つなげた話 【後編】
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あの後しばらくロビンは城に滞在し、「森に帰りたい…」と日に日にぐったりしていったが特に問題ない。

俺は俺で、時には大陸で時には海で。今日は砂漠で明日は東国。あちらこちらで戦って、世界中を走り回る。

俺だけじゃない。動けるものは皆、世界中を駆け回っていた。

 

魔王の力が弱まってきたのか戦いの回数も減り始め、まわりも皆落ち着いてきた。

まああれだけ戦えばなぁ、と俺は遠い目をして窓から見える青い空を仰ぐ。今日も良い天気だ。

 

俺は新しい鎧に身を包み、ひとつに纏めていた髪をほどいた。派手になったな、と苦笑する。

戦士から白騎士に。そして今日、俺は白騎士から聖騎士へと成長をとげた。

なんか立派になったし、公的な場所では口調も改めようか。普段はいままで通りでもいいかな。堅苦しい。

 

 

「前々から思ってたけど、髪伸びたね」

 

クランが俺の髪を整えつつ笑う。忙しくて切る暇なかっただけだ、これを期に切ってもいいのだが。

それを聞いてクランは「勿体無い」と俺の髪を梳いた。綺麗な金髪だしとくすくす笑い、頭をポンと叩いて手入れが終わったと合図を送る。

 

「まあ正直、風呂場できみやアーサーと会うと驚くけど」

 

髪が長いから後ろ姿だけだと女性かと思う、とクランはまた笑った。

あったな、と俺も笑う。

以前クランが脱衣場に入ったら長髪で金髪の後ろ姿がふたつ。一瞬固まったあとすぐさま扉を閉めて、外に出て男湯かを確認。数回確認したのちに、恐る恐る扉を開けていた。

 

「あの時の君の顔は忘れられない」

 

「酷いな」

 

クランはくすくす笑って俺の頭を小突く。小突かれた箇所を軽く抑えながら俺はゆっくり立ち上がった。

手足を動かして着心地を確かめる。身体にぴったりフィットしている、以前と変わらず動けるだろう。

身長抜かされたのが少し悔しいなとクランは頬を掻いて俺を見上げた。少しだけ、俺のが高い。

 

しばらくくるくると動き回っていると、アーサーが部屋に入ってきた。ダンテが訪ねてきたという。

珍しいなという思いと、成長した姿を見せてやろうという気持ちが競り合い後者が勝る。

了承の意をアーサーに伝え、少しわくわくしながらダンテを待った。

 

ノックの音が響き、ダンテが部屋に入ってくる。俺は少しばかり得意気に、笑顔でダンテを出迎える。

部屋に入ってきたダンテは無表情で特に反応もない。というか無言だ。

どっか変だろうかとクランに視線を向けるがクランも首を傾げる。俺は不安になってダンテに声を掛けた。

 

「えーと、…ダンテ?」

 

「…。…ああ、クフリンか」

 

誰かと思った、とダンテは肩をすくめる。

俺だと認識されてなかった。数分前にドヤ顔した自分を殴りたい。

 

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気を取り直してダンテに何か用かと問いかけると、見せたいものがあると顔を逸らしつつ言われた。自分もどう反応していいのかわからなかったから、と頭を掻く。

疑問符を浮かべながら俺が続きを促すと、ダンテは扉の外に声をかけた。

 

その声に反応して部屋の扉が開く。入ってきたのは微妙な表情のアーサーと、それに連れられニコニコしたアレス。

そしてアレスの頭に乗った王冠被った小さなトリ。

 

王国を壊滅状態まで追い込み、俺たちに散々苦汁を飲ませた魔王ムウスが、ちっさくなっていた。

 

 

俺とクランは口をあんぐりと開けて、アレスの頭の上を凝視する。

見られているのに気付いたチビムウスは、ひょいとアレスの上から降りてこちらにむけて何かを投げつけてきた。

反射的にガードをとるが、腕に当たった感触はぽよんと柔らかい。ぽてぽてと音をたてて床を跳ねたそれは、一番小さいスライム。

床でぷるぷる動くスライムと、ふふんと腕を組むチビムウスを呆気にとられながら交互に眺めていると、アレスがひょいと屈んでチビムウスをトンと叩いた。

 

「いきなり投げつけたらダメだろー?」

 

「おいしい」

 

ああスライムはソーダ味だしなうん多分おいしいな。手土産かなにかのつもりだったのだろうか。

…ごめん一気にいろいろありすぎてよくわからない。

 

 

とりあえず話を聞こうとチビムウスの目線に合わせて屈み込むと、チビムウスはむぅと頬を膨らませてぱたぱたと飛び上がった。

そのままアレスの頭の上に着地。アレスの髪を軽く掴むとふふんとこちらを見下ろした。

若干イラッとしたものの、気を取り直して立ち上がりチビムウスとアレスに戸惑いながら話しかける。

 

「これは何だ」

 

「チビムウス」

 

んなことは見りゃわかる、と俺は頭を抱えた。そうじゃなくて、と言葉を探すが「これは何」としか出てこない。

何というか何事というか何があったというか。

混乱しつつ似たような言葉を繰り返す俺に、アレスは笑いながら語り始める。

タマゴを拾った、と。

 

「タマゴ?」

 

「美味そうだったから持ち帰ったら産まれた」

 

「怪しげなものを拾っちゃいけませんとあれほど」

 

言われてないぜー、とケラケラ笑いながらアレスはチビムウスをぽふぽふ撫でた。

撫でながら、厳密には王国壊滅させた「魔王ムウス」じゃなくてその分身らしいんだけど、と語る。

子供扱いされるのが気にくわないのか、チビムウスはアレスの頭をつついた。

痛ぇとアレスはつつかれた箇所を手で守りながら、少し真面目な顔で「で、本題」と俺を見つめながら言う。

 

「こいつと一瞬に行動してると、変なヤツが出る」

 

「変な奴?」

 

ゴツゴツした鎧に身を包み、ツルハシみたいな妙な武器を持って赤い目をしたデカい男。いやに頻繁に見るんだ、とアレスは言った。

アレスひとりだと全く見かけないからチビムウスの知り合いかと思い問えば、「魔皇」とあっさり答えたと言う。

そして、自分は魔皇軍団の一員かもしれないけれどとても大切な自分の「記憶」を魔皇が持っていることを知った、取り返したいとそっぽを向いたらしい。

統率取れてなくないか魔皇。

 

そもそも魔王を従えようとすること自体が難しい気がする。悪魔は基本的に好き勝手動くから統率取りにくいよなあと俺は首を傾げた。

チビムウスはそんな俺がなんとなく気にくわないのかぽんぽんスライムを投げつけてくる。

記憶は無いらしいのだが、「こいつは敵だ」と体が覚えているのだろう。散々戦ったし。

 

あまり痛くないものの、とてつもなくウザい。

投げつけられたスライムを投げ返そうかいやそれは大人げないと葛藤していた俺に、アレスはいきなり笑いかけこう言った。

 

「というわけで!なんかヤバそうな魔皇はオレらに任せろ!」

 

アレスはドンと己の胸を叩きニコニコ笑う。突然の提案に虚をつかれ、ぽかんとしている俺を尻目に、「一応魔皇は炎軍団従えてるみたいだし、支配しようとしてるんだよな?」とアレスは目を上に向けチビムウスに問いかけた。

こくりと頷くチビムウス。どうよ?と笑顔で首を傾げるアレスに俺は言葉を返せない。

 

大陸を支配していたムウスが弱体化したら、支配しようとしてるっぽい魔皇が出てきてそれの討伐をムウスに任せる、って。

どうなんだろう。

 

悩む俺を見てか、チビムウスはアレスから飛び降りさっきよりも激しくスライムを投げつけてくる。やらせろと主張するように。

というか元魔王だし別に俺に報告や相談なんかせず、好きにするかと思ったが。なんで抗議してんだこいつ。

不思議に思いスライム攻撃を甘んじて受け入れる。慌ててアレスがチビムウスの頬をつついて「ダメだぞー」と注意するとピタリと動きを止めた。

…あれ?

