う。

ああそうだダンテにも話しておこう。そう思い口を開くと、ダンテは手で制止する。

 

「わかってる」

 

お前らふたりはわかりやすい、とダンテは少し笑って腕を組んだ。そして俺と視線を合わせてこう紡ぐ。

「俺を送っていった」という体にしたらどうか、と。

 

「どうも、海のほうにも魔王がでたらしい」

 

「え?」

 

ほぼ同時期に大陸・海・砂漠・東国で魔王が現れたようだ。

というか、大陸から海へ飛び火し、共鳴して砂漠で目覚め、何者が森を汚したせいで封印が解かれたのだという。

最後のひとつはたまたまかもしれない、が、あまりにもタイミングが良すぎる。

それを聞いて俺はぽかんと呆けた顔になる。世界になにが起こってる?

ダンテも頭を掻きながら、魔王を倒せば何かわかるかもしれないと言う。当面は魔王を倒すと海のあるほうに視線をむけた。

それから目的を達するとダンテは聞き取れないほどの大きさの声で呟くと、ふっと首を振り俺に顔を向けた。

 

「あっちはあっちで魔王以外にもゴチャゴチャしはじめたらしい。天使がどうのこうの、吸血鬼がどうのこうの」

 

「…他のとこよりややこしくないか」

 

どうだろうなとダンテは空を見上げた。砂漠は砂漠でいろいろ面倒臭く、東国は東国でいろいろあるそうだ。

各所で同時に起こりすぎているとダンテは俺を真っ直ぐ見据え、とりあえずこっちはお前らなんとかしろとぶん投げた。

言われなくてもなんとかするが雑すぎる。

 

俺は呆れたように軽くため息をつくが、ダンテは気にしない。言い訳には俺を使えと言ったのち、俺の小鼻を指で弾いた。

相方がいなくなって寂しいだろうが泣くなよと笑ってダンテは俺に背を向ける。泣くか!と返して俺はダンテの背中に言葉を贈る。

 

「気をつけろ」

 

と。小さくなっていくダンテの背中に得体の知れない何かを感じて。

 

 

あいつともダンテと別れてから、俺はクランを捕まえて一部始終を説明した。

少しショックを受けたようだが、「仲間を守るためにはどうしたらいいか」を問うと少し戸惑いつつ教えてくれる。

 

「かばえるようになればいいだろうけど…」

 

「けど?」

 

少し言いにくそうにクランは俺から目線を外す。仲間のダメージを肩代わりするから、体力がないと難しいよ、と。

俺はぐっと言葉に詰まる。体力があるかと問われれば少し迷う。種族のなかではあるほうだと思うが。

まあボクもアーサーに負けてるんだけどね、とクランは頬を掻く。アーサーと比べちゃいけないと思うんだ。彼は能力値優秀すぎる。

 

「訓練しだいでなんとかなると思うよ、いっしょに頑張ろ」

 

「ん」

 

魔王への対抗が優先されるから、以前のように頻繁に訓練は出来ないだろう。けれど仲間を守るための足がかりを手に入れた。

 

あいつは強くなると言った、じゃあ俺も強くなろう。

王国を、仲間を守れるくらい強く。

 

俺は仲間を守るのに精一杯だろう。だから全力をつくして守るものを護る。

王国を、仲間を、友だちを。

俺はクランをじっとみる。不思議そうな顔をしながらも微笑むクランを見て、さらに決意を強くさせた。

 

 

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魔王が王国を襲った日から戦いの日々が始まった。訓練も重ね少しずつ少しずつ強くなる。

ある日俺は功績が認められ、白騎士となった。俺だけじゃなく、アーサーも正騎士に、クランも重装騎士に、ダンテも魔剣士に。

 

ふと気付けば背も伸びていた。小さな頃は広く大きいと感じた世界も、なんとなく見え方が変わった気がする。

同時に、みえなくなったものもあるのかもしれないと度々感じる。

 

初心忘れるべからずとは思うが毎日何かしらあるため、それに追われ蔑ろになっているかもな、と俺は軽く息を吐き出した。

協力してくれる仲間が増えたのだ。

今も他の場所を拠点としている仲間が城を訪れている。

 

「なあクフリン、ドラゴン見に行きたい」

 

「君、魔王とか無視か」

 

レオンが机に寄りかかりながらねだるのを、俺は呆れ顔で返す。書類の整理を手伝ってくれているダルタンは微笑ましそうに笑った。

正義のために戦うとやってきたダルタンに比べ、魔王の魔の字も出さないレオンに苦笑する。

元々おれは伝説の竜騎士を目指して強くなりたいだけだし、とレオンは頬を膨らませた。

強くなりたいから魔王を倒すというのは問題ないのだが、表向きだけでも正義といってくれないだろうか。

 

「大中小タマゴと各種取り揃え、ふらっと外に出れば確実にドラゴンに会えるこの大陸は天国か」

 

「落ち着け」

 

相棒と同じレッドドラゴンもいるし、おれここんちの子になりたいと冗談半分で言うレオンを軽く叩いて俺はダルタンに声をかけた。

 