俺は少し思案し確認するようにアレスに問う。

 

「タマゴから産まれたんだよな」

 

「おう」

 

「目の前で割れたのか?」

 

「ばっちり目があった」

 

これ刷り込み成功してるんじゃないだろうか。口では文句や言い訳をしているチビムウスだが、どうもアレスに異様に懐いてるようにも見える。

アレスは不機嫌になるチビムウスを宥めるように撫で、ひょいと頭の上に乗せた。

アレスの上のチビムウスは割とご機嫌そうだ。

 

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いやまさかそんな

 

刷り込みしちゃったからアレスを「保護者」と認識し、基本的にアレスの思考や行動に合わせるようになっている、なんて。まさかそんな。

魔王が。後追いするカルガモみたいな。ことを。

 

有り得ない考えに取り付かれた俺は首を振る。

記憶を欲しがる理由も「再支配したい」とかではなく「チビのままじゃ嫌だから早く大人になりたい」なだけじゃないかということにも目を瞑る。

悶々悩む俺を見て、アレスもチビムウスも首を傾げた。何を悩んでるのかわからないけどとアレスは笑いながらこう言った。

 

「オレが魔皇に集中してれば、そっちはタンタ探しに集中出来るだろ?」

 

思いがけない名前を聞いて、俺は思わず目を見開く。タンタ?と掠れた声が漏れた。

あ、と口を抑えアレスは目を泳がせて、しまったと頭を掻く。

 

「…最近見かけたって聞いたから、たまに探してたんだよ。クランと一緒に」

 

バッと振り向き俺はクランを見つめる。バツの悪そうな顔をしてクランは目を逸らした。

クフリンは忙しいみたいだしって言われて一緒に探したけど、本格的に探したいだろ?と窺うように問うアレス。

反応を返せずにいると、だから魔皇はオレらに任せろ!と駆け出していった。

 

アレスたちが去った部屋には、微妙に気まずい雰囲気が充満する。

俺はクランに話を聞こうと一歩足を動かした、ら、ツルンと滑った。慌ててクランが俺を抱き留める。

足元を見ればスライムが踏まれて痛そうに「きゅう」と鳴いていた。見渡せば部屋の中に大量のスライムがぷるぷるしている。

 

「…とりあえず片付けようか」

 

「…おう」

 

クランの提案に乗ってスライムを片付け始める。食べるのもあれなので野に放とうか。

自然界で大きくおなり。

火とか氷とか吐けるように。…なったらなったでやっかいだが。

 

片付けを手伝うダンテは物珍しそうにスライムを手に乗せ眺める。海にはアビスしかいない、とアビスより濃い青色の少し小さいスライムを揉んだり摘んだり、…

 

「…喰うなよ?」

 

顔近くまでスライムを持ち上げていたダンテが俺の言葉にビクッと反応し、そのまま固まった。

スライムで顔を隠したダンテが小さく「一匹持って帰っていいか?」とささやかにねだる。

いいけどそいつアビス喰うぞ。

 

ダンテはスライムを貰えてご機嫌なのか、少し口元を緩ませながらスライムに赤いリボンを結んでいた。目印のつもりだろうか。

一通りスライムを片付け、城の外に大量のスライムが放たれた。しばらく「きゅ?」と群れていたスライムは、思い出したように各々自由に動き始める。

 

一仕事終えた感を醸し出し、ふうと全員で一息つく。何の話してたっけ。

 

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部屋に戻って茶を入れて、全員でほっとひといき、…じゃない。

あいつが帰ってきてるだって?聞いてないぞ。

俺はクランに問うような目を向ける。俺の言葉と視線に、クランは困ったような表情となった。

 

「噂、だったから。確認してからにしようと思ったんだ」

 

目を逸らしつつクランは言う。だから最近アレスやアリバと出掛けてたのか。

いや一応鍛錬がメインで探索はオマケ、とクランは付け足し、確信がもてるまで喋っていいものか悩んでたんだと頭を掻いた。

「黙っててごめんね」と顔を伏せ、少し落ち込んだ声を出す。謝る必要はないと俺は慌て、手をぱたぱた動かしながら言葉を紡いだ。

 

「その、あれだな。あいつも帰ってきてるなら顔出せばいいのに」

 

探してみても影も形も見当たらないしとクランは少し寂しそうな顔を見せる。

実質丸一年は音沙汰がない。親友となれば気にもなったのだろう。

 

「じゃあちょっと探しに行ってみるか?」

 

リボンを結んだスライムをむにむに触りながらダンテが言う。小さかった頃なんだかんだ集まってたこの面子で探せば手がかりくらいは見付かるかもしれない、と少し笑って。

スライムを横に引っ張りながら「俺は構わないぞ」と小首を傾げた。

…そろそろスライムいじくり回すのやめてやれ。

 

「いいぞ。というか行ってこい」

 

俺たちが迷っていると、今まで黙っていたアーサーがあっさりと言う。驚く俺に、鎧や武器新しくしただろ?と笑いかけ、調子を確かめる意味でも出掛けてもらった方が嬉しいと続けた。

 

「ついでに魔皇の影響も調べてきてもらうと助かるな」

 

アーサーは顎に手を当て追加注文を出す。

魔皇が脅威となりうるならばバルトが前線に出ると言っていたから調べておいてほしいとアーサーは言う。

 

「近衛兵なのだから君主護衛を最優先にしてもらいたいんだがな」

 

それが近衛兵の、近衛隊長の仕事だが、こちとら女王すら前線に出てビンタかましにいく。

近衛隊長が前線に行っても問題ないのは軍として良いのか悪いのか。

 

今のところバルトは城で護衛しつつ兵士育成と人事をしていたが、その活動のおかげでそこそこ兵力も上がり以前と比べれば人も増えた。

次は前線で率いる人材が足らない。バルトが将官にでもなれば、前線に出ることも増えそうだ。

 

「ん、わかった」

 

俺はアーサーにそう答え、ダンテとクランと共に調査に出掛けた。

見付かると、いいな。

 

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探索に出てきたとはいえ、当てもなくふらふらしていても時間の無駄だ。どこを探そうか。

悩む俺をクランが「火山のある方」と指差しながら引っ張る。そのあたりで見たとの噂だそうだ。

ちょっと離れてるな。いろいろ調べながら行ってみようか。

 

 

火山に近付けば近付くほど熱さが増し、頬に汗が伝う。…あまりこの辺には来ないけど、ここ、こんなに暑かったか?

熱に弱い風属性の面々が来たら、居るだけでぶっ倒れそうだ。そのくらい熱い。

 

汗を拭い、水分を補給しつつあたりを見渡す。異様な熱さはマグマが地表にまで隆起しているからだろうか。

やはりおかしい。こんなところにまでマグマが出てくることは、今までなかったはずだ。

 

「…前来た時より、マグマが多くなってる」

 

クランが目をぱちくりさせながらあたりをくるりと見渡した。こんないきなり拡大するものだったっけ?と俺に問う。

俺は首を振り、「これが魔皇の影響かもしれない」と頭を掻いた。

 

「やっかいだね」

 

「やっかいだな」

 

前来た時より火山地帯が拡大し、暑さも増しているとクランは戸惑ったように言う。

もしかしたら大陸全土の気温も若干上がっているのかもしれない。

 

しかし、なんというか

本当に熱い…

 

頭がぼんやりとしはじめる。視界が少しかすみ、暗くなってきた。

俺はふらりとその場に座り込む。クランもその場にへたり込み、しんどそうに盾に寄りかかった。

 

どうしよう

熱い

暑い

あつい

 

  … 。

 

 

座り込んだ状態で若干意識が飛んでいた俺たちにバシャっと水が浴びせられる。目をやれば焦った顔でバケツを持ったダンテの姿がうつった。

ダンテはぼんやり見上げる俺にもう一度水をかけ「大丈夫か?」と問いかける。なんとか頷き返せばダンテはクランにも水をかけ、同じように質問した。

クランも頷いたのを確認すると、少し表情を緩ませる。

 

「…火も強いからな。お前らにはキツいんだろう」

 

そう言ってダンテは動けるかと心配そうに首を傾げた。俺たちはふらりと立ち上がり大丈夫だと片手を上げる。

俺はふらつく身体を操って、ダンテに捕まりなんとか言葉を絞り出した。

 

「ダンテは、…大丈夫、なのか…?」

 

「伊達に火剣使ってない」

 

このくらいなら問題ないと、俺たちふたりの手をとった。「ひとりくらいなら抱えられるがふたりは無理だ」と申し訳無さそうな声を出し、ぐいぐい俺たちを引っ張る。

どこに向かっているのかを問えば、休めそうな場所があったと答え、先ほどよりも足を早めた。

 

「ダンテ、早い、」

 

「しんどいなら喋るな」

 

俺たちはダンテに半ば引きずられるように、灼熱地帯を通過した。

 

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ダンテに連れられてズルズルと引きずられるように進むと、小さな塔のようなものがそびえ建つ場所にたどり着く。