「割と君に癒される」

 

「それはどうも」

 

癖のある奴が多すぎるとため息をつく俺をみて、ダルタンはくすりと笑う。あっちにいると紫色の幻獣に追われるので逃げてるだけ、と頬を掻いた。

どんな幻獣なんだ?と問えばダルタンは笑顔のまま石化した。

 

困っているなら倒しに行くかと俺は提案する。こちらに協力してくれる代わりにこちらも戦力を回す。持ちつ持たれつの関係だ。

ダルタンは一瞬顔を輝かせ、すぐに固まり、じわじわと曇らせる。しばらく悩み抜いた末、目を泳がせながら「こころの、じゅんびが、できてから」と声を絞り出した。

どんな幻獣なんだ。

 

歪んだ愛なんていらないとぶつぶつ呟くダルタンを見て、地雷踏んだのだろうかと心配になりながらも俺は書類をめくる。

ダルタンとレオンがこちらにいるということは、砂漠や東国も今のところ落ち着いているのだろう。良かった、と俺は安堵の息を吐いた。

あの時から戦いが続く日々は変わらない。けれど仲間たちと協力すれば抗うことは出来るのだと実感した。

俺の行動指針は変わらない。全力で王国を、仲間を護るだけだ。

 

そういえば、ここに来た人たちは大抵俺の顔を見て一瞬ピタッと止まる。似た顔を見たことあるんだろうなと少し嬉しく思う。

便りはないがあいつも元気でやっているのだろう。

 

ドラゴンー、と足をパタパタさせるレオンの頭を再度ひっぱたくとクランが部屋に入ってきた。

タンタ、と言いかけて慌ててクフリンと俺の名前を言い直す。恥ずかしそうに微笑みながら頭を掻いた。

 

「なんかまだ慣れないや」

 

俺が小さかった頃、タンタだったときに出会った人たちは「クフリン」という名になかなか馴染まないらしい。

名前変わるほうが珍しいからなあ。

 

そのうち慣れるだろとクランに笑いかけ、俺は何か用かと問いかける。公務半分私用半分、とクランは珍しく厳しい顔で書類を差し出した。

 

「海から連絡が途切れた」

 

最近海からの定時連絡がパタリと止み、様子がわからなくなっているとクランは言う。定時連絡サボる人じゃないし、と頭を掻いた。

 

「…個人的にもダンテと全く連絡とれないんだ。きみのほうはどうだい?」

 

「今やってみる」

 

最近俺も忙しくてダンテに連絡はとっていなかった。王国近くに魔王と女魔王のふたり出現なんて酷くないか。手一杯だ。

ふうとため息をつきつつ、ダンテに通信を試みる、が、コール音すら鳴らなかった。

 

「あれ?」

 

「コール音すら鳴らないだろ?」

 

自分もそうだった、とクランは困った顔を向ける。定時連絡の確認をしようとしたときも同じようになったらしく、完全に遮断された状態になっているようだ。

絶海の孤島状態。

 

機器の調子が悪いというわけではないらしい。多分海で何かが起こったのだろう。

とりあえず調査しよう、と俺は椅子から立ち上がる。

 

と、部屋の扉が勢いよく開いて息を切らした人影が転がり込んできた。

 

部屋にいた全員が驚いて、転がり込んできた人影を凝視する。

姿を確認すれば、泥だらけでボロボロのロビンだった。

ロビンは倒れ込んだ身体を慌てて起こして、俺の姿を探し口を開く。

 

「ダンテが絶望した!」

 

…ああうん多分ダンテが原因で何かあったんだろうけど、よくわからないからもうちょい詳しく。

 

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詳しくはわからない、とロビンは言う。

いつもより風がおかしかったから調べに回っただけだ、と。

変な風を辿っていったらおかしな場所に出たのだと。

不思議と奥には進めず、なんとか目を凝らしてみたら門のような場所にダンテがいたのだと。

胸に赤い目玉みたいな宝石をつけて、普段よりも暗い気配をまとわりつけたダンテだった、と。

 

「…どうやっても近付けないんです」

 

顔を伏せつつロビンは呟く。まるで拒絶されているようだったと己の手を見ていた。

ライバルだったというクフリンならなんとかなるかもしれないと、SOSをとろうとしたが通信が動かず、仕方なく自力で走ってきたとロビンは語った。

 

「大変だったみたいだな。怪我もしてるのか?」

 

「…。これはそこで転びました」

 

階段多いですよねここと、真っ直ぐ俺を見据えてロビンは言い放つ。心配したのになんだそりゃ。

思わず呆れたように息を吐く俺にロビンは目を伏せて言う。僕じゃ駄目なんです、と。

 

「小さい頃は一緒にチーム組んだこともありましたが、お互い大きくなったら全く組まなくなりました」

 

自分ではダンテに近付くことすら出来ないんだから、と目を逸らしながら呟いて言葉を続ける。

僕じゃ届かないのだと何回も。思わずロビンに手を伸ばすが、その手はすっと避けられた。

顔を上げずにロビンは言う。

 

「もしかしたら自分から望んでああなったのかもしれない。でも、だったらなんであんな暗い顔してんですか。なんであんな嫌な風まとってんですか」

 

重い風だったねっとりとした風だった、あんな嫌な風感じたことがない。そうロビンは首を振る。

ダンテの様子がおかしいと。たすけてやってくれと。

 

 

「わかった。行ってくる」

 

ロビンの頭をポンと撫でて俺はクランに顔を向けた。ダンテと顔見知りだしクランも、と口を開いたが乱入者に遮られる。

 

「おい、守りの要を連れてくなよ」

 

部屋の入り口で金ぴか騎士が呆れ声を出していた。行くのは構わんが、こっちの守りも考えてくれと苦笑される。

 

「アーサー…」

 

「流石に魔王ふたりだと守りが不安だ」

 

行くなとは言わないさ、とアーサーは笑う。お前が行くならクランを残して欲しいと少しばかり申しわけなさそうに訴えた。

俺は少し困ったようにクランに目をやる。

 

「うん、留守番してるよ」

 

「…そうか」

 

クランの返答を聞いて俺は頭を掻く。そんな俺の肩をレオンがトンと叩いた。

俺が振り向くと、レオンはおれらがついてくよとへらりと笑う。ダルタンも承諾の意味で片手を軽くあげていた。

 

「面識ないわけじゃないし、気になるから」

 

「ロビンが近付けなかったなら、おれらが近寄れるかはわからないけどさ」

 

そう言ってレオンはロビンをちらりと見やり、心配そうな視線を送る。一度目を瞑ると、レオンは俺の方に顔を向け、行くなら早い方がいいと手を引き出発を促した。

 

「よろしく!」

 

そんな言葉をクランたちに放ち、レオンは外に向かう。後ろを確認すれば、ダルタンもトンと俺の背中を押していた。

 

急かすように促され少し困惑しながらも、俺は部屋から出て歩みを進める。

ダルタンとレオンと共に、ダンテのいる海へ。

 

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準備もそこそこに出発した。少しばかり不安が残る。やはりちゃんと準備し直した方がいいんじゃないだろうか。

なんせ海もダンテもどんな状態かわからない。

ちゃんと守れるかわからない。

そうふたりに話すと、レオンは俺に顔を向けずに「急いだほうがいいだろ」と答え、逆に問いかけてきた。

 

「城のなかで転んで泥まみれになるか?」

 

よっぽど急いできたか、なんかあったんだろ、とレオンは歩く速度を緩めず語る。多分後者だろ、雨が降って道がぬかるんでるわけでもないしな、と。

言われてようやく気付く。ロビンが泥だらけでボロボロだったことを。

 

「ダンテに会って怪我しました、なんて言ったら『友人にいきなり斬りかかるなんて』と危険人物扱いされるかもしれないし。討伐部隊組まれるかもしれないだろ」

 

「…危険なら」

 

そうなるのは仕方ないことだと俺が口を開こうとすると、レオンは勢いよく反転し俺の頭を思い切りひっぱたいた。

 

「ロビンはダンテを『討伐してくれ』と言ったか!?違うだろ!」

 

レオンの語気が荒くなる。叩かれた頭を抑えつつ、俺は俯いて足を止めた。

危険なら倒さないといけない、王国や仲間に危害をくわえるならそれは「敵」だ。

 

「こら」

 

コンと頭を小突かれた。目をやればダルタンが悲しそうな顔で俺を見ている。

ロビンが言っていたのは「たすけてやってくれ」だとダルタンは柔らかく繰り返す。様子がおかしい、だと。

 

「敵だとは限らない。話をしてからでも遅くはないよ」

 

「…」

 

「それに僕たちを見くびってもらっちゃ困る。がっちり守られなくとも戦える」

 

なんだかんだで僕たちも修羅場くぐってきてるよ?とダルタンは笑った。

レオンもまだ怒ったような表情をしているが、その通りだと頷く。守られるほどヤワな体してないと腰に手を当て吐き捨てた。

 

ダルタンは俺の頭をコンと叩き、君が取り乱すのは珍しいねと苦笑する。昔馴染みの様子がおかしいと言われたんだし気持ちはわかるけど、と俺の頭を軽く撫でた。

フォローならするから僕たちを信頼してくれとにこりと笑う。

 

「遅くなると手遅れになるかもしれない、急ごうか」

 

ダルタンは前を指差した。指の先には魔海と呼ばれる広い海。

ロビンから聞いたダンテのいる場所へは、もう少し。

 

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ロビンに教えられたダンテのいるところ、そこを目指して俺たちは進んでいく。その場所に近付けば近付くほど空気が重くなるのがわかった。

 

「!」

 

先頭を歩いていたレオンが突然ぴたりと止まる。手を前に出し、確かめるようにぺたぺたと動かした。

進めない、とレオンは悔しそうに呟く。ダルタンも確認するように触れ、奥の方にそびえ立つ門らしきものに視線を投げた。

ふたりは俺に顔を向け、先頭で進むように促す。自分の鼓動が早まるのを感じながら、編成を変え俺たちは足を踏み出した。

魔界にでも続いていそうな、暗く重い場所へと。

 