ここらへんは熱さもそれほど強くなく、水も湧いていた。ああ、ダンテはここから水汲んできたのか。

俺とクランはふらふらしながら水場に近寄り、手のひらで水を掬って頭から浴びる。

あああああ、生き返る。

クランもようやくほわっとした表情となり、安堵の息をはいた。

 

「大丈夫か…?」

 

「おー…」

 

水と戯れる俺たちを見てダンテはほっと息を吐き、急いでよかったと小声で呟いた。

いきなりふたりしてぐったりしはじめるわ、水かけても目が死んでるわで慌てた、とダンテは苦笑する。

だから足早だったのか、ありがとう。

 

「んで、ここどこだ?」

 

「…さあ」

 

水を探して足が向いた方に走ったら着いたとダンテは頭を掻いた。クランは「こんな所知らない」と不思議そうにあたりを見渡す。

前来た時はこんな場所見かけなかったと首を傾げ、観察するように周辺を探った。

 

「とりあえず入ってみるか?」

 

ダンテが自分の背後にそびえ立つ、塔っぽいものをくいと親指で指す。このエリアで一番目立つ建物。

まあ目立つというか、それしかない。なら、入るしかないだろう。

 

少し休んで体調を万全にしてから、俺は建物の扉に手をかけた。ぐっと押し込んでも引っ張っても開かない。

「あれ?」と小さく声を出すと次はクランが手をかける。押しても引いても無理、スライドさせようとしても持ち上げようとしても動かない。

ふたりで顔を見合わせ、まだ身体に力が入ってないのかと手をにぎにぎ動かした。

 

「…開いたぞ?」

 

俺たちが不思議に思って試行錯誤している間にダンテがあっさり扉を開けていた。

なんであっさり開いてんだ。

 

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開いた扉から建物の中を覗く。人の気配はしない。

警戒しながら足を踏み入れると、人影を感知したのかぽわっと明かりが灯っていった。

照らされ、姿を表す広いホールのような場所。床には赤い絨毯に剣がクロスした紋が描かれており、壁には細かい装飾がなされた明かり取りの窓がある。

 

まわりを観察していると、急に人の気配が現れた。俺がそちらに身体を向けるとダンテとクランが反応する。

「どうしたの?」と問うクランに俺は「いた」と短く答え、武器を握り直した。

 

久しぶりだがあいつだとわかる懐かしい気配。だけどそれには殺気がまとわりついている。

じわじわと強くなっていく殺気に、俺は武器を構えて向き合った。

 

 

俺たちのいるホールより一段高い場所。赤い扉と大きな装飾窓を背にしてあいつは立っていた。

窓から光が差し込み、あいつの姿を映し出す。以前よりも背が伸びて、体格もがっしりとしていた。

 

「キミは…、いったい何が、」

 

そう呟くあいつはダンテのみを視界に納めている。そのままダンテの前に剣を投げ床に突き刺し、トンと跳ねた自身もその場に降り立った。

 

「キミは…我が道を妨げるというのか?」

 

あいつは床に突き刺した剣に軽く手を置いて、冷たく静かに問いかける。

「オレが旅にでてる間に、何があったんだ?」という言葉と共にダンテの名を呼んだが、厳しい視線は変わらない。

敵か味方かを探るような視線。探ってはいるがあいつが出す答えがなんとなくわかる、あいつは、タンタは多分…

 

「妨げるなら、敵なら容赦はしない」

 

床から剣を抜き、タンタは俺たちに向けて敵意を最大限に放出した。

だろうなと思ったよ。

 

「タンタ…?」と恐る恐る名を呼ぶクランに、タンタは冷たく視線を投げて「なんでオレの名前を知ってるんだ?」と睨みつける。その反応に、目を見開いて絶句するクラン。

少し怯え涙ぐんだクランの頭をポンと撫で、俺は気にするなと小さく囁く。多分タンタは俺にも同じ反応返すだろうな。

 

あいつが知ってる「俺たち」は小さい頃の姿のみ。つまり今のタンタは俺たちを俺たちと認識していない。

おかしくなったわけでも乗っ取られてるわけでもない。ただ誰かわからないから警戒しているだけだ。

ダンテは特徴ある色の鎧と武器だから気付いたんだろうな、と俺はため息混じりに言う。

俺は鎧も外見もがらりと変わっているし、クランは小さい頃に比べて盾も体もかなり大きくなった。

 

多分本気で気付いてない。

 

えええええ、と呆れるクランに俺は耳打ちする。

それを聞いて驚くクランに俺はニッと笑顔を向けた。

 

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あいつが俺たちに敵意向けてくるのは仕方ないといえば仕方ない。

ずっとひとりで旅をしていたのだから、警戒心が高くなるのも当然だ。

だから気持ちはわかる。

 

だけど

それはそれとして若干腹立つから一発殴ろうぜ?

俺らがどんだけ長い間一緒にいたと思ってんだあのタコ

 

 

先制とれるかは運だろう。タンタがあのまま成長していたなら、はやさは今の俺と同じくらいになってるはずだ。

だが、神様は俺に味方した。聖なる意志も言ってんじゃないかな『殴っていいよ』って。

 

己でも「それはない」と思いはするが、あまり気にせず若干の怒りを込めて俺はタンタに必殺の一撃を叩き込んだ。

「うわっ」と声を出して仰け反るタンタ。ギンとこちらを睨んでくる。

そっちがその気ならとタンタは剣をこちらにむけて走り込んできた、が、力を込めすぎたのか途中で足がもつれド派手にすっ転ぶ。

何やってんだと思う間もなく、舞い上がる砂埃からキラリと光るものが飛び出してきた。

 

「わっ!」

 

飛び出してきたタンタの剣はくるくる弧を描き、クランに襲いかかる。まぐれで飛んだ割には威力が強く、クランはその場に膝をついた。

慌ててダンテが一撃をいれ、体勢を立て直したクランも「っ、これで…どうだ!」と思い切り叩き込む。

続けざまに俺もまた一撃いれると、タンタはふらりとよろけた。

 

しかし敵意は消え失せておらず、またタンタは斬りかかろうと駆け出した。ふらついていたせいかまた転び、また剣をふっ飛ばす。

今度は俺に飛んできた。砂埃がまうせいか飛んでくる剣の軌道が読めず、屈辱なことに避けられない。

「くそっ」と思わず声を漏らし仰け反った瞬間気付いた。さっきより威力が増している。

 

あいつそういや昔から、攻撃をくらえばくらうほど、体力が減れば減るほど、剣撃の威力が増していた。

 

俺の顔色が悪くなる。 タンタから数回攻撃を受け、ヒヤッとしたがこれは威力は上がっていない。

威力が異様に上がるのはすっ転んだ時だけか。

つまりタンタが転べば転ぶほど、こちらの戦局が悪くなる。

まぐれの割には的確にこちらに剣が飛んでくるし、狙ってやってんじゃないだろうな畜生。

 

流石に一気に決めるのは難しいかもしれない。ミスをする可能性だってある。

だったら…。

俺はクランに目で語る、少し迷ったクランだがこくりと頷き声を張り上げた。

 

「今こそ体勢を立て直すときだ!」

 

俺とダンテはクランに合わせて陣形を組む、「ロクセ・ファランクスの陣形でいくよ」とクランは笑った。

陣形をとる俺たちを警戒し殺気を強くするタンタ。

そんなタンタに防御を底上げした俺たち三人は少しだけ笑顔を向ける。

 

殺気出す前に話聞けよと。

というか、気付けよ。クランのEXは小さい頃と変わらないんだから。

 

にっこり笑った俺たちによる、タンタタコ殴りが始まった。

 

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ポコポコと三人でタンタを叩く。攻撃の隙をついてタンタも反撃するが、俺たちの防御が底上げされているせいかカンっと弾き返されていた。涙目。

しばらくポコポコやっていると、タンタは半泣きのまま「動機は違えど目的は同じだったようだな…」と呟いて、無念とパタリ倒れ込んだ。

 

やりすぎたかなと反省しつつ、俺は仰向けに倒れているタンタに近寄って屈み込み、軽く顔に手を振り下ろす。

ぺしんという音とともに「みぎゃっ」と変な音を出し、目をぱちくりさせるタンタに「まだ気付かないか?」と笑いかけた。

タンタはきょとんと俺の顔を凝視し、端から端まで眺めたあと「え?」と小さく声を漏らす。

上半身を起こし俺の全身を見渡したあと、後ろに立つクランにも目を向けマジマジ確認した。

タンタは「なんで」と小さく呟き、俺たちがきょとんとしているとぷるぷる震えながら大声で叫ぶ。

 

「なんでみんなオレより背ェ伸びてるの!?」

 

「開口一番それか」

 