 

俺が先頭になったら、まるでそんなもの元々なかったかのようになんの抵抗もなく前進できた。しかし驚いている暇はない。

俺たちの眼前にそびえ立つ大きな門。その前に立ち、こちらをじっと眺めているダンテの姿に気付いたからだ。

ダンテは言葉を発さずただじっと俺を見ていた。

 

会ったらなんて言おうか、説得出来るだろうかといろいろ考えていた。

でも多分無駄だ

あの顔は全てを拒絶している。

 

声を掛けようとしたダルタンを手で制し、俺はダンテを睨み付ける。

何故だかはわからないが、今のダンテが纏う空気も気配も何もかもが気にくわない。

あの表情が気にくわない。

 

ダンテがようやく口を開いた。絶望は絶望でしかないと。

その言葉を聞いて気にくわなかった理由がわかった。俺のなかでぷつんと何かが弾ける。

絶望だ?

ふざけんな

 

 

「この世には絶望しかない事を教えてやる!」

 

そう叫んでダンテは、俺に向かって斬りかかってくた。

動かない俺をかばうように慌ててふたりが動く。ガッと武器同士がぶつかり合う音が目の前で響いた。

眼前で繰り広げられた攻防を、俺はどこか遠くからみていた。俺の視界にあるのは真っ赤なダンテの姿のみ。

 

 

絶望だ?そんなもんあの日味わったわ

 

あの日どれだけ被害が出たと思ってんだ

あの日絶望を味わったから、またそれを繰り返さないようにあの日からずっと動いてきた

いつかきっと平和になると信じて、希望を捨てずにやってきた

 

絶望しかないだ?お前俺のやってること否定すんのか

 

 

ギリッと俺は奥歯を噛み締めた。自然とダンテに向けた視線は鋭くなっていく。

王国のために。そのことを自慢する気も得意になる気も全くない。王国守護の第一人者や代表みたいな顔をする気もない。

でも、自分がやっていることを否定するような言動に態度に、心の底から腹が立った。

 

 

魔王を倒すと言っていたお前はどこ行った

父親を倒すと言っていたお前はどこ行った

 

俺と競い合って切磋琢磨したお前はどこ行った

 

 

俺はカランと武器を落とす。

その音に気付いたダルタンとレオンが驚いたようにこちらを見る。身体はダンテに向けたまま、目だけ動かし声を出そうと口を開く。

悪い、今なにも聞こえない。

真っ赤な鎧着たあの馬鹿しか見えない聞こえない。

じっと見据えていると、あの馬鹿は初撃を防がれたためか、間合いを取って仕切り直すつもりらしい。

 

ああ距離をとるのか、面倒臭い

 

イライラしながら俺はすっと足を前に出し、ふたりの間をすり抜けた。

トンと飛び込みダンテと一気に距離を詰める。

そのまま俺はダンテに顔を近付け、顔を一瞬眺めたあと無表情に身体を動かした。

 

唯一露出しているダンテの顔。

そこ目掛けて己の拳を全力で叩き込んだ。

 

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不意を付かれたのか油断していたのか、ダンテは見事に吹っ飛び背後にあった門に叩きつけられる。

俺はダンテから目を逸らさずに、背後で呆気にとられているふたりに声を投げた。

 

「武器とってくれ」

 

殺しはしない。

理由があろうが知ったこっちゃない。

とりあえずムカつくから気絶するか泣くまでぶん殴りたい。

 

話はそれからだ

 

恐る恐るといった感じで俺に武器と盾を差し出すふたりに顔を向けず礼を言い剣を構えた。

戸惑っていたふたりもダンテが立ち上がりこちらに武器を向けたのに気付き戦闘体勢をとる。

 

 

さあダンテ遊ぼうか

昔みたいな手合わせじゃなくて

本気で

 

 

主人のピンチを嗅ぎ付けたのかヌエがひょっこり顔を出す。ああ構わない望むところだ。こちらは三人だしな。

 

ヒトの声と獣の声、武器と鎧がぶつかる音があたりに響く。

ヌエを撃破するとダンテが怒ったのか、ふっと熱い空気が流れた。次の瞬間ダンテが凛とした声を響かせる。

 

「絶望を味わえ!業火剣の舞!」

 

ダンテが動き出す前に、俺は一歩前に出て盾を前に構える。クランと共に学んで鍛えた仲間を守るための技。

 

「これを使う」

 

キンと音を響かせて俺は仲間をかばった。ガガガガガッと全ての剣撃が俺を襲う。

やべこれ火属性のってんな、死ぬかも。

属性相性に舌打ちしながら、歯を食いしばりただ耐える。

全ての攻撃を受けきったのち、俺は膝から崩れ落ちた。

ダルタンとレオンが慌てて駆け寄ってくる。息をするのもしんどいが、何とか耐えたああ死ぬかと思った。

 

「大丈夫か?」

 

「…死ぬときは空の青さを語るからそれで判断してくれ」

 

「余裕じゃねーか」

 

呆れたように笑うレオンに肩を借り、俺はダルタンに視線を送る。

今度はこちらの番だ、と笑って。

こくりと頷きダルタンはすっと武器を構えなおした。「いくよ!」と声を響かせ俺とレオンに視線を送る。

 

俺ももう限界だ、そろそろ遊びは終わりにしようじゃないか。

君も限界に近いだろう?