反射的にタンタの頭をひっぱたく。

タンタに「ぴゃっ」と小さく声を漏らされ我に返り、俺はやりすぎたことを謝罪した。

タンタは少しふらつくのか頭を軽く抑えながら「ん」と小さく返事をし、先に敵意を向けたことを謝ってくる。ダンテはすぐにわかったんだけど、と頭を掻いた。

 

「なんというかダンテがぱっと見禍々しいというか、あの、いやその」

 

ダークサイドに堕ちたと思ったと、タンタは指をもじもじさせながらダンテを見上げる。悪者扱いされてピシッと凍りつくダンテと、そんなダンテを見て焦るタンタ。

そんなダンテと一緒にいるんだからほかの二人も敵だろうと思い、敵意を剥き出しにしたらしい。

 

「いろいろ、あったから」

 

落ち込むダンテにあわあわしつつ、タンタはそう言って少し俯いた。

俺はそんなタンタをポンと撫で、城に戻らないかと問いかける。

パッと顔を上げ、嬉しそうに頷くタンタ。帰れて喜ぶなら早く帰って来いよ。

 

そう呆れたように言えば、少し戸惑ったように「オレ裏切り者とか、タブーみたいなのになってないの?」と首を傾げた。

王国壊滅してすぐに旅立ったから裏切り者と思われたかもしれないと、帰ってよいものか悩んでいたらしい。

俺はタンタの頭を小突き、なるわけないだろと笑った。

 

「ああでもタブーといえばタブーか…」

 

「え?」

 

クランがぽつりと呟いた。確かに王国内ではあんま話題にはならなかったけど、タブー扱いされてたか?

俺が小首を傾げるとクランは、

 

「いや、旅立ったタンタの話題出すとクフリンが物凄く寂しそうな顔するんで、みんなでクフリンの前ではタンタの話しないようにしようって」

 

決めた、と、言った。

 

え。

いや俺そんな顔した記憶ない。

 

ぽかんとした俺を見てダンテが「無意識か」と俺の頭をポンと叩く。アレスが口を滑らすまでお前タンタが帰ってきてること知らなかっただろ、と呆れたように笑う。

暗黙の了解で、確定するまで皆して黙っていたとダンテは説明した。

 

ダンテはクランに相談を受けて、かなり早い段階から知っていたらしい。

門番やってるせいか直接散策はしていなかったらしいのだが、捜索面子のアレスが「やりたいことができた」と言ったため、代わりとして訪れたそうだ。

 

「いや…、言えよ」

 

「クランが言ってただろ、確信がもてるまでって。デマで泣かれても困る」

 

泣くわけないだろ、と俺は憤慨するがダンテとクランは顔を合わせて「アレスが口滑らしたとき、あんな表情したくせに」と声を揃えた。

俺どんな顔してたんだ、と表情筋が引きつる。

若干混乱する俺の肩がトンと叩かれた。

首を回せば、いつの間にか立ち上がっていたタンタが満面の笑みを浮かべている。

 

「へー、寂しかったんだ?オレいなくて寂しかったんだ?」

 

凄く楽しそうにニヤニヤと笑って、タンタは俺の背中をバンバン叩く。俺は慌てて否定するが声は掠れていた。

すこぶる楽しそうに笑い声を上げながら、タンタは俺の手を引いてダンテとクランに声を掛ける。「帰ろう!」と笑顔で。

タンタも、と言うあいつに俺は名乗る。「クフリンだ」と。目を合わせずに自分の名前が変わった旨を伝えた。

タンタはきょとんとしながら口の中で俺の名前を繰り返し、しばらくしてふわりと笑った。

「うん、良い名前だね」とニッと俺に笑顔を向けて、タンタは改めて俺の名前を呼ぶ。

「ん」と俺も笑って引かれるままに帰路についた。

 

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ニコニコしたタンタに先導され帰路についたが、道すがら「どれだけ寂しがっていたか」をダンテとクランにみっちり語られ、羞恥で死ぬかと思った。

精神的に死にかけつつ、俺は城の門をくぐる。バルトとアーサーが出迎え、ふたりともタンタに向けて「おかえり」と笑った。

タンタも元気よく「ただいま!」と笑い、嬉しそうに珍しそうに城内を見渡す。

 

そんなタンタを微笑ましそうに見ながら、アーサーは俺に近寄り「よかったな」と肩を叩いた。

ちらりと小耳に挟むたび凄い顔してたからなとアーサーは笑い、俺はぐっと言葉に詰まった。

何でもするからそのネタ振るのもうやめてくれ。

 

 

部屋に戻って全員で談話。主にタンタの土産話を聞く。

今、タンタは勇者と呼ばれているらしい。本人は「大したことしてない」と少し困ったように頭を掻いた。

偉業を成し遂げた、または成し遂げようとしている人に敬意を示す呼称。そんな呼ばれ方恐れ多いとタンタは苦笑する。

「勇あるもの」にも使われるからいいんじゃないかな、とクランは笑った。しかしタンタは、オレが武勇に優れてるかと言われたら悩むだろ、と難しい顔をする。

 

「いろんなとこで手伝いやってただけだからなあ」

 

手伝いをし、礼をもらう代わりにタンタは王国の話をしたらしい。魔王に対抗しようと人材を集めてるから気が向いたら顔だしてくれ、と。

裏切り者扱いされてる可能性を考えて、自分の名前を出さないように頼んで。

それにより各地から王国に人が訪れ、その人たちを中心に俺がネットワークを組み上げたようだ。

はからずとも共同作業みたくなってたのか。

 

難しい話はもういいやとへらっと笑い、自分がいなかった頃王国であったことを聞きたいとタンタはねだる。

俺らは各々あったことを話始めた。俺が関与しなかったことも語られ、皆話題が尽きない。

部屋の中に楽しそうな笑い声が響き渡る。しばらくぶりに穏やかで賑やかな時間となった。

 

 

「ああ楽しかった」

 

そう満足そうに呟いて、タンタがソファーに寝っ転がる。

日も落ち、談話も解散となった俺の部屋にはタンタが残った。寝っ転がりながら俺のほうを眺め、しみじみと言う。

 

「キミ、髪伸びたね」

 

オレも伸ばそうかなぁとサイドに流した己の髪を指に絡ませながら、タンタはこちらに笑顔を向けた。触っていいかと手を伸ばす。

減るものじゃないとはいえ、意図がわからん。

困惑しつつも俺がタンタに近付くと、タンタは身を起こし横に座れとソファーをポンと叩いた。

 

言われた通りにソファーに座ればタンタはすぐに俺の髪に軽く触れ、すっと手で梳いた。

俺の髪を撫で、手触りを楽しんでいたかと思うと指を絡ませ自分の頬をすり寄せる。

 

「小さい頃はそっくりだったのにね」

 

仲がいいひとたち以外は見分けつかないくらいだったのに、とくすくす笑う。今じゃもう間違えるひともいないと、少しだけ寂しそうに呟いた。

 

再会するまで期間にお互い全く違う成長をした。髪の長さや戦い方、外見も中身もガラリと違う。

ずっと一緒だった時よりも離れてしまった気がするとタンタは笑う。

そんなタンタの頭を小突き、俺も笑った。

『俺と君なのは変わらない』と。

 

どれだけ外見や戦い方が違おうとも、俺たちの関係は変わらない。昔のまんま、多分ずっと。

 

 

俺たちふたりはソファーに並び、他愛もない話をずっと続けた。

とはいえ夜ももう遅い。ウトウトしはじめるタンタに、俺はさっき言えなかった言葉を呟いた。

 

「おかえり」

 

タンタも嬉しそうに呟き返す。

 

「ただいま」

 

そうして俺たちはお互いトンと寄りかかってほぼ同時に目を閉じた。

…おやすみ。

 

 

-11ページ-

 

 

 

数日前タンタが言った。

 

「ピート知ってる?あのこ魔皇軍なんだよ」

 

可愛いけどね、と笑いながら。

チビムウスといい、ピートといい、魔皇は小さくて可愛いもの好きなのだろうか。

そう思ったからではないだろうけど、油断したのは事実だ。

 

魔皇軍と対峙した俺たち王国軍は、惨敗を喫した。

 

 

将官へと成長したバルトが大声をあげる。「総員退却!」その声を聞いて、俺たちはじわりじわりと軍を引く。

死亡はいないものの怪我人が多い。俺は追い討ちをかけられないように、クランと共にしんがりをつとめた。

 

「ボクが引き受ける」

 

「ここは任せろ」

 