なあダンテ。

 

ピィっとダルタンが口笛を吹く。軽く明るい澄んだ音。終わりを知らせる最後の合図。

剣先をダンテに向けてダルタンは「とどめだ!」と声を張り上げた。

それを聞き俺はダンテに狙いを定め、真っ直ぐ剣を振り下ろす。次いでレオンも一撃入れて、最後にダルタンが飛びかかった。

 

「みんなは、ひとりのために!」

 

ダルタンの一撃をくらい、ダンテはふらっとその場に崩れ落ちた。

「この世に希望などないのだ」と小さく呟きながら。

 

まだ言うか。

 

 

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終わったと大きく息を吐き出し、俺は倒れているダンテに近付く。そっと確認して、…うんよかった死んでない。

少し安堵し俺はふたりに問いかける。でかい袋とかもってないか?と。

 

「…袋?」

 

「詰めようと思って」

 

ダンテを指差しながら俺は答える。気絶治ってまた暴れ始めたら面倒臭い。から、こう、首だけ出して袋詰めを。

そこまでしなくても、と呆れかえるふたりに小首を傾げ返し、ふたりが言うならとダンテには軽い拘束を仕立てた。

 

武器を取り上げ拘束したダンテの頬をペチペチ叩く。数回叩くとぴくりと反応し目を覚ました。

ぼんやりしたまま軽く唸るダンテに質問を浴びせかける、が、返ってくる言葉は「絶望した」だの「希望などない」といったものばかり。

会話しろよ、と「絶望」と言う単語が発せられた瞬間頬を叩く。

…なんかダンテが喋るたびに叩いてるけど、大丈夫かこれ。絶望って単語使わないと会話できないのか。

 

「っ!そろそろやめ…」

 

ぺしっ

 

その一発をいれたらダンテがまた気絶した。なんか今普通に会話出来そうだったなとレオンが頭を掻きつつ口に出す。

悪い、正直惰性で叩いてた。

 

目覚めさせるために水でもぶっかけようかと提案すると、「それは拷問に近い」とダルタンに必死で止められた。

拷問ダメぜったい、とふるふる首を振られる。受けたことがあるんだろうか。

 

「全ての状態異常を付加させられ、体力が減る代わりに体力が回復する拷問なら」

 

「なんだそれ」

 

思わずキョトンと聞き返した。目を逸らしながら深く聞かないでとダルタンは言葉を濁す。

まあいいかと俺たちはダンテが自然に目覚めるまで待つことになった。

 

目覚めるまで暇なので、地面に九マスの枠を描き○と×で陣取りゲーム。なかなか目を覚まさないなと地面に○×が増えていく。

すると早々に飽きたレオンがふらっとダンテに近付きじっと眺め始めた。

 

「こうさ、無防備に寝てるとラクガキしたくなるな」

 

そう言ってペンのキャップをきゅぽんと外す。なんで持ってんだそんなもん。

レオンはそろそろと近付き身を乗り出して、ペンをダンテの顔に向ける。後ろ姿しか見えないがすこぶる楽しそうだ。

 

すると嫌な気配を感じ取ったのか、ダンテが急に目を覚まし上半身を勢いよく持ち上げた。凄い音をたてて、身を乗り出していたレオンと衝突する。

ぶつかった頭を抑えながら、涙声でレオンは叫んだ。

 

「なにすんだ!」

 

「こっちの台詞だ!」

 

慌てて俺とダルタンは涙目でジタバタするレオンを抑える。ダンテは拘束をされているせいか暴れたりはしないが、ふるふると涙目なのが見て取れる。

そんなダンテを見て俺はレオンをダルタンに任せ、ダンテの拘束をときにいく。

 

「大丈夫か?」

 

「お前らのせいで全身が痛い」

 

主に頬がと訴えて、殴らせろと睨みつけてくる。睨んではいるがさっきまでの雰囲気とは違い、じゃれあいのような暖かさが宿っていた。

俺は笑いながら拘束をときおえダンテの頭を軽く叩く。俺の叩いた箇所を手で抑え、ダンテは照れくさそうに俯いた。

そして少し悩んだあと顔を上げ、俺のほうに首を向ける。しばらくの間があったのち、腕を振り上げてゴッと俺の頭を叩いた。

 

「…とりあえず一発殴らせろ」

 

「殴ってから言うなよ…」

 

俺は自分の頭を抑えながら呟き自然と笑みを浮かべた。目を向ければダンテも口元が笑っている。

お互い顔を合わせ、また笑いあった。

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ふと目をやればレオンが半泣きで正座しており、そんなレオンに向けてダルタンがコンコンと説教していた。

見てない間に何があったのか気になる。

 

「…そうだ、ヌエは」

 

「大丈夫だ、あっちに…」

 