被害が増えないように俺たちふたりは必死でかばう。かばいながら俺たちも少しずつ後退するが、そろそろもたない。

退却は済んだだろうかと意識を後ろに向けた瞬間、魔皇軍が俺に攻撃を仕掛けてきた。

クランも間に合わず、俺も体勢が整っていない。

思わず目を瞑り、手痛い一撃を覚悟したが、予想とは裏腹に俺にダメージは入らなかった。

 

「新兵ではあるまいし、戦場で目を瞑るな」

 

キンと剣を鳴らしてバルトが俺を静かに叱る。

襲いかかってきた魔皇軍はバルトに抑えられ、悔しそうに唸り声をあげた。

そんな魔皇軍にバルトは「我こそはジェネラル・バルト!」と名乗り上げる。挑発に近いため敵の攻撃が集中するが、バルトは軽くいなし俺たちに声を投げた。

 

「しばらく私が引き受けてやる。少し休め」

 

それだけ言ってバルトはすっと移動し敵陣に斬り込みはじめる。

ひょいひょいと駆け回るバルトを見て、将官がしんがりに来ていいのだろうかと若干疑問に思った。

「そこは素直に受け取ろうよ…」と苦笑しながら、クランがほてほてと歩いてくる。

心配だから来てくれたんでしょ、とクランは動き回るバルトを目で追いながら頬を掻いた。

バルトは口は悪いが仲間想いのいい奴だ。それはわかっているんだが、最高位の将官が危険な場所に来てもいいものだろうか。

 

「バルトも無茶はしないよ」

 

そう笑いながらクランはバルトの打ちもらしをメイスでカンっと叩く。そちらに集中しているクランを俺は盾でカバーした。

休めと言われたが休んでいる暇がない。

ふぅと俺たちは疲労の息を吐く。囲まれたりはしていないが襲ってくる敵は尽きない。

 

「軍の退却もだいたい済んだみたいだし、バルトが帰ってきたら…」

 

クランの声はそこで途切れた。

 

一直線に伸びた炎の衝撃波。それに襲われたクランが声無き悲鳴をあげる。

そのままクランは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 

「ウォーターブレイク」と言う声が響いたが、声の主の姿は見ていない。

 

誰だろうとどうでもいい。

クランのところに行かなくては。

早くクランを助けなくては。

 

地面に突っ伏しぴくりとも動かないクランに駆け寄ろうとした瞬間、誰かに腰を掴まれてヒュッと移動させられた。

同時にパァンと弾ける音が耳をつんざく。

音のしたほうに目を向けると、先ほどまで俺がいた場所に炎が立ち上っていた。

 

「貴様馬鹿か、敵に背を向けるな!」

 

「離せバルト!」

 

間一髪で俺を移動させたのはバルトだった。そのまま俺を抱えてクランの倒れている場所から離れはじめる。

抱えられながらも俺は暴れ、必死に拘束を外そうと試みた。

 

何で離れるんだまだあそこにはクランがいるやめろバルト離せ嫌だまだクランが倒れたままだ早く介抱しないと手遅れになる

 

 

 

 

どうして離れるんだ

 

 

バルト

君は

クランを見捨てる気か?

 

 

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俺を抱えて走ったバルトは、安全圏までくると俺を地面に放り投げた。

俺は小さく呻き声をあげる。

 

「なんで、」

 

痛みを感じながらも抗議する俺の首をバルトがグッと掴み持ち上げる。そのまま力を込められた。

思わずバルトの手を掴み返すが、頸動脈を抑えられているため膝から力が抜けていく。

無意識に小さく声をもらし、俺は意識を失った。

 

 

目の前が真っ暗になる前に、脳裏をよぎったのはクランの声。

「王国のみんな、ごめんね」と弱々しく消えそうな謝罪の言葉だった。

 

 

 

 

気が付くと俺は部屋のベッドで寝ていた。

目にうつったのは心配そうに覗き込むダンテ。

 

「大丈夫か?」

 

そう問うダンテに目もくれず、俺は無表情で身体を起こす。そのままベッドから抜け出そうとする俺を、ダンテが軽く押さえ込んだ。

その行為にイラつき、俺はダンテの襟を掴む。

 

「やめろ、クランを助けにいかないと」

 

「落ち着け」

 

これが落ち着いていられるか。

そう怒鳴ると「落ち着かないと救えるものも救えない」とダンテは冷たく言い放ち、俺を見つめて言葉を続けた。

 

「バルトは、お前を運び出すとすぐに動ける奴らと一緒にクランを助けに行った」

 

バルト自身も満身創痍だったのに、的確に指示を出して救出部隊を編成し、自ら戦地に赴いたと、ゆっくり俺に説明する。

 

「ただ、その場に到着してもクランの姿がなく、捜索しても見当たらなかったそうだ」

 

今も捜索部隊率いて探している、とダンテは言葉を締めくくった。

じゃあ何であの時俺だけ助けたんだ。

 

そう呟けば扉から「ギリギリでひとりしか助けられない状態だった」と声が投げられた。

顔を向ければ、普段よりも覇気のないバルトが立っている。そのままカツカツと俺に近寄り、珍しく、頭を下げた。

 

「あの時はすまなかった」

 

早急にクフリンを軍のいる安全な場所に運び、クランの元まで戻るには、ああするほかなかったと頭を下げたまま言う。

バルトの珍しい行為に驚いた俺は慌てて「頭をあげてくれ」と声を出す。

 

暴れられたもんでウゼェと思ったのもあるがと、バルトは憎まれ口を叩きながら頭上げ、俺を真っ直ぐ見据えた。

動けるか?とバルトは問いかけ、俺が頷いたのを見ると表情を緩ませる。

 

「そうか。…ならば、クラン捜索を頼みたい」

 

バルトのその言葉に、俺は「当たり前だ」と悩まず返し立ち上がった。

俺が元気に立ち上がったのを見るとバルトの顔が将のものとなり、キリッと指示を飛ばす。

最後に、詳しくはタンタに聞いてくれ、と言ったかと思うと、いきなりバルトの身体が崩れ落ちた。

俺は反射的に倒れ込んだバルトを支える。しんどそうな表情で弱々しい呼吸をするバルトは、目を閉じたままぐったりとして動かない。

そういえばダンテが言っていた。『バルト自身も満身創痍だったのに、』と。

俺が寝てる間も捜索部隊を率いていたならば、限界が来ていてもおかしくない。

 

俺は動かないバルトを抱えて持ち上げ、自分のベッドに乗せた。人呼んでくるからしばらくここで我慢しててくれ。

ベッドを整え、俺はダンテに視線を送る。言葉を放さずともダンテは頷き、俺と共に歩みを進めた。

 

まずはタンタと合流。そしてすぐに出発しよう。

仲間を、友達を助けに行こう。

 

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部屋から出た俺たちはタンタを探す。

タンタはすぐに見付かった。城の外、人の集まっている賑やかな場所にいたからだ。

 

「クフリン大丈夫?」

 

俺に気付いたタンタが輪から外れて近寄ってくる。大丈夫だとタンタの頭をポンと撫で、俺は人垣に目を向けた。

大陸だけじゃない、海から砂漠から東国から。

何回かチームを組んで戦ったもの、頻繁に遊びに来るもの。スライムからドラゴンまで見知った顔がずらりと並んでいる。

 

「みんな手伝いにきてくれたんだよ」

 

アレスたちと組んで魔皇に直接挑むもの、魔皇軍に対抗するもの、アイテム回収するもの。各々が協力しようと集まったのだとタンタは説明する。

ダルタンとレオンが代表のようにひょいと前に出て、片手を軽く上げ挨拶をしてきた。

 

「よ。おれたちは魔皇軍対抗やっとくよ」

 

「火と熱に影響受けない土と火属性中心で組んでるから心配しないで」

 

二次被害を出さぬようチームを組み、対策を立ててあるとダルタンは笑いレオンを小突いた。

小突かれたレオンはむうと目を泳がせる。「風単で行って死にかけた」と頭を掻いた。

「それやらかしたから組み直したんでしょ」とダルタンは再度笑う。地形効果も相まってすぐダウンしたらしい。

 

「満足に動けなさそうなやつらは後方支援に回るしな、最悪の事態は避けてる」

 

「物資救援はアリバが中心にやってくれてるよ」

 

ダルタンはくいと軽くアリバを示し、それに気付いたアリバはこちらに向けてニッと笑った。

そのまま笑顔でメダルを弾き俺に飛ばしてくる。飛ばされたメダルをパシンとキャッチし確認すれば、それは勇者のメダル。

 

「落ち着いたら、王国に請求するよー」

 

「商売人め」

 

「サービスはするからさ。今後ともご贔屓に」

 