あたりを見渡しながらダンテが問う。俺は手当てし寝かせておいたヌエが居る場所を指差した。

ダンテが少しふらつきながらヌエに駆け寄り、そっと手を伸ばした。

静かに眠っていたヌエはパチリと目を覚まし、正面の顔と尻尾の蛇が探るように首を傾げる。しばらくダンテを眺めた後、ヌエは嬉しそうに目を瞑りダンテにすり寄った。

珍しく甘えてくるヌエに戸惑いながらも、お返しとばかりにダンテはヌエを撫でる。

シーサーだったときからずっといっしょのダンテの相棒。ほっとしたようにダンテはヌエに軽く頬を寄せた。

ダンテとヌエが戯れているのを微笑ましく見守っていると、ダルタンが俺の肩をぽんと叩く。

 

「そっちはもう大丈夫?」

 

微笑みながらダルタンが言う。ふとダルタンの後ろを見ればレオンがしょんぼりしていた。

何があった。

 

もうしないからと呟くレオンが気になるが、そろそろ帰ろうかと俺は笑いながら皆に声をかける。

ダンテにも来てもらいたいがどうかな。

そう問えば、しばらく悩んでダンテはヌエに話しかける。こくりとヌエが頷いたのを確認すると、ダンテはこちらに近付いてきた。

 

「ここヌエに任せるから大丈夫だ」

 

「いいのか門番」

 

鍵は俺持ってるしとダンテは鍵をくるくる回す。サリエルあたりに狙われそうだがまあいいか。

ずっといなくなるわけじゃないだろ?とダンテは首を傾げ笑った。話を聞きたいだけだ、ずっと拘束する気はない。

それを聞いてダンテは足元にすり寄るヌエを撫でた。お互い「いってきます」「いってらっしゃい」と挨拶しているようで思わず微笑んだ。

 

放っておくとずっともふもふしていそうなので、俺はダンテに「いくぞ」と伝える。もうすでに入り口近くまで移動していたダルタンとレオンに遅れないように、俺も歩みを進めた。

ダンテも慌ててヌエを一撫でし、

 

置いて行かれないようにと、俺のマントを掴んだ。

 

思わず足が止まる。

振り向くと、ダンテはいきなり歩みを止めた俺を不可解そうに見つめていた。

違う、と感じて俺も不可解そうな顔となる。この違和感はなんだろうと考え、すぐ思い当たった。

 

「ダンテ」

 

「?」

 

「あー…。悪い、そこはあいつの場所だ」

 

小さいときに仲間を探す王国を救うと旅立った、俺と同じ名前で俺と同じ顔してたあいつの。

へこんだときや何かあったときあいつはいつも俺のマントを掴んでいた。

あの日も、旅立つと決めた日も掴まれた。

あいつのことを思い出したのか、ダンテは慌ててマントから手を離す。

 

「…だから、君はこっち」

 

そう言いながら俺はダンテに手を差し伸べた。俺の背中はあいつのだから、ダンテは肩を並べられる隣に。

少しばかり戸惑っていたが、ダンテはそっと手を伸ばし俺の手を握り返す。

手のひらに伝わる感触に、俺は笑みを返し前を指差した。

 

さあ行こうか。

陽の当たる場所へと。

 

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薄暗い場所にいたせいか、日の光を正面から浴びると目が眩む。

ここに来たときはどんよりと曇っていたが、今はカラッと晴れ渡り気持ちの良い太陽が顔を覗かせていた。

レオンもダルタンもぐっと伸びをして表情を緩ませる。

 

「ああそうだ」

 

ふと思い立ち俺は通信機を動かした。先ほどまでうんともすんとも言わなかった通信機が、普段通りコール音を響かせ始める。

数回コールを鳴らし、ようやく通信先へと繋がった。「…クフリン?」とクランの声が耳に届き、俺は安堵を含んだ声色で通信機に向かって声を出す。

 

「通信も繋がるようになったな」

 

『ということは解決したんだね。お疲れ様』

 

クランの労るような声にほっとしつつ、ダンテを城に連れて行くことを伝えた。「ダンテを?わかった」とクランが答えると同時にクランの背後からパリンと何かが割れた音が小さく響く。

 

「? 今なんか…」

 

『あ…。 あ、…いや、なんでもない。大丈夫』

 

クランは困ったような慌てたような声を出したかと思うと、次の瞬間には少し驚いたような声になった。向こうで何が起こってるんだ。

再度「多分大丈夫だと思う」と少し心配そうな声が流れ、「やっぱ早めに帰ってきて」と意見が変わる。俺が返事をするまえに、クランは慌てて通信を切った。

 

切られた通信機を眺めながら俺は首を傾げる。よくわからないがとりあえず帰ろうか。

通信が復旧したこと、クランのことだから救急箱とごちそうでも用意してるだろうということを皆に伝え、俺たちは城へと向かった。

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支障なく城へと到着。すぐにアーサーが出迎えて「おかえり」と手をヒラヒラさせた。

魔王問題は特に問題なしと報告し、俺たちを先導して部屋に導く。…あれ?俺の部屋じゃないのか?

 

「ははははは」

 

笑いながら天井を仰ぎ見て、アーサーは足を早めて先に進む。アーサーやクランの部屋でもないし、食堂や会議室でもなさそうだ。

混乱しながらどんどん城の奥へと向かい、

…うん行き先はわかった。が、なんでだ。

不可解な表情を作る俺をちらりと見て、アーサーは扉に手をかけ部屋のなかへと導いた。

 

 

「逃げるというのは騎士道に反する」

 

「いえ、あの、僕騎士じゃない…」

 

豪華な部屋に入るとまず目についたふたり。困惑したようなロビンと、金色の前髪をカールさせて説教かます近衛隊長。

珍しい組み合わせに、ついぽかんと口を開ける。

 

途切れなく説教を続けていたバルトは、俺たちが入ってきたことに気付き顔を向けた。

バルトが顔を動かしたからかロビンも気付いてこちらに顔を向け、一瞬表情と体を強張らせる。

 

「…?」

 

「ふむ、この度はご苦労。食事を用意させたから休むといい」

 

そう言ってバルトは目の前の机に並べられた食事を手で示し、席に着けと促した。

どうでもいいが、「用意させた」だからバルトは何もしていないだろうに、何故偉そうなんだ。

言うだけいうとバルトはくるりとロビンに向き直り、ガッと頬を掴んで無理矢理自分のほうに顔を向かせた。

 

「なにに怯えた?」

 

「…」

 

掴まれたものの目を逸らすロビンを真っ直ぐ見据えるバルト。ふたりの間に緊張した空気が流れる。

動くのを忘れ、ふたりを見守る俺たちにクランとアーサーがこっそりと囁いた。

 

「ダンテが来ると聞いたロビンが動揺してカップ割ってね。それを聞きつけたバルトが部屋に来たんだ」

 

「逃げるように『解決したなら帰ります』と言ったロビンをとっつかまえて自分の部屋に拉致、今に至る」

 

何やってんだ。

バルトの行動もわからんがロビンの反応もわからん。俺は呆れながら頭を掻く。

さっきまではバルトが説教してロビンが聞き流してたんだが、とアーサーはふたりに目をやった。空気が変わった、と声を鋭くさせる。

 

「怪我させられたから怖いか?」

 

「違う、…」

 

目を伏せロビンは小さく言葉を紡ぐ。

 

「ふむ、綺麗事を並べているが卑屈だな。無理に理由付けしてダンテを避けようとするのは何故だ?」

 

「…」

 

友人だろうと問うバルトに、ロビンはビクリと動揺し言葉を返さない。

「友人」という単語でロビンの目に不安が宿ったのに気付いた。

ほとんど顔を合わせない、強さも追いつけない相手、今回も近付くことすら出来ず相手にされなかった。

ロビンのおかしな反応。今回のことで不安と疑問が爆発しているのだろう。「自分とダンテは友人だろうか」「近付いていいのだろうか」と。

 

 

「…僕自身の問題です、あなたに関係ない」

 

「自分のことだから自分で決めたというのは立派だがな」

 

むにんとロビンの頬を揉んでバルトは言う。

 

「今回は貴様だけの問題ではないだろう?相手がいる。勝手に距離を決めるのはいささか身勝手ではないか?」

 

だってと言葉を紡いだロビンを遮るように、バルトは頬を揉む手を強くさせる。デモダッテ、は使うなとむにむに頬を引っ張った。

その言葉をつかう馬鹿は自己顕示・自己保身の強い、己のことしか考えてない身勝手な奴ばかりだったと、ロビンを睨み付けながら言い放つ。

言葉に詰まり口を閉ざしたロビンを見て、バルトはよく通る凛々しい声でダンテに怒鳴った。

 

「そこの赤いの。貴様も貴様だ、絶望に沈む暇があったのだろう?」

 

余裕じゃないか、とバルトは笑い、喚いていれば誰かしらが何かしてくれるとでも思ったか?甘えるなと畳み込む。

矛先を向けられてダンテはびくっと身体を反応させた。図体はダンテのほうがでかいにも関わらず、完全に気迫で負けている。

 

そろそろバルトを止めようと俺が口を開く前に、部屋にパンッと音が響いた。

顔を掴んでいた手を振りほどき、立ち上がったロビンがバルトの頬を張り飛ばす。

 

「…なにも知らないくせに」

 

ロビンが珍しく荒い声を響かせた。静かに厳しくバルトを睨む。

はあと息を吐き、バルトはぐいとロビンの頭を掴んで無理矢理自分と視線を合わせた。

 

「ダンテが心配だから助けを求め、ダンテが罵倒されればそれに怒る。友人としてはそれで十分だろうが」

 

まったく、とため息をついてバルトは笑う。悩む必要も変に意識する必要もないだろうと、手を離しながら柔らかく微笑んだ。

そう諭されロビンは目を見開く。ちらりと不安そうにダンテに視線をなげてから、バルトにも問うような目を向けた。

ベタベタするだけが友人関係ではない、とバルトは笑いながらロビンの小鼻をピンと弾く。

 