アリバはそう言うと、それは個人的なサービスとへらっと笑って身を翻し手をひらひらさせて仕事に戻った。

お手柔らかにと呟いて、メダルを手で弄ぶ俺にタンタが「バルトは?」と問いかけてくる。

ぶっ倒れて俺の部屋に寝かせてきたことを伝えると「だよなあ」と納得したように頬を掻いた。

バルトはほぼ不眠不休で動き回っていたらしい。休めと言っても無視されるし、将官が危険な場所いくなと言ってもそっぽ向かれたと苦笑する。

 

「キミが目覚めたからほっとして力尽きたんだろうね」

 

「責任感じてたみたいですから」

 

タンタとは別の声が割り込んだ。声のしたほうに顔を向ければトンと跳ねるようにロビンが現れる。

バルトさんは僕が介抱してますよ、と立候補した。開幕レオンと共に出撃したら、あまりの熱さと絶え間なく繰り出される熱攻撃を受け、早々に力尽きたらしい。

レオンの言ってた死にかけたメンバーのひとりか。

 

「以前世話になりましたし、ちゃんと介抱するから安心してください」

 

そう言ってロビンは笑い、バルトの所へ向かおうと足を向ける。

が、ぴたりと止まり俺たちに背を向けたまま、独り言ですが、と呟いた。

 

「バルトさんは『兵は将棋の駒みたいなものだ』と言ってました」

 

言葉が悪いので誤解されがちですが、と前置きしロビンは淡々と続ける。

意図がわからず、俺は首を傾げながらロビンの言葉に耳を傾けた。

 

「駒は使い捨てというわけじゃなく、駒によって動き方が違うから個々の能力を生かせる采配をする必要がある、って話らしくて」

 

クランを助けられなかったのは自分の采配ミスだとずっと言っていた、と言葉を締める。

そしてロビンはこちらに振り向いて、俺たちに伝言を頼んだ。

 

「クランさん見付かったら『バルトさんはクランさんを見捨てたわけじゃない』って言っといてください」

 

助けられなかった責任感じて、かなり無茶してたんでと困ったように笑う。

『バルトはクランを落伍者だと判断し切り捨てたわけじゃない』と伝えてほしいと、優しく笑った。

俺が力強く頷くと、ほっとしたようにロビンは城の中に消えていった。

 

ダルタンとレオンが腰に手を当て、笑顔で俺たちに話しかける。

俺とタンタとダンテを指差し、「この面子でいくよな?」と問い掛ける。

俺が頷くと、「他のことはおれたちに任せろ」とレオンが宣言し、「だからクランのことは任せる」とダルタンが頼む。

後方のことは全てフォローするから、クラン捜索に的を絞ってやってくれとふたりは笑った。

 

「火山のあたりでそれっぽいのを見掛けたって話を聞いた」

 

「多分クランは生きてる」

 

と俺たちに情報を流し、ふたりは声を揃えて言う。

『こっちは任せろ、そっちは任せた』と。

 

俺たちは彼らに感謝を伝え「無理はするなよ」と、足を一歩踏み出した。

いろんな人に支えられてんだなと実感しながら。

 

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俺たちは無言で歩みを進めた。いつしか陽は堕ち空が暗くなる。

それでも地表に現れるマグマのせいかあたりは多少明るく、気温も少し下がったのか行動がしやすい。

思わず息を吐くと、今まで黙っていたタンタが口を開く。

 

「オレが先頭歩くよ」

 

ずっと気ィ張ってただろ?と俺の肩をポンと叩いて少し笑う。ダンテは無言で水を差し出し、少し休もうかと目で問い掛けた。

俺はダンテから水を受け取り喉を潤す。ふうと一息ついて、タンタに先頭を任せた。

 

「…休まなくて大丈夫か?」

 

ダンテが今度は口にだして問う。それに首をふって「大丈夫だ」と俺は答えた。

他の皆も協力してくれている、休むのは少し申し訳ない。

「今までぶっ倒れてたんだから無理するなよ」とダンテは俺の頭を軽くコンと叩いたが、無理強いはしない。

お前が頑固なのは知ってると小さく笑った。

 

 

タンタを先頭にしばらく歩く。すると少し開けた場所に出た。

そこから感じる黒い気配。暗くて重い、嫌な空気。

あの時のダンテと同じ、全てを拒絶しているかのような視線。

 

俺たちはそれと目があった。

トゲトゲした盾を両手に持ち、身体中に真っ赤なばってんを描かれた人物。

いつもと違う真っ赤な目、普段と違う鎧の色。

それでも、目の前にいる人物がクランだとわかる。

それだけ付き合いは長かった。だから次にクランが発した言葉に思考が止まる。

 

「目障りなヤツがノコノコ出てきたか…」

 

タンタを視界に捉えたクランが、今まで見たことのない表情で冷たく言い放った。

それに驚きビクッと身体を反応させたタンタは、戸惑ったようにクランに話しかけようとする。それを遮りクランは盾を構え、ぽつり呟いた。

 

「王国は、俺を見捨てた…」

 

許さないと叫んで、そのままタンタに殴りかかる。盾に付いたトゲをモロに受けて、タンタが吹っ飛んだ。

それでもタンタは体勢を立て直し、めげずにクランと会話を試みる。

 

違う、と。見捨ててなんかいない、と。

 

クランは聞き耳持たず、ガシャッと盾を構えなおした。自分の身体の前にふたつの盾を並べ、そのまま突進してくる。

 

「っ、ここは任せろ!」

 

ダンテとタンタを護るように俺は盾を構えた。

壁のように迫り来るクランをなんとか受け止めたが、思った以上にダメージをくらう。

俺は小さく呻き声をもらしそうになったが、歯を食いしばりクランに目をやる。

仲間を守ることに使う盾で、クランは攻撃を仕掛け続けていた。同時にクランの身体がボロボロになっていく。

「デビルシールドアタック」とクランが叫ぶたび彼は無防備となり、普段の倍以上のダメージを受けていた。

 

 

このまま続ければ、クランのほうが、先に壊れる。

 

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それに気付いたのは俺だけではないらしく、ダンテとタンタも躊躇するように動きを止めた。

「クラン」と必死に名を呼ぶタンタに全く反応せず、クランはまた俺たちに攻撃を仕掛ける。

キンッと盾を前に出し、俺は慌ててふたりをかばった。

体当たりをしてきたクランが俺にぶつかる。その時聞こえた小さな声。

「俺は何者なんだ」と目を虚ろにしながら呟くクランの姿。

 

それに気付いて思わず俺はクランに手を伸ばす。しかしクランはスッと後退し俺から離れた。

そのままクランは赤い目を光らせ、こちらを見下ろすように口を歪ませ言葉を並べる。

 

「自分の脆さを思い知れ」

 

ふたつの盾を身体の前に移動させ、クランは殻にこもるように身を隠す。

ドンと足を踏みならしたかと思うと青紫色の炎を放出しながら盾を開き、「ダーク・ファランクス」と叫んだ。

虚ろな目のままガシャンガシャンと音を響かせ、クランは真っ直ぐこちらに迫り来る。

 

威力を上げるかわりに防御を捨てた、捨て身の陣形。

どこか焦点の定まらない目のまま「くたばれ」と単語を落とし、クランがタンタに向けて盾を振り下ろした。

無意識に俺は間に割り込む。

かなりの威力で殴られ、俺はそのまま地面に叩きつけられた。

 

聖なる意志よ、お導きを

 

そんな言葉が不意に俺の口からもれる。

地面に突っ伏す俺に、クランの笑い声が降り注いだ。「いい気分だ」とクランは空虚な目で笑い続ける。

 

ダンテが急いで俺に駆け寄り、名前を呼びつつぺしと頬を叩く。反応したいが身体が動かない。

笑うクランと倒れた俺を交互に見やり、タンタは開きっぱなしだった口をギリッと結んだ。

ようやく笑うのをやめたクランが、またタンタに狙いを定める。ガシャンと音が鳴る前に、キッと目を光らせタンタが動いた。

タンタは左手に光を集め、持っていた剣に重ねる。それは溶け込むように同化して、タンタの剣を大きな光で包み込んだ。

大きな光の剣を構え、タンタは高く高く飛び上がる。ぐっと空中で力をため、そのまま地面に剣を叩きつけた。

 

「トゥルースプラッシュ!!」

 

タンタの声と共に、空色の衝撃波がクランに向かって一直線に伸びていく。ドンと大きな音を立てて、タンタの一撃がクランを襲った。

 

ガランと盾を落とし、クランはその場に膝をつく。

そのまま小さく声をもらし、すっと瞼を閉じた。

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息も絶え絶えに、ゆったりと目を開けこちらに顔を向けたクラン。「俺はいったい…」とぼんやりと呟いた。

そんなクランにタンタが近付く。

「タンタ、」とクランは口を開いたが、タンタは無表情でクランの顔面をぶん殴った。

 

呆気にとられた俺と、俺を抱えたまま「クフリンと同じことするんだな…」と呟くダンテ。

へ?と俺は顔を動かしダンテを見つめた。俺の視線に気付いたダンテは、起きれるか問う。

答える代わりに俺は身体を起こし、ダンテの横に座り込んだ。

 

「お前らふたりとも、怒らせると無表情で顔面殴りにかかってくる」

 

そうダンテに言われ、そういやそうだなと俺は頭を掻く。

容赦なくタンタに殴られ仰向けに倒れ込むクラン。そんなクランに馬乗りになり、タンタはクランの首元を掴んだ。

 

「見捨ててない」

 

そう言いながらタンタはクランをガクガク揺らす。やべぇクラン死ぬ。

完全に目を回し、されるがままにガクガク揺れるクランを助けるため、俺とダンテはタンタを止めに行った。

 

ダンテが羽交い締めにすると、タンタは不満げにダンテを睨む。睨まれても冷静に「やりすぎだ」とダンテが宥めた。

ふたりのやりとりを眺めながら、タンタから解放されたクランを支えていると「んんん…」と小さく呻き声をあげてクランが目を覚ます。

 

なんて声かければいいんだこれ

 

躊躇した俺にクランがぽつりと言った。見捨てられたと少しだけ思った、と。

 

クフリンだけ助けた

ボクは置いて行かれた

ボクはもう動けないのに

 

薄れゆく意識の狭間でそう思ったと言う。

真っ暗になった世界で、自分はいらないのかなと考え、どうしようもなくなって。

壊してしまおうと、自分も壊してしまおうと真っ赤な石に手を伸ばした。

そうクランはポツポツと語った。

 

「タンタもクフリンがいれば十分だろ?」

 

親友ではあるがふたりの間には入り込めない。距離を感じて寂しさだけが募る。

『俺はいらないんだ』

王国にも友達にも、自分の代わりはいくらでもいる。

どんどんドツボにはまっていった。

 

だから、と自虐的に笑うクランの首元をタンタが掴んで怒鳴りつける。

いつの間にダンテの拘束を抜けたのかと顔を向ければ、ダンテはぱっと手を離すポーズをとっていた。ダンテから拘束を外したのか。

クランを怒鳴りつけたタンタは、至近距離で大声をあげる。

 

「キミ、それ本気で言ってるのか」

 

ぶつかりそうな距離のままタンタはクランに言葉を投げ続ける。

 

「アレスもアリバもアーサーも、バルトだって、みんなキミの代わりなんかいないって思ってる」

 

じゃなきゃみんなでクランの探索協力するもんか、どれだけのひとが集まって協力してくれてると思ってんだ、と涙声で怒鳴り続けた。

一通り怒鳴り、タンタはすっと深呼吸をする。自分を落ち着かせるように、何回も。

 

 

落ち着いたのかタンタは自分の顔を拭い、ずっとそう思っていたのかと静かにクランに問う。

クフリンはクフリンで大事な仲間だし、ダンテはダンテで大切な仲間。

クランだってそうなのは当然で、どちらかがいればいいなんてことはないと、顔を擦りながら呟いた。

 

「そんなことすら、言わないとわかんないの…?」

 

好きだ大好きだ必要だと、毎日声高々に主張し続けないと伝わらないのかと、タンタは顔を伏せる。

目の前の相手に怒鳴られ泣かれ、いつしかクランも顔を伏せていた。そのままぽつりと「わからないな」と呟く。

それを聞いてタンタは弾けるように顔を上げ、泣きそうな顔を向けた。

クランはタンタにゆっくり顔を向けて、

 

『なんせ俺は、盾の正しい使い方すらわからなくなった馬鹿だから』

 

そう言って柔らかく笑った。いつもの顔で、ぽんとタンタの頭を撫でる。

タンタは小さく息を呑み、勢いよくクランに抱き付いた。心配したとぐりぐり頭を擦り付ける。

ぐすぐす泣きじゃくるタンタの背を撫でながら、クランは「ごめんな」と小さく謝罪の言葉を呟いた。

 

-17ページ-

なんで謝るのかと問うタンタに答えを返さず、クランはこちらに顔を向けた。

「ごめんね」と先ほどとは違う口調で謝罪する。なんかまだ混ざってるみたいだな。

 

苦笑しながら俺はクランに「謝る必要はない」と伝え、今の王国の動向を説明した。

バルトは、王国はクランを見捨てたわけではない、と。

見捨てられたと感じたのは仕方ない状況だったので、責める気は全くない。だから謝る必要もない。

 

「逆にバルトに会ったら頭下げられるぞ」

 

「それは怖いな」

 

クランはくすくす笑う。ああ凄く驚いたと俺も笑い返し、動けるかを問う。

大丈夫だと頷くクランは、反対に俺に大丈夫かと聞き返した。

 

「さっきぶっ倒した」

 

申し訳無さそうに顔を伏せるクランに、大丈夫だと笑いながら俺は手をひらつかせた。

無理だったらダンテに運んでもらう。

 

俺の言葉を聞いてダンテがギョッとした顔をする。陽が昇る前に火山地帯からでるぞ、と慌てて宣言した。

実質、満身創痍なのは俺とクランのみ。俺がかばいまくったせいか、ダンテもタンタもほぼ怪我はない。

疲れたな、とチラチラしてみたが自力で歩けと顔を逸らされた。

 

 

夜遅くだったからか、道すがら他の人たちには会わず城へと到着。

門をくぐれば、数人が火を囲っていた。俺たちに気付いたレオンが声をあげる。

 

「どうだった、って、…おおぉー…」

 

首尾を聞こうとしたレオンが、クランを見て不思議な声をあげた。

きょとんとしたクランに、レオンは「トゲトゲしててかっこいい」と笑って、クランの持つ盾をペタペタ触る。

そんなレオンを見てダルタンが苦笑しながら俺たちを「おかえり」と出迎えた。

 

「元気そうで何より」

 

「いや凄い眠い」

 

俺はふうとため息をつきながらダルタンに笑い返す。じゃあ報告は起きてきてからのほうがいい?とダルタンは首を傾げた。

今お願いすると俺が言うと、んじゃ手短にと簡単に報告がなされた。

バルトはまだ目覚めていないこと、魔皇軍とは膠着状態に陥ったこと。

それと、とダルタンが口を開く前にアレスが元気よく手を上げた。

 

「魔皇いっかい倒した!」

 

「へ?」

 

ニコニコにしながらアレスはこちらを見上げる。報告に驚きながらも、俺はアレスの頭をぐりぐり撫でた。

素直に凄いな。

おう、がんばった!とアレスは笑い、「でもチビムウスの欲しがってる記憶は入手できなかったから、また行く」とケロッと宣言した。

呆気にとられる俺から目を離し、アレスはクランに近寄る。

少し不安そうな表情をするクランだったが、アレスは気にせず「おかえり、心配した」と笑いかけた。

 

「アレスが魔皇を退かせたから膠着状態になったんだ」

 

くすくす笑いながらダルタンが説明する。まさか倒してくるなんて、とダルタンも嬉しそうだ。

 

「しかし、起きててよかったな。元気そうな顔見れて安心した」

 

レオンが「絶対、すぐクラン連れて帰ってくるから待ってる」と言い張ったからだけど、とダルタンは頬を掻く。

俺は、レオンらしいなと笑った。

噂されたからかレオンがひょいと顔を出す。それくらい出来ないと竜騎士出来ないと胸を張る。

竜騎士関係なくないか。

 

「風を読むのは大事だぞ?」

 

首を傾げレオンは言う。まあいいかとへらりと笑い「クフリンたちなら絶対無事に解決させると信じてたから」とダルタンに視線を向けた。

まあ、とダルタンも頭を掻きつつ同意する。

 

え、あ、ありがとう?