「距離感というのは大事だが、わざわざ避ける必要はないだろう?」

 

そう言って笑い、バルトは先ほど叩かれた頬を撫でた。その仕草を見てロビンは我に返り、あわあわと謝罪する。

そんなロビンを手で制し、バルトはこちらに目を向けた。

 

「…時に何故貴様らは席につかないんだ?」

 

スープが冷めるぞ、と小首を傾げてこちらに問いかける。

今のを見ながら飯食えるほどの鋼の精神はまだ持ち合わせていない。

 

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バルトは手を顎の下で組ながらとっとと座れと目で脅し、身じろぎひとつしない。俺たちは慌てて席についた。

クランとアーサーにも座るように促し、全員が席についてようやくバルトは表情を崩す。好きなだけ食べろと偉そうに笑った。

 

たまにカチャカチャと食器のぶつかる音が響く。バルトは少し気になるようだがそこまで厳しくマナーを強制していない。

俺も気にせず肉を食いながらダンテに顔を向けて話しかける。

 

「で、だ。…ダンテ、経緯話せないか?」

 

話せる範囲でいいから、と付け足しダンテの言葉を待つ。どこから話したらいいかと少し思案し、ダンテはポツポツ話しはじめた。

迷いながら、悩みながら強さを求めて魔の力を利用したのだと。

 

「あの日、魔王に会ったとき言われた言葉が頭に残ってた。『強くなりたければ魔の力を利用しろ』と」

 

その時は魔界の力なんていらないと思ったんだが、と言葉を濁す。どうにも成長の限界が来て手を出したとダンテは語った。

後悔もなく振り返りもする気はなかったが、ウリエルもロビンもなんか避け始めるし、サリエルは囁いてくれないどころか俺ごと焼き尽くそうとするし、少しやさぐれながら強さを求め続けたら悪とか言われるし、と若干声を滲ませる。

自分が話題に上がったせいかロビンがびくっと反応した。「付き合う相手ガラッと変わって、なんか黙々とやりはじめたから邪魔しちゃいけないと思って」と小さく言い訳する。

ロビンの真横に座るバルトがぺしんと頭を叩き「貴様らは会話が足らなすぎる」と叱った。

 

「…。ひとりで黙々とやってたら世界の矛盾に気付いたんだ」

 

そして世界に絶望し、魔力を得てこうなったとダンテは話を締める。話し終えると、確かに黙々とやってたがと机にのの字を書き始めた。

後悔してるじゃないか。

 

それが魔界との契約になるのか?とレオンがダンテの胸に付いた石を食器で指す。ダンテは所持している鍵で胸に付けた石を小突いて、多分、と返した。

 

「おれの場合は呪われた防具だな」

 

「僕は呪われた武器だ」

 

レオンとダルタンが顔を見合わせる。呪いアイテム多いなあと俺は頭を掻いた。それで実際攻撃力は上がるからムカつく。人格変わるが。

 

「というかダンテそれ付いてて大丈夫なのか」

 

「…大丈夫なんじゃないか?」

 

物凄くふわっとした回答が返ってきた。呆れているとダルタンが苦笑しながら「乗っ取り返した」って感じがするから大丈夫なんじゃないか、と見解を述べる。

まあまたあの絶望モードになったらぶん殴りに行くから覚悟しとけ。

 

 

あらかた食事が終わり、デザートに果物でもと盛り合わせが出てきた。俺は皿に手を伸ばし、各々の好きな果物を取り分ける。

「ロビンはどうする?」と問いかければ、ロビンは隣に座るバルトをちらりと見やり「バナナ?」と呟いた。

 

「貴様今どこを見て言った」

 

バルトはロビンの頬を抓りながら問う。「いひゃい」と呂律の回らない口でロビンは訴えるが、なかなか離してもらえない。

何故わざわざ逆鱗に触れに行くのかと呆れながら、俺は果物を取り分けロビンの前に置いた。

 

「前髪見てたら似てるなーって…」

 

抓られた頬を撫でながら目を逸らしつつ、ロビンは前に置かれたバナナに手を伸ばす。ああうん似てるよな、とレオンもバルトに聞こえないように呟いた。

バルトは無言で立ち上がりロビンの首根っこを掴む。そのまま椅子から引きずりおろし、扉に向かって歩き始めた。

 

「え?」

 

「私が直々に鍛え直してやる有り難く思え」

 

部下が迷えば導いて、阿呆なことすれば指導するのが隊長だ、と言い張りバルトは歩みを緩めない。

部下じゃないというロビンの主張は流され、そのままふたりは扉の外に消えた。

 

いまだ廊下から小さく拒否の声が聞こえるが、何故か微笑ましく思う。

「答えは示さん自分で考えろ。ただ、正しい方へと導くことくらいはやってやる」

常々そう言い『隊長』やってるバルトにはロビンが手の掛かる部下に見えたんだろうなあ。

と、皿を片付けながら俺はそう思った。

 

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クフリン・ダンテ・クラン・タンタ中心。クフリン視点。 捏造耐性ある人向け。タンタとクフリン分離。 4章まで
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