 

少しばかり照れながら俺が礼を言うと、ふたりは楽しそうに笑った。

 

くぁ、とタンタが欠伸をしたのを合図に、俺たちはダルタンたちに挨拶して部屋に向かう。

俺は部屋に着くとすぐにベッドの上に倒れ込んだ。

つかれた

 

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疲れてはいたがいつもの時間に目は覚める。

目が覚めてしばらくはぼんやりしてしまったが、俺は無理矢理身体を起こし、ぐっと伸びをした。

部屋を振り返って気付く。そういやバルトは俺の部屋から移動したんだな。

 

そんな事を考えながら、ストレッチをするように腕を伸ばす。と、扉がノックされた。

返事を返すと、ダンテとクランが眠そうなタンタを引きずりつつ顔を覗かせた。

眠そうというか完全に寝てるな。

 

クランがタンタをトンと叩いて起こすと「…んー、…おあよー…」と回らない舌で挨拶をしてくる。

無理に起きなくても良かったのに、と俺が小首を傾げると「真っ先に起きたのはタンタなんだ」とダンテが苦笑した。

タンタに起こされダンテとクランが支度をしていたら二度寝しはじめたと、タンタの頭を小突く。

んー、とぼんやり反応するタンタをクランに預けダンテは俺に近寄り、バルトのとこに行かないかと誘った。

 

「今ロビンからバルトが目を覚ましたと連絡がきたから」

 

早い方が良いだろう?とクランに目を向けながらダンテは頭を掻く。

そうだな、と頷いて俺たちはバルトの部屋に向かった。

 

 

バルトの部屋の前に来て、俺はコンコンコンッとノックする。すぐに扉が開かれ、ロビンが顔を出した。

俺たちを確認すると、ロビンは扉を開けて俺たちを出迎える。話は聞いたよお疲れ様、とダンテに笑いかけた。

 

「じゃあ僕外でてますね」

 

残っていても構わないと言えば、ついでに朝食持ってきますと言って、ロビンは俺たちと入れ替わりに出て行く。

頭を掻いて俺はバルトに顔を向けた。 「おはよう」とお互い挨拶し、バルトが本題に入る。

 

「ふむ、…クラン、申し訳なかった。私の采配ミスだ」

 

ベッドに寝ながら上半身を起こした状態でぺこりと頭を下げた。クランは慌てたように手をぱたぱたさせる。

 

「いや、いい」

 

そうバルトに言った後、やっぱ驚くなあと小声で呟いた。頭下げる印象がないせいだろうか。

話を変えるようにクランは言う。バルトに、というよりは俺たち全員に問うように。

 

「俺は、これからどうしたらいい?」

 

一応「騎士」ではあるが、技も武器も変わり、今までの立ち位置には戻りにくいと頭を掻いた。

出てけと言われれば出てくが、とクランは目を泳がせながら紡ぐ。

そんなクランを見つめながらバルトは言う。

 

「どうしたらいいかは、自分で決めろ」

 

小さな子供ではないだろう?と笑い、貴様は自分で考えて自分で決められる、とバルトは腕を組む。

他人に頼らないでドツボにハマるタイプもいるが、クランは他人に頼る案配をわきまえている、とじっくり見据えて語った。

クランは難しそうな顔をして頭を掻く。

 

「と、言われてもな」

 

「自分のなかではもう結論は出ているんだろう?」

 

そうバルトに問われ、クランはきょとんとした表情を見せた。

自覚なしか?とバルトも首を傾げる。少し思案し、言葉を紡いだ。

 

「…何故貴様は武器に盾を選んだんだ?」

 

メイスを捨てて両手に盾を持ったのは何故か、とバルトは問う。

殴るなら壊すならメイスのままのほうがよいだろう?と少し笑った。

 

「そこから考えるといい」

 

そしてバルトは手を伸ばし、クランの頭をぽんと撫でた。

出て行きたいなら行くといい、ただこちらから出ていけなどとは絶対言わん、と真っ直ぐクランを見据えながら言う。

言ってることは優しいのだが口調と声色と表情が怖い。

 

頭に手を乗せられたまま若干怯えて固まったクランを見て、バルトは笑った。

 

-19ページ-

 

トントントンとノックの音が響き、ロビンが朝食を持って入ってきた。

もういい?と問うように首を傾げ、まだかかるなら朝食だけ置いていくと言う。

 

「構わん」

 

バルトの返答を聞いてロビンは朝食の用意をする。

皆さんの分も持ってきたとロビンは言い、バルトの部屋で朝食会がはじまった。

 

用意するだけして、また出て行こうとするロビンをバルトがひっ掴む。

食べてないんじゃないのかと問えば、いや別にと濁らされた。

そんなロビンをバルトが睨む。怯んだロビンが目を逸らしながら渋々答えた。

 

「…ねむいからいいです」

 

「どこで寝る気だ」

 

そう問われたロビンは外を指差しあそこ、と木の上に目をやる。

客間やらなんやらがたくさんあるのに、なんでわざわざそこを選ぶんだ。

 

「豪華なとこおちつかない…」

 

もうすでに半分寝ているかのように、目をしぱしぱさせながら答え、食器はすみっこに置いといてくれれば後で片付けるからと、ロビンは出て行きたそうに訴える。

一晩中介抱してたなら今睡魔がくるのもおかしくない。バルトを部屋を運んだのだろうし、疲れているのだろう。

そう俺が呟くと、バルトはふむと頷いた。

 

仮眠とりたいと主張しふらりと出て行こうとするロビンを、バルトがぐいと引っ張り体勢を崩させる。すぐさまみぞおちのあたりを思い切り叩いた。

小さく呻き声をあげて、ロビンはあっさり意識を失った。目をくるくるさせながらその場にぐったりと倒れ込む。

 

目の前で行われた行為に、俺たちは呆気にとられ言葉が出てこない。

そんな中ダンテがなんとか言葉を絞り出した。

 

「なに…、何して、」

 

「あのまま木の上に行ったら落ちるかもしれないだろう?」

 

だったらここで寝かせたほうが安全だ、と至極当然のように言う。

寝たのかこれは。気絶じゃないだろうか。

混乱する俺たちに、バルトはにこりと笑顔を向け「では食べようか」と食事の開始を促した。

 

動かなくなったロビンを尻目に、俺たちは朝食に手を伸ばす。

バルト怖い。

 

-20ページ-

 

食事を取り終わり、俺たちは外に出てダルタンたちを探す。

昨夜と同じ場所で発見できたが、ロビンと同じようにダルタンたちも眠そうだ。

俺たちにも気付いたものの、軽く手を上げるだけで止まった。

 

「大丈夫か?」

 

「眠いだけなんで大丈夫」

 

そう言ってダルタンは小さく欠伸をする。魔皇軍と膠着状態になったから、そんな頻繁には襲ってこないと思うと考えを述べた。

あの後も魔皇軍はちらちら姿を現すものの、本格的な襲撃はなかったらしい。

次はなんか海が危ないかもとレオンも眠そうに報告した。アリバが情報を仕入れたらしい。

 

「げ」

 

ダンテが顔をひきつらせる。

魔王に天使に吸血鬼に俺に、海で神殿で森で氷窟で、これ以上何があるってんだと焦り始めた。魔王と魔海王の2種類いたんだぞと汗を流す。

 

「とりあえず盗賊だの天使だのが出始めたみたいだね」

 

「ぬすまれないように注意しろよー」

 

ふたりは眠そうに忠告してくれた。

いろいろありがとうと俺が言うと、大したことはしてないと笑いながら返される。

おれたちの所でなんかあったら協力してくれりゃいいよ、とレオンは笑った。

んじゃ、と俺たちに挨拶しふたりは城のなかに消えていく。ゆっくり休んでくれ。

 

 

海でなんか起こるかもと聞かされたダンテは、そわそわと落ち着かない。

俺がやらなくてもいいだろうけど、と頭を掻きつつ「そろそろ帰って調査したい」と俺に相談した。

わかったと俺は頷き、ありがとう、とダンテに礼を述べる。結構いろいろ世話になった。

わざわざ礼を言われるようなことはしてないとふっと笑い、ダンテは「またなんかあったら連絡しろ」と言葉を残して去っていく。

 

俺は城の外まで見送って、ダンテの姿が見えなくなるまで手を振りつづけた。

 

ダンテの姿が見えなくなると、さて、とタンタが伸びをする。

「魔皇軍と戦いに行こうか!」そう言って俺たちに笑いかけた。

 

 

強くなろう

みんなで一緒に強くなろう

敵と対抗できるように

世界が平和になるように

 

ひとりじゃない

みんながいる

平和を願う仲間がいる

 

みんなで一緒に強くなろう

 

 

へらっと笑ってタンタは俺たちの手を引いた。

休む暇はないけれど、それはそれでまた楽しい。

同意だと俺も笑顔を向ける。

 

仲間と一緒に強くなろう

 

 

END

 

説明
クフリン・ダンテ・クラン・タンタ中心。クフリン視点。 捏造耐性ある人向け、タンタとクフリン分離。 4章まで
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